おおきいちびといっしょに5時45分。今日からまた寒くなるという天気予報でしたが、朝はそんなに強い寒気を感じません。午後から学部教授会。→2時45分開始。4時10分過ぎに終了。会議がはやく終わるのは、絶対的善だと言いたくなります。そのおかげで、5時過ぎに自宅に帰ってくることができました。
あかちゃんが誕生してそろそろ2週間ですが、なんだかまだばたばたしています。
夜の8時頃、『ハウルの動く城』のDVD がアマゾンより届きました。ほぼ同じ頃、本も届いたようですが、ちょうどこどもたちを寝かしつけている時間帯で、ドアフォンの音に気付きませんでした。
ドアフォンは、居間ならびにおじいちゃん・おばあちゃんの部屋から顔が見えるようになっています。おばあちゃんは、音に気付いたようですが、夜8時にくる宅急便屋さんに慣れておらず、あとで変な人がずっと玄関先に立っていて気持ちが悪かったと報告してくれました。ここいらでは、宅急便屋さんは、夜の7時から8時ぐらいに来てくれることが多い。
再掲[ESM]
次の論文、
Hiro HIRAI and Hideyuki YOSHIMOTO,
"Anatomizing the Sceptical Chymist: Robert Boyle and the Secret of His Early Sources on the Growth of Metals",
Early Science and Medicine, 10(2005), pp.453-477.
が出版されました。
別刷り(出版元が作成するものではなく、こちらで作成した別刷り)をお送りします。読んでみようという方には、私の方から郵送します。私と面識のない方でもまったくかまいません。送付先住所を私のアドレス宛 (h.yoshimoto@tufs.ac.jp) (今更の気もしますが、余計なジャンク・メールを避けるために@は倍角にしています。半角の@ でお送り下さい。)お教え下さい。遠からず、お送りできると思います。
→ウェブでは、Mr. Lovejoy 君のブログ(11月21日)、日榮さんのサイト:新宿三丁目(11月27日)でコメントしてくれています。精読、ありがとうございます。ちびどもは6時。私は6時半。天気予報によれば、今日の最低気温は12度、最高気温が18度。冬は逆行中。
ずっとかしこくしていたちいさいちびですが、反動が出たようで、今朝は幼稚園行かないとごねました。説得に応じないので、おねえちゃんだけ自転車で送ってきました。
ついでに、別刷りの第1便を発送しました。仕方がないので、昼食の前後、ちいさいちびにつきあってやりました。まだずる休みという意識はないので、おじいちゃん・おばあちゃんとおねえちゃんを迎えに幼稚園に行きました。ついでに、ちびどもは生まれてはじめてカットハウスに行ってくるということです。その間に、今日中に仕上げようと思っていた書評を1本、なんとか書き上げることができました。書評を書くということで献本してもらった本なので、書き上げないとなにか心に重荷が残っています。今回は、仕上げることを優先し、ほぼ忠実な紹介記事としました。
おおきいちびがおきて6時10分。冬というのにそれほど寒くない朝。しばらく暖かい日が続くようです。
私とおおきいちびが下に降りると、すぐにちいさいちびもやってきました。やはり夜中目覚めておかあさんとあかちゃんの部屋に行きましたが、よく寝たようで、朝から元気に踊っています。乾燥のせいでしょうか、まずおばあちゃんがよく咳をするようになりました。ついで日曜日ごろからおじいちゃんも咳をします。朝ちびどもといっしょに家をでて、おばあちゃんは病院へ、私はちびどもを幼稚園に送っていって、そのまま大学にでました。少し早めに家をでたところ、武蔵境駅でいつもより1本前(12分前)の電車に間に合いました。
まず事務で物品(スカジーカード)を受け取って、研究室へ。[総合雑誌]
昨夜、『月刊現代』の高村薫「小泉改革という幻想」ならびに佐々木実「竹中平蔵:仮面の野望」を読みました。
高村さんのものは、インタビュー構成。12月号では一番期待していたものです。ニーチェに『反時代的考察』という書物があります。自民党も民主党も小泉改革に流されている今、まさに骨太の反時代的考察が求められます。
→郵政民営化について、迷ったという部分にもっとも共感しました。ほんとうに今回は迷いました。郵政民営化そのものにはまったく反対ではない。しかし、小泉さんのプレゼンターションには明らかにインチキが混じっていました。(郵政公社の職員に税金は使われていないのに、郵政公社を民営化すれば、国家公務員の数が減るとか。ほんとうにばかみたいでした。)[ちびの歯医者]
おおきいちびがここんところ歯医者に通っています。今日も4時から予約してあり、私が連れていくことになっています。そのために、午後の授業終了後急いで帰途につき、3時45分に自宅に帰り着きました。のんびりおもちを食べているちびを急かして、近所の歯医者さんに連れていきました。直前の方の治療が長引いたため、予約してあったのにもかかわらず、かなり待つこととなりました。ちびの治療そのものは、5分ですみましたが、終了したときは5時。外はもう暗くなっていました。
近くのコンビニで明日の朝食の食パンを買って、帰宅。
1日なので、何てことはないのですが、仕事の前後、毎日こどもの送り迎えをしている方の忙しさの一端がうかがえました。余裕のないこと。[書評用献呈本]
大学からの帰りに、メールボックスをのぞくと、次の書評用献呈本が出版者から届いていました。
藤垣裕子編
『科学技術社会論の技法』
東京大学出版会、2005年11月、2800円。ISBN: 4130032046
基本的には、教科書です。目次は次の通り。
1 杉山滋郎「水俣病事例における行政とメディアの相互作用」
2 梶 雅範「イタイイタイ病問題解決にみる専門家と市民の役割」
3 小林傳司「もんじゅ訴訟からみた日本の原子力問題」
4 廣野喜幸「薬害エイズ問題のSTS的分析にむけて」
5 神里達博「BSE/牛海綿状脳症/狂牛病にみる日本の食品問題」
6 平川秀幸「遺伝子組換え食品規制のリスクガバナンス」
7 松原克志「医療廃棄物をめぐる攻防」
8 宗像慎太郎・塚原東吾「地球温暖化問題と不確実性」
9 調麻佐志「最先端技術と法:Winny事件から」
解題 藤垣裕子「Advanced-Studiesのために」
「アプローチの流れ」
「用語解説」
→藤垣さんの序文と解説を読みました。よくわかります。事例分析を読んでみて、場合によっては私も教科書あるいは参考書に採用しようと思います。
おおきいちびがおきて5時40分。おおきいちびは少しずつ目覚めるのがはやくなっています。おお、まってくれ。あんまりはやいとついていけません。ちびにはやく起こされたせいだけではなく、今日は眠い一日。
眠くても、スケジュール上今日こなしておくべきことがらはあります。科研費の書類の処理をし、2校を見ました。あかちゃんは、すこし大きくなって、顔がはっきりしてきました。鼻がおかあさんに似ているとか、全体的におおきいちびのあかちゃんのころに似ているとかはあったのですが、顔の輪郭があらわになりつつあります。
明日から、日常の仕事ですが、まだいろいろ忙しい。
おおきいちびがおきて6時15分前。今日は朝から仕事なので、ちょうどよい。
起きてすぐに、おおきいちびの下の前歯が1本抜けました。おともだちはみんなもう抜けているので、本人はうれしいようです。8時前に家をでて、8時半すぎに大学到着。
9時から1時20分ぐらいまで、業務。
その後、中央線で新宿へ。卒業生とあうためにワシントンホテルへ。ホテルについてびっくりしました。フロント前に長蛇の列。海外からの旅行客のチェックインの列でした。おそらく、中国系の観光客。ちびどもは、おじいちゃん・おばあちゃん、いとこたちといっしょに動物園に行って来たと言うことで、いのしし、いのしし、ぶーぶー、とはしゃいでいました。
おおきいちびがおきて6時10分前。昨日の最高気温は17度。今日も同じという予報。しばらく寒さが緩んでいます。ちびどもを幼稚園におくったあと、いつもは妻の行っている振込の仕事(銀行)。ついでに、私自身の学会年会費の払い込み(郵便局)。
帰ってきてから、産婦人科に自転車で行って、昨日の夕刻頼んでいた出生証明書をもらい、一度家に帰ってから、駅前の銀行でもう1件の振込を行い、大学へ。今日から大学は普通の授業体制にもどっています。学生たちには、まさに post festum 宴のあとの虚脱感が見られました。共済組合に医院でもらった書類を提出し、また別の用件をすませ、帰途へ。
吉祥寺でまず昼食(九州ラーメン)をとったあと、ユザワヤで、背表紙につけるラベル用紙を購入してから帰宅。電車のなかで、昨日持ち帰った K. Ahonen,Johann Rudolph Glauber, Ph. D. dissertaion, 1972. を読み始めました。「アニミズム」という言葉は今なら使わない言葉でしょうが、彼女がその語を選んだ理由はわかりました。
帰宅すると、編集委員会の仕事(2校)がどっさり届いていました。ちょうどよいので、1時間程度編集委員会の事務的な仕事をこなしました。
[おくればせながら総合雑誌]
帰途、駅前の本屋さんで、『月刊現代』『文芸春秋』『新潮45』という3つの雑誌の12月号を購入。
[ESM]
私と平井さんの共著論文、
Hiro HIRAI and Hideyuki YOSHIMOTO,
"Anatomizing the Sceptical Chymist: Robert Boyle and the Secret of His Early Sources on the Growth of Metals",
Early Science and Medicine, 10(2005), pp.453-477.
が出版されました。平井さんのところには、雑誌本体が届いたようです。私のところには、ブリルの担当者から送り先住所について確認のメールが届きました。
実物を受け取ってから、別刷り(出版元が作成するものではなく、こちらで作成した別刷り)をお送りします。読んでみようという方には、私の方から郵送します。私と面識のない方でもまったくかまいません。送付先住所を私のアドレス宛 (h.yoshimoto@tufs.ac.jp) (今更の気もしますが、余計なジャンク・メールを避けるために@は倍角にしています。半角の@ でお送り下さい。)お教え下さい。遠からず、お送りできると思います。おおきいちびといっしょに6時前。
ちいさいちびは一昨夜と同じく、夜中起きて、おかあさんとあかちゃんのいる部屋に逃亡。あかちゃんがうまれて1週間。昨夜ははじめておふろに入れました。ちびどもが見たがったので、ちびどもは普通の風呂、あかちゃんは赤ちゃん用バス。
あかちゃんはすぐにあがります。ちびどもはそのあと、早速あかちゃんをお風呂にいれるまねをしていました。朝に業務の読書1点。
電車の行き帰りで、業務の読書2点。これで、業務の読書は終了。おばあちゃんが軽く風邪気味。2年前に世話になった病院へ。私とおじいちゃんでちびどもを幼稚園におくり、私はそのまま大学に行って、あかちゃんの名前を保険証(共済組合員証)に記載してもらいました。出産費は書類があり、出産した病院で証明してもらう必要があるということです。書類だけもらってきました。
帰りは、イトーヨーカドーで保温ポットを買いました。
昼食後いっぷくしてから、区役所の出張所へ。あかちゃんの名前の記載された保険証があれば、乳幼児の医療保険証というのを発行してくれます。これで、小学校入学まではこどのも医療費はただになります。(共済組合員証での自己負担分を区が負担してくれる制度です。)ずっと以前に科研費で購入した次の博士論文の登録が済んだということで、図書館で借り出してきました(半年の貸し出し期間)。
Katheleen Winnifred Fowler Ahonen,
Johann Rudolph Glauber: A Study of Animism in Seventeenth-Century Chemistry,
Ph. D. dissertaion, The University of Michigan, 1972.
17世紀の非常に重要なキミスト、ヨハン・ルドルフ・グラウバーに関する数少ない成書です。郵便で、『地質学史懇話会会報』第25号(2005年11月)が届きました。
おおきいちびといっしょに7時。
ちいさいちびは夜中に目覚めたとき、側にお母さんがいないと泣いて(ままがいい、ぱぱいや)、妻とあかちゃんのいる部屋に行きました。そして、帰ってきませんでした。
4歳にはなっていますが、末っ子の地位も譲ったわけですし、まあそんなものでしょう。朝に業務の読書1点。
約束によって、午前中、荻窪のルミネに「紙石鹸」を買いに行きました。荻窪のルミネは改装してあり、お店の様子が以前と違います。おおきいちびが昨夜友達に電話して、ルミネ2階エレベーターを降りてすぐの場所にあるということを聞き出しています。エレベーターを降りると、アフターヌーンティー。2階を一周してきて、ちびがお店のお姉さんに尋ねると、「紙石鹸?」と言っています。サンプルに持っていっていたものを見せると、「ああ、入浴剤。」幼稚園では紙石鹸として流行っていますが、正確には、入浴時にお風呂に入れて香りをつける入浴剤でした。
それぞれに1個ずつ買った後、あかちゃんの服を二つ買い、地下の魚屋さんでちびどもの選んだ烏賊、蛸、甘エビ、練り物を買い、さらにそれぞれの好きなお餅を買って帰ってきました。
たいしたことではないのですが、けっこう疲れました。
おおきいちびは6時半。ちいさいちびは7時20分。ちいさいちびがよく寝てくれると、こちらもゆっくりやすめて助かります。妻とあかちゃんの退院日。→10時前に家をでて(徒歩)、11時過ぎに帰ってきました(タクシー)。あかちゃんは、最初の日よりずっとしっかり泣くようになっています。また目を開けている時間も増えました。たぶん、まだあまり見えてはいないと思います。支払いは、40万4千円。病院が基本的に個室でしたから、このぐらいになるでしょう。ちいさいちびのときは地方の基幹病院(国立)で、個室ではなく、いちばん安かった。出産費は、共済組合がだいたいこのぐらいの金額を出してくれます。
ですから、出産そのものにはそれほどお金はかかりません。ちょうどよいので、病院が発行してくれる出産証明書と母子手帳をもって、最寄りの区役所の出張所へ。決済に40分かかるということで、一度家にもどり、おじいちゃんとおばあちゃんが幼稚園に迎えにでるのにあわせて、再度自転車で出張所へ。母子手帳に出生届済証明をしてもらうと同時に、今後の手続きに必要なので住民票をもらってきました。
次の手続きは、大学で医療保険証(共済組合証)にあかちゃんの名前を記載してもらうことです。ちびどもの様子を見ながら、今週中に行って来ようと思っています。さて、ちびどもが幼稚園から帰ってきました。おかあさんがいない間、かしこくしていましたが、おかあさんの顔を見ると、甘えたくなるようで、もとどおり。
妻がちびどもを寝かしつけている間、あかちゃんを抱っこしていました。生まれたときの体重は、3人のなかで一番軽い。でも、30分も抱っこしているとやはり腕が疲れてきます。
ちびどもは妻がおっぱいをあかちゃんにあげているところを興味津々で見ていました。ちいさいちびが生まれたとき、おおきいちびはおかあさんがあかちゃん(ちいさいちび)をだっこしているところを見るだけで大泣きしましたが、さすがにちいさいちびももう4歳になっています。自分もおっぱいをあげる側で様子を見ています。すぐにキティちゃんのぬいぐるみを持ち出して、おっぱいをあげるまねごとをしていました。
それだけではなく、おっぱいをちゃんと飲まないと大きくならないと言ったでしょ、とキティちゃんを叱責していました。さらに、折檻までしたのにはびっくりしました。夜に業務の読書1点。
ちびどもがおきて6時20分。冬の朝。
ちびども、私、おじいちゃんとおばあちゃん、そろって幼稚園に行きました。私はそのまま大学へ。重要な書類を受け取り、本を返却して、すぐに帰ってきました。
大学は、学園祭の真っ最中。お昼過ぎからオープンかと思っていたら、午前中から働いている学生がけっこういました。でも、もちろん、お客さんは、近所のこどもたちぐらいでした。[発掘物10点]
研究室の机の上に、先週発掘した読書論・書物論が10冊積み重なっています。そのうち、記憶にある5点のみを挙げましょう。
シャルチエ、ロジェ
『書物から読書へ』水林章・泉利明・露崎俊和訳、みすず書房、1992清水透
『書物としての都市 都市としての書物』集英社、1982
『書物の夢 夢の書物』筑摩書房、1984
『読書のユートピア』中公叢書、1977佐藤健二
『読書空間の近代:方法としての柳田国男』弘文堂、1987
佐藤健二氏の『読書空間の近代:方法としての柳田国男』は、ずっと捜索中でした。この1冊だけをカバンに入れて帰ってきました。お昼過ぎに次の2冊が届きました。
Lynn Thorndike,
History of Magic and Experimental Science Part 10 & 11
New York: Comunbia University Press, 1941, Reprinted by Kessinger
これで、9部、10部、11部、12部、14部(最終巻)と揃いました。16世紀から17世紀が、第13部を除き集まったことになります。
→もちろん、13部も発注します。8部前に関しては、ほんとうにぼちぼち集めようと思います。
ちいさいちびがおきて6時半。寒さは少し緩んだようです。[いろいろ]
1.あかちゃんの寝る場所の整理・掃除。おばあちゃんと協力してなんとかスペースは作りました。
2.マイメロディを録画しつつ見た後、おじいちゃんとおばあちゃんは西友に買い物に。ちびどもを連れて、私は病院へ。妻と相談して、あかちゃんの名前を決めました。部屋についたとき、あかちゃんはお風呂からでてきたばかりということで、はじめて目を開けていました。
3.約束によって、午後はどこかに遊びに連れていきます。→近所の公園でよいことになりました。それが一番楽です。→そろそろ帰ろうかなというころ、ちいさいちびの幼稚園のお友達がやってきました。3人で仲良く遊んで、1時間。予定より1時間ほどおそくなって帰りました。日があたらなくなってからは、相当寒く感じました。
ちびどももかなり疲れていました。
おおきいちびは7時。ちいさいちびは7時半。ちいさいちびはよく寝ました。[いろいろ]
ちびどもは家ではかなりかしこくしていますが、病院に行っておかあさんにあうと甘えたくなるようで、ごねたり、ないたりします。
おかあさんとあかちゃんはもうすぐ帰ってくるからと説得して、連れて帰ります。[本日のガリカ]
16日にダウンロードしたもののうち、7点のみ整理することができました。あいまをみて、ぼちぼち整理をしていきます。
ちいさいちびが目覚めて、6時半。朝は寒い。[第3子誕生]
下に降りて、朝食を食べていると妻から電話があり、昨夜10時過ぎに、無事に誕生したそうです。2700グラムの男の子。
もともと、お医者さんの予定日は12月12日でしたが、実際にはもっとはやく生まれるだろうと思っていました。ですが、11月の最後の週あたりを予想していて、17日まではやいとは思っていませんでした。お医者さんの弁では、生まれてくるものには生まれてくる理由があるのだろう、とのこと。そうでしょう。もちろん、その理由が何なのかは我々にはわかりません。
ちびどものお弁当を作って、ちびどもを幼稚園に送ったあと、病院に行って来ました。すやすやと寝ていました。ちっちゃい。
出産のときはすこし痛かったようですが、妻の状態もまずまず良好。ほぼ順調に回復しているようです。幼稚園に迎えに行くと、ちいさいちびがはやく病院に行こうと言います。いつもは30分から40分園庭で遊ぶのですが、ほとんど遊ぶことなく、産婦人科病院へ。
ちいさいちびはあかちゃんを見るなり、さわりに行きました。ほっぺを触り、手の平を触りました。手は寝ていてもよく、結んで開いてをしており、触られるとほぼ反射的に握り返します。
それから、おずおずとおねえちゃんもさわりに行きました。
ちいさいちびがあかちゃんにかけている布団をはがしているので何をするつもりなのかと思ったら、何とだっこしようとしていました。だっこにははやすぎます。だっこはまだまだということで説明しました。
和歌山からおじいちゃん、おばあちゃんに来てもらいました。いつもそうですが、白浜午前11時の便で来て、羽田には12時には着いているのですが、うちには3時頃到着します。ということで、いろんな方面で、しばらくの間、迅速な対応というものはできませんが、よろしくお願いします。
[本日の到着本]
アマゾンより次の本が届きました。日本のアマゾンに発注した本はさすがに着くのがはやい。
鈴木謙介
『カーニヴァル化する社会』講談社現代新書、2005、¥735
宮台真司+北田暁大
『 限界の思考: 空虚な時代を生き抜 くための社会学』双風舎、2005、¥1,995
ちいさいちびが目覚めて、全員、6時。今朝も寒い。[怒濤の一日]
妻に軽い陣痛らしきものがあります。時間は定期的ですが、痛みが弱いとのこと。判断はつきませんでしたが、大学には出て、授業は行うこととしました。
1時前に着いて、3限の授業を終え、電話をすると、病院に行っているとのこと。4限は今日はもともと休みだったのですが、5限のゼミの発表の学生とちょうど廊下で出会ったので、その件を伝え、2箇所に張り紙をして、急遽帰宅することとしました。
ちびどもの迎えは、近所に住む妹に頼んでいました。ちびどもは口のまわりを真っ黒にしておやつを食べているところでした。
自宅から病院に電話すると、用意していた荷物を持って来て欲しいとのこと。
予定日は12月12日でしたが、生まれるかもしれないというお話でした。妻の夕ご飯のお弁当とお茶をコンビニで買って、自転車の3人乗りで病院へ。
ちびどもはあまり帰りたがりませんでしたが、うまく話して、帰ってきました。
お風呂に入れ、夕ご飯を食べさせ、お母さんを迎えに行きたいというちびどもをなんとかなだめて就寝させました。疲れが蓄積していたので、いっしょに就寝。
ひとり遅れて8時半。この冬一番の冷え込みという予報でした。室内はそれほど寒く感じませんでした。朝は、快晴。会議の日ですが、空白。夕刻からの水曜文化講座のみがあります。
本日の水曜文化講座
砂漠のイスラーム・緑のイスラームーバングラデシュへの旅
講師: 岡田恵美子(元本学教授・ペルシア文学)
テヘラン大学日本人博士号第1号の岡田恵美子氏による、バングラデシュ。開拓者の精神をもつ岡田さんは、一度も座られることなく、非常に興味深い話を聞かせてくれました。バングラデシュは、おそらく、アフガンと並び世界で忘れられた国。
昔習った知識では、バングラデシュは、イスラームゆえにインドとはならず、パキースタンという別の国を作った。しかし、現実には、今まさにイスラーム化が進展しつつある、ということでした。おじいちゃん、おばあちゃんの世代は、多く、ヒンズー。若い世代は、100%イスラームということです。
岡田さんは、そのバングラデシュの人々の日常生活について、話してくれました。オング「学問や知的活動の闘技場」『生への闘争』(法政大学出版局、1992)所収、を読みました。予想していたのと少し違いました。文化の隠れた次元に関する、新しい洞察を与えてくれます。
[本日のガリカ]
一昨日より、ディドロ関係のものをダウンロードしていました。百科全書そのものはファイルの大きさにより、私の環境ではうまくダウンロードできませんでしたが、ディドロ著作集、ディドロ全集、図版分冊等はダウンロードできました。100点近く。
累計で、1186点。
夜半に雨。かぞくそろって6時40分。めざめてすぐに地震。震度は1。でも、揺れの様子から震源が遠いことはわかりました。テレビで確かめると、三陸沖。
朝には雨が上がっています。[ブールハーヴェ iv ]
ちびどもといっしょに家をでて、久しぶりに駒場の図書館に向かいました。
次のもののコピーをとりました。
J.R.R. Christie, "Historiography of Chemistry in the Eighteenth Century: Hermann Boerhaave and William Cullen, "
Ambix, 41(1994), pp.4-19
Gibbs, F.W.
"Boerhaave's Chemical Writings,"
Ambix, 6(1958), pp.117-137.
T.M. Porter,
"The promotion of mining and the advancement of science: the chemical revolution of mineralogy",
Ann. Sci., 38(1981), pp.543-70.
D. Oldroyd,
"An examination of G.E. Stahl's Philosophical Principles of Universal Chemistry",
Ambix, 20(1973), pp.36-52.
Marco Beretta,
"The histography of chemistry in the eighteenth century: a preliminary survey and bibliography",
Ambix, 39(1992), pp.1-10
Hermann Boerhaave,
"De mercurio experimenta,"
Philosophical Transactions of the Royal Society, 38(1733-34), pp.145-167, 39(1735-36), pp343-359, 368-376.
G. A. Lindeboom
Boerhaave and Great Britain : three lectures on Boerhaave with particular reference to his relations with Great Britain
から必要部分。ご覧の通り、ブールハーヴェの調査の続行です。帰りの電車のなかで、DSB の記事 (by Lindeboom) は読み通しました。「ブールハーヴェ ii」に講義ノートから一種の海賊版化学教科書が誕生したという経緯を紹介しましたが、それほどブールハーヴェの化学講義は熱の入ったよい講義だったようです。ほんとうに多くの人に慕われる医学と化学の全ヨーロッパ的な教師だったと評してよいようです。
昼食を食べてから、帰宅。寒い。12月の寒さがいきなりやってきました。
ちびどもが寝た後、まず、クリスティーの論文を読みました。これは、思っていたよりずっとずっと面白かった。とくに、ブールハーヴェが学生(化学の初心者)向けに熱を入れて行った講義ノートから勝手に出版されたラテン語版とそのショーによる英訳、その版に当惑してブールハーヴェ自身が著し再度ショーによってなされた英訳、との歴史記述上の差異の分析が面白い。
明らかにブールハーヴェは、学生向きの講義で熱く語ってしまったパラケルスス=ファン・ヘルモント=ブールハーヴェという医化学派における化学の成立を、自身で著した版では半ば覆しています。
こういう差異は、歴史家への挑戦です。
この問題を真に解くためには、残されたブールハーヴェの講義ノートとの細心な比較が必要であり、今の私にはその余裕がない、とクリスティーは逃げていますが、出版されたものの間の比較だけでも十分面白い。(さらに、翻訳者ショーがただの機械的な通辞ではなく、彼自身の立場から場所によっては本文よりずっと長い注釈をつけるという介入をしているせいで、事態はもっと複雑になっています。こういう複雑な成り立ちのテキスト間の異同は、歴史記述上の根本問題の1つです。)
なお、スコットランド啓蒙の当事者のひとりであるカレンの化学講義の話も実はかなり面白いことを急いで付言しておきます。次に、マルコ・ベレッタの論文を読みました。こちらは、表面的な分析です。しかし、18世紀について詳しくない私には、この種の表面的な記述も有用です。古い見方をわかりやすい言葉で整理してくれているものは、そういうものとして役に立ちます。
夕刻に、次の本が届きました。アマゾンのマーケットプレイスで購入したものです。
小岩昌宏
『金属学プロムナード―セレンディピティを追って』
アグネ技術センター、2004
第2章「ニュートンと金属」にどんなことが書いてあるのか関心があったので発注したものです。ほぼ予想通り、未知のことがらは書かれていませんでした。
ニュートンは、造幣局監事 (Warden of Mint) に着任したとき、大蔵大臣モンタギューのすすめた貨幣の改鋳事業の陣頭指揮をとっています。
私の関心は、ニュートンがそのために必要な知識をどこから得たか、です。
夜半に目覚めてすこし仕事。ちびどもは6時半。いつもこのぐらいの時間。私は、7時。木々の葉は、もうかなり落ちていますが、寒さはまだそれほどでもありません。
外語祭が19日からはじまります。そのおかげで、今週授業を行えば、来週は、授業がお休みです。いつもそうですが、この時期に1週間、自分の時間が持てるのはありがたい。
大学についたら、まず図書館。次の複写物を受け取りました。
Long, Pamela O.
"The Openness of Knowledge: An Ideal and Its Context in 16th-Century Writings on Mining and Metallurgy",
Technology and Culture, 32(1991), 318-55.
[読書論発掘]
研究室にいる間、片づけを続行。行方がわからなくなっていた読書論関係の著作がまとまって見つかりました。それらは机の上に積み上げ、次の1点だけカバンに入れました。
オング『生への闘争』(法政大学出版局、1992)
この書の第4章「学問や知的活動の闘技場」が意外なことに、Orality and Literacy の問題を扱っています。購入したときには気付きませんでした。[ブールハーヴェ iii ]
ブールハーヴェについての調査を続行中。ウェブで検索をかけていたら、次の論文に出会ったので、ダウンロードして印刷しました。(もとはpdf)
M. D. Eddy
"Scottish Chemistry, classification and the early mineralogical career of the 'ingenious' Rev. Dr John Walker (1746 to 1779)", BJHS 35(2002), pp.411-438そして、研究室のマシーンに蓄えていた pdf より次の著作の化学史部門を印刷しました。
A New Method of Chemistry; Including the History, Theory, and Practice of the Art: Translated from the Original Latin of Dr. Boerhaave's Elementa Chemiae, As Published by Himself.
To Which is added, Notes; and Appendix, shewing The Necessity and Utility of Enlarging the Bounds of Chemistry. With Sculptures.
BY Peter Shaw, M.D. The Second Edition. London, 1741
ix-xxx が目次。
pp. 1-64 が History of Chemistry.
pp. 65-593 が化学理論。
第2巻, pp.1-337 が実践編。(プロセス)。
第2巻, pp.337-343 が Appendix.
ひとり遅れて8時15分。ちびどもはいつも通りの時間に目覚め、頭もとにおいてあったポケットカフェをまず確認していました。その時間では、シナモンはまだ就寝中でした。つまり、ポケットカフェの主人公のシナモンは、子どもたちの時間にあわせて、起き眠ります。[ブールハーヴェ ii ]
ブールハーヴェは、18世紀でもっとも有名な医師です。汎ヨーロッパの教師= Communis Europae Praeceptor と呼ばれます。
前に記したスウェーデンボルグもそうですが、17世紀の化学史の証言者として、20世紀の化学史家のものよりよいのではという想いが私の脳裏に生じています。
ということで、手元にある資料でブールハーヴェを見てみました。ダンネマンは、ブールハーヴェを大きく取り上げていません。少し役に立ったのは、Encyclopedia of the Scientific Revolution におけるAntonie M. Luyendijk-Elshout の記述。
もう少し詳しい記述がないかと思って部屋を探すと、ディーバスの近著 Chemistry and Medical Debate の後ろの方に、ブールハーヴェを扱った節があり、これは有用でした。
ブールハーヴェの伝記を最初に書いたバートンによれば、「ブールハーヴェは、パラケルススを4回、ファン・ヘルモントを7回、注意深く読んだ」とあります。ファン・ヘルモントのいくつかの章をまるまる暗唱することができた、ともあります。
医学の理論的な基礎としての化学、という見方は拒絶したようですが、彼以前の錬金術文献をよく研究しています。とくに、晩年は化学=錬金術のテキストをよく読むこと、自分で実験を行うことにエネルギーを注いでいます。そして、ゲーベルを高く評価することとなったとあります。
つまり、スターキー=ボイル=ニュートンやホンベルグの伝統と同じ位置にブールハーヴェはたったということです。
ディーバスは、錬金術文献の研究の結果、ブールハーヴェは次の結論に達したと述べています。
1.金属は、その他の自然物体と同様に生成し、成長する。
2.種子的力をもった金属の種子が存在する。
3.こうした種子には、それにふさわしい母胎(マトリックス)と熱があり、そうしたものの働きにより、あるきまった懐胎期間を経て、金属へと成熟する。そして、この母胎は、濃く、固く、不可透入的で、まじりものがなく、すべての部分につまっていて、ガラスに似ている。なお、原典は、次の通り。
まず、晩年になって、彼の授業に出ていた学生のノートのコピーから、次の版が出版されます。
Institutiones et experimenta chemiae, Paris, 1724
これがアムステルダムとヴェニスでリプリントされる。
ピーター・ショーとE.チェンバースが英訳を出版する。
ブールハーヴェ自身はこれらの版をオーソライズすることはなかった。彼自身の版は、次のもの。
Elementa Chemiae, Leiden, 1731
翌年、チュービンゲン、バーゼル、ライデンでリプリントされる。
ティモシー・ダラウの英訳が1735年に出版される。
ちいさいちびといっしょに6時50分。夜半から雨。[ポケットカフェ]
すこしはやいのですが、クリスマス・プレゼントとして、ポケットカフェをちびどもに買ってやることにしました。
今、こどもたちの間では、たまごっちが大流行です。相当高い確率で、小学生達は首からたまごっちをぶら下げています。それが、小学校におにいちゃんかおねえちゃんのいる幼稚園児にも波及し、幼稚園年長さんのクラスでは、もしかしたら半数近い普及度になっています。
たまごっちはあまりに世話が大変そうなので、かわりに「シナモロール ポケットカフェ」がよいというのを、おともだちのお母さんが見つけてきました。おおきいちびは、ずいぶん悩んだあげく、たまごっちではなく、ポケットカフェを選んだというわけです。
ちいさいちびにはまだ難しいと思いますが、一個だとどうせけんかになります。昼食後、ユザワヤに行って、二つ買ってやりました。前に確認のためだけに出かけたときは、3千円でした。今回は、セールで、2680円。お金を出す方からは、こういうセールはありがたい。
ちびどもは、ユザワヤの階段部分で、すぐに封を開けてみました。私には未知の世界ですが、ちびどもははしゃいでいます。
バンダイの分類が、「歩数計機能付き携帯ゲーム」。
こどもの世界に、未知のものが数多く浸透してきています。[ブールハーヴェ]
昨日、木曜日に入手した次の論文を読みました。
Armstrong, Eva V., and Hiram S. Lukens
"Lazarus Ercker and His 'Probierbuch': Sir John Pettus and His 'Fleta Minor'" Journal of Chemical Education, 16(1939), 553-62
この雑誌は、科学史的にオリジナルですごいという論文の出る媒体ではありませんが、有用なレビューが掲載されていることが多い。この論文もその種のもので、その種のものとして有用でした。
そのなかに次の記述がありました。
「エルカーに関する最良の記述は、ヘルマン・ブールハーヴェのものである。ブールハーヴェは、次のように記す。
ラザルス・エルカーは、ドイツ、ハンガリー、トランシルヴァニア、チロル等の地で3人の皇帝に仕えた鉱山監督者である。その地で、彼は、鉱物に関して完全な知識を習得した。エルカーは、経験に富み、廉直で、正直な著者である。理論や推論の言葉を記さなかった彼は、自分の目で見たものしか記述しなかった。彼は、まるで炉の前に座り、目の前に生起したことを語っているかのようである。
彼の書き方は、こうだ。ハンガリーには、これこれの山がある。そこにはしかじかの土がある。それを砕き、粉末にする。それを水で洗う。すると、これこれの色で、しかじかの重さのものとなる。そして、それは、これこれの割合の金、銀、銅を含む。
こうした仕方で彼は、それをどのように苛焼するのか、そうした際にどのような規則や徴候が観察されるのか、火はどのように調整するのか、を教えている。
彼は必ず、もっともオープンで、素直で、簡明実直な文体で、操作にかかわる詳細な条件を記す。そして、例証のために図版を付加する。
彼の本は、ドイツ語 High-Dutchで書かれ、フォリオで印刷された。興味をもった人々に非常に高く評価された。ボイル氏は、この著者を読みたいがためにだけ、ドイツ語の理解できないことを嘆いた。しかし、後に、すぐれた注釈付で、ラテン語に翻訳された。かくて、この一個の著作だけで、試金法の全体をほとんどカヴァーしているのである。」
さて、ラテン語訳とは? ピーター・ショーは、探してみたけれどラテン語訳を見つけることができなかったと記しており、この論文の二人の著者も、ラテン語訳を見つけることはできなかったと告白しています。
4時50分。昨夜のわずかなアルコールのせいです。わあ、さむ。時間がたっても気温が上がりません。ほぼ朝のままの気温で推移しています。まだ冬の寒さではありませんが、ああ、さむ。
[トポス論]
オングの「コモンプレイス・ラプソディー」を読んでいたら、クルツィウス『ヨーロッパ文学とラテン中世』についての言及がありました。
昔読んだこの本を本棚から探し出して、当該箇所、すなわち第5章「トポスとトポス論」を読み直してみました。その導入の文章が傑作なので、少し長めに引用してみましょう。
「古代の修辞学はとりつきにくい主題である。今日、あの若いゲーテのように「すべての詩的なもの、修辞的なものを、快く楽しい」と感じる読者がどこにいるだろうか? 今日、 Curiosities of Literature と Amenities of Literature に魅了されるような公衆がどこにいるだろうか? もし修辞学でさえ現代人にはグロテスクな妖怪の印象を与えるとすれば、彼をしてトポス論に興味をいだかせる冒険がどうして許されよう。」
[入学前検診]
今日は、おおきいちびの入学前検診。幼稚園が終わるのが2時。そして、2時〜2時半受付で小学校の入学前検診。幼稚園と小学校は隣にあるので、おおきいちびは幼稚園から小学校に直行。検診というのは、基本は身体検査ですが、お医者さんのチェックがあります。
とくに問題はないと思っていたのですが、視力が両眼とも 0.8 という結果。朝起きたとき、夜寝るとき、ごくわずかの明かりのなかで、おおきいちびは絵本を読んでいることが多く、それが主たる原因での視力低下だと思います。
もうひとつは、おおきいちびはよく、自分の机(サイドテーブルと呼ばれる種類の机を2つ、台所のテーブルの横において、ちびどもの机としています)で書き物(お友達へのお手紙、お絵かき等々)をしていますが、若干暗いと思っていました。補助照明は実は結構いっぱい買っています。私の部屋につけていて使っていない補助照明をはずして、ちびどものテーブルの上の鴨居に設置してやりました。こういうのも、二つ同じものを用意してやらないとケンカになります。うまい具合に、同じものが二つ余っていました。村上陽一郎「渡邊正雄教授を悼む」『ニュースレター科学史フォーラム』第8号,pp.1,7-16 に戦後すぐの科学史の教科書のことがとりあげられています。
当時、信頼できる参考文献としては、ダンネマン『大自然科学史』と下村寅太郎『科学史の哲学』があるぐらいであった。
村上先生が学生だった頃でも、科学史の教科書としては、ドレイパー『宗教と科学の闘争史』が使われた。他には、凡庸な、S.メイスン『科学の歴史』(上下、矢島祐利訳、岩波書店、1953)も使われていた。
そういう状況に、A.C.クロンビー『中世から近代への科学史』(渡辺正雄・青木靖三共訳、コロナ社、上:1962、下:1968)があらわれたのは、干天の慈雨のごとくであった。
かぞくそろって7時10分。
片づける余裕がないまま、仕事を進めていると、私の机は、洪水のあとのようにまたまた地層ができています。来週から学園祭ウィークにはいるので、そのとき地層をならすことができるかと思っています。さて、今日も長い一日。午後3コマの授業のあと、会食会。
大学に行ってすぐに、図書館で次のものを受け取りました。
1.Armstrong, Eva V., and Hiram S. Lukens
"Lazarus Ercker and His 'Probierbuch': Sir John Pettus and His 'Fleta Minor'" Journal of Chemical Education, 16(1939), 553-62
他大学への文献複写依頼で届いたものです。2.M.M. Postan and H.J. Habakkuk (general editors)
The Cambrige Economic History of Europe, vol.2
Cambridge : Cambridge U.P., 1966-<1989 >
他大学への文献貸借申込によるものです。
6日に開始した所持本リストのバージョン・アップは、見落としたものがあるかもしれませんが、そうしたものを除き、一応100%に達しました。
Microsoft、BLの蔵書をデジタル化
Microsoft は British Library と提携して、著作権の切れた10万冊をスキャンしてウェブ(MSN Book Search) で検索できるようにする、とのこと。
かぞくそろって7時40分。→ちびが風邪をひきました。ちいさいちびは、昨夜、就寝して2時間ほどしてから咳で目覚め、もどしました。ちいさいちびの風邪は、鼻水と咳。おおきいちびの風邪は、咳だけ。幼稚園では、先生を含めて、風邪が流行っています。こういうふうに気温の変化が激しいときには、小さい子どもはどうしても風邪をひきやすい。
でも、朝は元気に幼稚園にでかけました。私もいっしょにでて、大学へ。科研費の書類を1点提出し、頼んでいた用紙(A4 で500枚の10パック)を研究室に運び、部屋の片づけをし、。。。
研究室の本格的な片づけは、久しぶりになります。片づけると案外広い感じがします。午後は、会議。最初は私の司会する総合科目推進室会議。次は、大学院教授会。4時20分には終了しました。
研究室の終了処理をして、5時半まえに帰宅。
かぞくそろって7時半。このぐらいがちょうどよいかもしれません。晴れ。6日に開始した所持本リストのバージョン・アップですが、3分の1程度まで進めることができました。
2005年バージョン作成
ア行カ行
サ行
タ行
ナ行
ハ行
マ行
ヤ行
ラ行
ワ行
![]()
→たぶん、8割ぐらいまで進めることができました。単純作業なので、粘りの一言です。
ひとりおくれて7時20分。割と暖かく、よく晴れた朝。大学に着いてからの行動。
1.事務局総務課人事係に、年末調整のための書類を手渡すこと。
毎年やっていることですが、毎年けっこう頭を悩ませます。最後は担当者に聞いています。
2.図書館に行って、他大学から届いたという報せのあった文献複写と文献貸借書をもらうために、まず支払い書類をもらいます。それをもって会計課に出向き、支払い。今回は2890円。その領収書をもって再度図書館の受付に行き、もの(コピーと図書)を受け取ります。
3.先週発注していた印刷用紙が会計課に届いたという報せがあったのですが、重くなるので、それは後回しにして、研究室へ。
4.研究室で、メールの処理をしたあと、2限の授業の準備。
5.107教室で、「科学技術と社会」の講義。大学から富士山がはっきり見えるようになって、冬の到来が間近だとわかった、という話を皮切りに、システム・ビルダーとしてのエジソンについて講義をする。
6.研究室で昼食。
7.研究室で、3限の授業。シャルティエとマルタンの本を今回で読了。
8.総合文化研究所で、いくらか打ち合わせをしたあと、研究室にもどり、いくらか片づけ。
9.2階の情報化教育支援室で、CD を借りて、帰宅。文献貸借で借りたのは次の本。
R.R. Bolgar (ed.),
Classical influences on European culture, A.D. 1500-1700 : proceedings of an international conference held at King's College, Cambridge, Apr il 1974
Cambridge and New York : Cambridge University Press, 1976
読みたかったのは、Walter J. Ong, "Commonplace rhapsody: Ravisius Textor, Zwinger, and Shakespeare", ibid., pp.91-126. → "Commonplace" に関する事柄がうまくまとめられていて、よくわかります。本の目次を見ると、他にも有用な論文が収録されています。受け取った文献複写は次の2点。
Lisa Jardin and A. Grafton, "Reading for Action: How Gabriel Harvey Read his Livy", Past and Present, 129(1990), pp.30-78.
Lorraine Daston, "Marvelous Facts and Miraculous Evidence in Early Modern Europe", Critical Inquiry, 18(1)(1991), pp.93-124.
大学のメールボックスに、ICU のキリスト教と文化研究所の出している「ニュースレター科学史フォーラム」第8号が届いていました。
1.村上陽一郎「渡邊正雄教授を悼む」
2.鈴木晃仁「文学から医学への影響」
3.林真理「19世紀における生物学の誕生」
帰りの電車のなかで、村上先生の弔辞を読みました。私は、駒場で渡邊先生に教えを受けた最後の世代にあたります。たったの2年間ですが、研究と講義に臨む真摯な態度が大きなものを私に残してくれました。あらためて、冥福を祈り、合掌。
ひとりおくれて7時20分。曇り。雨が降ってきそうな空模様。→天気予報の通り、夕刻から雨。一時はかなり強く降りました。午前中は、昨日の編集委員会の宿題。今回は、気の使う仕事はなかったので、せっせと進めることができました。
ゆっくりとですが、邦語所持本リストを2005年バージョンにアップグレードしていきます。以前は、2000年バージョン。
かぞくそろって6時50分。今日も良い天気。
土曜日ですが、朝から一日仕事。長い日になります。→8時前に家をでて、8時半過ぎに大学。9時半から12時半まで業務。
その足で、武蔵境までまずでて、昼食。飲み屋の昼の定食。(鯖味噌煮)。
そこから大岡山に。乗換案内で調べると、目黒乗換目蒲線が最短で、武蔵境-大岡山が1時間以内。目黒でJR山手線を降りると、目蒲線がありません。東急目黒線に変貌していました。確かに、武蔵境から1時間で大岡山につきました。
駅のなかのコーヒーショップでコーヒーを飲んでから、東工大図書館へ。D.S.B からちょっとしたコピーをとって、編集委員会会場へ。
編集委員会終了後は、東工大前の釜飯屋でご飯を食べて帰宅。9時過ぎ。
軽く風邪気味のようで、かなり喉が乾きます。帰りは井の頭線を使いましたが、JR吉祥寺駅の構内でダカラを買って飲んでいました。
かぞくそろって6時50分。今朝は、寒さがゆるみました。晴れて、気持ちのよい秋空。[ソーンダイク]
おやつの時間に、アマゾンのマーケットプレイスより、ソーンダイクの第14部が届きました。
Lynn Thorndike,
History of Magic and Experimental Science Part 14
New York: Comunbia University Press, 1958, Reprinted by Kessinger
これが最終巻です。索引等を含めて、808頁。
9部、12部、14部と3冊揃いました。やはり、13部、と10部、11部も注文することになるでしょう。次の本も届いていました。
Stanton J. Linden (ed.), William Cooper's A Catalogue of Chymical Books, 1673-88
New York and Londo: Garland, 1987.
→思ったよりも、有用な書物でした。ソーンダイクが本が縦糸だとすれば、この本は横糸にあたります。17世紀後半の英国における出版事情を知るための基本ツールがまとめられています。
次のようなものです。William P. Williams (ed.),
Index of the Stationers' Register, 1640-1708
La Jolla, California: Laurence McGilvery, 1980.Lawler, John,
Book Auctions in England in the Seventeenth Century (1676-1700)BR> 1898; rpt. Detroit: Gale Research, 1968.
Plomer, Henry R.
A Dictionary of the Booksellers and Printers who were at Work in England , Scotland and Ireland from 1641 to 1667,
1907; rpt. Oxford: Bibliographical Society, 1968Plomer, Henry R.
A Dictionary of the Booksellers and Printers who were at Work in England , Scotland and Ireland from 1668 to 1725,
1922; rpt. Oxford: Bibliographical Society, 1968Edward Arber (ed.),
The Term Catalogues, 1668-1709.
3 vols. London: privately printed, 1903-06.
ひとり遅れて8時10分。文化の日で休日。助かります。今週は、金曜日も、土曜日も大学に出なければなりません。木曜日もいつもとおりだとけっこうつらかったのですが、休みなので、ほっとしています。
お昼過ぎにちびどもを連れて、散歩。駅前の東京ガスショップで風船をひとつずつもらいました。駅前のおもちゃ屋さんを覗いたあと、吉祥寺のユザワヤへ。ちびどもの目当てのおもちゃ売場は8階にかわっていました。もともとおもちゃのおいてあった2階は、クリスマス用品売場に変身。その一部が、照明をおとしてクリスマス・イリュミネーション・コーナーとなっており、ちびどもに人気でした。
8階では、おおきいちびがクリスマス・プレゼントに欲しいというおもちゃがおいてあることを確認してきました。(名前は失念。覚え切れません。)ちいさいちびがあめあめというので、2階の計り売りのキャンディー売場で、150グラムぐらいずつのゼリー・ビーン、飴、キャラメル、金平糖を買って、それで帰ってきました。
駅からの帰り道、99円ショップに寄って、私は蜜柑を2袋買いました。おおきいちびはシールを1枚、ちいさいちびはチョコレートを一箱とっていました。
3時に帰宅。ちびどもにはちょうどよい散歩だったようです。[クンデラ]
昨日、訳者の西永良成氏より、次の新著を頂きました。いつもありがとうございます。
ミラン・クンデラ『カーテン:7部構成の小説論』
集英社、2005
ひとり遅れて8時20分。昨夜は咳がひどかった。ちいさいちびもけっこう咳をしています。昨夜から、会計課に出す書類を多く作成していました。
今日も会議の日。午後にはじまるものがひとつと夕刻はじまるものがひとつ。おそらく帰宅は10時頃になるでしょう。近頃の私としては、とても遅い。 →6時15分から7時45分まで、水曜文化講座でした。
講師は関川夏央氏。タイトルは「司馬遼太郎『坂の上の雲』を読む」でした。とても興味深い日露戦争の話。
関川氏と世話役の先生を見送ったあと、幹事は、西荻の大衆中華食堂で夕食。9時半に帰宅しました。[むらさき]
10月末に記した紫の謎ですが、ゆっくりと調べていきたいと思っています。
ということで、まずは、トップページに紫色を多く配してみました。
色彩は、Macintosh & Windows システムパレット共通カラーチャートという色見本を見ながら選んでいます。よく見ると、これも、紫系の色が別々の数カ所に配されています。うーん、矛盾多きムラサキ!
かぞくそろって7時。11月。朝夕は冷え込んできました。
幼稚園は、来春の入園予定者の面接のため、今日はお休み。
お昼過ぎ、近くの公園に遊びにいったちびどもが寒い、寒いと言って帰ってきました。日中も寒かったようです。居間には、朝から寝るときまで床暖房を最低レベルですがずっと入れていました。
諸所に情報が出ていますが、Medieval Studies in Japan (MSIJ) :日本の中世史研究の分野横断的なホームページが開設されています。慶賀すべきことがらです。(世話役の赤江さん、ご苦労様です。)
[イリジウム]
月曜日の授業で、イリジウムを取り上げました。
ドラエモン式に言えば、「どこでも携帯電話」を実現するもので、20世紀の最後に人工衛星6×11=66機のシステムは完成していましたが、売れずに事業として破綻したものです。(1998年サービス開始、2000年破綻)
破綻したままかと思っていたら、何と復活していました。
ウェブの情報によれば、約6千億円かけて配備した衛星網を、ペンタゴンのダミー会社が約30億円で買い取り、軍事用の衛星電話のサービスと、民間用の衛星電話サービスの両方を行っているのだそうです。だとすれば、ペンタゴン自身が計画・配備した GPS と類似のシステムになります。
日本では、この2005年からサービス開始=復活ということで、端末が20万円で販売されていました。普通の携帯電話が役に立たない場所で仕事をする人たちが相手のようです。普通の携帯電話が使えるためには、基地局が設置されていないといけないわけですから、確かに地球上に携帯電話が使えない場所は、まだまだ広大に存在する。アフリカ、中東、鉱山、プラント等々が適用例としてあがっていました。
ある種の NGOや NPO の方々も重宝しているようです。
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97年度
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