ひとりで6時20分。室温10度。新聞を読んでいると妻が降りてきました。1月の最終日。月曜日の授業は今日が最後です。
天気予報を見ている限り、ここしばらくが1年で一番寒い時期のようです。東京でも最低気温が氷点下となったようです。2限、3限、4限。
3限終了後は、院生4人に手伝ってもらって、レスポンスシートの整理。これがなかなかやっかいです。4時半に終了。
1時間休憩して、5時半に再度集まってもらいました。打ち上げコンパの日です。昼休みの間に、調べておいた駅前のネパール料理屋に行きました。ネパールの人が二人で切り盛りしていました。寒くなったので9時で切り上げて、帰ってきました。さむー。コートの下がスーツということもあって、とてもさむー、でした。調べたいことがあり、大学に着いてまず図書館に向かいました。次の本を借りました。
堀場清子『原爆 表現と検閲 : 日本人はどう対応したか』朝日新聞社(朝日選書), 1995
調べたいことは、原爆投下に関するGHQの検閲です。関連する記述を整理してみます。
まず日本側。当初は報道管制があり、ごく短くしか伝えられなかった。
終戦後は、逆に、日本側の立場を有利にする材料として、頻繁に原爆報道がなされた。
このことに占領軍は苛立っていたと思われる。
9月14日、同盟通信社に業務一切の即時停止の命令が下った。
フーバー大佐は9月15日関係者を集めて「これまでの新聞、通信、放送の報道ぶりは司令部にとって絶対に不満足である。日本は敗戦国だ。それが対等国であるかのような考えを与えることは間違っている。」9月18日、東京の朝日新聞に2日間の発行停止が通告された。
朝日の社史には、発行停止の理由を5件あげているということです。つまり、原因ははっきりしないが、可能性としては、原爆報道があったということです。
また9月15日掲載の一問一答「新党結成の構想」(上)で「原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷が病院船攻撃や毒ガス使用以上の国際法違反、戦争犯罪であることを否むことは出来ぬであろう」と語った記事もその5件のひとつ。新聞に対する事前検閲は、まず東京の5紙に対して、10月8日から実施された。
(55頁)「新聞の事前検閲はさらに、10月23日から大阪の7紙と「二つの通信社」へ、ついで東京・大阪の各紙へ、1946年5月には札幌へと拡がった。それ以外の年には、新聞・通信社への事前検閲は及ばず、地方紙は創刊号のみ事前検閲され、次号から事後検閲に移行するのが一般的だった。」同盟通信社は、10月31日、自主的に解散し、11月1日、共同通信社と時事通信社に分かれて再出発した。
[アジアカップ決勝戦]
オーストラリアとの決勝戦。延長戦でしたが、1対0で日本の勝利。リーのボレーシュートも見事でしたが、なんといってもナガトモです。鉄人、超人ナガトモです。あの体力はすばらしい。現在時刻午前2時40分。朝の起床は、幼稚園児がパパ下に行こうと言って8時20分。ちびどもはずっと前に起きていたようです。新聞は、日本の勝利を伝えていません。延長戦に入ったところで記事が終わっています。
おやつの時刻に、『西洋中世研究』第2号(2010)が届きました。特集は、メディアと社会。
ひとりで4時45分。寒い。[ゲーテ]
木曜日に届いた、『ゲーテ地質学論集・鉱物篇』 (木村直司編訳、ちくま学芸文庫、2010)をざっと読んでいます。さすが、ゲーテです。何かの折りに引用したくなる文が満載です。348頁。「科学の歴史は科学そのものである。また個人の歴史は個人そのものである。それゆえここでは歴史的なものを優先させたい。」
66頁。「人間の実人生における出自、どの側面からある研究分野に入ってきたかということは、消えがたい印象をのこす。それがその後の彼の歩みに一定の方向を与えるのは、ごく自然で必然的である。」
あわせて、手元にあるゲーテ自然学関係の著作を見ています。
まずは潮出版社のゲーテ全集。『ゲーテ全集 14 自然科学論 色彩論 木村直司』(潮出版、1980,2003新装普及版)
目次は次の通りです。
科学方法論 木村直司訳
形態学序説 前田富士男訳
植物学 野村一郎訳
動物学 高橋義人訳
地質学 永野藤夫訳
気象学 轡田収訳
色彩論 木村直司訳
最後に、「付・自然科学文献書誌」というのがあります。pp.550-562. すなわち13頁にのぼる長大な文献表です。日本語でこれだけの数の文献があるとは、あらためて感心します。
解説は、こちらも木村直司さんです。午後は、東工大にて編集委員会。4時スタートです。
予定とおり、7時に帰宅することができました。
夜半に目覚めてすこし仕事。→と思ったら、数時間仕事をしてしまいました。朝方に布団にもぐり、目覚めたときには、ちびどもはもう出かけていました。今日も寒い一日になるようです。夕刻に(6時10分から)会議が入ってしまいました。
昨日の5限のレスポンスシート全部に目を通しました。老眼には機器の表示が見えず、DVDプレーヤーでCDをかけるのに苦労しましたが、甲斐があったと言えます。
6時10分開始の会議は、7時半には終わってくれました。それから30分ほどさらに話して、8時16分多磨発の電車で帰ってきました。かろうじて寝る前の子どもたちの顔を見ることができました。
幼稚園児といっしょに6時50分。妻とおおきいちびは起きていました。ちいさいちびはまだ寝ているのでしょうか。今日は、木曜日の授業としては年明け3回目。しゃべるのはこれで最終回とします。あとは、レポート等成績関係の事柄です。
3限、4限、5限の授業。始まると、あっというまです。昨日とまったく同じ電車、すなわち、多磨駅6時40分発に乗車できました。
帰宅すると、次の2点が届いていました。
ゲーテ
『ゲーテ地質学論集・鉱物篇』
木村直司編訳、ちくま学芸文庫、2010
同じく裏表紙に次のようにあります。
「散在する論文や断章をていねいにまとめた文庫オリジナル論集。本邦初訳論文をも多数収録した的確な編集翻訳は、現在望みうる世界最高水準。」歴史学研究会編集『歴史学研究』2011年2月号
次の3点を読もうと思い、入手しました。(論文)照屋信治「『沖縄教育』にみる「沖縄人」意識の形成―1910年代の親泊朝櫂[手ヘンです]の言論に着目して―」
(時評)崎山直樹「崩壊する大学と「若手研究者問題」―現状分析と展望―」
(書評)江夏由樹「安富歩・深尾葉子編「「満洲」の成立」
→ 11.1.28 上記の3点は読みました。個人的には、江夏さんの書評がもっとも参考になりました。書評されているのは、安富歩・深尾葉子編『「満洲」の成立―森林の消尽と近代空間の形成』(名古屋大学出版会、2009、573頁、7400円)です。「県域経済」という概念を中心にした満洲の地域研究と位置づけることができるでしょう。最近の研究書としては、他に、1)荒武達朗『近代満洲の開発と移民』汲古書院、2008、2)左近幸村『近代東北アジアの誕生』北海道大学出版会、2008、があげられています。まとめの部分で江夏さんは次のように記します。「近年、これまでの満鉄史料などに加え、漢語、ロシア語などの一次史料の利用が大幅に可能となったこともあり、中国史、ロシア史、日本史などの分野などで満洲近代史についての研究成果が続々と発表されている。」
7時10分。下に降りると、ニュースのサッカーを見ていました。曇りとおもいきや、快晴です。幼稚園児もすぐに起きてきました。ちいさいちびの熱は、夜寝ている間に下がっていました。妻の解釈では、ちいさいちびの体温が高くなってきたということです。ちいさいちびは、最近話題になっている低体温症でした。平熱が36度に達していませんでした。普通の子どもの体温に変化しつつあるという見立てです。
朝一番で昨日アマゾンに発注した次の本が届きました。
ゲーテ
『ゲーテ地質学論集・気象篇』
木村直司編訳、ちくま学芸文庫、2010
裏表紙に「本邦初訳論文を多数収録。編者博捜で初めて成ったゲーテの人文学的自然科学論集。文庫オリジナル。」とあります。編訳者の木村直司は、「ゲーテの気象学研究―雲の象徴性」という解説と「編訳者あとがき」という二種の文章を掲載しています。この邦訳はたぶん上智大学を定年退職後の仕事です。とても貴重なものだと思われます。会議の日。4つが連続しています。
わずかにはやく家をでて、大学の北側の空き地(旧関東村の残っている土地。いまだに何に使われるのか不明です)を一周してみました。残っているのは、コンクリートだけです。知らない方には、そのコンクリートが米軍の宿舎あとであることはわかることはありません。せっかく一周するので、これまで入ったことのないパン屋さん (Boulangerie Terre Vivante) でお昼ご飯を買ってみることとしました。職人さんが数名働いている姿からして、ちゃんとしたパン屋さんです。噂では、ロールケーキがおいしいということです。確認はまだしていません。
1時10分から大学院専攻会議。これはすぐにすみました。
2時から言語・情報コース並びに総合文化コース共同会議。4時半から研究院教授会。
大学院教授会(研究院教授会)は、6時半までかかりました。6時40分多磨駅の電車で帰宅することができました。地面が濡れています。にわか雨が降ったようです。熱をだしていたちいさいちびですが、放課後お友達といっしょに卓球に行ったと言っていました。顔色を見ても、もう大丈夫のようです。体温も平熱(35度代)に戻りました。一安心。
たぶん妻は6時半。残りは、6時50分の前後10分で順番に起きました。ちいさいちび、おおきいちび、私、それに幼稚園児。ちいさいちびの熱は下がっています。今日も学校に行くと言っています。→ちいさいちびは、学校に行って無事帰ってきました。本人が大丈夫だというので、1時間ですが、お友達の家にも遊びに行かせました。大丈夫かなと思っていたら、8時前にやはり37度5分の熱がでました。こういう状況が3夜続いています。一度きちんと休ませた方がよいのかもしれません。
[アジアカップ準決勝]
日本対韓国戦は、最後まで見ました。延長戦で2対2の引き分け。PK戦は制して、決勝に上がりました。
日本の強いところと弱いところの両方がはっきりでました。前半の攻撃は、日本サッカーの向かうべき方向がきちんと示されていました。
守備は、弱点を抱えています。2失点はそれがでたと思います。
しかしともあれ、決勝戦です。[科学者ゲーテ]
Mさんの卒論「科学者としてのゲーテ―現代の科学を問う視点―」を午前中に読みとおしました。ちょっと校正の甘いところがありますが、私には勉強になります。ゲーテの自然科学関係の著作・論考は、邦訳がかなり進んでいるようです。20世紀の終わりに工作舎からでた『色彩論』(高橋義人・前田富士男訳、工作舎、1999)はわーすごい、そもそもこの著作の全訳が出版されたこと、そしてその値段と厚さに驚いたことをよく覚えています。はじめての訳なのかどうかは調べていませんが、ちくま学芸文庫で、『ゲーテ形態学論集 植物篇』(200)『ゲーテ形態学論集 動物篇』(2009)『ゲーテ地質学論集 鉱物篇』(2010)『ゲーテ地質学論集 気象篇』(2010)等が出版されています。すばらしい。これは取り寄せて、中身をチェックする必要があります。
また買ったままツンドクになっている石原あえかさんの『科学する詩人 ゲーテ』も読んでみる必要があります。
ひとりで5時45分。居間の室温13度。私の部屋の室温12度。ちいさいちびといっしょに寝ていた妻は6時半に起きてきました。妻によれば、平熱よりは高めだけれど、ちいさいちびの熱は下がっているということです。本人は学校に行きたがっています。様子を見て、いかせることになりそうです。
→行かせました。帰宅後もしばらくは普通だったということです。私が帰って顔を見ると、ちょっとまた微熱かなという雰囲気です。夕食前、微熱がでました。37度4分。夕ご飯もよく食べたので、軽い風邪だと思われます。明日の朝までまた様子を見ます。[雨]
大学に向かうと、多磨駅周辺で地面が濡れています。夜雨が降ったようです。天気予報では、関東地方にも久しぶりに降雨があったと言っていました。西荻では降った気配はなかったのですが、降ったところはあるようです。
とおもっていたら、夜の8時ごろ、雨音がしました。おお、雨です。雨を見るのは、ほんとうにひさしぶりです。[近所の不動産]
最近不動産のちらしは、電信柱に袋をくっつけてその中に入れるという形式が多くなりました。面白いので子どもたちと電車ででかけるときには1枚とって見るようにしています。昨日おおきいちび&幼稚園児とでかけたときのちらしを帰宅後きちんと読んでみました。そのちらしにある新築分譲住宅の基本情報は次です。
土地面積 72.60F(私道18.53F含む)
建物面積 67.22F
販売価格 4,980万円(消費税込)
(・に見えるのは、平米です。)近所のこうした物件は、ここ数年見て回っています。土地つきの新築分譲住宅値段としては、まあこんなものでしょう。未公開物件とありますが、完成は2月末日とあり、まだ完成していないので、当たり前です。
この物件がとくに関心を引いたのは、以前は人の住んでいないすごいツタ屋敷だったものを去年末取り壊し、最近工事をしていて、どうするのか気になっていたからです。とりあえず、疑問がひとつ解消されました。
工事の現状は、基礎(コンクリート)が完成した段階です。ほんとうに2月末完成を予定しているのであれば、超特急の工事になりますが、ほんとうは春先を目指しているのではないかと踏んでいます。
1点興味をひいたのは、北側の接道です。「法第42条第1項第5号道路」とあります。法とあるのは、建築基準法です。我が家の前は、一般的に「第2項」道路と呼ばれる私道です。「第2項」道路については以前必要があって勉強しました。「第1項第5号道路」というのははじめてです。今はこうした情報はネットで簡単に調べがつきます。やはり私道ですが、「特定行政庁が利害関係人の申請に基づき位置の指定をした幅員4m(6m)以上の私道」で一般に「位置指定道路」と呼ばれています。
不動産関係は、以上のように、道路ひとつをとってみてもなかなかにややこしい。→1月25日、現場を確認してきました。やはり現状基礎工事だけです。地面のコンクリート以外には手が着いていません。床面積は狭く感じますが、家族でもなんとか住めるのではないでしょうか。
幼稚園児といっしょに7時20分。ゆっくりめの朝です。ちいさいちびは7時40分に降りてきました。室温は11度。ちいさいちびは、我が家の前で午後お友達といっしょに遊ぶと言っています。おおきいちびの誕生日はまだ先ですが、誕生日プレゼントを何にするかやっと決めたと言います。ウィのマリオカートです。意外な選択ですが、みんなで仲良く遊ぶ約束はしています。幼稚園児も連れて吉祥寺のヨドバシに昼食後買いにでることとしました。今日はいくらか寒さがゆるんでいるようです。強い日射しのなか、ヨドバシに向かいました。もちろん、目的が決まっている場合、買いものは一瞬で終了します。すこしおもちゃコーナーを見て、最後にマックコーナーを見てきました。新しいマックブックエアーとIMac 21インチの実物を見ておきたかった。大きな画面は便利ですが、実際仕事に使うのには、むしろ適当な小ささの方がよいかもしれないと考えるようになっています。
1時間弱で帰ってきました。[「茹で蛙現象」]
あいている時間をみつけて、買ったばかりの新書、菊地俊郎『院生・ポスドクのための研究人生サバイバルガイド:「博士余り」時代を生き抜く処方箋』(講談社ブルーバックス、2010)を読み通しました。基本的に理科系が対象です。文系は触れられていません。しかし、具体的な数値がしっかりしており、勉強になりました。もっともインパクトのあったのは、「茹で蛙現象」です。45頁からそのまま引用します。「蛙をぬるま湯に入れておくと、徐々に湯を熱くしても、蛙はそれに気づかず湯につかったままだそうです。そして、ついに熱湯になったときはもはや手遅れで、蛙は飛び出すこともできず茹で上がってしまいます。」ポスドクの状況に対する比喩・警鐘として、筆者は用いています。蛙の話がほんとうかどうかは知りませんが、絶妙な比喩です。感心しました。
[子どもの風邪]
お友達が帰ったあと、ちいさいちびは頭が痛いと言います。熱が出ていました。38度。雰囲気としてはインフルエンザではなく、普通の風邪のようです。ともかく、寝かせて様子をみます。本人は月曜日学校に行きたいと言っていますが、もちろん休ませます。
ひとりで4時半。新聞配達の時刻です。居間の室温が13度、私の部屋が14度。寒さがいくらかゆるんだのでしょうか。今年の授業に関しては、最後まで話す内容を固めました。
おともだちの誕生日のプレゼントを買いに行きたいと言っていたちいさいちびですが、でかけるのが億劫になったようです。ただし、買いたいものははっきりしています。おおきいちびはコピスならば行きたかったようですが、プレゼントは東急においています。すっただもんだして、結局、幼稚園児と私ででかけることとなりました。
幼稚園児はポケモンのゲーム。自分のお小遣いから100円玉を5つ財布に入れてもらいました。東急の6階につくと自分で走って場所をとりました。お隣の仮面ライダーのゲーム機には人が並んでいますが、ポケモンは、新しい子どもが結局来ませんでした。5回連続、我が家の幼稚園児がプレイしました。1回毎に使うキャラクター(カード)を替えています。自分なりに考えているようです。
5回終わってから、隣のサンリオショップで、プレゼント選択。ちいさいちびの指定したものには、ほとんどヴァリエーションがなく、迷うことなく、与えられた金額の中で選択・購入できました。幼稚園児もなにかほしいといってチョコレートをひとつ買いました。
実は今来ている私のセーターに穴があいています。ちゃんとしたものを1点購入したかったのですが、幼稚園児といっしょに幼稚園児の関心のない買い物をするのは、むり、です。すぐにあきらめて、バスで帰ってきました。前の99ショップですこし買い物をして帰ってきました。好天でした。
ひとりおくれて7時30分。最後になりました。夕方、次の本が届きました。
菊地俊郎
『院生・ポスドクのための研究人生サバイバルガイド:「博士余り」時代を生き抜く処方箋』
講談社ブルーバックス、2010
ひとりおくれて7時20分。幼稚園児はもっと遅れて7時40分。寝室の窓のところに温度計をおいてみました。起きた時点で、8度から9度の間です。居間の室温の10度と比べてわずかに低く、おそらくそういう数字でよいだろうと推測されます。
ちなみに、9時現在、玄関の外は5度、居間は13.5度、私の机の上は14度です。年明け、木曜日は2回目の授業の日です。今日も晴天です。
そろそろ、学年末のスケジュールが来る頃かなと思っていたら、成績評価の締切がきていました。4年生に関しては、2月21日、1年・2年・3年生に関しては、2月25日とありました。あと1ヶ月程度です。
自分のために正確な人数(受講者数)を記録しておきます。
科学思想史 4年生67名、2/3年生92名、計159名
総合科目「表象文化とグローバリゼーション」 4年生31名、1〜3年生228名、 計259名
総合科目「科学技術と社会」 4年生26名、1〜3年生195名、計221名3限、4限、5限の授業。
昨日入手した温度計で、大学の各所の温度を測ってみました。研究室は、入った瞬間、12度〜13度でした。暖房をいれると、半時間程度で17度まで上がりました。
廊下の温度は、おおよそ13度ぐらいでした。教室のなかは暖房が入っていて、20度を超えていました。3限の授業の113教室は、すこし暑いと感じました。
総合文化研究所の床の温度は、13度。顔のあたりは、17度ぐらいまで上がっています。4限のゼミ室で計ると、床の温度と机の上で、ほぼ常に3度の差がありました。冷え性の方は、足許の温度に注意する必要があります。顔や首の辺りは暖かくても、足許は冷えている可能性があります。
5限終了後、廊下にでると、やはり13度以下まで下がりました。外にでると、どんどん下がり、4度を切りました。夜はかなり寒い感じがします。
西武多摩川線のなかは、ほぼ11度。帰宅して私の部屋の机の上で、13.6度、床が19.4度。床暖房はこういう数字になります。居間では、床が20度から21度、室温が17度から18度でした。
7時起床。妻、おおきいちびは起きていました。ちいさいちびは起きて学校の準備をしていました。幼稚園児はよく寝ています。今日は会議の日。手元に控えがあるのは、3つです。最初の会議が2時スタートなので、ゆっくりめに出かけます。
幼稚園児の帰宅が遅くなり、1時過ぎにでかけることとなりました。会議は4つでした。大学院の会議です。それぞれはスムーズに進み、途中、20分以上あいだがあくことが2度ありました。天気も良く、最近では比較的気温が高いので、北側の道路の向こう側を見てきました。「ライフラインの調査中」とありました。地面を掘って、ガス管、水道管を調べているようです。
(参考までに。会議の進行表を。
大学院前期専攻会議 14時〜
大学院後期専攻会議 14時50分〜
大学院研究科教授会 15時20分
大学院研究院教授会 16時30分 )
予定通り、6時前に大学院教授会は終了。6時4分多磨発の電車に間に合いました。
帰宅すると、明日の授業で使おうと思ってアマゾンに発注した温度計が届いていました。(DRETEC 室内・室外温度計というものです。千七円。)また、ちびどもの学校で、学級閉鎖がでたという報せが来ていました。子どもたちのあいだにインフルエンザが流行しつつあるようです。みなさまもお気をつけ下さい。
卒論ですが、4人分までは読みました。隙間の時間をみつけて、読み進めています。
ひとりで6時40分。(床暖房を切った状態で)室温は同じく10度。おおきいちび、ちいさいちびと続けて降りてきました。小学校から、インフルエンザ注意報をもらっています。まだ学級閉鎖の事態にはなっていませんが、インフルエンザで休む子どもが増えているということです。おおきいちびも喉が痛いと言っています。注意のレベルをあげる必要があるでしょう。日曜日におおきいちびと吉祥寺にでかけたときに、ユザワヤで必要な文具を発見しました。そのときは手持ちのお金に余裕がなかったので購入しなかったものを購入するために昼食後出かけました。編集作業に使うおおきくてがっしりとした紙製の箱です。
2つ買ったあと、やはり日曜日と同じくクオカへ。食パンを作る金属製の型を買って帰ることとしました。この型を使えば、かなり上手にできるようです。日曜日とまったく同じコースを辿りましたが、一人だとはやい。1時間もかからず帰宅できました。
ひとりで6時半。床暖房をレベル1のまま夜の間動かしていたにもかかわらず、室温は10度。1のレベルではほとんど影響ないことがはっきりしました。次はレベル2で試してみましょう。センター試験明けの月曜日。いよいよ学期末となります。
月曜日は、今日が年明け最初の授業。もう新年の挨拶はなしで始めました。2限、3限、4限。
授業ははじまるとあっというまです。気がついたら4時。
ほぼかぞくそろって7時半。幼稚園児は昨夜ミルクを大量に飲んでおしっこをしないまま寝入ってしまいました。こういう場合妻が寝ている間におしめに替えるのですが、もれる(おしっこをしています)ことが多い。ちびどもは疲れたのでしょうか、下に降りてきません。室温10度。
2時半、ちいさいちびは友達からの電話で公園に遊びに出ました。おおきいちびが外に出たがっていたので、(私の軽い散歩を兼ねて)吉祥寺に連れていきこととしました。まず、ユザワヤ。目的は、友チョコを手作りするための型と包装紙です。おそろしいことに、30人に渡すと言っています。自分のお金でやりなさいと言ったら10人まで下がりましたが、クッキーを手作りして30人に渡す可能性もあります。
そして、ちゃんとそのためのコーナーがありました。ただし、それほどめぼしいものはなく、数の多さを考えて、とりあえず姉妹の分をカバーできるだけを買っておきました。我が家の場合、幼稚園児の分(もらう方なのにあげる気満々です)も用意しておかなければなりません。その後、階をひとつ上がって、布探し。ちいさいちびが学校でブックカバーを作るのだそうです。そのための布を探します。これは、おねえちゃんの仕事です。親の趣味と子どもの趣味は違います。星のマークの入った水色の布をおおきいちびは選びました。1メートル580円。妥当な値段でしょう。
お手洗いによると、楳図かずお氏のお家が見えました。赤い色は目立ちますが、それほど奇抜というわけでもありません。
吉祥寺駅にもどって、ほとんど人の通っていない通路からアトレに入りました。クオカで前に買ったのと同じ強力粉(2.5キロ)を購入しました。我が家は最近パン作り工房と化しています。とくに幼稚園児がいろいろつくりたがります。そろそろストックがさびしくなってきたということでした。
西荻の駅からの帰り道、妻からおおきいちびに指示のあった白菜を買って帰宅。空のリュックを背負って家をでて、3キロ近くの荷物を背負って帰宅しました。昔の買い出しのようでした。
ちょうど新聞が来る時刻(4時半)に目覚めました。今日の仕事を考えれば、もうすこしゆっくり寝ていたかったのですが、眼が覚めたのは覚めたで仕方ありません。しばらく動いてから、ともあれもういちど布団にもぐることとしましょう。5時半からほぼ1時間寝ることができました。これでまずまず普通に仕事ができるでしょう。
7時20分に家をでて、8時10分に大学に着きました。今日は一日拘束されますが、何かをする時間はありません。リュックに書類だけつめていきました。
8時半集合。
解放されたのは、夜の7時15分でした。今回は、MINTIA Coldmash と、ロッテキャンディブラックブラックというのを前日買ってポケットに入れていました。世話にならずにすみました。
ひとり遅れて、7時10分。妻とちびどもは起きて、朝食でした。幼稚園児は、まだ寝ています。明日はなかなか面倒な仕事が待っています。ちょうどよいので事務的な処理をできるだけすませておこうと思い、いろんな片づけをしていました。そろそろ幼稚園児の帰ってくるころかな、と思ったら、にぎやかな子どもたちの声が近づいてきます。4人集団で幼稚園児がやってきました。約束をしたからといって我が家の幼稚園児が強引にママにねだったようです。
私は慣れていますが、慣れない方には、非日常的な体験と呼べるかもしれません。昨日の5限の授業のレスポンスシートを全部読みました。200枚を越えると読むだけでも大変なのですが、よいコメントがあり、苦痛にならずに読み通すことができました。ちょうどよいテーマ、ちょうどよい内容、ちょうどよいプレゼンテーションだったのでしょう。
ひとりで3時40分。もちろん、はやすぎます。居間の室温14度。昨日あまりに寒かったので、床暖房を1のレベルでつけたままで就寝しました。11日の朝は効果がなかったのですが、今日は効果があります。11日の朝が本当に地面から冷え込んだということかもしれません。今日は、冬休み明け授業開始の日。
3限、4限、5限。
教室のなかは暖房が入っていますが、廊下はひんやりとしています。教室のなかの格好だとかなり寒く感じます。温度計があれば、温度を計っているところです。5限は、リレー講義です。13日、20日、27日が私の担当です。
外大でもっとも大きな教室101教室での授業は、他の授業よりエネルギーを使います。講義そのものが終わってもいくらか終了処理があり、電車に乗ることができたのは、6時28分。昨日のちょうど2時間前です。
ひとりで6時40分。室温11度。ちびどももすぐに起きてきました。幼稚園児もほどなく起きてきました。私も今日から本格的に始動です。まずは、会議。午後に3つ続きます。
片づけたいことがあったので、10時過ぎにでかけました。10時半武蔵境発の電車となりました。2限に出席する学生が多く乗っていました。
まずは、教務課へ。書類を1点提出し、先週末に提出された卒論を受け取りました。3人が就職浪人でした(卒論提出せず)。
次に郵便物の処理。お腹が空いたので、11時過ぎに特別食堂へ向かいました。食べ終わるまで、やはり、ひとりで貸し切り状態でした。(つまり、私ひとりしかいませんでした。)その後、総合文化研究所に向かい、スキャンの仕事をしていました。お昼ご飯の時間に、研究所の編集委員会が開かれていました。スキャンの作業は、そういうことには影響されません。だいたいできればよいな、と思っていたところまで進めることができました。
会議は、3時半から。最後の学部教授会が長引いて、予定より1時間ほど遅れました。次がセンター試験の説明会。終わったときには8時20分を回っていました。急いで駅に向かい、8時28分多磨発の電車に間に合いました。8時55分帰宅。幼稚園児はすやすや寝ていました。ちびどもは借りてきたビデオを見ていました。
ひとりで5時40分。昨日あまりに寒かったので、居間の床暖房を1のレベルでつけぱっなしにしておいたにもかかわらず、室温は11度です。1のレベルではほとんど効果がないのか、あるいは外がそれだけ寒いかのいずれかです。
あらら、一仕事して、居間にもどると、室温は10度まで下がっています。床暖房よりも外の冷気の方が強かったようです。今日から、学校が始まります。ちびどもは昼食時に帰宅します。幼稚園児は、まだ十分には回復していないので、今日は休ませます。
6時50分にちびどもを起こしに行くと、ちょうど起きたばかりでした。下は寒いから下には行きたくないと言っていました。ぶつぶついいながら、準備をし、いつも通りの時刻にでかけていきました。昨夜、眠りが浅くなったときに、何度も短く泣いていた幼稚園児ですが、おねえちゃんたちがでかけてから約半時間後に目覚めてきました。とりあえず、熱は下がったようです。今日一日休ませれば、だいたいは回復するでしょう。
幼稚園児がミルク欲しいと言って、6時10分。ミルクを飲んだ後は、また布団にもぐりましたが、もう眠れないようです。しばらくひとりで遊んでいましたが、7時を過ぎて、パパ下に行こう、と言います。まず、熱を計ってみることとしました。36度7分。やっと熱が下がりました。お腹が空いたようで、いろいろ食べたいと言います。ちびどもが起きてくるのを待って、買い物へ。寒風が吹きすさんでいます。朝食のパンを一式買ってきました。幼稚園児は、ホットハムサンドが欲しいというので、作ってやりました。ハムだけ3枚食べました。この子のパターンとして、これでなおったというわけではないと思っていたら、案の定、お昼前に微熱がでました。高い熱ではありませんが、熱による赤みがとくに耳や耳の下のあたりに見られます。また、ふと、とても寒く感じる時があるようです。
私はちょこまかとした買い物のために、3度外出しました。おおー、さむ。気温が低い上に、強めの風が吹いています。この冬一番の寒さを感じます。
ちいさいちびは今日も一日パジャマ娘でした。パジャマのまま、なんとか残っていた宿題はこなしたようです。
幼稚園児がミルク欲しいと言って、7時10分。室温11度。幼稚園児は、まだ38度の熱がありますが、言葉はしっかりしてきています。普段と同じようにあれこれ言っています。私が階下に降りるとついてきて、テレビを見ています。熱はおおきくは下がりませんが、午前中は元気でした。しかし、お昼ご飯のあと、またあつい、あつい、と言います。ソファの上で寝入りました。
ママがいるとちいさいちびも安心したのでしょう。一日中パジャマ娘でした。友達のプレゼントもおねえちゃんに買ってきてもらうということです。1時過ぎにおおきいちびとふたりで吉祥寺を徘徊してくることとなりました。
おおきいちびのプランは、大中、東急本店6階、最後のコピス。プレゼントは、自分の分も妹の分もコピスのなかで選んでいました。
おおきいちびはユザワヤにも行きたがったのですが、私の方がもう面倒です。クオカで強力粉、駅前の7−11でうどん二袋だけ買って帰宅しました。
今日はそれほど寒き感じませんでした。
ひとりで7時10分。室温10度。着実に気温が下がっています。幼稚園児が5分後に起きてきました。おねえちゃんたちはまだ静かです。[妻の帰還]
さて、今日は台北に単身帰省していた妻が帰ってくる日です。こどもたちはみんな迎えに行きたいというので、羽田国際空港まで迎えに行くこととしました。迎えに行く前に、片づけをさせることとしました。部屋の片づけと洗濯物。洗濯物は意外に時間がかかります。羽田着が11時15分ということなので、10時前に家をでることにしていましたが、洗濯物の手間取り、家をでることが出来たのは、ほんとうに10時直前となりました。
駅で電車を待っていると、先に地下鉄(東西線)が来ました。羽田空港まではけっこう時間がかかります。荻窪で中央線快速に乗り換えるルートを取ることとしました。
神田で山手線に乗り換え、浜松町まで。モノレールは、昔よりも種類を増やしています。ちょうど11時発の快速に間に合いました。次の停車は、国際ターミナル。着いて、11時13分でした。予定通りであれば、ほぼ、妻の乗っている飛行機が到着する時刻です。国際ターミナルはまっさらの建物でした。
到着口で待つこととしました。掲示を見ると、妻の飛行機は、10時50分には着いています。だとすれば、そろそろ出てくる頃です。たぶん10分も待たずにでてきました。さすがに幼稚園児が駆けだして、妻に抱っこしてもらっていました。
子どもたちがお腹が空いたというので、4階のレストラン街に行きました。11時半前後なのに、どこもかしもこ混んでいます。比較的空いている、外のテラスのようなスペースにある、ナンとカレーのお店を選びました。ちいさいちびと幼稚園児は、キッズプレートのおまけ(ミッキーとミニーの筆入れ)を喜んでいました。
おおきいちびはモノレールで気分が悪くなったというので、帰りは、京急を使うこととしました。これも、品川までノンストップの電車に乗りました。幼稚園児は、ママの膝の上に座っています。
品川から山手線。やはりけっこう混んでいます。なんとか一つ席があったので、やはり妻が座り、幼稚園児を膝の上に乗せました。あれ、幼稚園児が静かになりました。何と寝ています。安心したのでしょうか、疲れたのでしょうか。
新宿の乗換の際に、幼稚園児はさすがに目覚めました。総武線は座れます。
西荻の駅からはちゃんと自分で歩きました。
家に到着して、しばらくは妻の買ってきたお土産で子どもたちははしゃいでいました。お米がもう切れています。しばらく休んでから、おおきいちびとクイーンズ伊勢丹に買い物に出ました。お米、皮のついを鶏肉(幼稚園児の大好物)、ヒラメのむき身、海苔、漬け物を買って帰りました。玄関に入ると、ちいさいちびがやってきて、なお、熱、と言います。38度6分の熱が出て、布団に寝かせたということです。
ママの顔を見て、ほっとしたのでしょうか。風邪の症状がでました。
昼食は足りていません。はやい夕食を食べ終わる頃、幼稚園児は起きてきました。本人の弁では、頭が痛いということです。しばらくソファでアニメ(スティッチ)を見ていましたが、途中からまたうとうと。また布団に寝かせることとしました。6時40分頃、テレビをつけたまま寝入りました。
我が家は朝がはやい。台北の人たちは夜が遅い。なんやかんやで妻は、あまり寝ていないということです。幼稚園児といっしょに布団にもぐりました。遊びに連れていってやって、同時に家のことを全部やるのは、相当に疲れます。ボクシングのボディーブローと言えばよいのでしょうか、かなりこたえます。私もすこし後で、布団にもぐりました。ちびどもが寝る時刻に起きて、ちびどもを寝かせ付けてから、これを記載しています。
ちびどもはとくに疲れている様子はありません。明日、吉祥寺に、買い物に行くと言っています。友達の誕生日のプレゼントだそうです。つきあってやるしかないでしょう。妻と幼稚園児が休むには好都合かもしれません。
ひとりで6時。室温11度。寒く感じます。夜は風も強く、嵐のような感じでした。日本列島が厳寒に襲われるそうです。今日はちびどもに用事があり、どこにも出かけませんでした。ちいさいちびは3時半すぎに小学校に出かけていきました。おおきいちびは5時からピアノの練習です。
このサイトで何度か取り上げている中山茂氏のブログ自伝ですが、本日終点と書かれていました。個人的には、終点の2つ前、「ホームレス・スカラー:デジタル・ヒストリアンの死」(1月5日付、第183項目)が傑作だと思われます。デジタル化の波の第何段と呼べばよいのかわかりませんが、明らかに逆流が生じています。この次がどうなるのか、私には見当がつきません。
妻が起きて5時。室温13度。妻は、今日から2泊3日で台北に里帰りします。6時頃、出かけました。
[卒論提出日]
外語大の4年生(&修論提出者)諸君へ。卒論の提出日は、今日(6日の木曜日)と明後(7日の金曜日)の2日です。お忘れなきよう![サカス]
子どもたちはスケートリンク、スケートリンクと言います。ママと約束していたようです。面倒だなと思ったのですが、ちいさいちびが冬休みの日記に「スケートに行く」と書いてあるのをみて、諦めました。昼食後連れていくことにしました。乗換案内で調べると、赤坂サカスは、地下鉄の赤坂駅のすぐ近くです。ここからのルートは多くあります。
12時40分頃過ぎに駅のプラットホームにつくと、新宿行きの総武線はしばらく来ないことが判明し、急遽、吉祥寺から井の頭線、下北沢で乗り換えて、小田急-千代田線というルートをとることにしました。
下北から、千代田線乗り入れの電車があるかと思ったのですが、ついた時刻にはなく、代々木上原で乗り換えました。3回乗り換えたことになります。
子どもたちは、赤坂サカスは何度か来ているので覚えています。リンクは、わずかに広くしています。地上にでてすぐの場所に、チケット売場がありました。幼稚園児がいるので、私も生まれてはじめてスケート靴を借りることとしました。
ロッカーの前が混んでいて、履き替えに時間がかかりました。ちびどもは慣れているのでさっとリンクに入っていきました。私は幼稚園児といっしょにリンクにたってみましたが、これは無理です。3分の1周フェンスにつかまりつつ幼稚園児に付き合いましたが、そのまま場外へ。あとはちびどもに任せることとしました。幼稚園児はスケートよりも雪に関心があります。隅っこに陣取って、氷の欠片を集めています。
他の方に迷惑でもあるので、先にリンクから出しました。靴を片づけてから、まずお手洗いに。幼稚園児がお腹が空いたというので、リンク脇のお店でドーナッツを買ってやりました。おねえちゃんたちがリンクで滑っているあいだ、しばらくまわりで遊んでいました。と、うんち。また、隣のTBSの建物内のトイレに駆け込みました。
幼稚園児が飽きてきたようです。おねえちゃんたちに話して、3時半で終了にしました。おねえちゃんたちも、おやつを欲しがったのですが、電車を考えると、早めに帰宅した方がよい。新宿駅のなかで、ドーナッツを買ってやることとしました。予想通り、原宿から乗り込んだ山の手線はかなり混んでいます。
幼稚園児はリンク横で食べたばかりなので、ドーナッツを2個と紙パックの牛乳を1箱買って電車に乗り込みました。
駅からの帰途、ガード下のスーパーに寄って、卵他若干の食材を買って帰りました。おおきいちびがカレーというので、大急ぎで夕食の支度。
ひとりで6時45分。室温11度。寒く感じます。こどもたちは、8時過ぎに起きてきました。おおきいちびには目隈が残っています。
ひとりで4時50分。室温12度。子どもたちの希望によって、今日はイルミネーションを見に行くこととなりました。これまでとは趣向を変えて、立川に行くこととしました。
3時過ぎに出発。立川には4時前に着きました。ちびどもはママといっしょに雑貨屋さん、幼稚園児は私といっしょに本屋さん。子どもの本でしばらく遊んでいましたが、飽きてきたようです。ママは?と聞きます。ママに電話して合流。パン食べ放題のレストランで早めの夕食。3人ともよく食べました。そのまま下に降りると、外はもう暗く、駅前のイルミネーションが点灯していました。高島屋脇を通って、モノレールの下の通路から戻ってきました。子どもにはうれしいようです。ちいさいちびだけではなく、おおきいちびまで走っていました。写真をたくさん撮ってから電車へ。6時31分立川発の電車に乗り込むことができました。
西荻について7時。順番にお風呂に入って就寝。幼稚園児は、夕ご飯まだ?と聞いていました。パンでは夕ご飯という感覚がなかったようです。おおきいちびは、室内の高い気温と屋外の低い気温を行き来したせいでしょうか、頭が痛いと言います。早めに布団に入らせました。
幼稚園児が起きて、7時35分。妻が先に一度起きて、床暖房をつけていたようです。室温14度。デジタルでは7チャンネル(古いアナログでは東京12チャンネル)で朝からポケモンの映画を流しています。幼稚園児は、C組では見たことがないと言って見ています。今日の午後は、吉祥寺。おねえちゃんたちは、ロフトの地下のゲームセンターでプリクラをとりたいと言っています。幼稚園児は東急でポケモン。行列のできるお肉屋さん(今日はお休み)で二手に分かれました。幼稚園児がママがいいと言ったので、東急にはママ、ロフトには私がついて行きました。ちびどもがプリクラを撮っているあいだ、私はクレーンゲームを見て回っていました。なんと、攻略法が張り出されています。ただし、ここのクレーンゲームは、アームのバネが全般的に弱すぎるので、現実に取るのは相当難しいと思います。
ちびどもは、プリクラのあとは、太鼓の達人を一回やって、東急に合流することとなりました。幼稚園児は、数人のおにいちゃんたちといっしょに一生懸命ポケモンゲームに取り組んでいます。私はちいさい子どもの遊び場で座ってただ待つことにしました。幼稚園児は集中して頑張ったのでしょう。帰りは歩けないといいます。今度は組を換えて、幼稚園児と私がバスで、ママとちびどもが電車で(途中で買い物をして)買えることとなりました。
バス停は、東急の前。たしかに歩く必要はありません。しかし、まてどくらせど、目的のバスは来ません。これまでで一番待った気がします。
予想通り、帰宅すると、電車組が先に帰っていました。
幼稚園児が起きて、7時10分。室温11度。昨日に続き、午前中にゲーム大会。今朝は、昨日のおねえちゃんたちのプランをまねて幼稚園児が考え用意しました。(おおきいおねえちゃんに手伝ってもらっています。)
ゲームの進行は、幼稚園児でアシスタントはママ。ゲームの内容はおねえちゃんたちの考えたものとは微妙に違います。ともかく、全体の統括(仕切)をやりたいようです。
最後は外でサッカー。2対2に分かれました。家の前の私道なので、まわりのお宅に迷惑にならないように気を付けながらです。ソフトビニールボールなので、幼稚園児が全力で蹴っても何かを壊すことはありませんが、花を傷つけてしますことはありえます。昼食後は、約束により、荻窪のゲームセンターへ。ちびどもは自分の小遣いの範囲内です。各自400円ですませたようです。上出来でしょう。
幼稚園児は自分の財布をもってきているとはいえ、そういう計算はまだできません。ちっちゃなお菓子をとるために、千円以上使いました。私も千円以上使ってやっとおおきなお菓子の袋をひとつゲットしました。それからドーナッツ屋でおやつ。
その後に関しては、ちいさいちびと幼稚園児の意見が合いません。幼稚園児はボーリング、ちいさいちびはカラオケ。結局、まずボーリング場に行って子供用のレーンがあいているかどうか確かめ、あいていなければカラオケ屋ということで話しがつきました。
予想したとおり、ボーリング場の子供用レーンはあいていませんでした。ということで、カラオケ屋さんに。子どもたちが順番に歌っています。幼稚園児は、マイクが楽しいようです。マイクから出る声で喜んでいます。しかし、ほんとうは、マイクが不要なぐらい大きな声で歌っています。ちびどもは、最近子どもたちに人気の、いきものがかり、嵐、AKB48を中心に歌っていました。
1時間半すぎて、子どもたちがケンカモードになって、帰宅。荻窪の駅で電車を待っていると幼稚園児が、うんち、と叫びます。よくあることです。1階降りて、改札横のトイレに駆け込みました。こういう場合、幼稚園児はすばやい。1分で終了します。
乗り込みそうだったひとつ後の電車で帰ることができました。村上もとか『JIN -仁-』全19巻を読み通しました。妻が言っていた通り、ストーリーは途中で切れています。ドラマは続編を作るそうです。マンガの方はどうするのでしょうか?
あけましておめでとうございます
早々に年賀状をくれた方、ありがとうございます。幼稚園児が起きて、7時半。おおきいちいが紅白歌合戦を見たいといってちびどもはいつになく遅くまで起きていました。眠いはずです。
ちびどもの睡眠不足は明らかです。ちいさいちびは目が赤く、おおきいちびは目隈がすごい。ちびどもは寝不足ですが、かねてより予定していたお正月ゲーム大会。おおきいちびとちいさいちびふたりで考え、すべて用意しました。宝探し、王様ゲーム、爆弾ゲーム、トランプ、と続きました。幼稚園児は、王様が当たると大喜びです。目がランランとしています。
年賀状に続いて、お昼過ぎにアマゾンより次の本が届きました。
清水慶一・三上喜貴・野城智也
『日本の技術革新』
日本放送出版協会、2008
亀山前会長から借りたものと比べると、表紙の下半分の色だけ違います。→と思ったら、今回届いたものにはカバーがないだけでした。
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