ひとりで5時半。空気がひんやりしています。ミルクが切れかかっています。朝6時に、近所のコンビニに買い物に出ました。室内はひんやりしていましたが、外は、昨日のような寒さを感じません。今日は気温が上がりそうです。ミルクとパンと『週刊朝日』を買ってきました。『週刊朝日』には、村上春樹のイスラエル賞受賞講演が掲載されています。(ウェブにもありますが。)
午後3時から、この3月で定年退職される渡辺雅司先生の最終講義。&送別コンパ。昨日、聞いたところでは、200人以上集まるということです。さすがです。
→早めにでかけて、研究室の片づけを続行。
最終講義は、226教室。3時からスタート。あふれました。200人を超えたことになります。
学生会館で開かれた次のコンパも大盛況でした。円形ホールがいっぱいになっていました。ロシア科大同窓会の熱気にあてられたのでしょうか、私は、疲れが出てきて、7時前でお暇しました。
ひとりで6時40分。冷たい雨。予報では、最高気温が4度。一日中、ほとんど気温の変化がないということです。打ち合わせがあり、9時前に家を出て、大学へ。片づけを続行しつつ、打ち合わせの方が見えるのを待ちました。
1時間程度、有意義な話ができました。今日も特別食堂はお休み。生協2階の学生食堂に行きました。今日は、学生もかなり来ています。しかし、半分程度は、職員の方や我々のような非学生でした。
カツ丼:400円。
会談中から雪が舞っていました。生協2階の窓側からは、満開の紅梅が見えます。雪のなかの紅梅はおつなものです。
昼食後、研究所へ。雑誌の編集作業が大詰めを迎えていました。午後3時に、ファイルとプリントアウトを業者の方に手渡します。最後になって見つかるエラーのあります。教務補佐諸君のがんばりにより、なんとか印刷業者の方に、完成版を渡すことができました。
夜、部屋の片づけをしていたら、行方不明になっていた、宮脇淳子『世界史のなかの満洲帝国』(PHP新書)が見つかりました。75ページまで読んで、行方不明になっていました。「日本史の一部」として、満洲を取り上げる必要がある、とあります。
夜半(深夜2時)に目覚めて、すこし仕事。ひとり遅れて、7時半。まだ曇り。雨が降ってくるのかこないのかはっきりしない天気です。
用事があり、大学へ。まず、3歳男児が10時に友達のお家に遊びに行きました。春から幼稚園でいっしょになる子の家に誘われました。
私は、10時半ぐらいに家を出ました。この時期に頑張って片づけを行わないと、空間が廃墟化します。大学に移す荷物をリュックに背負って、出発。大学の研究室でも、出来るところから片づけを行いました。11時半に特別食堂に赴くと、休業。仕方がないので、ほんとうに久しぶりに生協の2階食堂を使ってみることとしました。今日は、学生はほとんどいません。私よりも年長の方々がちらほらと席を取っていました。
ラーメン、200円。
しばらく研究室で片づけを行ってから、総合文化研究所へ。明日、原稿を印刷所に渡すと言っていました。完成原稿(InDesign)を渡しています。何とか間に合ったということでした。すこし打ち合わせをしてから、お暇しました。
まったく別の用件があり、明日も明後日も大学に出ます。4日続けて大学に出ることになります。相当珍しい事態です。
ひとりで6時半。曇り。雨模様の天気。今日は一日中、業務。国立大学の前期入試の日です。
入試が終わったあとは、会議。→入試の監督業務ですが、やはり前日にマッサージを受けるのはちょっと問題だと感じました。
その後の会議もすこし長引きました。検討する案件が多かったせいです。
ちょうど6時に帰宅。2日間家に閉じこもっていたちいさいちびは、体力が余って、爆発気味でした。昨日は、3歳男児と仲良くしていましたが、帰ってみると険悪な雰囲気です。3歳男児は、甘えもあって平気で意地悪をします。切れかかっていました。
子どもたちが休む時間に休むこととなりました。
ひとり遅れて8時前。おおきいちびはもう出かけていました。なお、ちいさいちびは今日から2日間学級閉鎖。昨日決まりました。2日間は外出してはいけないということです。[確定申告]
朝一番で(銀行でお金を降ろしてきたあと)税務署に行きました。確定申告のためです。私のように、本務校があり、そして本務校以外で非常勤講師をしている大学教員は、確定申告をしなければなりません。私の場合、『ダイヤモンドザイ』という確定申告のためのあんちょこ本は手元にあり、ウェブから申請書をダウンロードして、準備していました。
本務校で、年末調整は済んでいます。この場合、確定申告は非常に簡単なはずなのですが、説明文を読んでもなかなか腑に落ちてはわかりません。しかし、追加で、税金を支払う必要があることだけはわかりました。
最初、計算したときは、金額の大きさにショックを受け、たくさん稼いで税金でたくさんもっていかれる人の気持ちがすこしだけわかった気がしました。
しかし、2〜3日すると、そういうものだということで、心の落ち着きが得られました。
あくまでも、我々のように大学に勤めており、さらに非常勤に出講している場合だけですが、(一律1割を源泉徴収していた昔と違って)今は源泉徴収されるのは、3%程度のようです。(このあたりのことは、私にはよくわからない。)もちろん、もらっている所得の額によって差があるのですが、我々のような勤務の場合、税率は20%です。(非常勤だけの方であれば、税率は、5%か10%だと思います。20%の上は、23%、33%、40%となっています。我々の職業で、23%の方は、ごく少数だと思われます。)
目処として、非常勤講師は、半年一コマで、30万円と言われます。そうすると、3%と20%の差額分、約17%分(すなわち、約5万円)を確定申告で税金として納める必要が生じます。
一コマを通年でやっていれば、約10万円となります。慣れていないと、この金額はぎょっとします。まだ若かった頃、確定申告は、還付金を受け取るためでした。
しかし、定職についたあとは、納め足りない税金を年度末に納めるために確定申告することになります。(もちろん、その人の置かれた状況によって違いますが、上記のような場合にはそうなります。)私と同じ境遇の方々、あきらめて、確定申告に赴き、税金を納めましょう。
[カイロプラクティック]
昼食後、久しぶりにマッサージ屋さんに行くこととしました。駅の近くに新しいマッサージ屋さんが出来ています。一度行ってみようと思っていました。ちょうどよい機会なので足を運びました。
ほぼ予想できたことですが、腰から肩にかけて、とくに左側がひどい、ということです。自覚症状は、肩凝りですが、背中にずれがあるということです。
杉並区の子育て応援券が使えるということなので、年度末までしばらく通おうかと思っています。時間が予約できるのも、私には助かる。
ひとりで6時20分。雨。この1週間は雨模様という予報。出張校正で、午前中に池袋近くの要町へ。印刷所が飯田橋から引っ越しました。
→はじめての場所です。余裕をみて、1時間前に家を出ました。あちゃー。総武線も中央線もダイヤが乱れています。三鷹で信号故障があったと放送しています。
総武線でのんびり行くつもりだったのですが、総武線が来ないので、仕方ありません、久しぶりにラッシュ時の中央線に乗りました。
もっとも混んでいる時間帯は過ぎていましたが、ダイヤが乱れて、いらだっている人がいました。車中でけんかになりそうになりましたが、さすがに当事者の二人はおさえました。
山手線も久しぶりです。こちらは空いていました。池袋で乗り換えて、有楽町線。一駅で要町。駅を出てすぐのビルの4階に印刷所は引っ越していました。
到着は、ほぼ約束の時間。担当者の方も変わっています。なんと新しい担当者は、那須塩原から通っているとのこと。それでもまあ2時間で来られるということですが、遠い。
特に問題となるところはなく、出張校正そのものは30分で終了しました。
それから、中野へ。
中野で下車して、駅前の銀行へ。ちょっとした相談があったのですが、1分であっさり断られました。ムダにする時間が最少ですんでよかったと考えましょう。
それから大学へ。11時半武蔵境発の電車に間に合いました。
研究室に着いて、コンピューターを起動させると、金曜日の日と同じく、メインのHDが認識されません。いろんな対応策を試みて、やっと5回目でメインのHDがデスクトップに表示されました。金曜日と同じ症状が出ると言うことは、どこか調子が悪いのでしょう。そうこうしているうちに、電話が鳴りました。
採点の終わった答案を持ってきてくれるということです。ちょうどよいので、二人で総合文化研究所に出かけて、成績記入票への転記もすませることとしました。
まず、ふたりで、答案を学籍番号順に並べ替えました。それから、Y氏に読み上げてもらって、私が記入するという仕方で、たぶん100枚近くの答案の成績を転記しました。
答案と成績記入票のそれぞれを交代でチェックして、完了。
本日の用件は、これにて終了。帰りに教務課記録係に成績記入票を提出して、今年度の成績関係の仕事はすべて終わりです。
帰りもまだダイヤは乱れていましたが、問題なく、帰宅できました。
ひとりで7時前。子どもたちはまだよく寝ています。よく晴れています。昼食後、妻が子どもたちを荻窪に連れていってくれました。今日からお小遣い方式にしました。財布状の入れ物のなかに、今日はこれまで、という金額を入れ、JRの交通費や飲み物代を含め、自分で使うものはすべてそこから使うというやり方にしてみることにしました。
その間、私は、やっとこの机の上の片づけ。書類を見事な地層にしていたので、いつか片づけなければと思いつつ、出てきた書類は対処しなければならない可能性が高く、ずっと逃げていました。こういうときでもなければ、新学期まで逃げ続けることになります。半べそをかきながら、片づけに着手しました。机の表面が半分は見えるところまで、片づけてダウン。
ダウンしたころ、子どもたちが帰ってきました。3歳男児は、妻の背中。寝ているわけではありません。歩き疲れたようです。
ちいさいちびは出かける前は、荻窪の屋上でピンポンをしたいと言っていたのですが、自分のお金だと思うと、ピンポンはもったいないと感じたようです。結局、姉妹揃ってシール帳とシールを買ったのだそうです。
(シール交換は、今の小学生の流行りです。親は関心がないので、子どもたちだけの世界です。)わが家では小学生は、9時就寝です。
3歳男児は、その日の調子で、何時に寝てくれるのかわかりません。昨日は、公園で遊んで疲れたせいで、8時に寝付きました。このぐらいがちょうどよいのですが、今日は、遊びに行って来て、疲れているはずなのに9時になってもまったく寝る気配なし。仕方がないので、居間で、3歳男児につきあいました。
私は、文庫の坪内祐三『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』を読んだり、3歳男児の相手をしたり。坪内氏の文庫は、後ろの3分の1当たりから読み始め、最後に辿り着いて先頭に戻り、3分の2のところに達しました。つまり、読み通したことになります。坪内少年は、政治少年が嫌いで、文学少年が嫌いでした。(そう書いています。)
(その気持ち、よくわかるなー。)
ひとり遅れて、8時前。疲れが出ました。晴れ。昨日、大切な書類のセットを研究室に忘れてきたことに気付きました。ポケットに、昨日読みかけた文庫、坪内祐三『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』を押し込んで、10時前に家を出ました。
中央線快速は、土日は、西荻窪に止まりません。2回乗換をしないと、大学には着かないのですが、うまく電車が繋がって、10時半には大学に着きました。
用事は、書類だけです。机の上にちゃんと置き忘れていたファイルをカバンに入れ、そのまま取って返しました。11時過ぎには、西荻窪に着きました。99ショップでミルクを4パック買ってから帰宅。ガード下に、新しい中華屋が1週間ぐらい前にオープンしています。一度食べてみようということで、今日の昼食は、そのお店。3歳男児にとってはほんとうに久しぶりの外の食事です。
広東料理の系譜。妻の舌でもOKということです。メリットは安いこと。5人で、2280円。その後は、妻は、美容院、3歳男児は、ドングリ公園。3歳男児は、ママといっしょに行くと言っています。あまり行く気のなかったちびどももいっしょにドングリ公園に来てもらうことにしました。駅でしばらく、ママを待つと言っていた3歳男児ですが、ちびどもがママはあっちと言って、うまく誘導してくれました。駅から歩くと、ドングリ公園まではいくらか距離があります。遊びながら、歩いていきました。ぼくサッチー、のまねで、手のひらを前にかざしてストップと言いながら、歩いていきます。通りすがりのお年寄り達が笑っていました。
いつもとはまったく違うルートで、ドングリ公園に辿り着きました。
子どもたち3人で、まず岩上りをし、ついで、食べ物やさんごっこ(広い意味ではままごと)をし、それからかくれんぼをし、と仲良く遊んでいます。3人で仲良く遊んでくれると私は楽です。
そうこうするうちに、妻の美容院が終わり、妻は一度家に帰って自転車で公園にやってきました。
付添の交代。自宅までは、1キロぐらいでしょうか。ちょうどよい運動になりました。
今日は3人仲良く遊んだので、帰ってきてからも機嫌がよい。平和に一日が終わりました。
ひとりで6時20分。雨。久しぶりの雨です。お昼頃、雨は上がりました。雨が上がったのを確かめてから、打ち合わせのために大学へ。
研究室に着くと、ふだん使っているOld Mac のメインハードディスクが起動しません。HDがとうとうとんだのかと思ったのですが、いつも通り、幾通りかの仕方で、対応してみました。ずっと認識されなかったメインハードディスクですが、システムディスクを入れてから、CDから起動を選ぶと認識されました。DiskFirstAid をかけると、何も問題がないと出ます。コンピュータにはたまにそういうことがあります。2点、用件をこなしてから帰宅。帰る頃には、すっかり晴れて暖かくなっていました。
子どもたちが寝付いたあと、机のまわりの片づけをしていると、すこし前に買った文庫、坪内祐三『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』(新潮文庫、2008)が目にとまりました。手に取って、ぱっと開いたページから読み始めました。
坪内さんは、私と同い年(同じ世代)です。読んでいると、今の世では消滅したいろんなものを思い出します。なつかしいな。
さて、p.275 に色川武大の次の言葉が引用されています。孫引きしても、坪内さんは許してくれるでしょう。「西欧の作家とちがって、大きな軸のない私たちには、自分がぶつかる塀を持たない。要するに相手役が居ない。だから、概念的に信じる物を持てなければ、感性の発散だけになる。」「この国の作家は、古来から、多くは感性地獄におちいっている。言葉を空に投げているだけで、キャッチボールができにくいのである。」
「私にできるとすれば、記す事象の内容の座りをよくすることではなく、人が誰でも底の方に持っている真摯さのようなものをできるだけ現わしていって、他者の胸の中の真摯さを蘇生させていく―それが散文する行為のようにも思えるのである。」
この言葉は、作家だけではなく、日本の人文系の学者にも当てはまるように思います。(実は、いまをときめくKさんについて、同僚の社会学者とこういう話をしたばかりです。)
もちろん、ひとごとではなく、私もこの問題は常日頃感じています。
ひとり遅れて7時。気温は低いが日射しには春を感じるようになりました。同時に、花粉症。昨日の教授会でも、マスク人間が多数出現していました。わが家でも、おおきいちびが、目が痒いと、泣きべそ。いろいろあって今日も疲れました。
3歳男児と同時に、6時40分。このぐらいがちょうどよい。また冬の寒さです。今日は会議の日。
片づけをしようと思い、いつもよりすこし早めに大学に出ました。到着して、11時半。まず、「科学思想史」の成績表を提出しました。それから、特別食堂へ赴き、昼食。そば定食。昼食後、研究室にて、机の上の片づけ。ようやく、机の上面が見えるまで片づけました。
2時〜3時50分。コース委員会。本来は、3時に終了が予定されていた会議です。
次の大学院教授会は、そういうわけで、50分遅れでスタート。
いろいろあって、教授会の終了は、7時20分。
それから間髪を入れずに、大学院企画運営室会議。終了したのは、8時でした。
もうすこし時間があると思っていました。教授会の合間にしようと思っていた打ち合わせも、余裕がなく、延期。
なかなか疲れました。帰宅して、9時前。食事をとり、ちびどもを寝かせつけ、お風呂に入ると、眠くなってきました。
地震(4時54分)で目覚めて、5時過ぎ。冬が戻ってきました。空気がひんやりしています。なんだかいろいろあって、とても疲れました。
ひとり遅れて7時50分。疲れが出ました。階下に降りるとちびどもはすぐに出かけていきました。曇り。子どもたちを送り出してすぐに、次の本が届きました。
Julie Robin Solomon and Catherine Gimelli Martin (eds.),
Francis Bacon And the Refiguring of Early Modern Thought: Essays to Commemorate the Advancement of Learning (1605-2005)
Aldershot: Ashgate Publishing, 2005
(目次は、下にあります。)午後に、大学の業務。
1時半開始。予想よりすこし手間取って、3時ぐらいまでかかりました。まあ、でも、単純作業なので、ストレスはありません。研究所ですこし雑誌編集の状況を確認してから帰宅。
[裏の廃屋2.16]
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2009.2.16
朝方、チェンソーの音が鳴りました。おお、木を切っています。このまま全部整地してくれると助かるのですが、どうなるのでしょうか。
午前4時。もちろん、はやすぎます。散歩を兼ねて、お昼過ぎに、近所を一周してきました。駅向こうの本屋さんで、次の2冊を買いました。
花輪和一『刑務所の前 第1集』小学館、2003
坪内祐三『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』新潮文庫、2008
花輪和一の『刑務所の前 第1集』は帰宅してすぐに読みました。何とも言えず、不思議な展開になっています。ふと入手した錆びた実銃を手入れする話と、中世の鉄砲鍛冶に関する説話が交互に出てきます。これが不思議にマッチしています。
[裏の廃屋]
2006年3月2日に屋根が崩落した隣家ですが、やっと片づけてくれました。先週の木曜日(2月12日)に工事の人がやってきて、土曜日まででほぼきれいにしてくれました。3年かかったことになります。ほんとうにやっとです。
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2006.3.4
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2009.2.12
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2009.2.12
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2009.2.13
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2009.2.14
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2009.2.15朝方はおおきな黒猫が寝そべっていました。その後は、鳩がエサを啄んでいます。動物たちには、絶好の休憩所&エサ場です。
この後、どうなるかについては、まだ何も聞いていません。わが家はちょうど台所の向こう側にありました。朝起きて居間に降りてくると、台所の窓が一番明るい。何にせよ、明るくなることは良いことです。
ひとりで6時40分。居間に降りると、19度。え? 妻が昨日、春一番、春一番と言っていました。え、どこに、と思っていたら、夜中、風が強まり、雨も降ったようです。バレンタインデーに春が来た、ということでしょうか。ちびどもが代々木公園に行きたいというので、久しぶりに家族全員でお出かけ。3歳男児は絶好調。いろんなところで芸をして、人々を楽しませています。親の立場からすればこれがなかなか大変。
代々木公園といって、行きたかったのは、NHKテーマパークでした。
会場内をぐるっと一周したあと、再び、代々木公園へ。気温が24度まで上がっています。ちびどもはアイスクリームを食べ、そのあとはかくれんぼ/おいかけっこをしていました。それから、橋を渡って、芝生の方へ。森のなかで、ドングリを捜したり、木っ端を集めたり、一種のままごとでしょうか、そうして遊んでいました。
すこし寒くなってきはじめたところで帰途へ。
予想とおり、新宿駅で電車を待っている間に、3歳男児は昼寝に着きました。
こう書くとなんてことないと思われるでしょうが、親はけっこう疲れました。
夜半に目覚め、すこし仕事。2時間かけて、昨日持って帰った答案の採点を終えました。ふー。採点は、体験のない方に説明するのが難しい、大学教員という職業に特有の、ある種の修業=試練です。この苦しさの特有さを何に喩えればよいでしょうか。朝の起床は、7時半。こどもたちは全員起きていました。妻はお腹が痛いとダウン中。
10時ぐらいに妻は復帰しました。それから急いで、第2校の残る部分を処理しました。1時間で完了し、郵便局に行って、投函。
午後、採点した答案から、成績を成績記入表に転記。最後のものは2人で採点しています。私の分は終了したことになります。さて、相棒はいつ、採点してくれるでしょうか?
大学の仕事がまだいくらか残っていますが、急を要するものはだいたい対応できたと思います。
3歳男児が目覚め、6時半。3歳男児は昨日4時に寝てしまいました。途中で起きるかと思いましたが、朝までぐっすり寝ました。よしよし。快晴。直ったら学校に行かせるつもりだったちいさいちびですが、朝方様子を見ると、まだ咳をし、微熱が残っています。安全をとって、休ませることとしました。
部屋にあり、採点を終了したものの成績記入表への転記をすませました。
ついで、お昼に届いた2校の校正をしていました。2番目の方と3番目の方が、意外なほど数多く、赤を入れており、チェックにずいぶん時間を取られました。まあ、それも、2時間ほどで何とか確認しました。
その後、大学に残っている答案を取りに行きました。研究所によって、雑誌の編集状況を確かめてから、帰宅。(書評がまだ1本も入っていないという話でした。うーん。)
[フランシス・ベイコン 2.12]
ベイコンは、ラテン語と英語で著していますが、大学に席をおく学者であったわけではありません。職業としては、法律家:政治家:役人だったわけです。学歴を確かめておきます。
1573年6月ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに入学。1575年12月ケンブリッジを(何の学位を取得することなく)去る。(大学は伝染病で封鎖された時期があり)実質的に勉強していたのは2年間。
1576年6月「グレイズ・イン(グレイ法曹院)」に入る。
1576年9月駐仏大使に随行して、フランスへ渡る。
1579年2月22日の父の死により、3月帰国する。グレイ法曹院に戻る。
つまり、2年半、フランスに滞在したこととなる。1581年には、下院議員に選出され、その後法律家(政治家)として階段を上っていく。
その後はよく知られているように、大法官(1618年)になるも、1621年収賄罪で有罪宣告を受け、その後は隠遁生活に入っている。
つまり、大学で学位を取ることもなく、大学で教鞭をとったこともない人物であったということです。
ヴィッカーズによれば、ラテン語・フランス語には十分習熟していたが、ギリシャ語はそれほどでもなかった、そして、古代ギリシャの著作は、基本的にラテン語訳で読んでいる、ということです。(ヴィッカーズは、ベイコンの用いた単語・用語から、ベイコンの使ったラテン語やフランス語の版をいくつか特定しています。)(to be continued...)
2009.2.13 (ある程度続きが見えた方もおられると思いますが・・)
この時代のイギリスで、思想史(哲学史・科学史)において、必ず取り上げるべき大思想家としては、ベイコン、ホッブズ、ボイル、ロック、ニュートンの5名をピックアップしてもそれほど間違いではないでしょう。
この5人の中、ニュートンを例外として、職業としては大学人ではなかった点が目立つ共通点だと思われます。上にあるとおり、ベイコンは、大学を卒業していません。ホッブズは、オックスフォードを卒業していますが、職業としては家庭教師(キャヴェンデッシュ家)の期間が長い。しかも、青年貴族の大陸旅行に付添い、かなり長く大陸に滞在している。大学のポストには無縁の生活を送っています。
ボイルは、私が諸処に記した通り、そもそも大学なるところに通ったことがありませんし、大学のポストを得たこともありません。(オクスフォードから名誉学位はもらっていますが)。そして、教育は基本的には、フランス語圏(ジュネーヴ)において、フランス語で受けている。
ロックは、オックスフォード大学を卒業後(1656学士、1658修士&クライストチャーチ特別研究員、1674医学士)、ギリシア語講師のポスト(1661)、修辞学講師(1663)を与えられているが、アシュリー卿(後の初代シャフツベリー伯)の知遇を得てからは、特別研究員の地位を保ったまま、アシュリー卿に仕えることとなった。
フランスには何度か出かけており、1683年から1689年(名誉革命)の間はオランダに亡命していた。帰国後は、閑職(訴願局長)に着く。
つまり、ロックは、大学で教えたことはあるが、教授にはならず、職業としては役人の時期が長い。孤立していたニュートンは、ケンブリッジに入学し、ケンブリッジで教授となるが、後半生(ロンドン移住後)は役人として暮らした。
ひとりで7時半。3歳男児は起きていました。ちびどもは不明。昨夜二人でいつもより遅くまでおしゃべりしていたようです。曇り。どうもちいさいちびは、アイススケートに行くと、風邪にかかるようです。朝のうちに熱が出てきました。まだ微熱ですが、様子からすると、ある程度まで上がりそうです。まだ2回目なので、身体が対応しきれていないのでしょう。
採点。
手元にあるものはすべて採点終了しました。しかし、大学にまだどっしりとした量が残っています。(たぶん、60枚から80枚程度と予想されます。)
採点完了となるのは、もうすこし先です。[フランシス・ベイコン 2.11]
昨日届いた Bacon: The Major Works の冒頭の解説(Brian Vickers)を読んでみました。的確な整理です。ベイコンがどういう書物をどういうふうに読んだのか、もっとも信頼できる解説が書かれています。そして、結びが次。ベイコン『学問の進歩』中公, p.314
「人間の才能と知識の像は本の中にとどまり、時間の与える危害を免れ、絶えることのない更新が可能である。それらを像と呼ぶのも適当ではない。なぜなら、それらのものは絶えず生み出し、他人の心の中に種を蒔き、あとに続く時代に無限の行動や意見を呼び起こし、生じさせる原因となるからである。」Bacon: The Major Works, p.168,
"But the images of men's wits and knowledge remain in books, exempted from the wrong of time and capable of perpetual renovation. Neither are they fitly called images, because they generate still, and cast their seeds in the minds of others, provoking and causing infinite actions and opinions in succeeding ages."日本語と英語では、与える印象が違います。主としては、 " images" と「像」という語の差でしょう。" images" に適切な日本語を当てるのはなかなかに難しい。そもそも、ベイコン自身が" images"という語は適切ではないと言っているのですからなおさらです。日本語の「像」よりももっと実質的なものですが、意訳してしまえば、「思想」ぐらいになるでしょうか。(人間の思想は、本に保存され、他者の精神に種を蒔く、ぐらいでしょうか。)
ひとりで5時。寝た時刻から考えると、ちょっとはやすぎます。会議の日。
10時〜10時50分:打ち合わせ。
11時〜12時:修論審査面接
1時〜1時40分:大学院企画運営室会議
2時半〜6時前:学部教授会。
久しぶりに学部教授会が長時間となりました。けっこう疲れました。帰宅すると、次の本が届いていました。
Francis Bacon
Francis Bacon: The Major Works including New Atlantis and the Essays
(Oxford World's Classics)
Oxford: Oxford University Press, 1996, 2008
814頁の長い本です。タイトルにあるとおり、New Atlantisと Essaysが中心です。[フランシス・ベイコン 2.10]
フランシス・ベイコンの書誌ですが、たとえばThe Cambridge Companion to Bacon の冒頭の年表のように、ベイコンの没年(1626年)で終わっているものは、思想史研究では使えません。死後出版のものもきちんとリストアップすべきです。とくにベイコン主義の成立を考えたとき、その時代の人がどういうテキストを読み得たかを確定しておくことはとても重要です。その時代の人が読み得ないものを根拠に、ベイコン主義、ベイコンの影響を語っても無意味です。もう1点、何語で出版されたのかも重要です。英語で出版されていたとしても、たとえば、同時代の大陸の人は、(一部の例外を除き)読むことが出来ません。大陸への影響ということを考えれば、ラテン語版が出版されているかどうかが決定的です。そして、そのラテン語版ですが、流通のしやすさを考えれば(大陸における普及の観点では)、大陸で出版されたかどうかはかなり大きい。ロンドンで出版されたものが、まったく流通しないわけではないが、壁があると見なすべきでしょう。
ということで、文献リスト(書誌の表)は、何語の出版物かはっきりとわかるよう記されているべきでしょう。さて、日本語のもので言えば、花田圭介編 『フランシス・ベイコン研究』の巻末の書誌は、割とよいものです。とくに邦語の文献リストはよく出来ていると思います。
欧文のもの(Bibliography Composed by Keisuke HANADA) も実際使ってみると、割とよく出来ています。しかし、表記にもう一工夫あるべきでした。ゴチックやボールドを活用すべきでした。あるいは、表題部分には、活字の大きさかフォントを明白に変えるべきでした。
たとえば、『ノヴム・オルガヌム』の次の表記。
Novum Organum ――― New Organon (English Version)
この表記は、ぱっと見て、え、何語?と思わせます。
具体的な作品の記述をよく読むとわかるのですが、表は、見やすさ・わかりやすさが命です。ということで、実際に調べてみて、思った以上にずっと苦労したのですが、17世紀に限定して、ベイコンのラテン語出版物をリストアップしてみます。
Francis Bacon in Latin
De sapientia veterum liber, London, 1609
Instauratio magna, London, 1620
This book consists of Novum organum,
and Parasceue, ad historiam naturalem, et experimentalemHistoria naturalis et experimentalis ad condendam philosophiam : siue, phaenomena vniuersi: quae est Instaurationis magnae pars tertia, London, 1622
Running Title is Historia ventorumHistoria vitae & mortis : Siue, titulus secundus in Historia naturali & experimentali ad condendam philosophiam; quae est Instaurationis magnae pars tertia , London, 1623
Running Title is Historia vitae et mortisOpera Francisci Baronis de Verulamio : vice-comitis Sancti Albani, tomus primus: qui continet De dignitate & augmentis scientiarum libros IX. Ad regem suum, London, 1623
Operum moralium et civilium tomus : Qui continet historiam regni Henrici Septimi, Regis Angliae. Sermones fideles, sive interiora rerum. Tractatum de sapientia veterum. Dialogum de bello sacro. Et Novam Atlantidem. Ab ipso honoratissimo auctore, praeterquam in paucis, Latinitate donatus. Cura & fide Guilielmi Rawley, Sacrae Theologiae Doctoris, olim dominationi suae, nunc Serenissimae Majestati Regiae, a sacris. In hoc volumine, iterum excusi, includuntur Tractatus de augmentis scientiarum. Historia ventorum. Historia vitae & mortis. Adjecti sunt, in calce operis, libri duo Instaurationis magnae., London, 1638
Scripta in naturali et vniuersali philosophia, Amsterdam, 1653
I. Cogitata & visa de interpretatione natururae
II. Descriptio globi intellectualis
III. Thema coeli
IV. De fluxu & refluxu maris
V. De principiis atque originibus secundum fabulas Cupidinis & Coeli
VI. Impetus philosophici
Opuscula varia posthuma, philosophica, civilia, et theologica, London, 1658
Opuscula sex philosophica simul collecta
Opus illustre in felicem memoriam Elizabethae Angliae Reginae
Confessio fidei, Anglicano sermone conscripta
Opera omnia, quae extant, Francofurti ad Moenum, 1665
Sermones fideles, ethici, politici, oeconomici: sive interiora rerum.
Sylva sylvarum, sive historia naturalis.
Scripta in naturali et universali philosophia.
Historia vitae et mortis.
Phoenomena universi, sive historia naturalis & experimentalis de ventis.
Novum organum scientarum sive iudicia vera de interpretatione naturae.
De dignitate & augmentis scientarum, lib IX sive instaurationis magnae pars prima.
3歳男児が7時。私が7時10分。曇り。どんよりとした曇りです。薄ら寒い。いろいろあって、わー、つかれた。
約束(おおきいちびの誕生のプレゼント)により、アイススケート場へ。11時過ぎにお昼を食べてから、千駄ヶ谷のアイススケート場へ行くこととしました。わが家からは一番近いスケートリンクです。
はじめての場所ですが、わかりやすい場所にありました。(国立競技場の道を挟んで隣にあります。)
ちびどもはプールみたい、と言っていました。
薄暗い体育館のなかの練習場という雰囲気です。フィギャースケートの上手な選手達が練習をしていました。ぱっとみて、私には2回転なのか3回転なのか区別はつかないのですが、数名、2回転/3回転を飛んでいる選手がいました。どういう人なのかわからないのですが、おじさんでやたら速くすべっている人もいました。
ちびどもは、端っこをただくるくるしていました。フェンスにつかまったり手を離したり。
付添の部屋がありました。椅子もあり、ベンチもあり、机もあります。暖かい部屋で自動販売機も数台あります。助かる。私はただそのベンチに座って、ガラス越しに見ていました。
お母さん達の社交場にもなっていました。子どもと滑っているお母さんもいましたが、私のようにただ付添で見ているお母さんたちも10人近くいました。机を数台並べて、まるで会議のように円形に座って歓談。見た目が地味で、雰囲気も暗いので、ちびどもは、赤坂サカスの方がよかったと言います。全体的印象は、体育館の練習場ですから、そういう感想も当然かもしれません。
疲れたようなので、3時半には退出しました。外に出ると、お母さんが運転する立派な車の後部座席に、はっきりと放課後の練習に来た小学生の子ども(フィギャースケーター)とわかる子が乗っているのが見えます。帰り道にも、そうした子が歩いてくるのに出会いました。リンクが大きいので、なかはフィギャーの練習、そとは一般利用というふうにおおまかに分けていました。
ちびどもはお腹が空いたようです。駅前のカフェで、一服。ちびどもはジェラート。私はカフェモカ。4時半には帰り着きました。
ひとりで6時40分。おおきいちびの9回目の誕生日。おおきいちびはほんとうにおおきくなっています。なお、2月8日は、周期律で有名なメンデレーエフの誕生日です。そして、メンデレーエフの生まれ変わりかと評判のK氏の誕生日でもあります。なんだろうな。
ちいさいちびの喉風邪をもらった3歳男児は、ごほん、ごほんしています。元気そうですが、ふとしたきっかけでごほん、ごほん。
私は直接見ていませんが、おねえちゃんたちと飛び回って遊んでいるときに、咳き込んで、たくさん飲んだミルクを、鯨のように戻したということです。半日、部屋ににおいが残っていました。[フランシス・ベイコン 2.8]
Sir Francis Bacon's New Advancement of Learning
Bibliography別の捜し物をしていたら、ウェブで次の論文に出会いました。
Bernard Joly, "Francis Bacon réformateur de l'alchmie: tradition alchimique et invention scientifique au début de XVIIe siècle", Revue philosophique de la France et de l'étranger, 2003/1, Tome 128, no.1, pp.23-40.
ジョリーさんの論文を見て、次のものをまだ読んでいないことに気付きました。
Silvia A. Manzo, "Francis Bacon and Atomism: A Reapraisal", in Late Medieval and Early Modern Corpuscular Matter Theories, (Leiden: Brill, 2001), pp.209-243.
この2点の論文により、リーズの研究がベイコン物質理論研究の転換点であったことが再確認されました。まだ院生だった時代に、次の7点の論文を読み、非常に感心した記憶があります。かなり丁寧なカードをとりました。
Graham Rees, "Francis Bacon's Semi-Paracelsian Cosmology", Ambix, 22(1975), 81-101
Graham Rees, "Francis Bacon's Semi-Paracelsian Cosmology and the Great Instauration", Ambix, 22(1975), 161-173.
Graham Rees, "The Fate of Bacon's Cosmology in the Seventeenth Century", Ambix, 24(1977), 27-38.
Graham Rees, "Matter Theory: A unifying factor in Bacon's Natural Philosophy?", Ambix, 24(1977), 110-125.
Graham Rees, "Francis Bacon on Verticity and Bowells of Earth", Ambix, 26(1979), 202-211.
Graham Rees, "Atomism and 'Subtlety' in Francis Bacon's Philosophy", Ann.Sci., 37(1980), 549-571.
Graham Rees, "Mathematics and Francis Bacon's Natural Philosophy", Rev.Int.Phil., 40(1986), 399-426.
イギリス滞在中に次の論文・レビューのコピーを取っています。
Graham Rees, "Quantitative reasning in Francis Bacon's Natural Philosophy", Nouvelles de la republique des lettres, ?(198?, 27-48.
Graham Rees, "<
>: toward a new edition of the works of Francis Bacon", Nouvelles de la republique des lettres ,?(1987),37-48. Graham Rees, "Review: Copenhaver and Schmitt,Renaissance Philosophy,etc.", Bulletin of the Society for Renaissance Studies, x(1993), 17-22.
フランス語の雑誌『新文芸共和国』に関しては、以上のように、書誌がいくらか混乱しています。この点は、あとで調べて、直します。
夜中に目覚めたのですこし仕事。採点とベイコン書誌の整理を平行して行っています。木曜日3限の科学思想史の講義ですが、授業をやっているときには反応がよくわからなかったのですが、答案を見る限り、届いているところには届いています。ちびども、3歳男児に続いて、6時40分。このぐらいがちょうどよい。
今日は1日業務です。2限の授業があるときと同じ時間帯で出勤。3限まで授業があるのと同じだけ働いてから、編集委員会。直接東工大に向かいます。編集委員会は4時から。丸一日仕事となります。
実はちびどもも学校開放(昔の参観日)に当たり、普通に学校に行きます。その代わり、月曜日が振替休日。→業務のあいだに、卒論を数点読み進めることができました。悪くない出来です。卒論に関しては、終わりが見えてきました。
外語大から東工大へは、乗換案内によると、1時間1分。歩く時間をカウントして、1時間15分から20分だろうと計算し、2時40分に外語大を出ました。割とうまく電車が繋がって、3時50分に大岡山に着きました。駅内のコンビニでサンドイッチを買ってから、編集委員会会場へ。
編集委員会は、4時10分に始めました。6時20分ぐらいまでかかりました。
朝からの仕事で疲れがあります。夕ご飯はおつきあいせず、まっすぐ帰宅しました。
妻は風邪にてダウン寸前。3歳男児は昼寝をしていました。8時過ぎ、妻が3歳男児を寝室に連れていこうとした途端、目を覚ましました。ずっと寝てくれると思ったのですが、仕方ありません。風邪の妻には、先に休んでもらって、3歳男児と私の二人で居間にいました。10時には寝てくれるのではと期待していましたが、どうも十分な時間昼寝をしたようです。まったく寝そうな気配がありません。えーと、思いつつ、結局寝付いたのは1時。9時から4時間つきあったことになります。3歳男児は、ちいさいちびから咳の風邪をもらっています。それも、リズムが乱れた理由のひとつかもしれません。
[フランシス・ベイコン 2.7]
フランシス・ベイコンに関しては、オクスフォードが新しいクリティカル・エディションを発行中です。全15巻で、現在はたぶん6巻が出版されています。
(Oxford ; Tokyo : Clarendon : Oxford University Press)Vol.4, The Advancement of Learning , 2000
Vol.6, Philosophical Studies c .1611-c .1619 , 1996
Vol.11, The Instauratio Magna Part II: Novum Organum and Associated Texts, 2004
Vol.12, Historia naturalis et experimentalis : Historia ventorum and Historia vitae & mortis, 2007
Vol.13, The Instauratio Magna : Last Writings, 2000
Vol.15, The Essayes or Counsels, Civill and Morall , 1985, 2000
日本の図書館がどの程度所蔵しているのか調べてみました。ウェブキャットの調査では、
第4巻は23館、第6巻は25館、第11巻は24館、第12巻は14館、第13巻は26館、第15巻は22館、
となります。少なすぎます。個人的は、哲学科のある大学は、すべてそろえるべきだと思いますし、哲学のポストがある大学は、所蔵を真剣に検討すべきです。なお、私が滞英中に購入した次の本なんか、慶応の1館にしか所蔵されていません。いったい、どうしたことでしょうか。
Graham Rees assisted by Christopher Upton
Francis Bacon's natural philosophy : a new source : a transcription of manuscript Hardwick 72A with translation and commentary,
(BSHS monographs ; 5)
Chalfont St Giles, 1984
(部屋のどこかにあるはずですが、まだ見つけていません。本格的な捜索を後回しにしているせいです。)これまでの調査では、新しい研究が欠けています。とくに、21世紀に入ってからのものがほとんど視野に入ってきていません。ISIS Current Bibliography の2007年と2006年を手始めに見てみました。
次の論集が、どうも最新の研究論文集のようです。Julie Robin Solomon and Catherine Gimelli Martin (eds.),
Francis Bacon And the Refiguring of Early Modern Thought: Essays to Commemorate the Advancement of Learning (1605-2005)
Aldershot: Ashgate Pub, 2005
amazon.com に発注しておきました。1ヶ月ぐらいでは着くでしょう。目次(Table of Contents) は次の通りです。
Julie Robin Solomon, "Introduction"
Reid Barbour, "Bacon, Atomism, and Imposture: The True and the Useful in History, Myth, and Theory"
Michael McCanles, "The New Science and the Via Negativa: A Mystical Source for Baconian Empiricism"
Catherine Gimelli Martin, "The Feminine Birth of the Mind: Regendering the Empirical Subject in Bacon and His Followers"
John C. Briggs, "'The Very Idea!': Francis Bacon, E. O. Wilson on the Rehabiliation of Eidos"
Jerry Weinberger, "Francis Bacon and the Unity of Knowledge: Reason and Revelation"
Guido Giglioni, "The Hidden Life of Matter: Techniques for Prolonging of Life in the Writings of Francis Bacon"
Daniel R. Coquillette, "'The Purer Foundations': Bacon and Legal Education"
William T. Lynch, "A Society of Baconians?: The Collective Development of Bacon's Method in the Royal Society of London"
Fritz Levy, "Francis Bacon, The Advancement of Learning, and Historical Thought"
Timothy J. Reiss, "'Seated Between the Old World and the New': Geopolitics, Natural Philosophy, and Proficient Method."
ひとりで4時40分。ちょっとはやすぎます。3歳男児もちびどもも7時前には起きてきました。ちびどものリズムは、学校があるせいでしょう、安定しています。3歳男児のリズムは揺らいでいます。たまに昼寝をすることがあり、昼寝をしてしまうと揺らぎが大きくなります。
以下の通り、ベイコンについてのまとめと採点作業を平行してやっています。成績提出締切の早い4年生(2月19日木曜日締切)の分は、なんとか採点し終わりました。1〜3年生の普通の科目は、2月27日締切なので、すこし余裕がありますが、ほかの仕事との兼ね合いもあり、できれば、2月19日までに採点だけは終了させておきたいと考えています。
一昨日アマゾンに注文した次の書物がお昼前に届きました。
木村俊道
『顧問官の政治学―フランシス・ベイコンとルネサンス期イングランド』
木鐸社、2003 , 274pp+xxxii
一昨日アマゾンに注文した次の書物が午後2時に届きました。
塚田富治
『ベイコン (イギリス思想叢書)』
研究社、1996
[フランシス・ベイコン論点 2.6]
論点の抽出も行います。1.「デカルトとベイコン」
ベイコンが、1561-1626。デカルトが、1596-1650。生年で言えば、ベイコンの方が35年早い。当然、デカルトはベイコンを読んでいたと予想されます。
実は、谷川多佳子「ベイコンとデカルトの間」『フランシス・ベイコン研究』pp.255-278 がこの問題を扱っています。
谷川さんの論文の冒頭は、次のように始まります。
「ベイコンは一七世紀初めのフランスで広く読まれていた。その著作はパリ市民の蔵書の多くを飾っていたし、『ノヴム・オルガヌム』は知識人の間に浸透し哲学や科学にたずさわる主だった人々に知られていた。」
「単純本性」と「形相」の問題は、一度私も扱おうと考えたことがあります。ノートはとりましたが、論文としてまとめるまでには至らず、そのままになっていますが、私の問題関心にとっては重要なので、今回、見直そうと思っています。2.「イギリスのベイコン主義者とベイコン」
この問題を扱うためには、いくつか位相を分ける必要があります。
i) ベイコン生存中。-1626
ベイコン主義と呼ばれるような運動・思想は生じていないように思われます。(きちんとは調べていません。)
ii) ベイコンの没年からイギリス革命まで 1626-1642
なにかあったのでしょうか。
iii) イギリス革命期 1642-1660
社会と国家と知識の大革新(革命?)のビジョンのもと、ベイコン主義の新しい動きが生じる。ドイツ系亡命知識人が大きな役割を果たす。
iii) 王立協会初期 1660-1680 ?
王立協会の公式のイデオロギーとして、ベイコン主義が採用される。ボイル、フック、ニュートン、スプラット、グランビル等々。
この問題に関しては、個別に対応する必要があります。ホッブズはどの程度ベイコンに依拠するのか? ボイルはどの程度・どういう意味でベイコン主義者なのか? フックは? ニュートンは?3.「ドイツにおけるベイコンの受容」
これは、少なくとも一七世紀と啓蒙期に分けて考える必要があるでしょう。
ライプニッツやカントにおけるベイコンという問題は、焦点をして立てることができるでしょう。4.「フランス百科全書派におけるベイコン」
よく知られたテーマですが、いったい、百科全書派はベイコンの何を読んだのか?は一度きっちりと追求されるべきでしょう。5.「「知は力なり」のモチーフ」
実は、昨日読んだ次の論文がこの問題を扱っています。
前田達郎「ベイコンの科学思想―「知は力なり」という思想の意義」『フランシス・ベイコン研究』pp.197-226.
前田さんも指摘しているように、verum et factum convertuntur 真理=製作、真なるものと作られたものは相互に置換される、というヴィーコの有名な格言に関連づけて考察されています。この「真理=製作」の観念の系譜ももちろん重要です。
夜半に目覚めて、すこし仕事。ひとり遅れて、7時45分。階下に降りて、朝食を食べている間に、ちびどもは出かけていきました。2日休んだちいさいちびも元気に飛び出しました。
午後2コマの試験。3限と5限。
3限も5限も、普段授業には顔を見せない学生が試験は受けに来ていました。教室が埋まるとなかなかの迫力です。とくに5限は、200人を超えます。やはり人数は力です。[フランシス・ベイコン 2.5]
2007年に出版された中公の『哲学の歴史』にベイコンがあったことを思い出しました。次です。伊藤博明「フランシス・ベイコン」『哲学の歴史4 ルネサンス』(中央公論新社、2007),pp.629-674, 682-4
参考文献は、pp.682-4 にあります。研究文献としては、邦語で9点、欧語で26点、あがっていますが、とくに目新しいものはありません。
邦語文献の最新は、2003年に出版された木村俊道氏の『顧問官の政治学』です。欧語文献で最新は、1998年のZagorin, Francis Baconです。大学の研究室で、ロッシ『哲学者と機械』(学術書房、1989)を探し出しました。試験のあいまに、関連する部分を読み直していましたが、これはよい本です。基本書として読む価値があります。
ということで、目次を掲げておきます。
第1章 16世紀における機械的技術と哲学
第1章の1 技術の新しい評価―パリッシ、ノーマン、ビーベス、ラブレー、ギルバート卿
第1章の2 技術的論考、古典の翻訳、注釈
第1章の3 1400年代の芸術家と実験家
第1章の4 レオナルド・ダ・ヴィンチ
第1章の5 ルネサンスの職人、建築家、科学者
第1章の6 1500年代の「機械に関する著作」―ビリングッチョ、アグリコラ、グイドバルド、ラメッリ、ロリーニ第2章 科学的進歩の理念
第2章の1 科学革命
第2章の2 1500年代の技師たちにおける知識の「進歩」の理念
第2章の3 科学の進歩と近代人の優越性―ボダン、ル・ロワ、ブルーノ、ベイコン
第2章の4 古代派と近代派の論争〔新旧論争〕
第2章の5 協力による進歩―アカデミー
第2章の6 認識主体としての人間―パスカル第3章 1600年代における哲学・技術・技術誌
第3章の1 トマゾ・カンパネッラ
第3章の2 デカルト
第3章の3 メルセンヌとガッサンディ
第3章の4 ガリレオ
第3章の5 技術誌の計画
第3章の6 イギリスのベイコン主義者たちとロバート・ボイル
第3章の7 アルシュテートとライプニッツ
第3章の8 啓蒙主義という遺産―ダランベールとディドロ
付録1 自然―技術の関係と世界という機械
付録2 フランシス・ベイコンにおける科学の真理と有用性
付録3 新科学とプロメテウスの象徴
ひとりで6時40分。妻もちびどもも7時前に起きてきました。ちびどもにはちょうどよい時間です。[フランシス・ベイコン 2.4]
2009年4月から7月までの駒場の授業は、「フランシス・ベイコンの思想とベイコン主義の位相」というタイトルで行います。日本人の研究も押さえておきたいと思っています。文献調査を開始しています。まずは、このコンピューターのHDと私の部屋のなかから探し始めます。
記録していないものがすこし残っているかもしれませんが、持っているのは、次のものです。
ベイコン、フランシス Francis Bacon の邦訳原典
『世界の大思想6 学問の進歩 ノヴム・オルガヌム ニューアトランチス』 河出書房新社、1966
『ノヴム・オルガヌム(1620)』桂寿一訳、岩波文庫、1978
『中公世界の名著 随筆集 学問の発達 ニュー・アトタンティス』成田成寿訳、中公、1979
『学問の進歩』服部英次郎・多田英次訳、岩波文庫、1974邦語研究書
ファリントン『フランシス・ベイコン―産業科学の哲学者』岩波書店、1968
ロッシ『魔術から科学へ』サイマル出版、1970
石井栄一 『(人と思想)ベーコン』清水書院、1977
坂本賢三『ベイコン (人類の知的遺産30)』講談社、1981
花田圭介 『ベイコン』勁草書房、1982
菊池理夫『ユートピアの政治学―レトリック・トピカ・魔術』新潮社、1987
パオロ・ロッシ『哲学者と機械』伊藤和行訳、学術書房、1989
花田圭介編『フランシス・ベイコン研究』(イギリス思想研究叢書)、御茶の水書房 、1993最後の論集(花田圭介編 『フランシス・ベイコン研究』)は、日本の研究状況を知るのに便利です。目次を掲げます。
福鎌忠恕「ベイコン解釈の基本問題―ルネサンスよりバロックへ」
高橋真司「ベイコン『エッセイズ』の読み方」
江野沢一嘉「イギリス散文作家としてのベイコン」
茂手木元蔵「フランシス・ベイコンとセネカ」
塚田富治「ベイコンにおける政治と宗教―同時代人とホッブズとの比較をとおして」
芳賀守「ベイコンの経済思想」
若林明「ベイコンの倫理思想」
前田達郎「ベイコンの科学思想―「知は力なり」という思想の意義」
菊池理夫「『ニュー・アトランティス』とルネサンス・ユートピア」
谷川多佳子「ベイコンとデカルトの間」
植木哲也「帰納法のベイコンとベイコンの帰納法―現代科学哲学におけるベイコン像」
長谷部宗吉「国内文献目録」
花田圭介「欧語文献目録」
最後の「国内文献目録」「欧語文献目録」は有用です。
以上、最も新しい『フランシス・ベイコン研究』でさえも出版年が1993年。最近のものがありません。ネットで調べて次の2点をアマゾンに発注しました。
木村俊道『顧問官の政治学―フランシス・ベイコンとルネサンス期イングランド』木鐸社、2003
塚田富治『ベイコン (イギリス思想叢書)』研究社、1996
さて、ロッシの『魔術から科学へ』(サイマル出版、1970)の訳者として知られる前田達郎さんの論文は、以前集めて、すべて読んでいます。
前田達郎氏のベイコン研究
前田達郎「フランシス・ベーコン哲学研究序説」『新潟大学教養部研究紀要』1(1968), 1-14
前田達郎「F.ベーコンの「汚職」―その事実と評価―」『新潟大学教養部研究紀要』7(1977), 13-33
前田達郎「近代科学・魔術・宗教―科学革命の思想史的要因」『新潟大学教養部研究紀要』8(1978), 7-20
前田達郎「F.ベーコンの帰納論理と近代科学の論理」『新潟大学教養部研究紀要』9(1979), 1-13
前田達郎「F.ベーコンの倫理思想―科学時代の倫理の形成」『新潟大学教養部研究紀要』10(1980), 1-17
前田達郎「ルネサンスの科学と非科学―科学思想形成の一局面」『新潟大学教養部研究紀要』13(1982), 179-188
前田達郎「レトリック・哲学・科学―その思想史的連関」『新潟大学教養部研究紀要』16(1985.12), 1-8
花田圭介氏のベイコン研究
花田圭介「フランシス・ベイコン研究 (一) : 生涯について」『北海道大學文學部紀要』11(1963), 65-79,
花田圭介「フランシス・ベイコン研究 (二) : 根本思想について」『北海道大學文學部紀要』13(1)(1964), 1-26,
花田圭介「フランシス・ベイコン研究 (三) : natura と tempus」『北海道大學文學部紀要』15(1)(1966), 97-159,
西岡啓治氏のベイコン研究
西岡啓治「Francis Bacon の文法」『岡山理科大学紀要. B, 人文・社会科学』31(1995), 25-37,
西岡啓治「Francis Bacon's Life and the Formation of His Realism」『岡山理科大学紀要. B, 人文・社会科学』34(1998), 29-39,
西岡啓治「Francis Bacon's Essays and Aphorism」『岡山理科大学紀要. B, 人文・社会科学』35(1999), 29-36,
西岡啓治「Francis Bacon's Intellectual Imagery」『岡山理科大学紀要. B, 人文・社会科学』36(2000), 17-26,
西岡啓治「Francis Bacon: Essays の表現形式」『岡山理科大学紀要. B, 人文・社会科学』39(2003), 1-16,
西岡啓治「Francis Bacon: Essaysの名詞的文体について」『文体論研究』49(2003), 48-62,
西岡啓治「Nominal Style in Francis Bacon's Essays」『岡山理科大学紀要. B, 人文・社会科学』41(2005), 27-36,
その他、CINIIより、ベイコン研究
竹内,公基「三つの生き方--シェクスピア・ローレー・ベイコン」『新潟大学教養部研究紀要』通号2(1971), 1-16
若林明「ベイコン思想の特質」『倫理學年報』21(1972), 23-38,
吉田利明「イギリス文学理論の方向(その3) : Francis Bacon」『神戸学院大学紀要』7(1977), 98-111,
太田光一「F.ベーコンの「実験」概念の意義」『東京大学教育学部紀要』17(1978), 155-163
福鎌,忠恕「ベイコンとロック--様式史論的一考察」『東洋大学社会学部紀要』通号15(1978), 25-66
KAWAJIRI,Nobuo「Francis Bacon's View of Mathematics : Bacon's Concept of Mixed Mathematics」『Proceedings of the Faculty of Science of Tokai University』15(1980), 7-21,
坂本賢三「フランシス・ベーコンの帆船記事 (1)」『海事資料館年報』9(1981), 15-16
坂本賢三「フランシス・ベーコンの帆船記事 (2)」『海事資料館年報』10(1982), 16-17
光木保臣「ベイコン「ノヴム・オルガヌス」に関する一考察」『立正大学哲学・心理学会紀要』通号9(1983), 27-43
光木保臣「F.ベイコンの「第二哲学」」『立正大学哲学・心理学会紀要』通号10(1984), 81-93
松浪茂「フランシス・ベイコンの言語観--伝達論的・認識論的視点の交錯」『英米文学研究』通号22(1986), 203-229
松浪茂「フランシス・ベイコンの私的談話のレトリック--"Of Discourse"の成立過程とその古典的背景」『英米文学研究』通号24(1988), 269-926
志子田光雄「Fulke GrevilleとFrancis Bacon--認識論ならびに教育論」『東北学院大学論集, 英語・英文学』通号77(1986), 55-76
ダイクス,デイビット「ベーコンの「新機関」に於る「発見」」『愛知工業大学研究報告. A, 教養関係論文集』22(1987), 13-21
菊池理夫「メティスの知 : 顧問官としてのF ・ ベーコンの思想」『松阪大学松阪政経研究』 (高梨正夫教授退職記念号)7(1)(1989), 77-90
渡辺正雄「F.ベイコンにおけるフィランスロピ---フィランスロピ-の東西比較研究-1-」『英学史研究』通号23(1990), 147-157
山田耕士「「ベイコン」における時間」『言語文化論集』(名古屋大学言語文化部 編/名古屋大学言語文化部/名古屋大学)11(2)(1990), 15-31
山田耕士「フランシス・ベイコンのレトリック観」『言語文化論集』 (名古屋大学言語文化部 編/名古屋大学言語文化部/名古屋大学)13(2)(1992), 261-273,
山口正春「進歩の思想とフランシス・ベイコン--啓蒙思想との関連において」『法学紀要』通号35(1993), 539-566
小川眞里子「生物学史から見た死」『生命倫理』3(1)(1993), 66-70
鈴木秀勇「フランシス・ベイコンとピィエトロォ・ヴェッルリィ : 「自然」と「生産技術」;「自然」と「労働」による「生産」」『経済と経営』25(4)(1995), 843-883,
有馬忠広「ホッブズの周辺(2) : ベイコンとホッブズ」『成安造形短期大学紀要』34(1996), 147-154,
川田美穂「フランシス・ベーコンに関する一考察」『人文論究』(関西学院大学人文学会 〔編〕/関西学院大学人文学会/関西学院大学)45(4)(1996), 116-128
木村俊道「フランシス・ベイコンと<活動的生活(vita activa)>論」『東京都立大学法学会雑誌』37(1)(1996), 171-246
松平圭一「18世紀英国における経験主義 ・ 個人主義成立の背景 Henry Wotton, Francis Bacon, and Inigo Jones」『活水論文集. 英米文学・英語学編』 (活水女子大学)40(1997), 55-77
木村俊道「フランシス・ベイコンの「ブリテン」論」『東京都立大学法学会雑誌』38(1)(1997), 485-536
伊藤誠一郎「政治算術の継承に関する一考察 : ベイコン,ペティ,ダヴナント」『三田學會雑誌』90(1)(1997), 89-109
木村俊道「「宮廷」の政治学(1)「顧問官」ベイコンとルネサンス期の「宮廷」」『東京都立大学法学会雑誌』40(1)(1999), 295-329
木村俊道「「宮廷」の政治学(2)「顧問官」ベイコンとルネサンス期の「宮廷」」『東京都立大学法学会雑誌』40(2)(2000), 227-253
石橋敬太郎「『マクベス』における悪魔観 : ジェイムズ時代イングランドの近代科学思想の進展を中心に」『言語と文化』 (岩手県立大学言語文化教育研究センター/岩手県立大学) 3(2001), 1-8
吉田克己「フランシス・ベイコンの財政経済思想(1)『随筆集』を中心に」『国際関係研究』(日本大学国際関係学部国際関係研究所)23(2)(2002), 65-84
吉田克己「フランシス・ベイコンの租税観--『随筆集』を中心として」『比較文化・比較文』(日本大学比較文化・比較文学会 〔編〕/日本大学比較文化・比較文学会) 5(2003), 80-91
吉田克己「フランシス・ベイコンの財政経済思想(2)『随筆集』を中心に」『国際関係研究』(日本大学国際関係学部国際関係研究所)23(4)(2003), 81-103
宮田千草「イギリス自然風庭園と日本庭園に見る庭園観についての一考察--ミルトンの『失楽園』、ベイコンの『庭について』と『作庭記』の作庭を支える自然観」『比較文明』通号22(2006), 231-248,
伊野連「F・ベイコンの「オルガノン」研究 : 新全集『オックスフォード・フランシス・ベイコン』を用いて」『横浜商大論集』40(1/2)(2007), 29-59
科研費による、ベイコン研究
(関係すると思われるものだけ、抽出します。)伊藤宏之(イトウヒロユキ)(福島大学・人間発達文化学類・教授)「日本語版トマス・ホッブズ著作集の作成」2005-2006
「ベーコンの思想的影響が少ないこと、キャベンディッシュ家の当代における政治的変遷との関連が大きいこと」が指摘されている。宗像惠(ムナカタ サトシ)(神戸大学・国際文化学部・教授)「ビュフォンの自然誌研究を視座とする、十八世紀啓蒙思想の哲学史的意義の再検討」
「啓蒙期のフランスにおける、デカルト派とニュ-トン派との対立といわれる事態の内実の再検討や、ベ-コン主義の復活といわれる事態の再検討」がなされた、とあります。
フランシス・ベイコンではありませんが、次の堀池信夫氏の「13世紀〜17世紀間の西欧哲学者における東洋思想・宗教の受容と解釈」は私に非常に興味深いものなので、脱線として抽出しておきます。
堀池信夫(ホリイケノブオ) (筑波大学・哲学・思想学系・助教授)
「13世紀〜17世紀間の西欧哲学者における東洋思想・宗教の受容と解釈」
中国哲学 1994-
(ロジャー)「ベ-コンが、実は当時としては最新の東洋情報を知りうる立場にあり、そうして得た知見を彼の経験の哲学の論拠として大きく活用し、さらには東洋の思想の客観的合理性を称揚していることを明らかにできた。」とあります。
私には、これは、非常に興味深い。ロジャー・ベイコンは、東洋に関して、一体どういう文献を読んだのでしょうか? そして、そうした文献からどういう知識を得たのでしょうか? 知りたい。
木村俊道 (キムラトシミチ) (九州大学・法学研究院・助教授)
「初期近代ブリテンにおける「帝国」論の研究」
哲学 2002-2004
平田俊博(ヒラタトシヒロ) (山形大学・教育学部・教授)
「カント『純粋理性批判』におけるポリツァイ・モデルの意義」
2002-2004
次の指摘があります。
「1780年から1783年にかけて相次いでドイツ語訳が出版されたフランシス・ベーコン」
ベーコンの学問観がカントの批判哲学体系の樹立に大きな影響があったと論じられたようです。
ドイツにおけるベイコン受容・ベイコン理解という論点について、重要な指摘だと考えます。
木村俊道(キムラトシミチ) (九州大学・法学研究院・助教授)
「ルネサンス期イングランドの宮廷および枢密院に関する政治思想史的研究」
2000-2001
「作法書(courtesy book)」が統治エリート(ジェントルマン)の行為規範を形成したと主張されています。
鷲見洋一(スミヨウイチ) (慶應義塾大学・文学部・教授)
「フランス『百科全書』研究―本文と図版への多角的接近」
1999-2002
とりわけ、「英国のチェンバーズ『サイクロピーディア』が提出している知識の分類体系とベーコンの体系、フランス『百科全書』の知識の系統樹との比較作業」を行ったとあります。
川田潤(カワタジュン) (福島大学・教育学部・助教授)
「ユートピア思想の観点からの初期王立協会における文学と科学の相互依存性に関する研究」
2003-2005
「ロンドン王立協会以前の「自然哲学」に関するテクストを渉猟、分析した。具体的には、フランシス・ベイコンの『森の森』と『ニューアトランティス』という両書物を検討することによって、「自然哲学」と「国家」がどのように結びつくべきであるかという問題意識の誕生の経緯を検討した。また、主に内乱期におけるコメニウス主義と王立協会との結びつきについて、『マカリア王国』を著したハートリブ・サークルと王立協会のメンバーとの人的交流の整理、検討を行うことで、大陸とイングランドを結ぶネットワークの存在を確認した。」とあります。まさに、私の関心領域と重なりますが、この方を私は全く知りませんでした。
発表文献として、次のものがあげられています。
川田潤「ユートピアと社会主義-<いま・ここに>から<いまだ意識されざるもの>へ-」『岩波講座文学10 政治への挑戦』(岩波書店,2003), pp.23-42
私のものも、検索すると出てきました。
吉本秀之「十七世紀英国における物質理論:ベイコン,チャールトン,ボイルを中心として」
奨励研究(A) 1991
外語大に着任して、すぐのものです。忘れかけていました。このときには原子論・分子論の系譜に関心がありました。
ひとりで6時40分。ちびどもも妻もすぐに起きてきました。節分。日曜日当たりから、ちいさいちびが風邪気味。まだ熱は出ていませんが、鼻水をたらし、喉が痛いと言っています。今日は休ませることとしました。小学校ではインフルエンザも流行中です。
本屋さんで次の本を購入しました。
釈 徹宗
『不干斎ハビアン―神も仏も棄てた宗教者』
新潮選書,2009, \1200(税別)
昨日つけた成績の転記を完了しました。
卒論を2点、読みました。面白いものと、よくわからないものと。
[2009年度駒場夏学期シラバス]
駒場のシラバスを入力しました。次の通りです。フランシス・ベイコンの思想とベイコン主義の位相
フランシス・ベイコンを歴史的文脈のなかに置き直す=歴史におけるベイコン思想を捉え直す作業をしたいと思います。
最新の研究から遡る形でベイコン研究史をできるだけ広く(出来れば網羅的に)展望し、新しいベイコン&ベイコン主義研究の向かうべき道筋に見通しをつけたい。
最初の授業日に、文献表、ならびに進行表をお渡しします。
下の文献リストのうち、坂本賢三『(人類の知的遺産)ベーコン』(講談社)、『(世界の大思想6)ベーコン』(河出書房新社)、Cambridge Companion to Bacon をできれば入手しておいてもらいたい。
M. Peltonen (ed.), Cambridge Companion to Bacon, Cambrige U. Pr., 1996
坂本賢三『ベーコン』(人類の知的遺産)、講談社、1981
ベーコン『学問の進歩/ノーヴム・オルガヌム/ ニュー・アトランチス』(世界の大思想6)、河出書房新社, 1972
Charles Webster, The Great Instauration, London, 1975
マイケル・ハンター『イギリス科学革命:王政復古期の科学と社会』大野誠訳、南窓社、1999締切にはまだ間があります。とくに、授業計画(Schedule)については、もうすこし補足していきたいと思っています。
ちいさいちびといっしょにいたせいでしょうか、3歳男児もすこし咳をするようになりました。ちいさいちびの咳は、どうも悪くなっている感じです。とくに日が暮れてからはひどくなりました。
忘れていた節分の豆まきですが、8時半におおきいちびが思い出しました。仕方がないので、昼間近所のスーパーでもらってきた鬼のお面をつけて、玄関で豆まき。最初妻がつけましたが、ぼくもほしい、といって3歳男児もつけました。すると、ちいさいちびもほしいとなりました。結局、3歳男児とちいさいちびが鬼の面をつけて、鬼ごっこ。
その後は、豆を食べています。3歳男児のよろこんで食べています。いつも通りの時間にちびどもは寝かせました。しかし、どうも咳が収まらないようです。3歳男児は、ひとりでいろいろしゃべっているうちにすーと寝入りました。
そして、その10分後、ちいさいちびが戻しました。妻とふたりで片づけ。枕の上に、べったりとさっき食べた豆がついています。豆を食べ過ぎたようです。
豆はお手洗いに流し、汚れたものは、お風呂場でさっと洗いました。毛布は、浴槽につけておきます。2歳のとき、ちいさいちびはほんとうによく戻していました。そのときは、出てきたのは、ミルク。においといい、液状のゆえの広がりぐあいといい、片づけは大変でした。今回は、ほぼ固形物です。処理はいくらか楽でした。
結局、ちいさいちびは明日も休ませることになりそうです。熱は出ていないので、インフルエンザとかではありませんが、学校に行くと迷惑をかけることになります。
ひとり遅れて、7時20分。晴れています。2限に試験。総合科目III「科学技術と社会」
自分のために、受講者数;現実に試験を受けた者の数、を記録しておきます。
科学技術と社会 49 ;現実に試験を受けた者の数37
科学思想史 72
表象文化とグローバリゼーション 232
ということで、試験業務に突入しました。ひとまず、卒論を3点読み、今朝の答案49点を採点しました。自由レポートが10点近くあったので、60人分ぐらい採点した感じになります。
ひとりで5時40分。ちょうど3歳男児は、「いっしょにけーきをつくりたい」と泣いていました。夢を見たのでしょう。雨は止んでいます。午後は晴れるという予報。
ちびどもが起きてくる頃には、晴れてきました。雨上がりの好天。気温はそれほど低くありませんが、風のせいで、外は寒く感じます。[地価の研究2.1]
土地・住宅関係のチラシは、週末に集中します。とくに、金曜日・土曜日が多く、日曜日にも少し入ります。せっかくですから、すこしだけ紹介しましょう。2009年2月1日。西荻南4丁目17番。
9,180万円 156.14F(47.23坪) (58.79万円/F 194.37万円/坪)
4区画あり、最大と最小の2件しか表示されていません。どれがどれに対応するのか表示はされていませんが、上は、最大(土地面積)は最大(土地価格)と考えて計算してみました。建物参考価格としては、延床面積 115.92Fで1,930万円(税込)のものが参考プランとしてついています。
路線価は、460C。[為替相場]
115に130。
1ユーロ=115円。1ポンド=130円。
1月22日と比較して、ユーロは同じ水準。ポンドは、すこし戻しました。ついでに、変化のおおきいものを上げておきましょう。
豪ドル。やはり、約半分になったと言われています。2007年に100円を超えていた時期がありました。現在値が、1豪ドル=57円。50%までではありませんが、やはり約半分。4割は下落しています。
NZドル。2007年に90円を超えた時期があります。いまは、1NZドル=45円。高いときからすれば、まさに半減。
2007年末と2008年末の比較では、豪ドルのほかに、南アフリカランドもブラジルレアルもトルコリラも約4割前後下落しています。
なお、チャートは次のサイトにあります。
ウォンのチャート
2009年
1月
2008年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
春休み
3月
2月
1月
2007年
台北滞在記2007
(台北滞在記2004)
田舎にて2007
12月
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5月〜6月
3月〜4月
1月〜2月
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11月〜12月
9月〜10月
7月〜8月
5月〜6月
3月〜4月
1月〜2月
2000年
11月〜12月
9月〜10月
7月〜8月
6月
4月〜5月
1月〜4月
1999年
10月〜12月
6月〜9月
4月〜5月
1月〜3月
1998年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
春(1月から5月)
1997年
97年度
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