かぞくそろって7時45分。(私ではなくちびどもが)昨夜いつもより1時間ほど遅くまで起きていたせいです。
2005年の最後の日。
部屋の片づけはあきらめました。山を1つ残して越年です。せめて、パソコン内の整理だけでも行おうと思ったのですが、どうも気合いが入らないので、そちらも越年。[薔薇十字]
薔薇十字に関連して、昨夜から今朝にかけ、ガリカから次の4点をダウンロードしました。
Andreae, Johann Valentin (1586-1654)
Les noces chymiques de Christian Rosencreutz,
Paris : impr. Jouve et CieAndreae, Johann Valentin (1586-1654)
Reipublicae christianopolitanae descriptio,
Argentorati : sumptibus haeredum L. Zetzneri, 1619Alary, François.
Prophétie du comte Bombast, chevalier de la Rose-Croix...,
Rouen : A. Maurry, 1701
Naudé Gabriel (1600-1653) Instruction àla France sur la vérité de l'histoire des Frères de la Roze-Croix,
Paris : F. Julliot, 1623
かぞくそろって7時前。ちびどもはおきてすぐに昨晩着いたお餅を食べました。ポポが買い物ということで、午前は、私がひとりうちに残りお留守番。すなわち、あかちゃんの世話。一度おしっこをした以外は、とくに私がなすこともなく、妻とちびどもが帰ってきました。抱っこしてもらうと落ち着くようです。
午後は、ちびどもを遊びに連れていくことにしました。久しぶりに午後の気温が10度に達するということで、それなら外でも遊べます。荻窪駅ビルの屋上に連れていきました。小学校の上級生を含め、ちいさいこどもたちでにぎわっていました。
ちびどももよくあそんでいました。
疲れて、ケンカ気味になってきたあたりで、帰ることにしました。地下の食品売場(タウンセブン)で、お正月もの(カニ、蛸、イクラ、数の子)を買って帰りました。さすがに混んでいます。
帰り道、自分たちもなにか買いたいというので、いつのも本屋さんで、おおきいちびは小学4年生、ちいさいちびは幼稚園と称する雑誌を買いました。満足の模様。お正月は天気が下り坂ということで、また外で遊べるのはしばらくさきになるでしょう。
久しぶりに夜テレビを見ました。例の「サスケ」。ちびどももけっこうこの番組が好きです。そして、困ったことに見ているうちにまねをはじめる。寝る前にあまりぴょんぴょんばたばたしてほしくはないのですが、自分なりに考えたまねをしています。
ちびどもがねついたあとは、芸能界のシャル・ウィ・ダンス、すなわち、社交ダンス。こういうふうにテレビを見ていると、もうお正月かと錯覚してしまいます。[アンドレアーエ]
薔薇十字という標識をはずしてみても、ヨハン・ヴァレンティン・アンドレアーエ (Johann Valentin Andreae, 1586-1654) の著作・思想は、この時代の象徴的な意味をもつものではないかと思うようになりました。エディゴフェル『薔薇十字団』によって、薔薇十字に直接関わらない著作を拾ってみましょう。
『精神の剣の鞘』Theca gladii spiritus,1616
『キリスト友愛団への招待』Invitatio fraternitatis Christi ad sacri amoris candidatos,1617-18
『キリスト教市民』Civic Christianus,1619
『クリスチャノポリス共和国の記述』Reipublicae Christianopolitanae Descriptio,1619
『キリスト教的愛の差し出された右手』Christiani amoris dextra porrecta,1620
『キリスト教社会の像』Christianae societatis imago,1620
アンドレアーエ全集ですが、全20巻構成で、現時点で4巻が既刊のようです。
出版者:frommann-holzboog
Andreae, Johann Valentin: Gesammelte Schriften
In Zusammenarbeit mit Fachgelehrten herausgegeben von Wilhelm Schmidt-Biggemann. 1994 ff. 20 B&aum;nde.
既刊は第2巻、第5巻、第7巻、第16巻。
Band 2 :Nachrufe, Autobiographische Schriften, Cosmoxenus.
Bearbeitet, übersetzt und kommentiert von Frank Böhling, Roland Edighoffer, Wilhelm Küllmann und Werner Straube. 1996Band 5: Theca Gladii Spiritus (1616)
Bearbeitet, übersetzt und kommentiert von Frank Böhling, 2003Band 7 :Veri Christianismi solidaeque philosophiae libertas (1618)
Bearbeitet, übersetzt und kommentiert von Frank Böhling, 1994Band 16 :Theophilus.
Bearbeitet von Jana Matlová und Jirí Benes. 2002.アンドレアーエの主要な著作に関しては次のページによい紹介があります。
アンドレアーエの主要な著作 (in English)
これによれば、『化学の結婚』を除き、もっとも読まれた(広く翻訳された)のは、通称『クリスチャノポリス』(正式には上にあるとおり、『クリスチャノポリス共和国の記述』)であるようです。英訳、ドイツ語訳、イタリア語訳があります。[薔薇十字と英国]
なお、イギリスで活躍したドイツ人ハートリッブが、翻訳してもらうために『キリスト教社会の像』『キリスト教的愛の差し出された右手』の2冊をケンブリッジのジョン・ホールに送ります。ジョン・ホールは、英訳をすませ、A modell of a Christian society(& The right hand of Christian love offere)として1647年ケンブリッジで出版されます。(出版の前に、ラテン語原典ともどもハートリッブ・サークルの間で流通していた。)
歴史家トレヴァー=ローパーが「イギリス革命における3人の外国人」と名付けたサミュエル・ハートリッブ( Samuel Hartlib, c.1600-1662)、ジョン・デュアリ (John Dury, 1596-1680)、コメニウス(Johann Amos Comenius, 1592-1670)は、ともにアンドレアーエの思想に共鳴している。
ちいさいちびがめざめて、あかちゃんが違う位置にいるとごねて、6時半。
ちびどもは、おじいちゃんが毎年送ってくれるお餅を楽しみにしています。その荷物が今日着くということで朝起きたときから、お餅はまだか、お餅はまだか、と待っていました。年末ですから、少々遅くなることは予想していたのですが、なんとそのお餅は、普段なら寝ている時間、すなわち夜の7時半すぎてから届きました。おじいちゃんが郵便番号を書き間違っていたため、南北の反対側に言ってしまったと宅急便のおじさんは弁解していました。
早速2つずつ焼いて食べて、すぐにばたんきゅうでした。[松岡正剛の千夜千冊]
年末年始にふさわしい読書は何でしょうか?
『ドイツ神学』を読むのもよいのですが、松岡正剛氏の「千冊にこめた400万字の情報。知の方法を語る松岡正剛の読書術」というサイトを読むのも面白い。
松岡正剛の千夜千冊
一回につき、本文400字詰め原稿用紙換算20枚以上、さらに文献紹介と著者の仕事に関する附記がついています。読んでいない本についてはとても勉強になります。もちろん、読んだことがある本についても教えられることが多い。
12月28日付けでは、ヘルマン・オームス『徳川イデオロギー』を取り上げています。私は普段日本関係のものはあまり読まないので、すごく新鮮な紹介でした。[トビアス・ヘス Tobias Hess ii]
クセジュ文庫のエディゴフェル『薔薇十字団』を読みました。
1616年、『化学の結婚』の出版の年、同じ出版者(ツェツナー)から、『精神の剣の鞘』(Theca gladii spiritus) という匿名の集成が出版された。序文には、アンドレアーエの友人で2年前(1614年)に亡くなったトビアス・ヘスの書類からこれらの格言は発見されたと記されている。
その26年後、アンドレアーエは、アウグストに宛てた手紙のなかで自分が作者だと認めている。
エディゴフェルは、アンドレアーエの出版物間のテキストの照合をしっかり行っています。ですから、彼の言葉はまず信頼しておいてよいでしょう。
エディゴフェル『薔薇十字団』からそのテキストの事実を紹介しておきましょう。
1.『精神の剣の鞘』は、アンドレアーエが1612年から1618年の間に出版した著作(少なくとも)5冊からの抜粋を収録している。
(例。『クリスチャン・コスモクセヌスのホロスコープについての視点』(1612)からアンドレアーエは、30節以上を再録した。)
2.その著作は、ファーマとコンフェッシオ以前に存在した。
3.『精神の剣の鞘』の格言のうち、28は、コンフェッシオからとられている。
内容的には、『精神の剣の鞘』は、穏やかなものです。コンフェッシオにあった、薔薇十字団への言及、奇蹟や驚異のカテゴリーに属する事柄は、削除された。そして、神が自然に記した文字の探究をその哲学の中心的課題にすえた。
一言で言えば、薔薇十字のインパクトもない、同時に騒乱や反発もない、プロテスタントの自然探究思想ということになるかと思います。
あっというまに、御用納めの日。ひとりで5時45分。
ちびどもの風邪はだいたいよくなったようです。そのかわりというわけでもないのですが、あかちゃんに少し鼻づまり。たまに鼻をくんくんさせて苦しそうにします。3日前の続きです。
Hotson, Alsted, pp.95ff. にイエイツ以降の薔薇十字運動の研究史が簡単に触れられています。焦点となる人物は、トビアス・ヘス Tobias Hess だとあります。そして、次の文献が挙げられています。
1.Paul Arnold, Histoire des rose-croix ex les origines de la franc-maçonnerie (1995; 2nd edn., Paris, 1990).
2.Richard van Dülmen, Die Utopie einer christlichen Gesellschaft. Johann Valentin Andreae (1586-1654) (Stuttgart-Bad Canstat, 1978).
3.R. Edighoffer, Rose-Croix et soiété idéale selon Johann Valentin Andreae, 2 vols.,(Paris, 1981/7),
4.Martin Brecht (ed.), Theologen und Theologie ann der Universiät Tübingen, (Tübingen, 1977)
5.Carlos Gilly, Adam Haslmayr, Der erste Verkünder der Manifeste der Rosenkreuzer (Amsterdam, 1994)
最後のGilly 氏の仕事については、平井さんのサイトに詳しい紹介があります。Fama fraternitatisの初版には、アダム・ハスルマイヤによる応答 (Antwort an die lobwürdige Brüderschaft der Theosophen von RosenCreutz) が付されていました。それを掘り起こしたのが、Gilly 氏の研究です。
→おお、なんと、ウェブキャットには Carlos Gilly 氏のドイツ語の本が1冊も出てきません(イタリア語-英語の本は3冊出てくる)。これはちとまずいのではないでしょうか。
(ドイツのアマゾンでは7冊が出てきます。)[トビアス・ヘス Tobias Hess i ]
トビアス・ヘス Tobias Hessに関する邦語ウェブでのまとまった説明は、どうも、「バラ十字会日本本部AMORC公式サイト」にだけあるようです。上の3番目の本 (R. Edighoffer, Rose-Croix et soiété idéale selon Johann Valentin Andreae) から次の紹介をしています。
1616年、アンドレアーエは、次の本を出版します。
Johann Valentin Andreae
Theca gladii spiritus: sententias quasdam breves, veréque philosophicas continens
Argentorati : Lazarus Zetzner , 1616
序文によれば、これはトビアス・ヘスが書いたもので、本文の48の節は、コンフェッシオから取られたものだそうです。
copak で調べてみると、この書物は、トビアス・ヘスを著者とするものと、frommann-holzboogによるGesammelte Schriften (アンドレアーエ全集)のようにアンドレアーエによるとするものの両方があります。HAB では、ヘスが著者で、おそらくアンドレアーエによって出版されたとあります。
バラ十字会の歴史その5 『バラ十字友愛団の信条告白』(後半)は、さらに、Edighofferの本から、ヨハン・アルント(Johann Arndt)についても紹介しています。
コンフェッシオが自然の書について述べた部分は、アルントの著作からほぼ一語一句取られたものだそうです。
アルントの著作というのは次のものです。
Vier Bücher von wahrem Christenthumb
Magdeburg : Francke, 1610-1615
copakで調べると、アルントは人気のあった著作家のようで、17世紀に英訳もなされていますし、20世紀にはいっても多くの版が出版されています。ヨハネス・タウラーやヴァイゲルの徒であったようです。
→どうも邦訳があるようです。ヴァレンティン・ヴァイゲル『キリスト教についての対話』(山内貞男訳、創文社、1997)のpp.207〜248 には、アルントの「真のキリスト教について」が収録されているようです。(実物未見)。
→もしやと思い、本棚にある『ドイツ神学』(創文社、1993)を引っぱり出してきました。この邦訳は、ヨハン・アルントの版(1597)から訳されています。(アルントの版は、1520年のルター版によっている。)解説は以前読んでいます。今回、まずは、アルントの序pp.7-21 だけ読んでみました。まさに敬虔派の面目躍如です。
(『ドイツ神学』を購入したのは、2002年2月9日。解説を読んだのは、その翌日。16世紀17世紀、多くのキリスト者のこころにしみこんだ著者不明のちいさな本です。一例だけをあげれば、大学に入って、人生の意義に関して根本的な懐疑に襲われていたヘンリー・モアのメランコリーを癒したのは『ドイツ神学』でした。)再度もとに帰って、種村季弘氏の「『化学の結婚』解題」を見直しています。上の5冊の文献のうち、デュルメン(Dülmen)氏の研究は使っています。また、Gilly氏の研究については、著作は解題執筆時には間に合っていませんが、次の論集に収録された論文は使っています。
Das Erbe des Christian Rosenkreuz, Vorträge gehalten anl&aum;ssich des Amsterdamer Symposium 18. -20. Nov. 1986 In de Pelikaan: Amsterdam, 1988.
種村さんの表記では、カーロス・ジリー「第1次薔薇十字思想。初期薔薇十字主義者たちの知られざる典拠をもとめて」。
また、3番目のエディゴフェルのものには邦訳があるようです。
ロラン・エディゴフェル『薔薇十字団』田中義廣訳、白水社、1991。
→翻訳は、Rose-Croix et soiété idéale selon Johann Valentin Andreaeではなく、文庫クセジュのものです。この文庫は、部屋を探すと、私の体の30センチのところにありました。それでも探し出すまでに10分はかかりました。灯台もと暗し。
ちいさいちびが目覚めて6時45分。
→ちびどもは、昨夜、風呂に入らずに寝たようです。おおきいちびは夜中かなり汗をかきました。これで熱は下がるでしょう。ちいさいちびは鼻風邪。夜目覚めては、足をばたばたさせていました。これでたまに痛い目にあいます。朝起きてただちに、昨日持ち帰った宿題にかかりました。翻訳のチェック。思っていたよりずっと大変でした。でも、10時までには完了し、速達便で投函。
おおきいちびは朝一番で歯医者さん。昼食後、昨日だした製本物を受け取るために、駒場へ。今回は、6冊。けっこう重かった。
大学の事務より、科研費の収支簿を送ってもらいました。私の方でももちろんつけていますが、ものを買った最終的な金額は、事務の方に情報があります。以前は、こういうサービスはなく、明らかに進歩です。科研費で物品を注文したときの対応も迅速で、こういうサービスの向上はとても助かります。
ちいさいちびが目覚めて6時15分。おおきいちびは昨夜熱を出しました。うなされているので、どうしたのかなと思ったら、38度の熱でした。風邪でしょう。図書館から、文献複写依頼ならびに相互貸借の返答があったという連絡があったので、朝一番で大学に行って来ました。9時5分に大学に着きました。受け取ったのは次の2点。本は慶応の三田から、論文は早稲田から来ていました。
Daniel Cramer
Emblemata sacra ,
mit einem Nachwort von Sabine Modersheim
Hildesheim ; Zurich ; New York : Olms, 1994
Frankfurt a.M., Jennis, 1624 のリプリントです。Sabine Modersheim のあとがきでクラメルとこの書物について概略がわかりました。
1部と2部の図版(エンブレム)には大きな差があります。エンブレムとしては、1部の方がずっとよい。1部のエンブレムには、寓意図のもつ不思議な力があります。E. Trenczak,"Lukas Jennis als Verleger alchemitischer Bildertraktate," Gutenberg-Jahrbuch, 1965, pp.324-37.
さて、今日は、理事会・編集委員会・忘年会の日。
少し早めに家をでて、まず駒場へ。いつものコピー屋さんに製本してもらうコピーの束(今回はこれまででもっとも多い)を渡し、そこから歩いて先端研へ。先端研のなかの生協でパンと暖かい飲み物を買って、会場へ。会議進行中のはしっこで、一息ついてから、編集委員会ならびに理事会。理事会終了後、歩いて下北沢にでて、とある中華料理屋の地下1階にて忘年会。会長・事務局長のふたりが名古屋なので、8時過ぎに解散。
寒風吹きすさぶ寒い一日でした。
かぞくそろって6時15分。クリスマスです。[年賀状]
朝から、年賀状作成。ちびどももお友達に出したいというので、居間は、妻とちびどもの年賀状製作工場となりました。妻が宛名を書き、ちびどもが文字、絵、を書き、シールを貼るという分担です。
その間に私もほぼ宛名書きをすませました。
幼稚園の同級生が予想外だったので、出来上がりを郵便局に出した帰り、コンビニで追加20枚を購入してきました。床の山と格闘中。何とかひとつの山は片づけました。ですがまだ残っています。山の中から Hotson, Alsted が出てきたので、薔薇十字運動との関係を記した部分だけ読みました。アルシュテットの立場は非常に微妙だったことがよくわかります。(アルシュテットが密かに目指していた事柄を、薔薇十字運動はあからさまにしかも論争を巻き起こす仕方で提示してしまった。成り行きに息をひそめつつ、ほとんど沈黙を守っています。)
[モラン発見]
ちびどもが寝付いたあと、片づけを続行していて、やっとモランの本を見つけました。この棚にあったはずだと最初から探していた棚にありました。ただし、横にしてあって、活字がうまく目に入りませんでした。Moran,Bruce T.,
The Alchenical World of the German Court: Occult Philosophy and Chemical Medicine in the Circle of Moritz of Hessen(1572-1632),
Stuttgart: Franz Steiner,1991.
これでこの部屋のなかで探していた本はすべて見つかりました。やれやれ。
すこし安心して年が越せます。
なお、この本については、平井さんのサイトに詳しい紹介があります。[Borell, Biblitheca Chimica]
昼食後、洋古書店で購入した次の本が届きました。
Petrus Borellius,
Bibliotheca Chimica: Seu Catalogus Librorum Philosophorum Hermeticorum,
Heidelberg,1656; Reprinted by Olms, 1969.
わあ、こんなに小さな本だとは思いませんでした。8.5×13.5 センチで、254頁。今の日本の文庫版よりも小さい。→同封されている Bookseller Inventory によれば、これでもオクタヴォ(8つ折り)ということ。私はてっきり12折りかと思いました。
おおきいちびが起きて、6時50分。ちいさいちびもすぐに起きてきました。[カッツ『数学の歴史』]
お昼頃に、次の本が届きました。アマゾンのマーケット・プレイスでの購入です。
カッツ
『数学の歴史』
共立出版、2005年、19,950円
値段から大きな本であることは予想していましたが、ほぼ1000頁の浩瀚な書物です。もとは、Victor J. Katz, A History of Mathematics: An Introduction, 1998.
来年度の特殊研究の教科書に採用するつもりです。→まだ序やあとがきしか読んでいませんが、まあ、ともあれ、この長さのものをよく訳出したものです。基本は、教科書なので、練習問題がついており、回答もあります。寒波の影響でしょう、スーパーに行っても、海産物と野菜類の量がすくなく、高い。雪が積もっては収穫ができないでしょうし、海には漁にでることができないでしょう。
朝、おおきいちびの歯医者さんのあと、サミットに行きましたが、とくに野菜が不足していたようです。私は、年賀状を作成していたら、突然カラー・トナーの調子が悪くなったプリンターのトナーを買いました。コジマに行くまでもなく、ちびどもが買い物をするコーナーに普通においていました。
→私が日常的に使っているモノクロ・レーザープリンターのトナーも今日切れました。4月9日に購入したものです。つまり、最初のトナーは8カ月半もったことになります。仕事の関係上、私は非常によく印刷します。このぐらい持てば十分です。(なお、代わりのトナーはあらかじめ購入してありました。)午後は、冷たい風の吹くなか、クリスマス・ケーキと野菜を買い出しに駅まで。何と言ってもクリスマス・イブ。ケーキ屋さんには人が並んでいました。
私はせめて床だけでも片づけようと思ったのですが、途中でばてました。半減はしましたが、まだ床の上に2つの異なる地層が堆積しています。年内には片づけたいと思います。
かぞくそろって6時半。あかちゃんはだっこしてほしいのかすこしぐずり泣きをするようになりました。[ピアノ発表会&クリスマス会]
昨日寒風吹きすさぶなか、外出したのがいけなかったのか、ちいさいちびが朝からお腹が痛いといいます。気分もすこし悪い模様。ひどく痛いというわけではなさそうなので、ソファーの上に横にならしていました。今日は、午後から「ピアノ発表会&クリスマス会」です。おおきいちびはこれを楽しみにしていて、いけなかったらどうしようと、ぐずっています。
おっとちょうどよいことに、10時過ぎに昨日妻の弟が東京駅近くから送ってくれたプレゼントが届きました。ちいさいちびはこれで復活。江戸お餅、ドラエモンの目覚まし、キャンディー・ヴェンダーが入っていました。
早速台北の叔父さん宅にお礼の電話。ちびどもの叔父さんは、高い、高い、と言っていました。もちろん、台北で暮らしていて、日本に来ると、何でも高く感じるでしょう。とくにおもちゃとかは、理不尽に感じるのではないでしょうか。
発表会は、荻窪で1時から3時。その後2時間ほどクリスマス会。ちいさいちびの状態がよくなければ、発表会終了時に帰ってくるつもりで、いくらか早めにでかけました。
ちびどもは土曜日の午前中、家から歩いて3分ぐらいの場所でピアノ(とヴァイオリン)を教えている先生のところに通っています。二人あわせて1回30分。はじめたのは、数ヶ月前でしょうか。
そこの先生ところに通っている生徒さんたちの発表会です。幼稚園児が半分、小学生が4割、残りが普通の大人という感じです。
皮切りは、ヴァイオリンの合奏でしたが、大人の方が3人混じっています。3人ともずいぶん緊張した面もちでしたが、上手に引いていました。
我が家のちびどももずいぶん緊張していましたが、なんとか、無事にピアノ演奏をすませました。全体は4部構成で、ちびどもは2部。ちいさいちびは、3部、4部と進むうちに眠くなってお母さんの膝の上で寝入りました。おおきいちびも、大きな子、上手な子の出演する4部は、曲目が長くなるので、飽きてきていましたが、最後まで聞いていました。
小学校4〜5年生だと、上手な子はずいぶん上手です。音色にも気を使い、曲想を上手に表現できていました。
演奏会のあとは、クリスマス会。ここで、プレゼントの交換会があります。ちびどもにはこれがもっとも楽しみ。参加者が子ども用のプレゼント(金額指定、5百円〜千円)を持ち寄り、シャッフルしたあと、くじで分配します。何とか、そのころにはちいさいちびも復活していて、誕生月順に引くくじをかしこく待っていました。
ということで、ほぼ最後まで参加することができました。4時半ぐらいに会場を出て、5時ぐらいに帰宅。
音楽会でどうしてこんなに疲れるのかよくわかりませんが、帰ってくると私も妻も疲労の塊でした。
あかちゃんが目覚めて、ぎゃー、ぎゃー泣いて、みんな6時前。このぐらいの時間なら、許容範囲。昨日年賀状を買ってきました。やっと今日から作業に入れると思います。出来上がりは、来週になるでしょう。
[エムブレム21]
下に紹介したクラメルのエンブレムの1つ前です。言葉は、新約聖書「コロサイ人への手紙」2:14から。
「神は、わたくしたちを責めて不利におとしいれる証文を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけられてしまわれた。」書誌がわかりづらいかもしれません。まとめておきます。
Daniel Cramer,
Societas Iesu et Rosae Crusis Vera. Hoc est, Decades Quatuor Emblematum sacrarorum ex Sacra Scriptura
Francofurti, Impensis Lucae Iennis. 1617
この書が最初に出版されます。40のエンブレムからなる薄い冊子です。言葉は、たとえば次の通り。Nil Sum.(私は無である)
「ローマ人への手紙」7:14「わたくしたちは、律法は霊的なものだと知っている。しかしわたくしは肉的である。」
「私は無である。しかし、福音により照らされ、勝利する。かくて恩寵が律法にまさり、私は星々を求める。」
以上が「エンブレム18」に付されている言葉です。ごく短い。これ版をもとに、コンラート・バッハマン(Conrad Bachmann) が『エブレマータ・サクラ』(イェニス、1624)を出版します。
Conrad Bachmann,
Emblemata Sacra.
Francofvrti : Jennisius, 1624
第1部のエンブレムは、クラメルのものです。言葉を増やしています。ラテン語、ドイツ語、フランス語、イタリア語の詩文が付加されています。
第2部は、新しいエンブレムと新しい詩文。形式はまったく1部と同一です。今週はじめから台北から仕事で妻の弟が来ています。皇居のすぐ近くに宿をとっています。本日会う予定でしたが、疲れていて、起きられない由。本日台湾に帰るので、今回は会えません。ちびどもは楽しみにしていたのですが、まあ、仕方ありません。
ひとりで6時15分。とおもったらおおきいちびがすぐに起きてきました。朝一番で大学に出かけて、書類を2点、図書の返却、論文の受け取り、教務事務のつめを行って来ました。
[大阪外大が大阪大学に吸収合併されます]
本日の朝日新聞夕刊に、「阪大と大阪外大が統合へ」という記事が出ていました。2007年10月に統合予定とのこと。統合の話は前から公になっており、今回具体的な進展があったということでしょう。
これで、国立の外国語大学は、東京外国語大学1校となります。
個人的には、大きな船に乗るのは安心ですが、独自の看板を掲げる意味も大きいと思います。大学図書館で、次の論文を受け取りました。
Nef, John U.
"Mining and Metallurgy in Medieval Civilasation"
in The Cambrige Economic History of Europe, vol.2, Trade and Industry in the Middle Ages, ed. M.M. Postan and Edward Miller, 2nd ed. Cambridge: Cambridge University Press, 1987, pp.697-761, 933-40
ずっと欲しかった論文です。文献複写申込によるものです。島根大学から来ました。[Bibliotheca Palatina]
ウェブで別件の調べものをしていて、あのいわくつきの貴重書コレクション「パラティナ文庫」のマイクロフィルムが関西大学に所蔵されていることがわかりました。
関西大学所蔵マイクロ一覧
リンク先に見るとおり、関西大学は、かなりよいマイクロフィルムのコレクションをしています。もちろん、カタログは出版されていますが、どこかで検索ができないか、また時間があるときに調べてみます。なお、関西大学は、カール・メンガー・コレクション=一橋大学社会科学古典資料センター所蔵カール・メンガー文庫マイクロ版集成も所蔵しています。
[ダニエル・クラメル]
12月9日、エヴァンズを取り出したとき、アダム・マクリーンが出版した次の本も探したのですが、見つかりませんでした。今日本に挟まれていたのを掘り起こしました。(もう1冊、探していて見つからないものがあります。そう、モランの名著です。いつ見つかるのでしょうか。)
Daniel Cramer,
The Rosicrucian Emblems of Daniel Cramer: The True Society of Jesus and the Rosy Cross
Grand Rapids, MI.: Phanes Press, 1991
12月14日に紹介した「茨のなかの百合」と同一の図版が採録されています。英訳者は、Fiona Tait.もとの本のタイトルは次の通り。
Societas Iesu et Rosae Crusis Vera. Hoc est, Decades Quatuor Emblematum sacrarorum ex Sacra Scriptura
Authore Daniele Cramero D. Theologo Stetinensi.
Francofurti, Impensis Lucae Iennis.
1617
比較すれば明らかなように、12月14日に紹介した『エンブレマータ・サクラ』(1624)は、これの増補版となっています。最初この本を手にしたとき、図版の異様な迫力に驚きました。
→マクリーンの説明によれば、この書は、はじめ1980年に手作りで250部作成したのだそうです。ほとんど知られていない作品で非常な稀書とあります。(ハブにはありませんでした。イギリスの大学図書館では、グラスゴーに2点、ケンブリッジとバーミンガムに各1点所蔵されています。)薔薇十字運動のピーク、すなわち、アンドレアーエの『化学の結婚』の翌年にルーカス・イェニスの手で出版されています。
タイトルのはじまりが、「真のイエズスと薔薇十字の会」ですから、多くのおそらく互いに対立する読解を誘います。
クラメルは、ルター派の神学者で、反イエズス会論考を著しています。ここのSocietas Iesu というとてもパラドキシカルな用語は、薔薇十字運動のひとつの核心に迫るものです。種村さんの解説にあるとおり、薔薇十字運動は、改革派の神学のなかから出現しますが、旧教におけるイエズス会:新教における薔薇十字運動というふうな比例・対照・対比関係においてみることができます。
マクリーンは、この書の40のエンブレムは、東の仏教の瞑想図であって、ロヨラとザビエルの霊操(spiritual exercise)に真の(別の)対象を与えるものであったと言っています。そうかもしれません。クラメルが「真のイエズスと薔薇十字の会」と記した意図を知るには繊細で精緻な考察が必要ですが、イエズス会を強く意識していたことだけは確かでしょう。
かぞくそろって6時半。おおきいちびはいっしょに降りてきましたが、ちいさいちびは残りました。ああ、もう、ちびどもの幼稚園の終了式。明日から冬休み。
夜中すこし歯が痛んで、歯医者に行こうと思ったのですが、調べてみると駒場の図書館は明日休館。歯の方も痛みは弱まったので、図書館調査を優先しました。
終了式のちびどもを幼稚園に送っていってその足で駒場へ。いつものコピー屋さんに寄った後、図書館でお昼まで作業をしました。
平井さんが14日に記している、ヨハン・シュライテルについては、まったく情報を見つけることができませんでした。(半ば予想していたことです。)
ベック『鉄の歴史』(邦訳ともとのドイツ語)から前にうまくとれなかった部分のコピーをとるのが主たる目標でした。帰途、ユザワヤでコルク・ボードを買いました。ある机の下敷きに使います。
[フィグルス ii ]
平井さんにフィグルスについての基本文献を教えてもらいました。
Joachim Telle,
"Benedictus Figulus : Zu Leben und Werk eines deutschen Paracelsisten",
Medizinhistorisches Journal, 22 (1987), pp. 303-326.
駒場の図書館にあるかと思ったのですが、ウェブキャットで検索すると、日本で所蔵するのは慶應大学医学部を含め、6館のみです。大学に出たときに、図書館から文献複写依頼でコピーを発注することとしました。
駒場の図書館は、科学史に関しては、日本ではもっとも充実しています。理由は簡単で、私の出身した(大学院)科学史科学基礎論があるからです。(ある時期までは、科学史の専門課程としては日本で唯一でした。今は、東工大、京大、北大、神戸大、等々にもできています。)ただし、資料の収集の仕方に不満があります。明らかに、医学史や化学史の分野は弱い。私の学生時代は、先生に要求を出すと、入れてくれていましたが、今はそうはなっていないでしょうか?
ESM=Early science and medicine 誌ですら、ウェブキャットでは4館にしか所蔵されていません。嗚呼!
ちいさいちびが起きて騒いで、6時半。さすがに朝方は冷えます。この強力な寒気団はしばらく日本上空にいすわるようです。
ちびたちを幼稚園におくっていって、そのまま大学に出ました。研究室の片づけが途中で終わっています。完了させたいのですが、どうも十分な時間がとれません。おおきいちびの歯が痛くなったということで、3時半に歯医者さん。妻がちいさいちびもつれていきました。やっと右上の治療が終了したと思ったら、左上の歯の神経がやられたようです。薬で痛みは止まったようですが、帰宅後もショックでずっと泣いており、そのうちに泣き寝入りしました。
目覚めて半時間ぐらいでやっといつもの気持ちを取り戻しました。相互貸借で申し込んでいた次の本が届いたという連絡をうけ、図書館で受け取りました。ドイツの出版地毎(アルファベット順)にその地で活動した印刷業者の名前がリストアップされています。一人あたりは、数行から10行まで。当たり前ですが、ほとんど知らない名前ばかりです。
J. Benzing,
Die Buchdrucker des 16. und 17. Jahrhunderts im deutschen Sprachgebiet ,
Wiesbaden, 1963.
[地域研究]
図書館で次の論文を読みました。
藤井毅「地域研究をめぐる史資料状況―現状と課題」『地域研究』Vol.7, No.1(2005), 157-169.
東京外国語大学の大学院は、たったひとつ「地域文化研究科」です。それでも旧帝大以外の国立大学で、博士課程ができたのは相当にはやい部類だそうです。
個別言語研究と地域研究が柱であることは間違いありません。
組織とはそういうふうに編成されるものなので、仕方がないのですが、私の研究がそのなかに位置づけられるのには違和感があります。
そのプロパーの地域研究にまつわる史資料の状況のレビューです。有用です。
模範的事例をひとつだけ紹介しましょう。pp.160-1.
インドのハイダラーバードとチェンナイ在住の二人の蔵書家が没した。彼らは、ウルドゥー語とタミル語を中心とした傑出した資料を収集していた。その散逸の危機を知って、アメリカの南アジア史資料コンソーシアムが保存に乗り出した。二人のライブラリーを総体として買い取り、保存と整理、公開を担う財団が設立され、さらに図書館そのものの設立された。図書資料の現物は、現地の図書館に残し、本国にはマイクロフォームだけが送られた。
そうしたマイクロフォームをデジタル化し、国を超えて共有すれば、これまで地上のどこにも存在しなかったすばらしいヴァーチュアル・ライブラリーが出来上がる。
ちいさいちびといっしょに6時半。おおきいちび、あかちゃん、妻は、6時50分。天気予報では、日本上空に北極並の大寒波が襲来しているということです。東京ではそこまで寒くはなっていないようです。→気温は正午で6度。ただし、風が強い。落ち葉が音を立てて舞っています。風を受ける場所は、たまらなく寒いでしょう。[試験問題並びに試験日程]
私の担当する授業について、先週授業で公開した試験問題並びに試験日程を以下のようにまとめてこのサイトにアップしました。
2005年度試験日程
総合科目III「科学技術と社会」試験:1月30日(月曜日)、2限、107教室
科学思想史試験:2月2日(木曜日)、3限、227教室
総合科目II「表象文化とグローバリゼーション1」試験:2月2日(木曜日)、5限、101教室
2005年度試験問題公表
「科学技術と社会」試験問題公表
「科学思想史」試験問題公表
「表象文化とグローバリゼーション1」試験問題公表
[17世紀前半のチュービンゲン・サークル]
下に、種村さんの解説から紹介したとおり、薔薇十字運動の社会的母胎のひとつは、17世紀の最初の20年間のチュービンゲン・サークルにありました。
そのメンバーを個別に追っかけてみたいと思います。
ベネディクト・フィグルス Benedictus Figulus
まず、ウェイトによる英訳があります。
A golden and blessed casket of nature's marvels
Translated into English by Arthur Edward Waite from the German original (Pandora magnalium naturalium aurea et benedicta) published at Strasburg in the year 1608
1893: Reprint, London : Vincent Stuart, [1963]
名前ですが、書誌情報には、Benedikt Töpfer. (ベネディクト・テプフェル) と記されています。
ファーガソンは、5点を挙げています。最初は、ウィイトにより英訳された上の『パンドラ』。
Pandora magnalium naturalium aurea et benedicta, de benedicto lapidis philosoph. Mysterio.
Strassburg : L. Zetzner, 1608
ヘルメス・トリスメギストス、パラケルスス、フォン・ズフテン等の論考10点を含みます。次は『ロザリウム』
Rosarium novum Olympicum et benedictum. Das ist: ein newer gebenedeyter philosophischer Rosengart, darinnen vom aller weisesten König Salomone, H. Salomone Trismosino, H. Trithemio, D. Theophrasto, etc. gewiesen wirdt, wie der gebenedeyte guldene Zweig, unnd Tincturschatz, vom unverwelcklichen orientalischen Baum der Hesperidum, vormittels göttlicher Gnaden, abzubrechen und zu erlangen sey: allen und jeden filiis doctrinae Hermeticae, und D. Theophrasticae Liebhabern zu Gutem trewlich eröffnet in zwen Theilen. Durch Benedictum Figulum
Basel, 1608
第1部は、ソロモン、トリテミウス、パラケルスス、フォン・ズフテン等からの抜粋からなります。第2部は、Ventura, De Lapide philosophorum の翻訳。3つめは、『テサウリネラ・オリンピカ・アウレア・トリパルティア』です。
Thesaurinella Olympica aurea tripartita
Franckfort am Mayn, 1608
15点の論考を含みます。
こういうふうに、フィグルスは、第1には錬金術論考の編纂者であるようです。そうした編纂物に前薔薇十字的理念を読みとるのはそれほど難しくないでしょう。
次は、クリストフ・ベゾルト。Christoph Besold, 1577-1638
まずは、トラヤーノ・ボッカリーニ (Traiano Boccalini, 1556-1613) の訳から。
Relation ausz Parnasso : oder, Politische vnd moralische Discurs, wie dieselbe von allerley Welthändeln darinnen ergehen erstlich Italianisch beschrieben von Trajano Boccalini
[Tübingen? Germany : s.n.], 1617
種村さんは、ベゾルトの蔵書3870冊はそのまま残されていると記しています。また「前バロック期・後期人文主義時代第1級の文人」だと賞しています。著作は多くあり、多くの版を重ねたようです。
(→この魅力的な人物について、日本語での研究というものはないものでしょうか?)ちびどもが寝付く時間帯に、アマゾンから次の3冊が届きました。
ダンテ・アリギエーリ『神曲〈1〉地獄篇』寿岳文章訳、集英社文庫、
大場つぐみ原作・小畑健漫画『デスノート9』集英社、2005
佐々木力『数学史入門:微積分学の成立』ちくま学芸文庫、2005
もちろん、『デスノート9』をまっさきに読み通しました。
→電車のなかで、佐々木力『数学史入門』を読み通しました。一気に書かれた本です。一気に読むのがふさわしい。微積分の成立に焦点をあわせていますが、数学の歴史にすこしでも関心がある方なら、まずこの本を通読するとよいでしょう。
かぞくそろって6時半。昨夜、おおきいちびが自分もおかあさんといっしょに寝たいと泣いて、あかちゃんとおかあさんがもとのへやに引っ越してきました。[薔薇十字の覚醒]
12月9日、エヴァンズを取り出したとき、実は、イエイツの『薔薇十字の覚醒』も探しました。見つからない。研究室でも探しましたが、ありません。
それがふとしたきっかけで昨日、この部屋の本棚に並んでいるのが目にとまりました。そう、あっても見えないときは見えない。
ルーカス・イェニスが出版したマイヤーの書物について、解説があります。
「マイヤーに流れるディーとブルーノの伝統」pp.126-131.
『真面目な戯れ Lusus serius 』オッペンハイム、1616
『黄金の象徴』フランクフルト(イェニス)、1617
『騒ぎの後の沈黙』フランクフルト(イェニス)、1617
『黄金のテミス』フランクフルト(イェニス)、1618
『真の発明』フランクフルト(イェニス)、1619:ヘッセン方伯に献呈
『哲学の七』フランクフルト(イェニス)、1620
ついで、「薔薇十字国家ファルツ」pp.131-135 で、マイヤーの弟子達が扱われます。
その最初がボヘミア人ダニエル・ストルク(あるいはストルキウス、昨日名前をあげたStolcius von Stolcenberg, Daniel, fl. 1818-1624 に他なりません)。彼は、プラハ大学医学部を卒業し、1612年マールブルクに着き、さらにフランクフルトを訪ねて、イェニスと出会っている。
彼は、イェニスの勧めで、マイヤーの図版を中心にミリウスのものも採録する『化学の楽園』(フランクフルト、1624)を編集出版する。(ストルキウスは1623年オクスフォードまで亡命していた。)せっかくですから、種村さんの翻訳になる『化学の結婚』も引っぱり出してきました。これも昔読んだことがあるのですが、今回は、種村さんの解説だけ読み直してみました。17世紀初頭のチュービンゲンの知識人社会に関して、見通しが得られました。
『化学の結婚』そのものは、まだ学生だった(18歳)のヨハン・アンドレアーエの、まさに若書きの書物です。勢いと混乱。さらにせっかくですから、ここに薔薇十字運動の3書の書誌を整理しておきます。
1.『ファーマ 薔薇十字の名声』カッセル、1614
2.『コンフェッシオ 薔薇十字の信条告白』フランクフルト・アム・マイン、1615
3.ヨハン・アンドレアーエ『化学の結婚 クリスチャン・ローゼンクロイツ一四五九年』シュトラースブルク、1616
『化学の結婚』は、アンドレアーエが出版を望んだものではなく、出まわっていた草稿をヨハーン・フリードリッヒ・ユングなる人物が勝手に有名な出版者ラザルス・ツェツナーに渡して、世に出たものです。
また、1614年のヴィルヘルム・ヴェッセル版初版『ファーマ』は、次の4つからなる。1.「誠実なる読者へ」という序文、2.「全世界の普遍的かつ総体的改革」、3.付「薔薇十字の名声」、4.付「ハーゼルマイヤーの応答」。
2番目の「全世界の普遍的かつ総体的改革」は、もとヴェネツィアの作家トラヤーノ・ボッカリーリの小説『パルナソスの詳報 Trajano Boccalini, Ragguagli di Parnasso』をクリストフ・ベゾルトが翻訳し、それを抜粋したもの。おお、今月は、ここで100枚に達しました。なかなかのものです。
おお、『エンブレマータ・サクラ』は、オルムスでリプリントされています。イェニスが出版した1624年の2部構成の本です。
また、HAB には、別の『エンブレマータ・サクラ』すなわち、
Hoburg, Christian *1607-1675*
Emblemata Sacra. Das ist Göttliche Andachten Voller Flammender Begierden
Franckfurth und Leipzig, 1692
もあり、画像が入手できます。とても興味深いエンブレムが見られます。
私は6時半。ちいさいちびは、3時に目覚め5時まで寝付かなかったということです。理由は不明ですが、ママ、ママ、と泣いていました。おおきいちびは、たぶん6時頃。昨夜は卒論ゼミの打上コンパ。9時45分ぐらいまで、駅前の寄り道で飲んでいました。ちょうど電車の間隔が伸びる時間帯で、寒空で15分近く電車を待っていました。
あかちゃんと妻の1カ月検診。→体重は、3千9百強でした。生まれたとき小さかったことを考えれば、順調に大きくなっています。
はじめて、院長の顔を見ました。やさしくてよいおじいちゃんの先生、という雰囲気です。産院では同じ日に出産が続いたので、1カ月検診も重なります。私は顔を知りませんが、同じ誕生日の男の子が4人そろっていました。院長先生はにぎやかなのでうれしそうでした。
血液型は、妻と同じ型。[German Baroque Literature iii]
ハロルド・ヤンツ・コレクションの pdf を一通り目を通しました。300頁を超えるので、画面上で見ると目が疲れます。
ドイツのバロックのコレクションですから、ドイツ語が中心です。ライプニッツやヴォルフはかなりあります。モルホッフ8点、ベッヒャーとバジル・ヴァレンティン、各4点。珍しいところでは次のものがあります。
Albinus, Petrus, 1535-1596
Meibnische Land und Berg-Chronica.
Dresden, 1589,90
Jennis, Lukas ... Algemeiner Kunst und Weltspiegels drei B^uuml;cher.
Lukas Jennis, 1619
Lang, Joseph, fl. 1596-1617.
Anthologia Sive Florilegium Rerum et Materiarum Selectarum.
Strassburg, 1662.
Lang, Joseph, fl. 1596-1617.
Loci Communes, Sive Florilegium Rerum et Materiarum Sectarum.
Strassburg, 1613
Walch von Schorndorff, Johann, fl.1609-1618.
Decas Fabularum.
Lazaruz Zetzner, 1609.
[Harprecht, Johann, 1610-ca. 1680.]
Sudum Philosophicum.
[Hamburg], 1660.
Starkey, George, 1628-1665.
Kern Der Alchymie.
Valentin Adler, 1685.
Translated from The Marrow of Alchemy, London, 1654.
Stolcius von Stolcenberg, Daniel, fl. 1818-1624.
Trias Hexastichorum, Sive Tres Centuriae Epigrammatum.
Lukas Jennis, 1622.
Stolcius von Stolcenberg, Daniel, fl. 1818-1624.
Michaelis Meyeri, D. Viridarium Chymicum, Das ist: Chymisches Lust-Gärtein.
Herman von Sand, 1688.
ご覧の通り、私が今調べている、ルーカス・イェニスの周辺、すなわち、17世紀の最初の20年間に浮上した薔薇十字運動に関わる著作が多く含まれます。
また上のスターキーの例のように、意外に英語からのドイツ語訳というのも多くあります。
初期近代のドイツ語圏での出版物を探している人は、一度リストを通読する価値があると思います。
おおきいちびといっしょに6時半。[German Baroque Literature]
昨日、相互貸借で頼んでいた次の本を、図書館で受け取りました。
Faber du Faur, Kurt von(ed.),
German baroque literature : a catalogue of the collection in the Yale University Library
New Haven : Yale University Press, 1958
科学史関係のものはあまりありませんでしたが、ここの著者について10行程度の紹介があります。マイナーな人物に関しては、そうした記述でも有用です。もう1冊、メインタイトルが同じ次の本も頼んでいましたが、お貸しできないということで謝絶されてしましました。
German Baroque literature : a descriptive catalogue of the collection of Harold Jantz and a guide to the collection on microfilm.
New Haven : Research Publications, c1974
むしろ私の本命はこちらだったので、残念です。12月12日に紹介したようにウェブでも情報が見られますが、本に掲載されているものと同じかどうかを確認したかった。&マイクロフィルムの様子・状態についても情報が得られるかと思っていたのですが、まあ、仕方ありません。
→慶応のT氏から連絡がありました。慶應大学には、マイクロフィルムが入っています。Webcat からは検索がかけられませんが、慶應大学のopac ではでます。Harold Jantz Collection は相当貴重なコレクションです。慶応にあることがわかれば、どうにか利用できるでしょう。
(慶応でこれまで実際に利用した人はどのくらいいるのでしょうか?)
おおきいちびといっしょに6時。下に行くかと聞いても、毛布にもぐったままのおおきいちびを残し、ひとりで階下へ。真冬並の寒気がこの1週間日本列島に居座るとのこと。出産からそろそろ1カ月。金曜日には一ヶ月検診があります。妻もだいぶ元気になってきました。ということで、今朝は幼稚園の朝の送りを妻がやってくれました。
その間に、積み重なっている仕事を2点進めることができました。
年末ですから、試験等の教務事務の他にも、事務的用件があり、個人的にも進めておきたいことがらがいくつかあります。[会議の日]
3時半スタート予定の大学院教授会のスタートが1時間遅れて、4時半開始。終了は、6時40分過ぎ。私は、6時52分多磨駅発の電車に間に合い、7時20分には帰宅できました。[Emblemata Sacra. ]
「茨の中の百合の如く。」
せっかくですから、もとの文を紹介しておきましょう。Non Laedor.
Con inter spinas positum est, & crebra minatur
Punctio, vulnidico laedere nosmet acu.
Incassum. valet atque viget fructusque ministrat.
Candida nam niveo lilia flore nitent.独語と仏語と伊語もあります。
Comme la rose entre les espines.
D'Espines & chardons poignans enuironne
Mon coeur de toutes parts, n'not craint pas la blessure:
Mais ainsi que la rosa, retient sa vermeillieure,
Sans estre aulcument du danger estonne.どうしてもとの百合が薔薇になっているのか、よくわかりません。→理由がわかる方がいらしたら是非お教え下さい。
ちびどもが目覚めて、6時。今日は、私が歯医者に行かないといけないようです。奥歯がどうも限界の模様。まことに歯の痛みは別格です。卒倒しそうになります。
10時に予約が取れたので、ちびどもを幼稚園に送って一度帰ってから、再度出かけました。いきなり神経を抜くのはもったいないので、歯茎とのちょうど境目にある穴を埋めてしばらく様子を見ようということでした。軽い麻酔をかけてくれたので、小一時間は平気でした。
ということで、その足で駒場へ。コピー屋さんに預けてあった1点を受け取り、追加して2点預けてから、生協に向かいました。前にユザワヤで探したときに、適当なものが見つからなかったマイタックラベルを購入しました。それから書籍部で次の4冊を購入しました。本田毅彦『大英帝国の大事典作り』講談社選書メチエ、2005。
高橋巌『ディオニュソスの美学』春秋社、2005。
東浩紀編著『波状言論S改』(大澤真幸・北田暁大・鈴木謙介・宮台真司)青土社、2005。
ガレノス『ヒッポクラテスとプラトンの学説1』内山勝利・木原志乃訳、京都大学出版会、2005。(西洋古典叢書第3期第13回)
実在の本屋さんでこんなに本を買うのは久しぶりです。
それから、駅前の喫茶店で昼食をとり、さきほど頼んでいたものを受け取って帰ってきました。[那須敬氏論文]
昨日、大学のメールボックスで受け取った次の那須敬氏の論文を読みました。那須さん、別刷りありがとうございます。
那須敬「反寛容の構築―イングランド革命期の異端論争を再考する―」
『歴史学研究』2005年12月号、pp.15-27.
日常的に、『歴史学研究』という雑誌は見ていないのですが、那須氏の論文は、特集:異なる宗教が織りなす社会(II)、の2本のうちの1本として採録されています。
歴史学研究会は1932年創設とあります。今月は、これまでで、84枚。飛ばしています。
かぞくそろって6時半。まずは、おおきいちびが目覚めました。ちびどもはクリスマス会の振替休日。
ちびどもは休みなので、いつもと同じ時間にひとりで家をでました。ひとりだと武蔵境発の西武線にいつもより一本前に間に合います。(いつもは、9時半。今日は、9時18分。顔見知りの顔がいつもと違います。)
まず、会計課にでむき、書類を提出。それから図書館にでむき、3点の書類を提出。それから、コピーセンターで2限の講義のための配布物をコピーしました。[ボイルニュースレター]
Macintosh OS9 では真っ白になってしまうボイルホームページを久しぶりに、OS X でみました。新しい2005 Boyle Newsletter が出版されていました。
と思ったら、先ほど、主催者マイケルから、"On the Boyle, 7" のリリース・ニュースがメールで来ました。[エンブレム・サイト]
Glasgow University Emblem Website
フランス語のエンブレム・テキストを専門とするサイト。グラスゴー大学の所蔵するStirling Maxwell Collection of Emblem Books による。このコレクションは、エンブレム・ブックのコレクションとしては、世界有数。
有用な内容があります。[Harold Jantz German Baroque Collection ]
Primary Source Microfilm
おなじみのゲールによる、一次資料のマイクロのリスト。とても便利。
実は、こういうリストを探していました。
とくに今回有用だったのは、Harold Jantz Collection of German Baroque Literature です。ヴァルチの著作もこのコレクションに収録されていました。
[情報自由論]
中央公論で連載され、本としての出版が待ち望まれていた東浩紀氏の「情報自由論」ですが、出版を断念されたようです。その代わりに、全文がウェブで読めるように工夫されています。
東浩紀氏の「情報自由論」
[自然宿主としてのコウモリ]
久しぶりに、 山内一也(東大名誉教授)さんの「連続講座 人獣共通感染症」のサイトを見ると、SARS もエボラ出血熱もウイルスの自然宿主がコウモリであることがかなり確からしくなったとあります。ずっと謎だったのですが、コウモリだったか、というところです。
同じく、BSE の起源が人のクロイツェル・ヤコブ病である可能性を指摘した論文を紹介されています。それがほんとうだとしたら、かなり恐ろしい話です。背後には、イギリスのひどい肉骨粉産業があります。必読。[総合雑誌]
駅からの帰途、3冊の総合雑誌を買いました。『中央公論』『月刊現代』『論座』2006年1月号です。
竹中平蔵の研究を読んでいます。こうした記事で彼のことがかなりわかるようになりました。[賢者の石 ii]
The Book of Lambspirngが最初に印刷された Nicolas Barnaud, Triga chemica: de lapide philosophico tractatus tres..., Leiden 1599 は、UCM からダウンロードしてストックしてあります。研究室でプリントアウトし、ドイツ語バージョンと比較してみました。
たしかに、翻訳です。そして、もっと注目すべきは、Nicolas Barnaud の書物は本来は、図版を挿入するように用意したらしいということです。図版のあるものと文章がまったく同じです。序の最後が「次の図1が続く」とあります。しかし、図版はなく、文章(詩)だけが続きます。どういう事情で図版が掲載されなかったのかはわかりませんが(未調査)、構成は図版の挿入を予定していた、と言ってよいように思われます。
なお、ラムスプリンクは、Lambspringk と綴られています。
こうした謎を追求しているうちに、人は錬金術の世界に深入りすることになるのでしょうか。そうした罠を感じます。
おおきいちびはおそらくいつもとおり。私は、7時前。昨日の疲れが残っていました。
昼下がり、あかちゃんの世話をポポに任して、久しぶりに車で買い物。まず、サミットに向かったところ、駐車場が満車。ついで、西友に行っても同じく満車。仕方がないので吉祥寺の三越へ。満車に近い状態でしたが、満車ではなく、やっと車を降りて買い物をすることができました。おなかをすかせていたちびどもには、パンを買ってやり、お店の一角で食べさせました。その間に、妻が買い物。
12月11日でこの状態ですから、来週は、もっと混むでしょう。しかし、まだ11日なのにどうしてこんなに混むのでしょうか? どうも不思議です。12月9日に探究を開始した錬金術の図像(私の探究の主題は、図像学ではなく、図像の使い回しの様子です)ですが、このページとしては例外的に実例を掲げましょう。
『ヘルメス博物館』の冒頭の「賢者の石に関する黄金論考」からです。
HAB のopak で検索すると、Jennis では2点の作品が電子テキストとして入手できます。Dyas chimica tripartia (1625) の他には、Emblemata Sacra(1624) があります。
Conrad Bachmann,
Emblemata Sacra.
Emblematum Sacrorum Prima Pars. Das ist: Fünfftzig Geistlicher in Kupfer gestochener Emblematum auss der H. Schrifft von dem suessen Namen vnd Creutz Jesu Christi. Erster Theyl. Inventirt vnd angegeben durch ... Daniel Cramern
... Nachmaln von Herrn Cunrado Bachmanno ...
mit Lateinischen vnd Teutschen von M. C. R. aber mit Frantzoesischen vnnd Italiänischen Versen oder Reymen erklaeret gezieret vnd zu einem ... Buch angeordnet.
Francofvrti : Jennisius, 1624
ここから、22番目のエンブレマータを示します。
標題は、「茨のなかの百合の如く」。
『雅歌』第2章の2「おとめたちのうちにわが愛するもののあるのは、いばらの中にゆりの花があるようだ。」
おおきいちびがおきて5時半まえ。はやすぎです。ちいさいちびは、昨夜、あかちゃんの部屋とこちらを行ったり来たり。夜の10時半ぐらいに一度目覚め、最近飲まなくなっていたミルクを飲んでから、お母さんの部屋へ。しばらくいましたが、あかちゃんの部屋で暴れて、お母さんに叱られて、戻ってきました。寝付いたかなと思ったら、やっぱりお母さんの側がよいと再度あかちゃんの部屋へ。
弟が生まれて、あかちゃん返りを心配していました。4歳になっているからでしょう、それはあまりなかったのですが、たまにこういう行動にでます。
予想に反して、おねえちゃんの方は、それほどはあかちゃんに関心を示していませんが、妹の方がやる気満々です。あかちゃんが泣くと、抱っこをしたがります。まだ危ないから止めなさいと注意すると、パパのばか、と言って怒ります。
あかちゃんのおててが外に出ているのを見つけると、すぐに袖のなかに入れてやります。最初のころ、自分の顔をひっかいて顔に傷がついていたので、妻が、手がでないようにしたら、それを見て覚えたものです。午後、幼稚園のクリスマス会。かわいい服が着られるのがちびどもの楽しみです。
6カ月検車のために、ニッサンまで車ででかけ、そこからクリスマス会の会場へ歩きました。クリスマス会そのものは、1時スタートですが、年長さんは12時15分に写真撮影があるということで、12時前に自宅をでました。
1時〜4時。こどもたちはみんな楽しかったようです。ですが、3時間は、幼稚園児にはすこしながく、終わると顔に疲れがありました。
親も疲れました。とくに妻は久しぶりの本格的な外出だったので、会場の座席で半時間ほど息を整えていました。
演技者としても観客としても、こどもたちが満足だったので、よいクリスマス会でした。
おおきいちびがおきて5時半。はやすぎ。今日はちびどもの幼稚園は午前中のみ。
ちびどもを幼稚園に送っていったあと、今日も駒場へ。コピー屋さんに発注していたものを受け取り、また1点を発注して、とんぼ帰りしてきました。一度自宅で休んでから、ちびどもの出迎えに。11時40分終了なので、25分に家をでました。出迎えの前に、郵便局で2点支払い。郵便局は混んでいたのですが、まあ、だいたいちょうどよいぐらいに時間に着きました。
今日は日当たりのあるところはずいぶん暖かく、上着を脱いで遊ばせました。30分ほど、放課後の園庭で遊んでから、帰宅。すぐに昼ご飯。さすがによく食べています。
様子をみて、1時40分頃、夕食の買いもの。ちびどもを連れていきました。ちいさいちびは飴、大きいちびはチョコレートをそれぞれ自分のために選びました。私は、肉と野菜。
帰ってきてすぐに、おおきいちびの歯医者さん。最近は混んでいます。歯医者さんの話では年末は混むのだそうです。(どうしてなのか、よくわかりません。)2時25分に着いて、終了は3時40分。
たいしたことをしているわけではないのですが、忙しい。
ちびどもを迎えにいったとき、おおきいちびの同級生のお母さんに、顔が疲れていますよ、と言われてしまいました。もうしばらくはいたしかたなし。[試験の季節]
年末に近づくと、そろそろ試験の季節となります。
昨日の科学思想史の講義ですが、学生たちと相談して、2月2日(木曜日)としました。来週、試験問題を配付します。
月曜日の講義の方をどうするかは、もうすこし考えます。[賢者の石について]
一昨日(12月7日)に紹介した The Book of Lambspirng ですが、邦訳があります。ヘルメス叢書
『賢者の石について(ラムスプリンク)&生ける湖の水先案内人』(白水社、1994)ここに完全なものではありませんが、基本的な書誌は記されています。
もっと詳しくは、Adam McLean氏の驚異のサイト、levity.com に説明があります。
A Threefold Alchemical Journey: Through the Book of Lambspring
その説明によれば、この小論考は、16世紀の後半の20年間、手稿の形でかなり広く流通していたようです。いろんな図書館にその手稿が残されています。
そして、霊的錬金術書のひとつの典型だとあります。つまり、物理的操作について何らの示唆を与えるものではなく、内的過程(こころのなかのうごき)の象徴だということです。
さて、この小論考を最初に印刷した、 Nicolas Barnaud, Triga chemica: de lapide philosophico tractatus tres, editiore & commentatore Nicolao Barnaudo Delphinate Gallo, Philosopho & Medico., Leiden 1599 ですが、ファーガソンによれば、次の3つの論考からなります。
1.Lambspringk, De Lapide Philosophico, p.11.
2.Philosophus Gallus Anonyumus, Liber secreti maximi totius mundanae gloriae, p.25.
3.Arcanum Philosophorum, & Brevis elucidatio ,p.41
このTriga chemica そのものは、稀書のようです。ハブで検索をかけてもヒットしませんでした。copakでは1館のみ。
なお、Triga chemicaを含み、Nicolas Barnaud の有名な作品4点は、ウェブで入手できます。(ガリカ、UCM)。中身は見ていませんでしたが、私はすでにダウンロードしてストックしてありました。[出版者ルーカス・イェニス]
出版者ルーカス・イェニス(Lucak Jennis)のことが気になったの、すこし調べてみました。
彼自身の名前が編者としてあげられている著作があります。Jennis, Lucas
Catalogus omnium librorum, qui ab anno M.DC.XVI. maximae partis sumptibus Lucae Jennis
1622
(フランクフルト書籍フェアの1600年から1636年のカタログのなかに綴じられているとのこと。)Jennis, Lucas
Wassersein der Weysen. Oder chymisches Tractätlein, darinn der Weg gezeyget, die Materia genennet, vnd der Process beschrieben wird, zu dem hohen Geheymnüs der Universal-Tinctur zu kommen. Dabey auch zwey ... andere Büchlein ...
I. Johann von Mesung.
II. Via veritatis, der einigen Warheit.
Vormahlen durch Lucas Jennis aussgeben. Nunmehro aber wiederumb new aufgeläft, vnd noch dabey gefüget zwey Respons von dem F.R.C., etc
Franckfurt am Mayn : C. le Blon, 1661ついで、ミリウス(Joannes Daniel Mylius, b. 1585 or 6, fl. 1616) とマイヤー (Michael Maier, 1568?-1622) の著作をかなり多数出版しています。
Mylius, Joannes Daniel
[Antidotarium medico-chymicum reformatum : continens quatuor libros distinctos, quorum :
1. Generaliora in pharmaciam requisita explicat :
2. Tractat de quibusdam exoticis in nostris basilicis omissis :
3. Tradit praecepta Galenic. et chymicorum de praeparatione medicamentorum :
4. Resolvit formas et dividit medicamenta tam Galen. quam chymicorum]
[Francofurti] : [L. Jennis], [1620]
Mylius, Joannes Daniel
Ioannis Danielis Mylii ...
Complementum operis medico-chymici :
Continens tres tractatus seu Basilicas, quorum
I. inscribitur Basilica medica.
2. Basilica chymica.
3. Basilica philosophica
Francofurti : Impensis Lucae Iennis., 1619
Mylius, Joannes Daniel
Ioannis Danielis Mylii t. & med. candidati vvetterani Hassi
Philosophia reformata
continens libros binos :
I. Liber in septem partes diuisus est.
Pars 1. agit de generatione metallorum in visceribus terrae.
2. tractat principia artis philosophicae.
3. docet de scientia diuina abbreuiata.
4. enarrat 12. grad. sapientu[m] philosoph.
5. declarat amb. in hac diuina scientia.
6. dicit de recap. artis diuinae theori.
7. ait de artis diuinae recap. practica.
II. Liber continet authoritates philosophorum
Francofurti : Apud Lucam Iennis., 1622
Mylius, Joannes Daniel
Joannis Danielis Mylii, Medicinae Candidati,
Tractatus Secundi, seu
Basilicae Chymicae, liber septimus: De Animalibus
Francofurti : Sumptibus Lucae Iennis., 1620
Mylius, Joannes Daniel
Joannis Danielis Mylii philosophiae & medicinae doctoris
Anatomia auri, siue Tyrocinium medico-chymicum :
continens in se partes quinque: quarum
I. Tradit concordantiam & harmoniam solis coelestis cum auro terrestri: item auri definitionem & confusam multorum physicorum de auro opinionem;
II. Agit de medicinis aureis & receptis antiquorum ac recentium medicorum, aurum ingredientibus, tam in simplici, quam praeparata forma;
III. Tractat de auri potabilis praeparatione tam vulgari, quam philosophica;
IV. Exhibet vsum medicinalem auri potabilis tam communis, quam veri & philosophici;
V. Demonstrat ideam lapidis philosophici in duodecim figuris
Francofurti : Sumptibus Lucae IennisI bibliop., 1628
以上、ミリウスのもの。以下は、マイヤーのもの。
Maier, Michael,
Septimana philosophica :
qua aenigmata aureola de omni naturae genere a Salomone Israëlitarum sapientissimo rege, et Arabiae regina Saba, nec non Hyramo, Tyri principe, sibi invicem in modum colloquii proponuntur et enodantur: ubi passim novae, at verae, cum ratione & experientia conuenientes, rerum naturalium causae exponuntur et demonstrantur, figuris cupro incisis singulis diebus adiectis
Francoforti : Typis Hartmanni Palthenii sumptibus Lucae Jennis, 1620
Maier, Michael,
Silentium post clamores, hoc est, Tractatus apologeticus, quo causae non solum clamorum seu reuelationum Fraternitatis Germanicae de R.C. sed & silentii, seu non redditae ad singulorum vota responsionis, unà cum malevolorum refutatione, traduntur et demonstrantur, scriptus
Francof. : Apud Lucam Iennis, 1617
Maier, Michael,
Lusus serius,
dast ist: Lustiges doch ernsthafftes Spiel unnd Gespräch, in welchem Mercurius metallorum
Frankfurt am Mayn : In verlegung Luae Jennisii, 1625
Maier, Michael,
Lusus serius :
quo Hermes sive Mercurius rex mundanorum omnium sub homine existentium, post longam disceptationem in concilio octovirali habitam, homine rationali arbitro, judicatus & constitutus est
Oppenheimii : Ex chalcographia Hieronymi Galleri, sumptibus Lucae Jennis Bibliop., 1616
Maier, Michael,
Civitas corporis humani, a tyrannide arthritica vindicata
Francofurti : impensis Lucae Jennis, 1621
→この領域ならば、エヴァンズの『魔術の帝国』に記述があるはずだと思い、索引を見てみました。やはり、ありました。
pp.256-7. ミヒャエル・マイヤーは1614年から1620年にかけて、豊かな寓意図で彩られた錬金術書を立て続けに出版した。それらはすべて、ラインラントで、すなわち、一方でオッペンハイムのド・ブリー兄弟のもとで、他方でフランクフルトのルーカス・イェニスのもとで出版された。
pp.349-50. 薔薇十字運動に関係する書物のなかで最も想像力に富む物語、『クリスティアン・ローゼンクロイツの化学の結婚』は、1616年シュトラスブルクのツェツナーが出版し、1617年ルーカス・イェニスも出版した。イェニスは、婚姻を通じて、オッペンハイムのド・ブリー家と姻戚関係にはいっている。
p.351. ついでに。「こうした改革運動すべての中心に立っていたのはヘルボルンのアカデミーの教授、J.H. アルシュテットであった。」
つまり、イェニスは、17世紀の冒頭の20年間に現れ出た、薔薇十字運動と錬金術的図像の出版界におけるひとつの中心であった、と言えるわけです。エヴァンズは、基本的な文献も記してくれています。
E. Trenczak,"Lukas Jennis als Verleger alchemitischer Bildertraktate," Gutenberg-Jahrbuch, 1965, pp.324-37.
J. Benzing, Die Buchdrucker des 16. und 17. Jahrhunderts im deutschen Sprachgebiet, Wiesbaden, 1963.
錬金術の図像に関する、美麗本、 Stanislas Klossowski de Rola, The Golden Game は、マイヤーの著作を9点、ミリウスの著作を4点とりあげています。すこしそこから解説を援用しましょう。
ミリウスの『改革された哲学』(1622)の版画は、バルタザール/バルツァール・シュヴァン(1624年没。フランクフルトの住人)による。この寓意図は、ダニエル・ストルキウスの Viridarium chemicum (1624) とChymisches Lustgärten(1627) で再利用されている。(ともに、イェニスの手で出版された。)これらの著作は多くをマイヤーとバジル・ヴァレンティンに負っている。ミリウスの『医学-化学著作:医学の殿堂、化学の殿堂、哲学の殿堂を含む』(1618)は、3000ページを超える大作です。1630年にイェニスにより、索引が別途出版されます。最初マイヤーのTripus Aureus で出版されたヴァレンティンの12の鍵を含んでいます。
3つめの『哲学の殿堂』は、160人に哲学者の紋章(シール)を含みます。この紋章は、Dyas chimica tripartia (1625) に採録され、さらに1627年ダニエル・ストルキウスの著作Hortulus hermeticus (1627) にも収録されますが、この冊子は、この紋章そのものを主題とするものでした。(もちろん、イェニスによる出版。)
上に実例をお見せしたのは、Dyas chimica tripartiaから、クロルとミリウスが並んでいる箇所。さて、イェニスの出版本を続けます。
上に名前の出てきたダニエル・ストルキウス(Daniel Stolcius) から。
Stolcius, Daniel
Chymisches Lustgartlein
Franckfurt : In verlegung Lucae Iennis, 1624
Stolcius, Daniel
Hortulus hermeticus flosculis philosophorum cupro incisis conformatus, & breuissimis versiculis explicatus quo chymiatriae studiosi pro philotheca uti, fessique laboratoriorum ministri recreari possint.
Francofurti : Impensis Lucae Jennisii, 1627
8voで84紙葉ですから、ブックレットです。Emblem Booklet.
おおきいちびがおきて6時前。いっしょに階下に降りて、ご飯のしたく。ちびどものお弁当も年内はあと2回を残すのみ。すぐに短縮にはいります。[ヘルメス博物館第2巻]
昨日の第1巻に続き、『ヘルメス博物館』の第2巻の目次を掲げます。Table of Contents: Volume 2 of The Hermetic Museum
1. The Chemical Treatise of Thomas Norton, the Englishman, called Believe-Me, or The Ordinal of Alchemy
2. The Testament Of Cremer, Abbot Of Westminster, And Brother Of The Benedictine Order
3. The New Chemical Light, Drawn from the Fountain of Nature and of Manual Experience. By Michael Sendivogius.
4. The New Chemical Light, Second Part, Concerning Sulphur. By Michael Sendivogius.
5. An Open Entrance to the Closed Palace of the King. By the Anonymous Sage and Lover of Truth. (i.e., Eirenaeus Philalethes)
6. A Subtle Allegory Concerning the Secrets of Alchemy very useful to possess and pleasant to read. By Michael Maier
7. The Three Treatises of Philalethes. I. The Metamorphosis of Metals.
8 . The Three Treatises of Philalethes. II. A Short Vade Mecum or Guide to the Celestial Ruby.
9. The Three Treatises of Philalethes. III. The Fount of Chemical Truth.
10. John Frederick Helvetius' Golden Calf, which the World worships and adores: in which is discussed the Most Rare Miracle of Nature in the Transmutation of Metals, viz. : How at the Hague a Mass of Lead was in a Moment of Time changed into Gold by the Infusion of a Small Particle of our Stone.
11. The All-Wise Doorkeeper, or a Fourfold Figure, exhibiting analytically to all who enter this Museum the Masaico-Hermetic Science of Things above and Things below
ご覧の通り、センディヴォギウスが2点、スターキー=Eirenaeus Philalethesのものが3点含まれています。
おおきいちびといっしょに5時45分。外はまだ暗い。
あかちゃんが泣いて、ちいさいちびも6時過ぎには居間に降りてきました。
水曜日は会議の日。午後1時〜2時。&午後3時半〜?→?としたのは、遅くなる可能性があるからでした。予想とおりでした。先週に続く学部教授会は、久しぶりに7時を超えて、15分に終了。議題の内容上、これは、まあいたしかたありません。
うちに帰り着くと、妻がぐったりしていました。出産後、はじめての外出でした。お昼前に幼稚園にちびどもを迎えに行き、その後、いろいろと動く必要があって、疲れたようです。あと、1週間すればかなり楽になると思います。おそらく、2週間すれば、まずまず普通に近づくのではないでしょうか。大学に着くと、平井さんとの共著論文が掲載された Early Science and Medicine が届いていました。この雑誌では、別刷り(offprint)はなく、雑誌本体を5部著者には送ってくれるということです。実は、Early Science and Medicine の実物を見るのははじめてです。(これまでは、必要な論文のコピーを送ってもらっていました。)なるほど、こういう感じなのか、というところです。
[ヘルメス博物館]
ウェブで調べていると、ウェイトによる『ヘルメス博物館』の英訳は、相当割合ウェブで見られることがわかりました。
The Hermetic Museum
Restored and Enlarged;
Most Faithfully Instructing All Disciples of the Sopho-Spagyric Art How That Greatest and Truest Medicine of
THE PHILOSPOPHER'S STONE MAY BE FOUND AND HELD.
Now First Done Into English From The Latin Original Published at Frankfort in the Year 1678
Containing Twenty-two most celebrated Chemical Tracts.
Published in London, 1893
Arthur Edmund Waite
です。巻1に関しては、11の論考のうち9点が、巻2に関しては、11のうち6点のe-text がアップされています。
質はいまいちですが、図版もアップされています。以下、まずは、巻1の目次を示しましょう。(ウェブのものと印刷版のタイトルは微妙に違いますが、ここでは印刷版の方をあげています。)
Table of Contents: Volume 1 of The Hermetic Museum
1.The Golden Tract Concerning the Stone of Philosophers ,by an Anonymous German Adept.
2. The Golden Age Restored: Having now appeared a second time, flourished beautifully, and brought forth gragrant and Golden Seed. By Henry Madathanas.
3. The Sophic Hydrolith; or Water Stone of the Wise, That is, a chymical work, in which the way is shewn, the matter named, and the process described; namely, the method of obtaining the universal tincture.
4. The Demonstration of Nature, made to the erring Alchemists, and complaining of the Sophists and other False Teachers. Set forth by John A. Mehung.
5. A Short Tract, or Philosophical Summary, by Nicholas Flamell,
6. The Only True Way; Or, An Useful, Good, And Helpful Tract, Pointing Out The Path Of Truth.
7. The Glory Of The World; Or,Table Of Paradise; A True Account Of The Ancient Science Which Adam Learned From God Himself; Which Noah, Abraham, And Solomon Held As One Of The Greatest Gifts Of God; Which Also All Sages, At All Times, Preferred To The Wealth Of The Whole World, Regarded As The Chief Treasure Of The Whole World, And Bequeathed Only To Good Men; Namely The Science Of The Philosopher's Stone.
8. A Tract Of Great Price Concerning The Philosophical Stone. Published By A German Sage In The Year 1423, Under The Following Title: The True Teaching Of Philosophy Concerning The Generation Of Metals And Their True Origin.
9. A Very Brief Tract Concerning the Philosophical Stone. Written by an unknown German Sage, About 200 years ago, And called the Book of Alze. But now published for the first time.
10. The Book of Lambspring, A Noble Ancient Philosopher, Concerning the Philosophical Stone; Rendered into Latin Verse by Nicholas Barnaud Delphinas, Doctor of Medicine, a zealous Student of this Art.
11. The Golden Tripod; or, Three Choice Chemical Tracts, namely: that of Basilius Valentinus, a monk of the Benedictine Order, called Practica, with Twelve Keys and an Appendix..
初期近代の著作に関しては、テキストも図版も使い回しが多い。一般的な知識としてはこのことは常識です。しかし、具体的に、どのテキストがどう使い回されたか、どの図版がどう使い回されたか、を知りたい。
これも少しずつ、調べていこうと思います。
Abraham Lambspring, The Book of Lambspring
ALCHEMY: a bibliography of English-language writings. 2nd (Internet) edition 1 Nov 2005によれば、次の通りです。
この非常によく知られている書物の最初の出版は次のものです。
Nicolas Barnaud, Triga chemica: de lapide philosophico tractatus tres..., Leiden 1599
ただし、図版なし。詩のみ。
これが、『化学の劇場』(1602) の第3巻に採録されます。
さらに、1625年、ルーカス・イェニス (Lucas Jennis) がこの書を15のエンブレムをつけて3回出版します。
1. Dyas chymica tripartita,
2.Musaeum hermeticum,
3.De lapide philosophico,
こうしてみると、イェニスという出版者がよく使い回しをする出版者だったのかもしれません。
おおきいちびといっしょに5時半。5時半だと外はまだ暗い。
今日も忙しい一日になります。
→出張校正の際に、次号の原稿を持参しています。昨夜、今日の午前中に飯田橋に出張校正に行くことが決まりました。(私と印刷所の担当者で相談して決めました。)起きてまずしたことは、その原稿の準備。これが意外なほど手間がかかります。約1時間ほどでしょうか。
今日のルート:幼稚園 - 駒場(コピー屋さん) - 飯田橋 - 幼稚園 - 自宅 -歯医者さん。
歯医者さんは、おおきいちびが治療の継続。ちいさいちびが3カ月おきの検診。[スカジーの復活]
昨日お昼過ぎに生協の担当者の方が、スカジーケーブルを持ってきてくれました。3限の授業終了後、早速、以前装着していたスカジー・カードに接続し、スカジーの外付けHDにつけて、G4を起動させました。自宅のマシーン(今使っているもの)は10年前のものなのでもちろんスカジーですが、G3の時点でスカジーは見捨てられました。ですから、研究室では、スカジー機器は使っていなかったのですが、古いデータを活用するには、古いスカジー機器を復活させるのが一番手っ取り早いということで、G4にスカジー・カードを装着し、スカジーを復活させることにしたものです。
スカジーにはコネクターの形状が多様にあります。装着したそのときには、実は、そのカードのコネクターの形状にあうケーブルが存在しませんでした。ということで、急いで、ケーブルを追加発注したのでした。
スカジーが復活すると、安心です。
[ファーガソンの彼岸:謎のヴァルチ II ]
ヴァルチではなく、Hermannus Condeesyanus については、村瀬氏に送っていただいた非常に貴重な書物、Thomas Lederer, Der Kölner Kurfürst Herzog Ernst von Bayern (1554 - 1612) und Sein Rat Johann Grasse (um 1560 - 1618) als Alchemiker der Früen Neuzeit, ULM,1992 に脱線があります。pp.207-9.
それによれば、Hermannus Condeesyanus を Johann Grasse の偽名(筆名)とする証拠はなく、むしろ、グラッセとは別の活動圏に属していたと言えます。
また、レデレールは、Dyas Chymica Tripartita についても記しており、その2番目の論考の著者、Hinricus Madathanus は、Hadrian von Mynsicht の筆名だとあります。
これで、かなり後世が投げかけた霧が晴れました。
(もちろん、まだ不明なことは多いのですが、ぼちぼち探究の道を進めていきます。)
>>レデレールの著作には、ヴァルチの伝記もあるのですが、それは追ってまた時間のあるときに。[ポポ、無事着]
ポポは、予想とおり、8時半に着きました。ちびどもは8時前に寝付きました。ちびどもはポポを待ちたいと言っていたのですが、ちびどもには遅すぎるので、先に寝かしつけました。
私は5時半に目覚めました。おおきいちびが起きるのを待って、6時前。[ソーンダイク]
帰宅すると、アマゾンのマーケットプレイスより、ソーンダイクの第13部が届いていました。
Lynn Thorndike,
History of Magic and Experimental Science Part 13
New York: Comunbia University Press, 1958, Reprinted by Kessinger
これで、16世紀、17世紀の巻、すなわち、9巻から14巻までが揃いました。[ファーガソンの彼岸:謎のヴァルチ]
平井さんとの共著論文ですが、論旨とは直接関係ないところでいくつか謎を残しています。もちろん、基本的レファレンスを見ただけでは解決のつかない問題です。
その一つに、ヨハン・ヴァルチという人物の同定の問題があります。基本的レフェレンスに欠けているものを探るのは簡単ではないことが多いのですが、ぼちぼち進めていこうと思います。
ということで、まずは、ファーガソンの記述から。ファーガソンは、ヨアン・ヴァルチについて次のように記述しています。WALCH (Joannes).
Commentaria.
See GRASSHOFF (JOHANN).
Joannes Walch, or Walchius, of Schorndorff, wrote a commentary on the anonymous tract: ' Der Kleine Bauer,' which is ascribed to Johann GRASSHOFF. By several authorities they are kept distinct, but no information is afforded about Walch, whereas Jöche affirms that Walch is merely a pseudonym of GRASSHOFF's, that the latter himself wrote the commentary, and that died in 1623. The Beytrag is not at all complimentary, and considers that Walch wasted his time on an author who was not an adept.
つまり、問題はこうです。ヴァルチという名前は、単にヨハン・グラスホッフの変名(偽名)に過ぎないという説にファーガソンは与しています。そして、ファーガソン自身は、「ヴァルチに関する情報はまったくない」と記しています。
本当にそうなのか? ヴァルチという人物は実在しないのか?まず、copac で調べてみました。すると、Joannes Walch の名前のもとに次の2点の著作がでてきます。 i) Decas fabularum : humani generis sortem, mores, ingenium, varia studia, inventa atq
Argentorati : sumptibus Lazari Zetzneri, 1609
この著作の所蔵は、copac に参加している機関のなかでは、ケンブリッジのみ。ケンブリッジ大学は、この原典(1609年ラテン語)と、1973年製のマイクロフォームを持っています。マイクロは、"German baroque literature, Harold Jantz collection" の第48リール、第268点です。
もう1点の著作は、ファーガソンの記述する『小農夫』。グーグルで検索をかけると、levity.com のa-archive にヨハネス・ヴァルチに関して何度かやりとりがあることがわかりました。(2004年3月。ホセ・ロドリゲス・ゲレーロ、ラファル・プリンケ、マクリーン)。
2004年3月24日エントリーでラファルは、 German Baroque literatureのマイクロフォームコレクションに次の本の情報があることを教えています。(ラファルは、画像ファイルでアップしていますが、テキスト化してみましょう。)Walch von Schorndorff, Johann, fl. 1609-1618.
Decas Fabularum.
Lazarus Zetzner. 1609.
Jantz No. 268; Strassburg, 4. [t.p., 26], 393 [recte 391], [1 b1.]p. &2 engr. pl. (10 wdct. in text.);
Illustrating the fate, customs, genius, pursuits, inventions, and achievments of the humen race, directly & symbolically. Also important autobiographically: this is the real name of real person, the teacher of Isaac Habrecht, not a pseud. ofr Joh. Grasshof(Grasseus), whose alchemical works he edited. The present work is extremely rare, and of value for its introduction to the literary symbolism of the time.
Reel: 48
つまり、ヴァルチは、グラスホッフの変名ではなく、イサック・ハープレヒトの教師であった、実在の人物の実在の名前である、ということです。
これで、解決といけばよかったのですが、ホセはさらにHAB= Herzog August Bibliothek で Vier Tractätlein Fr. Basilii Valentini という著作の編者として、次の記述があることを見出しています。
Grasshoff, Johann (1608-1623 ; Alchimist; = Johannes Walch)ということで、ショルンドルフのヨハン・ヴァルチという人物は実在の人物と見ておいてよいでしょう。
ただし。著者名としては、混乱があり、Johann Grasshoff, Hermannus Condeesyanus との異同については、個別の著作につき、もう少し詳しい探究が必要です。2.次は、Herzog August Bibliothekで検索をかけてみました。
Walch von Schorndorff では20点がヒットします。そのなかで、次のものは、画像がアップされています。
Dyas Chymica Tripartita, Das ist: Sechs Herrliche Teutsche Philosophische Tractätlein
/Hermannus Condeesyanus. Franckfurt am Mayn : Jennis, 1625
実際にダウンロードしてみると、これがなかなかに複雑な本です。6つの論考というのは次の6つです。
1) Ein güldener Tractat vom Philosophischen Steine, pp.13-66.
2) Aureum Seculum Rediviuum Hinrici Madathani, pp.67-87.
3) Vier Tractätlein Fr. Basilii Valentini Benedicter Ordens. pp.1-81.
4) Lampert Spring, das ist: Ein herrlicher teuscher Tractat vom Philosophischen Steine,... pp.85-117.
5) Vom Philosophischen Steine : Ein schöner Tractat/ von einem Teutschen Philosopho im Jahre 1423. beschrieben mit diesem Titul: Ein warhafftige Lehr der Philosophie von der Gebehrung der Metallen/ vnd jhrem rechten Beginne, pp.119-136.
6) Vom Philosophischen Steine Ein kurtzes Tractätlein...und Liber Alze genonnet worden.., pp.137-150.
以上見るように、ページ数は、3番目のもの(バジル・ヴァレンティンの4論考)から新しくはじまります。
バジル・ヴァレンティンの4論考とは、次のものです。
1. Handgriffe uber die Bereitung dess grossen Steins. pp.1-23
2. Handgriffe wie er seine Artzneyen gemacht hat. pp.24-
3. Schlussreden vom Sulphure, Victriolo vnd Magnete.
4. Supplementum oder zugabe . pp.-81.
タイトルぺージを示せば次のようになります。
Dyas Chymica Tripartita,
Das ist:
Sechs Herrliche Teutsche Philoso-
phische Tractätlein
Deren
II. Von an jtzo noch im Leben:
II. Von mitlern Alters: vnd
II. Von ältern Philosophis beschrieben worden.
Durch H. C. D.
献辞では、 D. Hermannus Condeesyanus. とありますから、H.C.D. は編者のHermannus Condeesyanus で間違いないでしょう。British Library は、このHermannus Condeesyanus をヨハン・グラセウスの変名だとしています。HAB の opac で今度はHermannus Condeesyanusを引いてみます。そうすると、ヴァルチのものとほとんど同じ21点がひっかかります。
すぐにすべてを解決するのは無理のようです。
再度、ファーガソン。
CONDEESSYANUS (Hermannus)
See GRASSHOFF (Johann)
つまり、ファーガソンは、Hermannus Condeesyanus という名前を ヨハン・グラスホッフ(グラセウス)の変名・偽名だと見ているわけです。そして、コンデーシアヌスは実在の人物ではないと考えているわけです。
本当か? すぐにはわかりません。次のファーガソンによるレナヌスの記述。
RHENANUS (Johann)
1.Urocriterium chymiatricum, sive ratio chymiatrica exacte dijudicandi urinas, etc.
Marpurgi Cattorum Ex Officina Kezeliana. 1609.
2.Johannis Rhenani, Medici Celeberrimi, Opera chymiatrica
Francofurti, 1635.British Library は、次の著作の編者の名前 Hermannus Condeesyanus をヨハン・レナヌスの変名・偽名だとしています。
Harmoniae inperscrutabilis chymico-philosophicae, sive philosophorum antiquorum consentientium, hactenus quidem plurimum desideratorum, sed nondum in lucem publicam missorum decas I. ... Collectae ab H. C. D., Francofurti : Apud Conradum Eifridum, 1625.
ファーガソンによれば、レナヌスの『化学著作集』に収録されている作品は次のものです。
1. Solis e Puteo emergentis: sive dissertationis chymiotechnicae libri tres. pp.1-179.
2. Aureus Tractatus de Philosophorum Lapide. pp.181-253.
3. Epistora de Solutione et Menstruo Philosophorum. T. G. Chymiatrophili ad Dn. Auctorem. pp.254-257.
4. Responsio Auctoris. pp.258-271.
5. Antidotarium Pestilentiale. pp.273-326.
6. Urocriterium chymiatricum. pp.327-367.
さて、2番目のタイトルは、フルには、Aureus Tractatus de Philosophorum Lapide. Ab adhuc viventi, sed anonymo Philosopho Germanice in lucem emissus, nunc autem in Latinum donatus. です。レナウスは序で、この書はもともとはコンデーシアヌス編の『ディアス・トリパルティタ』で出版されたが、無知なキミストの手でラテン語訳され、『ヘルメス博物館』に採録された。それゆえ、正確な翻訳に意味があると考えた、と述べているとのこと。→Musaeum Hermeticum (Frankfurt, 1625)の最初の論考は、Tractatus aureus de Lapide Philosophico. でした。2番目のものが、. Henricus Madathanus, Aureum Seculum Redivivum.。すなわち、Dyas Chymica Tripartita の2番目のものに他なりません。8番目のTractatus de Generatione Metallorum がDyas Chymica Tripartita の5番目のもの、9番目の Liber, cuius nomen Alze がDyas Chymica Tripartita の6番目のもの、10番目のLambspring, de lapide Philosophorum Figur et Emblemata. が、Dyas Chymica Tripartita の4番目のものです。
つまり、Musaeum Hermeticum (Frankfurt, 1625) の少なくとも半分は、Dyas Chymica Tripartita (Frankfurt, 1625) に重なります。
見覚えがあるものばかりだと思っていたら、こういう理由があったわけです。出版者が同じなので、ファーガソンの解説にあるように、勝手にラテン語訳して『ヘルメス博物館』に採録したのかもしれません。
なお、Musaem Hermeticum reformatum et amplificatum(Frankfurt, 1678) に採録された有名なマイヤー(編)の「バジル・ヴァレンティンの12の鍵」ですが、まったく同じ図版が、Basil Valentine のHandgriffe uber die Bereitung dess grossen Steins にあります。(テキストは違います。)
私は5時過ぎに目が覚めました。おおきいちびが起きるのを待って、6時前。月曜日に、おじいちゃん・おばあちゃんが帰省し、火曜日の夜台北からポポがやってきます。そして、土曜日にはちびどものクリスマス会。なかなかに忙しい1週間となります。
→おおきいちびは、ランドセルをおじいちゃんが帰る前に、すなわち今日、買ってもらいます。最初は緑がよいと言っていたのですが、昨日ぐらいからやっぱり赤がよいと言っています。お友達がみんな赤だから、ということです。まだ、小学校入学までには3カ月以上の時間があり、気が早いのですが、ちびどもとおじいちゃんとのあいだの約束で、こういうふうなことになりました。
「マイメロディ」が終わってすぐに、ランドセルの買い出しに。私、ちびども、おじいちゃん・おばあちゃんの総勢5人です。ユザワヤの1階でセールをしていたのを覚えており、一番駅から近いということでユザワヤで選びました。おおきいちびは最初オレンジののものがよいと言ったのですが、お友達の大多数が赤であることを考えて、赤にしました。29800円。おばあちゃんが出してくれました。ちいさいちびのためには、筆箱ということで6階の文具売場へ。でも欲しいものはないということで、ちいさいちびにはピンクのペン1本。おおきいちびが是非筆箱が欲しいというので、場所を変えて、東急に。少し高かったのですが、シナモンのよい筆箱があったようです。それもおばあちゃんに買ってもらっていました。
9階でソバを食べて、帰ってきました。
帰途、雨が降り始めました。久しぶりに雨。雨が寒さを連れてきました。おそらく、この時期だとこのぐらいが普通という気温になりました。雨のなか、4時半ぐらいに、埼玉に住む妹とその息子が、おじいちゃん・あばあちゃんと赤ちゃんに会いに来ました。息子は中2で、お母さんよりすこし背が高くなっていました。ゲームを出すとちびどもが寄ってきて邪魔をするので、ひとり2階に逃亡していました。
なんやかんやでやはり忙しい一日でした。
おおきいちびがめざめて5時45分。おじいちゃん、おばあちゃんの咳がおさまりません。午前中に東工大で編集委員会。1時間程度で着くのですが、気持ちの上で、遠い場所だいうイメージがあります。
→9時45分に家をでました。10時40分には大岡山の駅についたのですが、少しおなかがすいていたので、駅中のパン屋さんでパン二つ、コーヒー、オレンジ・ジュースをとりました。編集委員会の部屋にはちょうど11時につきました。12時半ぐらいまで会議をし、急ぎの用のないメンバーで昼食をたべて帰ってきました。
帰り道、家に帰る直線道路で、偶然おじいちゃん・おばあちゃん・おおきいちび・ちいさいちびと出会いました。吉祥寺に連れていってもらったようです。帰ってきて、午後6時前の間で、編集委員会の宿題をほぼこなしました。その日のうちに処理できることは少ないのですが、今回は、仕事の量が多くなかったこともさいわいしました。
おおきいちびといっしょに6時15分。ちいさいちびは、夜中に目覚めるとおかあさんとあかちゃんの部屋に移動するというのが、まだ続いています。ちびどもを幼稚園に送った足で、駒場へ。蓄積しているコピーの一部を製本してもらうためです。明日はお休みということで、火曜日に受け取ることとしました。今日は、他になにもせず、そのまま帰宅。電車のなかで、昨日送ってもらった貴重な資料を見ていました。(読むのではなく、ざっと何があるのか、見ていました。)
ふーむ、こういうものだったのか。おおきいちびが3時に歯医者なので、迎えに行って、すぐに歯医者に連れていきました。10分前に着いたのですが、今日も混んでいて、終わったときには4時。3番ほど前に治療を受けた小学校低学年の男の子が大きな声で泣いていました。
影響を受けるかと心配したのですが、いつもとおりでした。神経の根本が腐って、すこし歯茎にばい菌が侵入しているようです。それほどでもないのですが、歯茎がすこし腫れていて、少し痛いようです。
おおきいちびといっしょに5時40分。ちいさいちびは1時間遅れ。
晩秋のまま、季節は推移しているようです。冬の寒さになかなかなりません。
ちびどもは、昨夜届いた『ハウルの動く城』を早速見ています。→ちょうど幼稚園にでかける直前で終了。ちいさいちびは途中からお絵かきをしていました。外語祭で1週休みだったので、2週間ぶりの木曜日の授業。そういえば、もう12月です。
次の本が届きました。
パチリック・ラーデン・キーフ
『チャター:全世界盗聴網が監視するテロと日常』
冷泉彰彦訳、NHK出版、2005
昨夜、宅急便屋さんが持ち帰ったものです。ドイツの村瀬氏より、非常に貴重な資料のCD をお送りいただきました。村瀬さん、いつも、ありがとうございます。
博物館の近所の学生さんに、群馬県立自然史博物館で開催されている「荒俣宏の驚異宝物館」の買ってきてもらいました。さすがに今行っている余裕はありません。
昔ながらの図録を予想していたら、小さなパンフにCD でした。500円。図録よりずっと安い。
日本を取り上げている部分が私にはとくに興味深かった。
1.本草学と物産会(ぶっさんえ)の部屋。
2.コレクターの部屋(田中市郎、角田金五郎、田中恒司、長谷川善和)。
3.教育の世界(京都科学、西尾製作所)。
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