ひとりで5時25分、室温10.2度。大寒波というほどではありませんが、室温は確実に下がっています。2020年も今日で終わり。
ひとつは仕事を終わらせておこうと考え、朝のうちに、MMAの授業の成績をつけました。19人なので、本務校と比べると短くて済みます。
10時頃、本年度最後の買い物。年賀状の準備は0ですが、ともかく、返事は出します。近所のコンビニで年賀状を購入してから、ダイソーでマスクをゲットし、スーパーでちょっとしたもの(コーヒー、パン、白菜漬け)を買って帰りました。気温は高くありませんが、晴れていて、すごく寒いというわけではありません。
夕方になると室内はかなり寒く感じるようになりました。室温でいつもより2〜3度低い。暖房の設定を上げても、なかなか室温があがってくれません。
夕刻、次の雑誌が届きました。
『現代思想』2021年1月号 特集:現代思想の総展望2021、青土社、2020
年末ですが、アダム・タカハシさんの論考「神なる天体―中世における自然哲学」をまず読みました。次いで、佐藤文隆さん、川村覚文さん(理解できたとはいえません)、・・・と続けています。
ひとりで3時50分、室温12.1度。まだ暖かい。大寒波は襲来していません。今日の夜にやってくるもよう。昨日持ち帰った書類で年明けの業務を確認。なかなかに過酷です。
一番はやいのは、MMA成績締切で、1月8日。それに土曜日の仕事が3週続きます。ちいさいちびと中学生は、昨日と同じく、8時起き。おおきいちびがどうするのかは聞いていません。
ちいさいちびが出かける前に雨が降り始めていました。けっこう本格的な雨。久しぶりです。雨は午前中には上がりました。妻は11時から美容院。中学生とおおきいちびと(もしかしたらちいさいちびと)の昼食は私が用意することになります。妻がでかけてしばらくしてから、うどんが足りないと思い、近所のコンビニに買い出しに行きました。
正午に、中学生、私、ついでおおきいちびの順に昼食。日が暮れてしばらくすると、いきなり強い冬の風が吹いてきました。部屋のなかにいても風の音がはっきりと聞こえます。この風が寒気を連れてくるのでしょう。穏やかな年末は本日の日暮れまででした。
2月1日(月曜日)から5日(金曜日)にかけて仕事があることがわかりました。カレンダーに記入しました。
午後9時過ぎからお餅つき。今度は白い餅。お雑煮用の丸餅とお供え用の鏡餅を丸めました。
ひとりで3時、室温12.4度。まだ暖かいままです。研究室の片づけをもうすこしだけ進めようと思います。大学にでることにしました。9時半武蔵境発の西武線。
段ボール2箱を作りました。今日はこれでよいでしょう。10時52分多磨駅発の電車で帰途。武蔵境駅で降りて、成城石井で簡単な買い物。11時半頃帰宅しました。今日はまだ外を歩くと暖かい。帰りはマフラーをカバンにしまいました。
ひとりで4時25分、室温12.4度。大寒波襲来前にすこし暖かくなっています。午前10時過ぎに買い物にでました。セイユウ。混んでいます。妻からは肉うどんの材料と中学生が食いたいというたこ焼き、それに私はお腹を考えて、漬け物類を購入しました。途中、店の外まで行列が並んでいるのを何カ所かで見かけました。郵便局、肉屋さん、・・・。
帰宅すると、次の雑誌が届いていました。
佐々木力編集『アリーナ2020 特別号:新しい科学の考え方を求めて―東アジア科学文化の未来―中部大学国際会議報告集』風媒社、2020出生数のニュースがでています。2019年は86万5239人。どうも今年は、84万8千人程度になる見込みとあります。地滑り的な大きな変動です。
出生数の減少は、とくに東アジアの国で顕著です。
お隣の韓国の2019年の出生数は、30万2700人。出生率にして、0.92です。恐ろしい数字です。
中国の2019年は、1465万人。58年ぶりの低水準とありますが、それでも日本の17倍です。圧倒的な実数です。出生率にして、1.7。Dropbox を使って共同作業をすることになりました。(以前からファイル共有のためには使っています。)そもそも無料で使えるファイル容量を把握していません。調べてみました。
デフォルトでは、2Gくれます。それから、ひとりに紹介について250M増え、32人まで、16Gアップできるとあります。
私の現状を調べてみました。3.74/7.25G使用中とあります。とりあえず、あと3.5Gつかえます。悪くない数字です。もうすこし増やす努力をするのもありかなと思いました。
ひとりで4時40分、室温10.5度。7時前から10時過ぎまでトイレに籠城するはめになりました。詳細を書くことはできませんが、憔悴しました。去年も一度こういうことがありました。
午後に編集委員会と理事会。2時から編集委員会。3時から理事会。5時20分過ぎまで。理事会が終わった頃、やっとお腹がもとに戻ってきましたが、疲労が残存していました。
理事会のあと、次のサイトを紹介してもらいました。
「結晶博物館」
おもしろいサイトです。3時間半のトイレ籠城で疲れ果てました。8時になる前に就寝。11時前に目覚めて、編集委員会の宿題を済ませました。
日本女子二人目の4回転ということでフィギャーのニュースを見ていました。見事に跳んで(まわって)いました。ニュースが終わらないうちにちいさいちびが帰ってきました。
ひとりで3時40分、室温11.2度。また少しですが朝の室温が上がっています。大晦日からお正月にかけて大寒波が襲来するそうです。週明けの28日の最高気温予想が8度、31日の最高気温予想が7度、お正月が8度です。中学生は午後に塾。冬期講習になります。
家族が寝ているうちに、台所の水回りの掃除だけしました。
11時過ぎに買い物にでました。コンビニでお金を降ろしてから、ガード下のスーパー。今日は割と暖かい。
お昼前に次の本が届きました。
北澤憲昭『眼の神殿:「美術」受容史ノート』ちくま学芸文庫、2020(初版:美術出版社1989、ブリュッケ2010)
初版はサントリー学芸賞を受賞しています。解説やあとがきがいっぱいついています。まず、この部分だけ読み通しました。
初版あとがき。
定本の刊行にあたって。
文庫版あとがき。
解説「螺旋のアヴァンギャルド――「「美術」受容史」の受容史」(足立元)。
文庫版解説「「美術史」のアヴァンギャルド」(佐藤道信)。
私が以前すこし扱った佐竹曙山の二十螺旋階段図(p.61)への言及もあります。解説では、日本美術の制度史に関してはこの書が画期的だったとあります。制度史ですから、ひとりを扱っているわけではありませんが、中心は高橋由一です。
帯には「「美術」の起源 美術史研究を一変させた衝撃の書」とあります。
本人のまとめでは「日本社会における「美術」というジャンルのなりたちを、博覧会、美術館、美術学校など諸制度に照準を絞って探究した」本、ということになります。
ひとりで5時、室温10.7度。クリスマス。中学生は終業式。私は午前中に歯医者、夜に駒場の授業。
歯医者さんは10時半から。歯医者さんに向かっていると中学から帰ってくる中学生をすれ違いました。男の子3人でじゃれながら、学期末の荷物を抱えて下校中でした。
歯医者さんは、11時前には終わりました。冬休みが入るので、念のため、薬をだしておきます、ということで、薬局によって帰りました。お昼に次の本が届きました。
渡辺明日香『こころをよむ2021年1月3月 時代をまとうファッション』NHK出版、2021
ラジオ第二放送のテキストです。参考文献がしっかり挙げられています。アクロスも取り上げられています。大学からシラバスの連絡が来ました。
1.学務情報システムでのシラバス入力期間
入力開始:2020年12月25日(金)12:00
入力終了:2021年 1月31日(日)23:59
さすがに今日から入力するというのはないでしょう。1月に入って、1月中に入力することになると思います。→ 20.12.27 成績評価の連絡も来ています。
秋学期成績評価締切:(1月8日〜)1月29日(金)夜の駒場の授業ですが、本日も非常におもしろい内容でした。今回の授業は、そのまま本にできる水準の内容です。どの回もすばらしくおもしろい。
ひとりで5時10分、室温10.8度。またわずかですが、朝の室温が上がっています。今日は16度まで温度が上がるそうです。→予報ははずれ、普通に寒い一日でした。東京の最高気温は10.6度と報道されていました。ちいさいちびは年内最後の授業。おおきいちびの授業は先週で終わっているようです。中学生は明日が終業式。私も明日まで授業があります。
クリスマスイブですが、授業は普通にあります。1限3限4限5限。
はやめに1限を終えて、9時54分武蔵境発の西武線。
メールへの対応のあと、わずかに部屋の片づけ。11時過ぎに生協に行って昼食。11時過ぎだとすいています。購買部でおやつを買ってから帰室。
紙の片づけ。2箱作りました。3限4限5限。連続。
3限は研究室からズームです。4限は教室。天気予報とは違って、気温はあまり上がっていません。普通に寒い。4限の教室には、3名、ズームの向こう側に5名となりました。5限は教室に7名。(私は数えていません。)5限発表の学生は一番仲のよい子が来ていなかったので、Fだと怒っていました。5時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。
[多磨駅リニューアル]
多磨駅の新駅舎が完成し、昨日オープニングの式典があったようです。ネットを捜すと何点かニュースがありました。そして、なんと、外語のサイトにも取り上げられていました。動画がアップされています。
最寄駅の多磨駅が駅舎をリニューアル
「本学の最寄駅である西武多摩川線「多磨」駅の新駅舎が完成し、2020年12月23日(水)より供用を開始しました。
新駅舎は2階部分に改札口があり、本学へは、改札を出たあと「東口」からのアクセスとなります。
駅構内は、エレベーターの設置などにより、全面バリアフリー化されています。」
動画の最後は、もう使われなくなった地下通路(学生が通っている場面が短く撮影されています)と古いプラットホームです。林学長は、ここにぐっときたようです。ずっと慣れ親しんでいた風景も、なくなるときは、すっとなくなります。
個人的に思い出深いのは、武蔵境駅です。武蔵境駅が高架になる前、電車が止まっていればという前提ですが、中央線を降りて2秒で西武線に乗り換えることができました。そう、改札なしで、中央線から西武線に乗り換えることができました。便利だったなー。
外語キャンパスの北側に計画されているヨーカドー系のモールですが、府中市の議員さんのサイトに2024年まで延期になったという情報が出ていました。私は完成を見ることなく、外語を去ることになります。
→ Facebook に新駅舎の写真をアップしたら、ICU 出身の武田さんがコメントしてくれていました。地元だった方には感慨深いものがあるようです。
ひとりで3時55分、室温10.2度。わずかですが、朝の室温が上がっています。9時過ぎに近所のコンビニに。ちいさいちびと中学生のスイカのチャージ、ナナコのチャージ、それに若干の買い物。
お昼休みに会議。出席が義務づけられているわけではない会議があります。説明会です。11時50分から12時半まで。ちいさいちびを見習って、ソファーの上で休んだ状態でただ説明を聞いていました。ここまででしょう。
昼食後、妻とちいさいちびが吉祥寺に。ある商品の偵察と買い物。
調べものをしていて、次の論考が目に止まり、読んでみました。
左近田展康「メディア論的視覚とメディア・アートの射程」『名古屋学芸大学造形学部紀要』vol.1(2008): 57-80
有意義な考察がありました。名前は、さこんだ・のぶやすさんと読みます。
3.1 写真に追いつめられる画家
「本質的な脅威はもっと深いところにあった。つまり、写真が<描くこと>の座を、人間から機械技術へと移しかえたという点だ。眼で知覚し、心を経由して、手で描くプロセスを介さずに、まったく技術的な過程によって、対象そのものが、あるいは光そのものが「自らを直接に描くこと」を可能にしたわけだ。」
「さらに、写真によって奪われたのは、画家の訓練された「手」だけではない。「眼差し」もまた、根底的な揺さぶりに直面する。」
「このロマン主義的退却感から、エネルギーを反転させて、新しい芸術の神学を樹立しようとしたのが「モダニズム」だった。モダニズムの出発点は、詩人ボードレールにさかのぼると言われる。ボードレールが見極めた同時代の芸術の行方は、つぎつぎと更新されるメディア技術の<新しさ>により、それがもたらす知覚と社会関係の再編のなかで、まさに「追いつめられて行く芸術」に他ならない。その圧力を反転させ、芸術固有の領域を見いだすこと、それがボードレールの課題だった。写真の真実とは異なる芸術固有の真実とは何か?」
3.3 モダニズムがあらわにした<自己言及回路>
「現代のアートは、不可避的にメディア技術と関わるなかで、つねに付きまとう自己言及問題から出発し、それを乗り越える課題を担っているとはいえないだろうか。」
ひとりで5時15分、室温9.4度。スーパーが開く時間を見計らって買い物。コンビニ、スーパー、そして八百屋さんとまわりました。コンビニではお金をおろしました。八百屋さんではレモンを買いました。
ひとりで4時5分、室温9.2度。午後に授業。
三鷹駅で降りて財務的用件を済ませてから、西武線へ。9時42分武蔵境発の電車。
多磨駅で降りて、道路工事の様子を確認してきました。大学前のコンビニでおやつを買ってから研究講義棟。研究室でメールへの対応。卒論関係。
11時過ぎに生協に行ってお昼ご飯。生協購買部で『中央公論』2021年1月号ほかを購入。12時40分から3限の授業。
授業終了後、別の大学に移ることが決まった同僚の先生の部屋に行って、四方山話。
6時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。ちいさいちびは歯医者さんに行ったあとでした。
今週は月、木、金と普通に授業があり、それで年内は終了です。採点業務は当然ありますが、年明けとなります。
ひとりで4時10分、室温9.1度。体感的にも昨日より寒くなった気がします。中学生は午後に塾。おおきいちびは午後4時から歯医者。
朝の仕事のあと、寒いので居間でテレビをつけました。AXN がずっとアガサ・クリスティー特集をしています。アガサ・クリスティー原作の韓国ドラマ「復讐の女神」全16話を一挙放送していました。たぶん、半分あたりから最後まで見てしまいました。最後の2話は、ちいさいちびと妻がでかけたあと、録画したものを見ました。
アガサ・クリスティー原作のドラマとしては、ほかに、『蒼ざめた馬』と『そして誰もいなくなったフランス版』というのが放映されるようです。午後に次の2冊が届きました。
大野誠編著『近代イギリス科学の社会史』昭和堂、2020
横山光昭監修『定年前後のお金と手続き 令和3年版』扶桑社、2020
大野さん編著の書は、献呈です。大野さん、ご高配、ありがとうございます。大野誠編著『近代イギリス科学の社会史』の目次は次です。
序章 近代イギリス科学の組織化−構造と特徴 (大野 誠)
第 I 部 制度化の基盤
第1章 「科学知」の伝達経路−農業協会と草の根啓蒙 (坂下 史)
第2章 科学の制度化と天文学の言説−複数世界論の検討を通じて (長尾伸一)
第 II 部 政府の関与 第3章 科学・工芸局の設立 (川村範子)
第4章 海軍の科学研究体制ー時間と空間の科学 (石橋悠人)
第5章 電信事業国有化と公共性−1868年法の議会討論 (松波京子)
第 III 部 専門学会
第6章 ロンドン動物学会と動物学の制度化−専門文科の分岐点 (伊東剛史)
第7章 化学者共同体の分立と連携−専門分科と公共性 (菊池好行)
第 IV 部 20世紀科学の制度化
第8章 第一次世界大戦期の医学研究−研究委員会から研究評議会へ (高林陽展)
第9章 都市計画専門職の成立過程−ゼネラリストか、スペシャリストか (椿 建也)
第10章 女性科学者の「制度化」?−ジェンダーの視点から (奥田伸子)
初出の多く、ほとんどは、『化学史研究』に出た論文です。[年会特集]大野誠「近代イギリスにおける科学の制度化:イギリス史研究者の視点から」『化学史研究』第42巻(2015): 87
[年会特集]坂下史「地方都市における農業協会の活動と草の根啓蒙」『化学史研究』第42巻(2015): 88-89
[年会特集]石橋悠人「国営天文台と科学の制度化―19世紀のグリニッジ天文台を事例に―」『化学史研究』第42巻(2015): 90-91
[年会特集]高林陽展「医学研究委員会から医学研究評議会へ―大戦期の経験と医学研究の制度化―」『化学史研究』第42巻(2015): 92-93
[年会特集]奥田伸子「ノーベル賞を受賞した「主婦」―20世紀中葉イギリスにおける女性科学者と社会―」『化学史研究』第42巻(2015): 94-95
[年会特集] 大野 誠「近代イギリスにおける科学の制度化:専門分科と公共圏」『化学史研究』第43巻(2016): 101
[年会特集] 伊東剛史「19世紀のロンドン動物学協会からみた動物学の専門分科」『化学史研究』第43巻(2016): 102-103
[年会特集]川村範子「19世紀イギリスにおける科学・工芸局の設立」 『化学史研究』第43巻(2016): 104-105
[年会特集]松波京子「19世紀イギリスにおける公益性概念―1868年イギリ ス電信国有化法の議会議論からー」『化学史研究』 第43巻(2016): 106-107
[年会特集]菊池好行「イギリス化学の制度化の重層性と国際的文脈」『化学史研究』 第43巻(2016): 108-109
[特集] 大野誠「近代イギリス科学の制度化―イギリス史研究者の視点から―序文:特集をはじめるにあたって」『化学史研究』 第43巻(2016): 127-128
[特集]坂下史「近代イギリスにおける「科学知」伝達の経路―バースおよび西イングランド協会の活動に見る草の根啓蒙の一断面」『化学史研究』 第43巻(2016): 129-142
[特集]石橋悠人「近代イギリスにおける国立天文台と科学の制度化」『化学史研究』 第43巻(2016): 143-155
[特集] 高林陽展「第一次世界大戦期イギリスにおける医学の制度化―生理学の興隆をめぐって―」『化学史研究』 第43巻(2016): 156-169
[特集] 奥田伸子「ノーベル賞を受賞した「主婦」―20世紀中葉における女性科学者と科学の制度―」『化学史研究』 第43巻(2016): 170-183
オルガナイザーとしての大野さんの力を示している仕事です。
ひとりで4時15分、室温10.3度。室温ですが、昨日よりましです。居間=台所の室温も昨日(12度)より2度高い(14度)。9時半、まだ誰も起きてきません。休日の遅い朝。
11時前に買い物。セイユーに行ってきました。鍋敷きを頼まれたので捜したところ、木の鍋敷きだけが見つかったので、それを購入。
昼食後、妻とちいさいちびが買い物(あるいはウィンドーショッピング)に出かけました。中学生の夕食を頼まれました。
中学生は7時前に帰ってきます。私は6時代に夕食をすませ、お風呂にも入りました。中学生は帰ってきてまず風呂。それから夕食となりました。8時過ぎでしょうか。豚肉を焼くようにというのが妻の指示。中学生がゆっくりと食べていると、妻とちいさいちびが帰ってきました。なにも買わなかったそうです。中学生は午後に塾。1時頃でかけて、7時前に帰ってきます。
ひとりで5時10分、室温8.7度。9時過ぎに外出。コンビニ、郵便局、銀行、コンビニとまわりました。財務的用件の処理に、息子の受験料の払い込み。高校なのでたいした金額ではありませんが、手続きは必要です。日射しがあるので、そこまで寒くはありませんでした。
先週の金曜日から伊藤俊治さんの『ジオラマ論』(リブロポート、1986)を部屋のなかで捜していました。今朝、ふと左の本の山の間に見えました。横に置くと、英語の本のように見えます。一度見えてしまうと、どうしてこれまで見えなかったのか不思議です。
『ジオラマ論』といってジオラマを扱っている部分は多くはありません。つらつらよく見ると、有用な書物ですが、文献が挙げられていないのが一番不便です。
初出は次。
「ジオラマ都市」『ヘルメス』3号(1985年6月)
「画像と装置」『PHOTO JAPON』連載(「写真画像への新しい視覚」84年12月号〜85年11月号を改題)
「大観光時代」『スフィンクス』2号(1985年4月)
「ネクロポリスとしてのジオラマ」『スフィンクス』3号(1985年8月)
「南島論、バリ、ヌレック・アイランド」『GS』3号(1985年10月)
「光学装置史」書き下しお昼過ぎに1号のゲラが届きました。ほぼ予想通りのページ数になっていました。
夜に駒場の授業。
ひとりで4時、室温10.2度。しばらくすると9.8度まで下がっていました。ここしばらく室温は玄関の室温です。昨日の日中、10度を下回っていました。家族全員が寒い、寒いを連発していました。この先1週間ぐらいは、最高気温9度や10度の続きます。
寒いと頭が痛い、と昨日妻が言っていました。朝起きたときの私がそういう状態になっています。久しぶりに、1限3限4限5限の授業。
1限終了後しばらく休んでから大学へ。10時54分武蔵境発の西武線。
研究室でメールへの対応。11時半頃お弁当。午後、3限4限5限連続で授業。5限だけ対面。ひとりの学生がアルバイト先で余ったパンをもってきていました。一袋もらいました。
6時4分多磨駅発の電車で帰途。
ひとりで4時15分、室温10.2度。室温も大幅に下がりました。昨日はみんな寒い、寒いと連発していました。午後に会議。3つ連続します。最後の会議ではすこし仕事(発表)があります。
最初の会議はすこしのびました。2つ目の会議は大いに延びました。1時間に近い延長(正確には40分強)。長い会議は疲れます。
最後の会議は短く済みました。すぐに風呂に入って、それから夕食。風呂にはゆっくり入りました。
ひとりで4時35分、室温12.3度。室温も下がってきています。週間天気を見てみました。今週はずっと寒いようです。最高気温が9度や10度の日が続きます。冬本番の到来!中学生3年生と大学3年生をおくりだしてから、コンビニ、郵便局、駅とまわってきました。コンビニでお金を降ろし、郵便局で税金(固定資産税、26000円)と地学史談話会の会費(8000円)を納めました。それから駅に行って、JREポイントのチャージをしました。JREポイントはすこし手間がかかりますが、難しくはありません。
こどもたちは、全員、普通に学校があります。中学三年生と大学三年生はでかけます。ちいさいちびはいつも通り自宅でズーム。1限、3限4限5限。
中学生は4時頃帰ってきて、たぶん疲れのせいで寝てしまいましたが、5時半には起きて塾に行きました。妻によれば、今週はすこししんどいようです。
ひとりで3時20分、室温13.8度。日本列島に北から寒波が近づいているようです。午後に授業。夜半にレジメが送られてきていました。途中からハイブリッド型でやっています。本日の発表者はズームの向こう側から。
9時18分武蔵境発の西武線。朝のうちはまだ天気も良く暖かい。多磨駅はほぼ完成に近づきつつあります。全貌を見るため、是政方面の狭い通路を通って大学に向かいました。年明けの業務の書類が入っていました。
メールへの対応。[新駅舎12月23日(水曜日)オープン]
多磨駅の新しい駅舎がいつ完成するのか気になったので、ネットで調べてみました。府中市のサイトに「多磨駅自由通路・橋上駅舎の供用開始について」というお知らせがあり、「令和2年12月23日(水曜日) 初電車より供用開始」とありました。クリスマス直前にオープンです。あわせて、地下通路は封鎖するようです。
多磨駅前の道路もすこし整備するようです。
→ 20.12.15 もうすこし詳しく調べてみました。「府中都市計画道路事業3・4・16号 府中東小金井線」とあります。あんず通りを延長して、まっすぐ東八道路に繋げるようです。やっているのは、道幅の拡張工事だと思われます。多磨駅周辺もすこしですが手を入れるようです。2時40分多磨駅発の電車で帰途。曇ってきています。気温も下がってくる雰囲気です。三鷹駅で一度降りて、財務的用件。
三鷹駅内のパン屋さんでおやつを買ってから、総武線各駅停車。西荻につくとわずかに雨が降ってきていましたが、ガード下を通って、傘をささずに帰宅。
ひとりで4時25分、室温14.4度。朝の室温は高いまま。週明け、月曜日の夜から寒気が日本列島を覆うそうです。昼食はマック。おおきいちびが12時前には家をでるというので、11時過ぎに私が駅前のマックに買い出しにでました。とくに混んではいませんでした。今日はまだ天気がよく暖かい。
中学生が午後に実力試験。
数えると私が90分話す授業は、あと3回です。今日中にその3回分の目処をつけました。
佐々木力さん死去のニュースが伝わってきました。毎日新聞、東京新聞、朝日新聞にごく短く訃報が掲載されていました。
「佐々木力さん4日、死去、73歳。宮城県出身。葬儀・告別式は近親者で行う。
「近代学問理念の誕生」でサントリー学芸賞。「数学的真理の迷宮」が今月刊行されたばかりだった。」
死去の発覚は12月11日だったということです。合掌。
ひとりで5時10分、室温14.4度。中学生は土曜日学校。
10時半頃、近所のコンビニに。ちいさいちびのスイカをチャージしたあと、妻に頼まれた冷凍食品を数点買って帰りました。今日も昨日と同じような気候です。比較的暖かい。
『鬼滅の刃』外巻もダウンロードして読みました。別の方が描いています。
午後、ちいさいちびと妻が原宿に買い物にでかけました。おおきいちびは友達とお昼ご飯。中学生に夕食を任されました。3時頃何が食いたいと聞くと、安いステーキ。スーパーにステーキを買いに行きました。最近のスーパーには、かなり大きくて、600円から700円ぐらいのステーキがよく売っています。アメリカ産かオーストラリア産が多い。
疲れたのでしょうか、ママたちに合流すると言っていたおおきいちびが夕刻に帰ってきました。
私の夕食は午後6時。おおきいちびに私が焼いたステーキを食うかと聞くと、一切れでよいと言います。ステーキ一切れにご飯4分の1ほど。噛みごたえのある肉でした。
中学生は昼寝をして、風呂に入って、午後7時に夕食。いつもはあの大きい肉を平らげるのですが、4分の1ほど残しました。学校から帰ってきて、午後やすんでいたので、お腹が空いていないのでしょう。
学校の宿題だと言って、夕食後しばらくして、ピアノに向かっていました。小さい頃ピアノ教室にしばらく通っています。すこしは弾くことができます。1,752ポイント。JRE ポイントの額が届いていました。
妻とちいさいちびは買い物袋をかかえて、午後9時頃帰ってきました。ちいさいちびの気に入った上下(ズボンとセーター)があったそうです。
私は、ゆっくりめで、来週の木曜日3限と金曜日5限の準備をしていました。金曜日5限の方は15分枠なのですぐにすみました。木曜日3限の方は、一度、電磁気学の話をすこしした方がよいかなと思っていろいろ考えてみましたが、なかなか難しいな、というのが正直な感想です。
重要な時点を列挙してみます。
1663年 摩擦起電機 オットー・フォン・ゲーリケ
1746年 ライデン瓶 ピーテル・ファン・ミュッセンブルーク
1780年 「動物電気」 ルイージ・ガルヴァーニ
1785年 クーロンの法則 シャルル・ド・クーロン
1800年 ボルタ電池 アレッサンドロ・ボルタ
1821年 電流を流した導線と磁石の間の相互作用 マイケル・ファラデー
1826年 オームの法則 ゲオルク・オーム
1831年 ファラデーの電磁誘導の法則 マイケル・ファラデー
1840年 ジュールの法則 ジェームズ・プレスコット・ジュール
1856年 第1の論文「ファラデーの力線について」 ジェームズ・クラーク・マクスウェル
1861年 第2の論文「物理的力線について」ジェームズ・クラーク・マクスウェル
1864年 第3の論文「電磁場の動力学的理論」ジェームズ・クラーク・マクスウェル
1873年 『電磁気学』マクスウェル
1876年 電話機 アレクサンダー・グラハム・ベル
1901年 電磁波による大西洋横断通信 グリエルモ・マルコーニ
ひとりで3時10分、室温13.4度。早朝のうちに(夜明け前に)、今日の発表の準備は終了としました。
おおきいちびも今日はズーム授業のようです。9時頃、おおきいちびもちいさいちびも自分の部屋に向かいました。
9時半頃、財務的用件の処理のために駅前へ。コンビニ、銀行。それからセイユー。足りない物をすこし購入。それからまたコンビニ。私のスイカをチャージしました。外は天気がよく、思ったよりずっと暖かい。
事務的用件をすませてから、歯医者さんです。
歯医者さんは11時半。11時15分に家をでました。いつも、10分から20分、場合によっては30分近く待ちます。今日はこのまえの治療の点検が中心です。12時には終わっていました。昼食時、おおきいちびがテレビのリモコンを操作しようとしましたが、一切反応しません。電池を入れ替えたり、できることをいろいろ試してみましたが、うんともすんとも反応しません。故障ということで意見が一致し、J-COMさんに電話しました。今は在庫切れなので、のちほど郵送してくれるそうです。数日はかかるそうです。テレビの電源を入れると地上波の4チャンネルだけ視聴することができます。その状態がしばらく続きます。
ふと思い立って、グーグルでヒット数を調べてみました。
「ディオラマ」512,000件 (グーグルヒット)
「ジオラマ」19,700,000件 (グーグルヒット)
ヒット数、約40倍です。
どちらも今の日本語では、鉄道模型等のミニチャー模型を指す言葉として使われています。もともとはどちらも絵です。
ブリタニカ国際大百科事典における「ディオラマ」の説明は次。
「「幻視画」ともいう。背景を描いた幕の前に,小道具や人形などを配し,これに照明を当てて,光の強度や方向の変化により立体的な実物感を与える装置。両端に設けたシリンダによって背景幕を巻取り,それに描かれた風景を移動させる。 1822年にフランス人の L.ダゲールによって発明され,明治の初め日本にも伝わり,89年には浅草公園に「ヂオラマ館」が設けられて見世物興行を行なった。現在でも博覧会や宣伝用のディスプレーなどに使われている。」
写真術の発明家として知られるダゲールが生み出しています。19世紀、浅草にも現れたことからもわかるように世界中に広がり、パブリックシーンで大いに流行しますが、今はほとんど忘れ去られています。
「パノラマ」44,400,000件 (グーグルヒット)
ほぼほぼパノラマ(写真)を指しています。こちらももとの意味はほぼ消えています。「ディオラマ」の前にあったものが「パノラマ」です。「ディオラマ」は「パノラマ」の発展型です。夜に駒場の授業。テキストの発表は私が担当。予想していたことですが、ちゃんと発表できたのは、半分ぐらいでしょうか。延々と準備していたので、そういうことになります。
→ 20.12.20 日本語だけの検索だとやはり足りないと思い、グーグルの画像検索で"diorama" を調べてみました。
英語のサイトが中心に表示されると期待していましたが、米津さんが "diorama"を出しています。これがトップに来ます。鉄道模型が圧倒的に多くなるのは、日本語の世界の特徴だとわかりました。鉄道模型は0にはなりませんが、街や家が中心になっています。ダゲールが発明して "diorama"はほとんど姿をあらわしません。英語でも "diorama"は小型立体模型を指す言葉に変容したようです。
もちろん、"diorama daguerre" で検索すると、もともとのディオラマ、ダゲールの発明したディオラマが中心になります。模型はほぼでてきません。Facebook に『化学史研究』2020年第4号の情報を載せました。意外な繋がりが判明しました。SNS に多くは期待していませんが、でも、たまにこういうことがあるのは楽しい。
ひとりで4時40分、室温13.2度。
6時半、ゴミを出すために外にでました。地面が濡れています。夜の間に雨が降ったようです。まったく気付きませんでした。午前8時半過ぎ、我が家の財務的用件の処理のため、近所のコンビニまで。曇っていますが、そこまで寒くはありません。
おおきいちび、ちいさいちびの順にキンドルにおさめている『鬼滅の刃』を読んでいます。23巻ですから、実は、あっというまに読み終わります。2日間でしょうか。寝床に持ち込んで、すこし睡眠不足になっています。→おおきいちびに続き、ちいさいちびも読み終わりました。
午後3時を過ぎてから、すこし散歩に。銀行によって、セイユー。おやつをすこし買いました。それからコンビニでなおのスイカをチャージ。天気はよくなっています。1キロも歩くと身体は暖まります。
大学は全学臨時休講。明日の準備に集中。
ひとりで3時45分、室温14.0度。また少し、朝の室温が逆行しています。ですが、今日はずっと曇っていて、寒いそうです。最高気温11度の予報。ネットに次の本の出版情報がありました。
東慎一郎『ルネサンスの数学思想』名古屋大学出版会、2020、408ページ 、¥6,930
2年前にフランス語で出版された博士論文のたぶんご本人による日本語版です。東慎一郎さん、おめでとうございます。これでやっと東さんの仕事の全貌が日本語の世界でも可視化されます。
アマゾンの出版日は2020年12月7日になっています。できたて、ほやほやです。お昼前に健康診断。時間が指定されています。
10時18分武蔵境発の西武線。まず事務棟3階。届いていたものを受け取りました。研究室でメールへの対応。しばらくしてから、ウィドーズマシーンへウィルス対策ソフトのインストール。思ったよりずっと時間がかかりました。
健診は、11時40分指定。ちょうど11時40分に保健センターに着きました。いつもとは違う順番。でも、まったく問題ありません。12時過ぎに終了。
生協に行って昼食。研究室に戻り、すぐに帰途。12時40分多磨駅発の電車。4年生のゼミ生と駅であいました。吉祥寺に行くのだそうです。帰宅すると、オーブントースターが壊れていました。厳密には電熱線を覆っているガラスが割れていました。電熱線が繋がっていればつかうことはできると思いますが、食べものかすやゴミで燃える可能性があります。買い換えることにしました。
アマゾンで選択。なかなかどれっていうのは難しいのですが、えいやとひとつに決めて発注しました。明日、届きます。帰宅すると、ノートの段ボール箱のなかに次の本が入っていました。
東浩紀『ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる』中公新書ラクレ、2020
石戸諭氏がインタビューしてまとめています。一気に読んでしまいました。
→20.12.14 ネットの論座に、石戸諭さんが「東浩紀『ゲンロン戦記』をつくりながら考えたネットメディアと私の戦い」という記事がありました。副題に「ネットに夢を抱いた哲学者が立ち上げた「ゲンロン」の戦績と失敗の遍歴と重ね合わせて」とあります。石戸さんは、毎日新聞→バズフィード→ノンフィクションライターと遍歴されています。
ひとりで4時、室温13.3度。少しですが、朝の室温、戻しています。本日は好天。気温も17度まで上がるそうです。午前10時過ぎに、近所のコンビニに。息子のスイカをマイナンバーカードに紐付けました。セブンのATM を使うとほんとうにすぐです。それからナナコに千円をチャージし、ちびどものおやつをすこし買って帰りました。今日はすこし風があります。
午前中に『化学史研究』2020年第4号が届きました。目次は次です。
第47巻4号(2020)目次
[研究ノート]吉原柚紀「日本の酸性雨はいつ始まったか:新聞から見えてきた認識の断絶」第47巻(2020): 159-169
[広場]江頭和宏「19世紀前半・民族再生運動の時代のチェコの科学者J. S. Preslによる元素の命名」第47巻(2020): 170-178
[科学史の名著]小川眞里子「ジェンダーが拓く新しい科学史:Schiebinger, The Mind has no Sex? 」第47巻(2020): 179-181
[科学史の名著]堤憲太郎「私にとっての化学史の名著:田中実『日本の化学と柴田雄次』1975」第47巻(2020): 182-183
[化学史と私]山口達明「化学史と私のたのしみ(2)―化学史をやっててよかったこと―」第47巻(2020): 184-185
[化学史と私]藤田英夫「『科学と青春の軌跡』の思い出」第47巻(2020): 186-188
[化学史と私]大沢眞澄「遍歴の跡を辿る」第47巻(2020): 189-193
[紹介]大野誠「エジャトン『戦争国家イギリス』」第47巻(2020): 164-195
[紹介]鶴田想人「 Guy Crosby, Cook, Taste, Learn, 2019 」第47巻(2020): 195-197
[紹介]新井和孝「アン・ルーニー『化学と人類の歴史』 」第47巻(2020):197-199
[紹介]新井和孝「岩村 秀監修、原島広至著『13カ国語の周期表から解き明かす 元素単』」第47巻(2020): 199-201
[会報]「2020年度通常総会(書面議決)報告」第47巻(2020): 202-205
[会報]「次期役員選挙の結果」第47巻(2020): 206
午後、雑誌をスキャンしてもらうため、業者のところに行きます。
午後2時中野駅で内田さんと待ち合わせ。1時50分西荻発の電車に乗るとちょうどです。私が乗ったのと同じ電車に内田さんにも乗車してもらって新宿西口の方へ。小田急の向こう側です。私がこれまで行ったことのない方向でした。お寺があり、公園があって、その側に業者さんのビルがあります。新大久保に近い雰囲気にすこしなりかけています。たいしたことがないと思い、雑誌を41冊持ち込みましたが、すこし重かった。
申込はネットからするんだそうです。ものだけおいてきました。
新宿が久しぶりだったので、西口から東口にまわり、レトロな喫茶店に入りました。お店はほぼ満席に近い。ちょっと驚きました。4時過ぎに帰途。南口の方にまわりました。新宿は諸処で工事をしていました。
ひとりで4時35分、室温12.4度。午後に授業。
授業のあいま、会議にすこしだけ参加する必要があります。9時42分武蔵境発の西武線。
3限の授業は、2時過ぎに終え、研究室に戻りました。2時5分頃、指定されたズームに入り、すぐに発表。たぶん5分ぐらいで終わりました。
生協から発注した物をもってきてくれるという電話がありました。3時前に紙一箱が届きました。3時16分多磨駅発の電車で帰途。
今やっていることに必要なので、エダー、買わないといけないな、とずっと考えていました。夜、机の前に座っていて、ネットにあるかもしれないと思いつき、検索をかけました。すぐに見つかりました。
Joseph Maria Eder, History of Photography, trans. by Edward Epstean, Columbia Univ. Pr., 1945; Dover, 1978
なんと860頁の大著。pdf で900ページとなっています。
I. が「アリストテレスから錬金術師まで」。V. が「カメラ・オブスクラ」
「1.アリストテレスから錬金術師まで」
「2.古代人による紫染色に対する光の影響」
「3.錬金術師の教説」
「4.16世紀17世紀のNature-Printing実験」
「5.カメラ・オブスクラ」
「6.両眼視(ステレオスコープ的)」
「7.17世紀における投射装置の発明」
「7.(再説)17世紀における投射装置の発明」
「8.17世紀の研究者たちの光化学の研究から1725年 Bestuscheff の鉄塩の光への反応性の発見と暗闇における逆行プロセスまで」
「9.燐光現象:発光石;銀塩の光感受性の発見、シュルツェによる最初の写真印刷過程」
「10.ヨハン・ハインリッヒ・シュルツェの生涯」
「11.ベカリウスとボンチウス(1757)までの18世紀における光化学研究。附:その時代における色の不安定性の知識についての脱線」
「12.『ジファンティ』(1761)からシェーレ(1777)まで」
「13.プリーストリー(1777)からセネビエ(1782)まで。附:その時代のマジック的技芸に見られる応用への脱線」
「14.スコポリ(1783)からランフォード(1798)まで」
「15.ヴォークラン(1798)からデーヴィ(1802)まで」
「16.Sage(1803)、リンク、ハインリッヒの光の本性に関する研究(1804-8)からゲイ-リュサックとテナール(1810)まで」
「17.ゼーベック(1810)による天然色の写真術の発見からダゲールのプロセスの王表(1839)まで」
「18.染料や有機物に対する光の作用に関する特別な探究(1824-35)」
「19.J. ニセフォール・ニエプス」
「20.ニエプスとダゲールの関係」
「21.ダゲールの生涯」
「22.ニセフォール・ニエプスとダゲールの協定(1829)」
「23.ダゲール、沃化銀の感光性を発見」
「24.1833年、J. ニセフォール・ニエプス、死す。息子イシドールが1829ダゲールとの契約を引き継ぐ。ダゲール、水銀蒸気による現像を見いだす」
「25.ダゲールとイシドールは予約販売によってダゲレオタイプを売り出そうとするが失敗。彼らは発明を政府に売る。アラゴー、1839年1月7日、アカデミーで発表。1839年6月14日、契約成立。」
「26.」
「27.」
「28.」
「29.ダゲレオタイプの商業化;その工程の記述」
「30.1839年3月14日、「写真術 photography」という語の最初の使用」
「31.ダゲレオタイプ、タルボタイプやもっとはやい光機械的プロセスの発明が現代のグラフィックアートのプロセスに及ぼした影響」
「32.」
「33.」
「34.」
「35.」
「36.彩色ダゲレオタイプ」
「37.紙のネガ・ポジの写真術の発明とタルボットによる実践的展開」
「38.」
「39.」
「40.」
「41.」
「42.湿式コロジオン法」
「43.」
「44.」
「45.」
「46.」
「47.」
「48.」
「49.」
「50.」
L. が「ステレオスコープ写真」、最後が XCVII. 「ダゲレオタイプと映画への補章」。あと3章で100章に達しています。
ちなみに、Maria とありますが、男性です。明らかに不思議な主張もしていますが、写真史の基礎的資料集として手元においておくべき種類の書物です。
訳者のEpstean は、第4版 Geschichte der Photographie(4th ed., 1932)から訳出したと記しています。もとのドイツ語版にあったイラストは、ほとんどが飾りの意味しかなく、英訳では省略したとあります。図版がないなと思っていたら、訳者が省いていたわけです。
エダーのもとの序文は第3版(1905)と第4版(1932)が訳出されています。
→ 20.12.8 せっかくなので、ドイツ語版もダウンロードしてみてみました。図版ですが、「飾り」ばかりではないと思われます。肖像画、肖像写真が多いのですが、「カメラ・オブスクラ」なんて、図がないと正確に理解するのは難しいと思います。図版を英訳で省略したのは、主として経済的理由ではないでしょうか。個人的には図版はあった方がよいと感じます。
→ 図版だけ全部目を通しました。なかなかおもしろい。Abb. 363 に最初の日本の写真として下岡蓮杖の肖像写真が掲げられています。 Abb. 364には東京にあった下岡蓮杖の日本における最初の写真館の写真が掲げられています。全楽堂の看板があります。"photographer" の文字も見えます。(正確には横浜にあったわけですが、当時のドイツ人からすれば横浜も東京も差がないのかもしれません。)
第4版(1932)は、上巻が588頁、下巻が520頁、合わせて1108頁の大冊です。エデルは、写真術に関する科学史技術史を網羅しようとしています。すごい情熱です。
ひとりで5時15分、室温11.7度。朝の室温がかなり下がりました。昨日の最高気温は8度ぐらいだったようです。今日は14度ぐらいまであがるようです。息子は模試。お弁当をもって出かけます。
私は金曜日の発表原稿をつくることに集中します。
昼食後、妻とちいさいちびが買い物にでることになりました。午後の餅つき、私に任されました。中学生が帰ってくる頃につきあがるようにという指示です。
昔はお正月前によくついていました。ちびどもが歯の矯正をしてから中断しています。歯の矯正はそろそろ終わりが近づいています。田舎で砂糖餅といっていたお餅です。黒糖を入れます。
午後2時に餅つき器のスイッチを入れました。何が原因なのかははっきりしませんが、お米の粒々がけっこう残ってしまいました。それほどは気になりませんが、100%成功とは言えません。お米が原因か? という説もあり、究明には時間がかかります。
ひとりで3時50分、室温13.3度。午前中に季節的業務。10年に1度といった感じであたります。
雨が降っていたので、傘をさして外へ。何と西荻の駅で傘が壊れました。骨が外れました。そこで捨てるわけにも行かないので、そのまま仕事先まで運搬。吉祥寺で中央線快速電車に乗り換えて、8時18分武蔵境発の西武線。研究室でわずかに片づけ。
9時前から11時過ぎまで業務。すぐに帰してくれました。11時16分多磨駅発。
武蔵境で昼食(蕎麦)を食べてから、JR。三鷹駅なかでちっちゃいパンを6個買ってから帰宅。おおきいちびがひとりでいました。雨が止んでからでかけると言っていましたが、雨はどうも止みそうにありません。諦めて傘をもってでかけました。ちいさいちびはともかく朝のうちにでかけたようです。
中学生と妻は学校説明会。妻が先に帰宅し、中学生はその1時間後ぐらいに帰ってきました。
ひとりで4時10分、室温12.8度。[『鬼滅の刃』コンプリート]
夜中の間に、『鬼滅の刃』最終巻、第23巻がキンドルに配信されていました。早朝のうちに読みました。これで、『鬼滅の刃』、ほんとうのコンプリート。
新聞5紙に全面広告を出していました。全部集めているファンがいるようです。私の発想にはありませんでしたが、ファンなら、ありえます。妻が歯医者に行って、荷物を待っている間に、棚からクエンティン・バジャック『写真の歴史』(遠藤ゆかり訳、創元社、2003)を取りだして、今やっていることに関係しそうな部分に目を通していました。資料編に「アレキサンダー・フォン・フンボルトからカールスへの手紙 パリ、1819年2月25日」が訳出されています。おもしろい内容ですが、どう考えても、1819年ということはありえせん。p.139
ネットで検索をかけて調べました。バジェックの本そのものは見ることができませんでしたが、これは、1839年のミスです。(現時点では、バジャック自身のミスタイプだと推測します。)
Bérengère Chapuis, "Photographie et temporalité," Bulletin du Centre de recherche francais à Jérusalem, 24(2023): 1-11 on p.7 に "Alexander von Humboldt, ...dans sa lettre à Gustav Carus, en févrie 1839," としてフンボルトの手紙を引用しています。
ダゲレオタイプの写真を見た感想です。
「彼がルーペを渡してくれたので、それを使うと、すべての窓に藁くずがついているのが見えました。アラゴの話では、ある画像のなかに6階建ての建物が1.2センチの大きさでうつっていて、その建物の屋根窓のなかに、非常にとるにたりないことなのですが、こわれているガラスがあって、そこが紙でふさがれているのが見えたというのです。
現在アラゴはダゲールが隠している秘密を知っており、彼の目の前で申しぶんのない画像を10分間で制作しました。その画像には、アラゴが裸眼では見ることができなかった、非常に細い避雷針がうつっています。」(p. 138)
ヴィオレ・ル・デュクの父からイタリアにいる息子への手紙 1836年9月28日
「ニュースがある。ダゲールが、紙ではなく白くて平らな物体の上に、カメラ・オブスクラの画像を化学的に定着させることに成功した。そう、ビゼーが彼自身の目で額縁に入った単色の画像を見たのだ。
それは、ジオラマ館の頂上から撮ったモンマルトルの風景だ。電信局とその塔が約18ミリメートルの高さでうつっている。ちょっとしたルーペを使うと、塔のよろい戸のとめ金や柱、電信機を動かすための使う鉄線、そしてそのほかの注意を引かない非常にこまかい部分も飾り気のない見事な景色の画像がうつっているのをはっきり見ることができる。その部分は、誰の手でもどのような道具でも表現できないものだ。」(pp.135-6)夜、駒場の授業。
非常におもしろい内容でした。
ひとりで5時30分、室温13.1度。昨日は最高気温が10度すこしだったようです。テレビのなかの人は寒い、寒い、と言っていました。
週間天気によれば、本日は午後に晴れて、最高気温14度。昨日から4度上がります。1限3限4限5限の日。
1限の基礎演習は、3班、4班の発表。授業形態としては、学生たちに調べさせて発表させるというのもやり方として悪くないと思うようになっています。私自身はこの種の授業を受けたことがないので、手探りで進めていますが、なんでもかんでも教師側が話す必要はないということはよく分かってきました。話す内容にはいくらかたよりない点が残るのですが、でも、学生自身に話をさせることには、それ以上の効果があると感じています。
1限終わってカバンにお弁当をつめ、すぐに出発。10時半武蔵境発の西武線。
大学前のコンビニでコーヒーを買ってから、いつもと違うルートでキャンパスに入りました。外壁補修工事のため来ているクレーン車の写真を撮るためです。研究室でメールの対応。
11時過ぎにお弁当。
午後、3限4限5限と連続の授業。ばたばたします。
5限、私の担当の3回が今日で終わりました。来週は全学臨時休講で、次は12月17日になります。建築学者の南先生にお願いしています。5時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。
大学に西條さんから次の本が届いていました。
西條敏美編『徳島科学史序章―石原侑遺稿集―』石原侑遺稿集刊行会、2021
西條さん、ご高配、ありがとうございます。
ひとりで2時20分、室温13.8度。週間天気によれば、本日は終日曇りで、最高気温11度の予想。12月に入っているので当たり前かもしれませんが、冬の気温となります。本日の日の出は6時33分。今日の朝起こすのは、中学生のみ。ちびどもは休みの模様。
昨日英文サマリーを1点送り忘れていました。朝一番でファイルを添付で送り、9時を過ぎてから、プリントアウトを郵便局にもって行きました。ついでに、コンビニとセイユーにより、わずかに買い物。それから昔ダイエーがあった場所に出来つつある建物を見に行くと、かなり完成に近づいていました。サミットができます。上層階はマンションでしょうか。
昨日、事務の方から、図書の発注締切は12月11日です、という通知がありました。来週末までです。
午後に会議。1時からたぶん6時ぐらいまで。延々、会議の日です。
最初の会議の開始は20分遅れました。1時20分からとなりました。案件が多いので仕方がないのですが、すこしずつ遅れが蓄積して、最後の会議は30分遅れでスタート。結局、予定より30分遅れて5時半終了となりました。最後の会議は、選挙。次期の研究院長&研究科長を選びます。有能で安心できる方が選出されました。推薦の声を挙げられた方がちょっと意外でした。
1つ目から2つ目の会議のあたりで、雨音が聞こえはじめました。朝見た予報では雨マークはなかったのですが、けっこうしっかりと降っています。
気温があがっていないので、暖房をつけました。真冬の寒さまではいきませんが、冬の寒さがやってきました。
ひとりで5時15分、室温13.0度。少しずつですが、気温が下がっています。快晴。すこし寒く感じますが、好天。
中学生とおおきいちびは普通にでかけました。ちいさいちびは、自宅で1限3限4限5限。
午前中に第1号の作業。プリントアウトし、編集部として必要な赤字を入れ、郵送します。ファイルは、メールで送り出します。投稿をネット経由としたため、印刷所に送るときには私のもとで印刷する必要があります。どういう形であれ、編集委員会の方で少し手を入れる必要があります。けっこう面倒な作業ですが、午前中に終わらせました。
妻が買い物から帰ってきてから、投函のため外出。町を半周ぐらいしてきました。ガード下のスーパーですこしおやつを買って帰りました。
昨日の3限の授業で、サーンレダムの絵に注目が集まりました。アルパースの『描写の芸術』のp.122 です。素描では右の柱の下側に「目」が描かれています。完成した絵の方では、右下に左上を見上げる小さな人が描かれています。視線の方向を示唆するためのものです。絵を描くシーンを描く絵はわりとありますが、視線の方向を示す目を書き入れるのはなかなかめずらしいと思います。テキストは何回か読んでいるのですが、アルパースほどの人の書物でも、テキストと絵は分離している(テキストの隣に絵が配置されていない)ので、テキストを集中して読むと絵の部分への意識が飛びます。
こういうのは、読書会や授業で扱ってやっと気がつく部分だと言えます。
以前も指摘してことがありますが、図とテキストの配置の仕方としては、デカルトが正しいと言えます。必要であれば、テキストの近くに何度でも繰り返し図を配置する。
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