かぞくそろって7時半。今日も雪という予報で、雨戸まで閉め切りました。そうすると朝日が部屋に射し込みません。朝日がないと、ゆっくり寝てしまいます。
さて、いつのまにか今年も最後の日。寒い。朝一番で西友に買い出しに。たぶん、気温が2〜3度。帰り道はいますぐにでも雪が舞ってきそうな空模様になりました。→いつ降るかいつ降るかと思っていた雪は、お昼すぎに降り始めました。暖房のない場所では、冷えが足下から襲ってきます。→ずっとおうちのなかだとちびどもが元気をあまします。仕方がないので、外の道の雪かきをやらせました。降り始め2時間程度で道の雪かきをしてもあまり意味がないのですが、要するにちびたちの雪遊びにつきあって、雪をかき集めました。私もほとんど雪の降らない場所で育っていますから、雪が積もったときのうれしさはよく覚えています。昨夜、ちびどもが寝付いてから、買ってきたばかりの次の本を読み始めました。
大塚英志『物語消滅論:キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』角川書店、2004
大塚英志氏は、私と同年齢です。とても面白く、私にはよくわかる話です。
雪の降り始めまでに、読み終わりました。→21世紀に入ってから、私は、1990年以降の変化は一体何か、ずっと探っています。学生たちと話していても、明らかに変質した。しかし、それがどういう変化か、変質かという点に関しては、すっきりとした見通しが得られないという状況が続いています。(変化の最中にあるので、もちろん、終わった後に得られる見通しが今得られないのは当然なのですが。)同世代ということで当たり前のですが、大塚英志氏の時代の変化に対する立ち位置も、私自身の位置づけと同じです。すなわち、終わったといわれる近代の側に立ちます。
大塚氏の語り下ろしを読んで、ひっかかったことに一つに江藤淳のことがあります。昔は、感情が生ででている気がして、江藤淳の著作はきちんと読むことができませんでした。しかし、どうもその点が歴史や社会と格闘したひとりの文人の記録として貴重なのでは、と思うようになりました。とくに、関心をもったのは、彼の留学体験と帰国体験です。大塚氏によれば、彼の『アメリカと私』は日本で危機に陥った江藤淳の、いわば再生物語です。アメリカという「異界」で、日本に根ざす「自己」を発見した。
しかし、その物語には対が存在する。それが、『日本と私』という続編で、彼が1967年に発表したものの、単行本にはずっと収録しなかったエッセイです。江藤淳は、プリンストンから日本に帰ってきて、彼の地で得たはずの「自己」も「日本」も同時に喪失する。そして、深い空虚さに飲み込まれてしまう。
私も、神戸大震災の後、イギリス留学から帰国して、再適応にとても苦労した記憶があります。イギリス留学は、35歳ではじめて海外旅行し、生活で必要な場面で英語を使うはじめたの体験でした。もちろん、はじめてのことばかりで、日々新鮮だったということもあるでしょうが、多く語られる留学体験記ととくに差はないと言ってよいでしょう。しかし、帰国後のことは、あまり聞いたことがありませんでした。3月にオウムの地下鉄サリン事件があったということもあり、夏休み明けまでは、現実感覚がうまくつかめず、日本社会のなかで足場のない、浮いた感じをずっともっていました。
今でも、その1995年の体験がなんだったのか、自分のなかでうまく言語化することができないでいます。
私には、江藤淳のような留学による救済体験も、帰国による破綻体験もありませんが、江藤淳の留学記と帰国記は、自分の体験したことを知る、とてもよい手がかりになるのではと思ったのです。
おおきいちびが咳をして目覚めて、6時半。さすがに寒かったようです。
ちびどもとの約束だったので、朝方に家の前の雪かき。車の通る路にはもう昨夜から雪はありませんでしたが、我が家の前は、5軒のための私道で、半ば氷と化した雪が道の8割方に残っていました。歩いて外にでるにはとくに不便はないのですが、ちびどもが雪かき、雪かきというので、小一時間、雪かき。
その後、早めの昼食をとって、買い物。午前中に清算をすませると、お肉が3割引ということなので、全員で西友へ。西荻にもこんなに人がいたんだというぐらい混んでいました。ちびどもは私といっしょにチョコを買って、ベンチでおやつ。妻はその間に買い物をすませました。年末というのに結構書類が郵送されてきます。昨日は、7月末に非常勤でいった東京医科歯科大学から交通費支払いのための書類。お茶の水までの往復ですから、580円です。面倒だと思ったのですが、ちゃんと記入して送り返しました。
今日は、社会保険庁から郵便。何かと思ったら、一種の名寄せ作業のための調査票でした。就職する前に、国民年金(その他)に入っていたら、その番号を通知してほしい、というものでした。記憶にはそんなものはなかったのですが、就職する直前の3ヶ月間、国民年金に加入していたことが年金手帳から判明しました。あの時代は、年金のことなど全く考えていませんでした。
おおきいちびがおきて、おとうさん、したにいこう。眠かったので、がまんしなさい。つぎは、おなかすいた。それであきらめて起きて、7時15分。よく寝ました。外は、みぞれのような雨。→と思ったら、雪にかわっていました。ことしの初雪。ただし、地面につくとすぐにとけてしまう雪/雨で、こどもたちのよろこぶ積雪とはならず。→と思ったら、屋根や車のうえにはわずかにつもりはじめました。年賀状を出すのと、買い物があったので、おおきいちびを連れて、郵便局から近所の八百屋さんをまわりましたが、そろりそろりと歩いていました。→正午前には、みちにもつもりはじめました。[スターキー実験ノート目次]
科学史の部屋に、詳しいスターキーの実験ノートの目次を用意しました。
16点中、手紙が7点。実験室ノートが9点。
手紙のなかでもっとも有名なのは、1651年春ボイルに宛てたものです。このなかに有名な「鍵」が含まれます。故ドブズが1975年に出した画期的書物『ニュートンの錬金術の起源、または緑の獅子の狩ること』(邦訳は、その20年後、『ニュートンの錬金術』として平凡社から出版されています)において、初期ニュートンの錬金術実験研究のピークとして位置づけたテキスト「鍵」(ケインズ草稿18)です。
ドブズは、この「鍵」(ケインズ草稿18)がニュートンのものではなく、フィラレテース(スターキーの筆名)のものである可能性を重視しています。しかし、結局、その著述の正確さと内容の厳密さによって、ニュートンのものと判断しました。
しかし、1987年アイシスで出版した論文で、ウィリアム・ニューマンは、王立協会に保存されていたボイル書簡(第6卷、fols. 99r-100v)、すなわちスターキーが1651年春ボイルに宛てた手紙のなかに、その「鍵」がまるまる含まれていることを発見し、その部分を活字化しています。
その論文を読んだとき、これは大変だと思い、私も一字一句ドブズの掲載するテキストとニューマンの活字化を比較してみました。ボイル宛の手紙の方がいくらか詳しい点がある他は、まったく同一でした。すなわち、ドブズによってニュートンの著述とされたもののがスターキーのものである決定的な証拠です。
この「鍵」のテキストは6つ残っています。
1つ目は、ニューマンが活字化したスターキーの手紙。
2つ目は、オクスフォードのボードリアン図書館に保管されていたロック手稿C44(これは、1692頃の完全な筆写。)
3つ目は、王立協会ボイル草稿第30巻, pp.499-506(未知の筆跡による部分的筆写)
4つ目は、ドイツ語に訳された『ゲオルグ・スターキーの化学』(ニューレンベルグ、1722。手紙の全体のドイツ語訳。)
5つ目は、ドブズが活字化した、ケインズ草稿18。(一部省略されたラテン語訳のおそらく1675年頃の筆写)
6つ目は、グラスゴー大学に保存されている、ファーガソン草稿85。(やはり、一部省略されたラタン語の筆写ですが、ニュートンの筆写よりも長い。)
これほど多くバージョンが残っているのは、当時の錬金術サークルで重要だと見なされた証拠でしょう。
実験室ノートの9点ですが、多くはごく短い断片です。長い方からあげれば、ニューマン&プリンシーペの11番(1653年から1656年)がラテン語で90頁あります。(英訳がついての90頁ですから、実質はその半分以下です。)12番(1654年から1656年)がラテン語で87頁。この二つが長い。次は、10番(1650年代はじめ、1653年、1656年)でラテン語で29頁。その他は、一桁のページ数です。おやつの前頃、雪のなかを宅配便の方が我が家にやってきました。11月末に購入した次の本が届きました。なにか自分たちのものが来ると思ったちびどもは、おとうさんのものだと知ると、怒っていました。
矢島道子+和田純夫編『はじめての地学・天文学史』ベレ出版、2004
bh meeting で矢島さんにお会いしたので、この本のことを聞いてみました。すごい勢いで作られたようです。パワーがあることはとてもよいことです。
かぞくそろって7時。ちいさいちびは、めざめてすぐに、咳。もどしそうになりましたが、もどさずにすみました。
冬の朝。布団からでるのが寒い。やっと年賀状作成にとりかかることができました。ちいさいちびを妻がいつものお医者さんに連れていっている間に、写真の選定、基本的フォーマットの作成、見本印刷まで進むことができました。たぶん、5つぐらいのバージョンを作ることになります。
古い葉書で見本を印刷してみると、かなりひどい刷り上がり。何が問題なのか考えてみました。紙の問題かもと思い、インクジェット用年賀状の実物で見本刷りをしてみることに。見違えるほどきれいに印刷できました。紙でこれほどの差が生じるとは予想しませんでした。どうも年賀状を印刷しているうちに、プリンターのトナー(インク)が切れそうな具合です。ちびどもが公園に行っている間に、吉祥寺まで買い出しにいくことにしました。ラオックスで、カラー・インク2本セット、ブラックインク1本、それにCD-R メディア(10枚で663円)を買いました。
それから、駅ビルの地下で次の3冊の新書を買って帰りました。
竹内一夫『改訂新版 脳死とは何か』講談社ブルーバックス、2004年
大塚英志『物語消滅論:キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』角川書店、2004
Kang Sang-jung & テッサ・モーリス-スズキ『デモクラシーの冒険』集英社新書、2004
年賀状は半分まではできました。東京に初雪が舞うかもしれないという明日中には終了するでしょう。
ひとりで6時50分。ちびどもは、7時過ぎ。→やっとおおきいちびの風邪がほぼなおったようです。顔つきがふつうになりました。→と思ったら、どうもちいさいちびが風邪気味です。咳をし、鼻水をたらしています。この子が風邪をひくとたいへんです。ほんのささいなことで怒って泣きます。ひどく暴れることも少なくありません。[アエラ]
2日間、飲み会が続いた翌日なので、気分は土曜日なのですが、現実には月曜日。月曜日発売のアエラを割とよく読んでいます。月曜日大学に出るときに、電車のなかで読むのにちょうどよいので、買うことが多い。古田が表紙に飾っている本日発売号ですが、87頁の「明日はどっちだ!コメンタリー249:震災ケア」がたった1頁の記事ですが、なかなかよい記事でした。NPO 東京自殺防止センター創設者西原由記子氏に取材しています。ボランティアの基本がとてもよくわかりました。私はボランティアの体験はありませんが、実際にボランティアに行くとしたら、どういう場所に泊まり、どういうふうに食事をするのかはっきりとは知らなかったのですが、今回の記事でよくわかりました。交通費・食料・寝袋持参、これはよくわかります。宿泊所:キリスト教会。そうでした。お寺や教会がふさわしい場所でした。
他にも、そのボランティアの指導法がとてもよく考えられていました。体験に裏打ちされた、人間の機微に対応する合理性と言えばよいのでしょうか。
本当は今週号のアエラでコメントしたかったのは、アエラの得意技のひとつ、男女問題の特集です。今週は、「結婚難 男女の本音」。記事になる面白い事例を集めざるを得ないので、仕方がないのかもしれませんが、興味本位という点では面白いが、真実からはずれている、といつも感じています。
しかし、そのずれている点を私がうまく言葉にできるわけでもない。ことがらとしては単純だと思います。単純なことばであらわすこともできるでしょう。でも、まっすぐに伝わるかどうか、まったくわかりません。
「人には、だまされてみるもんだぞ」とつかこうへいに言われて結婚したいしはら・よしずみ氏のことばに、ひとつの真実が眠っています。[田舎からの荷物]
このうちに引っ越してからずっと年末年始には、和歌山のおじいちゃん、おばあちゃん(私の父母)が来ていました。しかし、今年は、田舎に不幸が続き、見合わせることとなりました。そのかわりというわけでもないのですが、おじいちゃん&おばあちゃん手作りのさとうもち(黒砂糖を混ぜて作るおもち。ほのかに甘いので、こどもたちの大好物)と 近所でもらったみかんとリンゴとなしとお菓子のはいった段ボール箱がおやつの時間に届きました。ちびどもはいまか、いまかと待っていたので、宅急便のおじさんがびっくりするぐらいの喜びで、玄関口に受け取りにでました。
おもちは、去年のことを考えても、たぶんお正月までもちません。けっこうな量送ってくれましたが、朝食べ、おやつに食べ、というふうに食べて、あっというまになくなってしまいます。
夕刻、おばあちゃんより、荷物ついたか?という電話があったのですが、ちびどもにも受話器をもたせました。ちいさいちびもやっとふつうの声で電話の受け答えができるようになりました。以前は、ふだんの声の大きさからは想像もつかない、蚊の泣くようなか細い声で話していましたが、この冬になってふつうの声で話せるようになりました。[妻怒る]
妻の国籍取得後のほぼ最後の手続きは、パスポート申請。もとのパスポートはもちろん返還していますし、外人登録証明証も区役所に行ったときに返還しています。現時点で、本人を証明できるものは、保険証のみです。そして、パスポート申請にはそれでは足りません。運転免許証があれば、いちばんよいのでしょうが、免許証はありません。写真入りの身分証明証として、学生証、職員証、社員証もOKですが、いまは何の組織にも属していません。つまり、その種の証明証をまったく保持していません。(写真入りの住民基本台帳カードというのもありですが、杉並区は住基ネットに参加しておらず、住民基本台帳カードを発行していないようです。)(年金手帳というのも可ですが、手元にあるものはまだ氏名変更されていません。)
電話で問い合わせると、印鑑登録証明書をとるようにいわれました。印鑑登録そのものは、区役所にいけばすぐしてくれますが、問題は、免許証等の本人が証明できるものがなければ、印鑑登録証明書が受け取れないという点です。こういわれた時点で、かなり頭にきたようです。そう、そこにはどうしようもない循環があります。
この循環は破ることはできませんが、区役所の方の説明では、結局、その人がその人であることを保証する人が印鑑登録証明書を添付して、人物証明をすれば、印鑑登録証明書を受け取れるということでした。うーん。
どこの組織にも属しておらず、国籍取得した場合、なんとも面倒な壁が存在するということになります。
原付の免許でもとるかと、私は言いました。
ひとりで6時40分。と思ったら、ちいさいちびが咳をして、もどしました。直前に飲んだミルクがよくなかったようです。
今朝は比較的暖かく感じます。→気温が高くなっていたわけではなく、昨夜のアルコールのせいで、私の新陳代謝がいつもよりも活発になっていたせいでした。けっこう、寒い日でした。午前中1時間ほどで昨日の編集委員会から持ち帰った宿題をこなしました。案件が少なかったので、はやくすみました。
[bh 駒場ミーティング]
1時から、第3回 bh 駒場ミーティング。平井さんからあらかじめ聞いていましたが、40名を超える盛会。1時から6時半まで6名の方が発表し、その後は、20名で下北沢まででて飲み会。20名の飲み会なんていうのは久しぶりでした。20名のうち少なくとも4分の1の方は中世を専攻されているというとても珍しい会となりました。私は、11時半に帰宅。(アルベルトゥス・マグヌス研究会がその場で結成されそうな勢いでした。「マグヌスの子どもたち」という名称までできあがりました。)
ミーティングの休憩時間や飲み会で、初対面の方あるいは久しぶりにあった方に、このページを読んでいるというコメントをもらいました。
ひとりで6時半。→薬のせいでしょうか、ちびどもはよく寝ました。おおきいちびの熱はひきましたが、顔はまっしろ。そして、涙目。午後から東大先端研で、編集委員会&理事会&忘年会。忘年会は、先端研から下北沢まで歩いていきました。体験したことのない料理を出すお店でした。帰り着いて、9時。明日も同じ建物(部屋は違います)。
先端研のお世話になっている建物は、事務室が工事中でした。ものすごい音。事務室は入口はいってすぐ右側で、左の奥(2F)の部屋のドアをしっかりしめて会議を行いました。
おおきいちびが目覚めて、ごほん、ごほんして、6時20分。みんなおきました。
おおきいちびはふだんはよく寝ます。しかし、昨夜は鼻がつまってほんとうに息苦しかったようで、12時過ぎに1時間ほど目が覚めていました。ずっと鼻を鳴らしていました。→ちびどもはいちど目覚めてしまえば、いたって元気です。合計3件の銀行での用事をこなしたあと、ちびどもを連れてお医者さんへ。ふたりとも軽い風邪とのこと。誰が見てもそうでしょう。駅前のコージーコーナーでちびどもに好きなケーキを選ばせ、鳥屋さんで丸焼き鳥を一羽買って帰りました。妻も軽い風邪のようです。薬を飲んだ後、3人そろってお昼寝。これですこし元気を取り戻してくれるでしょう。→結局、おおきいちびはお昼寝から目覚めると熱が出てきました。38度ちょうどぐらい。ちいさいちびは咳がでるだけでいたって元気。妻もまずまず回復していました。おおきいちびは久しぶりの発熱で、薬を飲ませるのにとても手こずりました。
おおきいちびといっしょに6時半。ちいさいちびもすぐに起きてきました。この時期は休日でも郵便局が動いています。3時過ぎに、重要書類が陸続と到着しました。
まず、妻の改名事項の記載された戸籍謄本(5通)
ついで、住宅ローンの新しい支払い予定表。(今後5年間の固定を選択)
手配旅行用請求書(ボルドー会議のための飛行機&ホテル)
妻のカード
帰化改名の場合どういう記載になるのかと思った戸籍謄本ですが、細かくいちいちの事項の前と後を載せていました。
というわけで、明日は、朝一番で手続きに走り回ることとなります。夕方に、アマゾンよりの荷物(妻の本)、郵便屋さん(カードは本人確認をする)、新聞屋さんの集金が来ました。23日の祝日はいつもよりずっと多くのものが来ました。年の暮れに向けて、ふだんよりずっと忙しく働いている方が多いのでしょう。
今度はおおきいちびが風邪気味です。しきりに鼻をくんくんしています。夜寝るときには、おとうさん、くるしい、と何度も訴えていました。鼻づまりで、いつもよりぼーとしていました。
&ちいさいちびも軽く風邪気味です。昼食後、久しぶりにおもいきり暴れてから、昼寝しました。1時間半。
私だけ遅れて、7時20分。ちびどもがいつ目覚めていたかは不明。[3人目]
妻が朝方、おとうさん、と呼びかけるので何かと思ったら、妻もリンゴ病でした。症状としては、ほっぺがまっか、ということと体調が少しよくない(軽い風邪に近い感じ)ということでした。冷たい場所ではほとんど症状が現れず、暖房のよく効いている空間やお風呂に入ったときにリンゴ化が目立ちます。ちびどもとまったく同じ症状です。感染経路は、X→おおきいちび→ちいさいちび→妻、と明白です。
リンゴ病の場合、ほっぺがまっかになるのでわかりますが、類似の病気の場合、本人はただ少し体調がわるい、ちょっと風邪気味か、で気がつかないうちに終わっていることも多いのではないでしょうか。夜の10時半に日本のアマゾンより荷物が届きました。妻が注文した品です。(何かはわかりません。)宅急便がこの時間まで働くというのは、驚きです。おそらく、年末は、ふだんにまして休みなしで働いておられるのではないでしょうか。
かぞくそろって6時半。夜半、ちいさいちびの咳がとまらなくなりました。おそらく半時間から小一時間ほど。ICU の公開講演会「科学史フォーラム」における、平井さんの発表「ルネサンスの種子の理論:中世哲学と近代科学のはざ間で」を聞いてきました。ICUで世話役をされている高木さんが車で大学(東京外語)まで迎えに来てくれました。大謝謝!
大学ではすこし片づけもの。ICU では久しぶりに村上陽一郎師匠や伊東俊太郎先生(学生時代の先生なのでやはり先生という呼称がつきます)とお話することができました。平井さんから日本ではほとんど見ることのできない資料を頂戴しました。大謝謝!
1点は、医学史雑誌です。詳しくは、平井さんご本人のページをご覧下さい。
H. Hirai, "Le concept de semence de Pierre Gassendi", Medicina nei Secoli, 15 (2003), pp. 205-226.
この雑誌に収められている他の論文の目次(邦語訳あり)もあります。
もう1点は、ドイツ語の鉱物名辞典。
→気になるので日本での所在を調べてみました。 Medicina nei Secoliは、第1シリーズの卷15-21<1978-1984>と新シリーズの第2巻(1990)だけ九大医学部にあります。日本で九大医学部分館だけですから、お目にかからないわけです。
おおきいちびといっしょに6時。雨はあがっています。曇り。→今日はあまり気温が上がらず、寒い。午後は会議。→会議は、1時間40分程度で無事終了。時間に余裕があったので、帰り道吉祥寺で降りて、メトロノームを買いに。パルコに楽器屋さんがあったと思い、パルコへ。しかし、楽器屋さんはなく、HMV にかわっていました。すぐにかわりの場所を思いつかなかったので、歩いていれば思い出すかも知れないと思い、駅ビルに沿って歩いていると、新生堂の楽器店が駅ビルの外側にあったことを思い出しました。
NIKKO のもっとも標準的なものを3600円で購入。
ちびどもにはおもちゃに見えるようです。取り出すと、しばらく遊んでいましたが、10分ほどでピアノの上に設置することができました。
ひとりだけ遅れて、8時。身体が冬休みモードに入ったようです。疲れがとれるともとにもどるでしょう。今日も好天。→ちびどもが寝た後、雨音。明日にはあがるようですが、ぽつぽつ降っています。次の本が日本のアマゾンより届きました。
George Starkey, Alchemical Laboratory Notebooks and Correspondence
Eds. William R. Newman and Lawrence M. Principe
Chicago: University of Chicago Press, 2004
私にとっては待望の書物でした。実物は、予想と少し違いました。
最初に、謝辞、序、編集、略記号、簡易スターキー伝、に35頁を宛てています。ついで、資料(Documents)として次の16点が活字化されています。
1. Letter to John Winthrop Jr., 2 August 1648
2. Laboratory Notebook Fragment; before Spring 1651
3. Letter to Robert Boyle, Containing "The Key"; ca. April/May 1651
4. Letter to Johann Moriaen, 30 May 1651
5. Laboratory Notebook Fragment, December 1651
6. Letter to Robert Boyle, January - February 1651
7. Laboratory Notebook Fragment; February - March 1652
8. Letter to Samuel Hartlib, Undated (ca.1652-55)
9. Letter to Frederick Clodius, Undated (ca.1653-54)
10. Laboratory Notebook, early 1650s, ca.July- August 1653, and January- March 1656
10A. "A Perfect Day Book," 11-14 December 1655
11. Laboratory Notebook, before mid-1653 ―March 1656
12. Laboratory Notebook, ca. November 1654 ―August 1656
13. Prefaces to the Epistle to King Edward Unfolded, 1657
14. Laboratory Notebook Fragment, ca. late 1657-58
15. Autobiographical and Laboratory Notes, September 1658 to 1666
16. A Letter to Philip Frith, January - May 1663
336頁。さらに、附録として、化学記号、グロッサリー、索引がpp.337-352を占めています。スターキーの実験ノートは大部分ラテン語で記されています。編者による英訳がページの下部に添付されています。手紙は大部分英語です。(モリアンとクロディウスあてのものだけがラテン語で記されています。)
予想と違っていた第1点は、もうすこし長い解説があるかと思っていたことです。序は、編集上の簡単なコメントにとどめています。もう1点は、実験ノートがもう少し長いかと思っていたことです。
資料(本文)以外の部分に目を通しました。スターキーのおそらく失われたであろう著作リストがなかなかに興味深かった。
アメリカのアマゾンで見ると、この本は、12月31日出版となっています。日本に在庫のあるもの、日本にすぐに来るものに関しては、日本のアマゾンは仕事が速く、よい。
おおきいちびといっしょに7時半。よく寝ました。→本日も好天。ちいさいちびのリンゴ病ですが、小康状態です。(リンゴ病がこんなに長引くのかどうかわかりませんし、小康状態と言うのかどうかも疑問ですが。)ほっぺは、暖かい場所に行くと途端に真っ赤に。寒い場所だとふつうです。咳は、リンゴ病と関係あるのかないのかわかりませんが、1日に何度か咳き込むことがあります。一度咳がではじめると、10分程度は止みません。寝る前に、お手洗いに行ったら、身体が少し冷えてそれから咳がはじまりました。布団のなかにはいっても咳は止みません。と思ったら、もどすと言って、もどしました。もどした後、咳はやっとおさまり、寝付いてくれました。
[クエ]
たまに地元のニュースを見ます。紀南にクエという鍋物に重宝されている大きな魚がいます。そのクエの、150センチ、51キロの大物が私の通っていた高校の近くの漁港に水揚げされた というニュースが出ていました。我が家ではお客さんが来たときの鍋はかなりの確率でクエでした。
以上、地元らしいニュースでした。
ちびどもといっしょに7時20分。ちびどもがよく寝てくれたおかげで、昨日のアルコールもすっきり抜けています。好天。しかも、暖かい。→と思ったら、強い風が吹いて、そのせいでずいぶん寒く感じます。気温そのものはそれほど下がっていないようです。
[残る仕事]
年内授業はもうありません。月曜日に会議が一つ。これはいわば私が主催なので、少し準備も必要ですし、その後も宿題が残りますが、まあ、1月2月でこなしていけばよいでしょう。書類はほぼ処理しましたが、妻の国籍取得&改名関連のものが残っています。杉並区役所に行って住民票登録をしたのが、12月7日。区役所の方から本籍地に連絡が行って、本籍地で決済されるまで通常2週間かかるということでした。ですから、12月21日前後に戸籍に登録されることになります。その戸籍謄本を入手してから、おそらく5〜6件の改名手続きが必要になります。御用納めを考えると、すべてが完了するのは、幼稚園や大学の冬休みが終わるころになりそうです。
ひとりだけ遅れて7時半。昨日の会議で疲れたようです。
ちいさいちびが夜中の1時頃に咳をしてもどしました。苦しそうでした。昨日大学に次の本が届いていました。
アルベルトゥス・マグヌス
『鉱物論』
沓掛俊夫編訳、朝倉書店、2004
とても貴重な仕事です。
年内木曜日最後の授業。3限の講義では、試験問題を配付しました。
&年末コンパ。幹事の学生がとってくれたのは、駅前のよりみち。私ははじめてはいりましたが、思ったより広い店内でした。お客さんも大勢いました。6時スタートで9時半まで。帰宅すると、郵便受けに、山本おさむ『天上の弦』2(小学館、2004)が届いていました。就寝前に読んでしまいました。
(全身にでた発疹の元となっている病気のせいでしょう)ちいさいちびの咳が夜中止まらなくなって、3時。→朝一番で医者に診てもらいました。ちいさいちびの発疹は、やはりリンゴ病のようです。ただし、気管支にすこし腫れがあるということで、せき止めの薬だけもらってきました。会議の日。午後1時からは私の司会すべき会議。その後用事のある方が多くいらしたので、30分強で終了しました。
大学院コース委員会。こっちも30分強で終了しました。
大学院教授会。3時半開始予定でしたが、けっこう遅れました。さらに、議論が途中から紛糾しはじめ、終了は7時半となりました。最近ここまで紛糾したのは珍しい。
帰宅するとちびどもは当然すやすや。私は、夕ご飯をとり、風呂にいった後、持ち帰った宿題をこなしました。[消えゆきつつあるメディア]
私が大学で使っているマックには、フロッピードライブがありません。アップル社はずっと前にフロッピー・ドライブを止めています。私の今使っているマシーンと大学のマシーンの間のデータのやりとりですが、基本的には、メールの添付ファイルを使っています。しかし、数が多い場合には、実は ZIP を使っています。容量100Mの古いジップです。最近あまり見かけないので、amazon.co.jp で調べてみました。アイオメガのZIP ディスクはまだすぐに買える状態(1枚およそ1100円)でしたが、フジフィルムのものは品切れでした。すぐに消えてしまうことはおそらくないと信じますが、廃れつつある記憶メディアであることはまちがいないようです。記憶メディアの主流は、現時点では、CD-R や DVD-R と言ってよいようです。
アマゾンにおけるZIPメディア
[ウェブの変貌]
1995年にインターネットが一般に普及しはじめて、10年が経とうとしています。当初は日本語のコンテンツが貧弱だと言われていましたが、今はその声もあまり聞きません。検索も、グーグルが1999年に出現して、様変わり。ヒット率がずいぶん高くなりました。1995年から1999年にかけて、もっと爆発的に普及したのは、携帯電話。21世紀に入ったときには、大学でも98〜99%の普及率になっていました。
私がホームページを開店して、少しずつ動かしはじめたのが1997年。最初は月に1〜2度の更新だったのが、21世紀に入る頃からほぼ毎日更新するようになりました。
ここにきて、明かなウェブの変貌を知覚しています。ルーティン化したと言いましょうか、あ、こんなサイトがある、という驚きがとても少なくなりました。毎日、あるいはほぼ毎日、面白い毒舌を披露してくれていたサイトの店じまいがけっこう目立ちます。
先日、院生が、ウェブ・ソサイアティというのでしょうか、誰か個人の紹介によって参加できる、ある種昔のフォーラムのようなものを教えてくれました。(正式の名称は忘れました。)インターネットに強いスポットライトがあたることで忘れ去られた形になっていたのが、そう、パソコン通信時代のフォーラム。私も、ニフティのフォーラムにはかなり世話になっています。(他では得られない、現場の、専門的、あるいは準専門的知識を獲得することができた。)ジャンク・書き込み、スパム・書き込み、悪口の応酬等々の影響を受けない、フォーラム的なものを求める気分はじわじわと広まっているのではないでしょうか。blog の動きとあわせて、時代の気分の変化を感じます。武田徹氏が12月12日付けで紹介されている、「インターネット掲示板におけるイラク人質事件の投稿分析:Yahoo!掲示板の場合」をpdf でダウンロードして読みました。ストレートに語れば、こんな閉鎖的で後ろ向きの声ばかりで共鳴しあっても仕方がないと思います。ただし、そういう声の(実は多数的)存在を知っておくことは必要でしょう。やれやれ、とほほ、です。
最相葉月氏によるLife Scinece Informationに、新連載コラムとして、「私が体外受精を止めた理由」が5回分アップされています。体外受精の実際がよくわかります。現代医療のはらむ非人間性が象徴的な仕方で浮き彫りにされています。
かぞくそろって、6時45分。ちびどもにはこのぐらいがちょうどよい。>今日は寒くなるようです。年度計画点検・評価データというもののうち、私の担当する部分の下案を作成しました。(旧)国立大学に、中期目標・中期計画が導入され、さらに1年毎の年次計画を文科省に提出することが義務づけられました。その年次計画の、本年度分について、執行状況を点検・評価データという形でまとめるものです。全国の国立大学法人の先生方でこの仕事があたっている方のなかには、悲鳴をあげておられる方がかなりいるのではと思われます。
お風呂のあと、ちいさいちびの全身に発疹が出ていることが判明しました。朝からほっぺがへんにまっかで、虫さされかかぶれかと思っていたのですが、発疹でした。おおきいちびが少し前に罹っていたリンゴ病か、あるいは、また別の病気です。発熱はないので、ちびは平気な顔をしていますが、明日の朝一番で医者に連れていくこととしました。
昨日発注した、次の本が日本のアマゾンより届きました。夜の9時過ぎ。
The Chicago Manual of Style: The Essential Guide for Writers, Editors, adn Publishers ,
15th edition, University of Chicago Press, 2003
ハードカバーで1000頁近い(956頁)大きな本でした。値段は、¥ 4,754。ここまで大部だとは思いませんでした。ほぼ網羅的に必要事項を記載しているようです。年賀状を購入。130枚。うちはこのぐらいです。
[クリスマス会]
幼稚園のクリスマス会。午後1時から3時間。ちびどもは、革靴をはいて、きれいな服を着ることができるのがうれしい。おおきいちびも2年目ですから、去年よりは緊張の度合いが少なかった。
先生方の出演による劇「ブレーメンの音楽隊」のときには、ちびどもはみんな大喜びしていました。生後おそらく6ヶ月ぐらいのあかちゃんまで喜んでいました。
おおきいちびといっしょに6時前。ちいさいちびは昨夜何度も起きて、ミルクと言っていました。
今日はまた暖かい。一昨日の気温に戻るようです。年末の書類の処理をひとつひとつこなしています。今朝は、大学に出る途中、日本科学史学会、科学技術社会論学会の年会費を支払い、ISIS(アメリカの科学史学会)の更新手続きを行いました。大学では、妻の改名手続きを行いました。担当の事務の方が親切な方で、思ったよりもずっとスムーズに進みました。ひとつ、書類を持って帰りました(国民年金の改名届け)が、いきなり書き損じてしまったので、再度書類をもらって記入する必要があります。
もともとフロイディアン・ミステイクは多かったのですが、老眼の進行とともに増えてきました。よく見えていないのに、つい惰性で記入してしまいます。今の眼鏡は遠近両用ですが、老眼部は最低の度数しかはいっていません。日常的にも視力が落ちた気がしますから、一度眼鏡屋さんで検眼をしてもらった方がよいかもしれません。月曜日の授業は今日が年内最終日。約束通り、試験問題を公表して、少し早めに切り上げました。年末までには、(授業以外に)まだすこしまとまった量の仕事をこなさないといけません。
おおきいちびが、おとうさん、おしっこ、と言って6時。昨夜もすこし遅く、まだ眠かったのですが、仕方なし。→お手洗いにたつと、雨の音。久しぶりのまとまった雨かと思えば、1時間ほどであがりました。気温は低い。→雨は上がったかと思いましたが、小雨がお昼過ぎまで降り続けました。雨が上がってから、ちびどもを荻窪まで連れていきました。おもちゃ売場で遊ばせたあと、おやつ。外の気温が低かったので、暑めに暖房が入っています。ちびどもは顔をまっかにして、汗をかいていました。食事中に下着を1枚脱がせました。室外と室内の温度差が大きいと体調管理がたいへんになります。[新宿地下食品売場街]
金曜日に記した、新宿東口の地下食品売場街ですが、もし引っ越したのであれば、どこに引っ越したのか、ご存じの方があればお教え下さい。やはり、気になります。
昔よく使っていたのは、魚力という魚屋とニュークイックという肉屋です。ウェブで調べてみると、この2店は関東圏にかなり広く展開しています。ある意味で当たり前ですが、店舗間の格差がけっこうあるようです。新宿地下の魚力は、ともかく安かった記憶があります。
魚力ホームページを見ましたが、どうも新宿からは撤退したのではと思われます。気になるので、ニュークイックも調べてみました。ニュークイックホームページによれば、北海道から神戸・広島まで東日本を中心にほぼ全国的に展開しています。(四国と九州はなし。)ニュークイックに関してはとくに新宿地下店が懐かしいということはありません。
とても暖かい日でした。1ヶ月前の気温だそうです。[『デスノート』:これはおもしろい]
ひとりだけ遅れて8時20分。ちびどもが何時に起きたのかはわかりません。>遅くなった理由は、夜中、つい、大場つぐみ(原作)/小畑健(漫画)『デスノート』を手にしてしまったせいです。これが、とんでもなく、面白い。入手している4巻全部読んでしまいました。そのせいで、ふだん就寝する時間よりも3時間ほど遅くまで起きていることになったものです。今日も会議。午後早稲田に行って来ます。→早稲田の理工学部。なんと、受験以来人生2度目の早稲田理工学部です。ほぼ20年ぶり。学会をいろいろやっていたということもあるのでしょうが、国立とは違って、土曜日もいくぶんかやっていました。授業もすこしあるということでした。予定通り、2時間で打ち合わせを終了しました。
12月はいつもの月と違って、日曜日以外は何かしら仕事や用事があり、外出しています。冬休みになるまでそういう日が続きます。
[レッズ対マリノス]
Jリーグの年間チャンピョンを決める試合は、1対0でレッズの勝ち。第1戦が1対0でマリノスの勝利でしたから、延長戦。しかし、延長戦にはどちらもゴールなし。結局PK戦で、マリノスの勝利。ほんのすこしですが、マリノスの方が巧妙でした。
おそらく5時半には目覚めていたおおきいちびが、おとうさん、おしっこ、と言って6時。これまでだとおしめにしていたのが、今朝はちゃんとお手洗いに行きました。一歩進歩。[都市に取り残される]
朝一番で住宅ローンの更新手続きに行ってきました。朝の10時で予約していました。ちびどもといっしょにでて、総武線―井の頭線―京王線と乗り継ぎ、東府中駅へ。この駅に来るのが前回のローンの契約のとき以来で、3年ぶり。店舗にちょうど10時に着きました。手続きはあっけないほど簡単に終わりました。固定期間と金利を確認し、書類を渡しておしまい。5分とかかりませんでした。
仕事以外で外にでるのが久しぶりだったので、そこから京王線で新宿へ。実は、以前愛用していた新宿駅東口地下の魚屋(魚力)で夕食の魚を買って帰るつもりだったのですが、新宿駅は改装工事中。魚屋のあったフロアーは、すっかりきれいなファッションフロアーに変貌を遂げています。引っ越し場所を探すことはせず、まずは腹ごしらえと沖縄そば屋さんへ。11時でしたが、店内はいっぱいでした。それから、紀伊国屋の真向かいにできたという伊勢丹のなかのジュンク堂書店によってみることにしました。伊勢丹の店舗の割り振りは変です。まあ、しかし、ジュンク堂は最上階とその下の階を占めていて、とくに難しいことはなし。最上階から見て回ることとしました。人文書の品揃えは、紀伊国屋よりずっとよい。とくに、全集系がしっかり揃っていて、よい棚ができていました。新宿で人文系のよい本(あるいは専門書)を捜すのであれば、まず、ここに来るべきだという棚になっていました。
記念に次の3冊を購入。
パラケルスス『奇跡の医の糧』大槻真一郎+澤本亙訳、工作舎、2004、3800円
矢野道雄『星占いの文化交流史』(シリーズ言葉と社会1)勁草書房、2004、2000円
東大PRC(患者の権利検討会)企画委員会編『脳死』技術と人間、1986、1800円。
夕食の魚は妻と約束していたので、荻窪のタウンセブンで買って、帰宅。夕刻に、次の3冊がアマゾンより届きました。
山本 おさむ『天上の弦』4(2005年1月1日)
『シュタイナー・コレクション5 イエスを語る』高橋巌訳、筑摩書房、2004
『シュタイナー・コレクション7 芸術の贈りもの』高橋巌訳、筑摩書房、2004
『天上の弦』の第4巻は、マンガですから、夕食後すぐに読んでしまいました。第4巻はちょうど朝鮮戦争を扱っています。朝鮮戦争のことをきちんと勉強したことがないことに気付きました。韓流が言われる今、「朝鮮戦争を記憶する」ことが必要かもしれません。
おおきいちびがおとうさん、おしっこもれた、といって6時過ぎ。もれたというのは、オーバーフロー、すなわちおしめの容量をこえておしっこがでたということです。12月は忙しい。書類作成に追われています。
午後3コマの授業。今日はずっと軽い頭痛があったので、帰宅後は、1時間ほど呆然とテレビを見て、早めに就寝しました。明日も朝早くちびに起こされるかもしれません。
ひとりで5時20分。→午前中は、1時からの会議のための準備。ずっとキーボードを叩いていました。書類を2点完成。午後はずっと会議。1時からの会議は私が司会。2時半からの会議は学部教授会。はやく終わるかとおもったのですが、最後時間がかかって5時40分頃になりました。
帰宅したときにはちびどもは寝ているかと思いましたが、お風呂から上がったばかりでした。ちいさいちびがよく咳をしています。いやな咳だなと思っていたら、寝る前にもどしました。最近は、もどす、と自分で言って、台所のシンク、またはお風呂場に行きますから、他の場所が汚れることはあまりありませんが、翌日ぐらいまでは臭いが残っています。夜9時半に、アマゾンの荷物が届きました。
大場つぐみ(原作)/小畑健(漫画)『デスノート』1〜4、集英社、2004
ちびどもが起きて6時半。ちいさいちびは寒くなると、咳をします。今日はまず区役所。それから、出張校正。→区役所には朝一番ででかけました。家を9時過ぎにでて、9時半には着きました。30分で済むと思っていたのですが、いろいろ細かく時間がかかり、結局1時間30分近くかかりました。出張校正は11時という約束だったのですが、遅れるという電話をいれて、結局35分程度遅れました。出張校正には計3名が集まりました。私が遅れても、他のお二人が仕事をしっかりを進めておいてくれました。
区役所に行ったのは、帰化申請(日本国籍取得)の最終段階です。許可書をもって住民票&戸籍謄本に記載してもらう手続きです。住民票は、この日できました。これまでは、私とちびふたりの住民票でしたが、はじめて私、妻、おおきいちび、ちいさいちびが1枚に揃いました。安心します。出張校正の帰宅途中、『月刊現代』2005年1月号、『論座』2005年1月号の2冊の総合雑誌を買って帰りました。
『現代』には、河合隼雄氏の「河合隼雄が読む「村上春樹」」という論考がありました。『アフターダーク』を主人公マリの無意識の世界として読み解くものです。一応筋は通りますが、世界が狭くなったように感じられます。→読解の図式は首尾一貫しています。違和感を覚えたのは、「癒し」ということばです。河合氏はマリの癒しの過程として読み解いています。一般的に使われるようになった「癒し系」ということばは、ほっとする、というニュアンスがはっきりしていますからむしろ問題がないと思います。しかし、宗教学や深層心理学で簡単に「癒し」という言葉を使っているのは違うのではないかという疑問が去りません。私には端的に再生体験ではないかと思われます。一番身近には、ほんとうにしっかり睡眠をとったときにそうした体験を味わうことがあります。ああ、甦った、という気分で目覚めるときです。
おおきいちびが耳元でうんちとささやいて6時。うーん。前の日が9時ですから、もう少し寝ていたかった。2限、3限、4限と連続3コマの授業。月曜日の授業は、来週が年内の最後となります。もうそういう時期となりました。
ご本人(翻訳者)より、次の本を頂きました。ありがとうございます。
ニコラウス・ステノ『プロドロムス:固体論』山田俊弘訳、東海大学出版会、2004
就寝前に、山本 おさむ『天上の弦』を手にとってしまいました。ドラマも前半は見ておらず、本も後半しか読んでいません。品切れになっている2巻は抜けていますが、1910年から朝鮮戦争まででした。
ひとりだけ遅れて9時。いつもより3時間遅い。よく寝たという感覚があります。ちびどもはたぶんいつもと同じ時間。昨夜の小暴風雨が連れてきたのでしょうか、今日だけ最高気温が24度まで上がるということです。朝から暖かい。久しぶりに窓を開け放しています。→正午で、24.8度ということです。
昨夜、アマゾンから届いたばかりの、津野梅太郎『1997-2001 本が揺れた』(トランスアート、2002)を読んでいました。そこに、杉並北尾堂という古書店が紹介されていました。そこから、 Black Bird Blogというブログサイトに行き着きました。西荻を散歩していてずっと気になっていた謎の建物がこのブログの提供する情報によって判明しました。そこから、さらに、西荻大全掲示板 という掲示板に到着。私の知らないご近所情報が多く掲載されていました。「いちじいちど」(一寺一度)という表現があり、都心から寺という地名を過ぎるたびに(冬の)気温が一度下がる、という意味だそうです。大学のある多摩地区は、西荻より少し寒いかなということは感じますが、新宿と西荻でそれほど差を感じたことはなかったのですが、日常的に都心で暮らしている人にはそのように感じられるのかもしれません。
こうしたサイトでは食べ物やさんの話題が多く取り上げられていましたが、行くことができないところがほとんどでした。夕食前にアマゾンより次の本が届きました。
陳昌鉉(語り)『海峡を渡るバイオリン』河出書房新社、2002
山本 おさむ『天上の弦』第1巻&第3巻
『海峡を渡るバイオリン』は、知りたかったその後、結婚シーンよりあとを読みました。11月27日のドラマはいくらか作っていました。(たとえば、ドラマのクライマックスのひとつ、掘っ建て小屋時代に幼子が熱を出し、台風が襲撃するシーンは、ドラマにおける創作でした。子どもは、東京の町田に引っ越してきてから生まれたとあります。)
ちいさいちびが起きて、6時前にほかの全員を起こしました。昨日より幾分か早い。今日は午前中、入試業務。→業務といってもずっと拘束されるわけではありません。割とあいた時間がありました。その間、平川氏のブログで紹介されていた、転職のノウハウという掲示版の過去ログを読んでいました。一般的な転職の話ではなく、大学教員の就職・転職についてのスレッドです。
ふだん、土日は学校にでていないので、久しぶりに出ると疲れます。明日も人によっては入試業務が続行します。
夕食後、次の2冊が日本のアマゾンより届きました。
種村季弘『ザッヘル=マゾッホの世界』平凡社ライブラリー、2004(初版、桃源社、1978)
津野梅太郎『1997-2001 本が揺れた』トランスアート、2002
種村さんの『ザッヘル=マゾッホの世界』はずっと読もうと思っていた本です。このたび、平凡社ライブラリーにはいったのを知って、アマゾンより取り寄せました。たぶん大学2年生のときに、マゾッホの『静かな村』をドイツ語の授業で読みました。文章の感覚がとても気に入りました。あまりに『毛皮を着たヴィーナス』のみに関心が寄せられている(つまりマゾヒズムとの関わりでのみ興味をもたれる)せいで、小説家/詩人としてまっとうな研究がなされていないようですが、Das Stille Dorf ひとつをとってももっと読まれていい小説家/詩人だという確信だけ私にはあります。
ちいさいちびが起きて、6時。昨日と同じ。[ジャンク・メール]
台北旅行以来ためているあらやる種類のジャンク、スパム、迷惑メールですが、ちょうどいま、999通に達しています。おそらく7時までに1000通に達することでしょう。私が使っているプロバイダーは、どこもメール・サーバーの調子がすこし悪いようですが、ジャンクの跋扈に影響されているのでしょう。→予想通り。[コジマNEW善福寺店]
たまに新聞の折り込み広告をしっかり見ます。開くとたぶんA0 サイズという大きなチラシが目に付きました。コジマNEW善福寺店オープンの知らせでした。開店は明日の12月4日土曜日。場所は井草八幡宮側。これまで私の行動範囲のなかに、ヤマダもコジマもありませんでしたが、井草八幡宮であれば、妹夫妻が住んでいるそばで、自転車で行ける範囲です。開店3日間の特売は、ほんとうに安い。D4端子をそなえた21型液晶テレビ(ソニー)が19800円ででています。ただし、抽選2台限定。DVD レコーダー(シャープ)が29800円。これは善福寺店で20台限定、しかも整理券配布とあります。整理券は初日は8時半、2日目は9時から配布と書かれています。これは並ぶ人がいるんだろうな、という値段です。4時からシンポジウム。7時から懇親会。→9時40分過ぎに終了。多磨駅10時過ぎの電車で帰ってきました。10時半。
ちいさいちびが起きて、6時。昨日、『科学技術社会論研究』の第3号『科学技術と社会の共生』(2004年12月)が届きました。現在的な問題を扱っています。
お昼休みに、二人の学生と面談。ゼミ選択についての相談です。その後、3コマの授業。6時40分頃に帰り着きましたが、ちびどもはすでにすやすや。私は、夕食、お風呂のあと、テレビチャンピョンを見ていました。紙細工=ペーパークラフトがテーマでした。先週も見ました。先週はリフォーム。リフォームを受けた家族はできあがりに泣いていましたが、気持ちはわかりました。
ちいさいちび、おおきいちび、の順に起きて、6時20分。このぐらいであれば、まずまずです。>おお、とうとう、12月です。[21世紀COE中間評価]
今日大学についたとき偶然会った同僚の方から、21世紀COE中間評価の一覧が毎日新聞のサイトに出ていることを教えてもらいました。
中間評価一覧
理工系のプログラムは、1件を除き、すべて次の評価でした。
(1):順調なので、現行努力を続ければ目的達成が可能
(2):目的達成のため一層の努力が必要
しかし、人文系のプログラムでは、1位の評価が2件、2位の評価が10件、3位の評価が6件、4位の評価が2件でした。
(3):このままでは目的達成は難しいので、計画の適切な変更が必要
(4):今後努力しても目的達成は困難なので、目的を絞り込み、計画の大幅縮小が必要
(5):今後努力しても目的達成は困難なので、拠点形成は中止
朝日新聞では、第4位の評価は、ほんとうは第5位(計画の中止)だったのを急遽第4位の評価を新設したものだということだけがふれられていました。個別にはいろんな経緯や事情があると思いますが、一般的には、人文系はこの種のプログラムにはどうしても不利な点があるということです。たとえば古典学の拠点形成を目指すとして、ひとつの大学で十分な古典ギリシャ語とラテン語の能力をもつ学者を10人そろえることは、日本の大学では非常に困難です。
朝日新聞には代表者の名前まで出てしまった4位評価の2つのプロジェクトは、「東アジアと日本:交流と変容(九州)」「日本発信の国際日本学の構築(法政)」です。志は買いますが、計画の遂行が難しいだろうということは容易に想像されます。
価値のあるプロジェクトだと思います。しかし、それはそもそも「21世紀COE」という枠組みにあわないのではないでしょうか。国が支援するのであれば、別の形態を工夫すべきでしょう。そうでなければ、せっかくの志と努力をいかすことができないと思われます。午前中は、午後の会議のための資料を2時間ほどかけて作成しました。
去年の9月2日に妻が帰化申請書を法務局に提出しました。やっと、ほんとうにやっと、11月19日付けで官報に掲示され(官報に掲示された日付が公示日となる)、本日ちいさいちびを連れて法務局に行って、許可書をもらったうえでその後の手続きについて説明を聞いてきました。国籍取得がこれほど手間と時間がかかるものとは思いませんでした。
これからもいろいろと手続きが続きます。これまで数多くの書類を書き、提出しました。年内いっぱいはまだまだ多くの書類を作成し、提出する必要があります。2時から3時半は、会議。私が室長なので、司会ならびに説明役。室員のみなさんが協力的なので助かりますが、忘れていた宿題が見つかり、年度末にかけてその宿題の遂行にいくらか時間を取られます。