ひとりで5時10分、室温23.8度。今日は最初と最後に仕事があります。
8時前に家をでました。昨日より電車がうまく接続して、大崎について8時45分。駅前のコンビニでパンとタピオカミルクティーを買って、会場へ。すでに数名の方がお見えでした。私は、ロビーで2度目の朝食をとってから、朝の準備。
午前の部の司会。最初の2つを私、次を菊池さん。
4時55分終了の予定が、すこし延びて5時過ぎ。最後のセッションの司会をしていた古川さんからマイクを預かり、最後の挨拶。出席者が85名と盛会だったこと、新しい顔が参加者に少なくなくいたことを指摘した上で、会場校を世話してくれた大野さんに感謝をし、来年度会場校を引き受けてくれた三時さん(そのときはもういらっしゃいませんでしたが)によろしくお願いしますを言って終了。挨拶としては定番です。6時5分頃、帰り着きました。
ひとりで4時40分、室温25.4度。小雨が降っています。土日は、学会。ずっと大崎(品川)の立正大学に行っています。
8時前に家をでました。ほぼ1時間で立正大学につきました。大崎駅をでると、前を広島大学の市川さんが歩いています。声をかけて、会場までいっしょに行きました。大学前で前を歩いている内田さん、山口さんに追いつきました。
立正大学は都心の大学です。ビルが迷路のように入り組んで建っていました。
お昼休みに評議会があります。つまり、一度スタートしてしまえば、ほぼ休みなく一日中続きます。最後は、懇親会。今年は、新しい方何名かと挨拶を交わす機会がありました。
9時前に帰り着きました。帰宅すると次の本が届いていました。
佐藤 靖『科学技術の現代史-システム、リスク、イノベーション』 中公新書 (2547)、2019
ひとりで3時55分、室温26.9度。わずかに雨。台風の雨は、この地までは来なかったようです。9時前に駅前にでかけて、財務的用件の処理。郵便局で固定資産税の第1期を支払いました。
朝から中学生が風邪気味です。熱は37.7度。この子は平熱が高いので、微熱といったところでしょうか。咳がひどい。とりあえず行かせることにしました。
お昼前、保健の先生から電話がありました。保健室に来て、熱はないけど、気分が悪いと言っている、家に帰しますが、大丈夫ですか? とのこと。妻から留守番するように言われています。もちろん、大丈夫ですと返事。30分後ぐらいに帰ってきました。ともかく顔色はよくない。エアコンをかけて、自分の部屋で休ませました。お昼はお弁当がよいというので、いつものお弁当屋さんで、ステーキ丼。妻と中学生はこのステーキ丼が気に入っています。私は生姜焼き弁当を普段は選んでいます。明日からの学会ですが、時間割を確認しました。土曜日は9時半から8時まで。開場は9時。日曜日は9時半から5時。開場は9時10分。大野さんですから、開場は9時10分といっても9時には開けてくれていると思います。大崎駅から徒歩5分。1時間見ておけば十分でしょう。
ひとりで3時55分、室温25.5度。週間天気によれば、今日は夕方から雨。この先1週間、晴れ間がありません。学会のある土日も雨模様。午後に授業。
9時54分武蔵境発の西武線。
3限4限5限。
3限4限には、授業アンケート。
5限終了後は、学生のプロポーザルの検討。5時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。小雨が降ってきていましたが、傘はさしませんでした。たぶん、本降りになりそうです。
ひとりで3時25分、室温24.6度。本日は快晴だそうです。洗濯もののチャンスと昨日の天気予報は言っていました。たしかに、朝から夏の日射しが暑い。昨日と同じく私一人がお留守番。
昨日と同じく10時前にお買い物。セイユーへ行って、クエン酸、ゴム手袋、昼食を買ってきました。すこし大回りに歩いて、前にダイエーだった場所の工事の進行具合を確かめてきました。
クエン酸はトイレ掃除の仕上げのために購入しました。昼食後、袋にかかれている通りに準備し、かなりおいてから、プラスチックのへらで削りとる作業をしました。99.数%まで落とすことができたと思います。ぱっと見える部分は、ほぼパーフェクト。個人的にはこのへらが有効だったと思います。お昼過ぎ、郵便受けを見ると、杉並区「わが家の水害ハザードマップ」が届いていました。広げるとA1 の大きさでしょうか。ちょうどよい。7月1日の授業で使おうと思います。
Japanese Society of Leeuwenhoek レーベンフック研究会 という会が存在することを知りました。
メリさんの本から、マルピーギの顕微鏡研究に関わる部分だけ、読み通すことにしました。思っていたより、17世紀後半の解剖学研究が複雑でした。
→ 19.6.27 メリさんは、初期顕微鏡史として、キャサリン・ウィルソン、マリアン・フルニエ、エドワード・リュストーを挙げています。(p.360) ウィルソンの本は、すぐ手に取れる場所に置いています。取りだして、内容を確認しました。図版が非常に少ないのが残念ですが、たしかに初期顕微鏡史についてきちんと文献を調べてくれています。note 28 Kircher, Ars Magna, p.834 とか note 29 Schott, Magia universalis, p.534 とか有用な情報です。(p.76) キルヒャーもショットもpdf ファイルとしてストックしています。顕微鏡図だけ切り出して、Facebook に挙げておきました。
p.77, note 31でキャサリンは、初期の顕微鏡に関する同時代のもっともよいサーベイは、Louis Joblot, Descriptions et usage de plusiers nouveaux microscope, 1718 だと言っています。ジョブロは、知らなかったのですが、調べてみます。
詳細タイトルから。
Descriptions et usages de plusieurs nouveaux microscopes, tant simples que composez; avec de nouvelles observations faites sur une multitude innombrable d'insectes, & d'autres animaux de diverses especes, qui naissent dans les liqueurs préparées, & dans celles qui ne le sont point
2次資料。Hubert Lechevalier, "Louis Joblot and His Microscopes," Bacteriological Reviews,, 40(1976): 241-258
これによれば、ジョブロの本には英訳があります。
Adams, G. Micrographia illustrata or the knowledge of the microscope explained...to which is added a transalation of Mr. Joblott's observations on the animacula...., 2nd ed., London, 1747
部分訳です。
ひとりで4時、室温22.8度。雨は上がっています。私以外のメンバーはいつも通り、でかけました。私一人でお留守番。
トイレの掃除をしています。尿石をとってやろうと思い立ち、日曜日から作業をしています。アマゾンからプラスチックのへらを取り寄せました。役に立ちます。でも、もっと細いのもほしい。100円ショップを捜せばあるのではないかと思い、10時過ぎにコンビニでお金をおろしてから、100円ショップへ。台所の掃除用品にへらがついている(中心的用途はへらではないが、尻尾にへらがついている)ものを発見しました。それに風呂用のスポンジ。
ちょうどよいので、向かいのスーパーで昼食を含め、わずかに食料品。
11時過ぎに昼食をとってから、すこしずつ進めています。8割方クリーンにすることができました。→夕食後、1階にだれもいなくなってから、もういちどトライ。石と呼べるものは全部除去することができました。不思議な達成感があります。たぶん、よごれの98%程度は落とせたと思います。
ついでに風呂場の掃除も。ドアのところとか、排水溝のところとか、汚れが目立つところを重点的にきれいにしています。お昼前に、著者の坂野徹さんより、 坂野徹『〈島〉の科学者: パラオ熱帯生物研究所と帝国日本の南洋研究』勁草書房、2019 がとどきました。
坂野さん、ありがとうございます。&出版おめでとうございます。そういえば、前科学史学会会長、斎藤 憲さんも、島に関する本をこの春出版されています。
斎藤 憲 ・樫本 喜一『奄美 日本を求め、ヤマトに抗う島―復帰後奄美の住民運動― 』 南方新社、2019FACEBOOKで顕微鏡観察図シリーズを連載しています。
顕微鏡そのものもせっかくだからしっかり調べておくことにしました。
『屈折光学』(1637)にかなり不思議なデカルトの顕微鏡図があります。
単式顕微鏡。「またもし、やはりレンズを一つだけ使って、近づきうる対象すなわちできるだけ目に近づけることができる対象が、眼鏡を使わぬときよりもずっと大きくずっとはっきりと見えるようにするのにもっとも手軽な仕方は、眼に向けられたレンズの表面は平面であり、もう一つの双曲線の形をしており、その焦点がちょうど対象をおこうとする位置にあるような眼鏡を作ることであろう。」(邦訳192頁) 図は次頁に、第52図としてあります。
複式顕微鏡。「近くにあった近づきうる対象をできるだけはっきりと、しかも先述と同じ効果をもつ眼鏡よりはるかにはっきりと見せてくれる眼鏡がほしければ、やはり二つの双曲線レンズ、一つは凹状レンズ、もう一つは凸状レンズを一本の管の両端にはめこみ、凹レンズabcdefの方もさきのとまったく同じようにし、凸レンズ内側NOPも先のと同じようにして眼鏡を組み立てなければならない」(邦訳196頁)、図版は197頁に第54図として掲載されている。Early microscopesが役に立ちます。
キンドルに 『ゲンロンβ38』(2019年)をダウンロードして、読みました。
ひとりで3時15分、室温23.7度。雨、梅雨らしい雨が降っています。予報によれば、本日は最高気温21度で、ずっと雨。明日は晴れ間がでるようです。午前中から月曜日の授業。夕刻、医科歯科の運営会議。
今週は、授業アンケート、来週は、最後の講義、そして、再来週は、期末レポートの提出。いよいよ、終わりが見えてきました。8時54分武蔵境発の西武線。印刷を100部。
2限の講義、3限の大学院のゼミ。
2時40分多磨駅発の電車。
家でひと休みして、5時前に家をでて、医科歯科へ。5時35分に御茶ノ水に着きました。駅前の薬屋さんに入ってみました。2軒目のマツモトキヨシで、お風呂洗剤とスポンジを購入。それから、医科歯科の会議室へ。教務科長と栗田さんはもうお見えでした。医科歯科の会議は、いつもほぼ30分。7時前には西荻窪の駅に着きました。
ひとりで4時50分、室温24.4度。曇り。昨日降っていた雨は上がっています。明日の準備のために朝一番で大学にでかけました。休日ですので、三鷹駅で乗り換えです。いつも通り、中央線に乗るため、1番線から3/4番線のホームに移動しました。次の電車まで20分近くあります。えー、と思っていたら、1番線に高尾行きの電車が到着するという構内アナウンスがありました。土日の早朝は、一番線から中央線が動いています。1番線にまた戻り、7時30分武蔵境発の西武線。こちらもいつもの3番線ではなく、4番線に電車が到着しました。
本日は大学でなにかの試験があるようです。私は関係ないので、研究室に行き、コピー&スキャンして、必要な方に送付。
時計を見ると、8時。4分の電車には間に合いません。以前公園にあったシェアの自転車を確認することにしました。シェアサイクル「のりすけ」というそうです。周辺に180ステーションがあるそうです。利用料15分60円、一日最大料金千円、とあります。私にはあまり使い勝手がよくありませんが、人によっては有用なサービスでしょう。自転車は電動アシスト。うーん。個人的には電動アシストはいらないのですが、管理のためにに便利なのでしょう。
ともあれ、登録にはスマホが必要なので、私は使いたくても使うことができません。
8時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。ちいさいちびは受験のための参考書を買ってから、友達と卒業式の袴を選びに行くと言っています。袴は親が同伴しないと決められないので、妻がアテンドします。10時前に出かけていきました。
おおきいちびは午後映画を見に行くそうです。12時を過ぎてから出かけていきました。
中学生は塾の試験。1時半頃、出かけていきました。
ということで、やはり、ひとりでお留守番。金曜日に記した通り、顕微鏡観察図の歴史を追いかけています。レーフェンフックの最初に辿り着いたところで、止まっています。レーフェンフックのものが数が多すぎて大変ということもあるのですが、私の知識が追いついていないことに気付き、まとまった記述を先に読んだ方がよいだろうと考え、ダンネマンを再度読み返しました。
『新訳 ダンネマン 大自然科学史5』(安田徳太郎訳・編、三省堂、1978)
前にも書きましたが、ダンネマンはふるい(歴史記述)のですが、事実的事項に関しては網羅的に調べる意欲があります。さらに、訳者の安田徳太郎さんが原典を入手して、大幅な訳注を追加されています。例えば、フックの『ミクログラフィア』(1665)から観察18(コルクのセルを観察した箇所)をpp.341-349 すなわち9頁にわたり訳出してくれています。こうした原典からの訳出部分は貴重です。
植物の雌雄の節で、ダンネマンは次のように記します。
「マルピーギとグルーの樹立した植物解剖学は、最初のうちはそれ以上には開発されなかった。その後に続く時代の生理学者およびとくに分類学者たちは、植物学は解剖学という部門なしにも、十分やっていけると信じた。顕微鏡もまた微細な解剖学的事実の開明にたえるだけの完全さをまだもっていなかった。その結果として、十七世紀の下半期に開かれたその分野の開発は、十九世紀の初頭にはじめて着手され、ついで植物学の全景を根本的に変革せしめ、植物学が帰納的科学の地位にまで高められるように寄与する諸成果に、たちまちのうちに到達した。」(p.363)
顕微鏡による研究を追っていると、このように、17世紀に着手され、一定の成果が得られたのに、その開花が19世紀というのは、基本的パターンだと感じられます。クーンの用語を借りれば、顕微鏡による植物解剖学という分野は、17世紀に着手されたが、科学者共同体としてもパラダイムとしても、まとまった形で成立するのは、19世紀を待たなければならなかった、と言ってよいでしょう。→ 19.6.24 安田さんは、337頁の訳注で次のように記しています。
「ハーヴィが卵と言ったのは、未分化の生命物質のことで、本来の意味での卵ではない。オランダ人のド・グラーフ(1641-73)が、はじめて哺乳動物と鳥類を比較解剖し、前者の卵巣中にある顆粒が、後者の卵に相当することをとなえた(『雌の生殖器官について』ライデン、1672、この顆粒はのちに「グラーフ濾胞」と命名された)。ド・グラーフの発見により、卵の実体がわかり、卵発生論は一つの刺激を得た(しかし、本当の卵は、さらにその濾胞のなかにあるのであって、1827年にフォン・ベーアがそれを発見した)。」
精子が顕微鏡で発見されたのは、17世紀後半です。卵子の発見は、19世紀。この差が顕微鏡研究に特徴的な落差です。
ひとりで5時50分、室温25.1度。曇り。夏至の日。ちいさいちびはいつも通り。残りは、午後から出動。中学生は塾、おおきいちびはバイト、妻はちいさいちびの部活の保護者会。
午前中に散歩を兼ねて、買い物。雨が降り始めていました。本屋さんとセイユー。本屋さんでは、雑誌を3冊(『文芸春秋』『サイゾー』『ニューズウィーク』)を購入。セイユーでは、ポイントブラシ、フリーザー、ラップ、トイレ掃除の洗剤等を購入。帰りは傘をさす必要がありませんでした。今日は、こういう天気の模様。降ったり止んだり。
妻は2時半ごろ、おおきいちびは3時半過ぎにでかけました。
4時過ぎ、近所のコンビニに、夕食の買い出し。私とちいさいちびと中学生。食うかもしれないものを6種類ほど買いました。
ちいさいちびは5時過ぎに帰ってきました。学校を閉め出されたと言っていました。土曜日は5時までということのようです。
隠岐さんのつぶやきで、東慎一郎さんにPrix Monseigneur Marcelが与えられたというニュースを見ました。アカデミー・フランセーズがルネサンス研究に与える賞だそうです。東慎一郎さん、おめでとうございます。受賞作品は、フランス語で出版された『16世紀に数学思想』です。内容は、ルネサンス期の数学の哲学と言えばよいでしょうか。
朝日新聞の書評欄に、かつての同僚、私の隣の研究室の住人、倉石先生の著作が高く評価されていました。
倉石一郎『テクストと映像がひらく教育学』昭和堂、2019
え、倉石先生、こんな仕事をされていたの?、全然知らなかった、という種類の書物です。まさに大学の授業でやって欲しい種類の内容です。
評価も高いし、売れ行きも好調(アマゾン教育学部門9位)のようです。倉石先生、おめでとうございます。
ひとりで4時15分、室温25.8度。曇り。なんと朝のうちに晴れてきました。晴れると、気温があがります。
中学生、おおきいちび、ちいさいちび、妻の順にでかけました。私がひとりでお留守番。11時前に近所のコンビニに行って、卵、納豆、餃子、おつまみお肉を買ってきました。餃子は、中学生のお昼ご飯です。
中学生は、3日間の定期考査を終えて、正午過ぎに帰ってきました。2時から部活。久しぶりの部活です。たぶん足をケガして以来なので、3週間ぶりでしょうか。1時半すぎ、無理をするなと言い聞かせて、送りだしました。
妻は2時前ぐらいに帰ってきました。室温は28度ぐらいですが、かなり暑く感じます。
来週の2つの講義の準備はほぼすませることができました。6月29日、30日は学会(研究発表会)です。7月の最初の週のものも、この週末で準備をすませておく必要があります。7月の最初の週は、新しい試みにチャレンジします。月曜日の授業では、ディスカッションにかなりの時間を割こうと思っています。木曜日の授業では、学生に発表してもらいます。(今のところ3人ですが、もうすこし増やしたいと思っています。)
Facebook で顕微鏡観察図史を展開しています。日本でスワンメルダムを研究している人がほぼいないことがわかりました。
フック:中島秀人さんが専門家ですが、顕微鏡観察にはあまり関心をもたれていないようです。
マルピーギ:伊藤和行さんが論文を発表されています。
スワンメルダム:私はスワンメルダムを研究しています、という方はいないと思われます。(もしいたら、お教え下さい。)
レーフェンフック:今橋本科研でいっしょに研究会を開いている、田中さん。
ひとりで5時10分、室温24.6度。曇り。午後に授業。
9時54分武蔵境駅発の西武線。
まず、印刷センター。3限の授業の資料を140枚コピー。
11時から補講。月曜日4限の分です。12時まで。
急いでお弁当を食べ、食べ終わったら、教室に資料を置いてきました。3限の授業は12時40分から。
4限5限は、ゼミ。5限の前、小谷先生に挨拶をしてきました。5時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。岩崎先生、久野先生といっしょになりました。
ひとりで3時35分、室温24.4度。晴れ。午後に会議、3つ連続。
中学生は本日から定期考査。3日間。
妻が用意してくれていた昼食をたべてから、登校。11時42分武蔵境発の西武線。
会議は1時10分から。40分程度で終わりました。図書館へ行って調べもの。
次の会議は2時20分から。2時10分過ぎに大会議室に入りました。途中FDがあり、すこし延びましたが、5時5分頃に終了。
5時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。なんと多磨駅でいっしょになった同僚の先生と話をしていて、荻窪まで行ってしまいました。向かいの電車で逆行し、帰ってきました。一駅の超過なので、10分程度のロスですんだと思います。
ひとりで4時55分、室温23.8度。晴れ。5時半、6時半、7時半、妻、中学生、ちいさいちびを起こす時間です。大きいちびは9時過ぎに起きてきて、10時頃出かけていきました。今日は解剖の見学があるそうです。
ということで、本日も、妻が帰ってくるまでひとりでお留守番。3時45分から歯医者さん。3時40分頃から待合い室で待っていました。たぶん呼ばれたのは4時頃、やはり1時間近く、5時過ぎにお暇しました。被せた下が虫歯の可能性があるそうです。はやめに治療しましょうということで、真夏に5回の予約を入れてきました。都合が悪くなったら連絡してください、ということでした。
家に帰ると息子が待っていて、整形外科。さすがにもう場所を覚えたようです。けがをしてから3週間、3週間あればかなりよくなるそうです。もう、大丈夫でしょう。体育と部活の時だけ、サポーターを付けて下さいということでした。息子はそのまま帰宅、私は診察券を受け取り、コンビニに寄って帰りました。7月4日の授業(「スマホの写真論」)のために、大山さんの「スマホの写真論」を全部読み直しました。キンドルの操作にまだ戸惑うところはありますが、読むのに困難を覚えることはありません。
ひとりで3時55分、室温23.1度。晴れ。月曜日の授業。春学期の10回目。
9時6分武蔵境発の西武線。
10時2分、教室の前に着くと、加藤先生はもういらしていました。1限の鈴木先生が教室から出てこられるのを待ってから、教室に入り、準備。加藤先生は、サイエンティストです。月探査の話をしてくれました。研究室に戻ってお弁当。
3限4限。大学院。次の2冊がILL で届いたという連絡があったので、図書館にとりにいきました。
Brian S. Baigrie (ed.), Picturing Knowledge: Historical and Philosophical Problems Concerning the Use of Arts in Science, Toronto, 1996
Jean-Charles Sournia, The illustrated history of medicine , Harold Starke, 19924時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。本日も快晴なり。
ラジエーションハウスを実際の放映の15分遅れぐらいで見ました。ちいさいちびの見方をマネしました。録画したものをCMを飛ばしつつ見ました。最終回。
ひとりで3時35分、室温21.9度。雨は上がっています。今日は、昨日とは一転して、気温が30度を超えるそうです。6時40分、部屋に日射しが射し込みました。
ちいさいちびは午前中から部活の用事があるそうです。→11時過ぎに自転車ででかけていきました。夜は夜で会食があり、帰ってくるのはけっこう遅くなるそうです。
父の日。娘達は、それぞれに用事があるので、私と妻と中学生の3人で、いつものラーメン屋さんに行くことになりました。正午過ぎ。空を見ると、まさに夏空! 風があるので、耐えられますが、すばらしい好天です。食後妻は買い物に、私と中学生は帰ってきました。中学生はなにより買い物が嫌いになっています。我々が帰ってしばらくしてから、おおきいちびがでかけていきました。
朝のうちに次のものが届きました。
『完全復刻アサヒグラフ 関東大震災・昭和三陸大津波』 アエラ編集部、2011
大正12年10月28日発行特別号と昭和8年3月17日発行臨時増刊号を合冊し、新たに解説をつけたものです。6月20日の授業でグラフ誌の例示として使います。夕刻、次の2冊が届きました。こちらもグラフ誌の参考として購入したものです。
TIME-LIFE The Olympics: Moments That Made History, TIME-LIFE, 2016
TIME-LIFE Victory in the Pacific: The End to a Ferocious Conflict, TIME-LIFE, 2016
ひとりで3時30分、室温23.7度。雨、夜半に降り始めた雨がどしどし降っています。ちいさいちびのみいつも通りでかけます。→8時過ぎに、レインコートを着て、自転車ででかけました。
お昼ご飯が終わった頃、おおきいちびが帰ってきました。鎌倉に遊びに行く予定が、あまりに雨が強いので、中止して帰ってきたそうです。課題をやらなくちゃ、と言っていました。
昼食後、中学生の英語ノートを買うため、駅前に。雨は本降り。駅前の文具店が閉まっていたので、セイユーで捜しました。2冊購入して、できるだけ傘をささなくてすむよう、ガード下を通って往復しました。
7月4日の授業(「スマホの写真論」)のための準備をしています。発表者を募って、複数の学生にプレゼンをしてもらおうと思っています。ゼミの学生に声をかけたところ、何名かはやってくれそうです。今のところ、私が話す時間が半分、学生がプレゼンをする時間が半分と考えていますが、これは、どれだけやってみると手を挙げてくれる学生がいるかで比率は変わってきます。
同時進行で、7月1日の授業(「リスクと社会」)の準備も進めています。息抜きにふとテレビをつけると、Eテレ(021)で「TVシンポジウム「いのちを守るまちのデザイン〜防災まちづくりで大災害に備える」というのをやっていました。私の考えている授業内容にぴったりです。Eテレ(021)の番組紹介を引用しておきましょう。
「街づくりに防災・減災という概念を織り込むことで、災害に強い“まちづくり”を実現する。こうした取り組みを行っている日本各地の事例を取材。関係者や識者が議論する。
自然災害が頻発する日本。過去の災害から見えてきたことは、災害が起こる以前からもともとその地域にあった街の課題を踏まえた、復旧・復興までのプランを立てる必要だ。人口減少や超高齢化が進むなか、その地域が描いている将来のビジョンに防災・減災という概念を重ね、「街をどうデザインしていくか」を考える。こうした視点で街づくりに取り組んでいる事例を全国に取材。関係者や識者が一堂に会して意見を交わす。
【パネリスト】東京大学教授…目黒公郎,伊豆市長…菊地豊,危機管理教育研究所代表…国崎信江,独立行政法人都市再生機構理事長…中島正弘,大桃美代子,【司会】山田賢治」水害と地震に関して、重要なファクターは場所です。場所によって危険度はまったく違う。学生に対する例示として、キャンパスのある場所の危険度を公的情報によって確認しました。
水害の方は、区や市が出しているハザードマップでおおよそ理解できます。外語のキャンパスに関しては、多摩川が洪水を起こしたとしても、キャンパスの位置まで水が来ることはまずありえません。ただし、1時間に100ミリを越える雨が降った場合、排水が間に合わずに、道路の冠水や建物の1階部分の冠水は生じるかもしれません。
地震に関しては、東京都がマップを発表しています。しかしマップには地名が記されていません。ただし、 地震に関する地域危険度測定調査 地域危険度一覧表(区市町別)というのが発表されています。エクセルでも入手できます。
それによれば、府中市朝日町3丁目は次の通りとなります。
地盤分類は、台地1
建物倒壊危険度では、危険量が0.12棟/ha、順位が4936、ランクが1
火災危険度では、危険量が0.00棟/ha、順位が4633、ランクが1
災害時活動困難度では、困難度が0.02、順位が4522、ランクが1
総合危険度では、危険量が0.00棟/ha、順位が4721、ランクが1
つまり、地震に対してはかなり安全な場所ということになります。したがって、キャンパスにいて気を付けるのは、物の落下と棚等の倒壊ということになります。教室のなかにいたら、落ち着いて行動する限り、まず大丈夫でしょう。
ちなみに私の住んでいる場所は、杉並区のごちゃごちゃした所です。火災危険度がすこし高く、総合危険度では2がついています。
以上の通り、3つの指標を用いています。
1)建物倒壊危険度、地震の揺れによって建物がどの程度倒壊する危険があるのか? 地盤が大きくものをいいます。
2)火災危険度、地震の揺れによってどの程度火災が発生し、延焼する危険があるのか? 建物(木造建築の度合い)と木続建築同士の接近具合によって決まります。
3)災害時活動困難度、消防車等の救急活動がどの程度しやすいか、道路の整備状況によって決まります。狭い路しかなく、なかなか消防車両が近づけない所は、困難度が高い。東京都のマップ(第8回総合危険度ランク)では、杉並区も危険度で5や4がついた場所があります。環八の東側です。その危険な場所が、中野区の西北部にも続いています。東京全体では圧倒的に東側にランク5の場所が集まっています。江東区、墨田区、荒川区、葛飾区、足立区です。
ランク5がついているのは、次です。
江東区4地点: 大島7丁目 沖積低地5 ;北砂3丁目 沖積低地5 ;北砂4丁目 沖積低地5 ;北砂6丁目 沖積低地5
墨田区12地点: 押上3丁目 沖積低地4 ;京島2丁目 沖積低地4 ;京島3丁目 沖積低地4 ;墨田2丁目 沖積低地4 ;墨田3丁目 沖積低地4 ;墨田4丁目 沖積低地4 ;墨田5丁目 沖積低地4 ;立花2丁目 沖積低地4 ;東向島1丁目 沖積低地4 ;東向島6丁目 沖積低地4 ;八広3丁目 ;八広4丁目 沖積低地4
荒川区14地点: 荒川2丁目 沖積低地4 ;荒川3丁目 沖積低地3 ;荒川6丁目 沖積低地3 ;西尾久2丁目 沖積低地3 ;西尾久5丁目 沖積低地3 ;西尾久6丁目 沖積低地3 ;東尾久1丁目 沖積低地2 ;東尾久2丁目 沖積低地3 ;東尾久6丁目 沖積低地4 ;町屋2丁目 沖積低地3 ;町屋3丁目 沖積低地4 ;町屋4丁目 沖積低地4 ;南千住1丁目 沖積低地4 ;南千住1丁目 沖積低地4
葛飾区7地点: 鎌倉4丁目 沖積低地2 ;新小岩3丁目 沖積低地5 ;西新小岩5丁目 沖積低地5 ;東四つ木3丁目 沖積低地4 ;堀切2丁目 沖積低地4 ;堀切5丁目 沖積低地5 ;堀切5丁目 沖積低地5
足立区17地点: 興野2丁目 沖積低地4 ;関原2丁目 沖積低地5 ;関原3丁目 沖積低地5 ;千住4丁目 沖積低地4 ;千住 大川町 沖積低地4 ;千住 寿町 沖積低地4 ;千住 龍田町 沖積低地4 ;千住 元町 沖積低地5 ;千住 柳町 沖積低地4 ;中川2丁目 沖積低地5 ;西新井本町1丁目 沖積低地5 ;日ノ出町 沖積低地4 ;本木2丁目 沖積低地5 ;本木 北町 沖積低地4 ;本木 西町 沖積低地4 ;本木 東町 沖積低地4 ;柳原2丁目 沖積低地4
北区6地点: 上十条5丁目 台地1 ;上中里3丁目 沖積低地3 ;岸町2丁目 沖積低地2 ;栄町 沖積低地2 ;志茂3丁目 沖積低地4 ;志茂4丁目 沖積低地5
台東区1地点: 根岸4丁目 沖積低地3
新宿区1地点: 若葉3丁目 谷底低地3
品川区3地点: 大井7丁目 台地2 ;西大井3丁目 台地2 ;豊町5丁目 台地1
大田区7地点: 仲六郷2丁目 沖積低地3 ;西蒲田3丁目 沖積低地2 ;西蒲田4丁目 沖積低地3 ;西蒲田5丁目 沖積低地3 ;西六郷2丁目 沖積低地3 ;羽田3丁目 沖積低地3 ;羽田6丁目 沖積低地4
中野区4地点: 野方2丁目 谷底低地2 ;大和町2丁目 台地1 ;大和町4丁目 谷底低地2 ;若宮1丁目 台地1
杉並区4地点 天沼1丁目 台地1 ;高円寺北3丁目 台地1 ;成田東1丁目 谷底低地2 ;方南1丁目 台地1
ひとりで5時30分、室温23.0度。晴れ。まだ晴れています。午前3時まで晴れマークがついています。明日の土曜日には雨マーク。
たぶん、今日は私が一人でお留守番。中学生、ちいさいちび、妻、そしてずいぶん遅れておおきいちびの順にでかけました。
私は11時過ぎに昼食をとったあと、大谷の試合(エンジェルス対レイズですが)を見終わってから、財務的用件の処理のために、駅前にでかけ、ぐるーと大回りして帰ってきました。木曜日3限の授業で、毎回、画像提示の例示と称するA4で1枚の紙を配布しています。Active Learning の課題のための例示として配っていたもので、Active Learning の課題の2回目の提出が昨日でした。これで課題の提出は終わりです。ですから、例示は、もう必要ないのですが、7月4日まであと3回続けることにしました。
来週の木曜日は、ジオラマの基本を辞書の引用と画像で説明しています。ダゲールの生み出した diorama は、もうすこし説明しないと理解できないと思うのですが、A4で1枚の範囲だと、まあ、このぐらいかな、というところまでは解説できたと思います。
ひとりで4時30分、室温20.8度。晴れ。今日は、一日晴れ。予報では、明日の午前3時まで晴れマークがついています。洗濯のチャンス。午後に授業。10回目。そろそろ終わりが見えてきました。
10時6分武蔵境発の西武線。
大学では印刷センターへ直行しました。3限の授業の資料を2部印刷。各140枚。
正午頃、3限の授業の資料を教室に置いてきました。
本日の3限の授業は、両手が自由になるようにピン式のワイヤレスマイクを使いました。
4限5限と学部のゼミ。5限のゼミ、イタリア留学から帰ってきたばかりの学生がとても新鮮なプレゼンをしてくれました。
5限終了後、101教室に顔をだしました。沼野先生のあつい授業の余韻が残っていました。TA の院生によろしくと挨拶をして帰途につきました。5時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。五月晴れの空がまぶしい一日でした。
ひとりで3時30分、室温20.9度。雨は降っていません。わずかに晴れ間。
早朝の間に、推薦書を1通、仕上げました。中学生、おおきいちび、ちいさいちびの順にでかけました。子どもたちが出かける頃には、晴れ間から日射しもさしてきました。
正午に面談、午後に会議。
10時6分武蔵境発の西武線。まっすぐに生協に向かい、新しい『中央公論』を購入。研究室に向かい、メールへの対応。それから買ったばかりの『中央公論』をすこし読みました。
11時15分過ぎにお弁当。正午に学生が来て、今朝完成した推薦書を渡しました。それからしばらく雑談。
2時20分から会議ですが、10分以上前に大会議室に到着。7番の書類を受け取りましたが、部屋には誰もいませんでした。(1番から4番までは学部執行部。5番の方は、カバンだけ置いてどこかにでかけていました。6番は不明。)
説明にすこし時間がかかって、4時15分ぐらいに終了。4時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。すこし雨がぱらつくような空気があったのですが、もちました。
夕刻、次の本が届きました。
東浩紀『テーマパーク化する地球』 ゲンロン叢書、2019
ひとりで4時30分、室温19.9度。昨日強く降った雨はあがっています。晴れ間はありません。たぶん、私以外全員出動。おおきいちびは午後の授業ということで、昼食後でかけるそうです。
中学生は、松葉杖をおいて、でかけました。その後、ちいさいちび、妻の順にでかけました。
子どもたちが出かける頃には、日射しが復活していました。玄関に太陽の光が射し込んでいます。洗濯物があるのでしばらく晴れていてくれるとたすかります。11時前、おおきいちびの昼食(麺いりサラダ)と私の昼食を買いに近所のコンビニに。
火曜日は、中学生が整形外科にかかる日。4時に学校に迎えに行き、いつも通り、カバンだけ受け取って、先に私が帰宅。カバンを置き、松葉杖を自転車に積んで、逆戻り、途中で中学生をつかまえて、整形外科へ。この医院はいつも混んでいます。ですが、整形外科の診断ははやい。本日も1分ですみました。もうサポーターだけでよいそうです。
中学生はもうほぼ歩けるので、そのまま帰宅させて、私が医院の近所で調剤薬局を探し、シップをもらって帰ってきました。来週には、たぶん、普通に運動もできるようになるのではないでしょうか。
中学生はその後、塾。帰ってくること、小雨が降っていました。
ひとりで4時40分、室温22.1度。昨日からの雨が降り続いています。いつもの月曜日。
息子はレインコートででかけました。松葉杖で傘は無理です。私は雨なので息子のカバンを背負っていくつもりにしましたが、背負うとあまりに重い。急遽、やはりいつものように自転車のカゴに載せていくことにしました。妻にレインコートの上下を用意してもらいました。久しぶりのレインコートだったので、フードの処理が甘く、すこし苦労しました。学校の下駄箱の前で荷物を待っていた息子にカバンを渡してから、フードをきちんと締め直しました。帰りは問題なし。
9時18分武蔵境発の西武線。
10時過ぎに教室に入ると、JAXAの鶴間先生は、もうお見えでした。ご自分のノートパソコンを接続してプロジェクターを作動中でした。3年間ロシアにいたそうです。
学生たちは興味深く聞いてくれたようです。
授業終了後、何名か質問。質問をした学生のコメントシートを受け取ってから、研究室に戻りました。すぐにお弁当。お弁当が終わったらすぐにコメントシートの整理を行いました。それからスキャン。午後は、大学院のゼミ。
3時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。久しぶりの本格的な雨降りです。しかも気温が下がりました。体調管理に注意する必要があります。
夕刻、おおきいちび、ちいさいちびの順に歯医者。おおきいちびは歯医者のあと、バイトだそうです。
ちいさいちびは本格的な雨降りのなか、ぎりぎりで帰ってきました。予約の時刻に遅刻すると、ばたばたしています。妻がすこしぐらい遅れても大丈夫となだめて、送り出しました。お腹がすいたと、目の前にあるものを口に詰め込んででかけていきました。
7時半過ぎ、帰宅。夕食後、喉になにかが刺さっている感じがすると言って、げーげー。急いで容器を用意してやりました。何回かに分けて、せっかく食べた夕食をほぼ出し切りました。体調不良や食べたものが悪くなっていたことも疑いましたが、しばらくするとけろっとして、また昨日妻がおやつとして買ってきたものを食べています。喉の違和感だけが原因だったようです。幼稚園に上がる前、ちいさいちびはほんとうによく戻しあした。毎日処理に追われていた時期があります。久しぶりにそれを思い出しました。
ひとりで6時25分、室温22.1度。今日は気温が低いままということです。ちいさいちびの引退戦
昨日に続き、ちいさいちびの公式戦。4回戦。体育館でできるのはうれしいそうですが、相手は強豪校。正午過ぎに開始。妻もおおきいちびも応援に行きます。
ちいさいちびは10時前、妻は11時前にでかけました。おおきいちびは11時半ぐらい。近いといいわ、と言いながら身繕いしていました。
2時過ぎにおおきいちびが電話がありました。負けたそうです。はいりはよかったそうですが、時間が経つと、引き離されていったということです。これでちいさいちびの部活はおわりです。
おおきいちびは3時過ぎに帰ってきました。雨。少し前から雨が降ってきました。しばらく降っていそうな雨です。週間天気によれば、明日の正午ぐらいまで降り続きます。そのあとはしばらく曇り空で、水曜日にまた雨の予報。梅雨に入っていることを実感させてくれる空模様です。この1週間、週間天気に晴れマークなし。
ちいさいちびはみんなで夕ご飯を食べてから帰ってくるそうです。中学生も試合ですが、移動の際、足手まといになるので、休ませることにしました。
ひとりで3時30分、室温23.8度。雨は上がっていますが、晴れてはいません。ちいさいちびの3回戦ですが、時間を遅らせて、実施するそうです。
中学生は、午後、久しぶりに塾。松葉杖をつくようになってからしばらく休んでいました。ちいさいちびと妻は、午前中にでかけました。おおきいちびもゆっくり起きて、午前中に出かけましたが、1時間後、体育館シューズを忘れたと取りに戻ってきました。
中学生は、1時20分にでかけるというのでアテンド。松葉杖ももうかなり慣れてきていますし、速度もそうとう普通に近づいています。西荻の駅も三鷹駅もエレベーターがあるので、階段の上り下りはしなくてすみます。もうすこしで松葉杖なしで大丈夫だと思われます。ともかく、塾の前までついていってやりました。帰りは自分で帰ってくると言っています。
私はちょうどよい機会なので、三鷹駅の駅前をすこし散策することにしました。100円ショップキャンドゥーがあったので、必要だと思っていたものを5点購入しました。それから、駅前広場をぐるっとまわってきました。エキナカの4階も未知の空間です。こちらもぐるーとまわってみました。
西荻に降りてからも、南の方を半周ぐらいまわって帰ってきました。3時頃雨の予報でしたが、逆になりました。晴れてきました。ちいさいちびたちの勝利
家で休んでいると、妻から電話。大接戦を制して、延長線で買ったそうです。後半残り時間わずか、1点差で負けている状況でちいさいちびが一度シュートをはずしたそうです。しかし、もう残りわずかでもう一度シュートチャンスがあり、そこで決めて、延長線。延長線もぎりぎりの戦いが続き、どうにか1点差を守りきって、買ったそうです。んかなかない大接戦を制したので、みんなで大喜びしていたそうです。
次の試合は明日。体育館が使えるそうです。ただし、明日は強豪校。勝てる確率は5%ぐらいだとちいさいちびは査定していました。11時過ぎに試合の様子がアップされたというので、ちいさいちび、妻、私の3人で我が家のテレビに繋げて見ていました。たしかに、残り90秒ぐらいでちいさいちびがゴールを決めて、引き分け延長戦に持ち込んでいます。延長戦を戦って、21対22。劇的勝利。ちいさいちびによれば、今日は体調が悪かったそうです。症状を聞くと、軽い熱中症ではないかと思われます。一度2分退場になり、ラインをいっぱい踏んだそうです。
マルピーギの毛細血管発見
田中さんの『病む、生きる、身体の歴史 』(青土社、2019)を読んでいたら、46頁に次の記述がありました。
マルピーギは生命活動にとっての肺の重要性を確信していた。「1661年、生きたカエルの皮膚を切り開き、まだその体内の脈動が残っているうちに、肺の組織に沁み込むように走っている幾筋もの「網のような」血管のなかを血液が流れる様子を、顕微鏡で観察する方法を編み出した。ここから彼は、肺において静脈と動脈の血液が交わり、再活性されるのだと結論して、ハーヴィの血液循環論に欠けていた最後の「環」にかかわる論証を提供したのである。[図2-3]」
図2-3のキャプションには次のようにあります。「図2-3 マルピーギによるカエルの肺のスケッチ。II の図に動脈と静脈をつなぐ毛細血管の網が描かれている。」
[図2-3]には、注(10)がつけられています。
(10) Young, J., Malpighi's "De Pulonibus", Proceedings of the Royal Society of Medicine, 1929 Nov; 23(1): 1-11.
マルピーギの毛細血管の発見は有名です。しかし、あまり図を見た記憶がなかったので、すこし、図像研究に資するかと、調べてみました。
昨日のFacebook に図とともに、次の文章を記しました。
「ハーヴィが血液循環説を提出したあと、(顕微鏡を使用しなかった、しかも図像に反感をもっていた)ハーヴィが見つけることができなかった毛細血管を発見したのが、マルピーギだということは、たぶん科学史を一通り勉強した方なら、みんな知っていることです。
しかし、マルピーギは、一体何をみたのでしょうか?そして、それはどう描かれたのでしょうか?
グーグルの画像検索で「マルピーギ 毛細血管」で検索してみると、ここに掲げる図版が出てくるのは1点のみ、しかも30番目です。(医学史家鈴木晃仁氏が勁草書房のサイトで公開している医学史シリーズのなかです。)
(英語で検索をかけるとずっとましです。)
Malcello Malpighi, De pulmonibus obseruationes anatomicae, 1661
ボレリ宛の手紙の2通目の出版です。この絵は、34頁からなるこの小著の最後に掲載されています。
マルピーギが「自然の顕微鏡」と呼んだ蛙の肺を描いています。上の図は、肺胞を描いています。下の図が肺胞中の毛細血管を描いています。」
Malcello Malpighi, De pulmonibus obseruationes anatomicae, Bologna, 1661 のpdf はネットですぐに入手できます。ほかに何点か2次資料もダウンロードして目を通しました。
John B. West, "Malcello Malpighi and the discovery of the pulmonary capillaries and alveoli," Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 304: L383-L390, 2013
Reference 5. Malpighi M. De pulmonibus. London: Philosophical Transactions of the Royal Society, 1661
この参考文献5がわかりません。ちなみに、Sanjib K. Ghosh and Ashutosh Kumar, " Malcello Malpighi (1628-1694): Pioneer of microscopic anatomy and exponent of the scientific revolution of the 17th Century," Eur. J. Anat. 22(5): 433-439(2018) の参考文献表にも次のようにあります。
MALPIGHI M (1661) De Pulmonibus. Philosophical Transactions of the Royal Society, London
王立協会は、公式には1662年に設立されています。そして、オルデンバーグによる『王立協会哲学紀要 Philosophical Transactions of the Royal Society of London』は、1665/66年に創刊されています。
単純に、王立協会に関する基本的知識があれば、「ロンドン:哲学紀要、1661」という書誌はあり得ないことになります。
マルピーギが王立協会会員(F.R.S)に選出され、『王立協会哲学紀要 Philosophical Transactions of the Royal Society of London』に論考(手紙)を寄せたことは有名です。ウェストさんもSanjib K. Ghosh and Ashutosh Kumarも、そのことを誤解して、こうした書誌表記になったのでしょうか。このあたりの事情を金子務さんの『オルデンバーグ』(中央公論新社、2005)で確認しておきましょう。pp. 124-5.
オルデンバーグははやくからマルピーギの仕事を知っており、『王立協会哲学紀要』でマルピーギの顕微鏡研究を紹介していた。「1667年になって初めて手紙を送り、これまでに公刊した仕事や、その他の、・・・自然誌に関係する仕事の状況などを教えて欲しい、と連絡した。」マルピーギはすぐに丁寧な返事を返した。オルデンバーグはそれを『王立協会哲学紀要』に掲載した。
王立協会は、1669年、カイコの自然誌に関する長文の手紙(の形式をとる論考)を王立協会の出版物として出版することを決め、同時に、王立協会会員に選出した。
しかし、1671年、ネヘミア・グルーとの先取権問題が勃発し、好意的関係は崩れた。(グルーの記述に問題があった。)(現実に先取権が問題になるような行為は両方になかったが、グルーが余計な一言を著作に記してしまったので、マルピーギが気分を害したということのようです。金子さんの本によれば、そうなります。)
金子さんのまとめは以上です。
つまり、王立協会は、マルピーギを会員に選出するとともにマルピーギの手紙を『哲学紀要』に掲載し、しかも長いまとまった論考に関しては、(『哲学紀要』という雑誌とは別に)王立協会として出版している。
このあたりの事情をおおざっぱに理解したうえで書誌調査をさぼって記載すると「London: Philosophical Transactions of the Royal Society, 1661」というようなありえないセンテンスが出現することになります。ちなみに、田中さんが挙げられる、 Young, J., Malpighi's "De Pulonibus", Proceedings of the Royal Society of Medicine, 1929 Nov; 23(1): 1-11. は、Malcello Malpighi, De pulmonibus observationes anatomicae, Bologna, 1661 の 英訳です。貴重な仕事です。
マルピーギはこのサイトでも何度か扱っています。17世紀後半の顕微鏡による解剖研究ということでは、非常に重要な人物ですが、日本語の研究状況はとても寂しい。→ 19.6.9 日本語のウィキに次の記述がありました。
「マルピーギの研究成果の大部分はイギリスの王立協会の報告書に論文として出版された。その最初のものは1661年、カエルの肺 の発見を報告している。1667年には ヘンリー・オルデンバーグが彼に定期的に王立協会と通信するように求め、翌年に彼はその会員となった[1] 。これはこのような評価がイタリア人に対して行われた最初の事例であった。」
ウィキが注 [1]で言及するのは、王立協会の「過去の会員」です。比較的よく使われる2次文献が誤解を招く表現を使った(あるいは、軽率な表現を使った)可能性が高いのではないかと考えるようになりました。ウェストさんもSanjib K. Ghosh and Ashutosh Kumarもただそれを引用しただけなのかもしれません。決着がつくかどうかは不明ですが、調べてみようと思います。
→ Andrew J. Peacock, Robert Naeije, Lewis J. Rubin (eds.), Pulmonary Circulation: Diseases and Their Treatment, Fourth Edition, London and New York: CRC Press, 2016 の参考文献(References)が参考文献の2として
"Malpighi M. De Pulmonibus. London,UK: Philosophical Transactions of the Royal Society, 1661"
を挙げています。これは単純に3.として挙げているウェストの表記を採用したものでしょう。
→ Marianna Karamnou and George Androutsos, "Completing the puzzle of blood circulation: the discovery of capillaries," Italian Journal of Anatomy and Embryology, Vol. 115, N.3: 175-179, 2010
結論の直前の言葉が次です。「すぐにマルピーギは発明の重要性を認識し、研究成果を1663年ロンドン王立協会『哲学紀要』に『肺の解剖学的観察』というタイトルで出版した[11]。ハーヴィの血液循環の概念が完成した。」
注の [11]は、次です。Bounhour J.P. (2004) Histoire de la Cardiologie. Des Hommes, des Découvertes, des Techniques. Toulouse: Privat. P 65-66/
→ J.M.S.Pearce, "Malpighi and the Discovery of Capillaries," European Neurology, 2007; 58: 253-255
パースの記述はまともです。「毛細血管の発見は、『肺について』のボレリ宛の書簡の形式で、1661年ボローニャで出版され、ライデンその他の場所で再刷された。」この手紙は、肺胞のはじめての発見の報告も含んでいた。→ Oxford Companion to the History of Modern ScienceもEncyclopedia of the Scientific Revolution from Copernicus to Newtonもマルピーギの項は、メリさんが書いています。安心して読める記述です。メリさんの本は、昔すこし読んでいます。私の部屋で捜すことにしました。これはすぐに見つかりました。
Domenico Bertoloni Meli, Mechanism, Experiment, Disease: Marcello Malpighi and Seventeenth-Century Anatomy, Baltimore: Johns Hopkins University Press, 2011
とりあえず、今調べていることに関わるところから読んでいきます。
p. 171 「1668年マルピーギは、王立協会事務局長オルデンバーグから最初の手紙を受け取った。そして、ボレリとの通信が途絶えた。その後のマルピーギの出版物は、王立協会から出版されることになった。オルデンバーグに勧められて、マルピーギはカイコの研究に着手し、1669年『カイコについて』が出版され、マルピーギは王立協会の会員に選出された。」
p. 50 「マルピーギの『肺について』の書簡が出版されると、Carlo Dati がそれをフランス、オランダ、イギリスに送った。そのひとつがコペンハーゲンのトマス・バルトリンに届いた。バルトリンはマルピーギの研究に衝撃を受け、自分の著作De pulmonum substantia et motu diatribe(Copenhagen, 1663)の補遺として出版した。」
バルトリンは、デカルトの死後出版『人間について』(ライデン、1662)に言及し、さらに、ガッサンディ、Cornelis van Hoghelandeにも言及した。当時の中心的解剖学者による処女作の再刷は、33歳のマルピーギにとっては大きな成功であった。そこから、ステノに情報が届き、その友人ヤン・スワンメルダムにも届いた。
バルトリンのDiatoribeは、1663年8月までにはイギリスに届いていた。それはちょうどフックが『ミクログラフィア』の出版作業に従事していた時期であり、王立協会の会合でマルピーギの観察を紹介した。
メリさんの記述によって、マルピーギの出版物をリスト化しておきます。
1. 『肺についての書簡』(ボローニャ、1661) De pulmonibus observationes anatomicae, Bologna, 1661
2.『舌について、脳について、大綱について』(ボローニャ、1665) Epistolae anatomicae de cerebro, ac lingua … Quibus Anonymi accessit exercitatio de omento, pinguedine, et adiposis ductibus, Bologna, 1665
3.『触覚の外部器官について』(ナポリ、1665) De externo tactus organo anatomica observatio, Naples, 1665
4.『内臓の構造について(1.肝臓について、2.大脳皮質について、3.腎臓について、4.脾臓について。補遺として心臓のポリプについて)』(ボローニャ、1666) De viscerum structura exercitatio anatomica … Accedit dissertatio eiusdem de polypo cordis, Bologna, 1666
5.『カイコについて』(ロンドン、1669) Dissertatio epistolica de bombyce, London, 1669
6.『卵のなかにおける雛の形成について』(ロンドン、1673) Dissertatio epistolica de formatione pulli in ovo, London, 1673
7.『孵化した卵について』(ロンドン、1675)『植物の解剖について』(ロンドン、1675)と合冊で出版される。 Anatomes plantarum pars prima. Cui subjungitur appendix iteratas et auctas de ovo incubato observationes continens,London, 1675, (prefaced by Anatomes plantarum idea, dated November 1671)
8.『植物の解剖について第2部』(ロンドン、1679) Anatomes plantarum pars altera, London, 1679
9.「さまざまな論説」『王立協会哲学紀要』第14巻(1684) “Dissertatio epistolica varii argumenti” [addressed to Jacob Spon], in Philosophical Transactions of the Royal Society of London, 14 (1684), 601−608, 630−646
11.『全集』(ロンドン、1686;ライデン、1687) Opera omnia, London, 1686; repr. Leiden, 1687
10.『球状の腺の構造について』(ロンドン、1689) De structura glandularum conglobatarum consimiliumque partium epistola, London, 1689
12.『死後著作集』(ロンドン、1697;アムステルダム、1698 ) Opera posthuma, London, 1697; repr Amsterdam, 1698
13.『医学的診察集成』(最初のセンチュリーが1713年、集成が1747年。) Consultationum medicinalium centuria prima, Padua, 1713 . Malpighi with J. M. Lancisi.Consultationm medicarum nonnullarumque dissertationum collectio, Venice, 1747→ 19.6.12 顕微鏡観察図再考。
ひとことで言えば、ガリレオの『星界の報告』(1610)が望遠鏡研究に対して果たした役割を、フックの『ミクログラフィア』(1665)が顕微鏡研究に対して果たした、という表現は間違っているわけではありません。しかし、事態の推移をもうすこし正確に追いかけると、違った側面が見えてきます。
顕微鏡による研究、顕微鏡による発見という点では、フックの本の前に、マルピーギがいます。フックの『ミクログラフィア』(1665)は図版提示の豊富さと観察の体系性で一般読者層に対しても圧倒的なインパクトを与えますが、新しい発見と呼べるものは含まれていません。マルピーギの『カエルの肺についての2書簡』(1661)は、肺胞の発見、毛細血管の発見を含みます。科学研究という観点からは、顕微鏡による生物の解剖研究を切り開いたと言えます。
『カエルの肺についての2書簡』が含む図版は、少数ですが、その発見を正確な図で示すものです。ここでは、顕微鏡観察図の時系列をしっかりと再確認しておきましょう。
1.フランチェスコ・ステルッティ“蜜蜂の絵”(1625) Francesco Stelluti, Melissographia, Rome, 1625
2.パレルモのオディエルナ(1644) Giovanni Battista Odierna, L'Occhio della mosca (Eye of the Fly), 1644
3.ピエール・ボレル『顕微鏡による観察』(1656) Pierre Borel, Centuria Observationum microscopicarum, 1655
4.マルピーギ『肺についての2書簡』(ボローニャ、1661) Malcello Malpighi,De pulmonibus observationes anatomicae, Bologna, 1661
5.フック『ミクログラフィア』(1665) Robert Hooke, Micrographia, London, 1665
6.スワンメルダム 『呼吸と肺の用途についての自然学-解剖学-医学的論考』 Tractatus physico-anatomico-medicus de respiratione usuque pulmonum (Leiden, 1667)
7.スワンメルダム 『一般的昆虫誌』 Historia insectorum generalis, ofte, Algemeene Verhandeling van de Bloedeloose Dierkens ... (Utrecht, 1669)
8.スワンメルダム 『自然の奇跡』 Miraculum naturae sive uteri muliebris fabrica (Leiden, 1672)
9.レーフェンフック "A specimen of some Observations made by a Microscope, contrived by M. Leewenhoeck in Holland, lately communicated by Dr. Regnerus de Graaf." Philosophical Transactions of the Royal Society of London, Vol. VIII (1673), pp.6037-38. "The Figures of some of Mr. Leewenhoecks Microscopical Observations, formerly publish't (in Numb. 94. p. 6037-6038) together with their Explication."Philosophical Transactions of the Royal Society of London, Vol. VIII (1673), pp.6116-18.
10.スワンメルダム Ephemeri vita (Amsterdam, 1675)→ 19.6.14 王立協会350周年記念論文、Nick Lane, "The unseen world: reflections o Leeuwenhoek(1677) 'Concerning little animals'," Phil. Trans. R. Soc. B, 370(2014): 1-10 を読みました。なかなか勉強になるおもしろい論文でした。レーフェンフックは、王立協会に約200通の手紙を送り、その中で、112通が出版されたそうです。112という数は、すごい数です。そして、90通近く、掲載されなかった手紙があります。
→ 19.6.15 天児和暢「レーフェンフックの微生物観察記録」『日本細菌学雑誌』69(2):315-330、2014 も読み通しました。文献の4)でフォード『シングル・レンズ』(法政大学出版局、1986)を挙げつつ、フォードの仕事の内容はほとんど取りあげていないのは不思議ですが、この長さでまとまった総説論考は貴重です。今の細菌学者が見たらどう見えるのか、基本をまとめてくれています。
2013年11月27日に購入した、 クリフォード・ドーベル『レーベンフックの手紙』 天児和暢訳、九州大学出版会、2004 も本の山から取り出しました。
ひとりで4時5分、室温26.8度。まだ晴れ。郵便局は9時に開きます。9時過ぎに郵便局について、昨日用意していた3号の原稿を送り出しました。ついでに、コンビニによって、わずかに買い物。
私以外全員出動。中学生、ちいさいちび、妻、そしてかなり遅くなってからおおきいちびの順に出かけました。
予報とおり、午前10時過ぎには雨が降ってきました。出動した全員にお昼過ぎたら雨、帰りは雨、と伝えて、送り出しています。→おお、なんと、関東地方にも梅雨入りが宣言されました。週間予報では、今日も雨、明日も雨。日曜日から水曜日は曇りが続いて、木曜日はまた雨。
ちいさいちびの三回戦が土曜日、四回戦が日曜日に予定されていました。負けたらその場で引退の高校生活最後の公式戦です。予定では、土曜日が屋外、日曜日が室内です。土曜日が雨でできなかった場合、日曜日の会場で三回戦を戦うそうです。ちいさいちびは、室内の方がよく動けるそうで、土曜日は流れて欲しいそうです。雨とグラウンドの状態によるので、予想はなかなかに難しい。会場に近い子は、実施にせよ、延期にせよ、会場に行ってしまうことは過去にもあったそうです。田中祐理子さんの 『病む、生きる、身体の歴史 ―近代病理学の哲学― 』 (青土社、2019)を朝のうちに読了しました。スムーズに論旨が追えなかった箇所もありますが、とてもおもしろい書物でした。田中さんは医学史の哲学者でした。故金森修さんの表現だと「医学思想史」にあたる仕事をされています。P.ジャネを扱う第7章(疲れの病理学―P.ジャネにおける「病気」と「治療」)や日本のライの問題を扱う第8章(病に別れを告げる―「らい」と日本社会の戦後)は、とくに新鮮でした。3章4章で扱われていること(19世紀末から20世紀にかけての医療・医学の根本的変容)については問題関心を共有しています。田中さんはこういうふうに論じられるのだなと思いました。
ひとりで4時55分、室温23.5度。まだ晴れ。午前中に健康診断を受けます。
7時42分武蔵境発の西武線。
健康診断は8時半開始です。8時15分に保健センターに到着すると、7番の札を渡されました。実際は8時25分頃、スタートしました。終了して、9時7分前ぐらい。30分かかりませんでした。初日に受けるより、ずっとスムーズに進行します。来年から2日目にしようと思います。
研究室に戻って、コメントシートの整理に当たりました。まず、月曜日2限の授業。10時45分頃に完了。朝ご飯を食べていないので、そこでお弁当としました。
しばらく事務処理をしてから、今度は、木曜日3限の授業のコメントシート。数が月曜日2限の1.5倍ぐらいあります。大変かと思ったのですが、それほどでもありませんでした。
実は作業を開始する直前、左手人差し指にちっちゃな棘が刺さりました。指紋の渦巻きの下あたり。そこの部分に紙があたると痛い。私の目では棘が小さくて見えなかったのですが、ふと見えるようになりました。先っぽが0.数ミリ飛び出しているのが見えました。見えるとなんとかなります。右手の爪でとることに成功しました。何が刺さっていたのかは不明です。指先から消えたことは確かでした。
お腹が空いているのに、食事ができないというのは、かなり苦手です。視力もいつもより低い。元気があまりないので、木曜日3限のものは、2日分だけ整理して終わりにしました。外に出ると、夏空になっていました。12時50分多磨駅発の電車で帰ってきました。
帰ってきてしばらく昼寝。朝の間はずっと軽い頭痛がありました。睡眠不足のしるしです。元気がある程度回復してから、会誌の作業。3号の原稿の送り出し。時間に余裕があるので、今日はファイルだけ送りました。明日、プリントアウトしたものを投函します。
ひとりで3時20分、室温24.1度。今日と明日が健康診断の日。これまでとはパターンを変えて、2日目に受けることにしました。明日です。今日は午後会議だけのために大学に行きます。
午後に会議。
『化学史研究』第46巻2号
午前中に『化学史研究』第46巻2号(2019)が届きました。目次は次です。(私の環境では、出せない人名の漢字があります。ひらがなで代用しています。)[研究ノート]北原文雄 「戦中戦後のミセルコロイド小史 」第46巻(2019): 47-62
[広場] 河野俊哉「『化学史への招待』発行を記念して」第46巻(2019): 63-64
[紹介] 三時眞貴子「安原義仁,ロイ・ロウ『「学問の府」の起源』 」第46巻(2019): 65-70
[紹介] 古林祐佳 「井上尚之『日本ファイバー興亡史』 」第46巻(2019): 70-71
[紹介] 古林祐佳 「こうじや 信三『天然ゴムの歴史』;池田 裕子,加藤 淳,こうじ谷 信三,高橋 征司,中島 幸雄『ゴム科学』 」第46巻(2019): 71-73
[紹介] 桑木野幸司 「アン・ブレア『情報爆発』 」第46巻(2019): 73-75
[紹介] 新井和孝「岩村秀監修,岩村秀・吉田隆著『分子は旅をする』」第46巻(2019): 75-76
[年会特集] 「2019年度化学史研究発表会(年会)詳細プログラム」第46巻(2019): 77
[特別講演] 玉尾皓平(豊田理化学研究所所長)「国際周期表年2019を機に伝えたい「一家に1枚周期表」に込めた三つの情報」第46巻(2019): 78-80
[特別講演] 安原義仁(広島大学名誉教授)「「学問の府」の起源:「大学」誕生以前の知の拠点」第46巻(2019): 81-83
[シンポジウム]大野 誠(立正大学)「イギリス産業革命とArts―新奢侈品テーゼの検証を通じて:シンポジウム趣旨」 第46巻(2019): 84-85
[シンポジウム] 松坂雅子(京都服飾文化財団)「18〜19世紀イギリスにおけるartsと絹織物」第46巻(2019): 86-87
[シンポジウム] 真保晶子(芝浦工業大学)「産業革命期の家具製造における新奢侈品とArtsの関係ーー「特許」家具を例としてーー」第46巻(2019): 88-89
[シンポジウム]大橋里見(立教大学)「18世紀ブリテンの消費社会と「モノ」認識ーーオークションをてがかりに――」 第46巻(2019): 90-91
[シンポジウム]大野 誠(立正大学)「転機を迎えた18世紀後半のイギリス美術・工芸界:展覧会体団体の設立」第46巻(2019): 92-93
[一般講演] 武山高之(京大アイソマーズ)「桜井錠二と雑誌会」第46巻(2019): 94
[一般講演] 原田雅博(広島大学大学院博士課程)「物理学者・桑木あや雄の自然観ーー自然科学と哲学の交流に視点をあててーー」第46巻(2019): 95
[一般講演] 山口達明「我国に於ける「有機化学構造論」教科書(電子論以前):久原躬弦『立体化學要論』(明治40年)から山岡望『有機化學構造論(上、下)』(昭和7,9年)」第46巻(2019): 96
[一般講演] 齊藤正巳(日本化学会)「切手でひもとく周期表」第46巻(2019): 97
[一般講演] 菊池好行(名古屋経済大学)「IUPACと日本人化学者たち」第46巻(2019): 98
[一般講演] 石田純郎(岡山大学)「古代ギリシア文化圏のアスクレピオス神殿と医薬のシンボル蛇」第46巻(2019): 99
[一般講演] 工藤璃輝(東京工業大学大学院博士課程)「ニュートンの音楽手稿の図の解読」第46巻(2019): 100
[一般講演] Yona Siderer(Hebrew University)「Chemical Investigation of Hot Spring by Udagawa Youan (1798-1846)」第46巻(2019): 101
[一般講演] 松本邦男(神奈川工科大学名誉教授)「国産ペニシリン開発史ーー表面培養から深部培養へ」第46巻(2019): 102
[一般講演] 黒田光太郎(名古屋大学名誉教授)「分析電子顕微鏡の開発と発展」第46巻(2019): 103
[一般講演] 堤憲太郎(科学史技術史研究所)「日本のNMR研究ーー有機化学を中心にーー」第46巻(2019): 104
[一般講演] 廣田襄(京都大学名誉教授)「磁気共鳴の発展における必然と偶然、そして運、不運」第46巻(2019): 105
[一般講演] 西村三千男(元デンカ)藤井信彦(デンカ)「残照なお続くカーバイド工業」第46巻(2019): 106
[一般講演] 藤井信彦(デンカ)西村三千男(元デンカ)「ーバイドアセチレン法CR」第46巻(2019): 107
[会告]「第5回学術賞候補著作の推薦について」第46巻(2019): 108
[会報]「第16回化学史研修講演会の案内」第46巻(2019): 109
[会告]「今期(2019年4月1日〜2021年3月31日)の役員等について」第46巻(2019): 110
会員ではない方への発送作業。6名分の郵便を作り、郵便局へ。
郵便局から帰ってきてから出動。10時半武蔵境発の西武線。
しばらく事務作業。11時過ぎに生協で昼食。昼食後、生協で文具の買い物。
研究室で学生たちのコメントシートを読む作業。危ないと思ったことについて聞いた回答を読んでいました。1時15分から学部コース会議。続いて、総合文化研究所所員会議。
3時50分多磨駅発の電車で帰ってきました。帰りの電車、同僚の先生と一緒になりました。今日出発して、アメリカで学会に参加し、6月10日の授業に間に合うよう帰ってくるそうです。発表原稿ができていないことを除けば、平気ということです。体力がある先生です。
ジオラマをめぐる混乱。
先週の木曜日学生から質問を受けました。私が紹介したジオラマが学生がイメージしていたジオラマと違ったことに由来する質問でした。そのときは、模型ではなく、絵を指しますと回答しましたが、その回答だけでは不十分ではないかと思うようになりました。
まず、リーダーズ英和辞典を引いてみます。
diorama 1.透視画、ジオラマ(穴から覗いて見る);立体小型模型による実景;ジオラマ(1.博物館における野生生物の生息状態を示す模型など。2.映画などに用いる立体縮小セット);ジオラマ館
panorama 1.パノラマ、回転画;次々にくりひろげられる光景、走馬燈のように続く心像;全景;パノラマ写真、パノラマ館、2.(問題などの)広範囲な調査、概観
georama= [F] ジオラマ(大円球の内面に景色を描いて内部から見る仕掛け)
ジオメトリやジオロジーは、みなさん、ご存じです。普通、ジオ=geo =地球となるでしょう。しかし、もともとのジオは、dio (通して、透かして)のカタカナ表記です。ディオラマと表記しておくと、geo と誤解されることはなかったのかもしれませんが、もとのディオラマはほぼ忘れられています。
私も、去年の5月「覗く視覚装置の系譜研究に向けて:覗き眼鏡と眼鏡絵を中心に」を発表したとき、ディオラマに触れるのは忘れてしまいました。(覗き眼鏡と眼鏡絵の非常に重要なヴァリエーションとしてやはり触れるべきだったと今は思います。何と言ってもダゲールが手がけていたものです。)
今の日本語の語感では、模型の方が強いように思われます。
georama もあり、diorama もあり、とそもそも混乱をもたらす要因は、フランス語=英語にもあります。日本語だけの問題ではありません。
→ OED を引いてみました。最初にできたのは、"panorama"です。画家のRobert Barker (1739−1806) が1787年にこの装置を発明しています。ということで、実際の用例は、18世紀後半からです。
その次が"georama"。1815年またはそれ以前。やはりフランス語で、球に地球を描いた装置ならどんなものでも指していたが、中心的には、球面のなかに地球を描き、それを内部から見る装置。英語の説明は、どれも、パリで発明されたと言っている。
そして、その次に出来たのが、"diorama".フランス語で1822年。そこから英語に導入されています。装置は、ダゲールとブートンが発明しています。最初のお披露目は、ロンドンのリージェントパークで1823年9月。
ひとりで3時50分、室温23.6度。本日も好天の模様。明日か明後日に健康診断があります。まだどちらで受けるのか決めていません。水曜日も木曜日も大学には行って、余った時間は、コメントシートの整理に当たろうと思っています。もう一度腰を痛めたくないので、ためすぎないよう、少しずつ処理していきます。
私以外は全員普通に出動。ちいさいちび、中学生、妻の順にでかけました。BSの「なつぞら」を見終わってから、自転車で中学生を追いかけました。ちょうど中学の門についたところでした。そこから半周して、別の門から入ります。中学生のカバンは重い。今日は格別重かった。おおきいちびはお昼前にでかけるようです。
おおきいちびは10時頃起きてきて、11時頃出かけていきました。友達とお昼を一緒に食べてから授業だそうです。はやく終わったら一度帰宅する、そうでなければ夜遅くなるとのこと。夕刻、中学生を迎えに行きました。4時5分前に学校に到着。息子は4時10分過ぎにでてきました。荷物を自転車の前のカゴに入れ、しばらく併走。本日は、整形外科に行きます。この重い荷物を先に片づけた方がよいと気付き、私だけ自転車を走らせ、先に帰宅し、荷物を置いて、また戻りました。島野君のところでキャッチできたので、そこから自転車の後ろに乗せました。
整形外科医院に今日は大勢の人。でも、はけるのもはやい。息子の患部はよくなってきています。まあ、あと、1週間ぐらいという診断。処置をしてもらうのを処置室の外で待っているとなんと松浦先生。南荻窪にアトリエを借りて作業をしているそうです。荷物の搬入の際、転んで、足の甲を骨折したそうです。それほどひどい怪我ではないとのこと。いろいろ世間話。息子がでてきて、お暇した。妻は、中学での会合(バスケの世話人の仕事でしょうか)が長引き、7時半頃、やっと帰ってきました。
先週末、ローンを借りている銀行から、電話がありました。固定10年、その後は変動金利というローンを借りています。もうすぐ固定10年の期間が終了します、その後は変動金利となります、詳しい案内は追ってお送りしますという内容でした。そのうちに郵便物が来るのでしょう。
書類が来る前に、概略を理解しておきたいと思い、古い書類を捜しました。さすがにわかる場所に置いています。
今年の8月で10年の期間が終了します。変動金利期間は約3年間です。
→ 19.6.6 書類が届きました。2019年8月31日で特約期間が終了となります、残りは3年未満なので特約型ローンは選択できません、変動金利型での扱いとなります、返済額については、後日送付される返済予定表をご確認ください、とありました。私が見たいのは、返済予定表です。返済予定表を見て、対応を考えたいと思います。
最後のローン支払いは、2020年4月20日です。その年の10月私は64歳になります。定年は65歳なので、そこからさらに2年間働いて、定年退職となります。
もうすこし先ですが、定年退職が現実的未来になってきました。そろそろ税金の季節かと思っていたら、お昼前に通知が来ました。固定資産税です。4回に分けて納付する場合、最初の納付期限が7月1日です。なるほど。6月28日に納付することになると思います。
授業の準備で畑村さんの『失敗学のすすめ』を読み直しています。
p.232 「失敗情報をこうしたデータベース化するときに必要な点は、あらかじめ検索や引き出しがしやすいシステムを構築し、失敗情報を蓄積しておくことです。ポイントだけをいえば、「知りたい人」に「知りたいとき」、「知りたい中身」を「欲しい形」で示すことができるたえのデータベース化でなければなりません。」
ひとりで4時、室温23.6度。週間天気によれば、木曜日に曇って、金、土、日と雨マークがついています。最高気温は水、木と30度。→5時半、燃えるゴミを出すため、外に出ると雨。長く降る雨かどうかはわかりませんが、ともあれ、予報になかった雨が降ってきました。ちいさいちびは朝練。中学生は運動会の振替休日。私は月曜日の授業の8回目。
8時42分武蔵境発の西武線。
駅前のコンビニで牛乳だけを買ってから、2階へ。コメントシートをざっとひとつかみとり研究室へ。
書類の処理。以前より時間がかかりますが、仕方ありません。2限の授業は、10時過ぎに教室に入りました。大関先生は、10時8分ぐらいに教室にお見えになりました。プロジェクターを使われるということで、セッティング。難しい作業ではないのですが、画像がでるまえに少し時間がかかりました。
宇宙開発は、私も昔話していました。内容的には知っていることも多かったのですが、選ばれた画像がさすがと思うものが少なくありませんでした。
話し終えて質問の時間、宇宙開発に関する仕事をしたいという学生がいました。気持ちがあれば、不可能ではありません。
昼休みに就職関係のイベントがあるようです。大学院係として非常にお世話になった木村さんが別の係となってお見えになっていました。
コメントシートを集めて、11時45分過ぎに教室をでました。大関さんには、スキャンしたものをお送りすることにしました。
スキャンは容量を考えて、3分割しました。どれも、みごとに27枚でした。つまり、本日の出席者数は、71人ということになります。登録者数が101人ですから、一定数はドロップアウトしたのでしょう。
昼休みの間に、ファイルをお送りしました。3限のゼミは大学院。
その後、コメントシートの整理をしました。学籍番号順に並べ替えます。腰を痛めるといけないので、無理のない範囲ですすめました。おおよその傾向はつかめました。
3時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。朝は曇りの予報でしたが、夏空のような強い太陽が照りつけてきました。壊されはじめた多磨駅の一番ホームを写真に撮っておきました。
ひとりで4時55分、室温23.7度。ちいさいちびは朝早くから友達と遊びに行くそうです。→5時20分に起床、5時55分に出かけていきました。
中学生は練習試合。6時起床。ケガをしているので、試合に出ることはありませんが、自分の中学に来てもらうので、参加します。妻は係なので、氷をもって応援に行きました。
4月12日に届いていた、 クリント・イーストウッド監督「父親たちの星条旗 (特別版) [DVD]」 を視聴しました。今週は、講義をしなくてすむ週です(月曜日は、ゲスト講師の方にお話をして頂きます、木曜日はボート大会で全学休講)、ちょうどよい機会かと思い、午前中にひとりで見ました。
6月27日木曜日3限に「メモリアルの画像」で「硫黄島の星条旗」を取りあげます。映画を見ていなくても話すことはできますが、映画を見ておくと背景にある出来事と心情の理解を深めた上で話すことができます。Kindle版の『サイゾー』 2019年 6月号 を購入し、早速読んでみました。ぎりぎり読めますが、私の手元のキンドルでは、ちょっときつい。『ニューズウイーク』はなんとか読めました。『サイゾー』は私の目の分解能のぎりぎりです。ネットで読むときには、読みやすい大きさと形になっています。
ひとりで4時10分、室温23.8度。中学生の運動会。松葉杖で参加。ちいさいちびは午前練。おおきいちびは午後久しぶりにフットサルに参加できると喜んでいました。
中学生が7時25分にでかけました。私は、BSの「なつぞら」を見てから、昨日と同様に荷物をカゴに入れて追いかけました。昨日とほぼ同じ位置でキャッチ。昨日より5メートルぐらい手前でした。自転車の性能の差でしょう。運動会の準備の真っ最中。運動場の前で宣誓の訓練をしていた男子は、3年生らしく背が高かった。帰り、いつもと違う道を辿り、セブンイレブンでカルピスを買って帰りました。
妻は、松葉杖の息子を応援すると言って、8時頃でかけていきました。座って見たいそうです。
ちいさいちびは5時ぐらいに帰ってくると言って、練習にでかけました。歯列矯正で歯が動いています。前歯が4本になってしまう、小さい子どもみたいだとコメントを残して自転車に乗りました。夕刻に御茶ノ水で川添の会。学会があり、長崎から上京するということです。幹事のはとりさんは、サ同飲み会として連絡をくれています。
→4時過ぎに家をでて、5時過ぎに現地に到着しました。すでに、川添、内田、はとりさん、川上、・・・は来ていました。総勢10人。よく集まりました。たぶん30年ぶりぐらいに会います。学年的には、2つ下、3つ下が中心だと思います。
ほぼみんな子どもは成人していました。関町や三鷹など、比較的近い場所に住んでいるのもいました。
9時過ぎにお暇しました。本年度の講義。
着任したときから、月曜日2限に「科学技術と社会」、木曜日3限に「科学思想史」と題する講義を行っていました。4年間、副院長の役職にあったので、この2つは別の方にお願いしていました。今年から、私が復帰して、教壇に立っています。「科学技術と社会」のシラバスです。
2019年月曜日2限 STS(科学技術と社会) 226教室
4月 8日 第1回 脳死・臓器移植問題の現在
4月 15日 第2回 生殖医療の前線(体外受精)
4月 22日 第3回 新興・再興感染症
5月 6日 第4回 遺伝子組み換え食品と食のグローバリゼーション
5月 13日 第5回 生物兵器とテロリズム
5月 20日 第6回 人口減社会
5月 27日 第7回 日本の犯罪
6月 3日 第8回 JAXA1:大関恭彦「宇宙開発と現代社会」
6月 10日 第9回 JAXA2:鶴間陽世「宇宙開発と国際関係」
6月 17日 第10回 JAXA3:加藤學 「月探査・太陽系探査」
6月 24日 第11回 放射線被曝の歴史
7月 1日 第12回 リスクと社会
7月 8日(最終回) 期末レポートの作成・提出
アクティブラーニング、1回目を5月13日、2回目を6月24日、授業の終わりにコメントシートと一緒に提出のこと。A4用紙 1枚程度にまとめること。テーマは次。 課題1:自然災害のリスクについてレポートを作成する
課題2:テクノロジーがもたらしたリスクについてレポートを作成する
(片方を身近なリスクに置き換えるのも可。また、この授業に関して、関心をもったテーマに置き換えるのも可。)
期末レポート:「科学技術と社会」に関わる事柄について、重要だと思うトピックス/テーマを一つ自由に選び、論述すること。分量は指定しない。自分の選んだトッピクス/テーマに関して必要だと思う長さで執筆してください。7月8日パソコンで打ち出したものを持参して提出してもよいし、7月8日2限の90分を利用して作成・執筆してもよい。
参考文献
廣野喜幸『サイエンティフィック・リテラシー : 科学技術リスクを考える』丸善出版、2013
第12回、「リスクと社会」がまったく新しい内容です。基本に返って、畑村洋太郎さんの研究を紹介しようと思っています。
木曜日3限「思想文化概論」(大学の都合で授業科目名が変更になっています。)
2019年木曜日3限 春学期 思想文化概論 227教室
4月 4日 望遠鏡の出現
4月11日 顕微鏡の出現
4月 18日 顕微鏡的視覚:微生物と分子
4月 25日 病原菌の発見
5月 9日 医学の黄金時代:ワクチンと抗生物質
5月 16日 X線:内部を透視する
5月 23日 電子顕微鏡、CT、MRI
5月 30日 写真術の起源
6月 <6日 ボート大会にて全学休講>
6月 13日 19世紀の視覚装置と映画の起源
6月 20日 ベンヤミンの複製技術論と20世紀のメディア
6月 27日 メモリアルの画像
7月 4日 スマホの写真論
7月 11日(最終日) 期末レポート作成・提出
アクティブラーニング A4 用紙1枚にまとめ、提出日のコメントと一緒に提出
課題1:画像提示1(心惹かれる画像から)、5月9日提出
課題2:画像提示2(自分に関係する写真から)、6月13日提出
期末レポート
画像文化(visual culture)に関することであれば、テーマは自由に選んでよい。選んだテーマに関して、必要な分量だと自分の考える長さで、自由に執筆のこと。7月11日に準備してきたものを提出してもよいし、7月11日3限の90分で作成/執筆してもよい。
参考文献
長谷正人編著『映像文化の社会学』有斐閣、2016
日高優編著『映像と文化 : 知覚の問いに向かって』京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2016
橋本毅彦『図説科学史入門』ちくま新書、2016
5月16日「X線:内部を透視する」、5月23日「電子顕微鏡、CT、MRI」、6月27日「メモリアルの画像」、7月4日「スマホの写真論」がまったく新しい授業内容です。「スマホの写真論」は大山顕さんの『ゲンロンβ』の連載を読み直して、構成します。デジカメを最近持ち歩いているのは、その準備というのもあります。
アリオ
2015年3月17日の教授会で、外大の北側の空き地(旧関東村の北側の端)の用途が決まったという報告がありました。ショッピングセンター「Ario アリオ」ができるという内容でした。事業主体は、「株式会社モール・エスシー開発」。取得した用地は「都市整備用地」(朝日町3丁目・面積約 4 ha)。開業予定は2020年、でした。
2019年現在、事業主体の名前は変更となって、「セブン&アイ・クリエイトリンク」です。正式の名称かどうかは不明ですが、アリオをつくる計画は「(仮称)朝日町プロジェクト」と名づけられていました。(事業主体によるものなのか、地元の命名か不明です。)とりあえず、更地にはなっていますが、完成は2023年まで先延ばしになっています。
2018年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2017年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2016年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2015年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2014年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2013年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2012年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2011年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2010年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2009年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2008年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
春休み
3月
2月
1月
2007年
台北滞在記2007
(台北滞在記2004)
田舎にて2007
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2006年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2005年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2004年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2003年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2002年
12月
11月
10月
9月
7月〜8月
5月〜6月
3月〜4月
1月〜2月
2001年
11月〜12月
9月〜10月
7月〜8月
5月〜6月
3月〜4月
1月〜2月
2000年
11月〜12月
9月〜10月
7月〜8月
6月
4月〜5月
1月〜4月
1999年
10月〜12月
6月〜9月
4月〜5月
1月〜3月
1998年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
春(1月から5月)
1997年
97年度
最初のページ=
HomePageに戻る。