ちびどもはおそらく6時前後。私は、8時。涼しい。ちびどもの夏休みの最後の日。なんとか無事に夏休みを過ごすことができました。→と思っていたら、幼稚園の再開は、来週の月曜日、9月5日からでした。おおきいちびの夏休みはこれで3度目ですが、去年の夏、一昨年の夏を覚えていなかったことになります。9月は祝日もあるので、短い月となります。
[テクノゴシック ]
著者の小谷真理さんより、とても格好良い新著、
小谷真理『テクノゴシック』(発行ホーム社、発売集英社、2005、2940円)
を送っていただきました。いつもご配慮いただき、ありがとうございます。[オルデンブルグの蔵書目録 ]
ウェブで検索をかけていると、次の論文に出会いました。
Noel Malcolm, "The Library of Henry Oldenburg", eBLJ 2005, Article 7
現存する3種類の「ヘンリー・オルデンブルグの蔵書目録」から、オルデンブルグ自身の知的関心の地図を描こうという試みです。私には有用な情報が満載でした。
(冊数は全部で331冊。フックの蔵書の3380冊と比べると約10分の1です。ただし、この時代の知識人は、そしてとくにオルデンブルグは、本屋さんで本を購入もしていますが、かなりの割合物々交換で本を入手しています。つまり、ある本を入手するために手元の本を対価として送っています。ですから、一度は入手した本はもっと数多くあります。彼が手元に残さず、別の本を入手するために使い切ったものとしては、彼自身が行った多くの翻訳書、ジョン・ウォリス、ウィリアム・ペティ、ネヘミア・グルーの著作があります。)
一般的にも関心を引くであろう例を挙げてみましょう。
オルデンブルグの購入した最も高価な著作は、あのキルヒャーの『地下世界』です。2ポンド10シリングの値段がついています。(王立協会事務局長として彼は年40ポンドをもらっています。フックのついた王立協会実験主事は、年80ポンド。年100ポンドあれば何とか生活はできたようです。)ちなみに、キルヒャーの『磁石論』は8シリング、ギルバートの『磁石論』は4シリング、デカルトの『哲学原理』は6シリング、デカルトの『人間論』が3シリングです。なお、オルデンブルグの死後、オークションでオルデンブルグが2ポンド10シリングで買ったキルヒャーを入手したのは、アンソニー・ケアリー(fifth Viscount Falkland) です。ケアリーは、同時に、『デカルト書簡集』、フォリヌス『代数学』、ノストラダムス『予言』、ウィルキンズ『実在文字と哲学言語にむけてのエッセイ』を購入しています。
私が最近フォローしているベイコンについては、『森の森』(1631年の版、または1635年の版)と『遺稿集』(1658)の2冊を所蔵しています。オルデンブルグの知的情熱は、ベイコンではなく、デカルトの方に向かっています。(デカルト主義の著作をよく集めている。)
ちいさいちびがおきて、6時過ぎ。私も久しぶりに、6時前後に目覚めました。ちいさいちびは最近よく寝ているので、6時前に目覚めているようです。朝方は涼しい。ちびどもが寝た後、雨。台風が秋雨前線を刺激して降った雨。
今日は眠かった。そういう日もあります。
衆議院選挙の投票用紙が届いていました。妻のと2枚。妻ははじめての日本の選挙となります。この選挙区は、いわゆる石原軍団が応援にかけつける選挙区です。
ちびどもは?。私はひとり遅れて7時半。空は秋の空。ちいさいちびは、あと1カ月少しで4歳になります。うまれてからこのかたずっと睡眠が安定せず、この春ぐらいまでおかあさんにだっこしてもらわないと寝付けませんでしたが、ここ数日は、夜になると真っ先に寝室に向かい、自分の布団(布団に差があるのではなく、枕に差があって、誰の場所かわかります)に横になります。15分ぐらいは、何だかんだ動いていますが、20分程度ですっと寝入ります。夜中にミルクといって起きることもあまりなくなりました。
そのかわりなのかどうかよくわかりませんが、昼間いきなり怒りはじめることがままあります。もともと怒りっぽい性格です(4気質では典型的な黄胆汁質、クレッチマーの分類では筋骨質)が、観察できないほど微細な事柄で怒りはじめます。
パターンはある程度は把握しています。排便の欲求があるのに、現実の排便まで時間があるとき。(高々数十分ですが)。退屈になったとき。
そうしたとき犠牲になる確率が高いのが、かわいそうなおねえちゃん。ちいさいちびはいきなり叩いたり、ものを投げたり、攻撃にでます。
おねえちゃんには、そういう攻撃性はほとんどありません。まあ、しかし、身を守るためたまに反撃していますが、自分から手を出すことはありません。
ふだんはなかよくあそんでいるのですが、ここんところ、1日に1度か2度、ちいさいちびは突発的な攻撃衝動にかられるようです。気温はそれなりに上がっています。ちびどもはプールに、私は駒場にでかけることとしました。
まず、科哲の院生室にお邪魔して、EEBO から2点のみダウンロード。
Francis Bacon, Instauratio Magna, London, 1620
Francis Bacon, Opuscula varia posthuma, philosophica, civilia, et theologica , London, 1658
オランダで出版された3つのラテン語版(1648の『森の森』&『風の自然誌』、1653年のScripta)もあるかと思いましたが、EEBO: Early English Books Online の定義に従い、オランダで出版されたラテン語版はありませんでした。
今後イーボが事業を拡張するのであれば、こういう方面に手を伸ばして欲しいと思います。
暑さは、まあ何とか耐えられる程度でした。その後、駅前のコピー屋さんに製本を頼み、製本ができあがるまでの間、近所で昼食をとることにしました。
駒場駅前は学生時代に過ごした場所です。すこし歩いてみました。昔も、駅前の食べ物屋さんが少ない(本郷や早稲田=高田馬場と比べると圧倒的に少ない)と思っていましたが、もっと少なくなっていました。東大楼もなく、モーゼルもなく、○○(すみません、名前を忘れました)もなく。かろうじて生き残っていた喫茶店を見つけ、お昼の定食をたのんで一休み。
ちょうど12時に製本を受け取ってそのまま帰ってきました。夏場に動くと、いつもより疲れます。
ちびどもはおそらく6時半。私はひとり遅れて7時半。涼しい。ベイコンによって、今月は、ここまで121枚。
いくらか運びたい荷物もあるので、妻の運転ではじめて大学まで行ってみることにしました。人見街道に出てしまえば、一本ですが、井の頭通り-吉祥寺通り-人見街道というルートを選びました。それほど混んでおらず、スムーズに着きました。おそらく40分〜50分。電車では30分から40分。大学の駐車場の仕組みがわからなかったのですが、身分証明証をゲートに入れると、ゲートが開きました。
日曜日ですが、センター試験の模擬試験というのをやっていました。
研究室のなかですこし遊んでから、近所の中華料理屋さんで昼食。日曜日には閉まっている店が多かった。昼食後、大学の入口の広場で遊ばせてから、再度研究室へ。私はいくらか片づけもの。ちびどもは、お絵かきをし、折り紙をしていました。
おなかがすいたというので、部屋にインストールしていたちいさいカップヌードルをふたりで分けてから、帰路につきました。車の屋根とフロントガラスに鳥の糞がかなり落ちていました。大きな木の下のせいでしょう。
ちいさいちびが車のなかで暴れはじめましたが、なんとか帰り着きました。[フランシス・ベーコン(ベイコン)iv ]
19世紀後半に出版された(14v. : ill ; 23 cm , London : Longmans & Co., 1868-1890 ) 全集の目次もあった方が便利だと思われるので、それも用意します。
第1巻〜第3巻:哲学的著作
第4巻〜第5巻:哲学的著作の翻訳(英訳)
第6巻〜第7巻:文学的&政治的著作
第8巻〜第14巻:手紙と伝記
v. 8.(1560-1595)
v. 9.(1595-1601)
v. 10. (1601-1607)
v. 11.(1607-1613)
v. 12. (1613-1616)
v. 13.(1616-1618)
v. 14.(1619-1626)
フランシス・ベイコンの著作のテキスト・ファイルがないかどうか探していて、次のサイトに辿り着きました。
ニース・アカデミー「哲学ビブリオテーク」
ヘラクレイトスの断片からはじまり、ニーチェまでかなり数多くの著作のテキスト・ファイルがあります。
研究のためには、画像ファイル(pdf)とテキスト・ファイルの両方があるのが望ましい。もちろん、作業としては、画像ファイルに関しては今は自動的に処理してくれる優秀な機械があるので、手で入力し(あるいは読みとった画像をOCR にかけ)もとのものと照合しなければならない、テキスト・ファイルの方が圧倒的に大変です。
従って、こういうサイトは、とてもありがたい。
ベイコン(ベーコン)に関しては、Novum Organum (1620) , New Atlantis (1627), Essays, The Advancement of Learning があります。なお、サーチの最中、イサーク・ベークマンの日誌(ジュルナル)のおそらく全文がウェブ化されているのに出会いました。印刷物と比較してはいないので、100%かどうかはわかりませんが、バッソやベイコンから引用している箇所を見る限り、相当なものです。(→オランダ語の読める専門家に、この点は質問してみます。)
→05.8.30 ベークマンの専門家でもある本間博士に見てもらいました。日誌(ジュルナル)のほぼ全文がe-text 化されているようだという回答を得ました。作成者のAd Davidse氏についても、教えてもらいました。引退した物理学者で、ステーヴィンやホイヘンスについても、同じ作業をしており、とても有用だということです。
ちびどもは6時半。私は、8時。朝方は涼しいかと思いましたが、時間がたつにつれ、気温が上がってきました。まだまだ夏。[すでに小さい政府 ]
小泉さんも竹中さんも、小さな政府を目指すと言います。過去に学んだ社会統計資料によれば、日本は、欧米諸国よりもすでにずっと小さな政府になっているはずです。どこかにしっかりした記事がないかなと思っていたら、STSの俊英平川氏のブログに、醍醐聡氏による検証、小さな政府論検証シリーズ(1)「小さな公務員」論の大きな誤りが出ていました。事実情報がしっかりまとめられています。
おおきいかちいさいかは、たとえば人口に対する公務員数の比率や、総雇用に対する一般政府雇用の比率を見ないと、言えません。正確には、そうした比率の国際比較のなかでのみ、意味をもつ言葉です。
人口に対する公務員数の比率を国際比較すると、日本は、欧米の約半分の水準です。
人口千人当たりの公務員数の国際比較(1998年度調査)があるので、引用しておきましょう。日本:38人、イギリス:81人、フランス:97人、アメリカ:75人、ドイツ:65人。(出典:『総務庁史』(2001年、ぎょうせい))。
総雇用に対する一般政府雇用の比率を国際比較すると、日本は、先進国のなかでもっとも少ない国のひとつです。(日本:7〜9%、アメリカ:14〜16%、ドイツ:11〜15%、スウェーデン:20〜34%)。
問題は、おおきいかちいさいかではなく(国際比較のなかで日本はすでにもう十分小さい)、政府(官)がなすべきサービスに対して、人員・予算が適切に配置されているかどうかです。敢えてひとことでまとめるのであれば、適正かどうか、です。[フランシス・ベーコン(ベイコン)iii ]
作業の合間に、ガリカからダウンロードし損ねていたベイコン全集(全14巻、19世紀後半にスペディング、エリス、ヒースにより編纂された。1986年、ドイツのFrommnann-Helzboogがリプリントしたもの)をそろえました。もともとは8巻ゲットしていました。今回は、残りの6巻をゲットしました。ベイコンの著作リストですが、もとの言葉のものがあった方がよいので、それも用意しました。Essays の他に英語で出版されたのは、『学問の進歩』と『森の森』です。『学問の進歩』(1605)は、1623年に増補された形でラテン語版(『学問の尊厳と進歩』)が出版されています。『森の森』(1627)は、1648年にオランダでラテン語訳が出版されています。(もとのものと同じく、『ニュー・アトランティス』が附録されています。)
Works of Francis Bacon, 1561-1626
1597 Essays.
1605 The Advancement of Learning.
1609 De Sapientia Veterum.
1612 Essays, the 2nd edition.
1620 Instauratio Magna. (Nouum Organum & Parasceue, ad Historiam Naturalem, et Experimentalem.)
1622 Historia naturalis et experimentalis ad condendam philosophiam, siue, Phaenomena vniuersi. (Historia ventorum)
1623 Historia vitae & mortis. De dignitate & argumentis scientiarum.
1625 Essays, the 3rd edition
1626.4.9. died.
1627 Sylua syluarum: or A naturall historie : In ten centuries. New Atlantis.
1648 Sylva sylvarum (nunc Latio transscripta a Jacobo Grutero), sive Hist. Naturalis et Novus atlas (cum praefatione W. Rawley), Lug. Batauor. : Apud Franciscum Hackium., 1648. Historia naturalis & experimentalis de ventis, &c , Lugd. Batavorum : Apud Franciscum Hackium, 1648 1653 Scripta in naturali et vniuersali philosophia, Amsterdam, 1653
1657 Resuscitatio, or, bringing into publick light several pieces of the works, civil, historical, philosophical & theological, hitherto sleeping.
1658 Opuscula varia posthuma, philosophica, civilia, et theologica.
以下は、このリストで初出のものの目次です。最後の「海の満ち引きの原因の探求方式」がこの版で付加されたものです。
Fr. Baconi de Verulamio Historia naturalis & experimentalis de ventis, &c
Historia naturalis et experimentalis de ventis
Historia naturalis et experimentalis de forma calidi
De motus sive virtutis activae variis speciebus
Ratio inveniendi causas fluxus et refluxus maris
台風一過。また暑くなるようです。ちびどもはたぶん6時過ぎ。私は7時過ぎ。台風は海上を通過したようです。(正確にはかすめていました。)東京の直撃は免れたようです。[フランシス・ベーコン(ベイコン)ii ]
一昨日の夜、ベイコンの著作リストがないかと日本語のページを探しましたが、私の検索範囲では見つかりませんでした。もちろん、英語のページを検索するとすぐに(トップページの近くで)見つかります。
ということで、ここに作成しておきます。(科学史に関係する著作だけの簡略版です。)
1597 『随想録』Essays.
1605 『学問の進歩』The Advancement of Learning
1609 『古人の智恵』De Sapientia Veterum
1612 『随想録』第2版
1620 『大革新』(ノヴム・オルガヌム)
1622 『自然誌・実験誌』(風の自然誌)
1623 『生と死の誌』 『学問の進歩と尊厳』De dignitate & argumentis scientiarum
1625 『随想録』第3版
1626.4.9. 死去。
1627 『森の森』『ニュー・アトランティス』(『森の森』の附録として)
1653 『自然と宇宙の哲学』
1657 『復活:これまで眠っていたいくつかの作品の公刊』
1658 『遺稿集』(「濃と稀の誌」を含む)
下で触れていない、1653年の著作について記しましょう。
Francisci Baconi de Verulamio Scripta in naturali et vniuersali philosophia
Amstelodami : Apud Ludovicum Elzevirium, 1653
編者は、イサーク・グリューターで、オランダの有名な出版者エルゼヴィルにより出版されています。
I. Cogitata & visa de interpretatione natururae ...
II. Descriptio globi intellectualis
III. Thema coeli
IV. De fluxu & refluxu maris
V. De principiis atque originibus secundum fabulas Cupidinis & Coeli ...
VI. Impetus philosophici
邦訳は、『随想録』『学問の進歩』『ノヴム・オルガヌム』『ニュー・アトランティス』があります。それぞれ何種類か出版されています。
しかし、ベイコンの基本的な自然観ということでは、『古人の智恵』に代表される神話(寓話)解釈が重要です。『古人の智恵』のなかには、パン=自然、クピド=原子、プロセルピナ=精気、というタイトルがあります。これを読むと、ベイコンの基本的な観点や基礎的な概念がわかるというだけではなく、ベイコンがいかにすごい思想家(独自の価値をもつ一級の思想家)だということがよくわかります。
日本語で読めるものとしては、ロッシの『魔術から科学へ』(原著1957、邦訳:サイマル出版、1970)に紹介・説明がありますが、英訳があるので自分で読まれるといいのではないでしょうか。私が昔ベイコンを読んで、ああ、ベイコンはすごいなと思ったのは、この神話解釈の形で展開される自然・宇宙観でした。1657年刊の『復活』は、演説と手紙が主ですが、一応、ちゃんとした書誌事項をあげておきます。
Resuscitatio, or, bringing into publick light several pieces of the works, civil, historical, philosophical & theological, hitherto sleeping
London : Printed by Sarah Griffin, for William Lee, and are to be sold at his shop in Fleetstreet, at the sign of the Turks-head, neer the Mitre Tavern, 1657
出版したのは、同じくローリー。最初に彼の手になる伝記が付されています。目次は次の通りです。
The life of the honourable author by William Rawley(1588?-1667)
Speeches in Parliament
Certain treatises written, or referring to Queen Elizabeth's times
Severall discourses written, in the dayes of King Iames
Several letters written ... to Queen Elizabeth, King Iames, divers lords, and others
Other letters ... written in the dayes of Queen Elizabeth
A confession of the faith
[役に立つ社説 ]
8月16日付けの読売新聞社説に「鉱物資源高騰」という記事があります。これはほんとうにめずらしく役に立つ社説です。
最近、原油価格の高騰は連日報道されますが、その他の鉱物資源も大幅に値上がりしているという情報です。
希少金属の、バナジウム、モリブデン、インジウムは、6倍から8倍値上がりしたとあります。
基礎鉱物の原料炭、鉄鉱石、銅、鉛もおよそ2倍値上がりしたのだそうです。
こういう情報提供は役に立ちます。
ちびどもは、どうも5時代のようです。私は7時半。涼しくなって、暑い時期よりずっと遅くまで机に向かっているせいです。
台風接近中
朝の8時、風はまだ強くなっていませんが、雨はたまに強く降ります。どうも関東にやってきそうです。→深夜、東京直撃かも知れません。[フランシス・ベーコン(ベイコン) Francis Bacon,1561-1626 ]
フランシス・ベイコン(日本語では通常「ベーコン」と表記されることが多い)の思想がいわゆる17世紀英国のベイコン主義(当時この言葉はありません)の成立に現実的に具体的にどういうふうに関わったのか、実は、きちんと究明されていません。(デカルトとカルテジアンについては、対照的にわりとしっかりとした研究の蓄積があります。)
ニュートン以前、17世紀英国のベイコン主義の代表格は、おそらくボイルでしょう。自然誌や実験誌という経験主義的方法をベイコン主義と名付けて、ボイルとベイコン、あるいはベイコン主義の関係を一般的に論じた研究はもちろん数多くあります。(ボイルの経験主義的研究方法についてよい研究というのもある。)しかし、ボイルが具体的に、いつ、ベイコンのどういう著作を読み、どう影響されたかについては、研究史は空白とはまで言わないまでもとても薄い。
私はこれまで、ボイルが科学研究を開始した直前とその前後に出版された、デカルト、ガッサンディ、ファン・ヘルモントとボイルの関係については具体的に調べてきました。しかし、ベイコンとの関係については、着手しないできました。
最近、その点がどうも気になります。ということで、調べはじめました。
調べはじめたばかりですが、今後の作業を進めるための作業仮説として、ボイルがベイコンを本格的に読み、ベイコンに強く影響されたのは、ボイルの知的経歴の比較的あと、具体的には中期以降ではないかという見通しを持つようになりました。
(ボイルが科学研究を開始した1649年夏から、『空気のバネとその効果に関する自然学-機械学的な新実験』 (1660)、 『いくつかの自然学のエッセイ』 (初版,1661; 第2版, 1669) 、『懐疑的化学者』(1661) を出版して科学者としての名声を確立するまでを、 Early Boyle, or young Boyle 初期ボイル、若きボイル、と呼んでいます。)
そのひとつのしるしは、本の表題頁に付される引用句です。
その最初の例は、『聖書のスタイルに関する考察』(1661) に付されています。「あなたの言葉は、私の舌になんと甘いことか。それは蜜より甘い。」という意味の『詩篇』からのヘブライ語(!)での引用です。その下に、「神の霊感を受けた書物(聖書記)はすべて正しきものの訓育、再証明、訂正、教示に役立つ」という意味の『テモテ書』からのギリシャ語の引用です。
2番目の例は、『色に関する実験と考察』(1664) に付されています。それは次の通りです。
Non fingendum, aut excogitandum, sed inveniendum,
quid Natura faciat, aut ferat. Bacon.
「自然のなす業は、捏造されたり、想像されたりすべきものではなく、見出されるべきものだ。」
編者は、この引用句の出典を、Novum organum (1620), ii, 10 としています。
3番目の例は、『冷に関する新実験と観察、即ち冷の実験誌の開始』(1665) にあります。付されている言葉は、上の2番目のものとまったく同一です。
4番目の例は、『さまざまなテーマに関する折々の省察』(1665) 。
Omnibus Rebus, omnibusque Sermonibus,
aliquid Salutare miscendum est. Cum imus per
occulta Naturae, cum divina tractamus, vindicandus
est à malis suis animus, ac subinde firmandus.
Sen. Natural. Quaest. Lib. 2. cap. 59.5番目の例は、『形相と質の起源』 (1666, 1667) 。
Audendum est, & Veritas investiganda; quam etiamsi
non assequamur, omnino tamen propiùs, quàm nunc sumus,
ad eam perveniemus. Galen.
編者は、出典を Galen, De utilitate respirationis I, in C.G. Kühn (ed.), Claudii Galeni opera omnia (20 vols. in 22, Leipzig, 1821-33), iv, 472, 3-9 としています。
6番目は、『発散気の性質に関するエッセイ』(1673) 。
-- Consilium est, universum opus Instaurationis 「我々の目的は、哲学の大革新の全作業をおおくの事物において前進させることにあり、少数の事物において完成させることにはない。」
(Philosophiae) potius promovere in multis, quam
perficere in paucis. Verulamius.
編者は、出典をベイコンの『自然誌・実験誌』(1622)に見出しています。Francis Bacon, Historia naturalis et experimentalis ad condendam philosophiam; sive phenomena universi (1622)
7番目は、『自然哲学と比べた場合の神学の優越性』 (1674) 。
Felicitatem Philosophi quaerunt; Theologi inveniunt; 「哲学者は幸福を追求し、神学者は幸福を見出すが、真の宗教者のみがそれを保持する。」
soli Religiosi possiunt.
出典は、不明とのこと。
8番目は、『理性と宗教の調和可能性についての考察』 (1675) 。
Homines absque rerum discrimine incredulos esse, 編者達は、Bascon, Novum Organum のなかにこの言葉を見出すことはできなかった、と記しています。
summae est imperitiae. Verulam. in Novo Organo.
9番目は、『人間の血液、特にその精気に関する自然誌のためのメモワール』 (1684) 。
Etsi enim haud pauca, eáque ex praecipuis, 6番目のものとほぼ同一。(同一箇所を別様に引用したものです。)
supersint absolvenda, tamen consilium est
universum opus potiùs promovere in multis,
quàm perficere in paucis. Verulam. in
Praefat. ad Histor. Natural. & Experiment.
10番目は、『自然の通常の観念の自由な探究』 (1686) 。
Audendum est, & veritas investiganda; quam etiamsi 5番目のものと同じ、ガレノスの『呼吸の効用について』から。
non assequamur, omnino tamen propius, quam
nunc sumus, ad eam perveniemus. Galenus
以上で全てです。
整理してみましょう。11点中、ベイコン:5点(2と3、6と9は同一なので、内容的には3箇所からの引用)、ガレノス:2点(同一箇所の引用なので、内容的には1点)、セネカ:1点です。
つまり、ベイコンが圧倒的に多い。本の表題ですから、たしかにボイルの科学方法論のイデオロギー的役目をベイコンが担ったということは言えそうです。
ベイコンの作品のうち、使われているのは、『ノヴム・オルガヌム』と『自然誌・実験誌』の2作品です。さて、我々は『ノヴム・オルガヌム』という著作名に慣れていますが、正確に言えば、ベイコン自身にこのタイトルの著作はありません。1620年に出版された著作名は、 Instauratio magna(大革新)です。その最初の部分に、大革新の計画が記されています。
Distributio operis. Eius constituuntur Partes sex.
Prima; Partitiones Scientiarum.
Secunda; Nouum Organum siue Indicia de Interpretatione Naturae.
Tertia; Phaenomena Vniuersi, siue Historia Naturalis & Experimentalis ad condendam Philosophiam.
Quarta; Scala Intellectus.
Quinta; Prodromi, siue Anticipationes Philosophiae Secundae.
Sexta; Philosophia secunda, siue Scientia Actiua
この1620年に出版された『大革新』では、この6部のうち、第2部「ノヴム・オルガヌム」と第3部への準備(Parasceue, ad Historiam Naturalem, et Experimentalem) だけが収められています。つまり、『大革新』(1620) の主たる内容は、「ノヴム・オルガヌム」です。1645年オランダで出版された版では、「ノヴム・オルガヌム」をタイトルに選んでいます。内容的にはそれでよいわけですが、事情を知らない者にはかなり紛らわしい。
さて、大革新の第3部『自然誌・実験誌』ですが、1622年に出版された著作のタイトルは次の通りです。
Historia naturalis et experimentalis ad condendam philosophiam, siue, Phaenomena vniuersi : quae est Instaurationis magnae, pars tertia
訳せば、次のような感じでしょうか。「哲学の基礎づくりのための、自然誌と実験誌、あるいは宇宙の現象。大革新の第3部をなす。」
さて、この書の目次にあたる部分は、次のようになっています。
TITULI
Historiam & Inquis-
tionum in primos sex men-
ses destinatarum.
Histria Ventorum.
Historia Densi &
Rari, nec-non Coitionis,
& Expansionis Mate-
riae per spatia.
Historia Grauis & Leuis.
Historia Sympathiae, &
Antipathiae Rerum.
Historia Surphuris, Mercu-
rij, & Salis.
Historia Vitae & Mortis.
つまり、「風の自然誌」「濃と稀の自然誌、ならびに空間における物質の同一と膨張の自然誌」「重さと軽さの自然誌」「事物の共感と反感の自然誌」「イオウ、スイギン、エンに関する自然誌」「生と死の誌」という6種類が計画されていたことになります。しかし、実際、この書に収められたのは、「風の自然誌」のみです。(残りは断片のみの収録。)ですから、後の版では、 Historia naturalis et experimentalis de ventis (風の自然誌・実験誌)というタイトルが付けられています。こちらの方がもちろんわかりやすい。
→せっかく一昨日、この書をダウンロードしてきたので、現実のページ数を示しておきましょう。
Preface, pp.1-17.
Norma Historiae praesentis, pp.19-28
Historia Ventorum, pp.29-246
Historia Densi &Rari, pp.247-256
Historia Grauis & Leuis, pp.256-9
Historia Sympathiae, &Antipathiae Rerum, pp.260-4
Historia Surphuris, Mercurij, & Salis, pp.265-271
Historia Vitae & Mortis, pp.272-285
(やはり、せっかくダウンロードして手元にあるので、ボイルが本のタイトルページで2度引用する、ベイコンの『自然誌・実験誌』の言葉の引用箇所を同定し、その部分をまるまる引用しておきましょう。
引用箇所は、pp.11-2 です。(序文のなか)(" " のなかが引用箇所)
"Etsi enim haud
pauca, eáque ex praecipuis,
supersint in Organo nostro
absolvenda, tamen consilium
est, universum opus Instau-/(p.12)
rationis, potius promouere
in multis,quàm perficere in
paucis," hoc perpetuò, maxi-
mo cum ardore, ( qualem
Deus Mentibus, vt planè
confidimus, addere solet )
appetentes, vt quod adhuc
nunquam tentatum sit, idne
iam frustrà tentetur.
つまり、ボイルは、"in Organo nostro" と "Instaurationis" という著作名を省略して引用しています。
)さて、『自然誌・実験誌』(1622) の6番目にあげられている「生と死の誌」は、翌1623年に出版されています。
Historia vitae & mortis. Siue, titulus secundus in historia naturali & experimentali ad condendam philosophiam: quae est instaurationis magnae pars tertia
このサイトでベイコンの『生と死の誌』について触れたことがあります。テーマの中心は、長寿法です。
では、のこり4つのタイトルはどうなったか。「濃と稀の自然誌」は、物質の比重をあつかったものです。ファン・ヘルモントやボイルにとってとても重要なテーマです。これは、1658年にローリーによって遺稿集として出版されています。
Opuscula varia posthuma, philosophica, civilia, et theologica Francisici Baconi, Baronis de Verulamio . ; nunc primum edita, cura & fide Guilielmi Rawley . ; vna cum nobilissimi auctoris vita
この書は次のものを含みます。
Nobilissimi auctoris vita.
Historia densi & rari.
Historia, sive inquisitio, de sono, & audibilibus.
Articuli inquisitionis de metallis, & mineralibus.
Inquisitio de magnete.
Inquisitio de bersionibus, transmutationibus, multiplicationibus, & effectionibus corporum.
Topica inquisitionis de luce, & lumine.
Epistola ad Fulgentium.
In felicem memoriam Elizabethae Angliae reginae.
Imago civilis Iulii Caesaris.
Imago civilis Augusti Caesaris.
Confessio fidei
「音の自然誌」「金属と鉱物に関する探究項目」「磁石に関する探究」「物体の変成・増殖に関する探究」「光に関する探究項目」とともに、「濃と稀の自然誌」がやっと1658年に日の目を見たわけです。
1658年というのは、ボイルが科学者として名声を確立する直前です。とくに、比重測定は、ボイルの科学にとって中心的事項でしたから、この書の出版がボイルに与えた影響は、重く見ておく必要があります。
なお、ベイコンの自然誌に関しては、もう1点重要な著作があります。それが、ベイコンの死の翌年、ベイコン付牧師ローリーによって出版された『森の森』(Sylva Sylvarum, 1627) です。英語で記されています。
全体は、10のセンチュリーに分けられています。センチュリーというのは、百です。もとはローマの「百人隊」を指した言葉だそうです。内容的には、項目を百ごとにまとめる、整理するというぐらいの意味です。ボイルも実験日誌は、センチュリー(百項目)方式で記しています。百項目方式は、別にベイコンの専売特許というわけではありませんが、ボイルは、ノートをとる基本的手法をベイコンの『森の森』に倣った可能性もかなり高いと言ってよいでしょう。雨のすきまをついて、次の荷物が届きました。アマゾンのマーケットプレイスで月曜日に注文したものです。
Michael Hunter,
Robert Boyle: By Himself and His Friends : With a Fragment of William Wotton's Lost Life of Boyle,
London, 1994
ゲラをマイケルさん本人にもらったので、本の形態では持っていなかったですが、22日の夜ふとアマゾンで検索をかけてみると、2506円で売っています。新品で買うと、1万円程度します。2500円程度なら、お買い得だと思って(もちろん、使いたい箇所もあったのですが)発注したものです。上のマイケルの本を見ていて(一部読んで)、次のものを ECCO からダウンロードしました。
Eustace Budgell,
Memoirs of the lives and characters of the illustrious family of the Boyles,
The third edition, carefully corrected. London, 1737
ちびどもは?。 私はひとり遅れて、8時20分。予報通り、涼しい。[早稲田大学図書館:EEBO]
一昨日、早稲田に EEBO が入っていることを報じましたが、早稲田のサイトをよく見ると、 EEBO へのアクセス権は7月1日スタートとあります。はじまったばかりでした。
これまでは、あまり説明を読まずに使ってきましたが、すこしサイト内の説明文を読んでみました。引用してみましょう。
Early English books (STC 1):「英国で近代的な印刷が始まったのは15世紀後半とされる。以後17世紀までに印刷出版された英語文献はおおよそ80,000点にのぼる。特にピューリタン革命の1640年までに出版された文献のほとんどはA.W.Pollard & G.R.Redgrave(eds.), A short-title catalogue of books printed in England, Scotland, & Ireland and of English books printed abroad. 1475-1640(STC 1)に収録されている。この目録改訂2版をもとに散逸していたこの当時の印刷文献をマイクロ化・保存し、世に公開しようというプロジェクトがはじまったのは、1938年のことであった。以後50年をかけて1988年に完成をみるに至った。
STC 1は、26,500点以上の資料を含む。」(いくらか文章を簡潔にしました。)
Early English books (STC II):「Donald Wing, Short-title catalogue of books printed in England, Scotland, Ireland, Wales, and British America and of English books printed in other countries, 1641-1700 (STC II)に基づく。収録点数は、約50,000点以上。」(いくらか文章を簡潔にしました。)
The Eighteenth century:「STC-I・STC-IIを受け、18世紀の英語刊行物についても1977年より作業プロジェクトが開始された。Eighteenth century short title catalogue:ESTCに収録されている50万タイトルの内、各分野の専門家が20万タイトルを厳選してマイクロ化した。」(いくらか文章を簡潔にしました。)
→ということで、EEBO には、約8万点程度の出版物が収められていることになります。「18世紀」には20万点。
ちびどもはおそらく6時。私はひとり遅れて、7時40分。昨夜いつもよりずっと遅くまで起きていたせいです。夏期登園日の2日目。ちいさいちびは、どういうわけか幼稚園行かない、行かない、と言います。まあ、でも、みんないっしょに行くよ、と言って、でかけました。幼稚園の入口でも、行かないと言ってごねていましたが、そこは、幼稚園の先生方が慣れています。うまく、なかに入れてくれました。(どうも、幼稚園のなかにエアコンも扇風機もなく、暑かったようです。)
今日私は、駒場へ。駅前のコピー屋さんに3点のコピーを渡し、駅前のマックでフィレオフィッシュとアイスティを買って、科哲の院生室にお邪魔しました。 EEBO から何点かダウンロードするのが今日の主たる目的です。冷房が効かず、暑さは大丈夫なのだろうかと心配でしたが、それほど気温が上がっておらず、扇風機だけで十分耐えられました。
理由はわかりませんが、ダウンロードの速度が遅い。30K から 50 Kぐらいです。これだと、我が家の3分の1から2分の1。つまり、2倍から3倍時間がかかると言うことになります。ハンバーガーをもぞもぞ食べながら、ぼちぼち作業を進めました。ダウンロードを待っている間は、部屋のなかにインストールされている様々な雑誌・書籍を手にとって見ていました。この時期ですから、1時間半で本日打ち切りにしました。生協で数点の文房具を買い、先ほどの製本物を受け取って帰ってきました。パソコンとコピー3点がけっこう重く、西荻までまっすぐ帰り、駅前のいつものお店でチャンポンを食べて帰りました。
結局本日の収穫は7点。ベイコン2点、ガッサンディ3点、デカルト1点(『省察』ラテン語版)、ベガン1点。目的だったのは、ベイコン(『自然誌』のラテン語版)とガッサンディ(ペイレスク伝英訳)とベガン(プリンシーペの使った英訳)です。
Gassendi, Pierre, 1592-1655.
The mirrour of true nobility and gentility: being the life of the renowned Nicolaus Claudius Fabricius, Lord of Pieresk, Senator of the Parliament at Aix,
englished by W. Rand
London : Printed by J. Streater for Humphrey Moseley, 1657.
Institutio astronomica, juxta hypotheseis tam veterum, quam Copernici et Tychonis,
London, 1653
Philosophiae Epicuri syntagma, continens canonicam, physicam, & ethicam,
London, 1660
Beguin, Jean.
Tyrocinium chymicum, or, Chymical essays: acquired from the fountain of nature and manual experience,
London, 1669
Descartes, René, 1596-1650.
Renati Des Cartes Meditationes de prima philosophia in quibus Dei existentia, & animae humanae corpore distinctio demonstrantur : his adjungitur tractatus De initiis primae philosophiae juxta fundamenta clarissimi Cartesii, tradita in ipsius meditationibus, nec non de Deo & mente humana : cum nova methodo qua traditur doctrina de praedestinatione & gratia authore LambertoVelthusio,
Londini : Excudebat J.F. pro Jona Hart, 1664
Bacon ,Fraincis, 1561-1626.
Baconiana, or, Certain genuine remains of Sr Francis Bacon, baron of Verulam, and viscount of St. Albans,
London, 1679
Bibliotheca Baconia, or, A collection of choice English books...,
London, 1686?
Historia naturalis et experimentalis de ventis Francisci Baronis de Verulamio, Vice-Comitis Sancti Albani, Historia naturalis et experimentalis ad condendam philosophiam: siue, phaenomena vniuersi: quae est Instauratoinis magnae pars tertia. ,
Londini : In officina Io. Hauiland, impensis Matthaei Lownes & Guilielmi Barret, 1622.
帰宅すると、ちいさいちびが落ち着きのない目をしています。気分が直らないようです。臨時のお絵かき教室に行っていたおねえちゃんが帰ってきて、いっしょに夕ご飯を食べることからやっと普通にもどりました。台風が接近しています。予報では、木曜日から金曜日にかけて、どうも日本列島のどこかにぶつかるようです。そのせいか、夕刻に激しい雨。すぐに止みましたが、しばらく雨模様の日々が戻ってくるようです。
ちいさいちびがおきて、6時。起きあがるのは、私ひとり遅れて、7時20分。朝方わずかの間、雨。雨のせいか、いくらか涼しい。今日と明日は、ちびどもの夏期登園日。2日でもありがたい。私もあわせて、大学に出ます。研究のこと、大学の事務のことでいろいろ処理すべきことがあります。
ということで大学に行って来ました。まず、2台のパソコンを同時に使ってデータの整理。CD-R を十数枚持っていったので、時間がかかりました。
おなかがすいてきたので、まず図書館に寄って文献複写依頼の書類を書き、提出。次いで生協に頼んでいた製本を受け取りました。それから昼食。11時過ぎに食堂にはいりましたが、客は私を含めて3人。この時期はそんなものでしょう。
会計課に書類を提出したあと、研究室で再度データの整理作業。もっていったものは一応全部処理しましたが、暑いときには集中力が続かず、1時で終わりとしました。
なお、学会の編集委員会宛に次の本が届いていました。(書評用の献本)
ブレンダ・マドックス (著), 福岡 伸一 (監訳), 鹿田 昌美 (翻訳)
『ダークレディと呼ばれて:二重らせん発見とロザリンド・フランクリンの真実』
化学同人、2005年8月、ISBN: 4759810366、¥2,940 (税込)
いろんなところで評判になっています。よい本のようです。久しぶりの幼稚園で疲れたのでしょう、ちびどもは今日もはやくに寝付きました。よく寝ています。ちびどもが寝付いてから、8月上旬以来ずっと机の半分を占めていたゲラを処理しました。一通り、表も作成しました。まだ2点届いていない原稿がありますが、それはあとから送ることにして、これで第3号64頁の全体が一応揃ったことになります。印刷所はわりとしっかりとお盆休みやお正月休みをとります。たぶん、ちょうど仕事再開の時期ではないかと思います。
[早稲田大学図書館:すばらしい!]
以前、早稲田大学図書館にEarly English Booksのマイクロフィルム版が入っていることをある方に教えてもらい、ここでお知らせしました。
昨夜、ふと、ガッサンディで検索をかけてみました。早稲田大学が Early English Books Online と機関契約していることがわかりました。しかも、ファイルにリンクを張っています。早稲田のドメインからでないとそのファイルにアクセスできない仕組みになっていると思いますが、早稲田のドメインが使える方にはこれはとても便利です。
またまた、やってくれました、早稲田大学。
(早稲田では、どなたがこういう方面を引っぱっているのでしょうか? ご存じの方がいらしたらお教え下さい。)
なお、ガッサンディでは、41点がヒットします。1990年の前後に、2点、重要なリプリントがありました。そうしたものを含め、ガッサンディの著作は早稲田にほぼ揃っています。
同じタイトルで、 [microform] [electronic resource] の両方があるものは、EEBO のものと見てよいでしょう。ガッサンディでは、次のものがそうです。
Institutio astronomica, juxta hypotheseis tam veterum quam Copernici & Tychonis, 1653, 1675
Institutio logica ; et, Philosophiae Epicuri syntagma, 1660,1668
The mirrour of true nobility and gentility being the life of the renowned Nicolaus Claudius Fabriciu, 1657
Philosophiae Epicuri syntagma, continens canonicam, physicam, & ethicam, 1660, 1668
Physiologia Epicuro-Gassendo-Charltoniana, 1654
The vanity of judiciary astrology. Or Divination by the stars.1659
ちいさいちびがおきて、7時前。昨日に続き、薄い雲がかかっていますが快晴。午前中は、つまがちびどもを近所のプールに連れていってくれました。最近夜が遅くなっているので、その間は休憩していました。
昼食後、おおきいちびがマジックに行きたい、マジックに行きたいと言います。吉祥寺のマックでマジックがある、のだそうです。あまりよくわかりませんでしたが、まあ、いいだろうと、吉祥寺へ。
マジックというのは、「エスエス製薬 presents マジックショー」というもので、この土日、1回20分のマジックショーを1日に8回行う催しでした。会場についたときに、ピョンちゃん(今回のイベントのキャラクター)がちょうどやってきて、だっこピョンちゃんを配っていました。マジックショーはその30分後に予定されています。30分どこか近所に寄って行こうかと言ったのですが、ちびどもは、隣でやっている抽選会に並ぶと言います。仕方がないので、待つこととしました。
気温は高いのですが、強いと言ってよい風がずっと吹いていて、野外の暑さはそれほどでもありませんでした。ちびどもといっしょに時間前に会場の前に座って開演を待ちました。マジックショーというのはいったい何だろうと思っていたら、若いお姉さんがステージに出てきて、踊っています。おおきいちびは、マジックは?と聞いてきますが、まあそのうち、と言っているうちに、その踊っていたお姉さん二人で、古典的なカードマジックとボックスマジック、それから箱のなかにひとりが入って外から剣で串刺しにするというマジックを見せてくれました。大音響で音楽をずっと流していて、説明がなかったので、ちびどもがどこまでわかったのかはわかりません。
マジックショーが終わってしばらくしてから、抽選のために並んでいたつまが抽選の番だよとちびどもを呼びました。各自3回くじをひきました。
おおきいちびがおなかがすいたというので、会場隣のマックで、簡単なおやつにしました。(ちびどもは、ほんとうは、ハッピーセットのおもちゃがほしいだけです。)その後三越地下で夕食を買って帰ってきました。
ちびどもはとりあえず満足だったようです。夜もサザエさんを見終わったあと、すっと眠りについてくれました。
ちいさいちびがおきて、6時20分。昨日と同じぐらいの晴れ。→雲一つないとまではいきませんが、雲のほとんどない快晴。気温は上がりましたが、日中でも日陰を吹く風は気持ちがよい。[ガリカの絵]
ガリカではこれまでテキストのみを追いかけてきました。ふと、サーチのページにある、イラストを見てみました。カラーのイラスト(挿絵)がしっかり撮影されていました。貴重なイラストです。
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ちびどもを風呂に入れてやっていると、ちいさいちびがいきなりもどしました。洗い場にもどしたので、すぐに流すことができましたが、ほんのちょっとしたきっかけでもどします。よく食べた日に限ってもどすことが多い。
眼鏡を替えた影響でしょう、目と目の奥が痛い。鼻の穴で照準するのはわかりましたが、遠近両用の対応に目と頭が対応し切れていないようです。
かぞくそろって7時過ぎ。今朝は天気もよく、もしかしたら久しぶりに雨の心配のない一日になりそうです。[Gallica]
今朝"ML history of chemistry" =chem-hist@listserv.uni-regensburg.de= で流れた情報です。
High Energy Physics Libraries Webzine の最新号に次のガリカに関する有用な論考が掲載されています。
Natalie Pigeard-Micault (Bibliotheque nationale de France),
"Science and the History of Science on Gallica"
(in English)
(in French)
著者がビブリオテーク・ナショナールの方なので、事情がよくわかります。物理と数学の事例を比較して記述しています。[16世紀研究会]
はじめて16世紀研究会に出席することとしました。11時から駒場で開始。
ちびどもが外出するのにあわせて外出し、いつも通り、まず駒場駅前のマックで定番(フィレオフィッシュとアイスティー)朝食をとったあと、コピー屋さんに、コピーするべき書類と製本すべきコピーを渡しました。それから、図書館へ。図書館周辺はまた工事をしています。今日の目的は次の論文です。
Majer, Jiri,
"Ore Mining and the Town of St. Joachimsthal at the Time of Georgius Agricola",
GeoJournal 32(1994)2,pp.91-99
なお、GeoJournalの第32巻第2号は、ゲオルグ・アグリコラ生誕500年記念号となっています。10点近い論考が掲載されており、有用です。
その部分ももちろんコピーをとってきました。
11時前に会場につくと、H氏とN氏。結局、今日は、私を含めて8人の出席。はじめてお会いするのは、S氏のみでした。
昼食をはさみ、3時頃に終了。
暑い日でしたが、同じ時間帯にもうひとつ研究会が開かれていました。先端研の方でも別の研究会があったということです。みんな暑い日に重なりました。[GeoJournal第32巻第2号(1994)]
In Commemoration of Georgius Agricola, 1494-1555
Kurt Biedenkopf, "Introduction", p.83
Hans Prescher, "Dr. Georgius Agricola, 1494-1555", pp.85-90
Jiri Majer, "Ore Mining and the Town of St. Joachimsthal at the Time of Georgius Agricola", pp.91-99
Radan Kvet, "Mineral Mining on the Bohemian Side of the Krusne Hory Moutains (Erzgebirge) up to the Time of Agricola",pp.101-
Harald Thomasius, "The Impact of Mining on Woods and Forestry in the Saxon Erzgebirge up to the 19th Century", pp.103-12
Helmut Schröcke, "Mining and German Settlement in Slowakia, an Historical Summary", pp.127-13
Anne-Hilde Nagel, "Norwegian Mining in the Early Modern Period", pp.137-149
Maria Antonietta Bocchici Varani, "Agricola and Italy", pp.151-160
Annette Bouheiry, "The Iron Library and its Agricola Collection", pp.161-7
Peter Tschudin, "The Basle Letterpress Printing - The Cradle of Agricola's Main Works", pp.169-171
Gert Richter, "A few Aspects of the Public Esteem of Agricola", pp.173-8
Wolf Tielze, "Postscriptum", p.179.
→このなかで、もっとも力作なのは、ハロルド・トマジウス(この古典的な名前!)氏の「19世紀までのザクセン・エルツ山脈において、鉱業が森に与えた影響」のようです。立派な地図がついています。
→オリジナルな科学史の論文というものはありませんが、地理学的に有用な情報があります。ちょうど上の目次を打っているときに、上からちびのもどす声。今日はとくに咳をしていなかったのですが、シーツの上にも服にももどしたものがついています。お風呂場の床にも夕食が相当量。喉になにかがかかっていたのかもしれません。ともかく、ほんのちょっとしたきっかけでもどす子です。
ちびどもがおきて7時。起きてすぐ、ゴミ出しに外出した際、ごくわずかに雨がちらつきました。すぐに止みましたが、今日もにわか雨がありそうです。このまま、雨っぽい夏のまま、秋がやってきそうです。[予選最終戦]
ワールドカップ予選の最終戦、日本対イラン戦を昨夜見ました。点を取るまでの時間帯の日本の動きはよかった。後半は、音声を消して、見ていましたが、明らかにお互いに動きが止まりました。それでも、大黒の2点目(記録上はオウンゴール)の前のサントスのシュート時の動きはよく、それがコーナーキックからの得点に繋がりました。
まあ、イランの動きがいまいちだったことも事実ですが、日本の目指すサッカーがはっきりしたことが収穫でしょう。ちびどもがお友達のお家に遊びに行ってから、マッサージ屋さんへ。40肩/50肩の調子はぼちぼちです。とくに悪いわけでもなく、とくによくなったわけでもなく。
整体師の方が7〜8人いて、たぶん、その場の回転で、空いた人が担当してくれる仕組みになっています。ですから、行く度に、どなたがマッサージをしてくれるのかわかりません。今日の担当の方は、はじめてですが、肱のまわりをかなり強くやってくれました。それによれば、肱のまわりの筋肉もかなりかたくなっているのだそうです。ふと痛みを感じる部位ははっきりしていて、右肩の後ろの上側です。ですが、ほかにもかなりかたくなっている筋肉があり、マッサージを受けると痛みでそれがわかります。
全快までにはいましばらくかかりそうです。
ちいさいちびは5時。私は、7時前。昨夜は涼しく、今朝もまだ涼しい。ちいさいちびはおきてすぐに、またきのうのところへいきたい、といったのだそうです。楽しかったようです。[神島(かしま)]
たまに地方の新聞を読みます。紀南の代表的新聞、紀伊民報に神島:南方熊楠が残した森という特集がありました。けっこう勉強になります。
ナショナルトラストに指定された天神崎には、思い出があります。こどもの頃よく、父に連れられて遊びに行っています。父は、釣りが目的。私はこどもの頃からあまり釣りにはむかない性格で、ついていって、ひたすら磯遊びをしていました。磯の小動物を探るのと、波と戯れるのが面白かった記憶があります。
天神崎がナショナルトラストに指定されるころには東京に来ており、地元での運動の経緯は詳しくは知りません。神島は、対岸に見るだけで、行ったことはありませんが、一度行ってみたいという気持ちをこどものころから持っています。
こどもの頃は、森でも林でも山地を平気で動きまわっていましたが、たぶん今は裏山でさえもあまり動けないと思います。[昼寝]
こどもはこどもですから、何か具合が悪いとごねたり暴れたりします。どうもちいさいちびが睡眠不足。おやつのあと、実に久しぶりに昼寝をさせることとしました。おおきいちびもいっしょに昼寝。妻が添い寝。
その間に私はちびがいるときには、手のつけられないことを処理しました。2階のベランダから手の届く範囲の木の葉を切り落としました。また、家の外の道路の雑草と伸びすぎた庭木(正確には庭木ではなく、やはり道の端にはえている木ですが)の枝を剪定しました。
さて、ソファーの上にいくらかおしっこがもれて、先にちいさいちびが起きたあと、おおきいちびが目覚めましたが、寝起きが悪く、お手洗いに入ったあと、最初は「動けない」、次は「息ができない」と大泣き。大人でも、昼寝から目覚めたとき、うまく身体が目覚めないことがあります。身体が冷えて、身体がいつもの感覚に戻らなかったのでしょう。お風呂に入れて、身体を暖めさせると、やっと普通に戻りました。
ちいさいちびが起きて暴れて、6時45分。雨は上がっていますが、曇り。いくらか涼しい。→と書いた途端に、雨が落ちてきました。今日も雨模様。[鼻の穴で照準]
昨日電話で確認したところ、先週の月曜日に行った青山の眼鏡屋さんで、オーダーしたレンズができあがっているとのことでした。
そして、ちびどもとの約束で、この夏一度は、青山のこどもの城に連れていってやる予定でした。
ちょうど都合がよいので、今日、両方を同時にすませることとしました。
車に乗って、青梅街道にはいった途端、妻は久しぶりで緊張するとのこと。まず、途中でガソリンスタンドを見つけて、ガソリンを補充することが今日の目標のひとつでした。最初に寄ることができたガソリンスタンドは、なんと昨夜の雷で故障して、回復の目処が立っていないとのこと。びっくり。
中野坂上で、青梅街道から山の手通りに入ります。山の手通りが、地下鉄かなにかなのでしょうか、大工事の最中。がたがたする道を通っている最中に、ちょうどよいガソリンスタンドがあったので、そこで給油。はじめてのガソリン補給です。走行距離が約200キロで、約3千円強でした。そこから割り出すと、当分、我が家の一ヶ月の平均的ガソリン代は、千円から2千円の間におさまると計算できます。
遠出の際のナヴィゲーターの役目は私です。地図上では、山手通から、オリンピック通りに左折して、明治通りに入る予定でした。しかし、実際に車で走っていると、どこで曲がればよいのかわかりませんでした。わからないまましばらく行くと、246と高速が目に入ってきます。
ということで、一番最初に考えたもっとも単純なルートを辿ることになりました。ルート246は、渋谷から先通称青山通りです。地図で調べた際に、こどもの城の駐車場への入り口が難しかったのですが、近づくと大きな「P」のマークが見えました。あれだけ大きく表示されていると、さすがにすぐにわかります。出発時の計算通り、ほぼ40分で到着しました。地下3階の駐車場に無事車をとめることができました。
渋谷や新宿のような巨大ターミナルは、当分使わないようにと思っていた妻は、かなり緊張したようです。
そこから、妻とちびどもは、こどもの城のなかにはいっていきました。私は、徒歩で、青山の眼鏡屋さんへ。約20分の距離。車中、すこしだけ、雨がぱらつきました。歩いていて、雨が心配だったのですが、眼鏡屋さんまでは大丈夫でした。レンズを替えるだけなので、15分程度で用は済みました。前のレンズでは、いまいち、老眼対応部位の使い方が身についていなかったので、どういうふうにすればよいのか問うと、鼻の穴で目的の文字を照準するような気持ちで、という回答を得ました。なるほど。たしかに、前のレンズより、手の平分ぐらい手前で活字を見ることができるようになっています。
古いレンズは、眼鏡ケースに入れて、外に出ると、雨。すぐ近くのコンビニで500円の傘を買って、再度こどもの城へ。11時10分ぐらいに着きました。朝早くから動き始めているので、もうおなかがすいています。1階のこども対応レストランで、昼食。ちびどももおなかがすいていたようで、よく食べます。
ちびどもは音楽ルームに、私は3階の待機所へ。1時間ほど座っていると、ちびどもがやってきました。さすがに夏休み。すごいこどもの数です。プレイルームはとてもゆっくり遊んでいられる状況ではありません。雨が上がって、外がオープンしたようなので、外(屋上)のプレイスポットに連れ出しました。シミュレーションゲームというのでしょうか、宝探しゲームをやっていましたが、ちびどもにはちょっと無理ではないかと判断して、別の屋上へ。屋上プールのある場所です。雨だったので、プールはやっていないかと思っていたのですが、雨が止んでから、オープンしたようです。ちびどもの水着の用意はしていなかったのですが、子供用の水着は1着200円で貸してくれます。入場料も一人当たり200円。ちいさいちびが入りたい、入りたいというので、そのスペースに入りました。深さ50センチ弱、長さが25メートルのこども用プールです。そこで遊ぶかと思ったらちびどもは、おもちゃをいっぱい浮かべた、家庭でも使われる小さな円形の幼児用水遊びプールで、大半の時間を過ごしていました。
1時間ほど遊んで再び室内へ。私は、待合い場所で座っていましたが、ちびどもは工作室にはいって行きました。あまり長くいると、疲れてきて暴れはじめることは目に見えています。大きな壁に向かって絵の具で自由に落書きしていたちびどもを説得して、帰途に着くこととしました。時間的に言うと、おやつの時間です。1階入口で売ってあったちっちゃなポテトとたこ焼きを買って、車に乗り込みました。青山界隈では、駐車場料金は、半時間300円が相場のようです。6時間弱で3千円。
帰途は、来るときよりはずっとわかりやすい。青山通りから、オリンピック通りに左折して、山の手通りにぶつかったら来た道を戻ればよいと思っていたら、右折すべきところで、うまく右折のレーンに入れず、だったらそのまま直進すればよいと考えて、井の頭通りを直進して帰ることとしました。井の頭通りに入った途端、車の数が激減しました。途中で理由がよくわかりました。広い道かと思ったら、すぐに片側1車線の細い、しかも変に曲がりくねった道に変貌します。環7、環8、と青梅街道にもどる縦の道はあるのですが、わかりやすさを優先して、そのまま井の頭街道で来ました。車のなかに持ち込んだポテトとたこ焼きを途中で床に落として、おおきいちびはほとんどなきべそをかいていました。おなかがすいたというので、西高の側のロイヤルホストで一休み。おやつという話だったのですが、結局夕食にかわりました。
近くのセブンイレブンで、牛乳とパンを買って、車に乗り込みました。その先は、妻が通った自動車学校。そこからは道がわかるというので、ルートの選択を妻に任せて帰宅。
地図で予定したルートとは、往路、復路ともに違ってしまいましたが、はじめて都心方面にでかけたにしては、まずまずでしょう。
慣れるとなんてことはないのかもしれませんが、免許取り立てではじめて都心の道を走るのは相当に難しいだろうなと思いました。
ちびどもがおきて、6時すぎ。目覚めると、身体にうっすらと汗。昨夜、あまり気温が下がらなかったようです。今日も暑くなりそうです。夜の8時過ぎにぱらぱらと雨が降り始めました。明日にかけて雨模様。この地でどのくらい降るかはわかりませんが、相当強く降る地域が必ず存在する、そういう空模様です。→9時前に雷鳴がとどろき、雨が強く降り始めました。よく雨の降る夏となりました。→11時前には止みました。短い時間(おそらく半時間程度)ですが、雷光も雷鳴もそうとうなものでした。
昔買った、村上春樹『やがて哀しき外国語』(講談社文庫、1997)を折りにふれ少しずつ読み進めています。彼がプリンストンに留学していた頃のエッセイです。
アメリカの土地を踏みしめたことはまだ一度もないのですが、共感できる話が多い。「アメリカという国では「概念」というものが一度確立されると、それがどんどん大きく強くなっていって、理想主義的 (and/ or)、排他的になる傾向があるようだ」という指摘は、なるほどと思います。
そのちょうど1頁まえにある言葉「学問的下級霊」は、言い得て妙だと思います。「学問的下級霊」に憑かれた事例を数多くあげることができます。[千のキミア]
千を超えたあとも少しずつ作業を進めています。
整理の作業以外では、たとえば、鉱物学という語を入力すると、53点の著作がでてきます。それをすべてダウンロードしてストックしておくということをしています。19世紀の鉱物学の教科書や概説書が多いのですが、第1番に出てくるのは、キルヒャーの地下世界論(Mundus subterraneus, in XII libros digestus, Amstelodami : apud J. Janssonium et E. Weyerstraten, 1668 )です。もちろん、アユイの『鉱物論』全5巻もあります。(アユイのものはずっと以前にダウンロードしています。)
ちびどもが目覚めて、6時前。昨夜11時過ぎ、おおきいちびが下にことこと降りてきました。そうしたのかと思ったら、おなかがすいた! パンを食べさせてから、私も就寝しました。目が覚めたのは、痒みが原因のようです。昨日のようなむしむしする日に、虫に刺されると痒みが最高潮に達します。とくにちびどもはちょっと刺されるとおおきくはれるので、かゆみも大人のものとは違うようです。昨夜よく降った雨は上がっています。今日は普通の夏の日にもどりそうです。
[失敗 1 ]
近所のスーパーに買い物に行ってきた帰り、卵を冷蔵庫に入れていました。残り3個となった時点で、偶然手が棚の上においてあった麦茶の中ビンにあたり、ガラス製のビンが床に落ちて粉々。やってしまいました。こどもたちには、その場を動かないように言って、片づけ。ガラスの品質なのか、かなり小さな破片が相当遠くまで散らばっています。あとから帰ってきた妻に手伝ってもらって、何とか目に見えるものは全部片づけできたと思います。素手で拾ったので、手のひらに一箇所軽く傷が付きました。
けっこう神経も使いましたし、時間もかかったので、終了したときはおなかがすいていました。[失敗 2 ]
おやつのあと、ちびどもがJ-COM のアニメを一生懸命見ています。そうした時間は、邪魔されずに休むことも仕事をすることもできます。と思ったら、ちいさいちびがおしっこと言います。ビデオを見ている場合には、一時停止でトイレに駆け込むのですが、なにぶんリアルタイムで流れている番組。一時停止はありません。何度か止めようと試みて、最後はあきらめて、トイレに駆け込みましたが、数秒間に合いませんでした。便器の前でジャー。ああ、やってくれました。ちょうどお風呂を入れていたときなので、おしっこが終わるのをまって、そのまま、ちびの脇をもって風呂場まで駆け上がりました。
テレビ番組が面白かったので、トイレに行くタイミングを間違えたのでしょう。
本人は悪びれること一切なく、お風呂で水泳の練習をいっしょうけいめいしていました。
ちびどもは6時半ごろ。私は7時前。昨夜10時過ぎに強い雨。開けていた窓を閉めるタイミングが一瞬遅れただけで、階段がそうとうに濡れていました。雷鳴もとどろき、ちょっとした嵐のようでした。
夏の夏休み、とでもいうのでしょうか、昨日から今朝にかけての雨で、夏の暑さが一休み中です。秋とまではいきませんが、涼しいのはありがたい。
夕刻に雷鳴。雨は降っていません。たぶん、埼玉あたりで強い雨が降っているのではないでしょうか。
→今日は雨はもう降らないのかと思ったら、夜10時前に雨がぽつぽつと屋根を打つ音が聞こえはじめました。昨日ほど激しくはありませんが、それなりに降りそうです。お昼過ぎ、ちびどもが小爆発寸前だったので、30度以下でもあるし、近所の公園に連れていってやることにしました。井戸のある公園で、水をだして喜んだあと、少し大きめの公園へ。予想に反して、親子一組しか先客はいませんでした。蚊。そう、蚊がすぐに襲ってきます。私も、おおきいちびもちいさいちびも少なくとも一箇所刺されました。これはたまらないということで、撤退。おもちやさんで、お餅と最中を買って帰りました。おやつを食べて、一服したあと、約束なので、ビデオ屋さんに行って、ひとり一個でビデオを借りて帰ってきました。ハム太郎とキティちゃん。
帰るとややこしい書類が来ていました。ちびどもがビデオを見ている間、それへの対応。問い合わせの電話をかけたところ、お留守だったので、対応は完了していません。お盆明けまで休みますという留守電でしたので、お盆明けまで待つしかありません。
ちびどもといっしょに6時半前。夜半に雨。かなり降っていました。→7時22分、また雨が降り始めました。長く降る雨ではないようですが、今日は、雨模様。つまがちびどもを東急に連れていってくれている間に、久しぶりに整骨医に。帰宅してしばらくすると「近くに着いたが、ちいさいちびがもどしているので大至急来てくれ」の電話。なるほどちいさいちびはビニールの袋にいくらかもどしていました。急いで家のなかに入れ、服を着替えさせました。それが12時半。
我が家の昼食の時間はとっくに過ぎています。すぐに、テレビの前の小さなテーブルに全員ついて昼食。せっかくしっかり食べたと思ったら、喉に何かが引っ掛かったといってちいさいちびが床の上にもどしました。いつもはちゃんと流しの上に行ってもどすのですが、今回は間に合いませんでした。はやく処理しないと部屋に長い時間臭いが残るので、最初に昼食をすませていた私が処理にあたりました。[数字]
読もうと思って読まずにおいてあった『論座』の新興感染症関係の論考を読みました。
マイケル・T・オスタホルム「新型インフルエンザへの対策づくりを急げ」
ローリー・ギャレット「国家安全保障アジェンダとしての感染症―HIV・エイズからの教訓」
基本的な数字が有用です。エイズ
エイズによる死者の累積数:2600万人
現時点での発症者数:400万人
(以上、ギャレットから。)
現在のエイズの感染者数:3900万人
2004年度のエイズによる死者数:290万人
サーズ
トロントでは香港からたったひとりの感染者が帰国した結果、438人が感染し、43人が死亡。
2003年のサーズの発生により、アジア太平洋地域のフライトは前年比45%減、香港・アメリカ間のフライトは69%減となった。
現在タミフル(リン酸オセルタミビル)は、スイスのロシュ社のみで製造されている。
アメリカには現在10万5千台の人工呼吸器がある。そのうち、7万5千台から8千台が日常的に使用されている。
68年中国のブタは520万頭。現在5億800万頭。
68年中国のニワトリは1230万羽。現在130億羽。
(以上、オスタホルムから。)
以上、専門家は、東アジアから東南アジアで流行している鳥インフルエンザが人間に感染する(ウイルスの変異)可能性を真剣に危惧していることがわかります。
ウイルスの変異という点からすれば、中国の一部が「実験室」と呼ばれるほど、ウイルスが変異しやすい環境にあるようです。そういう意味で、サーズは非常によい教訓だったわけです。
政治・経済の問題ももちろんありますが、こういう点を含めて、中国とはしっかりと情報交換・協議できる関係を築く必要があります。すぐに仲良くなることは目指さなくてもよいので、その地域全体の安全を確保する施策について、総合的に協議していく必要があります。
→05.8.13 偶然見たテレビで、野中さんが小泉政権の抱える外交問題について的確にコメントしていました。6カ国協議では、明らかに韓国の言動が問題です。わかっている人がいるはずなのに、日本のメディアは、その点をはっきり指摘しません。
ちびどもといっしょに6時半。このぐらいがちょうどよい。相変わらず朝は曇り。今日は、1時から3時の予定で会議。→3時にならないうちに無事終了。→さすがに、8月中はもう会議の予定はありません。→次回会議の予定は、9月14日。おそらく、3つ以上の会議が開催されます。
ちびどもは、幼稚園のお友達のうちのプールに呼ばれていきました。たぶん庭に臨時の組立プールを用意してくれているのでしょう。
あとから話を聞くと、相当大きな組立プールだったようです。集まったのは、そこの一人っ子、うちのちびども2人、もうひとりのお友達の計4人だったということです。そこの一人っ子が男の子で、もうひとりのお友達の女の子は平気でついていったようですが、うちのちびどもは動きの激しさについていくことができず、15分でお家のなかに退避して遊ばしてもらったということです。帰宅して、ご飯を食べると、猛烈な睡魔が襲ってきました。20分〜30分、ソファーで寝てしまいました。
おお、これでは、父と同じです。父は、夕食後、テレビの音をものともせず、半時間ほど昼寝していました。テレビの音を消すと目覚めると、母は笑っていました。
こんな点が似てくるとは、不思議なものです。
なお、妻によれば、昨日水にはいって疲れていたのだろうということです。冷静な判断です。
ちびどもは6時。私は、7時40分。今週にはいって、ほぼ同じような天気が続きます。曇っていて、それほど気温は上がらない。しかし、湿度が高く、むしむしするというもののです。→ちびどもといっしょにプールにはいっていて気付きませんでしたが、相当強いにわか雨がお昼前にあったということです。たしかに、地面はしっかりと濡れていました。[夏休みモード 4 ]
ずっと家のなかにいると、とくにちいさいちびが機嫌が悪くなってあばれはじめます。いろいろ相談して、今日は、上井草の室内プールに連れていくこととしました。私の肩の日焼けの状態からして、屋外はもう耐えられないだろう、しかし、室内なら大丈夫、という判断によります。10時前にでて、10時20分頃プールに入ることができました。
上井草の室内プールには2種類の子供用プールがあり、ちびどもは2つを行ったり来たりしていました。私はただ側にいて様子を見ているだけです。(妻は2階からガラス越しに観覧。)たった4日間ですが、フジムラの水泳教室に通った効果はあったようで、水に慣れてきています。持っていった浮き輪はすぐに使わなくなり、かわりにプールサイドにおいているボードをもってきてつかっていました。
約1時間半水(水と言っても水温が30度を超えていますから、温水です)につかってから、食堂で昼食をとり、かなり広いキッズルームで遊ばせました。リレーのまねをして、走り回っていました。私は、横になって見ていました。
2時過ぎに、そこをでて、スーパーでおやつを買って帰ってきました。すごい運動をしたわけではないのですが、親は二人ともぐったり。ちびどもがハム太郎のビデオを見ている間、私はしばらく昼寝。
起きてから、郵便受けに届いていた、ゲラ(初校と2校)をチェックする作業を開始しました。2〜3時間で一応チェックし終わりました。ただ、まだ完成というわけではなく、いましばらく断続的に作業を続けます。
ちびどもは、5時半。私はひとり遅れて、8時前。昨夜、けっこう遅くまで本を読んだりテレビを見たりしていたせいです。12時すぎににわか雨。すぐに止みました。
昨日青山で買ってきた、宮台真司・仲正昌樹『日常・共同体・アイロニー:自己決定の本質と限界』(双風社、2004)を読みました。面白い。
仲正昌樹氏の本は、つんどくにしてありますが、読んでみようと思います。
少し前にあった、イラクでの人質事件に関する両者のコメントは、とても的確で、物事の本質を突いたものでした。もう1点、アーレントに関する評価にも納得がいきました。ほんと、あのときは、メディアの対応、政治家の対応、いわゆる活動家の反応に驚きました。口の悪い宮台氏は、民度の低さ、という表現をしていましたが、私は頭をかかえていました。
ちびどもといっしょに6時。つまがちびどもを荻窪に連れていってくれるのにあわせて、私は懸案の眼鏡屋さんにでかけることとしました。はじめは院生時代に大学生協の紹介でいったところですが、数年に一度という感じで、度数の更新、あるいはフレイムの更新をしています。
表参道の駅から歩いて、7〜8分の場所。
都心にでるのは久しぶりです。(最近は、都心にでるたびに久しぶりだ、久しぶりだと書いている気がします。)表参道の駅が改造中で、出口がよくわからず、交差点を2回渉らなければならない位置にでてしまいました。青山街道に沿って歩いていても、建て替え中の建造物が多く、都心も再開発が着々と進んでいるようです。
検眼の結果、老眼が進行しただけで、視力そのものはそれほど変わっていないことがわかりました。本を読むときの距離がおよそ10センチ程度近くなるように老眼の度をすすめて、レンズを作りなおすこととしました。
せっかくですから、帰りはリブロ青山によって行くこととしました。
宮台真司・仲正昌樹『日常・共同体・アイロニー:自己決定の本質と限界』双風社、2004
愛英史(原作)・里見桂(漫画)『ゼロ:ゴッホの解放―究極の贋作者―』集英社、2005
この2冊を買って帰りました。
西荻についたころから、にわか雨。帰宅して、数分して、ちびどもが帰ってきました。少々雨に濡れたようですが、まったく気にしていませんでした。[衆議院解散]
面白いので、参議院の郵政改革法案の採決の場面から、衆議院解散の場面まで、断続的にテレビを見ていました。
9月11日に投票。
余計な象徴的な意味は考えない方がいいのでしょうが、なんともすごい日にぶつけてくるものです。
ちびどもといっしょに6時半。[千のキミア]
千を突破した機会に、少し情報を整理していきたいと思います。
まずは、全集ものから。
全巻ダウンロードできたものには、ピエール・ガッサンディ;クリスチャン・ホイヘンス;ガリレオ・ガリレイ;アントワーヌ・ローラン・ラヴォワジェがあります。
フランシス・ベイコン全集は、全14巻のうち、4,5,7,8,13,14を除きダウンロードすることができています。(つまり、1,2,3,6, 9, 10, 11, 12がある)。ガリカがアップしているのは、James Spedding, Robert Leslie Ellis, Douglas Denon Heath の編集による1857-1874 全集版を、Frommann-Holzboogが1963年にリプリントしたものです。ですから書誌事項の表示はドイツ語になっています。もちろん、EEBO や ECCO を使えば、もとの出版物が入手できます。
ガッサンディは、全集版の他に、ジャイアント・フォリオ3巻本の『ディオゲネス・ラエルティウス第10巻注解』もゲットできます。
デカルトは、個別の作品はガリカでかなりゲットできますが、いわゆるアダン&タンネリ編のデカルト全集はガリカにありません。まあ、私も持っていますし、ちょっとした図書館にはあるので、とくに不便ではないでしょう。
ちびどもが杉並漫画ミュージアムに行っている間に、『月刊現代』をずっと読んでいました。『現代』にはまだジャーナリズムが生きています。NHKの特集が面白かった。
また、鳥インフルエンザに関して日本では報道されていない、中国の発生事例が詳しく紹介されており、けっして楽観は許されない、ということがよくわかりました。[東アジアカップ]
日韓戦を見ることができました。後半終了間際に、小笠原のコーナーキックを中沢が左足外側であわせて、1点をとり、日本が勝ちました。
若手で臨んだ中国戦、韓国戦を見ていて、阿部、村井はちゃんと通用することがわかりました。
ちびどもといっしょに6時。[夏休みモード 3 ]
木曜日に、仕事の書類が終了し、ああ、やっと夏休みと思った瞬間、疲れがでてきたようです。半分、夏眠かと思うほど、よく昼寝をしました。長い昼寝ではなく、30分から高々1時間までの昼寝を繰り返しました。
ちびどもも暑さとクーラーのせいで、疲れ気味。今日は近所の図書館に行っただけで、それ以上外出しようとは言いませんでした。私が牛乳やコーヒー豆等を近所に買い物にでるときにも、ふだんはついて来たがるのですが、今日は、行かない、お家にいると言います。気温35度、ということは、日陰のない道路上は、38度から場合によっては40度近くになっています。ちびが歩く気にならないのも当然です。起きている時間は、夏目房之介『マンガ学への挑戦:進化する批評地図』(NTT出版、2004)を読んでいました。
また、外出したおり、久しぶりに総合雑誌を2誌(『月刊現代』と『論座』の9月号)を買ってきて、ぱらぱらと読んでいます。
ちびどもはおそらく6時すぎ。私は、6時45分。引き続き真夏の朝。[千のキミア: 999]
ファイルの整理の目処がついたので、ダウンロードを再開。5点ダウンロードして、ちょうど999に達しました。
千のさきは、ぼちぼちと三千を目指そうと思っています。→いろいろ考えて、ちょうど千は、ニュートンの光学としました。1704年出版の英語版です。[夏休みモード 2 ]
もらったチケットで、今日は吉祥寺の劇場に行きました。「ママ・ピア」というオランダの子供向きの演劇です。ことばが心配でしたが、動き中心の劇で、観客の半数をしめるこどもたちは喜んでいました。我が家の場合、おおきいちびは笑っていましたが、ちいさいちびは、最初、ママ・ピアが大きな声を出すシーンでびっくりして泣き出しました。約55分の劇を最後まで見たのは、結局私とおおきいちびのみ。ちいさいちびは途中から気を取り直し、最後の方は見ることができたようです。
→チケットが机の上にあります。主催は、EU児童青少年演劇日本縦断招聘公演2005実行委員会とあります。劇団は、オランダのテアトロ・ムンガンガ。記憶に間違いがなければ、この種の劇団を28呼んだと言っていたと思います。
おおきいちびが起きて、6時。本格的夏
です。朝から日射しも強く暑い。最低気温27度、最高気温35度の日がしばらく続くようです。午前中に、事務に提出すべき書類を2点仕上げました。9月の会議のために、明日までにまとめる必要があった書類です。こどもたちが騒ぎはじめるまでが勝負と思い、起きてすぐにとりかかり、10時まででなんとかかたをつけました。
今は、午後2時半。ただ、机に向かっているだけで汗がでてきます。
[Driving Summer]
7月29日に妻が運転を開始して、今日でまる1週間が経過したことになります。その間の走行距離は、150キロ強。8月はおそらくもっとも走行距離が大きくなります。冬になると、0とまではいかなくても、ごくわずかになります。
今日は、いやがっていた駅前を通過してみました。西荻駅前は、狭くごちゃごちゃしていますが、集まっている車が多くないのですぐに通過できました。吉祥寺駅は、さすがにターミナル駅。広い道がありますが、駅前を通過するのにかなり時間がかかりました。
帰途は井の頭通り、五日市街道を経由して帰ってきました。妻は、井の頭通りもあまり通りたがっていませんが、理由がわかりました。井の頭通りは、片道2車線の通りですが、路上駐車が非常に多く、車は1車線分しか流れていません。たしかに、慣れないうちは、抵抗感のある通りです。背中と肩の日焼けがひどい。たぶん、そのうちに脱皮するでしょう。
そういえば、ちいさいちびの要望で昨日ウォータースライダーの順番を待っているときに、私の直前にいたお父さんの背中と肩は日焼けでかなりひどい火傷状態になっていました。全身まっくろに日焼けされていたので、水着野外派の方ではないかと想像しました。
そういえば、子どもの頃の夏休み、上半身裸&半ズボン(最近の子どもたちは穿かない太股丸出しの半ズボン)で外を駆け回っていた弟は、見事に全身まっくろになっていました。毎日川に泳ぎに行っていた私がどの程度くろかったのかは、自分のことなのでわかりません。
泳ぐと言っても、半分以上の時間は潜って魚を追いかけていたような記憶があります。川エビは、実用になるぐらい捕っていたと思います。その他は、捕獲量そのものはわずかで、ともかく追いかけ回すのが面白かった。[Hello, Mr. Lovejoy ! ]
平井さんのサイトで最近名前が頻出する、ラヴジョイさんは誰だろう? 知りたくなりました。検索をかけると一発目ででてきました。予想通り。
「こんにちわ、ミスター・ラヴジョイ!」
そういえば、彼に送るといったコピーを忘れたままでした。コピーをとる枚数が多いので、暇になってからと思っていたら、2〜3カ月が経過していました。
ちびどもがおきて7時前。おおきいちびはおそらく6時半。[夏休みモード1]
おそらくプール、水泳関係の場所は、お盆の前の今週末が一番混むだろうと予想されます。ちびどもがレインボープール、と言っているので、連れていくとしたら、それほど混まない今日か明日ぐらいがよいだろうということで、今日連れていくこととしました。
昨日行った小金井公園の少し先。道の混み具合がわからないので、余裕を見て、8時半すぎに出発しました。地図ではそれほどでなかったのですが、小金井公園からまだかなり距離がありました。とくに、昭和記念公園はそもそも広大な公園で、近づいてからの道がわかりづらかった。もっていた地図では、昭和記念公園近辺に関しては、大きな縮尺図しかありませんでした。地図ではわからなかったので、えいやと進むと、プールからは一番遠い駐車口に辿り着きました。そこからプールのあるところまでまわる気もせず、公園のなかをトレインで移動することとしました。予定よりかなり時間がかかって、公園のチケット売場についたのが10時前。トレインがすぐ来るわけでもないので、プールに到着したのが10時半でした。親はおなかがすいていたのですが、ちびどもは目の前の大きなプールに我慢ができないようで、先に水泳。水泳と言っても、もちろん、浮き輪につかまってぷかぷかと水遊びしているだけです。
ちいさいちびがウォータースライダー(ちびどもからは滑り台)を見つけてやりたいといいます。おおきいちびは、こわいから下で待つと言います。仕方がないので、ちいさいちびはまたのあいだに入れ、脇をもっていっしょに滑りました。大喜び。まあ、でも、お母さんが待っているからといいくるめて、お母さんの待っているところに一度もどりました。ちょうど、プールの休憩時間。簡単に昼食をとりました。(ホットドッグ)
ちいさいちびがどうしても滑り台をやりたいというので、3回だけつきあってやって、本日のプールは終了。
私はこの夏はじめてのプールでした。日焼けで肩と背中が痛い。
アイスクリームを食べさせて、園内バスで、砂川口にもどり、帰宅の途へ。
往路の五日市街道は片側一車線で細い。帰路は、幹線道路を選びました。公園から最初にぐんと北上して、新青梅街道に出ました。そこから、東に向かえば、荻窪-新宿方面です。正解でした。2車線なので、走りやすく、比較的すいていました。ちびどもがおなかがすいたというので、うどん屋さんによって、ちゃんとした昼食。
ご飯を食べる前はごねかけていたちいさいちびも気分が落ち着き、そこから、新青梅街道、青梅街道というふうに帰ってきました。家には3時半到着。
夕食前にシャワーを浴びましたが、もう、肩と背中が日焼けでぴりぴりします。
昭和記念公園は、こどもたちにはちょっと遠すぎました。[千のキミア]
ガリカ、引越し中。「千のキミア」プロジェクト完遂のために、ガリカからダウンロードしたファイルの引越作業を続行中です。量が多いと、それなりに時間がかかります。その間、新しくダウンロードするのは控えています。
ちびどもがおきて6時半。昨日よりはいくらか涼しい。ちびどもは今日も登園日。私はその間に、いつもの整骨医に行って、肩の治療。また少しかたくなっているので、よく動かしてくれとのことでした。手が身体の後ろ側に行くと痛みを感じます。
これからしばらく(お盆過ぎぐらいまで)夏休みモードに入ります。仕事は、朝またはちびどもの寝たあとにして、昼間の半分は、ちびどもにつきあってやります。
今日はためしに小金井公園まで行ってみました。はじめて行くには少し難しい箇所がありましたが、30分強で無事到着。子どもの遊び場も充実していましたが、小学生以上の子ども向きの遊具が多く、幼稚園児にはちょっと高度かもしれません。
ちびどもはまっかになって遊びまわり、おやつを食べ、シャボン玉をして、帰ってきました。帰り道は、曲がるべきところを一足先に曲がってしまいましたが、なんとか目的の幹線道路(青梅街道)に出ることができました。
ちびどもが車中でおなかがすいたというので、ドライブインスルーのできるマクドナルドに寄って、お子さまセット(名前を忘れました)を2つ買ってやりました。
車が苦手だと思っていたおおきいちびも、お母さんの運転だとまったく平気です。気分の問題もあるのでしょうが、田舎のおじいちゃんの運転方にも問題があるということがはっきりしました。
ちびどもがおきて7時前。朝は曇り。ここ何日かは、どうも日が昇るにつれて、晴れてくるというパターンのようです。暑い!
たぶん、気温よりも湿度の高さによって蒸し暑さが増大しているでしょう。ともかく、今日は暑い。予定通り、ちびどもの登園にあわせて、家を出て、大学に行って来ました。まず、2台のパソコンを同時に動かして、データの処理。ひといきついてから、今日が返却日の相互貸借図書を図書館に返しに行きました。見開きA3 よりも大きい(昔のジャイアントフォリオ並、あるいはそれより幾分横幅があった)本なので、両手でしっかりと抱えて図書館まで持っていきました。図書館には、おそらく涼をもとめてでしょう、わりと多くの学生が見られました。その後、入口で5分ほど待ってから、食堂に入り、一番はやい昼食。暑くてもおなかはすきます。しっかり食べてから、研究室に戻り、3点書類の処理をして、それから生協に製本を依託し帰宅することとしました。
あ、あつい。
外を歩くとあつい。[千のキミア]
現状で、994点。整理できていないものをあわせれば、千点は超えたと思いますが、整理できていないものは、半ばないに等しい。ということで、千の前に、ひとつのフォルダーに全部のファイルを集めるための引っ越し作業を今はやっています。
千のファイルを収めるためには、おそらく数十ギガの容量が必要です。今使っている私のマシーンは、全部あわせて20Gに足りない。大学のマシーンを母艦として使っています。
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