ちびどもといっしょに5時45分。妻はやはり風邪のようです。
今日の幼稚園は、杉並私立幼稚園連合の演劇鑑賞の日。セシオンという場所で10時半から開演。妻に代わって、ちびどもを連れていきました。西荻駅で、同じ幼稚園なかまに出会ったので、あとはついていくだけ。東高円寺から子どもの足でも10分ぐらいのところにありました。おもったより、ずっと、立派な建物。
影絵で3本の演目。
10時半開演はよいのですが、終了が12時半近く。ちびどもは途中からおなかすいた、おなかすいたと言い始めました。終了後外は小雨が降り始めていました。
ちびどもはずいぶんお腹がすいているようなので、会場から最寄りのラーメン屋さんにはいって昼食。
床がつるつるのラーメン屋さんで、おおきいちびは、お手洗いに入ったあとすべってお尻をうって、泣いていました。
本降りではありませんが、雨がそれなりに降っているので、交差点の斜め向かいのコンビニで傘を2本買って帰途につきました。もう幼稚園なかまは誰もいないかと思ったら、JRでおおきいちびのクラスのK君に会いました。荻窪でお昼にしたのでしょう。
高架の下の総菜屋さんで、おかずを買って帰宅。帰宅して、すぐに歯医者さん。今日の治療で、歯医者さんは、ひとまず、完了。今回は、3回かけて、右奥歯の神経を抜き、金属を詰め直しました。
ちびどもは、5時半。私はひとり遅れて、6時15分。2限のSTSは、試験。今年度の試験の開始です。大学院の授業は、最終日。
[終了処理]
事務より、科研費の執行に関して、今年度の分は、原則2月3日締切だという通知がありました。そのほか、数多くの「終了処理」が残っています。もちろん、個人的には試験の実施・採点・成績報告がもっとも重要な終了処理です。(機関としては、入試業務がもっとも重要でしょう。)いろいろあって、帰宅すると、妻があかちゃんを抱いたまま、ダウン状態。風邪か過労か、という顔色です。ともかくちびどもに夕ご飯を食べさせ、お風呂に入れ、就寝させました。
あかちゃんは泣いてばかりで、ミルクもちゃんと飲まない、ずっと抱いていたんだそうです。
ちびどもが寝た後も、あかちゃんは、寝付いたと思ったら10分もせずに目覚めて泣き叫びます。こういうときは、親が泣きたくなりますが、うんちが出ていないということで、お腹が気持ち悪いのだろうなという推測はつきました。夜、2回続けて、かなり多くのミルクを飲んだと思ったら、お尻から音。うんちの音です。ふだんよりかなり多めの便。これですっきりしたかと思い、おしっこが出てくるのを待っていたら、口からぴゅーとミルクをもどしました。私の肘ぐらいまで飛んできました。
やはりおなかのなかにつかえていたものが苦しかったようで、もどしたあとは、抱っこもなにも必要なく、すやすや寝付きました。
あかちゃんは、無駄に=無意味に泣いているわけではない。しかし、親だからと言ってその原因が必ずしもわかるわけではない。もちろん、お医者さんにだって必ずしもわかるわけではない。しかし、わかったときには、ほっとします。
ちびどもは、6時前。私はひとり遅れて、6時半。昼食後、ちびどもを100円ショップに連れていってやりました。ポケットカフェの電池とセロファンテープとウサギの耳を買いました。
隣接するスーパーで食料品を仕入れて、帰宅。
久しぶりに気温が上がり、風も強くなかったので、公園に連れていってやることとしました。いつもの公園には、もうちびどもよりも年齢の低い子たちが多くなっていました。
この時期はすぐにひやこっくなるので、頃合いを見計らって、クイーンズ・イセタンにおやつを買い出しに。ちびどもはまだ遊びたかったようですが、そのまま帰宅して、おやつ。あいている時間は、昨日持ち帰った宿題。何とか、明日の朝までで、完了できる見通しとなりました。今回は割と量が多く、時間がかかりました。
作成した郵便・メールは、6点。
ちびどもが目覚めて、6時前。
午前中(10時〜11時)に編集委員会。この時間帯だと9時前に家をでることになります。→いくらか誤解していました。時間は、11時までではなく12時まででした。12時に終了して、時間のあるメンバーで昼食をとって帰ってきました。気温はそれほど低くはなってなかったようですが、風が強くて、寒い外出でした。ちびどものために、駅前の和菓子屋で桜餅と草餅を買って帰りました。すぐにひとり二つずつ分けて食べはじめました。でも予想通り、二つ目の途中でもう要らないと行ったので、親の方で一個ずつもらいました。
疲れが残っています。電車のなかで、査読を依頼されたものを読もうと思ったのですが、眠くなって、半分も進みませんでした。来週体力を回復してから再度読み直します。
ちびどもが目覚めて、5時半。私は2時から歯医者さん。おおきいちびは3時から歯医者さん。
なんとか締切には間に合うように、年度末の数多い書類を準備することができそうです。
ちびどもが目覚めて、5時半。もうすこし寝てくれるといいのですが。そういえば、講義をするということで言えば、今日が今年度の最終講義日でした。演習に関しては、来週もあります。(人数の都合です。)
5限は、シンポジウム「言葉という権力」。十分な準備期間なきまま、はじまってしましましたが、パネラーの方々(野谷さん、都甲さん、亀山さん)のご尽力により、興味深い展開となりました。私は、今回は裏役で機器担当。
いつものことですが、野谷文昭さん、(今回は欠席の小谷真理さん)、都甲幸治さん、ありがとうございます。こころよりお礼申し上げます。その後、例年通り、近くのイタリアンで、慰労会。沼野さん、西谷さん、院生4名も参加してくれました。こういう場所では書けない話を含め、興味深いお話を聞くことができました。
そう、もちろん、書けない話も面白い。亀山郁夫教授から次の新作を頂きました。いつものことですが、ありがとうございます。
亀山郁夫
『大審問官スターリン』小学館、2006
黒の背景にスターリンの顔が赤く浮かび上がる、格好のよい装幀。
夜中ずっと歯が痛くて、5時。虫歯そのものの痛みとはすこし違う感じです。
こんな痛みは久しぶりです。痛みで眠ることができない。昔もらった頓服薬があることに気付き、朝の7時に服用しましたが、痛みはほとんどひきません。歯医者さんに予約を入れて朝の10時にでかけるのがやっと。歯医者さんに着くと、ただちに神経抜き取り作業。「これで大丈夫」と歯医者さんが言うまでは、悶絶する痛み。
神経がなくなったせいでしょう、その後は嘘のように痛みが去りました。
痛みが続いたらとても学校にいけないと思っていたのですが、去ったので、会議のために午後学校へ。
2時半〜5時15分:大学院教授会。
6時15分:水曜文化講座。
キム・シジョン(金時鐘)さんの講演会と詩の朗読。すごい。これはグレイテスト・ヒットです。聴衆のすべてに、詩の力をみせつけてくれました。
ちいさいちびと私が6時。おおきいちびが6時半。ちびどもを幼稚園におくっていったあと、歯医者さんへ。ここ何日か、夜奥歯のあたりが痛い。起きているときはそれほどでもないのですが、寝ると痛みがはっきりします。ということで、朝一番で歯医者さんへ。やはり、どの歯が痛いというわけでもないようで、様子見という結論に。
ついで、マッサージ屋さんへ。今回は痛かった。いわゆる肩こりの状況が進行していたせいです。
さらに、マッサージ屋さんを出た足で、散髪屋さんへ。お正月になる前から行こうと思っていて、やっといけました。
帰宅して11時15分。
かぞくそろって6時。きっかけは、おおきいちびがおしっこに起きたこと。
家の前にはまだ雪が残っています。一昨日、昨日と私が雪かきをする時間がなかったせいです。授業はいつもとおり。ああ、疲れた! 帰ってきて、夕ご飯を食べる頃から疲れがどっとでてきました。
アマゾン.com のマーケットプレイスで発注した次の本が届きました。
Donald R. Dickson
The Tessera of Antilia: Utopian Brotherhoods & Secret Societies in the Early Seventeenth Century
(Brill's Studies in Intellectual History)
Leiden: Brill, 1998
年末から調べていた薔薇十字繋がりです。
6時前起床。普段、土日は快速電車は西荻にはとまりません。ですから、土日に大学に出ようと思ったら、三鷹(または吉祥寺)で総武線各停から中央線に乗り換えています。ただし、7時までは、総武線の線路で高尾行きの電車が走っていることに今回はじめて気付きました。西荻は、6時55分で、高尾行きの赤い電車です。
普段、土日の7時半までに大学にいくことはありませんから、知りませんでした。ともあれ、2日間の業務は無事終了しました。終了宣言が6時15分。ちょうど7時に帰宅することができました。
5時過ぎに起きました。7時半集合と言われています。
ドアを開けてみると、外は雪。もうすでにうっすらと積もっています。最高気温の予報は2度。雪そのものは仕方がないのですが、交通機関に影響がでると、大変です。機器にエラーがあって、終了が8時前。ほんと12時間を超えました。→ニュースによれば、同様のエラーは数多くあったようです。受験者総数50万人に対して、エラーの数が5百弱。0.1%程度のエラー率です。たしかに、「99.9% は大丈夫」でした。
かぞくそろって7時前。予報では、本日の最高気温は4度。寒い日になります。ずっと昨日の5限の授業の準備作業をやってきました。今日からやっとすこし余裕ができます。年度末に処理しないといけない事務的用件は意外なほど多くあります。それを少しずつ、こなしていこうと思います。
昼食後、科研費でいくロンドン調査旅行の残額を支払いに吉祥寺にでかけました。
その後、パルコの地下のパルコ・ブックセンターで次の3冊を購入しました。
日垣隆『いい加減にしろよ(笑)』文芸春秋、2006
マシュー・バトルズ『図書館の興亡:古代アレキサンドリアから現代まで』白須英子訳、草思社、2004
『地球の歩き方 '05-'06 イギリス』ダイヤモンド社、2005年8月
もちろん、買いに行ったのは、『地球の歩き方』。1994年10カ月ロンドンにいましたが、物価を含め、ロンドンはこの10年間におおきく変貌したようです。もういちど案内(ガイド)を読み直しておこうと思ったものです。
なお、本日付けの為替レートが1ポンド=203円。私が住んでいた頃が、160円弱でした。驚異的な物価高です。明日から2日間、日本全国共通の業務。12時間近い拘束となります。
かぞくそろって7時半。あかちゃんは今朝もおきてすぐにうんち。おしっこのときはぴーぴーうるさいのですが、うんちのときはだまっています。5限の講義(音楽と編集が今回のテーマでした)のために、A4にして3枚の配布物を作成しました。さらに、手元の資料を数枚作りました。
実際の授業時には、A3 で1枚、A4 で2枚の形で配布し、講義を行いました。
CD を10枚以上、ビデオを1点もちこみ、CD は6枚かけました。ビデオは30分の番組の半分を流しました。予想とおり、用意した物を最後まで話すことはできませんでしたが、テーマがひとつにしぼれてよかったかもしれません。
(はなせなかったテーマとは、音楽とプライベートな空間、パーソナルな空間の関係です。)
音楽についての授業のときには、不思議な満足感が得られます。それはなんだろなあ、と考えますが、すぐには答えが出てきません。
あかちゃんが泣いて、6時前。あかちゃんが昨日うんちが出なかったので、お腹の状態が安定しなかったようです。夜、ぴーぴー泣いて、でもちゃんとミルクを飲まない。
朝の7時に、通常のうんちがでて、いつもとおりミルクを飲んで、やっと安定しました。会議の日。午前中にひとつ(10時半〜11時)。午後ひとつ(1時半〜3時)。
明日の講義の準備で大わらわ。
かぞくそろって7時半。あかちゃんが誕生して2カ月。あかちゃんが体重3キロであったのはほんのわずかの間です。どんどん大きくなり、どんどん変化していきます。
かぞくそろって7時前。今朝もいくらか暖かい。でも、日中はそれほど気温が上がらないということです。いよいよ学期末の雰囲気が濃厚になってきています。先週には、修士論文の提出日がありました。今日、教務課で私の読むべき修士論文1点をもらって帰ってきました。
卒業論文の提出日は、今日と明日。私のゼミ生が全員無事に出してくれますように。
月曜日の講義は、再来週が試験日。つまり、講義そのものは来週が最後ということになります。いくぶんかピッチをあげて話しています。(いつもは2回にわけて話す内容を1回で話しました。来週もそうします。つまり、2回で4回分進みます。)[文献貸借:チュービンゲン大学の神学者&神学]
文献貸借で頼んでいた次の本が届いたという報せを受けて、大学に出たとき、一番でうけとりました。
Martin Brecht (ed.),
Theologen und Theologie an der Universität Tübingen :
Beiträge zur Geschichte der Evangelisch-Theologischen Fakultät
Tübingen : Mohr, 1977
目次は次の通りです。
Heiko Augustinus Oberman, "Via moderna - devotio monderna: Tendenzen im Tübinger Geistesleben 1477-1516", 1-64
Hans Volz, "Luthers und Melanchthons Beteilung an der Tübinger Universität-reform in Jahre 1538", 65-95
Siegfried Raeder, "Die Türkenpredigten des Jacob Andreä", 96-122
Gunther Franz, "Bücherzensur und Irenik. Die theologische Zensur im Herzogtum Wütemberg im der Konkurrenz von Unversität und Regierung", 123-194
Jörg Buar, "Auf dem Wege zur klassischen Tübinger Christologie. Einführende Überlegungen zum sogenannten Kenosis-Krypsis-Streit", 195-269
Martin Brecht, "Johann Valentin Andreae. Weg und Programm eines Reformaers zwischen Reformation und Moderne", 270-343
Hans Geisser, "Versuch, die Geschichtet des Dr. David Friedrich Strauss ihrer theologischen Abzweckung getreu zu erzählen", 344-378
Rolf Schäfer, "Johannes Gottschick und Theodor Haering - zwie Sozialethinker der Ritschlschen Schule", 379-394
直接必要な情報はありませんでしたが、ちゃんと読むと、間接的な情報はあるかもしれません。なお、書物は、小樽商科大学から来ていました。
木曜日の授業で、1964年:グールドのコンサート・ドロップアウトから、1966年:ビートルズ初来日のあたりを扱います。その時代の日本の状況をまとめておきます。
1958年(昭和33年):ロカビリー旋風
2月8日有楽町日劇で第1回ウェスタン・カーニバル。12月23日東京タワー完成。 平尾昌章「星は何でも知っている」
1959年(昭和34年):皇太子結婚式(現昭和天皇+正田美智子)
12月レコード大賞創設。1960年(昭和35年):国民所得倍増計画
森山加代子「月影のナポリ」
1961年(昭和36年):「シャボン玉ホリデー」
6月4日日本テレビ「シャボン玉ホリデー」開始(ザ・ピーナッツ+クレージー・キャッツ)
植木等「スーダラ節」
坂本九「上を向いて歩こう」
1962年(昭和37年):東京都、世界最初の一千万都市に
中尾ミエ「可愛いベイビー」
橋幸夫+吉永小百合「いつでも夢を」
1963年(昭和38年):「鉄腕アトム」放映開始
梓みちよ「こんにちわ赤ちゃん」
舟木一夫+ルナ・アルモニコ「高校三年生」
1964年(昭和39年):「お座敷小唄」(松尾和子、和田弘とマヒナ・スターズ)
都はるみ「アンコ椿は恋の花」
美空ひばり「柔」
ぺぎー葉山「学生時代」
海外旅行自由化、東京モノレール開通、東海道新幹線開通、東京オリンピック(10月10日〜24日)1965年(昭和40年):倍賞千恵子「さよならはダンスの後で」
丸山明宏「ヨイトマケの唄」
加山雄三「君といつまでも」
日野てる子「夏の日の想い出」
米軍機北爆開始、人類初の宇宙遊泳、日韓基本条約、日本サッカーリーグ発足。1966年(昭和41年):ザ・スパイダース「夕陽が泣いている」
千昌夫「星影のワルツ」
マイク青木「バラが咲いた」
黒沢明とロス・プリモス「ラブユー東京」
西郷輝彦「星のフラメンコ」
人口1億人突破、飛行機の墜落事故が続く(2月4日、3月4日、3月5日、11月13日)1967年(昭和42年):ツイギー来日(10月18日)
佐良直美「世界は二人のために」
美空ひばり&ジャッキー吉川とブルーコメッツ「真っ赤な太陽」
ザ・タイガース「モナリザの微笑」
ザ・スパイダース「いつまでもどこまでも」
かぞくそろって7時。
雨が上がり、いくらか暖かい気がします。→お昼過ぎ、妻がちびどもを公園に連れていきました。あかちゃんの公園デビュー。ベビーカーに乗せていきました。おやつどき、ちびどもがパンケーキを作るというので、二人分用意してやりました。去年からわりとよくやっています。大人が付き添ってやれば、何とか、焼くところまでできます。焼いている最中、左利きのちいさいちびがついひっくり返そうと、右手でフライパンの端をつかんでしまいました。はじめての本格的な火傷。すぐに流水に手を入れるように指示しました。夕食時ぐらいまでは痛がっていましたが、なんとか、それほどひどいものにはならずに済んだようです。(火傷の水膨れは、人差し指が直径4ミリほど、中指は2ミリほど、親指は線状にできています。)
夜の10時半ぐらいから再度雨。
ちいさいちびといっしょに7時すぎ。
ちいさいちびの発疹は、むしろ広がっています。手の甲にまで。→朝一番で昨日の小児科へ。もうすぐなおるということです。風邪の後期症状のひとつ。本人はいたって元気なので、その通りなのでしょう。まったく外出しないと、ちびどもがお互いを攻撃しあうようになります。(まるで何かの動物のようですが、こどもは、不思議に智恵のまわる、しかしやはり動物的存在です。大人も? 大人の話は今回はしません。)昼食後、いっぷくしてから、本屋さんに連れていきました。おおきいちびは、たまごっちの解説本(たまごっち本体を持たないのに解説本はすでに数冊もっています)、ちいさいちびは、ドラエモンのムック本、そして、私は新しい『中央公論』(2月号)を買い、近所のコンビニでパンとおやつを買って帰ってきました。帰る途中、雨が降り始めました。帰り着くまでは小雨でしたが、帰り着いて、1時間ほどしてから本格的な雨降り。久しぶりに本格的な雨降りです。
冷&乾、というこの冬の基本状態から、一時的に弱冷&湿に変化しました。Abebooks から次の本がとどきました。
Carlos Gilly,
Adam Haslmayr. Der erste Verkünder der Manifeste der Rosenkreuzer.
(Pimander: Texts and Studies published by the Bibliotheca Philosophica Hermetica, 5. )
Amsterdam: In de Pelikaan, 1994.
古書店の記述には、Hugh Trevor-Roperの蔵書からとあります。おそらく、トレヴァー-ローパー自身による、HTR pencil marks が多くあります。ほんとうにHugh Trevor-Roperの書き込み(ペンシル・マーク)なら、むしろ貴重です。文字が記されているのは、数カ所だけで、あとはいくつかの種類の線が記されています。種類としては、私が本につける印とほぼ同じです。(縦線、横線、かっこ、二重線、三重線等々)。
線で判断する限り、非常に多くの箇所に線を引きつつ、最後まで一気に読んだようです。私は、古書の特別な収集家ではありません。洋書ならば、日本ではこの部屋にしかない本というのもすこしはあるかもしれませんが、それは研究者として、日本に所蔵している機関が見つからないから、何とか入手したものです。
日本語の本に関しては、それほどたいした蔵書ではありません。しかし、たまに変わったものもあります。そのひとつが、故大森荘蔵氏の書き込みのある雑誌です。どういう経緯か不明ですが、下北沢の古書店に、大森荘蔵氏の書き込みのある『理想』のバックナンバーが数冊並んでいました。はっきりよめるボールペンの文字で、普通の読書人がするのと同じ書き込みがしてありました。(記憶によれば、廣松渉氏の論文に対して、私の見解に等しいという趣旨の書き込みがありました。)もちろん、すぐに買いました。研究室のどこかにまだ置いているはずです。
もちろん、そうした書き込みのある本を集めてみたい気もします。
ちいさいちびといっしょに7時。
妻、おおきいちび、ちいさいちびは、風邪が直りきっていないようです。咳をします。幼稚園から帰ってきたちいさいちびに発疹。顔以外のほぼ全身に発疹が見られます。本人はけろっとしていますが、すぐに、小児科へ。お医者さんによれば、よく知られている病気とは違うが、何なのかは不明、おそらく何かのウイルスによるものでしょう、とのこと。明日の朝、もう一度診てもらうことにしました。
ちびが風邪にかかってから、1週間。ばて気味です。
かぞくそろって、7時すぎ。今日から、授業の再開。2つ講義があるので、体力に注意する必要があります。
→3限:講義、4限:演習、5限:講義、6限(?):新年会。
新年会は、ゼミのコンパ。吉祥寺で行いました。最初の2時間、我々(12人)以外にお客さんがはいっておらず、大丈夫かなと思いました。最近の特徴ですが、学期がはじめると、いきなり仕事量が増えます。身体がめいっぱいというところまで増えます。センター試験等、大学という機関にとっては最重要な行事があります。しかし、それまでもたなくて風邪でダウンする方というのも必ずいます。
ブックマークに、 医学史家鈴木晃仁氏のブログを追加しました。最近、すこしづつ、ブックマークの更新作業をしています。もうリンク先が消滅したもの、アドレスが変わったものというのも少なくないのですが、更新が追いつかないことが多い。
さらに、昨日会議の席上で本人から直々に伺った亀山郁夫氏のブログも追加しました。
かぞくそろって、7時。今日は3度〜10度という予報。いくぶんか寒さが緩みます。[会議]
2006年の仕事はじめ。今年の仕事はじめは、会議です。おそらく午後のすべての時間が会議で使われます。
→きちんと5時前に学部教授会は終了。(4時40分ぐらいだったでしょうか)
ちびどもは幼稚園はじめ。水曜日は午前中だけなので、ちょうどよい再スタートでしょう。
[風邪 v]
一度6時に目覚めたちいさいちびを寝かしつけて、再度寝たら、8時。
起きると、自転車のサドルの上にうっすらと雪。昨夜降った模様。気がつきませんでした。ちびどもの風邪は、だいたいよいようですが、大事をとって今日の幼稚園はお休み。[折れた歯]
去年の2月10日に武蔵境駅のエスカレーターを上がったところで、歩きながら意識を失い、救急車で運ばれたとき、どうも顔面から落ちていたようです。
運ばれた病院では脳の検査だけしました。脳には異常がなくて、よかったのですが、どうも前歯のあたりがおかしい。しかし、具体的に何がどうおかしいのかずっとわかりませんでした。それが、今朝、鏡で上の前歯(右側)を触ってみると、動きます。折れかかっている様子です。冬にはいってから、すこしかくかくする感じがあり、ずっと変だなと思っていたのですが、やっとその変さがわかりました。
すぐに歯医者さんに電話して、2時に診療を受けました。
折れていました。
先端からおよそ5ミリぐらいのところで真横に切れ目があり、同時に歯の後ろ側が薄いくさびのように歯茎まで繋がって折れていました。歯医者さんの表現では、奇跡的に神経には影響がなかったとのことです。
ああ、とうとう、歯抜けか、歯抜けは間抜けだな、とショックだったのですが、その場で折れた先に人工の歯片を装着してくれました。つけた歯はどうしても折れやすいので、今度折れた場合には、差し歯にするということでした。
歯が欠けると、気持ちが委縮します。英語のシュリンク(縮む)というやつです。Amazon.com のマーケット・プレイスに発注していた次の本が届きました。
Daniel Stolcius
Pleasure Garden of Chemystry
Chemisches Luftgartlein, Lukas Jennis, 1624 に英訳を付したものです。バジル・ヴァレンティンの12の鍵をはじめ、錬金術で有名な80の図版が収集されています。[ポポ帰る]
あかちゃんのためにずっといてもらったポポですが、今日、朝の10時にここを出発して、台北に帰りました。
体重をはかるとあかちゃんは、約6キロとなっていました。生まれたときの倍以上。重くなったわけです。2カ月で倍ですから、ほんとうにあかちゃんの成長ははやい。
[風邪 iv]
ちいさいちびがめざめて6時。ちいさいちびの熱は引きましたが、片方のほっぺがまっかなままです。そして、夜中暑かったのか、毛布からはみだしていたおおきいちびの調子がまた悪くなりました。子どもの風邪の典型です。
妻の熱はほぼ引いたようですが、まだ起きあがれず。
今回は3人、本格的な風邪です。
ひゃー、3人風邪だと大変です。
疲れがぐーとくる瞬間がありますが、私がダウンするわけにはいきません。
ほぼなおったかとおもったおおきいちびがまた38度5分の熱を出しました。ちいさいちびは元気そうにしていますが、やはり明らかに風邪という赤みのある顔です。
結局、午後6時の時点で、二人ともそろって37度5分〜6分の熱。妻は、夕刻、久しぶりに起きてきました。熱は下がったようですが、体力はまだまだ。
明日から幼稚園再開ですが、いまのところ、明日は休ませる予定。(ちびどもはすごく行きたがっています。)ばたばたしている間に、赤ちゃんの顔がしっかりしてきました。大きくなってからのことまではわかりませんが、子どものときの顔がやっと見えてきました。
[風邪 iii]
ひとりで7時40分。ちびどもも全快とはいかないようです。→妻はまだ38度3分。
しばらく風邪との戦いが続きます。
おおきいちびはほぼなおった模様。ちいさいちびは、ずっとお腹が痛いと言っていて、やっとお昼過ぎに排便。思ったら、おやつ時に、再度熱が出てきて、顔がまっか。おかあさんといっしょに寝ようと言って、なんとか寝させました。妻の熱は、37度5分まで下がってきました。明日には起きることができると思います。
ちいさいちびの熱は、39度。39度は、全身熱い。手も熱い。
[風邪 ii ]
ちいさいちびが昨夜から喉が痛いと言っています。朝になって、お腹が痛いと泣き始めました。熱は、37度強ですから微熱ですが、風邪がうつったようです。妻も、喉が痛い、身体の節々が痛いと言っています。
ポポ、あかちゃん、私は大丈夫ですが、3人風邪は大変。→朝一番で、駐車場のある小児科医に行ってきました。ちいさいちびがお腹が痛くて歩けないというので、私も付添。シロップの薬をもらって帰ってきました。薬を飲んで、4人ともばたんきゅう。(私は睡眠不足です。)ちいさいちびはうつぶせにまるこまってすぐに寝付きました。寒い寒いと言っていた妻は毛布にもぐりこんでしまいました。すこしなおりぎみのおおきいちびがすぐには寝付けなくて、取り残された模様。時間がたっても妻が起きてこないと思ったら、38度8分の熱。
夜が明けても、都心で気温が零下ということです。
[風邪 i ]
かぞくそろって7時前。夜中、おおきいちびが熱を出しました。昨日、ささいなことでぐずったり泣いたりしたので、ちょっと危ないなと思ったら、やはりでした。この子の風邪のパターンです。熱以外の症状はほとんどなし。いつもとおりだと、2〜3日ゆっくりすれば直ります。
起きたとき一度熱は下がったのですが、数時間するとまたもとの39度前後の熱。おねえちゃんはもともと泣き虫ですが、風邪のときは弱点が強調されます。ますます泣き虫になって、ちょっとしたことで、めそめそ、ぐずぐず。
予約をとっており、妻が、午後1時から美容室。ちびどもはいいよ、と快く送り出してあげました。しかし、おおきいちびが10分もしないうちに、ママ、ママ、と泣き始めました。泣かれても仕方ないので、なんとかなだめましたが、「病気のときはやっぱりお母さん。」ワー、寒い日が続くなー。→これだけ寒いと、部屋のなかでも手を出して長く作業するのが嫌になります。では手を出さないで何ができるか?
そう、たいしてなにもできなくなります。夕刻、日本のアマゾンより次の本が届きました。
Bruce T. Moran,
Distilling Knowledge: Alchemy, Chemistry, and the Scientific Revolution,
London: 2005.
3098円でした。日本のアマゾンに在庫がある場合には、送料がかからないので、アメリカのアマゾンに注文するよりもお得です。
ちびどもは7時過ぎ。私は、8時前。年明け最初の可燃ゴミの日。いつもの倍たまっています。附属図書館より、文献複写依頼による複写物が届いたという報せがありました。昼食後取りに行きました。着いたのは次の論文。
Joachim Telle,
"Benedictus Figulus : Zu Leben und Werk eines deutschen Paracelsisten",
Medizinhistorisches Journal, 22 (1987), pp. 303-326.
岐阜大学より届きました。
実は、その直前、ちびどもが東急に遊びに行くということになりました。都合がよいので妻の運転する同じ車に乗って、ちびどもは東急へ、私は東急の隣の旅行会社におもむきロンドン出張の日程を決めてくることとしました。
もともとは去年の秋に行く予定だったのですが、テロがあったので、半年伸ばしたものです。私の唯一の日程表、カーテンレールにかけているカレンダーを見てみると、1週間まとまった時間がとれる場所は限られています。ちびどもの都合もありますから、妻と相談して、2月半ばからとしました。
ラッセル・スクウェア界隈に宿をとり、日本ではどう頑張っても見ることのできない文献を調べてきます。帰途、駅前の本屋さんで、『論座』2006年2月号を買ってきました。朝日新聞論説主幹若宮啓文氏による読売新聞主筆渡辺恒雄氏のインタービュー記事(雑誌の目次には対談とありますが、実質的にはインタビューだと思います)が今回の売り物のようです。一読の価値あり。
あかちゃんがおきてないて、7時15分。あかちゃんは容赦ありませんから、朝方泣かれるとちびどもでも目覚めてしまいます。
当分、0度〜7度、程度の寒い日が続くようです。[アダム・ハスルマイヤー Adam Haslmayr, 1560 - 1612]
昨日言及した、Carlos Gilly, "'Theophrastia Sancta' - Paracelsianism as a Religion, in Conflict with the Established Churches", より、基本的な事実を整理しておきましょう。
アダム・ハスルマイヤー(または、ハーゼルマイヤー Haselmeyer)は、チロル出身の学校教師、音楽家、錬金術師。パラケルススの神学的著作に没頭して、それを自分のものとしてしまった。その結果、彼の語る言葉は、すべて「聖テオフラストス(聖パラケルスス)」のものとなった。つまり、第1義的にはパラケルススの神学を内面化した人物だと位置づけることができるわけです。
その彼が、まだ出版されていなかった薔薇十字の宣言に応答した最初の人物でした。そして、「全世界の普遍的かつ総体的改革」の表紙にあるとおり、「氏はこの応答ゆえにイエズス会士どもの手に捕らわれて、ガレー船につながれた。」(種村訳、p.237)
『ファーマ』の初版(1614)に付された1612年のこの応答はずっと見失われていました。それを探し出したのが、Gilly 氏です。
Antwort An die lobwürdige Brüderschafft der Theosophen von RosenCreutz N.N. vom Adam Haselmayer Archiducalem Alumnum, Notarium seu Iudicem ordinarium Caesareum, der zeyten zum heiligen Creutz Dörflem bey Hall in Tyroll wohnende. Ad Famam Fraternitatis Einfeltigist geantwortet. Anno 1612.
この1612年の応答が、出版物において「ローゼンクロイツ」という用語をはじめて用いたものだということです。そして、ハスルマイヤーによれば、ローゼンクロイツとパラケルススは同じ目的を目指して、見えない兄弟団に呼びかけ、「福音の自由」という新しい宗教をこの世にもたらすのでした。
この新しい宗教、すなわち、'Theophrastia Sancta' の布教者として、彼は1605年から1630年のあいだに、200もの作品を著した。
Gilly 氏は、そのなかから17点のタイトルを例として挙げています。17は多いので、ここでは、3つだけ引用しましょう。
1. Theophrastia vom Geist und Leben ad Augustum von Anhalt.
2. Thëophrastia in iter Iesu, das ist Teütsche Theologiam gründtlich zue versteen, das ist der warhaftige Weg Iesu Christi den Alle geen müessen welche seligkeit begehren, per Theophrastum.
3. Sacro-Sancta Thëophrastia, oder Thëologia Paracelsica Intacta. Von der Narren oder falschen kirchen zuer offentlichen Apologia wider die 99 gantz Nerrische Puncten D. Matthiae Hoÿe ...zue Dresden wider die Reformiertten oder calvinisten erdacht.
そして、そのいくつかは、実際にパラケルススの名のもとに印刷されます。
Astronomia Olymi Novi, das ist: Die gestirnkunst dess newen Himmels/ welche allein auss dem Glauben entspringet / darauss der Mensch alle Magnalia Gottes und der Narur/ die den glaubien seyd zuwissen / sehe und erlernen mag. Authore Paracelso ab Hohenheim
Theologia Cabalistica von dem volkommenen Menschen
このふたつはともに、パラケルスス-ヴァイゲルの集成本Philosophia Mystica (Lucas Jenes, 1618) に再録されます。
ハスルマイヤーの理解では、'Theophrastia Sancta' は、使徒の時代から密かに行われていた一種の永遠の宗教で、ドイツのトリスメギストス、パラケルススがその意味を開示してみせたのである。
ハスルマイヤーは、『コンフェッシオ』の第10章を引用して、「聖書からすべての学問と能力を引き出す」ことができると考えた。しかし、それだけでなく、次のように言う。
「キリスト者の書物は、生きた被造物である。預言者により紙に記された書物は、記憶や証言にすぎず、我々は我々人間のなかにあるものを思い起こすがよい。なぜなら、意味は、本のなかにはなく、霊のなかにあるのである。霊は、人間の中に住まい、我等のうちにおいて自由に働き、そして神が我等のうちに語る言葉に耳を傾けるのだということを認めなければならない。」
こうした「石の教会」の否定は、(もちろん、制度としての教会に従う人々には今でもそうでしょうが)17世紀においては、大問題発言です。大騒ぎを引き起こすことまちがいなしです。
しかし、「石の教会」の宗派の争い(30年戦争の悲惨さを思い起こそう)に嫌悪感を抱く一部の人々のこころには、ふかくしみこんでいくでしょう。
こうした思想は、隠れざるを得ない。しかし、ヴァイゲルとパラケルススにおいて、あるいはローゼンクロイツとパラケルススにおいて、開示された、ハスルマイヤーはそのように考え、身の危険を知りつつ、「隠れた兄弟」に伝えようとしたのでしょう。[リトマン・ライブラリー]
先日紹介したリトマン・ライブラリーのサイトを一通り見てみました。興味深い。稀書の収集の出発点が、ベーメの『アウロラ』であったというだけあって、広い意味でのヘルメス的伝統に関するすぐれた図書館・研究施設・出版機関となっています。最新の出版物は、下の Gilly 氏の英訳者Cis van Heertum編になる、ヨハン・ロイヒリン (Johann Reuchlin ,1455-1522) の生涯と著作に関する展覧会カタログです。Cis van Heertum (ed.)
Philosophia symbolica. Johann Reuchlin and the Kabbalah.
Amsterdam, 2005.
きれいな本のようです。
まずはたったひとつでよいので、日本でもこの種の民間の図書館ができないものでしょうか。
7時前。舌に違和感があったので、鏡を見てみると、けっこう大きめの腫れ物。口内炎だと思いますが、口のなかが気になります。
口のなかは気になりますが、お正月休みが続くと、そろそろ普通に動きたくなったきます。図書館のスタートは、どうも1月5日からのようです。ちゃんと動けるのは、木曜日からということです。
→口内炎というよりは、舌を噛んでしまって腫れたもののようです。横の腫れは数時間で直っていましたが、おやつのときにまたさきっぽを噛んでしまって、舌の先に腫れ物をこしらえてしまいました。調子の悪い歯を使わないようにして食べようとして、舌がもつれ、噛んでしまうようです。基本は歯の問題です。[薔薇十字]
ここしばらく、薔薇十字運動を取り上げてきました。私の問題関心を明示しておきましょう。
ゲーテは、『秘義』のなかで、「十字架に薔薇をからませたのはいったい誰か?」と述べています。つまり、17世紀初頭の薔薇十字思想の起源と展開です。
もう1点は、薔薇十字という形象そのもののもつ魅力です。薔薇十字の形象をこころに思い浮かべると、不思議な魅惑を感知します。それがいったいなにか?
どちらも簡単には解けない謎なので、ぼちぼち外堀を埋めていこうと思っています。そろそろ本格的な研究を読むべきだろうと判断して、Carlos Gilly 氏の論文を探し出しました。この部屋で本そのものを見つけるまで、半時間近くかかりました。片づけの最中に作った小さな山の底に背表紙が見えないようにおいていました。
Carlos Gilly,
"'Theophrastia Sancta' - Paracelsianism as a Religion, in Conflict with the Established Churches",
in Ole Peter Grell (ed.), Paracelsus: The Man and His Reputation, His Ideas and Their Transformation, (Leiden: Brill, 1998), pp.151-185.
抜群に面白い研究です。とくに、彼が掘り起こしたと言えるハスルマイヤーの思想と活動を追いかける部分は、スリリングです。私がこれまでばらばらに扱ってきた星々がひとつの星座にまとまりました。取り上げてきた人物が一本の線で繋がりました。
この論文そのものは、アムステルダムの Bibliotheca Philosophica Hermetica のCis van Heertum さんがドイツ語から訳した、もっと長いドイツ語バージョンは、 Analecta Paracelsica. Studien zum Nachleben Theophrast von Hohenheims in dentschen Kulturgebiet der früen Neuzeit ,eds. W.-D. Müller-Jancke und J. Telle, Stuttgart, 1994, 425-88. を見よ、とあります。
この論文は、外堀ではなく、薔薇十字運動・思想の起源に関する、核心をヒットするものです。ウェブで調べてみました。
Bibliography of Carlos Gillyというのがありました。41点の著書・論文が挙げられています。
Carlos Gilly 氏は、アムステルダムのビジネスマンリトマンさん(Joost R. Ritman) が個人的に開いた図書館リトマン・ライブラリー=The Bibliotheca Philosophica Hermetica の図書館員兼リトマン研究所の所長ということのようです。スタッフとしては他に、キュレーター二人、研究員二人、研究助手兼アーキビスト一人という構成のようです。個人図書館ですが、万人(公衆)に開かれているとあります。
充実した資料があるようです。
かぞくそろって7時半。よくねました。よくねるとちびどもの機嫌がよいのでたすかります。曇り。ワー、ネットが重い。お昼過ぎから雨。冬空に雨。行くところもなく、みんなネットに向かっているのでしょうか?
夕刻には、その重さは解消されていました。世界的なおめでとうメールのせいでしょうか。
おお、本日も年賀状が届いています。以前は、お正月に配り、2日は休んで、3日に配るという方式だったと思います。民営化ということで、サービス向上に努めたのでしょうか。雨は5時前にはあがり、夕焼け空。明日はすこしは暖かくなる空気です。
昨日買ってきた次の本を読みました。
橋本治『乱世を生きる:市場原理は嘘かもしれない』集英社新書、2005
書かれていることはよくわかります。市場が飽和し、ある限界に達した、という判断に間違いないと思います。(スーパーマーケットの栄枯盛衰の分析は、定性的なものとして、まったく的確だと思います。)
エコノミスト=投資に(理論的な言葉で)誘う者、という定義も秀逸です。
著者の処方は、飽和したら次の次元(段階)を目指すべき(弁証法で説明しています)で、飽和点で同じことを繰り返しても意味がない(事態は悪くなっても、よくなることはない)というものです。論理的です。
タイトルに関して言えば、ネオリベラリズムのいわゆる「市場原理主義」というのは、もちろん嘘でしょう。
あけましておめでとうございます
ひとりで6時半。と思ったら、ちいさいちびが気付いて、すぐに全員起きてきました。快晴とまではいかないようですが、本日も好天の模様。
[年賀状]
朝一番(9時前後でした)で、年賀状の第1便が届きました。ちびどもが大喜び。幼稚園のクラスのお友達には出すようにしたようです。仲のよいお友達の年賀状は、じっと握りしめています。
お正月でも、ユザワヤは開いているので、カード・ファイルを買ってやる約束をしました。
→1時過ぎにでかけました。ちびどもにはカード・ファイルとペン立てを買ってやりましたが、実はあまりそうしたものには関心がなく(かわいくない!)、おもちゃのコーナーに行こうとせがみます。行ったら、ふたりして、買って欲しいとごねはじめました。お正月はほかに行くところもあまりなく、親子連れが目立ちましたが、あちこちでごねている子どもの姿が。ひとり、10歳ぐらいの男の子がおとうさんにごねていました。10歳になってごねたらまずい。
ちいさいちびはおやつということで納得したので、近所のコンビニでおやつを買って帰りました。駅前の本屋さんも開いていたので、おおきいちびはたまごっちの解説本、ちいさいちびは塗り絵セット、そして私は次の3冊を買いました。
山岸凉子『舞姫テレプシコーラ(8)』Media Factory, 2005
橋本治『乱世を生きる:市場原理は嘘かもしれない』集英社新書、2005
『月刊現代』2006年2月号
もちろん、山岸凉子をまっさきに読みました。
橋本治は久しぶりです。借金を抱えていて、パソコンを使わない(意思)とのことです。お正月なのに、アマゾンから次の本が届きました。
Rina Knoeff,
Herman Borehaave (1668 -1738): Calvinist chemist and physician
Amsterdam, 2002
夕食後、おおきいちびの歯が抜けました。下の前歯で、2本目。抜けたときに少し血が出て、驚いたようで、ちびふたりで大騒ぎをしていました。もちろん、出血はすぐに止まり、口をすすいだあとには、永久歯がもう姿を見せていました。
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