ちびどもが起きて、6時半。今月は、ここまで99枚。ということで、本日中に100枚に達します。→100枚に達しました。[Gallica]
科学史の部屋で、ガリカ等からダウンロードしたファイルの情報の整理作業を続行中です。昨日の時点で、212点を整理できました。[シェンクappd]
ふと思いついて、ソーンダイクの全巻索引で、シェンクを引いてみました。ヨハン・シェンクの息子のヨハン・ゲオルグ・シェンクとヨハン・テオドール・シェンク(1619-1671)の2名の名前がありましたが、父ヨハン・シェンクの名前はありませんでした。ソーンダイクが取り上げていないくらいですから、現在の科学史・医学史文献はほとんど取り上げていないと思われます。
なおヨハン・テオドール・シェンク(1619-1671)には、次の2著が知られています。
Johannis Theodori Schenckii, medicinae doctoris et professoris publici, de sero sanguinis : ex veterum & recentiorum scriptis, historia, certis capitibus comprehensa adque disputandum / eodem praeside, publicè proposita per Salomonem Gerhardum Hausmann, Altenburgo-Misnicum. In acroaterio medicorum ad Calend. Maj . 1655
Johannis Theodori Schenckii Schola partium humani corporis, usum earundem et actionem... continens.1664
内容からして、我等のヨハン・シェンクの孫の世代の子孫だと思われます。
ひとりで6時半。と思ったら、おおきいちびがすぐに起きました。小さいちびは、7時半。寝不足だと暴れるので、ちょうどよし。→寝不足でもないのに、機嫌が悪い。困ったものです。昨日から、 ジャン・ド・マレッシ『毒の歴史−人類の営みの裏の軌跡』橋本到・片桐祐訳、新評論、1996、を読み始めました。面白い。意図的な毒物使用のみが扱われており、偶然的なものは扱われていませんが、いろんな興味深い話が聞けます。
[アロドロヴァンディ]
昨日、UCM(マドリッド大学デジタルライブラリー「ディオスコリデス」)にあると記したアルドロヴァンディの著作ですが、次の19点です。
1 Dendrologiae naturalis scilicet arborum historiae libri duo ,1668
2 Musaeum metallicum in libros IIII distributum ,1648
3 De piscibus libri V et de cetis lib. vnus ,1644
4 Paralipomena accuratissima historiae omnium animalium quae in voluminibus Aldrouandi desiderantur , 1642
5 Monstrorum historia, cum Paralipomenis historiae omnium animalium , 1642
6 De reliquis animalibus exanquibus libris quatuor,1642
7 Quadrupedum omniu[m] bisulcoru[m] historia , 1642
8 Ornithologiae tomus alter, ,1640
9 Ornithologiae tomus tertius ac postremus, ,1640
10 Serpentum et draconu[m] historiae libri duo , 1640
11 De quadrupedibus solidipedibus volumen integrum , 1639
12 De animalibus insectis libri septem ,
13 De quadrupedib[us] digitatis viuiparis libri tres et de quadrupedib[us] digita , 1637
14 Quadrupedum omniu[m] bisulcoru[m] historia , 1621
15 De piscibus libri V et de cetis lib. vnus , 1613
16 De reliquis animalibus exanquibus libris quatuor
17 Ornithologiae tomus tertius ac postremus, 1603
18 Ornithologiae tomus alter, 1600
19 Ornithologiae, hoc est de Auibus historiae libri XII, 1599
ちなみに、ガリカにあるのは、次の1点です。
De animalibus insectis libri septem, Bologna,1602
Bonogna, 1638 版もあります。夜、アマゾンより次の本が届きました。
Mark Rose
Authors and Owners: The Invention of Copyright
Cambridge,Mass.: Harvard University Press, 1993
Adrian Johns
The Nature of Book: Print and Knowledge in the Making
Chicago: University of Chicago Press, 1998
またまた、ちいさいちびが起きて、泣いて騒いで、家族揃って、6時前。
ちいさいちびは、ひどくはありませんが、風邪が完治していません。昨夜も、ふとんにはいって、すぐに、げほげほし、その後すぐに鯨のようにもどしました。
ちいさいちびは睡眠不足だったようで、お昼前からぐずりはじめ、正午前に寝てしまいました。本来は7時過ぎに目覚めるリズムなので、1時間以上の昼寝が必要でした。こういうときは目覚めたあともしばらく機嫌が悪い。我が家の敷地には、かなり大きなプラタナスの木があります。秋から冬にかけて、落ち葉がお隣さんの屋根や敷地に降り積もり、いったいどうしたものかと思っていました。敷地に落ちたものは拾いにいきましたが、屋根、とくに樋はどうしようもありません。と思っていたら、妻がちょうどお隣さんと出会ったときに、剪定の職人さんを紹介してあげようという話を聞いてきました。10日ほど前に、実物を見てもらい、今日の午後から作業をしてもらっています。→1時から3時までの、2時間ほどで終わりました。
毎年、あるいは隔年定期的に剪定してもらう必要があるようです。[シェンクiii]
一昨日の記述が少しごたごたしているかもしれないので、整理し直しておきましょう。
父の方のヨハン・シェンク(Johann Schenck ,1530-1598)は、16世紀の間に、『医学珍奇観察』(Observationum medicarum rariorum)を一種のシリーズ本の形で、出版し続けた。頭部からはじめて、生殖器にいたるまで、人体を5つの部位に分け、それぞれについて「珍奇観察」を集め、さらに熱病(第6書)、毒物(第7書)についても、「珍奇観察」を収集し、出版した。その各書は、1584年から1597年にかけて、おそらく完成順に一書一書出版された。最後の「毒物について」が出版されたのが1597年で、マドリッド大学のデジタル・ライブラーはこの書のみを「ディオスコリデス」にアップした。 父ヨハン・シェンクは、その翌年1598年に没しているので、その後の仕事は、主に息子のヨハン・ゲオルグ・シェンクの仕事(編集作業)ということになる。
1600年にフランクフルトで、その7書の全体を2巻本にバインドしたものが出されるが、そこには息子の名前が表示されていない。そして、同じくフランクフルトで息子ゲオルグの名前を編者として明記するものが作成されるが、それは、本文1018頁の大型本(フォリオ)に7書全てを収めるものであった。同年同地で、タイトルにギリシャ語 [Paratereseon]を付したものが出されるが、タイトル等差はほんのわずかであり、本文1018頁の大型本(フォリオ)のままであった。
1643年ライデンで、大型本(フォリオ)のまま、1頁に入れる文字数を若干増やした版が出された。これについては、1644年の版の方が流布したもよう。
1665年にも、大型本が出版された。
なお、息子のゲオルグも、1620年に没しているので、息子のゲオルグの編集の手が入ったのは、おそらく1609年のフランクフルト版の一度というふうに考えてよいであろう。
ボイルは、337頁が第3書にあり、633頁が第4書にある、版を使っている。それは、1609年フランクフルト版か1643年ライデン版かのいずれかであろうが、実物と照合してみないと、どちらであるかは確定できない。
なお、UCMの第7書ひとつで、本文740頁あります。もちろん、版型が違いますが、フォリオで1000頁を超える著作のヴォリュームがうかがえると思います。日本の図書館もまれにこうした本を所蔵していることがあるので、Webcat で検索をかけてみました。ありました! 京都の日文研が、1597年に7書が完成した時点の『医学珍奇観察』を所蔵していました。7書そろいで、しかもそれぞれの書について書誌情報が掲載されています。それによれば、出版は次の順序となります。
1594: 第2書
1595: 第3書
1596: 第4書、第5書
1597: 第6書、第7書
(第1書、De capite は、ここにはありませんでした。その代わりに、De incore, liene, renibus, vesica urinaria, &c. がLibri tertii, de partibus naturalibus, sectio posteriorとしてありました。7書そろいではなく、第1書を欠き、その代わりに第3書が2分冊になっているのかもしれません。こういうのも最終的には実物を見ないと確定的なことは言えません。)
さて、新しいボイル全集ですが、索引にて、問題の書を、Observationum medicarum rerum としています。 rerum と正しいrariorumでは相当の違いです。たぶん、本文の校訂を行った人物と、索引作成者が別人だということに起因するのでしょう。本文の校訂を行った人物(編集者として名前の挙がっている人)は、精粗はありますが、ある方面に関してはディープな情報をしっかりと記載しています。しかし、索引作成者は、それほど詳しい知識がない学生(院生)です。(第14巻438頁に具体的に名前をあげています。)明かなミスやおかしいなという点が散見されます。
編集者の注は、..rerum(1595-9)の形で1度、(1609)の形が4度、rariorum libri VII (1644) の形で3度、です。これだけばらばらなのは、別人が注をつけたしるしだと思われます。そして、索引作成者は、間違った方を採用したのでしょう。ちなみに、アルドロヴァンディは、19点が UCM(マドリッド大学デジタル・ライブラリー)にあります。せっかくなので、怪物誌を昨夜から今朝にかけてダウンロードしました。全部を数えれば、900頁を超える大著です。図版も非常に豊富です。
また、ガリカには、ピエトロ・ダバノ(アバノのピエトロ)の『毒について』があります。こちらは、100頁を超えない小著です。2分程度でダウンロードできました。
昨日に続き、ちいさいちびが起きて、泣いて、家族揃って、6時半。昨日、かなり長い間大学にいて、隙間の時間がけっこうありました。そのあいだに、ガリカから、ガリカにあるメルセンヌの半分ぐらいをダウンロードしました。「DCさくら」は、強力な助っ人となってくれています。
[シェンクii]
昨日のシェンクですが、少し紹介しておきましょう。
毒物誌、1597年版は、次のような構成となっています。
1:毒物概論
2:動物に由来する毒物
3:植物に由来する毒物
4:鉱物に由来する毒物
1部分、引用してみましょう。
p.11, Observatio XII.
Solo contractu interficentia venena.
Frunt Turcas veneficia habere praesentata, quae solo attractu eadem dei interimant. Itaq; frequens est apud illos: sed tamen solu mandante Principe, qua-to celerius nociturum, inditum vulneri. Cardanus. lib.5. cap.5 de venenis.
De Turcarum atq; Parsaru pdicat venenis, Ephippia certis medicatas succis, teq; vestes & ocreas interitu afferre. Cereos quoq; letali venono infici posse, nuper compertum est. Scaliger excercitat.1. ad subtilit. Cardani.
これで様子がわかってもらえたと思いますが、いろんな医学的内容を含む著作からの引用集成です。最初に、シェンクがこの書で引用する著者のリストがでています。
ギリシャ:8名
古代ラテン:4名
アラブ:5名
バルバールのラテン:4名
最近の著者:84名
中世:26名
つまり、合計131名の著者から引用していることになります。
また、次の16名の医師を特記しています。
Adolphus Occo; Christ.Rumbaum; Conr.Gesnerus; Esaias Meichsnerus;
Galparus Wolphius; Georgius Garnerus; Georgius Palma; Laur.Scholzius;
Iac.Seydelius; Ioachimus Camerar; Ioan.Aicholzius; Ioan Bauhinus;
M.Il.Faber; Io.Fran.Hildesius; Io.Pincier; Petrus Spehrerius
かなり珍しい名前が並んでいるのでは、と思われます。毒物誌ということで、本棚に並んでいて、いつか読みたいと思っていた次の本を取りだしてみました。
ジャン・ド・マレッシ
『毒の歴史−人類の営みの裏の軌跡』橋本到・片桐祐訳、新評論、1996
よくできた本だと思いますが、毒物誌を扱った本については、あまり詳しく書かれていません。ということで、ウェブで de venenis をタイトルとする著作を捜していました。
上に一部引用した箇所でシェンクのあげるカルダーノの本や、ピエトロ・ダバノ等の著作が見つかりました。
Girolamo Cardano, De venenis Libri tres,Padova,1653.
Pietro d'Abano(1250-1315?), Tractatus de venenis,1357
Girolamo MERCURIALE, De Morbis Puerorum. Item de Venenis et Morbis venenosis,Basle, 1584.
A.Bacci, De venenis, et antidotis prolegomena , seu, Communia praecepta ad humanam vitam tuendam saluberrima : in quibus diffinitiva methodus venenorum proponitur per genera, ac differentias suas, partes, & passiones, praeseruandi modum, & communia ad eorum curationem antidota complectens : de canis rabiosi morsu, et eius curatione,Rome,1586.
S. Plannck Petrus, et al. Tractatus de venenis. Rome,1490.
Sante Arduino(fl.1400-1450),Liber de venenis ,Venice,1492
Johannes STUBINGUS, De Pestilentia libri tres. His adiectus est libellus de venenis,Wien 1561
Pietro Andrea Mattioli(1500-1577), Commentarii in libros sex Pedacii Dioscoridis Anazarbei De medica materia. Adjectis quam plurimis plantarum & animalium imaginibus, eodem authore,(The sixth book is the De venenis and De venenatis animalibus)Venice, 1554
Pieter van Foreest(1522-1597) , Observationum et curationum medicinalium sive medicinae theoricae et practicae libri XXX. XXXI. & XXXII. De venenis, fucis & lue venerea. In quibus eorundem caussae, signa, prognosis & curationes graphice depinguntur. Frankfurt, 1609.
かくのごとく、かなりの数の書物が見つかりました。シェンクが落ちているのは、グーグルで上位100位までに入っているものをとりあげたせいです。グーグルがピックアップする全てをみれば、当然、シェンクもひっかかると思います。
なお、毒物学の書物をテーマとするサイトもありました。
Toxicology Books
http://www.medlina.com/toxicology_books_1400-1700s.htm
もちろん、プリニウスの『博物誌』も薬剤のなかに毒物を並べて扱っています。
ちいさいちびが起きて、泣いて、家族揃って、6時半。9時から12時まで、入試の監督。
1時半から2時半まで、講座会議。
2時半から4時45分まで、全学将来計画検討委員会オブザーバー参加。
その後、最後の採点表を事務に手渡しました。今年の授業関係は、これで、終了。
6時半から9時まで、学長室補佐夕食会。
長い一日でした。
[シェンクi]
このところずっと継続している新しいボイル全集との格闘というのは、本文以外のすべて、すなわち、序文、目次、図版、マージナリア、編集者注等々を読んで、必要な箇所を入力する作業です。同時に、ボイルの引用する原典とボイルの引用箇所との照合作業を行っています。ボイル全集の編集者達も簡単なもの(たとえば、ファン・ヘルモントの『医学の曙』)については、この作業を行っていますが、編者の手近にない原典については詳しい調査はしていません。
昨夜、ずっと気になっていたシェンクについて、マドリッド大学デジタルライブラリー「ディオスコリデス」よりダウンロードしたものと、ボイルの引用箇所の照合を行ってみました。ボイルの使っている版と、ダウンロードした版が異なることはすぐにわかりましたが、どうも、これについては編集者の注がおかしい。
私がダウンロードしたのは、次のものです。
Schenck von Grafenberg, Johannes,
Observationum medicarum rararum, novarum, admirabilium et monstrosarum liber septimus, de venenis,
Freiburg in Brisgau,1597
編者達は、フランクフルトで出版された1609年版を使っています。ウェブで検索をかけると、シェンクの著作としては、むしろこっちの1609年版の方がずっと多く取り上げられています。医学史関係の図書をあつめたライブラリーでも所蔵しているのは、圧倒的に1609年版の方です。そのタイトルですが、正確には次の通りです。
Paratereseon : Sive Observationum medicarum, rararum, novarum, admirabilium et monstrosarum volumen tomis VII de toto homine institutum,
Paratereseon : Sive は省略される場合もあるようです。問題は、Observationum medicarum rararum, novarum, admirabilium et monstrosarum までが全く同じで、その次が、1597年版と1609年版で異なることです。
1597年版は、de venenisですから、毒の話です。内容的には、毒物誌、あるいは、毒物百科と呼べるものです。1609年版は、de toto homine institutumですから、人体構成論、あるいは人体構造論で、解剖学に属するものです。ウェブでは、この書ではじめて「2重ペニス」の記載がなされた、とありました。
これには、まいりました。シェンクの本は、実は、怪物誌、奇形誌の方で有名です。その方面では、パーク&ダストンが想起されるので、Daston & Park, Wonders and the Order of Natureを繙いてみました。文献表に、次の2冊をあげています。
1. Johann Georg Schenck, Observationum medicarum rarum, novarum, admirabilium et monstrosarum, 2 vols. Freiburg, 1596
2. Johann Georg Schenck, Monstrorum historia memorabilis. Frankfurt, 1609ゲオルグ・シェンクとは何だ?というものですが、次のサイトで状況がわかりました。
The Prodigy Book: The 17th Century
http://www.nyam.org/library/historical/teratology/prodigy17.shtmlJohann Georg Schenck(d. 1620)とは、Johann Schenck (1530-1598)の息子です。このシェンク息が、1609年に怪物誌を出版しています。
Monstrorum historia memorabilis, monstrosa humanorum partuum miracula vivis exemplis, observationibus, & picturis, referens
父の著した怪物誌は、息子が編集して、1644年にリヨンで出版されています。そのタイトルは、次の通りです。
Observationum medicarum rariorum, libri VII. In quibus nova, abdita, admirabilia, monstrosaque exempla, circa anatomen, aegritudinum causas, signa, eventus, curationes, à+ veteribus recentioribusque sive medicis, sive aliis quibusque fide digniss. scriptoribus monumentis consignata...
同じものが、1665年にフランクフルトで出版されています。ということです。混乱と混同が生じるのは必定だと言いたくなります。「医学珍奇観察7書」というタイトルで、少なくとも3種類の本が出版されていることになります。しかも、同じ名前の父子が関わっています。さらに、内容的に重なる似たような書物がシェンク父子によって出版されています。
ボイルとの関連をまとめておきましょう。ボイルの関心は、毒物にあります。従って、ボイルの使ったものが、de venenis の方であることは間違いないのですが、1597年版でないことも確かです。(ページ数や「観察○○」とする○○の数が1597年版とあわない。しかし、別ページに、ボイルが引用するのとまったく同じ文がある。)ボイルが使った版を確定するには、これらの紛らわしい版と実際に照合してみて、数字の合うものを見つけなければなりません。
→→*あとからの追記* 私も混乱していました。私がダウンロードしたのは、"liber septimus" ですから、第7番目の書(巻)ということです。つまり、ヨハン・シェンクの著した『医学珍奇観察7書』の第7書でした。"libri VII"という数字ばかり見ていて、"liber septimus"を "libri septem"と見間違えていました。しっかり見れば間違えようのないことですが、"liber septimus"を自動的に"libri VII"と変換して見ていたようです。.copac.ac.uk で調べて、7書の構成(目次)がわかりました。
lib. I, De capite;
lib. II, De partibus vitalibus thorace contentis;
lib. III, De partibus naturalibus, ventriculo, intestinis, & mesenterio.
lib. IV, De partibus genitalibus;
lib. V, De partibus externis;
lib. VI, De febribus;
lib. VII, De venenis
各書は、1584-1597にばらばらに出版されています。第7書は、上記の通り、1597年の出版。1600年には、その全体が2巻(第1巻は1書から3書を含む。第2巻が4書から7書を含む)本として出されています。1609年には、全体を1巻にまとめた版が出されています。そのときのタイトルが、Observationum medicarum, rararum, novarum, admirabilium, & monstrosarum. Volumen, tomis septem de toto homine institutum,です。同じ年に、頭にギリシャ語のタイトルをつけた、[Paratereseon] siue Obseruationum medicarum, rararum, nouarum, admirabilium, & monstrosarum. Volumen, tomis septem de toto homine institutum.が出版されています。 ページ数は、ギリシャ語のタイトルがない最初のものが、[34],1018,[52] ppで、頭にギリシャ語の付いたものの方が、 [36], 1018, [54]pp です。つまり、本文は全く同じ版組で、表紙だけが少し違うということがこの数字からわかります。
1644年にライデンで出版された版は、Observationum medicarum rariorum, libri VII : In quibus nova, abdita, admirabilia, monstrosáque exempla, circa anatomen...というタイトルで、版型は同じまま(35センチ)少し文字を詰めて、 [44], 892, [46] pp で出版されています。怪物誌、奇形誌にウエイトをおいたのは、息子のヨハン・ゲオルグ・シェンクの仕事と見ておけばよいようです。
脱線的に。上の"The Prodigy Book"のサイトは、代表的なこの時代の怪物誌として次の2冊をあげています。
Ulisse Aldrovandi (1522-1605?).
Monstrorum historia Cum Paralipomenis historiae omnium animalium ...
Bologna, 1642
Fortunio Liceti (1577-1657).
De monstrorum caussis, natura, & differentiis libri duo ...
Padua, 1616.
アルドロヴァンディの怪物誌は有名ですが、リチェッティの方は私は知りませんでした。→平井博士に教えてもらいました。このリチェッティの怪物誌の方は、のちにフランス語訳されたそうです。そちらが、割とよく読まれたようです。
おおきいちびが起きて、5時45分。私はもうしばらく寝ていたかったのですが、仕方ありません。本日、パラケルススに関する次の本がアマゾンより届きました。
Henry E. Sigerist (Ed.),
Paracelsus: Four Treatises
Baltimore: Johns Hopkins University Press, 1941
4つは、次の4論考です。
) Seven Defensions, the Reply to Certain Caluminations of His Enamies
2) On the Miners' Sickness and Other Miners' Diseases
3) The Diseases That deprive Man of His Reason, Such as St.Vitus' Dance, Falling Sickness, Melancholy, and Insanity, and Their Correct Treatment
4) A Book on Nymphs, Sylphs, Pygmies, and Salamanders, and on the Other Spirits,
おおきいちびが起きて、6時前。昨夜かなり降った雨は朝には上がっていました。こういうふうに、気温がおおきくあがってから下がるときが、ちびどもには要注意。と思っていたら、ちいさいちびが夕食後、軽い風邪状態となり、咳をしてもどしました。しまった!です。どういうわけか、寒くてもあまり服を着たがらない子で、気温が下がっているのにちゃんと服を着なかったせいです。早く直るとよいのですが。
[ガリカx]
昨日、メインテナンス中の表示があったガリカですが、本日夕方にはもうその表示は消えていました。個人的には少し長いメインテナンスをするかと思ったのですが、短期の調整だったようです。何点か試しにダウロードしてみましたが、まったく問題ありませんでした。
いちばんあとで、7時過ぎ。昨夜は最低気温が10度以上あり、暑く感じて寝苦しい夜でした。ちびどもは、何度も毛布をはねのけていました。セーターもコートも不要になりました。妻は朝から、全面的な掃除を開始。私も少し手伝って、水回りと外のガラス拭きを行いました。元気というほどではありませんが、風邪はなおったようです。軽く花粉症のもよう。
気象庁によれば、最高気温が20度を超えたそうです。いきなり春が押し寄せてきたのでしょうか。そして、夜の9時半ぐらいから雨。東京では久しぶりの雨となります。妻とちびどもは、乾燥肌で苦しんでいますが、これで少し楽になるでしょう。[ガリカix]
本日ガリカのトップページをみると、メインテナンス中とありました。期限は示されていません。いずれにせよ、当分、ガリカからのダウンロードはできない、ということです。
おおきいちびが起きて、家族全員6時前。
今日は、おおきいちびのリトミックのお披露目の日で、土曜日ですが、午前中だけ幼稚園に行きます。月曜日が振替休日になるようです。私は、その間に成績の転記作業を終了させたいと思います。→終了しました。やれやれ。気温が上がってすっかり春。ちびどもの公園遊びに1時間ほどつきあってやりました。コートは不要でした。
ひとりだけ、7時半。どうも、軽い風邪+軽い花粉症のようです。ひどい症状はありませんが、不調。→少し頭痛がありますが、ちびの邪魔が入らない間に、残っていた採点を終了しました。採点されずに残っている答案は、心の重荷になるので、採点し終えるとほっとします。火曜日に読み始めた、リュシアン・フェーブル&アンリ=ジャン・マルタン『書物の出現』(関根素子・長谷川輝夫・宮下志朗・月村辰雄訳、筑摩書房、1985)ですが、昨夜下巻に突入しました。ルターの本やパンフレットがドイツの民衆に急速に浸透していくあたりは、わくわくします。機が熟していたということでしょう、一つの檄文が雪崩のような変化を社会にもたらしていきます。
今日はずっと頭痛が去らず。といっても、寝てばかりもいられないので、新しいボイル全集と格闘する作業を継続していますが、1時間も集中すると気力が萎えます。ひどい風邪ではないのですが、いつもの体力はありません。
風邪なのか、花粉症なのか、よくわかりませんが、ともかく咳が、ごほん、ごほん、でます。そのせいで、4時に目覚めました。昨日やりかけの作業が気になるので、そのまま起きて、作業を続行中です。→5時過ぎに再度就寝して、8時にちびに起こされました。咳がひどい。昨日から、新しいボイル全集の引用作品リストの校正作業を開始しました。新しいボイル全集も完璧ではないので、そちらに少しミスがありますが、私のタイプミスがやはり圧倒的に多い。そうしたミスの修正をしています。タイプするときは、速度を優先してアクサンを無視しましたが、今回はウェブ方式のアクサンを付けています。明日ぐらいには一応校正作業を一回り行うことができると思います。
[ガリカviii]
昨日あたりから、ガリカに接続しても、最後の最後、受動モード設定中から動かなくなることが続いていました。大学のウィンノートで「DCさくら」を使っても最後の get file コマンドがはねられます。たぶん、ガリカのコンピュータの都合で、ある種の接続制限をかけているのではと思われます。→本日も同じ状態が続いています。インターネットからのアクセスに制限をかけているようです。学生の面接(顔合わせ)があり、大学にでました。大学でメインに使っているMacG4の前に座ると、G4 がフリーズしていました。再起動ボタンで再起動をかけると、何とシステムがない、というアイコンがでます。手近にシステムCDが見つからなかったので、iMacのシステムCDを入れて起動させると、HDをまったく認識しません。HDを認識しないことには、なにもできないので、研究所からOS9.2 のシステムCDを借りてきて、何とかHDを認識させようとしましたが、応答なし。最近の我が家のiMacの事例もあるので、電源ケーブルを一度抜いてから、再度挿入するとHDからシステムが立ち上がりました。とりあえず、HD上はどこも問題がないようです。解決が付いたのはよいのですが、何が起きていたのか、原因は何か、まったく謎です。
おおきいちびは、5時半。私は6時前。昨夜は腹痛がおさまるまで、2000年に調べた科学史E-Textのリストを見直していました。もう4年も経つから当然ですが、かなりがリンク切れになっていました。ちょうどよいので、イェール大学医学史図書館のページにある、つぎの7点のデジタルテキストをダウンロードしました。
Nicolas Culpeper, The English physitian (1652)
Critical dissertation on the mandrake of the antients (1737)
Leonhard Fuchs, Primi de stirpivm (1545)
Thomas Fuller, Pharmacopoeia extemporanea (1710)
Ludovico Lazarelli, De bombyce (1498)
Regimen sanitatis Salerni [Regimen of Health] (1535)
Thomas Willis, Plain and easie method (1691)
画像のものは、高解像度でスキャンされていますから、非常にきれいな図版が見られます。フックスの植物図譜は、ただ見ていても気分のよいものです。研究室で作業をしていると、次のコピーが平積みになっているのに気付きました。
Dr.Hansruedi Isler
Thomas Willis,1621-1675
New York and London: Hafner, 1968
早速カバンに入れ、持ち帰ることとしました。なお、このコピーは誰かのものをコピーさせてもらったことはおぼえていますが、誰からコピーさせてもらったかは忘れました。大学院教授会の日。3時から始まって、2つの会議。終了は、6時40分過ぎ。何とかワールドカップ1次予選の開始に間に合いました。
[がんばれ久保!]
で、久保がロスタイムに1点を決めて、1対0の辛勝。久保を応援してきた甲斐がありました。次も、がんばれ久保!
おおきいちびが起きて、6時半。ちびはたぶん6時ぐらいに起きたのだと思います。ひとりでぶつぶつ言っていました。体操もしていたようです。私は、喉と鼻の風邪。就寝中に一度鼻がつまって、口で呼吸していました。今朝、アマゾンより次の本が届きました。
Brian Nance
Turquet de Mayerne as Baroque Physician: The Art of Medical Portraiture,
Amsterdam: Rodopi, 2001
2月10日に、インターネットを検索していて偶然見つけた「今の私が知りたいことを取り扱っている2次文献」とは、この著者による次のものです。
Renaissance Medical Narratives: Patients, Practice, and the Rise of the Observatio,
「進行中」とあるので、いつ出るかはわかりませんが、いつかは出版されるでしょう。本人によれば、この本は、「病気、治療、死のストーリーを利用して、ルネサンスの社会と文化、ならびに16世紀の新しいジャンル、医学的症例集(medical casebooks, the Observationes medicae)の出現を解明しようとするものである。」まさに、私が知りたいと思っている核心部分を扱っています。今日は、採点をする気分ではなかったので、ちょうど1ヶ月ほど前に研究室から持ち帰った次の本を読み始めました。
リュシアン・フェーブル&アンリ=ジャン・マルタン『書物の出現』(関根素子・長谷川輝夫・宮下志朗・月村辰雄訳、筑摩書房、1985)
ほんとうに有益で面白い本です。書物=グーテンベルグ以来の印刷本のマテリアルな側面に関する、基礎的な情報が満載です。個人的にはもう少し詳しく知りたい点が多々ありましたが、それは、専門書、専門論文を読めということでしょう。夕食後腹痛。妻も腹痛なので、なにかにあたったのかもしれませんし、ただの食べ過ぎかもしれません。こういうときは、精神を集中する仕事はできないので、火中にある都立大のホームページを見ていました。都立大の人文学部の先生方は、古典に強い方が非常に多い。私の専攻している初期近代の専門家もかなり多かった。ほんとうに、もったいないことです。
おおきいちびが起きて、6時前。夜半から強風。こどもが怖がるほど強い風でした。2限に、115教室で「科学技術と社会」の試験。これで、私の担当する授業の試験は終わります。4年生の成績提出締切は、19日の木曜日ですから、さっさと採点を済ませて、事務に提出するつもりにしています。→試験は、とくに問題もなく無事終了しました。
[ガリカvii]
大学におけるガリカ・プロジェクトの体制を整備しました。メールで教えてもらった「DCさくら」の実力をやっと試すことができました。iBook からは23kしかでない大学のLANからのダウンロードですが、「DCさくら」を使ったDOS/V機だと、60k〜80kの速度が出ていました。おかげで、我が家のケーブルではずいぶん苦労して、ダウンロードに成功していなかったガッサンディの全集の第1巻も簡単にダウンロードができました。これで、ガッサンディはほぼ揃いました。時間帯を選べば、「DCさくら」ではガリカとつないでも100kを超えるのではと予想されます。新学期までにきちんと確かめておきたいと思います。
前から気になっていたのですが、研究室でガリカの作業をしていると目の前に、本の都市リヨン、の文字が迫ってきました。ちょうどよいと思い、持って帰ってきました。
宮下志朗『本の都市リヨン』晶文社、1989
時間を見つけて、少しずつ読もうと思います。ちびどもが寝たあと、明後日締切の4年生の答案だけ採点をすませました。1〜3年生は、明日以降。4年生ともなると、大人の文章を書ける学生が一定割合でいます。そういう学生は、4年生といっても、23歳だったり24歳だったりすることが多い。
おおきいちびといっしょに、6時半。私にもちびの咳がうつったようで、喉と鼻の調子が低下しています。→軽い風邪のようです。
気温は昨日より低いのですが、風がないので、暖かく感じます。妻がちびどもを動物園に連れていってくれたので、私は、ゆっくりと片づけをしたり、テレビをみたり。→のんびりしたせいで、何とか明日の試験はこなせそうです。[iMac不調]
iMacが不調です。何もしていないのに、勝手にブラックアウトすることがあります。そうなったら、電源コードを抜き差しする以外に対応策がなくなります。良い機会なので、システムを更新することとしました。システムCDを入れて、更新作業を始めると、なんと1時間以上かかるという指示です。諦めて、1時間半近くつきあいました。→新しいシステムに変えて、調子がよくなった感じがします。ただし、ブラックアウト現象は、ソフト的なものではなく、ハード的なものの気がしますから、もう少し様子を見てみないと正確なことはわかりません。今月は、ここまでで、400字詰め原稿用紙換算50枚を超えています。もしかしたら、1月に続き、100枚超えをするかもしれません。
おおきいちびが目覚めて、6時前。小さいちびは8時15分。→天気予報によれば、南から風が吹き込んで、暖かい日になるようです。最高気温が10数度と出ていました。→気温が上がったということよりも、風の強さが印象に残った日でした。「春一番」とのことです。
そういえば、今日はバレンタインデーでした。おねえちゃんは、幼稚園で聞いてくるようで、今日は好きな男の子にチョコレートあげる日だよ、と言っています。しかし、その話をしているうちに、私もチョコレート欲しいと言い出しました。こどもはそんなものでしょう。幼稚園に入った当初は、男の子が苦手だったようですが、最近は慣れてきたようです。[採点続行]
午前中に、採点結果の転記作業を終えました。どんなにしっかり採点しても、転記を間違えると意味がないので、転記作業には気を使います。単純作業ですが、ミスの許されないものなので、終わるとほっとします。[ガリカvi]
ガリカの作業は、空いた時間を見つけて、少しずつ進めています。科学史の部屋で整理作業を行っていますが、2月7日の196点から、36点増えて、今日の時点で232点。もしかしたら、割と早めに300点を通過するかもしれません。
iMacの調子が悪いのは、やはりちいさいちびのせいでした。おねえちゃんとけんかしたあと、私の部屋に来て、iMacで遊んでいましたが、反応するのが面白いのか、起動ボタンや再起動ボタンをえい、えい、えい、と押していました。それで、前と同じく、画面が完全にブラックアウトして、何も映らない状態になりましたが、一度電源ケーブルを抜いて、再度挿入すると直りました。システムアップデートも必要かと思い、アップデーターをダウンロードしてみました。平均して、500kぐらいの速度が出ています。早いときには600kを超えています。この数字を見て、ブロードバンドはブロードバンドなんだということが実感できました。ガリカでは、いつも28kですから、理論上の最高値80Mはいったいどうしたという感じでしたが、道が混んでいなければ速いということがよくわかりました。
ちびどもが目覚めて、6時半。→昨夜も、ちいさいちびは短い間隔で目が覚めて、ぴーぴー、ぎゃーぎゃー。[採点続行]
昨日行った科学思想史の採点を開始しました。4年生と2年生を終了しました。今年の授業に関しては、出席者が少なく、どうなんだろうと思っていましたが、答案を読んで安心しました。私が一番伝えたかった点は、伝わっています。それは、自分でテーマを探すこと、でした。大多数は、意外で面白いテーマを見つけてくれています。→一番数の多い3年生の答案も終わりました。
ゆっくりめで、7時半。おねえちゃんの方も風邪気味。よく咳をします。ちいさいちびは、調子が悪いと夜短い間隔で目覚めて、ぴーぴー、ぎゃーぎゃ。今朝、アマゾンより、次の3冊のパラケルススが届きました。
Nicholas Goodrick-Clarke(trans.),
Paracelsus: Essential Readings
North Atlantic Books: Berkely,1999
Theophrastus Paracelsus
Archidoxes of Magic: Of the Supreme Mysteries of Nature, of the Spirits of Planets, Secrets of Alchemy, Occult Philosophy, Zodiac Sign
trans. R. Turner, London, 1655. Reprinted by Kessinger,1997
Arthur Edward Waite(ed.),
Hermetic and Alchemical Writings of Paracelsus (Vol.1)
London,1910. Reprinted by Kessinger, 2002
Archidoxes of Magicは、164頁です。最初の目次は細かく記されていますが、1)錬金術の秘密が惑星の本性のなかに見出される;2)隠れた哲学;3)獣帯上の記号の神秘について(天的医薬について)の3書構成です。
ウェイトの編になる、Hermetic and Alchemical Writings of Paracelsus は、1910年のもののリプリントですが、400頁近くあり、数多くの論考・著作が収録されています。3限に、科学思想史の試験。
3時40分から、修論の審査。
昨日の夕方、ちいさいちびがもどしました。日曜日あたりから少し風邪気味で、もどしたのは咳のせいです。顔を見る限り、まあ、大丈夫かなと思っていたら、9時過ぎに熱が出てきました。おおきいちびの通っている幼稚園でも、風邪がかなり流行っています。インフルエンザにかかっている子もいます。おおきいちびが、おとうさん、おなかすいたといって、6時20分。ちいさいちびは、昨夜は39度の熱がでましたが、今朝はけろっとしています。鼻水と咳が残りました。
[採点開始]
「表象文化とグロバーゼーション」の1年生の分の採点を始めました。4年生の5倍近くの数があるので、なかなか終わりません。→夜の10時前に、採点そのものは終わりました。転記作業が残っていますが、それは、またにします。
おおきいちびが起きて、6時20分。[検索]
昨日、我が愛用するGripGropで、自分のHD内を検索したあと、ふと思いついて、同じフレーズでインターネットを検索していました。1次資料の検索が目的だったのですが、今の私が知りたいことを取り扱っている2次文献が偶然見つかりました。1冊は既刊、1冊は未刊。既刊の方はすぐに発注しました。今のところ、評価されているのを見たことがありませんが、こういうのはアメリカの学位論文と同じで、必要な資料(1次資料、2次資料)を集めてくれているだけで助かります。全体としての議論にあまり見るべきものはなくても、引用している箇所がはっとさせてくれるとか、知らなかった資料の存在を教えてくれるとか、何か有用な部分があるものです。[iMac故障]
最近、ガリカ等からのダウンロードように使っているちびどものiMacのブラウン管が今朝作業中にいかれたようです。昨日の炊飯器といい、日曜日以来、ちょっと変だなと思っていたら、続いて故障。こういうことは、ままあるものですが、少し気落ちします。トホホ!→もしかしたら、接触不良かとおもい、ケーブルを抜いて、しばらく放置してから、再度ケーブルを挿入し、起動スイッチを押すと、なんと起動します。後継機をどうしようかいろいろ悩んでいたのですが、当分、このまま行きます。ただ、少し調子が悪いのは悪いようです。[学会発表]
今年は、5月末の科学史学会(東工大)と6月19日20日の化学史学会(東京海洋大)の両方で発表をする予定です。これまで、1年に2回学会発表をしたことはなく、はじめてのことになります。冬以来やっている作業を、発表の時点で、一応まとめてみようという趣旨です。化学史学会の方では、ボイルの化学を扱いますが、科学史学会の方は、あまり先行研究のないことがらを扱います。どういうふうにタイトルをつけるべきかぴったりのものを思いつくことができず、ひとまず「ボイルの読書」というタイトルで登録しました。レジメを出すときまでに、もう少し、発表内容にふさわしいタイトルを考えたいと思っています。ボイルのテキスト内の情報から、ボイルが現実にどういう本をどういうふうに読んで、どういうふうに執筆したかを描き出そうというものです。余裕があれば、どういうふうに実験を行い、どういうふうに実験日誌をつけ、そこからどういう実験誌を著したかまで広げたいと思いますが、まずは、読書の方に集中しようと思っています。簡単には、ボイルの人文主義的側面に光をあてるものとなります。[駒場授業]
2004年度夏学期に駒場で行う「科学史特論VI」ですが、一応次のように考えてみました。
[4/13 (1) イントロ、分担決め、
[4/20 (2) 慣性概念
[4/27 (3) 自然法則の概念
[5/11 (4) 反自然/超自然の概念
[5/18 (5) 力学的世界観
[5/25 (6) 数学的伝統と実験的伝統
[6/1 (7) 真空ポンプ
[6/8 (8) カメラ・オブスクーラ
[6/15 (9) 種子の概念 平井浩思想論文
[6/22 (10) 精気の概念
[6/29 (11) 想像力の概念
[7/6 (12) 発酵の概念
[7/13 (13) 経験の変容 シェイピン第2章
[7/20 (14) 科学知識の目的 シェイピン第3章
スティーヴン・シェイピン『科学革命とは何だったのか』(川田勝訳、白水社、1998)を導きの糸に、「科学革命再考」というテーマで行います。科学革命について、基本的なところから、研究の最先端までも含めるという野心によりますが、生命とキミア関係をもうちょい入れてもよいかも知れません。これは1次案なので、ご意見・コメント等どんどんお寄せ下さい。提出締切は、2月20日なので、1週間ほど考えて、それから送付しようと思っています。[卒論]
午前中に、次の2点の卒論を読みました。
代田直章「社会における価値と科学技術の相互的関係の研究」
安藤淳一「遺伝・血統から見る進化―生物多様性と適応進化論」
代田君は、大学院に進学される方なので、少し注意しておきます。誤字、脱字、ワープロ変化ミスが多すぎます。急いで打ったのでしょうが、これだけ多いと、やはり問題です。もう一度紙にプリントアウトして、赤字を入れた上で、校正を行って下さい。
内容的には、大学院入試のときより、かなり勉強をすすめており、その点は好感がもてます。
安藤君の卒論は、これまでの進化に関する説を、自分なりに統合する「適応進化論」という説を構想するものです。なかなか面白く読めました。
さて、卒論はこれで全部読んだことになります。私は修論と卒論あわせて8本ですが、修論と卒論あわせて20本を超える先生は、目を回しているのではないでしょうか。[採点開始]
答案の採点を開始しました。「表象文化とグロバーゼーション」の4年生をすませました。なかなか面白い答案もあります。
おおきいちびが起きて、6時40分。いくぶんか暖かくなってきたようです。廊下に出ても、肌を刺す冷たさは感じなくなりました。[炊飯器故障]
ちびのお弁当と、我々のお昼ご飯を炊いていたら、炊飯器が故障してしまいました。原因等は不明ですが、電源系がいかれたようで、なかが暖かくなったところでストップしています。素人にできることはしてみましたが、まったく電源が入らない状態。ちびの弁当は困るので、中身を土鍋に移して炊きあげました。土鍋で炊くと、美味です。
たぶん、買って5年ぐらい。いちいち土鍋は面倒なので、妻は、今日炊飯ジャーを買うことにしたようです。午後6時10分開始の教授会ですが、20分には現実にスタートし、8時半には終了しました。私は、9時過ぎに家に帰り着き、9時15分には風呂に入っていました。もう少し長引くかと思っていたので、やれやれ、でした。
大学への行き帰りで、次の卒論を読みました。
手塚雅美「エッフェル塔、その存在意義」
建築資材としての鉄に関する技術史の部分が、私には興味深かった。たぶん、春に考えていたものとはずいぶん違ったのものになったのでしょうが、面白い卒論に仕上がっていました。(あのエッフェルが、自由の女神の骨組みを担当したとか、そういう話が面白かった。)夜目覚めたので、少し仕事をすることとします。
[ガリカv]
ガリカで検索ができるようになったので、いろいろ検索しています。当たり前ですが、フランス語のものが圧倒的に多いことがよくわかりました。元々がフランス語のものとフランス語訳が非常に多い。フランス語訳の場合は、もとの版のものもあるとよいのですが、フランス語訳だけがあがっている例が多いようです。[バートン:巨人の肩の上に add]
1月末に、新宿3丁目の日榮さんの発見から出発して、少し追っかけていたバートンの「巨人の肩の上に」ですが、専門家の方(慶應の小菅隼人さん)に質問してみました。1632年版のものですでに、"A Dwarfe standing on the shoulders of a Giant may seefarther than a Giant himselfe. "という英語になっているそうです。ということは、この表現はやはりバートン自身によるもので、マートンの本は、たぶん一種のお遊びだろうということです。→その説明で、得心がいきました。
バートンに関しては、他にもいろいろと興味深いことがありますが、別の機会にしたいと思います。
今朝はゆっくりめで、かぞくそろって、6時40分。おおきいちびの4歳の誕生日。→誕生日なので、ちびが行きたいという場所に連れていってやることにしました。井の頭公園がよいというので、駅前のファミレスでお昼を食べてから、井の頭公園へ。ちびどもは、公園で売っている串刺しの団子(ちびどもは何もつけずに食べるので、お餅と言っています)がお気に入りで、それを楽しみにしていたのですが、今日は、お休みでした。鴨に餌をやっていると、ちいさいちびがお腹が痛いと言います。便を出したいのに出ない、状態だったようです。顔色もよくないので、マルイのお手洗いに連れていきましたが、出ず。こういう日は早く帰るのが賢明だということで、まだ遊びたがっているおおきいちびを説得して、早めに家に帰ってきました。
小さいちびも、妻も、私も、調子がいまいちの日でした。朝方に、昨日の編集委員会で持ち帰った宿題を終わらせました。今回は、簡単な応答ですむものばかりだったので、1時間ほどですみました。
昨日、昼前に、次の3冊の雑誌を買ってきました。
『論座』3月号;『現代』3月号;『サイゾー』2月号。
買ってはきましたが、短いエッセイ以外は読んでいません。卒論や、試験答案が待っています。
ちびどもが起きて、6時前。ちびどもは目やにがひどくなっています。ちょっとしたウイルスのせいのようです。[ガリカiv]
科学史の部屋でガリカ等からゲットしたファイルの整理作業を進行中です。ガリカ等からダウンロードした作品リストには、現在、140点あります。2000年前にダウンロードしたe-text のリストには、42点あります。マイクロフィルムまたは紙焼きで持っている著作のリストには、14点あります。合計で、196点。200点突破は時間の問題ですが、300点までは少々時間がかかるようです。
なお、このなかには、若干の重なりがあります。ボイルの全集なんて、本の形で3種類、4.5点もっています。(コピーで1種類。)そのうえなお、ガリカからダウンロードしたのは、要するに収集癖です。どう使うかについていまのところとくに考えがあるわけではないのですが、できれば、全部もっていたい。
お正月から行っている作業の延長で、そのボイル全集の一番新しい版の全部に目を通しています。読んでいるのは、そのごく一部です。でも、こういうふうに、全部に目を通してみると見えてくることは必ずあります。夕方から学会の編集委員会。ずっと自転車操業でやってきた編集委員会ですが、このところ、投稿が多くあり、半年分以上のストックがあります。1年分のストックがあれば、編集委員としては、編集作業がとてもしやすくなります。→4時にスタートして、6時前に終了し、夕食をともにして、8時半に帰ってきました。ちびどもは、すやすや寝ています。
おおきいちびは5時半に目覚め、がさごそ。私は眠かったのですが、やはり、6時に、おとうさん、おしっこと言って、6時。[男子学生]
昨日の5限の試験ですが、いつもあまり顔をみない、男子学生が数多く来ていました。背の高い、いまどきのファッションをした、二十歳前後の男の子たちです。以前、健康診断のときに、ラグビー部、アメフト部の学生が集まっていて、うわー、おっちゃん、という学生が一定数いて、喜んだことをおぼえていますが、それに準じて言えば、うわー、いまどきの男の子が外語にもこんなにいたんだ、という発見です。外語の場合、母集団において、男の子の数は女の子の半分。それで、ラグビー部、アメフト部、サッカー部、野球部等が成り立っているのは、奇跡に近いと言いたくなります。[ガリカiii]
ウェブで入手できる科学史関係の著作について、科学史の部屋で整理する作業を開始しました。今朝は、AZOGUEで、リンクされている著作のリストをまとめました。
百のキミアの次は、2004年の夏ぐらいまでの目標として、三百のキミアを目指したいと思います。このページをご覧になった、Hさんという方が、ダウンロード支援ソフト「DCさくら」を教えてくれました。ダウンロードの速度を大幅に向上して、ガリカの接続切れ等に対応してくれるソフトのようです。残念ながら、マック対応版はありませんでしたが、大学のDOS/Vマシーンで試してみるつもりです。Hさん、情報、ありがとうございました。
本日は、次の卒論を読みました。私の学生時代にはこうした関心がかなり広範囲にあり、いろんな本を読んだことを思い出します。
渥美智之「「狂気」について」
もちろん、彼は、フーコーから始めていますが、ロイ・ポーターや、木村敏といった研究者の著作までいたっています。木村敏は、学生時代読んで、とても感心した記憶があります。
おおきなちびが、おとうさん、おしっこと言って、6時。[結石]
昨夜、母に電話して、退院後の様子を聞いたら、元気そうでした。すごい数字のでていた肝臓ですが、ほぼもとに戻ったということです。母が言うには、田舎では、結石がはやっているのだそうです。手術を受ける人が続いているようです。そのなかで、母はいちばん軽くすんだくちなんだそうです。[ガリカii]
検索ができるようになったので、ガリカでいろいろ捜し物をしています。ふと、ベーユの辞書の組み版の形式を見たいと思い、ダウンロードしようとしたら、489.7Mとでました。私の環境では5時間かかります。一応スタートさせましたが、案の定、5%も行かないうちに接続が切れていました。体験上、この大きさのファイルを無事ダウンロードするには、もっともっと速度が必要だと思われます。[23K]
お昼過ぎに大学に出て、試験は5限だったので、時間がありました。大学は、うちよりも速いはずという思いこみがあり、OS X の環境を用意して、やはりベーユに挑みました。なんと、なんと、でている速度は、23K。これには、本当にがっかりしました。我が家の環境でさえも、28Kの速度がでます。ギガビットイーサネットの大学で、23K。土曜日や日曜日という、端末のユーザーのほとんどいない日に、試してみて、回線のせいか、ユーザーの数のせいか、たしかめないといけません。[ユーフォリア]
試験の打ち合わせのときに、亀山教授より次の本を頂きました。
亀山郁夫
『熱狂とユーフォリア:スターリン学のための序章』
平凡社、2003
500頁を超える大著です。ありがとうございます。
ひとりで4時半。4時過ぎに、おそらく震度2ぐらいの地震がありました。本来なら、今日は会議の日ですが、学年末体制に突入しているため、私には会議の開催通知はゼロ。ただし、来週の月曜日の18時10分から学部教授会があります。2月9日は、まだ授業日で、そのため、午後6時10分開始という変則的な教授会となったものです。
[卒論]
昨日は、電車のなかで、大きなレポートを1本読みました。今朝は、次の卒論を読みました。
田代陽子「精神分析の理論における限界と歴史的制約性―フロイトとマルクスとフロム」
人間の知識や理論の根元的限界性に定位した、好感のもてる論文です。「フロイトとマルクスとフロム」ですから、古いものばかり読んでいた、というのが田代さんの感想でした。
夜、次の卒論を読みました。中村友彦「環境倫理のゆくえ」
そういえば、昔、E-text を捜索し、ダウンロードに努めていた時期があったことを思い出しました。スピノザは、何点かダウンロードした鮮明な記憶があったので、私のハードディスク内をspinozaで検索して、そのフォルダーを発見しました。当時は、画像ファイルはダウンロードできる環境になく、e-text のみを見つけて、ダウンロードしていました。そのe-text のリストを科学史の部屋にアップしました。
この種のリストは、1義的には自分のためです。どこかで自分の活動を整理してまとめておかないと、2度手間を必ずやらかします。すでにハードディスク上にあるものを、30分も1時間もかけてウェブで探し回るのは、ばからしいことですが、この種のリストをしっかり作成しておかないとやりがちなことです。
平井さんのウェブで、BIVIOの情報がでていました。もとは、本間さんのサイトのようです。早速、http://www.bivionline.it/ にアクセスして、様子を確かめました。著者数で36名、著作数で71点の E-Text がアップされていました。点数的には、ブルーノの11点、フィチーノの5点、ヴァルキの6点などが目立ちます。
研究者の便を考え、BIVIOにあるE-Textのリストを作成しました。[ガリカi]
実は、ある時期からずっとガリカで検索ができないでいました。どうしても、“パラメーターが不正確”ですと表示されて、まったく検索ができませんでした。今日、FAQを読むと、私の使っているInternet Explorer のバージョンだとエラーがでるとありました。ということで、最近、OS X で使っているちびどもの iMac でやってみると、問題なく通りました。このマシーンをOS X にアップグレードすることはできない(サポートされていない古い機種)ので、ガリカで検索するときはちびどものiMacを借用することになります。
ガリカで検索ができるようになったおかげで、ストラボンのGeographia もすぐに解決がつきました。ガリカにないわけはないと思っていたのですが、検索がかけられないと確認のしようがなかったのでした。→と思ってダウンロードした最初のものは、ギリシャ語とラテン語の対照版でしたが、画像の品質がぎりぎりで、読める/読めない、どっちという感じでした。
ひとりで5時前。卒論を読み進めると同時に、成績記入を開始。卒論演習とか、現時点でも成績のつけられる科目がいくつかあり、その成績を記入しました。そうしたものは、試験ではなく、発表によって成績をつけますから、まだ何も試験をしていない現時点で成績を出すことができます。なお、今年度最初の試験は、5日の木曜日。
節分。夕食後、ちびどもが豆まきをしたいというので、当然、私が鬼の役となって、鬼は外、福は内。最初はわけがわからなかったようですが、やっているうちに面白くなったようで、豆が尽きてからもまだやりたいと文句を言っていました。また来年、ということでごまかして、終了。玄関の内外が豆だらけになっています。
[パラケルスス]
朝ちびどもといっしょに家を出て、幼稚園で分かれました。私は、パラケルススのリサーチのために、駒場の図書館へ。10時前に着きました。
駒場には、3種類の全集/選集がありました。
フーザーが編集したBücher und Schrifften,Reprinted by Olms,1971
ズッドホッフの手になるSämtliche Werke,Reprinted by Olms, 1996
そして、ポイケルトによるWerke,1965 です。
ラテン語の全集版がないかと期待したのですが、ちょっと無理だったようです。
1次文献、2次文献あわせて、約100枚近くコピーをとり、やはり生協でペンを買って帰りました。帰りは久しぶりに下北沢によって、昼食。古本屋さんをざっと見ましたが、めぼしいものはなし。ちびどもが6時過ぎに寝て、落ち着いた夜の時間。最近、ちゃんとした日本語の文章を読んでいないことに気付いて、あるいはどうも仕事を進める気にならず、右手の棚の上に平積みにしている本から、坪内祐三氏の『後ろ向きで前へ進む』と『文庫本を狙え!』を引き抜きました。『後ろ向きで前へ進む』は、後ろの方は、もう読んでしまっているので、最初の「植草甚一的なるものをめぐって」を読み、『文庫本を狙え!』はとりあえず、頭から、ぱらぱらと偶然開いたページを読み進めました。『文庫本を狙え!』で一番興奮したのは、実は、目次です。この本は読んだ、この本は知っている、こんな本があったのだ、と自分が試されているような、あるいは逆に何かを試すような気持ちで読んだせいです。最近は、ほとんど研究者モードでものを読んでいるので、植草甚一的なるものは新鮮です。
こういう文章を読んでいて、頭の中に浮かび上がってくるアイディアに、また少し手書きに戻して、文章を書こうか、というものがあります。こういうウェブ日記はウェブ日記ですから、これを手書きで書いた上に、入力するというのは、ウェブにそぐわない気がします。しかし、活字になる文章は、手書きの方が、ある種の緊張感とリズムをたもつことができる気がします。
ただし、私の場合、ちびどもが邪魔に来ない、という条件がつきますから、今は長いものでは無理ですが、短いものならできるかもしれません。
ひとりで5時過ぎ。昨夜、ちびどもといっしょに寝たせいです。
ウイルスの猛威はおさまっていないようです。今朝、大学のアドレスには70通のメールが届いていましたが、すべてウイルスでした。→大学に出て、大学のパソコンでメールを受信したところ、402通のメールが来ていました。そのうち、意味あるメールは4通。残りは、ウイルスでした。削除にもけっこう時間がかかりました。私がずっと使っている別のアドレスには、甥っ子が中学受験に成功したというメールが来ていました。
今日は、私の講義の最終日。私立だと、試験結果のでている授業もあるようですが、うちはこれから試験の本番。後期入試なんか、3月12日ですから、2月3月はずっと試験という雰囲気となります。
本年度、最後の授業日。授業が終わったあと、木曜日に箱から出しただけの、プリンターのセットアップに取りかかりました。自分で、ネットワークカード(イーサーネットカード)を取り付け、自分で、両面印刷用のキットを取り付け、TCP/IPプロトコルで私の部屋のどのパソコンからでも印刷できるようにしました。いろいろな作業で、約2時間かかりました。パソコン側から、プリンターのイーサーカードのTCP/IPアドレスを設定するのは、はじめてで、マニュアルとにらめっこしながらの作業となりました。はじめての作業なので、このぐらいの時間がかかりましたが、慣れれば、10分以内でできることだと思います。
研究室の本棚に、アコスタ『新大陸自然文化史』上、があるのを見つけ、持ち帰りました。下の、所在は不明。捜せばどこかにあると思いますが、今日は捜すことをしませんでした。
昨日、プリニウスのラテン語が欲しいなと思ったら、ウェブですぐに見つかりました。次は、ストラボンのGeographia (ラテン語版)が欲しいなと思って、捜したのですが、すぐには見つかりませんでした。ペルセウス・プロジェクトにギリシャと英語はありませんた。(部分的にですが。)どなたか、ラテン語版の所在をご存じの方、お教えいただけると幸いです。今日は次の卒論を読みました。
平井智恵「現代における全体性の回復について」
このタイトルからはわかりませんが、あの独自の非常に魅力的な人物、バックミンスター=フラーについての思索です。彼女自身の副題は、―バックミンスター=フラーの描いた地球―。バックミンスター=フラーは、今は忘却の淵にありますが、その視点の取り方、問題解決にあたっての現場の立ち位置の取り方等、物事を現実的にしかも包括的に考える際に、大いに参考になる実例を与えてくれています。バックミンスター=フラーの有名なことばに「宇宙船地球号」というのがありますが、海の視点から陸の歴史を捉え直し、エネルギーや情報の収支と循環によって、地球上の活動を捉える見方は今でも有効だと思われます。いわゆる「エコロジー」よりも、豊かな次元を有していたと言ってよいと思います。
おおきいちびが起きて、6時過ぎ。→昨夜から今朝にかけて、大学のアドレスに届いたメールはすべて、ウイルスでした。卒業論文を読み始めました。まず、次のものを読了。
磯崎大介「科学をめぐる現代思想的言説に対する分析、哲学的見地からの一つの回答―クワイン、デイヴィドソンの仕事を中心にして」
コメントは追ってまた。昨日は、原稿の修正を一通り終えたあと、読むのを忘れていたソーンダイクのボイルの項を読みました。ボイルにおいて、観察や実験がどういう背景を持ち、どういうスコープを持っていたかを知るには、今でも、とても有用な記述でした。引用する先行研究等、古びている部分があるのは、古い本ですから当然のこととして、シェイピン『科学革命とは何だったのか』のような最新の研究成果と比べても遜色のない部分もあります。要は、ボイルのような人物においても、時代の文脈に位置づける作業がきちんとはなされていない、見事に抜け落ちている部分が広大に残されている、ということです。
一言だけコメントしておけば、「観察」や「実験」という言葉をボイルが使っているからと言って、それをただちに、現代科学のなかで位置づけられている「観察」や「実験」と思いこんでしまうと、見誤ります。「観察」や「実験」は、ルネサンスから17世紀にかけて、ある種の書物において、非常に好んで使われたことばであり、その大きな流れに位置づけない限り、ボイルの「観察」と「実験」の意義は見出されません。
(「観察」ということばがどのくらい、初期近代の著作においてよく用いられたか、サットンさんのリストを使って示しましょう。8405点のラテン語の著作のうち、141点がタイトルに「観察」(Observatio..)を使っています。ちなみに、「実験」(experiment..) という語をタイトルに含む著作は、27点。)
私には、シェイピンのような今をときめく人の仕事においても、その点が十分解明されているとは見えません。ソーンダイクにその十分な分析があるわけではないのですが、もっとも重要な手がかりを与えてくれます。
なお、今年に入って行っている作業のせいで、先に原典で知っていた事項に、ソーンダイクの記述でであうということが何度かありました。原典を読んでいて、注目する箇所にはかなり共通性があるということでしょう。
一例だけあげましょう。ボイルのレシピ集に次のものがあります。
「目のかすみを洗浄するには、良好な色と適度な堅さをしたパラケルススのゼベートゥム・オッキデンターレ(人糞)を取れ。ついでそれをゆっくりと乾かし、粉砕できるようにせよ。さらに、それをさらさらの粉末とせよ。これを症状に応じて、一日に、一度、二度、三度と患者の目に吹きかけよ。」
何と、ボイルは、このレシピを全集の二箇所で挙げています。ソーンダイクも引っ掛かったのでしょう、最後の方で、まるまる引用していました。
なお、日本でも一時はやっていた尿療法もでていました。朝一番の自分のおしっこを飲むというものです。由来はわかりませんが、由緒ある療法だということでしょう。その後は、大学から借りてきた『テオフラストス植物誌』並びに『プリニウスの博物誌 III 』をぱらぱら読みました。この種の本は、本当は、借りるのではなく、入手して一度じっくり読み通すべきものでしょう。
その種の本には、他に、ディオスコリデスやアグリコラがあります。
1月の日記の内容を整理して、科学史の部屋に反映する仕事は、着実に進めています。サイトマップを見ていると、手をつけたくなることもあるのですが、今は目の前の仕事を優先します。