家族のみで、台北のシンボルタワーのようになった101という建物へ。世界貿易センターや市庁舎、台北三越、等々の集まっている場所です。日本で言えば、副都心、あるいはお台場のような場所と言えばよいでしょうか。
101も、円形を基本に作られており、場所を探すのはむずかしいビルでした。近くのビルに子どもの遊び場があるということで、そちらに移動。屋上に大きな滑り台を発見し、ちびどもはそこで喜んで遊んでいました。室内はクーラーが効いていることが多く、ちいさいちびには大敵。屋外で遊ぶ場所があると助かります。留守中のメールですが、前の前の学長、原卓也氏が74歳で亡くなったという訃報が入っていました。10月26日没。ロシア文学者の方ですが、ご一緒する機会が多く、いろいろ面倒を見てもらっていました。心よりご冥福をお祈りします。合掌。
なお、お別れの会は、11月14日(日曜日)夕刻、学士会館で開催されるとのことです。
朝近所の市場にでかけましたが、市場は嫌だとおおきいちびが泣くので、大きなショッピングモールへ。東京では見たことがない、子供用の広場がありました。子ども用品とゲームセンターと遊び場が円形に配置されていました。何度も来たと言うことで、ちびどもはいろんな遊具で遊んでいました。
どうも結婚式が正式なもののようなので、ワイシャツとネクタイを急遽買うこととしました。私は台北に着いたばかりで、物価の感覚がまったくわからず、値段を見ずに選びましたが、支払い担当の妻は、店員さんと値段の交渉をしっかりしていました。台北の場合、店員さんにかなり値引きの権限があり、交渉によってずいぶん勉強してもらえるのだそうです。要するに、日本のような定価商売ではなく、直接交渉価格ということのようです。(2重価格というふうに見ることもできます。)[台北2日目]
夕ご飯は会食。場所は、新鮮な海産物を売りにしているバフェ形式のお店。(バフェというのは、現地の英語方式の発音で、日本ではビュフェと呼んでいます。要するに、日本のバイキング=自分で好きなものを取ってくる食べ放題方式のお店です。台北ではこの形式が大人気とのこと。)大人は一人当たり2500円程度、子どもはひとり300円。焼き物も充実しており、海産物は新鮮でよいネタでしたから、日本で同じものを出すとたぶん5千円にはなると思われます。私は蟹を主に食べていました。
週末ということもあったと思いますが、お店は大にぎわいでした。子連れの家族もいっぱいいました。
3時40分。早すぎます。昨日科研費の書類を2点仕上げ、頭と目が疲れていた、つまり興奮が残っていたせいでしょう。妻の妹の結婚式でしばらく台北に行って来ます。
なお、昨夜妻から電話があった時点では準備ゼロ。まあ、とくに持っていくものもないので、30分以内に準備はできると踏んでいます。[台北まで]
ちびどもと妻がでかけたのと同じ便です。新宿駅発10時42分の成田エクスプレス。成田第2空港駅にはほぼ12時ちょうどに着。おなかがすいていたので、着いてすぐに昼食にざるそばを食べ、おみやげ(妻の母から、明太子と烏賊の塩辛という指定がありました)を買って、とっとと手続きを進めました。ちょうどすいている時間帯だったので、手荷物のチェックも出国管理もまったく並ばずに、進みました。昨日頑張りすぎたせいか、ずっと頭痛がしていたので、搭乗口の前の座席で、なかば寝たり、オマーン戦の特集をした雑誌を読んだりしていました。
フライトは、2時15分成田発、台北4時45分着の便でしたが、約30分ほど遅れました。飛行機のなかではやはり雑誌を読んだり、寝たり。起きてからずっと痛かった頭と目の奥が、なんと着くころに直っていました。
預けた荷物がなかったので、入国管理も税関もさっさと通過し、最速でゲートに。ちびども、妻、妻の母が待っていました。ちびどもは遅い、と文句を言っていました。
日本のリムジンにあたるバスで、台北市内へ。週末は道が混むのでしょうか、予定よりもかなり時間がかかって市内につきました。バスの終点の近くにあったアジアン・ワールドの地下で軽く夕食(といってチンギスカン鍋)をとってホテルに。台北の場合、大きなデパートやショッピングセンターの地下は、ほとんど食堂街になっています。子連れの親子の姿が目立ちました。共働きの場合、夕食はそうした場所でとることがふつうなのだそうです。
ホテルの受付には、もうすでにいっぱいの荷物がありました。帰りのおみやげ(ちびどもの服、おもちゃ、食べ物類)です。これで買い物は終了とのこと。[教訓1]
海外旅行の前に根をつめて仕事を行うと、飛行機のなかで、あるいは旅先で病気になったり体調をこわしたりすることがあることがよくわかりました。私の場合、目の奥の痛みと頭痛は、現地につくと直っていましたが、頑張りすぎて病気になるパターンというのは少なくないように思われます。
5時半。ひとりだとこんなものでしょうか。今日も晴れています。ずっとさぼっていた科研費の申請書作成に集中しています。個人の分と、プロジェクトの分の2点を作成する必要があります。けっこう手間がかかっています。→何とか、2点とも仕上げました。頭と目がかなり痛い。→事務の方に2点ともチェックをお願いしました。だいたい OK でした。
私のふだん使っているマシーンだとワードが途中でエラーを起こすので、早めに大学にでて、研究室のマックで残りの作業を行いました。
6時。このぐらいがちょうどよい。早すぎるとリズムが崩れます。→今朝は、晴れ。今年の秋は雨が続きました。晴れると、ほっとします。会議の日。12時半から研究所で打ち合わせ。1時から大学院のコース委員会。3時かが学部教授会。大学院の入試があるので、かなり変則的な時間となっています。
イラクでまた人質のニュースを見た後、大学へ。着いてすぐに、新潟地震の余震。けっこう揺れました。新しい大学の建物での地震ははじめてなので、感覚がはっきりとつかめませんが、震度3程度だったでしょうか。おそらく、震源地では、震度5ないし6だろうと推測しましたが、その通りでした。
図書館でオランダ語の辞書を見ようと思ったら、図書館が月末休館。仕方がないので、生協に立ち寄り、本を見ていました。次の2冊を購入。ジャン・スタロバンスキー
『作用と反作用:ある概念の生涯と冒険』
井田尚訳、法政大学出版局、2004
夏目房之介
『マンガ学への挑戦:進化する批評地図』
NTT出版、2004それから早めの昼食をとり、研究室に戻りました。ウェブで確認すると人質となった若者の名前が出ていました。
学部教授会は、5時前に終了。少し居残って仕事をしようかとも考えていたのですが、おなかがすいていたので、先に家に帰り、夕食をとることに方針変更。駅前の定食屋で今年はじめての牡蠣フライを食べて帰りつき、テレビをつけると、道路が崩落して車ごと土石に埋められた車から小さな子どもが救出されるシーン。驚いて見入っていました。
これは複雑です。助かったのはほんとよかったと思いますが、お母さんの死が確認されています。
5時半。まだ外は暗い。→8時過ぎに雨が降り始めました。台北から電話があり、蒸し暑いので、ちびどもの半袖を何枚かもってきてほしいとのこと。外は蒸し暑く、デパート等のなかはクーラーが効いているという状況のようです。蒸し暑いとまでは思っていませんでした。日曜日にしまった洗濯ものをやっと片づけました。最近はすっかり妻任せにしてあったので、久しぶりにてをつけて、意外に手間がかかることを再発見しました。
ひとりで(当然ひとり)4時半。なんと、 Azogueの管理人のホセ・ロドリゲス氏が、私の日本語のサイト(このページ)を見て、ゼツネル編の『化学の劇場』は来年オルムズからリプリントが出版される予定だというメールをくれました。他にも、 OLMSでは、多数の錬金術関係のリプリントがある(予定も含めて)ということで、そのリストを送ってくれました。辺境の地で研究をされているから、こういうふうに親切なのでしょうか。よくわかりませんが、ありがたいことです。
いつもと同じ時間にでかけました。大学に着くとまず図書館。OED を見た後、Oxford Latin Dictionary を見ようと思いましたが、授業の時間が迫っていたので、そこまで。2限の授業が10分ほど早く終わり、食堂で急いで昼食をとったあと、再度図書館へ。まずは、グリムのドイツ語辞書。地下の1階(書庫1層)にありました。まわりは、古い書物ばかりでした。おそらく、19世紀から20世紀初頭の書物の群だと思われます。19世紀のロシア語の書物なんかにはかなりよいものがありそうです。
グリムのあとは、2階(カウンターのある階)で、ラテン語とフランス語の辞書を調べていました。3限の授業があるので、イタリア語、スペイン語等はまたの機会にまわしました。朝早かったせいかもしれませんが、授業をおえ、駅前の定食屋で夕ご飯を食べて帰ってくると、けっこう疲れていました。
ちいさいちびが目覚めて、6時。少し咳はしていましたが、起きてもどすことはなかったので、まずまず。今日は長い旅。ちびどもと妻が先陣として先に台北に。11月頭に妻の妹の結婚式があります。妻には里帰り。ちいさいちびははじめての台北。
10時42分、新宿発の成田エクスプレスを予約していたのですが、ちびどもが早く行こうというので、9時半に家をでました。新宿駅のプラットフォームは、3つ路線が共有するもので、混雑していました。風が寒いプラットフォームでしばらくまってから、成田エクスプレスに乗り込みました。前に乗ったのは94年です。朝から咳がなかなか止まないちいさいちびの対応に追われていましたが、ふと外を見ると見知らぬ風景。新宿からは品川まわりで東京を経由し、成田に向かうルートでした。そのルートが途中から地下に入る、山の手線の利用では使わない路線でした。車内が暑くなったので、ちびどもを着替えさせてやりました。成田第2空港駅につくと、今度は、寒い。成田第2ターミナルははじめてです。搭乗券をもらい、荷物を預け、とあっちの端からこっちの端へと歩きました。
成田第2空港駅についてから、出発まで2時間半。手続きが完了したあとは、簡単な昼ご飯を食べ、ちびどものほしいというおもちゃを買ってやりなどしていると、1時過ぎになっていました。子連れということを考えて念のために早めにチェックインさせました。ちびどもはちびどもなので、ゲートの外で待っている私のところへ、なかからやってきますが、ともかくお母さんのところへ行くようにと声をかけました。
私は、こちらで、月、水、木の仕事をこなしてから行きます。成田空港から自宅に帰り着いたのが4時半。出発から7時間たっていました。けっこう疲れていました。
7時前に電話があり、飛行機のなかは頑張っていたけど、車のなかではよれよれになっていて、おうちにかえってねたい、ということでした。出発してから10時間ですから、ちびどもにはきついでしょう。[本日の迷惑メール vi ]
迷惑メールには、サイトを見て、"ENTER" を押した瞬間に利用登録されるものがあるということが次のblog で報告されています。"ENTER" を押した瞬間、利用登録ありがとうございます、3万円お支払い下さい、のメールが来るのだそうです。
アフィリエイト奮闘記
ネットの仕組みを知っていれば、可能なアクションであることはわかりますが、できるかことはなんでもやって儲けようという業者ですね。しかも、どうも、大学生ぐらいの年齢の若者がやっているようです。
昨日に続き、ちいさいちびが咳をして、もどして、4時。さすがに、落ち着いてからもういちど寝ました。
その次は、おおきいちびが起きて6時半。[本日の迷惑メール v ]
「Subject: 【重要】秘密のパーティー開催男性様ご優待
From: p@im.home.ad.jp, "[eB[Q蒼t@mx23.mf.home.ne.jp]"@im.home.ad.jp」
本日は、このメールが4通来ました。(本文略)。送信元アドレスを見ると、ここで取り上げている同じ業者、または関連業者のようです。
この業者は、入手したアドレス全てにメールを送っているのではと思われます。(たぶんそんなことはないのでしょうが)深読みすれば、迷惑メールには詐欺メールがあるから注意せよ、という教訓を自前で広めているのかもしれません。
ちいさいちびが咳をして、もどして、4時。相変わらずです。
すこしですが、頭痛。この頭痛は疲れが抜けきっていないときのものです。こういうときは、集中力が続かないので、ゆっくりとやっています。[本日の迷惑メール iv ]
今朝は、次のメールが3通来ました。
「Subject: 貴方様の整理番号は115です。決定しました。
Date: Fri, 22 Oct 2004 04:15:08 +0900
From: LpアtZ^@im.home.ad.jp, "[@mx22.mf.home.ne.jp (Free)]"@im.home.ad.jp
貴方様の整理番号は115です。決定いたしました。締め切りは明日の23:00までとなっております。
下記のアドレス宛にお返事を一通頂ければ、確実に、この権利を守る事が出来ます。継続方法は下記のアドレスに、継続希望とメールを一通頂ければ、継続手続きと今回の特典を手に入れる事が可能です。締め切りは明日の23:00までとなっておりますので、お急ぎ下さい。
keizoku_tetuduki_free@yahoo.co.jp
お待ちしております。
24時間、いつでも自動返信にて即対応させて頂かせておりますので、お時間の心配なくご利用頂けます。
keizoku_tetuduki_free@yahoo.co.jp」
このメールは、前からけっこう来ています。合計では十数通に達しています。送信もとのアドレスを見ると、やはり下の業者と同一か、あるいは、関連業者だと思われます。
グーグルで検索をかけると、全く同じメールを大量に送信しているようです。そうした実態を知るには、blog が適しているようです。私が受け取った日本語の迷惑メールの全てのパターンが尽くされています。
英語で来る迷惑メール(カナダの出会い系サイトとかからもメールが来ます。一体どういうつもりなのか疑問ですが、送信はただなので、むやみやたらと放出しているのでしょう)に関しては、さすがにパターンが尽くされてる様子はありません。(英語のサイトを見ると、尽くされているのかもしれませんが、そこまで探究するつもりがありません。)[迷惑メール ii ]で記した女性名ですが、偶然自分が同じ名前の方は、けっこう嫌な気分なのではないかと思います。実際は、そうした固有名は、有料の出会い系サイトに誘導するプログラム名、あるいは、組織名だと見るべきでしょう。
では、そうした名前のもと、実在するものはなにか、を考えてみましょう。第1に出会い系サイトの運営業者、次におそらくアルバイトの女性、どこかから入手した名簿(e-mail address のリスト)、それぞれの名前のもとでのフォーマット(メール本文の実例)、といったところでしょうか。
おおきいちびが目覚めて、6時20分。朝方、台風の揺り戻しでしょうか、いくらか雨が降り、少し強い風が吹きました。というわけで、台風一過の秋晴れとはいかず、まだ曇り空。
よなかに一度目覚めたので、少し仕事をしています。台風は、東京では予報より早く通過しました。0時前には雨が上がっており、風もなくなっていました。[迷惑メール iii ]
新しい『アエラ』(18日発売)に、「オレオレ凌ぐ請求書詐欺」という記事があります。どのぐらいの人が詐欺にひっかかるのか、その割合が知りたかったのですが、2例が出ていました。2003年群馬で逮捕されたグループでは、物理的な督促状では約1万人に送り597人(約6%)、2004年警視庁に逮捕されたグループでは電子メールを約7万件送って192人(0.27%)という数字が出ています。(つまらないことですが、記事では、ともに成功率は1%にも及ばないとあります。最初の事例では、約6%です。どうもこの記者は数字に弱いようです。)
電子メールの場合は、やはり、成功率は低いようですが、封書で送った場合の80円がかかりませんから、何らかの形で入手したアドレスに無差別に送るのでしょう。
記事では、携帯に脅迫まがいの請求電話をかけられて、面倒なので支払ったという人の例がでていました。詐欺集団は、そうした人をしゃぶりつくせ、という方針でやっているようです。相手はプロ(暴力団のことが多いようです)なので、電話されると怖いのですが、そこは気持ちを強くもって無根拠な請求をはなつけないといけません。一度弱みをみせると、つけこまれます。
物理的封書に比べて、ネットの場合はすこし安心しました。リテラシーができている、つまり、電子メールでは迷惑メール、ジャンクメールがどんどん来るので、ほとんどの人には耐性というのか、虚偽を読み解く力が身についていると言えます。さて、本日の迷惑メールですが、次のまったく同じメールが3通届いています。
「無料で女性の携帯アドレスまるごと10人分ゲットできる「暗証番号」って知ってますか? 暗証番号⇒「9620」とご返信下されば無料で女性ご紹介のURLを自動転送いたします。 暗証番号をこちらに入力して、返信下さい。 rakuraku_free@smile.odn.ne.jp システム上の出会い系サイトの運営者が自ら楽しむものの為に作られた暗証番号と思われます。 一切の料金、サイト記録も残りません。」
Subject 行と From 行を引用すると、次の如し。
Subject: 無料の[暗証番号]
From: "gムAhX]T"@im.home.ad.jp, "[rX@mx24.mf.home.ne.jp]"@im.home.ad.jp
昨日取り上げた業者と同一か、あるいは関連業者だと思われます。ODN が迷惑業者に対して、甘いのでしょうか。午後、3コマの授業を終えて帰ってくると、10月6日に送金し、10月13日にサーフィスで送ったという連絡をもらった本がドイツから届いていました。
Hermetisches A.B.C. vom Stein der Weisen,
4 Bände in 2,
Berlin, Barsdorf, 1921 (Berlin. 1778-9)
1921年の本にしては少し古びていますが、まあ、それは仕方ありますまい。
Table of Contents
なお、この錬金術集成は、抄録でした。たとえば、5番目の論考は、V. Aus dem Kinderbett Steins der Weisen: d'un Chevalier francois. というタイトルです。
前のManget の集成はリプリントでした。リプリントの方がずいぶんきれいです。
さて、また慣れないドイツ文字(髭文字)と格闘しなければなりません。
おおきいちびといっしょに6時10分。本格的な雨降り。今度も台風が日本列島を直撃するようです。→今回の台風23号は、大きい。前回の台風と違って、もうかなり強い雨が降っています。関東地方に再接近・通過は、今日の夕方から夜の予報。出てしまったら、一日中会議の日ですが、ああ、出たくないな、という気持ちになります。そうは言っても、さぼるわけにも行かず、会議にでました。大学に着いたのは12時過ぎで、まず図書館に行き、頼んでいたサービスの対価として1400円を会計課で支払い、研究室でメールを受信して、メールボックスに入っていたもの(物理的実在)を処理しました。1時から、研究所で打ち合わせ。2時半から、大会議室で大学院教授会。午後5時から、学長室で打ち合わせ。(学長室ではもっと尻を叩かれるかと思っていましたが、新しい案を出してくれた方のおかげで、それほどでもありませんでした。打ち合わせは、脱線してしまいましたが、その脱線がとても勉強になりました。)
[迷惑メール ii ]
一昨日記した迷惑メールですが、最近は、ほんとうにすごい数がやってきます。私の場合、発信するアドレスは原則一つにしています。(学校にでたときだけ、大学のアドレスからメールを発信することがありますが、率にするとごくわずかです。)
しかし、ホームページを複数運営していて、それぞれに、連絡用のアドレスがあります。このページもそうですし、公開してもよい、あるいは公開した方がよいと考えたアドレスは、公開しています。それが4つあります。(もちろん、未公開のアドレスもあります。)公開したアドレスに対して、だめもとで多くの迷惑メール、ジャンクメール、等々が来ます。
一番新しい例では、昨日から今日にかけて、「鑞O写tR塵」(私の環境では文字化け)というタイトルのメールが10通届いています。中身はどれも全く同じです。発信元は、「ウソミt@mx**.mf.home.ne.jp」(@より左は私の環境では文字化け)で、** の部分に 11 から24 までの数字が入っています。
Return-Path は、free_master_-_@tea.odn.ne.jp
これは、メール本文で、返信先に指定されているアドレスです。これだけでかなり怪しいアドレスです。
ふだんはこうしたメールはすぐに削除してしまうのですが、今回はいわば実験で、どのくらい同じものが来るのか見ています。
まあ、これで騙される人もほとんどいないでしょう。
騙される/はまってしまう/勧誘かもしれないと思いつつ相手してしまう、可能性のあるのは女性の固有名詞でやってくるメールです。
そうしたメールがどういうもので、返事をした場合どういうことになるのか、ウェブに数多くの事例があります。
zapstyle
迷惑メールを晒す
スパムメール 総合スレッド No1
そうしたメールに使われる固有名そのものですが、次のようなもののようです。
平田智美、高村美咲、ミムラチヒロ、橘翠子、大石早苗、☆キサ☆、木村沙織、佐々木麻衣、戸田直子、橘比奈乃、飯村和子、夢子、伊藤ユンファ等々。
こうした名前で来る迷惑メールには、爆笑ものから、非常に巧妙なものまでいろいろあります。うえにランダムにあげた事例のうち、ザップスタイルさんのものには、実際にメールに返信した場合、どうなるのかということが記載されています。
一般的なパターンとしては、次のようになるらしい。
何度かメールをやりとりする。(それぞれの名前のもとに文例=フォーマットが用意されていて、ほとんどそれをコピー・ペーストしているだけの模様。だから、メールをやりとりしても、話はけっしてかみ合っていない。)「会いたい」と言い出しておいて、そのうちに有料の出会い系サイトに誘導する。出会い系サイトでは、不思議なポイント制を採用していて、やりとりしているうちに、利用料を払えという請求がくる。
実際に会う約束まで進んだ場合でも、もちろん、誰かが来ることはない。(会いに行けなかった言い訳メールは来るそうです。)
ザップスタイルさんのサイトには、実際にそうした出会い系サイトでアルバイトをしていた人の証言も出ています。
昔、『なにわ金融道』を読んで、たいへん勉強になりました。迷惑メールも、とくに彼女いない歴○○年というふうな自覚のある人には、社会勉強になると思います。
ネット時代の詐欺のパターンは、もしかしたら、メールを使う全員に必要なリテラシーかもしれません。
おおきいちびといっしょに6時20分。そとはまっくら。いまにも雨が降りだしてきそうな曇り空。幼稚園の芋掘り会の日ですが、どうなりますことやら。→8時半に雨が降り始めました。一番微妙な時間。妻は急遽、芋掘りがなかった場合を想定してお弁当を作り始めましたが、9時前までに連絡がなく、待ち合わせ場所に向かいました。ヤンキース対レッドソックス戦をつけたまま留守番をしていると、幼稚園から今日の芋掘りは中止の電話。何回か電話が来て、友人につかまえてもらったようです。
我が家→待ち合わせのお友達の家→幼稚園→バス停、というルートなので、誰かにあってつかまえてもらえるだろうと思っていたら、連絡網で家に連絡をくれる人がうまくつかまえてくれたようです。雨は、予報通り、本格的な雨降りです。
→実際には、4組同じバスに乗ったが、そのうちの一人の携帯に中止のメールがはいり、現地まで行かずにすんだ、ということでした。幼稚園の先生方は現地に先に行って待っていたようです。今日は、判断の難しい状況でした。17日に買ってきた、ピーター・バーク『知識の社会史』(井山弘幸・城戸淳訳、新曜社、2004)を読み始めました。今の私の関心にはちょうどよい本です。扱っている時代は、グーテンベルグから『百科全書』まで。バーク自身明示しているように、彼は、この分野の1次的専門家というわけではありません。しかし、関連する膨大な2次資料を読み解き、いわば、まだ未知の大陸だったこの分野に関して、地図をつくる作業をしてくれたわけです。見通しがつけられる、そのことの意味は非常に大きい。
運動を兼ねて、雨のなか、駅まで行って帰っきました。その間に、銀行の用事をすませ、いつもの本屋さんで、『新潮45』『サイゾー』『ニューズウィーク』を買ってきました。→『ニューズウィーク』は、郵政民営化をどう分析しているのか興味があって買いましたが、がっかり。見るべき分析はありませんでした。郵便貯金が市場競争にさらされれば、その資金が投資に向かい、日本経済は活性化するという図式を信じていました。ほんの一部は投資に向かうかも知れませんが、お金をもっている大半が老人世代であることなどを考えると、郵政民営化によって大きく流れが変わるとは思われません。
おおきいちびといっしょに6時。よなかに目覚めたので、少し仕事を続行しています。→一仕事したあとは、『村上ラヂオ』を読んでいました。予想されたことですが、村上春樹はマックユーザーでした。そして、マックの起動中に童話を読んでいるのだそうです。
いろんなところで記述されていますが、科研費の申請時期となりました。どこもおよそ今月末が学内締切になっているようです。そろそろ着手しようと思います。以前の申請書を読むことからはじめています。
ほぼ6時に帰宅。暗い。なんか、いきなり冬になった気分です。1学期は夏の真っ盛りに終わっていますから、帰り道は秋を飛び越え冬に。
[迷惑メール i ]
昨日記した、いきなりアクセスが増えた理由ですが、ほぼ突き止めました。正確には、誰かがリンクを張ってくれたわけでも、言及してくれたわけでもないようです。最近どっさり来ている迷惑メールに関係することがわかりました。(何か、10万アクセスを超えても少しもうれしくなかったのは、直感があたっていたことになります。そんな理由でアクセスが増えても、あちゃー、です。)
グーグルで検索をかけると、最近やってくる迷惑メールの全ての種類を見ることができました。わかってしまうと、なんだかな。具体的に書いた方が役に立つのかもしれませんが、ともあれ、変なメールが来て、不審に思ったら、グーグルで検索をかけてみて下さい。ほぼ100%に近い確率で、同じ迷惑メールの例を見ることができるはずです。あるいは変なメールに好奇心が生じたら、検索をしてみて下さい。今後来る可能性のある迷惑メールをあらかじめ見ておくことができます。
すぐにおかしいとわかるものから、非常に巧妙なものまで、いろいろあります。
ネットは、思いもしない方向に進化してしまいました。
(ともあれ、疑問がひとつ解消してすこしすっきりしました。)
ちいさいちびが咳をして、もどして、4時。これで一度全員が目覚めました。私は再度眠りにつきましたが、おおきいちびはそのまま眠れなかったようです。6時過ぎに「おなかがすいた」。昨日は、気温がほとんど上がらない一日でした。寒い日には鍋、ということで鍋はじめ。去年は、鍋ではほとんど何も食べなかったちいさいちびもそれなりに食べていました。
何があったのかわかりませんが、寝ている間にアクセス・カウンターが10万を突破していました。いつものペースでいけば、20日過ぎかと思っていました。誰かが新たにリンクを張ってくれたのか、言及してくれたのでしょう。→ついでに、このウェブに少し手を入れました。現時点のファイル容量は6Mを超えたところ。デフォルトの容量は10Mです。まだ余裕がありますが、使用可能容量を20Mと10Mアップしておきました。&サーバーにおけるウイルスメールのチェックもしていなかったのですが、それもチェックするように直しておきました。
起きてすぐに明日の講義の準備をはじめました。手元に資料が足りないことがわかったので、ちびどもが買い物にでかけるのといっしょに吉祥寺の本屋さんにでかけました。買ったのは次の5点。
エリク・ド・グロリエ『書物の歴史』大塚幸男訳、文庫クセジュ、1992
ピーター・バーク『知識の社会史』井山弘幸・城戸淳訳、新曜社、2004
村上春樹『村上ラヂオ』大橋歩絵、新潮文庫、2001
『天文年鑑2004』誠文堂新光社、2003
『フィガロ・ジャポン特別編集 ボルドーを巡る旅』
目的は、『天文年鑑2004』でしたが、今の関心にあわせて、プラス4点買ってしまいました。ちびどもはやはり、おとうさんばかりいっぱいかって、ずるい、と言っています。明日の準備。人工衛星を扱います。最新の情報を仕入れることとしました。
『天文年鑑2004』より、2002年8月〜2003年7月打ち上げの人工衛星の国別の数。総数88機(台?)のなかで。
アメリカ:25
ロシア(CIS):17
日本:12
中国:5
インド:3
カナダ:3
EUTE:3
2は、フランス、欧州、オーストラリア、ITSO(インテルサット)、アルゼンチン、デンマーク。
1は、EUMO(欧州気象衛星機構)、ドイツ、イタリア、スペイン、ルクセンブルグ、アルジェリア、オランダ、サウジアラビア、アジアサット株式会社、ギリシャ、UAE、チェコ。
日本の12機は意外でした。日本に関しては、失敗の事例が多く、日本の宇宙技術はちょっとだめかな、と思っていたのですが、数の点では、頑張っているようです。日本の場合問題は打ち上げ技術です。
2002年8月〜2003年7月の期間での打ち上げ失敗は、4つ。軌道データ未公開が5つ。そのうち2つは日本ですが、偵察衛星です。軍事機密ということで情報がまったく公開されていませんから、ほんとうに役に立っているのかどうか検証のしようがありません。地球外軌道にでたものが、4機。日本の MUSES C (小惑星探査機「はやぶさ」)と欧州の MARS EXPRESS、そしてアメリカのMars Explorer Rover A & B です。火星探査が流行のようです。この期間に落ちた(大気圏再突入した)人工衛星は、68台。
ネットで調べた、2004年度のめざましい宇宙関係のできごと。
2004年1月25日、アメリカの無人火星探査機「オポチュニティ」が火星のメリディアニ・プラナムという直径20mのクレーターに無事着陸。「オポチュニティ」は、1月はじめに着陸したスピリットの双子の探査機。
2004年8月4日、アメリカのケープカナベラル空軍基地から打ち上げられた、水星探査機メッセンジャー。
人工天体ではなく、ふつうの天体のショーとしては、6月8日におこった金星の日面通過。金星の日面通過は、かなり珍しい現象で、前回は明治時代。1874年12月9日&1882年12月6日。ウェブで捜せば、きれいな写真を見ることができます。
ついで、10月14日(つまり先週の木曜日)の部分日食。5月5日と10月28日の皆既月食。(10月28日の月食は日本では観察できない。)
おおきいちびが起きて、6時過ぎ。J-COM から「いまお使いのテレビで、デジタル放送が楽しめます!」という案内葉書が来ました。今申し込むとただでアップグレードしてくれるとあります。どうせ将来的にはデジタル化するのであれば、今しておいてもよいか(実は、どういうメリットがあるのかよくわかっていないのですが)と思い、そもそも、家のテレビがデジタル放送に対応しているかどうか調べました。テレビに D3 以上の端子があれば、デジタル放送に対応できるとありますが、我が家のテレビは、調べるのに苦労しましたが、D1 端子のみでした。つまり、テレビを買い換えないと、デジタル放送を受信することができないことがわかりました。
そうであれば、今のテレビが壊れたときに、デジタル化すればよいか、と考えました。
→気になるので、土曜日のコジマとヤマダのちらしで、調べてみました。液晶テレビでは、10万円以下の機種に D3 端子以上をそなえているものはありませんでした。20万円以上の大画面の液晶では、D3、D4 端子が一般化していました。今店頭に並んでいるもので、これですから、テレビのデジタル化はまだまだといったところのようです。昨日の朝日新聞は、郵政民営化を特集していました。財政投融資の話は、理解できます。しかし、本質的なところで、小泉郵政改革が何をしようとしているのか、理解できないでいます。
手紙や葉書(信書というのでしょうか)の配送業務を自由化するというのであれば、わかります。(どの程度、国民生活にメリットがあるのかは不明ですが。)しかし、どうもそういう話ではないようです。
今日の国会で、小泉首相の熱意と国民の理解の乖離について、公明党の議員(見事に棒読みでした)が行った質問に対して、小泉首相は、まったく回答していませんでした。時期がきたらもっと詳しく説明する、そうすればきって理解してくれると信じる、という答弁。なんじゃい、まったく。
ブッシュ米大統領を見ていてもそう思いますが、小泉首相を見ていると、悪夢かと思います。(ちなみに、ロシアのプーチンは、国全体をKGB化しています。ひどい。)首相としての説明責任という点では、マイナス点を付けざるを得ません。
[アフターレイン]
おおきいちびといっしょに6時。朝から雲一つない快晴。久しぶりです。
うちもそうですが、多くの家庭では、洗濯で大忙しの日となりそうです。
ショート・コメント:「アフター・ダーク」とする感覚はよくわかります。「夜明け前」ではなく、「アフター・ダーク」。「夜明け前」では、その後に生起する出来事がわかっている、あるいは事実≒希望という含意がありますが、「アフター・ダーク」では、その後がわからない。ほんとうにどういう希望があるのかもわかりません。ただ、「アフター・ダーク」はある。もちろん、あることが希望だと見ることもできます。ウェブの日記ですが、blog に移行しつつあるようです。日常的に見るいくつかのウェブ日記がブログに移りました。私は、コメントがほしいというわけではないのですが、形式的にはブログでよいか、あるいはブログの方がよいかという気がしてきました。このサイトも当初は容量が心配だったのですが、JCOM が容量アップをしてくれたので、当分心配はありません。しかし、日記の部分だけをブログに移すというのも悪い選択肢ではありません。
『アフター・ダーク』に対する一般読者の感想はどうだろうと思って、少しウェブを見て回りました。ブログのものが多くなっています。→こういう言い方は少し失礼かもしれませんが、いかにも一般読者の感想というものが大半でした。著者の村上春樹がそうしたコメントや感想を読むことがあるのだろうか、という疑問に発した調査でしたが、たぶん、読まないだろうな。
[想起]
『アフター・ダーク』のひとつのモチーフは、記憶です。幼稚園の運動会につきあって、私自身の幼稚園の記憶を探ってみました。幼稚園の運動会というのは、私には、記憶がありません。幼稚園時代で覚えていることはごくわずかです。
1.バスで通園していました。お宮さんの前を通っていく県道の片隅で、バスに乗り込むシーン。
2.お寺の附属の幼稚園でした。お寺は山の中腹にありました。そのお寺にお猿さんを飼っていたこと。坂道とお猿さんがかすかに記憶のシーンにあります。
3.泥団子。園庭に砂場があって、そこで、ともかく一生懸命に泥団子を作っていたことを覚えています。今の幼稚園のちびたちもお団子つくりは一生懸命にやっています。何がどう面白いのかうまく説明できませんが、きれいにできたときの満足感はこころの片隅に残っています。
すぐに思い出せるのは、何と、これぐらいです。
私の子供時代は、2年保育と1年保育と呼んでいたと思います。2年間幼稚園に通うのか、1年間だけかという区別です。私は2年保育でしたが、近所の子たちでは、1年保育の子もけっこういました。(割合とかはよくわかりませんが、1年保育の方が一般的だったのかもしれません。)
私の場合、ちいさいころはぼんやりしていて、小学1年、2年のときの記憶もたいして変わりばえがしません。今につながる形で意識が目覚めたのは、10歳前後ではないかと思われます。4年生のときの担任の先生がなんかかわいがってくれたことは覚えています。5年生のときの先生は、よく説教をする先生でした。6年生のときの先生は、隻眼で算数の得意な先生でした。土曜日の午後(そう、まだ土曜日は午前中のクラスがありました)は、町から算盤の先生が来て、算盤教室の時間でしたが、算盤に面白さを感じず、算盤不真面目組で放課後の学校を我が物顔に遊び回っていました。
ちびどもが起きて、6時。ともかく、雨は降っていません。→雨ではないので、延期になった幼稚園の運動会。8時前に家をでて、8時半に現地に集合しました。今日の第1の心配は、天候。朝方はすこし雨粒が空気中を舞う気配もあったのですが、結局、最後は晴れ間がのぞきました。部分日蝕のときは、曇り空で、肉眼ではっきりと日蝕の様子をみることができました。幼稚園の運動会は午前中で終了。吉祥寺駅で昼ご飯を食べて帰ってきました。おおきいちびは、おとうさんもおかあさんも親の競技(大玉転がしのリレー)に出なかったと言って怒っていました。予想通り。日本対オマーン戦。なかなかにきびしい試合となりそうです。→前半は0対0。オマーンが攻撃的にきました。→1対0で日本の勝ち。1次予選突破。90分間ぶれなかったのがよかったと思います。
[アフターダーク]
昨日大学からの帰り道、いつもとは違う駅前の本屋さんで、村上春樹の『アフターダーク』(講談社、2004)を買いました。ふだん、私は、小説をほとんど読みません。しかし、今回、日本語の本を何冊か読んでいて、ふと、そうだ、村上春樹の小説を読んでみようと思ったのでした。いまの感覚を村上春樹はどう言葉にしているのだろうと思ったのが、読もうとおもった一番の動機です。ちびどもが寝てから読んでしまいました。すぐには言葉にできませんが、納得するものはありました。
核心部分を言葉にするのは難しいので、枝葉末節から。村上春樹は、一箇所、「コーマ」という言葉を使っています。Coma : 昏睡 です。こういう専門用語を、どこまで使ってもよいと彼は考えているのでしょうか。その基準があれば知りたいと思います。
ちなみに、超昏睡、不可逆昏睡ということばは、脳死という概念=用語ができる前に、いまの「脳死状態」に対応する用語でした。
おおきいちびといっしょに6時前。また、雨。よく降っています。明日は、延期された幼稚園の運動会ですが、この調子ではあやしい。[国際送金]
10月6日(先週の水曜日)に近所の郵便局から国際送金した件を記しました。相手はドイツの古書店。今朝、荷物を発送したというメールを頂きました。ヨーロッパからのサーフィス・メールですが、どのくらいで着くのでしょうか。
さて、国際送金ですが、銀行を使うと大変です。手数料が6千円に、プラスアルファでお金がかかります。最近は、SSL のクレジットカードで決済できることが多いのですが、そうでない場合は仕方ありません。一番安いのは、Postal Giro : 郵便振替です。これは400円の手数料で送金できます。今回、ドイツの古書店は、銀行口座番号 International Bank Account Number (IBAN) とBank Identifier Code (BIC) を通知してきました。郵便局の国際送金書類には、この項目はありませんが、相手の名前と銀行口座番号 International Bank Account Number だけ記入すれば、お金は送れることがわかりました。手数料はふつうで、700円。電信でも、1700円。
相手はポスタル・ジャイロの口座をもっていてくれるのが一番便利ですが、そうでなくても、ふつうに口座番号がわかれば、郵便局から700円で送れることがわかりました。先週の水曜日の為替レートは、1ユーロ=137.65円。そのときの相場で換金してくれます。(換金手数料なし。)
純粋な好奇心で、このところの為替レートを見てました。この2年間では、132円ぐらいが中間値で、最低が120円強、最高が140円程度です。本日のレートは、135円。
以上、銀行よりも、圧倒的にご近所の郵便局の方が便利で安い。図書館で仕事をするために、ちびどもといっしょに家をでました。理由は不明ですが、西武多磨線に乗る直前あたりから、頭がとてもかゆくなり、ついでに背中もかゆくなりました。長引いたらどうしようと思っていたのですが、30分ほどでひきました。
大学についてすぐに向かったのは、総務課。義理の妹の結婚式で、今月末すこし外にでます。その分(3日分)の年次休暇をとりました。
つぎに、図書館。まず、弘前大学に所蔵している図書を取り寄せてもらうよう書類を書きました。ほぼ1週間で届くとのこと。ついで、マイクロフィルムと格闘。はじめて封を切ったマイクロですが、どうも保存状態が悪かったのか、あるいは最初から質が低いのか、最初の巻き取りで50センチほど行ってから、破れてしましました。はじめてのことですが、とくに問題はないので、破れた箇所をほかして、必要な箇所をプリントアウトしました。今日は図書館の方が、A3 の紙を渡してくれたのですが、たぶんもとの紙が大きかったのでしょう、A3 の紙がぴったりでした。
手間はかかったのですが、プリントアウトそのものは15枚。カウンターに行くと、会計で経費300円を支払ってきてくれと言うので、会計で300円を支払い、手続き完了。
その後、地下の書庫に行き、『ドイツの化学の劇場』を見ました。何とスタンプには、私の名前が。そうでした、私が大昔に科研費で購入した書物でした。すっかり忘れていました。ものは、手のひらサイズの3巻本です。必要なときに借り出せばよいと考え、あるのを確かめただけにしました。それから、早めの昼食。午後1番で、短い会議をこなして、帰宅。
ひとりだけ遅れて、8時前。ちびどもはたぶん6時前。ちびどもが幼稚園にでかけるころ、やっと晴れ間が見えてきました。長い曇天でした。→と思って喜んでいたら、ちびが帰ってくる頃に、雨が降り始めました。傘を4本もって、幼稚園に出迎えに。昨日買った次の本をほぼ読み通しました。
村上龍『13歳のハローワーク』幻冬舎、2003
ここ数日は多くの本を読んでいますが、夕方から『本棚の歴史』を読み始めました。これまでの本と違って、活字が小さくつまっていますから、少し時間がかかります。著者のペトロスキーは、人の注目しない技術に注目して、よい技術史のエッセイを書くことで有名な方です。しかし、序文は明らかに退屈。訳者の解説を読むと、それでもかなり削ったのだそうです。英語と日本語の差もあると思います。
おおきいちびといっしょに6時。昨日とほぼ同じ天候。雨量として記録されるほどではありませんが、小雨がぱらつく空模様。[ニート]
昨夜から今朝にかけて、昨日買ってきた次の本を読み通しました。
玄田有史・曲沼美恵『ニート』幻冬舎、2004
ニートとは、Not in Education, Employment, or Training の頭文字をつなげた新語で、働く意志を示さないので失業者としてはカウントされないが、「教育機関にも所属せず、職についてもおらず、職につくための訓練にも参加していない」若者のことです。日本では、2003年度で約40万人いるそうです。
中学2年生の秋に1週間、全員が職場体験をするという兵庫と富山の事例が紹介されていた、第3章と4章が感動的でした。大学でもそういう試みはなされていますが、中学生全員というのは私ははじめた知ったことです。たいへん有意義な試みだと思います。そうした試みができるだけ広く広がってくれるとよいなと思います。
なお、ニートについては、数日前の朝日新聞に特集が組まれていました。これ自身、なかなかよい特集でした。ニートという言葉を知っていたわけではないのですが、新聞の特集が頭に残っていて、この『ニート』を買ったのでした。
著者のお二人は、「おわりに」コミュニケーションスキルのことを話題にしています。前に院生と話したときに、友人がせっかくはいった有名な職場を辞めたと言っていました。もっとも根本的なところの問題は、コミュニケーションスキルだと。その通りだと思います。しかし、私の子ども時代には、そんな言葉はそもそもなかったはずです。自分のコミュニケーションスキルがどうだということを考えたこともありません。
しかし、今は、まわりに直接、ニートの知人がいなくても、日常的に大学生に接していればニートの感覚はわかると思います。定職についていたとしても、ねっこのぶぶんで、ニートと同じ問題を抱えている若者は一定数いるのではないかと思います。
ともあれ、『ニート』はよい本でした。今日は、東急8階紀伊国屋書店で、次の2冊を買いました。
村上龍『13歳のハローワーク』幻冬舎、2003
『文芸春秋』2004年11月号
『文芸春秋』は、日垣隆氏の「細木数子 妖しき大殺界の女王」を読もうと思って買いました。ちびどもが6階で遊んでいる間に、1階のスターバックスのスペースで読んでしまいました。私はもちろん、細木数子氏の本を1冊も手に取ったことがありませんし、25%を超えるという彼女の主演(?)するテレビ番組も見たことがありません。しかし、売れていることは知っており、偶然テレビをつけたときに映っている顔を見て、すごい人だという感想はもっていました。日垣氏が細木氏にどういうふうに迫るのか見物だと思って読んだのですが、彼女は占い師というよりも、勘のよい女社長でした。日垣氏の彼女に対する評「大の男たちが寄ってたかって、一人で生きる稼ぎ頭の女を叩くのは、みっともない」という言葉は、至言です。ご関心のある方は、直接日垣氏の文章をお読み下さい。
ほかに、畑村洋太郎氏の「回転ドアの原罪<失敗学応用講座>」はとてもよい分析です。回転ドアがそもそも物理学的に非常に危険なものであることがよくわかります。自動回転ドアの破壊力はびっくりするぐらいです。
ちいさいちびが昨夜に続き、4時前に咳をして、もどしました。全員目覚めましたが、うまく寝てくれて、8時。台風のために雨戸を閉め切っていたせいでしょう。雨は降っていませんが、台風一過の晴天とはなっていません。[シェーンの捏造論文]
昨夜は、科学史MLで知った、BSドキュメンタリー「史上空前の論文捏(ねつ)造」を見ました。10時開始とあったのですが、前の野球中継が伸びて、おそらく10時30分開始。途中からテレビをつけたので、どれだけ伸びたのかわからず、最初の数分を見逃してしまいましたが、たぶん、全体には影響なし。話は、ベル研の若い研究者シェーンが超伝導の分野で、「サイエンス」や「ネイチャー」に計16本もの論文を矢継ぎ早に載せ、ときのひととなるが、どこの研究所も追試ができず、とうとう2002年捏造だったことが判明するというものです。
もう少し奥行きのある番組を期待したのですが、その期待には沿ってくれませんでした。専門家の判断として、16本の論文のどこまでが捏造だったのかを知りたかったのですが、それもありませんでした。
有機物にアルミの薄膜を乗せるというシェーンの工夫が再現不可能な工夫(つまり捏造)だったということはわかったのですが、科学界としては、どこまでが真実でどこが捏造かを検証することが重要だと思います。インタービューを拒んでいる人を追いかけるよりも、科学的内容を追いかけてもらった方がスリリングな番組になったような気がしますが、いかがでしょうか。気になるのでウェブでどの程度の情報がでているか調べてみました。hotwired にまとまった記事がありました。
2002年10月31日、シェーンの共同研究者、論文を撤回
ここから関連する記事へのリンクが張られています。現時点では、シェーンの仕事を調べるベル研の外部「調査委員会は、シェーン氏が1998年から2001年にかけて、実験データの捏造や改変を少なくとも16回行なった」という以上のことはわからないようです。
日本人では、産業技術総合研究所のナノテクノロジー研究部門で研究されている水谷 亘氏がもっとも詳しいコメントをされています。
ナノの掲示版
ナノの世界
→04.10.15 もう少し丁寧にウェブを見てみました。科学雑誌に記事があるようです。
長谷川達生・吉田幸大・斎藤軍治「捏造はなぜ起こったのか −『ベル研事件』の背景と影響」『化学』2003年6月号,pp.12-18
「夢物語でしかなかった最先端科学技術−物理科学研究での不正行為」『科学』2002年12月号&2003年1月号
昨日台風のせいで足止めを食らっていたちびどもが騒ぎそうなので、早めに外に連れ出しました。といって、屋外はまだぬれています。まず、本屋さんに行きました。ちょうどよいので次の本を買いました。
ヘンリー・ペトロスキー『本棚の歴史』池田栄一訳、白水社、2004
宮台真司『亜細亜主義の顛末に学べ:宮台真司の反グローバリゼーション・ガイダンス』実践社、2004
玄田有史・曲沼美恵『ニート』幻冬舎、2004
NHKスペシャル「データマップ63億人の地図」プロジェクト編『いのちの地図帳』アスコム、2004
最後の『いのちの地図帳』を帰ってきてすぐにざっと読みました。不要なリストを減らして、せめてもうすこし分析を入れた方がよかったように思います。データを作るのがおそらく大変だったのは理解できますが、そうした部分をばっさり切ってこそ、面白い本ができます。
ついで、宮台真司氏の本を読み通しました。最近彼がずっと言ってきていることですが、1冊通して読むと、見通しがよくなります。
ちいさいちびが咳をして、もどして、5時半。ひどい時期よりはましになっているとはいえ、相変わらず、咳をするともどしてしまうことがあります。気管が敏感なのか、ちょっとした冷気で咳がでてきます。朝一番で、台風の状況を見ました。予報通りの動きでした。→午前10時現在、940ヘクト・パスカル。すこし弱くなったようです。現時点の予想上陸地点は熱海ということで東京直撃コースです。→いつも、窓をあけっぱなしの斜めお向かいさんは、雨戸を閉め切っています。→4時半ごろから突如風雨が強くなりました。台風に特徴的なパターンです。伊豆に上陸した時間から言って、7時前後が東京に一番近づく時刻となるでしょう。小さくて、強い台風なので、いきなり暴風がやってくる可能性があります。→4時に伊豆に上陸したあと、相模湾、東京湾と駆け抜け、8時頃鹿島灘に抜けたとあります。私の住んでいる場所では、6時半頃風雨が収まり、それっきりでした。暴風雨圏には入らなかったわけです。
こんな日は外出するわけにもいかず、仕方がないので、まず妻が片づけを開始しました。おおきいちびはカバンが大好きです。私がUFO キャッチャーで集めた子ども用のカバンが我が家にはいっぱいあり、そのカバンにいろんなものを入れています。それで、いろんなものがすぐに行方不明になります。まさにデッドストックです。
私も自分の部屋の片づけを開始しました。
そう言えば、先週の編集委員会で持ち帰った仕事のうち、後回しにしたものを忘れていました。台風接近のなか、2通の手紙を書きました。書評をしていただけないか、というお願いです。
ちびどもが起きて、6時20分。曇っていますが、雨は降っていません。ちびの幼稚園の運動会。→と思ったら、幼稚園の連絡網で、中止の電話。そして、すぐに雨が降り始めました。ちびどもは一瞬がっかりしていましたが、すぐに立ち直って遊んでいます。振替は来週の木曜日。→妻がちびのお弁当を作り終わった頃、再度電話。今日はお弁当なし。午前中で終わりとのこと。妻は話し相手とぎゃーぎゃー言っていました。気がついてみると、来週は、授業のある月曜日と木曜日がお休み。月曜日は、体育の日の振替休日。木曜日は、両外語対抗戦(大阪外語と東京外語が毎年行っている運動部総出動の対抗戦。今年は、東京で行われます。その場合は、全学休講となります)。せっかくはじまったのに、なんだかな。
用事があり、妻が品川に。ちいさいちびは、本人が行くと言ったので、一時的に乳幼児を預かってくれるチビッコランドへ。おねえちゃんは、幼稚園がひけたあと、いつも遊んでもらっている子のうちにおじゃますることに。2時間で、ちいさいちびを迎えに行くと、1歳児、2歳児、3歳児が10数人いっしょに遊んでいます。私が部屋にはいると、まだ言葉が話せるか話せないかぐらいの男の子が2〜3人寄ってきて、何かを話しかけてくれます。何を言っているのかわかりませんが、適当に返事をして、ちびに服を着せ、外出しました。歩いて5分ほどすると、2つ泣いた、2つ泣いた、と報告してくれます。お母さんいないと2回泣いたようです。チビッコランドのレポートによると、泣いたがすぐに遊びに加わったとのこと。お母さんのところへ行きたいというので、駅で待つこととしました。駅のキオスクでチョコレートを買って、30分ぐらいは大人しく待っていましたが、さすがに待ちくたびれたようで、「他人ばかりがやってきて、お母さんが来ないのはずるい」と文句を言います。抱っこというので、抱っこしてやり、すぐ来る、すぐ来るとなだめて、それから15分ぐらいで妻が帰ってきました。それまでは泣き寝入りしそうな雰囲気だったのですが、妻に抱っこしてもらった途端に復活し、家に帰っても、ふざけてばかりいました。大阪弁では、「オチョケ」て「ホタエテ」ばかりでした。
「ずるい」というのは幼稚園で覚えてきた言葉で、何かというと、ちびどもふたり声を合わせて、「ずるーい」。最近のちびどもの「ブーム」です。夜になってから雨が強まっています。台風情報を見てみました。おっと、今度の台風はとても強い。中心の気圧が、920ヘクト・パスカルとあります。これは大変です。ニュースを見ると、今年上陸したどの台風よりも強いとあります。920ヘクト・パスカルですから、これは用心しなければなりません。東京には明日の夕方最接近する予報です。明日の午後は雨戸を全部閉め切る必要が出てくるかも知れません。→気になったので、はじめて、「報道ステーション」を見ました。伊勢湾台風よりも強い。日本列島のどこかに上陸するのは確かで、狭い範囲に強烈なパンチを見舞うであろうとのことでした。不謹慎ですが、何度も繰り返し放映される南の海の波しぶきの青さに感銘を受けていました。明日は、ベランダの荷物を片づけ、外出を避けよ、と。
YOMIURI on Line に職務怠慢&業務命令違反の教授を富山大が処分したという記事が出ています。文面からは処分の内容は正確にはわかりませんが、処分された50歳の教授は、講義を行わず、教授会を勝手にサボり続けていたようです。それ以上の詳しい情報はありませんが、おそらく、その教授の場合、大学に対する貢献度は0なんだと思います。(まわりに迷惑をかけた点をマイナスにカウントすれば、貢献度はマイナスの値になるのかもしれません。)
朝日新聞夕刊に、本年度のノーベル文学賞に関して、同僚のドイツ文学者のコメントがでていました。ノーベル文学賞はたいてい私の全く知らない方に与えられることが多いのですが、東京外国語大学の同僚の方が日本でもっとも親しい人であったり、もっとも熱心な紹介者だったりすることがままあり、私はけっこう驚いています。といって、これまで作品そのものを読んでみようと思ったことはありません。
ああ、そういえば、その方から借りた本が今私の手の届くところにあります。早く返さなくては。(ご本人は、いつでもいいわよ、と言ってくれています。)
おおきいちびといっしょに6時15分。昨夜12時前の地震は相当大きな揺れでした。おそらく、私のところでは、震度3強。震源地の近くでは震度5までいったようです。木曜日の授業は、今日が後期最初の日。午後3コマの授業があります。
ちびが幼稚園にでるとのいっしょにでました。木曜日はふつうは、午前中はうちにいて、早めの昼食後大学に出るのですが、たぶん、今年はじめて朝一番で家をでました。大学についたら、図書館に直行し、見ておきたかったマイクロフィルムを見ていました。ボイル草稿のマイクロフィルムのうち、まずは2箇所見たかったのですが、そもそも目的の箇所に辿り着くのに苦労しました。そして、やっと目的の箇所につくと、紙がまっくろ。ほとんど読めません。他の部分では、ほとんど活字と同じくらい読みやすい草稿もありましたが、そもそも紙の保存状態が悪かったのでしょう、仕方がありません。次の箇所は、比較的簡単に見つかりましたが、やはり、かなり読みづらい。印刷の準備をしていったのですが、これはちょっとすぐにはだめだ、という結論を得て、本日は終了をしました。少し早めに昼食をとり、午後からの授業に備えました。
サッサーに感染して、救出を依頼していたPCノートを情報化支援室からもらって帰りました。IP アドレスを控えるのを忘れて作業したために、ネットワークの接続設定はやり直してもらうことになります、というコメントがポストイットにありました。そういうことは私の場合ほとんど気にしません。気にせずに学内ランに接続すると、少し時間がかかりましたが、ちゃんと繋がりました。設定情報を直接見ていませんが、DHCP でマシンが勝手につなげてくれたのではないかと思っています。必要になったら、もらっていた IP アドレスを再確認して、設定し直しますが、いつ必要になるのかは不明です。
なお、学部長名で、購入して5年以上経ったマシンはできるだけ学内ランに接続しないようにという指示 or 依頼の文書が研究室に添付していました。そう言われても、困る先生も多くいるように思います。
おおきいちびといっしょに6時過ぎ。やっと雨が上がっています。きれいな快晴。7時過ぎに幼稚園の連絡網ということで電話が来ました。晴れたので、今日、運動会の総練習ということです。本番の運動会は、8日(金曜日)。幼稚園といえども、けっこういろんな行事があります。(今月半ばに芋掘り会。12月半ばにクリスマス会。)
郵便局で、国際送金した後、近所の本屋さんで、坪内祐三『まぼろしの大阪』(ぴあ、2004)、『月刊現代』11月号、『論座』11月号、アエラ10月11日号を買ってきました。どうも、そんなものを読んでいる場合ではないのですが、読んでしまいそうです。→読んでしまいました。今回、読もうと思っていたのは、テッサー・モーリス=スズキ「特別室の中の沈黙:新発掘資料が語る北朝鮮帰還事業の深層」『論座』11月号、 pp.172-182 でした。要するに、帰還事業が日本政府のイニシャティブで行われたということがジェネーヴの赤十字で公開された資料によりはっきりしたという内容です。謎は、どうして当時の北朝鮮がそれに乗って、帰還事業を推進したのかという理由です。
けっこういろんな記事を読んだのですが、荻野博司「社説の現場から」『論座』に今回のプロ野球の騒動に関して、「日本の多くの例と同じく、プロ野球は数十年にわたり、ビジネスというよりは改革を毛嫌いする年寄り経営者によるクラブとして運営されてきた」というファイナンシャル・タイムズの論評が引用されています。テレビでオーナー会議の面々を見た多くの方は、あ、ここに、言葉の正しい意味での抵抗勢力がいる!と実感したのではないでしょうか。年金官僚とまったく同じ雰囲気の人々でした。(なお、荻野氏の記事そのものは、いかにも論説委員という、しょうもない文章です。)
なお、全体としては、『月刊現代』が雑誌らしくてよかった。ちびどもが寝た後、坪内祐三『まぼろしの大阪』を読み通しました。面白い。坪内さんは東京生まれ、東京育ちなので、視線がやはりオリエンタリズムです。(自覚がありますが)。206頁に、知らなかった大阪弁を列挙されています。その大半は、大阪弁というよりも、関西弁(関西一帯で使われている言葉)です。まあ、その辺の区別は、なかなか難しいでしょう。たぶん、大阪の人にはできない。
別の例。「アカンタレ(弱虫)」に対して、坪内さんは、そんな意味とは知らなかったとコメントしています。これは、よく使う言葉ですが、使った現場に立ち会わないとなかなか意味がつかめないでしょう。「アカン」という言葉が東京の人にもわかるだけ、違った意味にとってしまう、そういう「大阪弁」でしょう。
ちなみに、私の母の口癖は、「そんなんしたら、あかんな」です。さっぱりや、という意味で、あかん、あかん、と口癖のように言う人もいました。
おおきいちびといっしょに7時15分。まだまだ雨。本格的に降っています。昨日に続き、最高気温が20度を割るという予報。ちいさいちびの誕生日。3歳。ちいさいちびは、夜中一度目覚めてなかなか寝付かなかったせいで、8時まで寝ていました。去年の冬は、ほんとうにきかんぼうだったのですが、最近は少しは(少しです)親のいうことをきくようになってきています。性格を反映して、まさにやんちゃるぼうずの表情をしていることが多い。
10月2日に記した、明大図書館の錬金術関連書ですが、明大の所蔵情報をざっと見てみました。Bibliotheque des philosophes chimiques、は3巻まで所蔵していますが、他にそれほどびっくりするようなものはありませんでした。体系的に収集したあとはなく、誰かが偶然に入れたもののようです。外大に Deutsches theatrum chemicumが入っているのと同じような事情だと思われます。
ちいさいちびが咳をして、5時50分。今日の予報は、17度〜20度。これまではずっと夏布団だったのですが、昨夜、ふつうの掛け布団を出しました。夜小降りになったので止むかと思ったのですが、雨はまだしとしと降り続けています。昨日、今日の仕事を列挙してみましたが、最初のものを忘れました。2限の講義で配布する資料を作成しないといけません。本から図版をコピーして、あらかじめ用意しているレジメの空白部分に張り付けます。
ともあれ、冬学期の授業は無事はじまりました。下に列挙したことの他に、図書館に行ったり、マイクロを見たりというのもできるかな、と思っていましたが、さすがに無理でした。PCノートは、私にとって一番楽な対応策、すなわち、ノートパソコンそのものを情報化支援室にもっていって、直しておいてもらうことにしました。場合によっては再インストールもOK ということでお願いしておきました。帰り道、同僚の方2人といっしょになりました。やはり、病気の話。病気で入院した同僚の別の方の話。ストレスを受け続けたときの、人間の身体のもろさを思いました。
[この10年]
先日、パソコン通信の消滅と携帯電話の爆発的普及について述べました。私自身は最近携帯電話を持ち歩いていません。意図的に旧世代のままにとどまることにしています。
今と昔をくらべてどうか、ということは多くの方が考えると思います。その点についてコメントしてみようと思います。楽しさという点では、パソコン通信の頃が勝っていたように思われます。とくに、メールがただつながる、というだけで何だかうれしい気持ちになりました。内容的にはたいしたことは書いていなくても、ただ、メールがつながっているということが楽しかった。その当時はよく話題になりましたが、誰かにメールを送って、その人に電話でメールが届いたかどうか問い合わせ、ついていると喜ぶというのどかな時代でした。会社のなかで、こういう行動は一般的に見られるものだったようです。
私自身は携帯電話のメールを使わないので、自己体験として語ることはできないのですが、今の携帯の使用の一定割合は、初期のメールと同種のメール交換だと思われます。そうしたメール交換は、20世紀後半にやっと出現したものですが、内容と形態の点を考えあわせて、コミュニケーションの原初形態と呼ぶことができるしょう。
そして、それがある種の仲間意識、仲間行動を支えています。そうであれば、携帯依存症の人が大勢現れてもなにも不思議はありません。
さて、便利さを比較してみましょう。研究のための情報収集ということで言えば、1999年のグーグルの出現は画期的です。そして、グーグルと、ここ10数年のあいだにインターネットに蓄えられた情報量のおかげで、今の方が圧倒的に便利です。日本では誰も研究していないマイナーなこと、専門的なことまで、インターネットで調べることができるようになっています。(私のこのページにその実例をいくつか見ることができます。)
そして、ガリカやその他のデジタル・ライブリー。分野を限って言えば、私のHDには日本のどの図書館よりも豊かなリソースがあります。年長の世代は、この豊かさ、圧倒的な量に気付いていません。しかし、明らかにこの量は、人文系の研究に変容を迫っています。
ひとり遅れて、7時過ぎ。朝から本格的雨降り。→昼過ぎても、本格的に降っています。まとまった雨量になりそうです。朝起きてからずっと昨日の編集委員会で持ち帰った宿題をやっています。集中的にやれば数時間でできますが、飽きてきたので一部は、明日か明後日にしてしまいそうです。
明日から、後期の授業開始。どうも最近完全セメスター制を採用して、後期(冬学期)は10月スタートという大学が増えているようです。東京外語は、2000年の府中移転にあわせて、後期は10月スタートとなっています。(以前は、9月に2回の授業日と試験日程が組まれていた。)
明日の仕事。
1.学内基金によるプロジェクトの実施計画書の提出(締め切り日)
2.2限:STS講義「脳死・臓器移植問題再訪」
3.お昼休みに、学生の持ってくる書類を作成
4.3限:大学院「歴史文化論」&学部「思想史特殊研究」
5.4限:大学院「思想文化論」
6.W32.Sasser.Worm に感染して休眠中のPCノートの救出。
9月のいつかはわかりませんが、大学の研究室で使っているPCノートパソコンがネットワークに接続しただけで感染するというワーム(ウイルス)に感染してしまっています。勝手な再起動を何度も繰り返すというのが症状ということです。大学の教育情報化支援室ということろから通知があり、学内の一定数のPCが感染してしまったということでした。対応策も紙とメールで配布してくれています。私は、日常的にはマックを使っているので、PCは後回しにしていましたが、明日、指示された修理を行おうと思っています。PCで仕事をされている同僚でサッサーに感染した方々はけっこう困ったと言っていました。不審な再起動を見て、あ、ウイルスだと思った瞬間に、眠らせていますから、他の方には迷惑はかけていないと思いますが、まあ、それもわかりません。
また最近、ウイルスが流行しているような気がします。ウイルスだけではなく、詐欺メールやどういうねらいなのかわからないジャンクメールが非常に数多く届くようになっています。先週の水曜日大学に出た折、大学のマックでメールを受信すると220通以上ありましたが、そのなかで意味のあるメールは10数点。残りはウイルスとジャンクメールでした。たまにウイルスを削除するつもりで、重要なノーティスをいっしょに消してしまうというエラーは、割と多くの方に体験があるようです。大学のアドレスは公開していますから、変なメールが来やすくなるのでしょう。[ARG-194] http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/ARG/193.html で国立国会図書館開催の「インキュナブラ −西洋印刷術の黎明−」が紹介されています。短くわかりやすくまとめられています。図の使い方も適切です。
同じく、[ARG-195] には、「「パソコン通信」アーカイヴ散佚の危機」と題する谷本玲大氏のエッセイが掲載されています。有益な内容です。私も、1995年にインターネットが一般に普及する前は、パソコン通信にはまっていた時期があります。1995年の神戸大震災のときには、そのパソコン通信が活躍した記憶は今でも鮮明です。情報という点では、パソコン通信の「フォーラム」という場所・システムに蓄えられていたものはとても使いやすかった。書き手の水準が揃っていて、必ず何分の1かは専門的でかつ信頼できてかつわかりやすい内容のものが含まれていました。現実社会では接点をもたない人間の間の情報共有のためのネットワークとしてはちょうどよい規模・まとまりだったように思います。しかし、インターネットが普及すると、そもそもパソコン通信からは遠ざかります。私もそうです。
1995年に、古い言葉を使うとインターネットがブレイクするわけですが、そのあたりから、20世紀の終わり(つまり1990年代の後半)に生じたもっと広範囲な現象は、携帯電話の爆発的普及です。ちょうどその時期、私は大学の講義でその種の話をしていて、学生の携帯電話の保持率を調査していました。100年以上のスパンでの視野から言うと、ほんの一瞬でほぼ全員に普及しました。普及を感染というふうに見ると、どんなウイルスや病原体よりも強い感染力でした。しかも、とてつもなく速い。
その爆発的感染(普及の速度)が、たった10年で、いろんなものを化石化してしまいました。そう、パソコン通信が化石化を迫られた一例です。それのみならず、情報や知識の社会的伝達という事柄に関して、地滑り的な変容をもたらしつつあります。
本が売れなくなったことも、学生諸君が新聞を読まなくなっていることも、すべて繋がっています。
おおきいちびといっしょに6時35分。[錬金術集成]
せっかくですから、levity.com が錬金術集成として挙げている次のものに関して、日本の図書館にはどのくらいあるか、調べてみました。ウェブキャット使用。
1541 De alchemia:なし
1550 De alchimia:なし
1602-1661 Theatrum Chemicum:ある、ただし所在の記載なし
1625 Musaeum Hermeticum:1678 の版については、ある模様
1652 Theatrum Chemicum Britannicum:ある、諸所
1678 Musaeum Hermeticum reformatum et amplificatum:ある、ただし所在の記載なし
1702 Bibliotheca Chemica Curiosa:なし
1728-30 Deutsches theatrum chemicum:ある。慶應と外大
1740-54 Bibliotheque des philosophes chimiques:ある。明大和泉
1771-74 Neue alchymistische Bibliothek:なし。
1778-79 Hermetisches A.B.C.:なし。
1782-5 Hermetisches Museum.:なし。
ウェブキャットは、日本の大学全体(もちろん、全てを網羅しているわけではないでしょう)なので、せめて、集成ぐらいはほとんどある、というふうであってほしかった。調べていてちょっと意外だったのは、『ドイツの化学の劇場』が足下の外大図書館に入っていたことです。ドイツ語関係者が入れてくれたのでしょう。あと、明大和泉図書館がフランス語の錬金術集成の他にも、リバヴィウスの『アルキミア』のドイツ語訳を所蔵していました。誰か明大に、錬金術の研究をされた方がいたのでしょうか?
もし、どなたか、ウェブキャットにはでていないが、○○の大学図書館には、××の錬金術集成があるというのをご存じの方がいらしたら、是非、お教え下さい。よろしくお願いいたします。
ところで、1678 Musaeum Hermeticum reformatum et amplificatum には、Arthur Edward Waite による英語版があります。午後から、化学史学会の理事会&編集委員会で駒場へ。→BS1で、イチローの大リーグ中継をつけたまま、ゆっくりとお昼ご飯。257本目、258本目、259本目は、ライブで目撃しました。大リーグ放映中にニュースが入ったので何かと思ったら、イチローがシスラーに並んだというニュースと、そのあと、超えたというニュース。やりすぎだと思いますが、最近日本に関するよいニュースがほとんどないので、まあ、メディアの側からすれば仕方がないのかもしれません。
259本目を確認して、家をでました。→理事会・編集委員会とほぼ予定通りの時間で進んだ後、時間に余裕のある4人が残って、池の上の焼き肉屋で夕食をとりました。病気の話をしていました。尿酸値や、肝臓の機能値を真剣に気にしなければならない年齢に達した者ばかりでした。(40代3人、50代1人)。8時15分に帰宅。
おおきいちびといっしょに6時。すっかり気温が下がってきました。涼しさよりも寒さを感じるようになりました。
都民の日で、幼稚園は休み。J. J. MANGET(ed.), BIBLIOTHECA CHEMICA CURIOSA のリプリントが入手できたので、Theatrum Chemicumの方も調べてみました。6巻そろいが古書店に何点か出品されています。値段が、100万以上。さすがです。これも、リプリントが出されています。個人的には、ウォーバーグの図書室にそのリプリントが並んでいるのを見ました。知りたかったのは、古書市場におけるそのリプリントの値段ですが、そもそも出品されていませんでした。東京近辺のどこでもよいので、大学図書館に入っていると便利なのですが、それもありませんでした。
(実は、ウェブキャットのリストにはでてくるのですが、所蔵図書館の情報がでません。どこかの大学には所蔵されているということはわかるのですが、ああ、その情報だけでは役に立ちません。→所蔵図書館の情報がでないのはマックのIE と相性が悪いのかとも思い、ソースを見てみましたが、ソースにも記載がありません。作業の途中ということなのでしょうか。)妻がちびどもを外に連れだしてくれた間に、まず明日の編集委員会の準備をすませました。それから、スケジュールをきちんと確認後、10月4日(月曜日)の講義の準備にかかりました。新しい話をするので、パソコンに向かい、講義ノートを作っています。→量的には一応、120分程度のものができました。授業は90分ですから、絞り込みが必要になります。