ひとりで4時50分、室温18.6度。小学生二人は、開校記念日で休み。したがって、普通に学校があるのは中学生だけとなります。
9時になるまえに次の本が届きました。
Philip L. Fradkin, Fallout: an american nuclear tradegy, Boulder: Johnson, 1989, 20043時過ぎに次の本が届きました。
トマス・パワーズ
『なぜナチスは原爆製造に失敗したか:連合国が最も恐れた男・天才ハイゼンベルクの闘い〈上〉』鈴木主税訳、福武書店、1994
これで上下がそろいました。それより少し前に、『杏雨』第16号(2013)が届きました。
奥本大三郎氏の講演「栗本丹洲とファーブル―ジガバチの生態をめぐって―」が採録されています。pp.56-94
わー、おもしろい。ちょうど疲れていたところです。良質のエッセイです。癒しというと少し失礼でしょうか、でも、最近の言葉でいえば「いやされる」!
ひとりで4時50分、室温16.6度。中学生がオフ。コーチが審判の仕事があるそうです。天気も良いし、揃って行動できることもこれからはあまりないので、全員でお台場に行くことにしました。10時前に出発。ゆりかもめに乗って見たかったのですが、おおきいちびが嫌だというので、最短ルート(新宿で、臨海線直通の埼京線に乗り換える)で行くことにしました。
11時前に東京テレポートに到着。お腹を空かせたメンバーが多かったので、駅を降りてすぐのバーミヤンで昼食。
それから砂浜へ。同じ目的で来ている家族連れが大勢います。小学生二人は、早速ちいさな磯辺で、貝や蟹を追いかけていました。おねえちゃんは途中から砂遊びに変更。小学2年生だけいっしょうけんめい貝や蟹を捜しています。
雑貨屋さんに行きたいと言っておおきいちびと妻はお店の方に行きました。小学2年生はまったく気にせず、岩に張り付いています。
これもせっかくなので船に乗ることにしました。4時5分発日の出桟橋行き。3階(屋上)に席をとって、大喜び。天気がよかったので、きれいな東京湾が見えました。
日の出桟橋にはたぶん10分ほどで着いて、それから歩いて浜松町へ。6時前に帰宅しました。息子は、ちいさな蟹を2匹、ペットボトルに入れて持ち帰っています。帰り着いておおきな飼育箱に入れ替えてやりました。どのぐらい生きているでしょうか。死んだら食べると言っています。帰宅すると次の本が届いていました。
川喜田愛郎『医学概論』 ちくま学芸文庫、2012
もとは1982年の出版ということです。医学史家の奨めに従いました。
ひとりで2時20分、室温16.3度。2回目の起床は6時半、室温15.6度。昨日に続き、快晴です。
昨日から息子が回転寿司に行きたいと言っています。連休中に一度行くのはよいでしょう。おおきいちびは久しぶりのオフでお友達とスイパラに行くそうです。残りの4人で、歩いて30分の場所にあるくら寿司に行くことにしました。10時半に出発。確かにほぼ30分かかりました。天気も良いので、住宅街のなかを通りました。豪邸もいくつかありました。
サミットの隣です。入るとカウンターに案内されました。タッチパネルで注文する方式になっています。子どもたちにはそれが楽しいようです。私は6皿、小学2年生もちいさいちびも私の倍以上を食べました。
味は値段なりです。子どもには楽しいので、子連れにはよいと思います。大人で美味しい寿司を食べたい方は、別のお店を選ぶのがよいでしょう。[核爆発の平和利用 : プラウシェア計画]
加藤哲郎・井川充雄編著『原子力と冷戦―日本とアジアの原発導入』(花伝社、2013)の第9章のインドの部分に、平和的な民生核爆発とプラウシェア計画についての記述があります。「プラウシェア計画」あるいは「プロウシェアー計画」の件を原子力と検閲にピックアップするのを忘れていました。何か考えがあってのものではなく、単純な見落としです。
貴重だと思われるので、ブリッジ・タンカ氏の記述をそのまま引用しておきましょう。
「「平和的な民生核爆発」という考えは、実際は米国の科学者たちの「プラウシェア計画」によて1957年に最初にもたらされた。米国の科学者たちは、核実験はダム建設、石油採掘、採鉱など、広範囲の産業活動の便益となる専門知識と技術を提供してくれるだろうと主張した。米国は1971年までに14回、ソ連は17回の平和的核爆発を実行した。こうした平和的実験がもたらす産業上の便益について各国は真剣に検討した。1970年のルサカ会議においてインドは、平和的核爆発は発展途上国の経済成長にとって有益であるという考えを指示した。インドは IAEA の参加国であり、平和的核爆発についての1970年から1975年の会議に出席した。」(p.250)
ただし、タンカさんは、この記述に対して典拠を挙げていません。一般的な知識を書いたつもりなのかもしれません。私のサイトでは、2012.6.12 & 6.20 に記載があります。
"plowshare project" についての先行研究は極めて少ない。日本語では、たぶん翻訳本が一冊あるだけです。ざっと調べた感じでは、日本では非常に関心が薄いように感じられます。
Wiki の記述は references がきちんとしており相当よいように思われます。
ひとりで4時10分、室温17.0度。午前中に、加藤哲郎・井川充雄編著『原子力と冷戦―日本とアジアの原発導入』(花伝社、2013年3月)を読了しました。
よい企画の書物です。できれば、さらに、イギリス、ドイツ、フランス等ヨーロッパの事例、アジアでも中国の事例を2冊目で出してもらえると、国際比較のきちんとした立脚点ができると思います。
個人的には、南北朝鮮の事例が一番、盲点をつかれた気がしました。
1.植民地化の朝鮮に、大学は1つしかなかった。すなわち、京城帝国大学のみであった。
2.終戦直後の分割統治(米ソにより分割占領)期、北は南に以前と同様に電力を送り続けていた。ピョンヤンのソ連軍司令部は、何度も、ソウルの米軍司令部に対して、送電した電力の料金の支払いを求めた。支払いに合意はしたが、実際の支払いが遅れるうちに、「1948年5月15日、北朝鮮から南朝鮮への送電が、突如として停止された。」(p.176)
当時、朝鮮半島の電力は、大部分、宗主国日本が建設した水力発電によっており、水力発電所は北にあった。その結果、南は深刻な電力不足に陥った。連休中に子どもたちは1度ずつ、映画に連れていく約束になっています。
小2は、「仮面ライダー×スーパー戦隊×宇宙刑事 スーパーヒーロー大戦Z」。吉祥寺で上演しているかとおもったら、渋谷か新宿に行く必要があります。起きてきて、すぐに行きたいと言います。妻がネットでチケットを購入して、走りました。当初は8時20分までに切符を発券してもらう必要があるということで、すぐに飛び出しましたが、途中で電話があって、8時35分でもよいということです。しかし、小2は心配なので急ぎました。おお、8時15分に新宿バルト9に着き、入り口の発券機で、妻のゲットした番号で座席券がゲットできました。上演は8時5〇分から。時間があるので、どこかで朝ご飯を食べるかと聞くと、いいといいます。そのまま会場に向かいました。9階でポップコーンセットを買い、10階のお店で座って食べていました。エスカレーターがあいたので、13階まであがり、シアター9の前で待っていました。大人が多い。
10分前に中に入れてくれました。入り口に着ぐるみの人(なにかのスーパーヒーローですが、私には分かりません)がまっていて、握手してくれました。大喜びしているお客さんがいました。
9時5分開始、10時50分終了。予告編がなかったので、実質の時間です。
どんな話になるのかと思っていたら、基本仮面ライダーのストーリーでした。そこに、日本の全スーパーヒーローが顔を揃えます。私にはなつかしい初代仮面ライダーも出てきました。宇宙刑事、ギャバンやサリバンの名前は息子も覚えたようです。帰宅すると次の本が届いていました。
トマス・パワーズ
『なぜナチスは原爆製造に失敗したか:連合国が最も恐れた男・天才ハイゼンベルクの闘い〈下〉』鈴木主税訳、福武文庫、1995
上は明日にでも届くと思います。昼食後次の本が届きました。
ジョン・W・ダワー『昭和:戦争と平和の日本』明田川融訳、みすず書房、2010
第3章が「「二号研究」と「F研究」 日本の戦時原爆研究」pp.47-78です。私はpp.72-78 に記されるダワーの評価に賛成します。
個人的には(授業に使うことを考えているので)、pp.xv-xxii にある注の資料操作が重要です。アメリカ側でも、ジャーナリストのシャプリーが不正確でセンショーショナルな記事を『サイエンス』(No.199, Jan. 1978)誌に発表し、さらにそうした記事に基づき想像を交えてやはりジャーナリストのロバート・ウィルコックスが陰謀説による著作を出版した。(『日本の秘密の戦争』New York, 1985)
不正確な、刺激をもとめるだけのジャーナリズムは、英語圏にももちろん存在し、それが『サイエンス』のような雑誌をも汚すことがあるというよい教訓です。
ひとりで5時15分、室温17.9度。畑村洋太郎『未曾有と想定外:東日本大震災に学ぶ』講談社現代新書、2011
午前中に読み終わりました。畑村さんの本は、国民全員にどれか一冊読んでもらいたい種類のものです。[加藤哲郎さんの仕事]
加藤さんの本が届いたのを機縁に、加藤哲郎さんのサイトを再々訪しました。(1回目2011年2月28日、2回目2012.9.24(月))。2回目の時点ではアップされていなかった新しいファイルを読みました。
同時に届いた本のうち、加藤哲郎の執筆した第1章「日本における「原子力の平和利用」の出発」だけまず読みました。こういう見方は、探究・研究の結果としてしか導き出されません。核と原子力、軍事利用と平和利用に関して、日本の言論がおかしいなと感じている方は、論文を読むしかありません。
アメリカの情報戦略、日本の逃避体質や健忘症が幾重にも積み重なって日本の戦後の言語空間が出来上がっています。そうした神話の森を抜け出て、真実(敢えて真実という言葉を使います)に目を向けるためには、研究成果を読むしかありません。お昼に次の2冊が届きました。
ピーター・プリングル&ジェームズ・スピーゲルマン『核の栄光と挫折:巨大科学の支配者たち』浦田誠親監訳、時事通信社, 1982
デーヴィド・ホロウェイ『スターリンと原爆〈上〉』(川上*・松本幸重訳)大月書店、1997
最初のものは、以前、ILL で取り寄せ、借りたことがありますが、手元にあるべきだと考え、古書店より購入しました。基本書のひとつです。昨日の授業が終わってしばらくのんびりできます。
5月2日は木曜日ですが、月曜日の授業を行います。最近はどの大学でも行っていることですが、授業日数の確保のために、別の曜日の授業を行うことが一般化しています。2013年の外語大春学期では、7月16日の火曜日にも月曜日の授業を行います。
以前、駒場にいったときに学生に聞くと、学生は慣れている、問題ないということでした。入学時から説明を受けると、そうだと思われます。
ひとりで4時、室温17.1度。最低気温は16度と昨日の天気予報が言っていました。次の本を読み始めました。整理の一端です。
畑村洋太郎『未曾有と想定外:東日本大震災に学ぶ』講談社現代新書、2011
3.11から3ヶ月ほどで書き上げられています。朝早く次の本が届きました。
加藤哲郎・井川充雄編著
『原子力と冷戦―日本とアジアの原発導入』
花伝社、2013年3月15日
できたて、ほやほやの本です。私の授業、私の関心には、ちょうどよいタイミングで刊行されました。
目次は次です。
第1章 「日本における「原子力の平和利用」の出発」加藤哲郎
第2章 「アイゼンハワー政権期におけるアメリカ民間企業の原子力発電事業への参入」土屋由香
第3章 「戦後日本の原子力に関する世論調査」井川充雄
第4章 「広島における「平和」理念の形成と「平和利用」の是認 」布川弘
第5章 「封印されたビキニ水爆被災 」高橋博子
第6章 「ソ連版「平和のための原子」の展開と「東側」諸国、そして中国 」市川浩
第7章 「南北朝鮮の原子力開発――分断と冷戦のあいだで」小林聡明
第8章 「フィリピンの原子力発電所構想と米比関係――ホワイト・エレファントの創造」伊藤裕子
第9章 「冷戦下インドの核政策――「第三の道」の理想と現実」ブリッジ・タンカ
ほんとうにちょうどよいので、授業で使おうと思います。ガリレオの顕微鏡が気になって、ウェブで検索をかけてみました。次のサイトの動画が顕微鏡を用いた解剖の進展をとてもわかりやすくまとめてくれています。
Galileo's microscope: The Microscopic anatomy
発音はもしかしたらチェコ語的なのでしょうか。聞き取りにまったく問題はありません。3限4限5限と連続授業の怒濤。今日は事務の仕事はなかったので、月曜日よりはましでした。
ひとりで4時40分、室温16.2度。やっと春らしい気温に戻りました。会議の日。
12時前に大学について、スキャンの仕事。
会議は2時20分から。3時過ぎに終了。次は4時から。時間が空いたので、図書館に行って次の本を借りました。
三輪宗弘『太平洋戦争と石油:戦略物資の軍事と経済』日本経済評論社、2004
時間のある範囲で読んでいました。水曜日の午後は、図書館で勉強する学生たちで机がほぼ埋まっていました。よいかな。
4時からの会議はもめて、7時前まで。帰宅して7時半すぎ。なんと小学2年生がソファーの上で寝ています。あれあれ、疲れたのでしょうか。
ひとりで5時15分、室温12.8度。午後は、東工大で講演会。その後、短く編集委員会。講演会は1時半から、編集委員会は4時15分からです。
朝のうちに次のものが届きました。
「福島第一原発事故の放射能汚染地図」著者:早川由起夫、八訂版二〇一三年二月一日
地図です。ネットで検索すれば、ハヤカワさんによるほぼ同様のものが見つかります。でもやはり大きな紙にきちんと印刷されたものが見やすい。
一部二〇〇円。
一番最初にハヤカワさんは、「放射能対策に正解はありません。放射能とどう折り合いをつけるかは、個人の事情によって異なります。」と記しています。さて、梶さんの火ゼミにおける講演は次です。
ジェリマイアー・ジェイムズ「物理化学から化学物理へ:1930年代から1950年代にかけての理論化学の再定義」
Jeremiah James, "From Physical Chemistry to Chemical Physics: redefining theoretical chemistry from the 1930s to the 1950s"
量子化学の話ならば、ほとんどわからないことを覚悟して出席しましたが、ほとんどわかる内容でした。
ひとりで5時30分、室温11.8度。雨は上がっています。最高気温は昨日より6度高く、16度の予報です。2限3限4限の授業。他に事務的な用件もあったので、ほんとうに怒濤でした。
3限の授業で、住所不定氏に次のコピーをもらいました。
楠川幸子「ヴェサリウスに見る「視覚的論証」」『科哲』第14号(2013): 13-22
2012年7月27日東大駒場で開かれた公開講演の記録です。とてもよくわかる講演です。ヴェサリウス、ルネサンスの解剖学、視覚表象、図像提示に関心のある方は読んでもらって損のない内容です。
ひとりで5時50分、室温12.3度。雨。雨が降り続いています。気温も下がったままです。[シャケルフォード『ウィリアム・ハーヴィ』]
3月2日に入手した次の本を読みました。
シャケルフォード『ウィリアム・ハーヴィ:血液はからだを循環する』梨本治男訳、大月書店、2008
とてもよく書けています。研究者用ではなく、初心者用です。17世紀の理論、考えを理解するために何が必要かをよく考えて、背景事項をしっかりと書いてくれています。ハーヴィについて、あるいは血液循環説について、入門書を読みたいという方にぴったりの書物です。もちろん、基本事項が短く明晰にまとめられていますから、研究者の方が読んでも得られるものはあると思います。私のサイトで比較的長めのものをカウントしてみました。
生理学史:294枚
百科事典:300枚
原子力と検閲:478枚
となっていました。枚というのは、400字詰め原稿用紙に換算した枚数です。ウェブ表示での見やすさを考えて、実際に原稿用紙を使うときより、空白を多くしていますから、実際に原稿用紙を埋めるとこの長さにはなりませんが、それにしても、それなりの長さです。自分で書いたのに正確な記憶がないことはたびたびです。もうすこし整理する必要を感じています。
ひとりで5時10分、室温14.1度。気温は下がりましたが、雨はまだ降っていません。土日は、気温が低いまま、雨が降るという予報です。7時40分現在、まだ誰も下に降りてきていません。みんながゆっくりできる久しぶりの土曜日といったところでしょうか。
午前中に双眼鏡が届きました。今週の授業で望遠鏡の話をするので、サンプルとしてポケットに入れていくものです。いわゆるオペラグラスです。視野の狭さがガリレオ式望遠鏡に似ています。それでちょうどよいかと考えました。
息子が暇そうにしていたので大学に連れていくことにしました。9時半前に出発。研究室の掃除をするとお小遣いをあげるという約束になっています。多磨駅について、お腹が空いた、おむすびがほしいというので、駅前ロータリーのところのコンビニで、おむすび4つとフライドチキンを買いました。研究室につくと早速食事。
食事終了後、早速、掃除にかかってくれました。コロコロ、掃除機、最後に拭き掃除。私は、本をもうすこし整理しようと考え、移動することを始めました。授業に関係する生物学史の棚と、授業に関係する核・原子力関係の棚をきちんとつくることにしました。ほぼ1時間。
昔行った公園に行きたいというので、正午に、武蔵野の森公園に向かいました。入り口の迷路のような小山のところで遊んでいます。それからその先の窪地の森に行きました。小鳥たちが草の上で虫を啄んでいます。
サッカー少年たちが大勢通ります。サッカーを見に行ってみようかと言うと行くというので、サッカー場に行ってみました。向こうの面ではおそらく中学生のチームが試合をしていました。手前は小学生のチームが練習をしています。コーチがきちんと指導し、父兄も数人来ていました。なおもやりたくなったようですが、こればかりはどうしようもありません。
しばらく見て、ふたたび小山に戻り、遊んでいました。雨が頭にかかるようになりました。ちょうどよいので帰途につくことにしました。
武蔵境の駅で一度降りて、ヨーカードーに。月曜日の授業で学生達に見せるためにスクラップブックを1冊買い、それから隣の建物の地下で食品をいくらか選びました。息子はなんと大根ともやしを選びました。私はちいさいちびがタコスをつくりたいと言っていたのを思い出して、タコスの材料を買いました。それにお菓子をいくらか。
小雨のなか、2時半頃家に帰り着きました。息子は帰り着いてすぐに買ってきた野菜でスープづくりを始めました。ママに手伝ってもらいながら、鶏ガラベースの野菜スープをつくりました。妻はこれを夜のうどんのスープとして利用するようです。
息子が終わってから、ちいさいちび。タコスをつくってみると言います。挽肉(牛豚の挽肉)は買ってきています。挽肉の炒め物はじぶんでできるのでやっていました。
私はテレビで見たレシピで、レタス、それに細かく切ったタマネギ、トマト、香菜(シャンツァイ)の混ぜ合わせをつくりました。
ちいさいちびは野菜が好きではないので、お肉をはさんで食べていました。私は、野菜を多めにはさんで食べてみました。いけます。
香菜(シャンツァイ)は、タイ語でパクチー、英語でコリアンダーです。ソースが若干違いますが、東南アジア系の料理とも共通します。
これなら、自由なアレンジで、自由な包みもので食べることができます。欧米のものはあまり得意ではない妻も、まずまずだと食べていました。私が多く混ぜた生のタマネギがすこしからかったようですが、その辺は、水にさらすなり、なんなり工夫ができます。
いろんなヴァリエーションがありえます。
ひとりで4時25分、室温20.2度。なんと室温が20度を超えています。ここから気温が下がっていって、今日は夕方寒くなると言っていました。→ゴミを出すため外にでました。風が強くて寒い。確かに気温が低くなるという感じがしました。
[心臓の動き]
月曜日3限の授業にでてくれている学生のひとりが心臓の動きを知らないことがわかりました。外語の学生だとありえる話です。模式的な動画で見てもらうのがはやいと気付き、検索をしてみました。とりあえず、次の2つのサイトの動画はわかりやすいと思います。
心臓のつくり・血液循環の仕組みと動き_2D・3D
ノートPCで心臓の拍動をリアルタイムシミュレーションする手法
実際の心臓の動きは複雑です。模式的にはポンプでよいわけですが、どこの筋肉がどういう順序でどういうふうに収縮するのかを知るのは、そう簡単なことではありません。[自転車]
新小学2年生ですが、やっと自転車に乗ってみる気になったようです。少し前に、補助輪をはずしてやっています。シングルスタンドは、また探してつけてやるつもりにして、そのままにしていると、小学校から帰ってきて、自分でやってみることにしたようです。まだふらふらしていますが、乗ることができています。しばらく私道で苦労していましたが、スタンドをつけに行くかと聞くと行くというので、近所の自転車屋さんに連れていきました。一番小さいスタンドをすぐにつけてくれました。
今日乗り始めたばかりなので、車のよく通る道路はまだ危険です。そういう場所では、私が乗ったり、押したりしていました。帰ってきてまた私道で練習。まだ初日ですから、不安定な部分は残りますが、しばらくすれば十分慣れるでしょう。
ちなみに、ちびどもは、おおきいちびが小学1年生、ちいさいちびが幼稚園の年中さんのときに、ふたりいっしょに乗り始めました。スタートが2006年12月3日です。7年前。[三輪宗弘さんの仕事]
ふと気づいて、三輪さんの仕事を数点読んでみました。
三輪宗弘「海軍燃料廠の石炭液化研究:戦前日本の技術開発」『化学史研究』41(1987): 164-175
三輪宗弘「ドイツの石炭液化成功物語と海軍の技術選択の失敗:航空機用ガソリンを巡って」『経済史研究』12(2008): 63-80
三輪宗弘「利用者の視点からみた米国国立公文書館 : 丸裸にされた軍事関係文書を追い求めて」『情報の科学と技術』62(10)(2012): 415-421
三輪宗弘「海軍の技術選択の失敗:航空機用ガソリンと石炭液化」『日本の技術革新―経験蓄積と知識基盤化』(2009): 27-30
三輪さんの主張を知るには、『経済史研究』の論文を読むのが手っ取り早いと思います。海軍の技術選択の失敗に迫っています。
p.63 「日本が満洲撫順と朝鮮阿吾地で企業化した石炭液化は戦争中ほとんど生産実績がなかった。」日本とドイツの技術格差は大きかったが、日本は生産実績がなく、かたやドイツでは空軍の燃料(月に13万5千トン)をまかなっている。どうしてここまでの格差が存在したのか?
それは、日本が(とくに海軍が)ドイツが石炭液化(直接液化法、ベルギウス法)で航空機燃料を生産するのに成功したと思いこみ、一部科学者技術者の疑義はあったにも関わらず、ベルギウス法に莫大な資金と人材を投入したせいである。
ドイツは現実には、低温乾留法(低温乾留で得たコールタールに水素を添加する方法:低温タールのハイドロクラッキング、DHDプロセス、アルキレーションプロセスを経てオクタン価の高い芳香族留分の多い揮発油を製造した)を採用していたにも関わらず、海軍は成功の見込みのないベルギウス法に突き進んだ。
p.77 「日本海軍の技術選択の失敗、それを誘因した技術情報入手能力のなさは徹底的に追及されてしかるべきである。」というのが三輪さんの結論です。
ひとりで4時10分、室温19.6度。夜暖かいなと思っていたら、この気温。3限4限5限の授業。前後に面談等があります。
やはり怒濤です。この時期は役職上(コース長)判子を押す仕事がかなりあります。学生が持ってくるコース変更願に署名押印します。
ひとりで3時30分、室温17.1度。朝方は曇り。雨の予報はないようですが、朝の日射しはありません。空いた時間をみつけて、フィンドレンの『自然の占有』を読み続けています。原著で449ページ、邦訳で782頁の大著です。時間はいくらかかかります。長いので大変ですが、多くの方によんでもらってよい基本書です。
会議の日。4時から教授会。
1時過ぎに家をでて、まずは火曜日のレスポンスシートの整理(学籍番号順に並べる)を行っていました。部屋の片づけは後回しにして、その後は、ネットで検索をかけていました。私の今の関心で検索をかけると、アン・ブレアにヒットします。直接は関係ないのですが、次の論文をダウンロードして、一部読んでいました。
Ann Blair, "Mosaic Physics and the Search for a Pious Natural Philosophy in the Late Renaissance," ISIS, 91(2000): 32-58.
中心として扱われているテキストは、コメニウスです。
Johann Amos Comenius, Physicae ad lumen divinum reformatae synopsis, 1633
English Translation, J.A. Comenius, Naturall Philosophie Reformed by Divine Light: Or, A Synopsis of Physicks, London, 1651
神の光により改革された自然学概要、いかにもコメニウス的なタイトルです。さらに、Rhodri Lewis (St.Hugh's College)さんが Michaelmas Term 2009 に開いた授業「初期近代の著作と新哲学」というコースの文献表もひっとしました。こういうのは有用です。
ひとりで6時10分、室温15.6度。起床が遅くなったのは、昨日疲れたせいです。1限に授業。7時すぎには出ます。→7時20分に家をでました。7時42分、武蔵境発の電車に間に合いました。1限は8時半開始ですから、この時間だと余裕で1限に間に合います。明らかに外語の学生が大勢乗り合わせていました。
5分前に教室に入りました。CDをかけるので、機器の調整。1年に1度しか使わないのでいつもすこしとまどいます。
明らかに初回より人数が増えています。170枚用意した配付資料が足りなくなりました。今日は妻が午後でかけます。授業終了後、とんぼ帰りで自宅に帰りました。帰宅してレスポンスシートをカウントすると、171枚。そのままコメント(レスポンス)のチェックも行いました。171枚あるとそれなりの時間と手間がかかります。
ひとりで4時50分、室温18.0度。気温がかなり上がりました。第2週の開始。
おお、昨日調べていたヘレスバッハの英訳がアマゾンで3千円以下で売られていました。
Conrad Heresbach, The Whole Art and Trade of Husbandry; Contained in Foure Bookes,
これはリンドがこれしか見つからなかったという、16世紀の英訳をそのまま写真製版したものだと思われます。リンドの挙げる版は、ロンドン、1577 です。
なんという時代でしょうか。2限3限4限と授業が続き、5限は学生との面談。3限続けてまっとうに授業をやると疲れました。3限の授業には、住所不定の東大院生が参加してくれました。
ひとりで2時40分、室温15.0度。金曜日のところに記しましたが、早朝のあいだ、「朝鮮人造石油に転勤となる」という言葉でひっかかったおじいちゃんの回顧録をお孫さんが転記したブログを読んでいました。やっと北海道に帰り着いた頃、夜明けとなりました。
そして、6時前に妻が起きてきて、おおきいちびの朝食とお弁当つくりをはじめ、ついで当のおおきいちびが起きてきて、あさからばしばしと朝食を食べていました。朝からバスケの試合があります。そして、ああ、たべすぎた!なんじゃらほい。[時代のプリニウス、アルドロヴァンディ]
そしてまた、昨日は中断してしまったアルドロヴァンディの英訳のイントロ(リンドによる)を読み通しました。リンドは序文の最後、アルドロヴァンディの引用の特定にどれだけ苦労したかを語っています。これはよくわかります。今はネットがありますが、1963年に出版されている本ですから、作業は、私が生まれた頃なされています。欧米にいても、相当の苦労だったと思われます。たとえばアリストテレスでは、ベッカー版での対応箇所を示してくれています。これはほんとうに大変だったと思われます。せっかくなので、ラテン語の原文もすこしだけ見ておきます。英訳されているのは、『鳥類学』の第2巻、第14書です。ラテン語では、Tomus Alter (1600) ,pp. 183ff.
1例だけ。第14書で最初にアリストテレスが欄外注で言及されるのが、p.188(英訳p.17) "l Aristoteles" という本文に対して、欄外では、l lib.6.Hist. とだけ表示しています。この時代だと普通の欄外注です。リンドはこの注を "37 Aristotle History of Animals 6.1, 558b 27. (Hereafter referred to as Aristotle H.A.)"と展開しています。アルドロヴァンディがこの書で使うアリストテレスは、『動物誌』と『動物発生論』がほとんどですから、それほど大変ではありませんが、マイナーな作家になると著作の入手(あるいは閲覧)そのものが相当大変な作業です。
リンドの取り上げる著者では、Conrad of Heresbach: この人の著作は極めて稀書だとあります。Kiranides :1685年の英訳のみが判明した、具体的にアルドロヴァンディが何を使ったのかまったく不明、とあります。→ネットを使えば、かなりのことはわかるのでないかと考え、少しだけ調べてみました。すぐに、Liber Physico-Medicus Kiranidum Kirani, i.e. Regis Persanum (Aera, 1638) という本がゲットできました。そして、ソーンダイク(2:229)に基本的な情報があることがわかりました。「キラヌス、ペルシャ王のキラニディス」は、ギリシャ語からの翻訳とされているが、アラビア語から中世にラテン語訳されたもので、Book of Natural Virtue, Complaints and Cures として言及され、Experience of the Kiranides of Kiranus, King of Persia, and the Book fo Harpocration of Alexandria to his Daughterに基づき編纂されたもので、内容は大部分護符と呪文に関するものだとあります。
アルドロヴァンディは、「キラニディスは言う」という形で多くの箇所で使っていますが、欄外注に挙げられることはありません。
"Cyranides"の語形でウィキの記述もあります。ウィキの記述は、文献もしっかりしていますし、ほぼこれでよいのではないかと思われます。4世紀に成立したキラニディスは、3書からなるが編纂者が4部を付け加えた。第1書は、2部からなる。1部はアルカイケ。第2書から4書は、動物寓話集である。その内容の一部は、古フランス語の「自然の秘密の書」に取り込まれた。中心的には、宝石や動植物の魔術的医学的効能であり、全体として魔よけの百科事典の観を呈している。→ 13.4.15
エディンバラの書誌は次です。
Author Kiranus, King of Persia.
Published [Leipzig : Aera C., 1638].
Physical description [18], 159 p., [11] l ; (8vo)
Notes Place of imprint supplied from C. W. Kestner, Medicinisches Gelehrten-Lexicon, 1740.
Special title page (p. [17]) reads: Liber physico-medicus Kiranidum Kirani, i. e. Regis Persarum ... post D. fere annos nunc primum e membranis Latine editus cum notis. Qui multis adhuc seculis ante Syriace Arabice & Graece scriptus & versus extitit. Cum autem reliquae translationes interciderint, haec semibarbara non omnino sepelienda, nec ita totum opusculum obliterandum fuit. De quo quid sentiendum sit, requiratur in C. Barthii Advers. & Lexico Harpocrationis.
Other names Rivinus, Andreas, ca. 1601-1656.
タイトルは次です。
Moderante Auxilio Redemptoris Supremi, Kirani Kiranides, et ad eas Rhyakini [pseud., i.e. Andreas Rivini] Koronides. Quorum ille in quaternario tam librorum, quam elementari, e totidem linguis, primo de gemmis XXIV, herbis XXIV, avibus XXIV, ac piscibus XXIV ... ad tetrapharmacum constituendum agit; inde libro II de animalibus XL, lib. III de avibus XLIV sigillatim, et lib. IV de LXXIV piscibus iterum, eorumque viribus medicamentosis: hic vero ... MS. post semi-millenarium annorum ex inemendatissimo primum edidit, 2. notis ... illustravit, 3. praefatione Isagogica ornavit ...[second title] Liber physico-medicus Kiranidum Kirani, i.e., Regis Persarum ... post D. fere annos nunc primum e membranis latine editus cum notis. Qui multis adhuc seculis ante syriace, arabice et graece scriptus et versus extitit [etc.] / [Kiranus].
ペルシャ王キラヌスの本として出版されたのは、1638年、リヴィヌス(Andreas Rivinus, ca. 1601-1656)によって、ということのようです。こうなったら、Conrad of Heresbachも調べてみます。ウィキに"Konrad Heresbach, 1496-1576" としてあります。ケルンでロッテルダムのエラスムスと知り合ったとあります。その後、フライブルクで法学博士号を取得、パドヴァ大学でヘブライ研究を行い、故郷に帰還したそうです。
リンドは、索引にこの名前を挙げていません。諦めて、自分で見てみました。p.28, note 69 と p.112, note 177 にあります。本文中に名前が出てくるのは、p.112です。p.28 の方では、referred to later として、リンドはConrad of Heresbachについて述べています。彼の名前は、標準的な百科事典や参考文献には名前がないと愚痴を言っています。
サットンさんのサイトに、アルドロヴァンディが使ったヘレスバッハのタイトルDe re rusticaがリストアップされています。1571 ケルンの版です。1594版もあります。こちらの版は、プリニウスからの抜粋を付録しているようです。朝のうちに次の本が届きました。
福嶋伸洋(ふくしま・のぶひろ)
『魔法使いの国の掟:リオデジャネイロの詩と時』
慶應義塾大学出版会、2011
ひとりで3時50分、室温13.9度。[ボローニャのアリストテレス、アルドロヴァンディ]
昨日、アルドロヴァンディの鶏学の英訳を手に取り、せっかくだからと目次をタイプしました。わかりやすさを優先して、4月8日のところに入れています。ついでに、本文はあとにして、後ろと前だけ読んでみました。
アルドロヴァンディ(1522-1605)の伝記が非常に面白い。アルドロヴァンディの最初の著作は、1599年、彼が77歳のときに出版されたとあります。これはすごい。つまり、アルドロヴァンディの多くの著作は、老後ー死後出版だということです。
子ども時代、彼は、親に告げることなく、ふと旅行に出ています。そうした旅行の部分の記述がたまらなくおもしろい。アルドロヴァンディは特別なタイプの人間です。→せっかくなので、たぶんアルドロヴァンディに関して日本語でもっとも豊かな記述を有するであろうフィンドレンの『自然の占有』をしっかりと読んでみることにしました。
まずは第4章「科学の巡礼」を読みました。おもしろい。次に、第5章「経験/実験の遂行」。もっとはやく読んでおくべきものでした。重要な論点が提示されています。
個人的には、1620年代のイタリアの顕微鏡による生物研究をずっときちんとフォローしないといけないなと思いつつ、放置していましたが、たぶん日本語ではここにもっともまとまった記述があるように思います。書肆のまえがきに、「アリストテレスの動物誌を権威/規範とし、プリニウスの博物誌を精読/校訂し、ガレノス/ディオスコリデスの薬学理論を実験/検証する、ルネサンス の蒐集家アルドロヴァンディからバロックの発明/創出家キルヒャーに至る、イタリアを中心舞台として勃興しつつあった初期近代の西欧科学文化の壮大なるパ ラダイムを、蒐集と博物学とミュージアムの形成を通して追う!」とありますが、私の観点からはアルドロヴァンディがアリストテレス主義者であったことが重要です。アルドロヴァンディは、アリストテレス主義者として事実情報を収集し、観察を記した。
ひとりで4時55分、室温12.8度。第1週の疲れがすこし残っていますが、まずまずだったでしょうか。身体を休めつつ、第2週に備えます。
夕刻次の本が届きました。
常岡俊三
『人造石油講話』
科学主義工業社、昭和17年(1942)
3月に古川さんの発表を聞いて、一冊当時の人造石油に関する書物を手元においておきたいと考えるようになりました。多くは、もと雑誌論考ですが、目次を見ると、全体像をつかむのに好適な構成をしています。
全体を読み通す余裕はありませんが、ざっと見てみました。p.119に次の言葉があります。英国のエコノミストという雑誌は「ヒトラー及びナチスの過去の業績中記念碑に値する最大のものは人造石油政策の成功である」と批評した。これは言われてしまえば、その時代にそういう見方がありえたことはわかりますが、すっかり忘れられていた/いるように思われます。
これに関してすこし調べてみました。神戸大学が1940年(昭和15年)1月10日の朝日新聞の記事を活字化してくれています。簡単にアクセスできると思いますが、まとめて引用してみます。
「「明日の石油を支配するものは明日の世界を支配する」といわれるが、残念ながら我が国に産出する石油の総額は、国内需要の僅に一部を充すに過ぎず大部分は、これを外国からの輸入にまつ現状で、液体燃料自給策の確立こそ刻下の急務である。これが対策としては
一、石油油田の開発
二、貝岩(オイル・シェール)の液化
三、天然ガスの利用
四、澱粉その他の炭水化物のアルコール化
五、石炭の液化
の五つが挙げられるが、」わが国の事情を考えると、「我が国が依存すべき将来の対策は石炭を原料とする液体燃料製造工業が中心であることが認められる 」として、「直接液化法」と「合成法」の二つを説明しています。
「日本に於ける石炭液化研究の最も古い歴史を持っているのは我が海軍で、これが表面に現れて来たのは昭和三年頃からである。即ち海軍徳山燃料廠では当時の廠長山下魏八郎中将が当時の満鉄総裁山本条太郎氏と相談の結果、両者協力」して開発に当たった。
「昭和十一年八月前総裁松岡洋右氏に より千四百万円の巨費を投じて撫順炭鉱に臨時石炭液化工場建設事務所設置の社是決定せらるるや直にこれが建設に着手し、昭和十二年満洲国産業開発五箇年計 画の一環として包摂せられ、爾来幾多の障害を征服して遂に昭和十四年二月工場完成し運転開始の運びとなったのである。」
「一方日本窒素肥料株式会社の社長、野口遵氏は偶々昭和九年頃、海軍において石炭直接液化の基礎的研究が完了したということを聞き、その資本と 技術とをあげて海軍に協力しその国家的事業の工業化を決意し、同社の創立三十周年記念事業として北鮮阿吾地に朝鮮石炭工業株式会社を設立した。」苦労の結果、「昭和十三年二月石炭の直接液化の工業化に成功した。」
「要するに従来液化最も困難とされていた樺太、北海道、本州及び満洲にある多量の瀝青炭が、純国産の技術と資材とによって見事に液化し良質の石油を 得るに至ったことは特に事変下にみる我国の燃料国策上、大いに喜うべきことでこれは偏えに海軍、朝鮮工業並に満鉄が三者協力して苦心研究に従事したる成果」である、と記しています。
私の関心は、その拠点が満洲(撫順炭鉱)と朝鮮半島(北鮮阿吾地)にあったことです。→13.4.14 阿吾地は実は初耳です。場所も知らないのは問題だと考えて、ネットで検索してみました。阿吾地(アオジ)と読むようです。豆満江に面しているので、つまり、中国との国境沿い、北の端(北東部)です。近くに朝鮮半島最大規模の褐炭の炭坑があり、「日本窒素肥料の阿吾地工場がつくられ、人造石油の製造が試みられた。阿吾地には技術者とその家族など日本人居留者も多かった。」とあります。
さらにネットで検索をかけていると、人造石油工場で働いていた人の記録が見つかりました。炭鉱で働いていたその方が満洲にわたり、帰国するまでを思わず全部読んでしまいました。きちんと調べれば、阿吾地の人造石油工場のことはある程度はわかるように思われます。
ひとりで5時25分、室温13.8度。すこしひんやりとしていて、地面が濡れています。夜のうちにいくらか雨が降ったようです。
中2の長女は6時50分に家をでました。私はやっといつもの時間に動けばよくなります。木曜日の授業の最初。3限4限5限。
→3限4限5限は、実際にやってみるとやはり怒濤です。
3限:外国語学部の学生だけの授業です。例年はいる2年生がいません。ある程度人数は減ると予想しましたが、ほぼ予想とおりの減少でした。おおきな授業でははじめてほぼ予想とおりでした。
4限:4人。あらかじめきちんと連絡をくれた方もいますが、連絡がないまま行方不明の方もいます。
5限:3人。すくなくともあと3人は卒論を書かなければならないと思いますが、やはり不明。
学生のなかには2週目から参加する人もいます。第2週目で顔を出さなければ、ほんとうの行方不明です。
ともあれ、第1週目が本日で終了しました。第1週と第2週を無事こぎ出すことができれば、学期の間ほぼ順調に動かすことができると思います。
ひとりで5時25分、室温16.1度。会議が3つ。昼休み、3限、6限。空いている時間は、昨日着手した片づけを続行します。これもちょうどよい。
→本当は、昼休み、4限(3限ではなく)、6限でした。片づけはドラスティックにというわけにはまいりませんが、すこしは進みました。間に休みが入るので怒濤というわけではありませんが,拘束時間が長いので疲れました。
ひとりで5時、室温15.1度。今週と来週は1限の授業があります。8時半スタートですから、子どもたちよりも先に家をでることになります。毎週出なければならないわけではありませんが、必要に応じて、行った方がよい日もあります。
→7時15分に家をでました。1限の授業は新学部の新授業。少し混乱があるような気がしました。今日はイントロだけなので、半分の時間で終わりました。学生の書いてくれてものを学籍番号順に並べ替えて、数を数えました。146枚。いい機会なので、ずっと放置してきた部屋の片づけに本格的に取り組むことにしました。ともかく通路だけは確保しました。捨てるべきものを捨てれば、もうすこしすっきりするでしょう。もうしばらく時間が必要です。
ひとりで4時50分、室温15.9度。いよいよ新学期の最初の授業の日です。子どもたちも全員でかけます。
2限3限4限5限と連続の授業。いつもそうですが、怒濤です。
授業をとる学生に人数はいつも予想しがたい点があります。2限は、教室のキャパを越える心配をしていましたが、教室のキャパの半分ぐらいでした。そのぐらいだと落ち着いて授業ができます。
3限は、2名。これは予想通りです。
4限は、8名。こちらは予想がつきませんでした。
5限は、修論の個別指導なので、1名。帰宅すると次の2冊が届いていました。
平岡隆二『南蛮系宇宙論の原典的研究』花書院、2013
平岡君のほんはできたてほやほやです。Ulisse Aldrovandi, Aldrovandi on Chickens: The Ornithology of Ulisse Aldrovandi (1600) Volume II, Book XIV, Translated and edited by L.R. Lind, Norman: University of Oklahoma Press, 1963
Table of Contents:
Foreword by Alessandro Ghigi
Introduction: The Life and Works of Ulisse Aldrovandi by L. R. Lind
I. Concerning Domestic Fowl Who Bathe in the Dust--The Chicken, Male and Female
II. Descrptions of Different Hens and Roosters, and First Concerning the White-crested Chicken and Another Which Was Turned Almost to Stone
III. The Bantam Hen
IV. Paduan Hens
V. Chickens with Feathered Feet
VI. The Turkish Rooster and Two Turkish Hens
VII. The Persian Rooster and Hen
VIII. Concerning Freak Chickens
IX. Certain Foreign Chickens: First, Three-toed Indian Rooster with Ears
X. Another Indian Rooster
XI. The Indian Hen
XII.Two Other Indian Hens
XIII. Guinea Hens
XIV. The Wool-bearing Hen
XV. The Scotch Woodhen and the English Moorhen
XVI. The Swamp Rooster
XVII. The Capon.
Fowl は鶏、Rooster は雄鶏、Hen は雌鶏ですから、鶏学とでも呼べる書物になっています。pp.3-349 が I. です。II. 以下はいろんな種類の鶏を図版とともに示すものとなっています。
ひとりで5時45分、室温17.6度。ウグイスの鳴き声が聞こえるいつもと同じ朝。地面は濡れていますが、爆弾低気圧の爪痕はあまり見られます。さて、明日からいよいよ新学期の授業が始まります。息子が外に出たいというので9時頃、原っぱ公園に連れていってやりました。サッカーボールとグローブをリュックに入れていきました。睡眠不足が効いているのでしょうか、すぐに疲れたと言います。30分で引き揚げることとなりました。
爆弾低気圧の吹き返しの風が強く吹いています。台風のような爆弾低気圧が去ったあとに風が強くなったわけです。私が机に向かっている間に、妻が部屋の模様替えをほぼすませていました。冬用のカーペットを取り去り、畳の部屋には新しい藺草を敷きました。そこだけ私も手伝いました。
ひとりで5時25分、室温17.8度。お昼に次の本が届きました。
Andrew Wear ed.,
Medicine in Society: Historical Essays
Cambridge: Cambridge University Press, 1992ほぼ予報とおり、爆弾低気圧の雨が2時過ぎに降り始めました。これも予報によれば、朝方の3時頃には降り止むようです。たしかにいくらか台風に近い雨の降り方です。東京でも一定量の雨が降るようです。
ひとりで5時45分、室温17.2度。なんとか火曜日1限の最初の授業で話す内容を作文しました。例年よりも丁寧に「表象」とはなにかを説明することにしました。机の上の片づけも8割方進めることができました。
ひとりで4時10分、室温14.4度。今日から新学期の授業の準備に着手します。早朝のうちに、レスポンスシート(コメントシート)等の準備はすませようと思います。
数日前からの「グローバル人材育成」に関する簡単な調査で、1学期に関しては15回の授業、そして予習と復習ももとめる(シラバスにはそう書くように大学執行部から指導がありました)のも、すべて日本の大学生に韓国や中国の大学生に負けないように勉強させよう、勉強の時間を確保しようという意図だということがわかりました。
しかし、説明なく、形式だけ強要しても、実効はあがらないでしょう。いずれにせよ、「グローバル人材育成」のなかに書かれていることには、必要なこともあります。実行可能なオルタナティブプランを出して、実践していかないと、無意味な騒ぎに終わる懼れがあります。
関連して、事務的用件があり、朝一番で大学に行って来ようと思います。
→8時42分、武蔵境発の電車に間に合いました。書類をメールボックするで受け取って、研究室へ。30分ほどで書類の処理はすませました。それから、部屋のなかを探し回って次の2冊を見つけ、カバンに入れました。
任正[火赤赤](偏は火、旁は赤が二つならびます)『朝鮮近代科学技術史研究‐開化期・植民地期の諸問題‐』皓星社、2010
『岩波講座 近代日本と植民地2 帝国統治の構造』(岩波書店、1992)
部屋の片づけもあるのですが、今日は自宅で作業をします。そのまま取って返しました。9時28分多磨駅発の電車に間に合いました。
『朝鮮近代科学技術史研究』では、まず、任正[火赤赤]さんと姜雄さんの論文を読みました。次です。
任正[火赤赤]「朝鮮開化派の近代化と福沢諭吉」
任正[火赤赤]「朝鮮における日本の研究機関による放射性鉱物の探査および採掘について−原爆開発計画「ニ号研究」との関連における考察−」
姜雄「朝鮮総督府の電発送計画に基づく1930年代初期の朝窒のアルミナ製造研究と朝窒の技術体系」
姜雄「日本窒素肥料興南肥料工場の化学技術体系の分析」
姜さんの最初の論文の結論です。「朝鮮総督府が新工業へと進出を求めた頃の朝窒は、巨大な肥料製造会社と性格づけられるものに過ぎず、当時の朝鮮は化学工業の基盤としてのアルカリ工業を欠いていた。・・・
朝窒の朝鮮での生産分野の拡大は、朝窒自身に化学工業の基盤としての酸アルカリ工業の整備、特に苛性ソーダ製造業への進出を余儀なくさせた。朝窒が本宮工場で苛性ソーダの生産を開始するのは1937年からであり、これによって,植民地期の朝鮮において化学工業を展開する基盤がようやく整備された.・・・
朝窒の朝鮮での広範な事業は、日窒自身の資本的・技術的な動機のみで展開されたものではなく、いくつかの重要な部門において朝鮮総督府の積極的な関与があった。」(p.228.)東工大の梶さんによれば、姜雄(かん うん)さんは、在日の方で、東工大で博士号を取得されたあと、研究を継続されていたが、2009年10月にお亡くなりになったということです。意味のある研究をされていたのに残念ですが、こればかりは残念と言っても仕方なし。
姜雄「19世紀末朝鮮の電気通信技術」『科学史研究』30 (No. 179)(1991): 161-169
姜雄「『格致彙編』と『大朝鮮独立協会会報』に依拠した独立協会の啓蒙運動」『東京工業大学人文論叢』17(1991): 11-20
姜雄「朝鮮総督府燃料選鉱研究所に関する研究」『東京工業大学人文論叢』18(1992): 73-84
姜雄「植民地期朝鮮における送電技術」『東京工業大学人文論叢』 20(1994): 157-169
姜雄「李朝末期の朝鮮における工業教育」『科学史研究』34(No. 196)(1996): 262-266
姜雄「京城高等工業学校と植民地期朝鮮の技術者養成」『科学史研究』35(No. 197)(1996): 1-14
姜雄「朝鮮総督府の発送電計画に基づく1930年代初期の朝窒のアルミナ製造研究と朝窒の技術体系」『科学史研究』36(No. 204)(1997): 193-200
姜雄「植民地期朝鮮における金鉱業の発達とその技術的特徴」『技術史』1(2000): 1-17
姜雄「三菱製鉄兼二浦製鉄所に関する技術史的検討」『技術史』4(2003): 1-20以上、サイニーで検索をかけてヒットしたものを整理しました。
ひとりで5時35分、室温14.6度。雨はまだ降り続いています。丸2日降り続くようです。昨日伊豆大島には大雨警報が出されていました。朝、次の本が届きました。
岩淵秀樹『韓国のグローバル人材育成力:超競争社会の真実』講談社現代新書、2013
明らかに一般的には耳障りな言葉「グローバル人材育成」は、すでに大学教育のなかに組み込まれてます。東京外国語大学のサイト内検索を行うと545件ヒットします。
こういうものを推進したがる勢力とはこれまで距離をとっていましたが、毛嫌いするまえにもうすこし状況を押さえておこうと思って、買ったものです。ざっと読みました。(丁寧に読んではいません。)雑誌の特集のような内容です。そういうものとしてこれはこれでよいと思います。(韓国社会の特質に関して、社会学的な分析がないのは不満ですが、それはこの種の本にはないものねだりだと思います。)
「グローバル人材育成」をひとことで言い表せば、「韓国に倣え!」とまとめてよいと思います。昭和の時代には日本が得意だと思っていた分野の一定割合で韓国に追い抜かれています。(特に、産業競争力の点で。)
留学する割合、留学して学位を取得する割合では、圧倒的な差をつけられています。
そのことに危機感を抱いた層からの「韓国に倣え!」を言い換えたものが「グローバル人材育成」です。もうすこし学術的なものとしては、深川由起子「第8章 日本の国際競争力再構築とグローバル人材育成:韓国・中国との競争の観点から」があります。こちらを読めば、主張としてはわかります。これは、『国際社会における日本の競争力確保のために必要な施策』という報告書の一部です。外務省支援のもと日本国際問題研究所が去年の春出版しています。
ウェブで検索をかけて「グローバル人材育成推進会議中間まとめの概要」(2011年6月22日)をダウンロードしてプリントアウトし、読みました。
夕刻、次の本が届きました。
Catherine Wilson, The Invisible World: Early Modern Philosophy and The Invention of The Microscope, Princeton: Princeton University Press, 1995
意外なことに、図版(顕微鏡でみた世界の図版)が表紙写真以外にありません。期待していたものとはすこし違うようです。まあ、でも、古典的研究なので、手元にあってよい本です。
ひとりで3時25分、室温14.2度。雨です。夜半から雨が降り始めたようです。まだ夜中に鼻がつまります。自然と口で息をするようになっています。そうすると喉が痛い。雨のなか、10時過ぎに、土曜日の宿題をひとつ郵便局に出してきました。8点の原稿が収められています。あと10点残っています。その後、コンビニ、銀行、セイユウと動きました。セイユウではお昼ご飯に要望のあったマグロと夕食用のお肉(牛肉1キロ!)を買って帰りました。
金曜日の発表に関連するものとして次を読みました。とてもきちんと論点が整理されていると思います。
板垣 竜太・戸邉 秀明・水谷 智「日本植民地研究の回顧と展望 : 朝鮮史を中心に」『社会科学(同志社大学)』 88(2010): 27-59
これは、Ashgate Research Companion to Modern Imperial Histories (Surry: Ashgate, 2011予定、現実には2012年6月出版)に収録された英語論文、 Itagaki Ryuta, Tobe Hideaki and Mizutani Satoshi, "The History and Prospects of Japanese Colonial Studies: With a Focus on the Historiography of Modern Korea"の日本語版だとあります。最初に英語版を作成し、自由訳に近い形で日本語版を作ったとあります。
この『アシュゲート近代帝国史研究必携』は、多くの人の関心を呼ぶでしょう。目次をとっておきます。
Introduction by Philippa Levine and John Marriott
Part I Times
Age of exploration by Kenneth J. Andrien
Age of settlement and colonisation byMichael Adas and Hugh Glenn Cagle
Age of imperial crisis by Philippa Levine.
Part II Spaces
Chinese empire by Peter C. Perdue
Ottoman empire byVirginia H. Aksan
Mughal empire byMichael H. Fisher
European empires by Philippa Levine
Russian empire by Willard Sunderland
North American empire byMary A. Renda
Japanese empire by Ryuta Itagaki, Satoshi Mizutani and Hideaki Tobe.
Part III Themes
Governance by Jon E. Wilson
Finance by Soren Mentz
Consumption by Erika Rappaport
Soldiery by Richard Smith
Circulation and migration by Michael Mann
Crime by Lauren Benton
Slavery by Eve M. Troutt Powell
Race by Damon Salesa
Gender by Elsbeth Locher-Scholten
Ideology by Ben Silverstein and Patrick Wolfe
Religion by Derek R. Peterson
Culture by Lara Kriegel
Art by Natasha Eaton
Science, medicine and technology by Sujit Sivasundaram
Environment by Richard Grove and Vinita Damodaran
Modernity by, John Marriott
Aftermath by Christopher Lee
Bibliography
Index.
重要な必携だと思われます。塚研あたりで読んで、きちんとしたレビューをまとめてくれるとうれしいのですが・・・・。私も「科学、医学、技術」あたりは読む必要があります。著者の方は不思議なスペルでどこの方かすぐにはわかりません。
→この記事を書いた方は重要だと思い、ウェブで調べてみました。現在はケンブリッジ大学(Gonville and Caius College)の講師ですが、もともとはスリランカ出身の科学者でケンブリッジに留学してすぐに近代世界の形成の歴史に関心が移ったとあります。研究分野としては、World History 世界史を挙げています。
2010年のISISの特集(Focus)「グローバルな科学史」の編集者です。
Sujit Sivasundaram, 'Sciences and the Global: On Methods, Questions and Theory' Isis, Vol. 101, 2010. pp. 146-158.
著作としては、次。
Sujit Sivasundaram, Nature and the Godly Empire: Science and Evangelical Mission in the Pacific, 1795-1850 (Cambridge University Press, 2005, paperback 2011) 近著としては、次。
Science, Race and Imperialism ed. with Marwa Elshakry in Victorian Sciecne and Literature, Vol 6, eds. Bernard Lightman and Gowan Dawson (forthcoming, Chatto and Pickering, 2012).
Islanded: Britain, Sri Lanka and the Bounds of an Indian Ocean Colony (forthcoming, University of Chicago Press, 2013).
ウェブに次の論文があります。
Sujit Sivasundaram, 'Natural History Spiritualized: Civilizing Islanders, Cultivating Breadfruit, and Collecting Souls', History of Science, vol. 39 (2001), p.417-443
Sujit Sivasundaram, 'Trading Knowledge: The East India Company's Elephants in India and Britain' The Historical Journal, Vol. 48(2005), pp. 27-63.
博士論文は、次。
Nature speaks theology : colonialism, cultivation, conversion and the Pacific, 1795 - 1850, Ph.D. dissertaion, University of Cambridge, 2001
魅力的なタイトルの博士論文です。
次は、今年度の年会シンポジウムに関するものです。2007年10月19日に寺田元一氏の『「編集知」の世紀一八世紀フランスにおける「市民的公共圏」と『百科全書』』(日本評論社、2003)97頁からフランス語の大きな辞典の出版史を作成しましたが、二つ目を私は間違えています。
2番目のものとして私の文脈で挙げるべきは、『アカデミー辞典』ではなく、『アカデミー辞典』の補遺・対として出版されたトーマ・コルネーユの『技術と科学の大辞典』(フォリオで2巻、1694)でした。
2. Thomas Corneille, Dictionaire des arts et des sciences, Paris, 1694; Amsterdam, 1696 as vols. 3 and 4 of the Dictionaire de l'Académie françoise; Paris, 1720, 2 vols., ed. Bernard Le Bovier de Fontenelle; Paris, 1731; Paris, 1732.3. Antoine Furetière, Dictionaire universel, contenant generalement tous les mots françois tant vieux que modernes, & les termes de toutes les sciences et des arts, 3 vols., The Hague, 1690
1. Stephanus Chauvin, Lexicon rationale sive Thesaurus philosophicus ordine alphabetico digestus, in que vocabula omnia philosophica, variasque illorum acceptiones...explicare...., Rotterdam, 1692
4. Edward Phillips, A New Worlde of English Words or, A General Dictionary Containing the Interpretations of such hard words as are derived from other Languages, London, 1658
5. Jacques Ozanam, Dictionnaire mathematique ou Idée generale des mathematiques : dans lequel l'on trouve outre les termes de cette science plusieurs termes des Arts et des autres sciences avec des raisonnemens qui conduisent peu à peu l'esprit à une connoissance universelle des mathematiques, Paris, 1691
6. William Johnson, Lexicon chymicum, London, 1652, 1657,1660
7. Bartolomeo Castelli, Lexicon medicum Graeco-Latinum, Messina, 1598,
8. Blankaart, Steven, Lexicon novum medicum Graeco-Latinum, 1690. English Translation is S. Blancard, The physical dictionary, 2nd edition, London, 1693.
Original Auhors
Mathematics: Geometry, Algebra (John Wallis), Newton's Theory of Moon,
Gunnery (Halley's Table; Anderson's Table)
Civil Architecture (Vitruvius, Vignola, Palladio, John Evelyn)
Navigation (Halley)
Ship: Manwaring's Sea Dictionary, Boteler's Sea Dialogues, Philips's Section of a First Rate
Law of Motion: Wallis, Newton, Varignon, John Keil
Mechanics:
Hydrostaticks: Robert Bolye, Medicina Hydrostatica,and Hydrostatical Paradoxes
Calculation of Automata, or Clock: Derham
`Physick or Natural Philosophy: Isaac Newton ; Philosophical Transactions
Phenomena of Raibow: Halley
Snow: Dr. Grew
Air and Atomosphere: Boyle; Philosophical Transactions
Spring: Halley and Woodward
Tides: Newton
Botany: John Ray, Morrison, Tournefort
Fossil: Woodward
Vegetaion: Woodward
Wind: Halley, Mr. Papin's Wind-Gun: Robert Boyle
Cold: Boyle
Heat: Halley and Newton
Chymstry:
Anatomy: the best Authors
Logick, Metaphysicks, Ethicks, Grammer, Rhetorick
History and Chronology
Heraldy
Mathmatical and Philosophical Instruments
Law: the best books and dictionaries
(こうやってみるとフックの名前を挙げていないのが目立ちます。)
原著者としては何といっても、王立協会が中心です。もっとも大きな名前では、ボイル、フック、ニュートン。さらには、ジョン・ウオリス、エドモンド・ハリー、イーブリン、デラム、グルー、ウッドワード、ジョン・レイ、等。そして、フラムスティードには協力を請うたが、断られた、そのせいで星表は非常に不完全なままにとどまっていると愚痴を言っています。
急いで付け加えると、辞書そのものがフランス語圏のものを中心に挙げていたように、パリの王立科学アカデミーのメンバーの仕事も使っています。
ひとりで6時10分、室温12.2度。就寝中、鼻がつまってかなり苦しかった。花粉症は一進一退です。単純に花粉の量だけではなく、こちらの体調も左右するようです。おお、4月。新学期です。
用事があって、9時過ぎに家をでました。クリーニング屋さん、郵便局とよったあと、大学へ。新入生の姿がキャンパスに大勢。新入生はなじんでいないといえばよいのか、初々しさがあってすぐにわかります。その初々しさがいつなくなるのか考えてみましたが、こちらもそうした初々しさに関心をなくすので、いつとははっきり言えないことがあわかりました。
メールボックスで大量のシラバス類を受け取って、研究室へ。ともかく自分の関係する授業の確認です。教室の手配は教務課の担当です。来週から始まる授業のために、まず時間割表を見て、割り当てられた教室を確認しました。曜日毎にまとめると次のようになります。火曜日1限以外は去年と同じです。同じが助かります。ちょこまかと変更があると間違えやすい。4月8日(月曜日)スタート:2限「科学技術と社会」101教室;3限「(院)ヨーロッパ歴史文化論」;4限「(院)思想文化論」;5限「院・共通特殊研究」(院の授業はすべて研究室/人数が研究室キャパを越えた場合512室)
4月9日(火曜日)スタート:1限「表象文化論」(227教室)
4月11日(木曜日)スタート:3限「科学思想史」113教室;4限「科学思想史演習」420教室;5限「科学思想史卒業論文演習」(512室)
土曜日の編集委員会の宿題はたくさんあります。昨日も断続的にずっと行っていましたが、終わっていません。今日も続けることになります。最終的には原稿が到着しないと完了しないので、予定としては新学期の授業が始まるまでには終わらせたいと思っています。作業のひとつとして次のようなリストをつくりました。会員の出版物の欄に掲載する情報です。
熊野谿 從(クマノタニ,ジュウ)
『漆のお話: 21世紀を支える夢の物質』
文芸社、2012.12.1、¥ 1,260熊野谿 從
『漆:古代から現在-未来、そしてアジアから世界へ』
熊野谿,從 , 2007.5、中村征樹 (編)
『ポスト3・11の科学と政治』
ナカニシヤ出版、2013.1.21、¥ 2,730西條 敏美
『知っていますか? 西洋科学者ゆかりの地 IN JAPAN PARTI 新しい世界を開いた西洋科学者』
恒星社厚生閣、2013.2.8、¥ 2,940橋本毅彦
『飛行機の誕生と空気力学の形成: 国家的研究開発の起源をもとめて』
東京大学出版会、2012.9.25橋本毅彦
『〈科学の発想〉をたずねて 自然哲学から現代科学まで (放送大学叢書 12) 』
放送大学、2010.10.12会員の出版物の欄ではありませんが、次もあります。
石田三雄
『ホルモンハンター: アドレナリンの発見』
京都大学学術出版会、2012,¥ 2,940
2012年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2011年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2010年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2009年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2008年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
春休み
3月
2月
1月
2007年
台北滞在記2007
(台北滞在記2004)
田舎にて2007
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2006年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2005年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2004年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2003年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2002年
12月
11月
10月
9月
7月〜8月
5月〜6月
3月〜4月
1月〜2月
2001年
11月〜12月
9月〜10月
7月〜8月
5月〜6月
3月〜4月
1月〜2月
2000年
11月〜12月
9月〜10月
7月〜8月
6月
4月〜5月
1月〜4月
1999年
10月〜12月
6月〜9月
4月〜5月
1月〜3月
1998年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
春(1月から5月)
1997年
97年度
最初のページ=
HomePageに戻る。