ひとりで6時。室温26度。昨日の会議で発生した宿題をこなしていました。忘れてしまったものを除き、一応全部こなしました。疲れていたのでそれだけでした。
ひとりで5時45分。室温27度。窓を開けると涼しい空気が入ってきますから、外の気温はもうすこし低いと思われます。7時55分、いつもとおりの時刻、ちびどもは始業式にでていきました。帰宅は12時半頃ということです。
8時55分、幼稚園児も元気に幼稚園に向かいました。背中や胸、2の腕が虫さされでかわいそうなことになっています。今日の午後は1日仕事。学会の3つの会議が連続します。終了後懇親会ですから、拘束時間は約11時間と見ています。
→拘束時間は移動のための時間を含めて12時間でした。12時からお弁当持参で科研費の申請のための打ち合わせ。1時から1時間限定で編集委員会。
2時から名古屋からのお客さん2人、京都からのお客さん2人を含めての会議。手間取るとは思っていたのですが、終了して7時前。
それから商店街の一番奥の懇親会場に移動しました。もう環7がすぐ近くの中華料理屋さん。貸し切りになっていました。
お客さんは帰られるので、8時45分頃先に席を立ちました。残りは9時半まで。
帰宅して11時前。中華料理屋さんに移動するときから雨が降っていました。
隣に寝ている幼稚園児に布団をとられて6時20分。夏布団ですが布団なしでは少し寒く感じます。室温26度。午後1番で出張校正。要町に行って来ます。
幼稚園児は2日間だけ夏期保育があります。ちょうどよいのでいっしょにでかけて大学に行って来ることにしました。まずは、ILL で届いているという連絡のあった次の論文を受け取りました。
島田英資・国分信英「アラビアの科学 I ―錬金術と化学」『電気通信大学学報(人文社会編)』第28巻第2号(1978): 329-346
電車のなかで読み通しました。典型的な総説論文です。これはこれで役にたちます。次は研究所に寄って、次の著作から、Alchimisti のリストの部分を pdf 化しました。
Michela Pereira (ed.),
Alchimia: I testi della tradizione occidentale
Milano, 2006
ひとりあたり、2行から多くて7行の説明でリストアップしてくれています。こういうのはこういうので有用です。ただし、姓ではなく名のアルファベット順にならべています。つまり、ラヴォワジェであれば、A に入れられています。イタリアではこういうのが普通なのでしょうか。午後は、幼稚園児が帰宅する前に家をでて出張校正のために要町にでかけました。約1時間半。
帰途道を歩いていたら前方に幼稚園児を発見しました。カラオケから帰ってくるところでした。いっぱい歌ったそうです。
ひとりで5時50分。室温25度。秋晴れと言ってよいのでしょうか、雨上がりの快晴となっています。朝2時間ほどつかってあすの仕事の準備(出張校正のときいつも持参している次号入稿原稿の整理です)をすませました。私の環境ではこれがなかなか手間取ります。
昼食後、幼稚園児を公園に連れていってやりました。幼稚園児は自転車、私は徒歩。本人がその気になれば自転車に乗れるようにしてやりたいと思っています。しばらくは補助輪付きでペダルを漕ぐ練習です。原っぱ公園の外側の道路を一周しました。
ボールをもっていっていたのでまずサッカー。蹴るのはなかなかうまい。目標に向かってまっすぐ蹴ることができます。
しばらくしてボールが転がっていったのを追いかけて、芝生の外へ。たぶん小学4年生ぐらいのおにいちゃんたちが数人でドッジボールをしています。うらやましいようで近くにすわってじっと見ています。
30分ほどじっと見ていると、おにいちゃんのひとりが年齢を聞いて、仲間にいれてくれました。まだちゃんとできませんが、とてもうれしいようです。
しばらくしてボールの空気が抜けたといっておにいさんのひとりが空気を補充に家にもどりました。幼稚園児はさっそく自分のボールを提供しています。
ありがちですが、空気のつまったボールが帰ってきて、ドッジボールに飽きたようです。サッカーをやったり、ヨーヨーをやっている友達に加わったり、集団がばらけました。幼稚園児はお兄さん2人とサッカー。蹴ることはできますが、パス回しはまだです。しばらくやっているうちに自分がまったくボールをとれないと泣き始めました。
このへんがまだまだです。それからしばらくして地面に座り込んで大泣き。泣いているうちに蚊に刺されたようです。痒い、もう帰るといってこちらにやってきました。
帰り道のコンビニによったあたりでやっと泣きやみました。おやつを2つ買ってやりました。
ひとりで5時20分。室温26度。今日はまた気温が下がるということです。外は涼しくなっている雰囲気です。8時現在、起きているのは幼稚園児と私のふたりだけです。小学生達にはそろそろ起床時間をもとにもどしてもらう必要があります。2学期は8月30日に始まります。
予報では22度〜27度。ずっと曇り空の一日でした。23日からずっと取り組んでいる作業が一応0次完成しました。フルに完成することは簡単には行かない種類の作業です。まずは2つの山となっている机の上を片づけなければなりませんが、どうもやる気がしないまま山が高くなっています。嗚呼!
山はひとつ崩しました。しかし、次の仕事でまた山ができはじめました。
ひとりで5時55分。室温27度。雨は上がりました。どういうわけか蝉の鳴き声がいつもよりもうるさい。午後、駒場にて錬金術研究会。
→久しぶりなのではやめにでかけて、まず図書館に寄りました。え、なんで、こんなに学生がいっぱいいるの? 不思議です。あとから院生の方に聞きました。理科系だけ9月冒頭に理系基礎科目の試験があるせいだということです。え、なんで、理系だけ? 理不尽です。
総勢8人が出席していました。途中から激しい雷雨。強い雨に稲光。私は6時にお暇しましたが、あの感じでは落雷も豪雨もあったのではないでしょうか。もう1点驚いたのは、院生諸子も大勢また先生方もほとんど見えていたことです。この時期にあれだけ人がいるのは相当に珍しい光景です。
埼玉からわざわざお出で頂いた伊藤博明氏に次のお土産を頂きました。暖かい配慮、こころより感謝いたします。
名須川学
『デカルトにおける<比例>思想の研究』
哲学書房、2002読んだのは、アイシスのフォーカスです。
Bruce T. Moran, "Introduction," ISIS, Vol. 102(2011): 300-304
Lawrence M. Principe, "Alchemy Restored,"ISIS, Vol. 102(2011): 305-312
William R. Newman, "What Have We Learned from the Recent Historiography of Alchemy?" ISIS, Vol. 102(2011): 313-321
Ku-ming Chang, "Alchemy as Studies of Life and Matter: Reconsidering the Place of Vitalism in Early Modern Chymistry," ISIS, Vol. 102(2011): 322-329
Tara E. Nummedal, "Words and Works in the History of Alchemy," ISIS, Vol. 102(2011): 330-337.
ケヴィンとタラのペーパーは、研究史をうまく整理してくれていて有用です。プリンシープとニューマンは各自の仕事です。
私は今目を酷使しつつ行っている作業の合間、電車のなか、図書館のなかで読みました。
→個人的には、タラの指摘、「錬金術師はギルドを形成しなかった」という論点にはっとしました。技師や職人層では、ギルドを形成するかどうかは非常に大きい。錬金術というジャンルのギルドはなかったのですが、たとえば「薬剤師」という区分ではギルドがありました。(このあたりのことは一番手頃には白水社文庫クセジュの『薬学の歴史』を繙いて下さい。)ギルドがあるということは、徒弟修業があるということです。都市のなかではっきりみえる職人層として存在していたと言えます。
「錬金術師」という区分でのギルドは存在しませんでしたが、錬金術的な技術の実践者としてもっとも大きな割合を占めたのは、この薬剤師のグループです。タラはこのあたりのことは追究していませんが、錬金術的な技術の実践者としてもうひとつ大きなグループである鉱山技術者のあり方と比較してみると興味深い知見が得られるでしょう。(医薬に関わる錬金術の実践者としては、医師のグループがいます。パラケルススもファン・ヘルモントも医師です。医師は、大学教育に根ざす点でギルドとはすこし違いますが、組織形態としては組合組織を取る点で共通です。しかも、中世の大学もそもそも「組合」でした。)研究者志望の学生からニュートンの時空概念について質問を受けました。今その研究は行っていませんが、昔関心をもって読んでいたものがあります。備忘録としてリストアップしておきます。
マックス・ヤンマー『空間の概念』高橋毅・大槻義彦訳、講談社、1980
ヤンマーには、他に『質量の概念』(講談社、1977)、 『力の概念』(高橋毅・大槻義彦訳、講談社、1979。(1957))があります。3部作です。物理学史としては、山本義隆氏物理学史3部作も必読でしょう。
山本義隆(やまもと・よしたか)
『熱学思想の史的展開』現代教学社、1987
『重力と力学的世界』現代教学社、1981
『古典力学の形成:ニュートンからラグランジュへ』日本評論社、1997
私が昔読んで感心したのは、次の論文です。
Howard Stein, "Newtonian Space-Time," Texas Quaterly, X (1967): 174-200. Reprinted in R. Palter (ed.), The Annus Miralilis of Sir Isaac Newton, 1666-1966 (Cambridge, Mass., 1970).
昔のカードをそのまま転記しておきます。(不十分ですが、役には立つでしょう。)
「ニュートンの力学の真の空間-時間構造は、ガリレオ変換への不変性に付け加えるに、そこでは絶対時間は存在するが絶対空間は存在しないという類のものである。つまり、T上には自然的なマッピングが存するがS上にはない、そういうものである。運動学に関して真にクルーシャルなポイントは、この構造のなかに速度について絶対的内在的観念は存在しないが、速度差分、そしてそれゆえ回転と加速度についてはひとつの絶対的内在的観念が存在することである。
デカルトの力学-機械学は運動についての全く混乱した半相対主義的な概念に基づくもので、ニュートンは「一般注解」や「重力について」で一貫した理論のための基礎として専門的な用語法を確立しようとしている。」
ハワード・スタイン(ドイツ系であればシュタイン)以後、展開があったことは知っています。しかし、展開の内容についてはフォローできていません。グーグルスカラーをはじめネット上で検索をかければ、おおよそ重要な展開は見えてくるのではないでしょうか?→ちょうどよい本が出版されています。次です。
David B. Malament ed.,
Reading Natural Philosophy: Essays in the History and Philosophy of Science and Mathematics
Open Court Pub, 2002
In this book, 13 leading philosophers of science focus on the work of Professor Howard Stein, best known for his study of the intimate connection between philosophy and natural science. Also included is a comprehensive bibliography of Howard Stein's writings.
ハワード・スタインの仕事とその影響を知るには最適な本ということができます。
ひとりで5時35分。室温27度。雨。夜半から降っています。もうすぐ止むような気がします。朝一番で幼稚園児を連れてヨドバシへ。幼稚園児がポケモンのゲーム(バトリオ)を5回しました。すぐに帰宅。
午後、我が家の女3人で新宿東急ハンズへ。セールがあるということです。美容品で買いたいものがあるようです。
4時過ぎに疲れたといって帰ってきました。3人で荷物を分担して帰ってきました。ずいぶん安くなっていたようです。東急ハンズがセールをするというのが私には意外でした。セールは大にぎわいだったようです。レジでずいぶん待たされたということでした。外語大改編。
外語の改編のニュースが出ています。
東京外大が外国語学部改編 言語文化学部と国際社会学部に移行
大学のサイトにもトップからのリンクで大学の公式の説明が出ています。
「文部科学省の大学設置・学校法人審議会は、東京外国語大の外国語学部を改編し、平成24年度から言語文化学部と国際社会学部の2学部に移行することを了承した。」
ということで、この仕事に忙殺されているわけです。
ひとりで5時20分。室温27度。晴れ。夏の終わりを感じさせる空模様です。昨日帰宅してから始めた仕事が7時前に一応完成しました。もう一度見直してから仕事仲間に送ります。
ひとりで6時25分。室温24度。まだ雨が降っています。予報では今日夏が戻ってくるということでしたが、延期になりそうです。→きちんと見てみました。午後晴れて、気温が32度まで上がるという予報でした。ちょうどよいので昨日に続き、三浦伸夫さんの「アラビア錬金術史の研究動向」が紹介する2点の論文をゲットすることにしました。電車も昨日とまったく同じ8時54分武蔵境発です。
佐藤圭四郎「イスラーム錬金術に関する覚書」『西南アジア研究』11(1963): 13-34
さすがに外語ですから、これはあります。
電気通信大学の紀要はそもそも1点もありません。ILL で依頼しておきました。ついでに平凡社が1978年に出版した『技術の歴史』(全14巻)も見ておくことにしました。今回の仕事にもっとも深く関わる、1)第3巻第10章「近代科学以前の工業化学」、2)第4巻第21章「錬金術の器具」、3)第6巻第25章「化学工業における発明」の3部分だけコピーをとりました。ちょうどそれで手持ちのコピーカードが終了しました。
いくらか研究室で用事をすませて、11時45分頃帰宅しました。たしかに蒸し暑くなっています。昼食後一休みしてから、佐藤圭四郎の「イスラーム錬金術に関する覚書」を読みました。イスラーム圏の貨幣史の専門家でしょうか。貨幣の話が半分です。そして、イスラーム錬金術の話となっています。
「以上、西アジアの通貨史上かなり重要な意味をもつものとおもわれる合金貨の材料としての真鍮を例にとって考察を加えたが、イスラーム史料において、これらの冶金術に関する記載は、その多くが、「錬金術」を題目とした条項のもとに記されている。」(p.20)
「以下、欧人の研究を参照しつつ、比較的まとまったイスラーム錬金術に関する記述を残している十四世紀のマグリブの歴史哲学者イブン・ハルドゥーンの「歴史哲学序説」の第二十三章「錬金術について」の記載を中心として、この問題について若干の考察を加えてみたい。」(p.21)
イブン・ハルドゥーンの「錬金術について」の紹介が私には有用でした。
ジャービル・ベン・ハイヤーン
アッ・トゥグラーイー
マスラマ・アル・マジュリーティー
ハーリッド・ベン・ヤジード・ベン・ムアーウィヤ
アブー・バクル・ベン・ビシュルーン
イブン・バアラ研究室に矢島祐利『アラビア科学史序説』(岩波書店、1977)がありました。ちょうどよいのでもって帰って読んでいます。錬金術と化学に関する付節があります。pp.169-176. 小グロッサリーといったところです。
ひとりで5時50分。室温24度。外は20度を切っているようです。朝方から強い雨が降り始めました。昨日に続きもう一日晩秋です。朝一番で大学にでかけ、次の2点のコピーを取りました。(8時54分武蔵境発の電車に乗りました。)
Georges C. Anawati, "Arabic alchemy," in R. Rashed (ed.), Encyclopedia of the History of Arabic Science, vol.3 (London: Routledge, 1996): 853-885.
Robert Halleux, "The reception of Arabic alchemy in the West," in R. Rashed (ed.), Encyclopedia of the History of Arabic Science, vol.3 (London: Routledge, 1996): 886-902.
ある目的のために必要なので2点ともさっと読みました。アナワティ(発音はこれでよいのでしょうか)は、アラビア錬金術のソースと、主たるアラビア錬金術師にわけて情報を整理してくれています。私が不案内ということなのでしょうが、とくにソースが意外です。
具体的には、ピタゴラス、アルケラオス、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、ポルフィルス、ガレノス、メンデスのボロス、ゾシモス、ヘルメス、バリナス、エメラルド板、アガトダイモン、アルテフィウス、キタブ・アル・アビーブ(発音これでよいのでしょうか)、クレオパトラ、マリア(ユダヤ婦人)、オスタネス。
アラブの錬金術師としては、ハリード・イブン・ヤズィード、ジャアファル・アッ=サーディク、Dhu al-Nun、ジャビール・イブン・ハイヤーン(ラテン世界ではゲーベル)、アブー・バクル・ムハンマド・イブン・ザカリーヤー・アッ=ラージー(ラテン名ラーゼス/ラーシス)、賢者の群、イブン・ウマイヤール、Al-Majriti、ヨハネス・ガルランドゥス(『明礬と塩の書』)、Al-Tughr’i、Ibn Arfa Ra’s、Abu al-Qasim al- Iraqi、ジルダキー。(アラビア文字は私にはわかりません。読みは下の三浦さんのものを踏襲しています。できるだけはやいうちに調べたいと思います。)
アルーの論考は、感心しました。ニューマンの師であり、平井さんの師であるだけのことはあります。さすがです。中世ヨーロッパ錬金術に関心をもつものが最初に読むべき基本事項が正確に記述されています。ついでに棚の奥から雑誌を探し出して、次の論考も読みました。
三浦伸夫「アラビア錬金術史の研究動向」『化学史研究』Vol. 24(1997), No.3, pp.193-204.
日本語の研究として次の2点を挙げています。
佐藤圭四郎「イスラーム錬金術に関する覚書」『西アジア研究』11(1963): 13-34
島田英資・国分信英「アラビアの科学 I ―錬金術と化学」『電気通信大学学報』第28巻第2号(1978): 319-346
→『西アジア研究』は正しくは『西南アジア研究』でした。
→「アラビアの科学 I ―錬金術と化学」は、329-346 のようです。
→三浦さんには、三浦伸夫「評伝:西洋の化学者 第8回 ジャービル・ブン・ハイヤーン―初期アラビア錬金術思想―」『化学史研究』第32巻第3号(2005): 153-169 もあります。次の出版物のパンフレットが入っていました。
『[新通史]日本の科学技術:世紀転換期の社会史 1995年〜2011年』全4巻+別巻1
編集代表=吉岡斉
企画委員=塚原修一、中山茂、後藤邦夫、綾部広則、川野祐二
原書房、2011年〜2012年
9月に第1巻を刊行し、10月、11月、12月と刊行する予定のようです。別巻は来年の2月刊行。ここ十数年の現代史です。
ひとりで6時10分。室温25度。寒いぐらいです。→J-COM で天気予報を見ると、最高気温でさえ23度とあります。
夜半から強い雨。一気に晩秋に飛んだかのような気候です。わけあって、川島さんの次の本を読みました。
川島慶子『マリー・キュリーの挑戦:科学・ジェンダー・戦争』
トランスビュー、2010
放射能の発見と放射能による被害に関する箇所を非常に興味深く読みました。
45頁。「フランス国家とその国民は、ベクレルとキュリー夫妻からはじまった放射能研究の歴史を誇り、放射能の本当の専門家はアメリカ人ではなく、自分たちフランス人なのだ(こういう時には、フランス人の頭の中でマリーはポーランド人ではなく、フランス人です)という強い意識を持ち続けています。」
44頁。ラジウムの発見は、単に新元素の発見というにとどまらず、癌治療のための役に立つ大発見として注目された。ラジウム研究所には、当初から医学部門が附置されている。
104頁。「ラジウムは癌の治療に利用できるとして、一般に歓迎された発見です。しかしこれは、癌細胞は健康な細胞よりも放射線に破壊されやすい、という性質を使った治療法です。つまり健康な細胞が破壊されないというわけではありません。毒と薬はきちんと分かれてはいないのです。」
108頁。「放射性物質の危険性を軽視する点で、三代のラジウム研究所長(イレーヌは三代目所長。二代目は、ピエールの生前からマリーと一緒に研究していたアンドレ・ドゥビエンヌで、生涯マリーに忠誠を尽くした)の方針が一致していたため、彼女たちの発見した物質は、すでにこの二人の生前に、多数の犠牲者を出すことになりました。」
犠牲者としては、マリーとピエール自身、「ラジウムを医薬品に添加する仕事をしていたアルトワ、キュリー夫妻時代からの助手のドムニトロー、マリーの個人的助手ドラマンデール」(109頁)それにマリーの研究所に留学し、帰国後31歳の若さで亡くなった山田延男等があげられています。夕刻、次の本が届きました。
ダニエル ジャカール
『アラビア科学の歴史』 (「知の再発見」双書)
遠藤ゆかり訳、創元社、2006
ひとりで6時25分。室温26度。涼しくてたすかる。昨日、7時台に台所の床で寝てしまった幼稚園児はすぐに起きてきました。残りはよく寝ている模様です。
いつものように窓を開けておくと、気温は25度まで下がりました。幼稚園児は寒いといって毛布をまとっています。8時半現在、1階は幼稚園児と私だけです。
自分のために8月後半の予定を記しておきます。
8月20日(土曜日)。本日です。第8回化学史研修会。田町駅すぐそばの東工大キャンパスイノヴェーションセンター。当日参加も大丈夫です。地図で見ると、ほんとうに駅のすぐ近くです。ご関心のある方は、是非、足を運んでみて下さい。
8月22日(月曜日)。1学期の成績提出締切。
8月26日(金曜日)。午後2時より、駒場にてISIS最新号の錬金術特集を読む会。
8月30日(火曜日)。午後1時より化学史研究編集委員会。その後、事典編集委員会。小学校はこの日、2学期が始まります。明らかに夏休みが短くなっています。
ついでに9月の予定も。
9月13日(火曜日)。学部の重要な会議が2つ。
9月14日(水曜日)。学部と大学院の教授会。9月卒業の判定があります。定足数のためだけにも出席する必要があります。9月15日(木曜日)。1年に1度の医科歯科の授業。MMAコース。
9月20日(火曜日)。連休明けに、ICU で講演をします。「初期近代の読書:ロバート・ボイルの事例」
[第8回化学史研修会]
さて本日の第8回化学史研修会ですが、体調が整わないとどうしようかなと思っていたのですが、朝起きたときの感覚では問題ありません。12時前に家をでました。
会場となっている東工大のキャンパスイノヴェーションセンターははじめてです。田町の駅を出るとほんとうにすぐ目の前にありました。
1時に開始して5時まで。出席者は2〜30人。部屋のキャパシティに対してちょうどよいぐらいの参加者となっていました。
私はすぐにお暇しましたが、10人近くの方は食事会に行かれたようです。
ひとりで4時半。室温30度。異常な高温です。幼稚園児はふつうの時間に起きてきました。残りは、9時前に昨日送った荷物が届いたあたりで起きてきました。疲れと暑さのせいでしょう。
午後は、強い俄雨という予報でしたが、9時半頃家のなかにいてもすぐに気付く雨音が聞こえてきました。まるで台風が近づいてきているかのような強い雨が降り始めました。雨とともに気温は下がりました。昨日の異常な高温は一日で終わりです。あの暑さでも何もできないので、この雨はよい雨です。
昼下がり、室温も27度まで下がりました。窓から吹き込む風が気持ちよい。しばらく降ったり止んだりの天候が続くようです。
天気予報を見ていると、外の温度は22度まで下がったようです。室温は27度で動きません。ちょっと涼しい、しかし動くと暑く感じる、そういう温度です。
午後3時、無事に帰ってきました。帰ってきて一番驚いたのは東京の暑さです。え、なんで東京がこれほど暑いの? という暑さでした。
あとで天気予報を見ると、都心で36度超。練馬で37.9度。この夏一番の暑さだったようです。
8月8日
9時半に家を出ました。東京駅についても十分な時間があります。駅中の紀伊国屋でお昼御飯を購入することにしました。おむすびとサンドイッチと幼稚園児だけお弁当。それにお土産を3点。全部揃いました。
新幹線は11時発ののぞみ。ほぼ2時間半で新大阪につきます。
新大阪について、あつー。いつもそうですが、大阪の駅の暑さは格別です。トイレに行ったあと、プラットホームで2時ちょうどの黒潮号を待ちましたが、うちわを全開にしました。幼稚園児が茹で蛸になにかけていたので、全員で冷ましました。清掃がすんで車内に入るとひんやりしています。子供たちはママがキオスクで買ってきた冷凍ミカンと格闘していました。給食でも冷凍ミカンはよくでるということです。
幼稚園児は、おばあちゃんち、まだつかないの、まだつかないの、と言っていましたが、乗車時間は2時間です。私はほぼやすんでいました。妻によれば、暇になった幼稚園児は隣の席のおねえさん4人組に変顔をして笑わせていたということです。最近の得意技です。
電車がみなべ駅のホームについたときもほとんど走り出しそうだったのですが、なんとかおさえていました。階段を降りてからはやはり走り出しました。体力がついてきたのでしょう、疲れた様子は一切ありません。おねえちゃんたちはさすがにもう慣れたようです。
帰途の途中のスーパーでミルクと花火(幼稚園児がこれがほしいと言ってかかえこんでしましました)を買ってからおじいちゃん、おばあちゃんの家へ。スーパーのなかで小学校以来の同級生に会いました。娘といっしょにきていました。その娘が子供を産んで私はもうおばあちゃんと言っていました。昨日訪ねたひろえさん宅ももう4人の孫のおばあちゃんでした。田舎ではそういう人がけっこう多いのでしょう。
おじいちゃんのお灸がすんでから幼稚園児待望の花火。楽しかったようです。
8月9日
5時55分起床。室温27度。薄曇りの晴れ。皮膚感覚では朝は東京よりわずかに涼しい。外の冷たい空気が室内に入ってくるせいだと思われます。
幼稚園児の選択により、今日は釣りに連れて行ってもらうことになっています。
幼稚園児は9時過ぎにおじいちゃん、おばあちゃんの用事についていくといいます。農協と郵便局。おじいちゃんは年のせいで書類に苦労していました。
10時から富田川の鮎川という場所に向かいました。1時間はかかるかと思ったのですが45分程度でつきました。どうも2番目だったようです。まずはアユ釣り。子供たち3人が竿をもちました。釣るといっても、餌にアユが食いつくのではなく、ひっかけます。おもりを目印にちょうどその上にアユがやってきたとき釣り棹をきゅっと引っ張って針にアユを引っ掛けます。ほとんど偶然です。ちびどもはたぶんそれぞれ4匹ずつひっかけました。幼稚園児は粘って2匹。釣ったアユは一匹550円でその場で焼いてくれます。 30分ほど釣りをしたあと、流しそうめん。アユを焼いたものもアユ釣り場のおじさんが持ってきてくれました。幼稚園児がアユをよく食べました。
先の食べ終えた幼稚園児はマスのえさやりをうらやましそうに見ています。地面を探すと餌がぽつぽつと落ちています。見つけて投げてやりました。楽しかったようです。
お手洗いをすませてから車に乗り込みました。12時15分。とれとれの湯に向かっています。15分から20分程度でついたでしょうか。
幼稚園児の世話は私が担当します。まず全身を洗ってやりました。体はちょっとだけやってやるとあとは自分でやりました。髪の毛は私がやってやりました。
それから順番にお湯に入っていきます。熱いとはいれません。比較的温度の低い炭酸湯と外のヒスイ湯によく入りました。寝転がるところでしばらく寝転がるともういいといいます。おじいちゃんをさがしましたが、もう出たようです。幼稚園児は風呂上りにミルクを飲んでからおじいちゃんとママの待っている場所に降りて行きました。
髪の毛の手入れをするようになったちびどもはずっと遅れて出てきました。
揃ったら車に乗りこんでとれとれに。買い物があるそうです。私は幼稚園児を連れて泳いでいる魚を見に行きました。幼稚園児は水槽のなかの魚をみるのが好きです。いけすにはまち、蟹、エビが動いているのも見に行きました。蟹がじっとしているのに口の周りだけ動かしているのが面白かったようです。
妻とおねえちゃんのところに合流すると、もうお土産を買っていました。東京のお友達のためのお土産です。お土産はこれで終了と言っていました。幼稚園児も当然自分もとなります。なんとペンギンのぬいぐるみを選びました。それからクールボックスをもって待っていたおじいちゃん、おばあちゃんと合流して車に。
次はせんべい工場。はじめての場所です。せんべいの試食をしてから、こどもたちはアイスクリーム。さて、こういう商売は成り立つのでしょうか?
帰りの車のなかで、幼稚園児、ちいさいちび、私はうとうとしました。
8月10日
ひとり遅れて7時半。空には雲が多い。しばらくすると日差しが部屋のなかにさしてきました。
8時前におじいちゃんが庭にプールを用意してくれました。
プールに入ったのは幼稚園児のみ。ちいさいちびがプールには入らなかったのですがつきあってくれました。
おおきいちびが前から梅資料館に行きたいと言っています。9時には開館しています。歩いて行くこととしました。小学校の隣です。約1キロ。
写真は撮ってもかまわないということです。ちびどもは説明パネルを数多く写真に撮っていました。3階の売店も地下の村の歴史資料館もみました。
帰りは別の道をたどることとしました。小学校の校庭を横切り中学校の前を通る道から帰りました。暑い。今年一番の暑さでしょう。途中から幼稚園児が歩きたがらなくなりましたが、なんとか最後まで歩きとおしました。
午後は一休みしてからプール。2時過ぎにロイヤルホテルのプールに向かいました。おじいちゃん、おばあちゃんは買い物。幼稚園児は去年は幼児用のちいさなプールで満足していたのですが、今年は最初からおおきなプールに入るといいます。浮き輪につかまってゆらゆら。少しだけ泳いでいます。おねえちゃんたちはもう泳げます。途中から幼稚園児の要望によっておにごっこ。ひたすら幼稚園児が鬼です。幼稚園児もちいさいちびもおなかがすいたというので、上にあがってホットドッグ。幼稚園児の相手でおなかがすいた私もいっしょに食べました。
4時前。ちょうどよいのでプールを上がりました。おじいちゃん、おばあちゃんと合流して今度はホットケーキ。大人にはプールはきついがこどもたちはほとんど疲れを感じていないようです。
これもおおきいちびがずっとシャンプー、シャンプーと言っていたので帰途はオオクワによってシャンプーを探しました。ちいさいちびと幼稚園児はマンガ雑誌を買ってもらいました。
ヤモリ
一昨日の夜、体重計の下にヤモリがいるとちいさいちびが言ってきました。見にいくとまだいます。体長3センチぐらいのあかちゃんヤモリです。幼稚園児がほしいというので捕まえました。虫籠に入れて観察。幼稚園児のパターンとしてはしばらく虫籠に入れておくと満足します。1時間もしないうちに逃がしてやるというので庭に逃がしてやりました。
昨日の夜、お風呂場のドアのところにヤモリがいるとちいさいちびが言います。たぶん昨日捕まえたのと同じあかちゃんヤモリです。今度はただ捕まえて庭に逃がしてやりました。
そして、今日の夜。お風呂に入ろうとした妻が大声。呼ぶので見に行くと、脱衣所の脇の小窓に今度は大人のヤモリが挟まっています。窓を閉めようとして、知らずにヤモリを挟んでしまったようです。ばたばたしているので致命的なけがはしていないようです。そっと窓をあけてやりました。幼稚園児も見に来ています。ヤモリの鳴き声を初めて聞きました。一声鳴いて、身を震わせてから、最後に開けてやった網戸から逃げていきました。昨日、一昨日の赤ちゃんヤモリの親だと思われます。
8月11日(木曜日)
ひとりで5時55分。室温28度。おじいちゃんは起きて車でどこかに行っています。
午前中はお墓参り。お寺は来迎寺。近所です。全員で歩いていきました。幼稚園児がおじいちゃんと同じことをやりたがります。半分以上は子どもたちにやらせました。心配していた蚊もほとんど現れませんでした。子ども心に両墓制が不思議だったようです。説明はしましたが、わかったかどうか。
午後は田辺のオオクワ。王将で昼食。それからオオクワへ。幼稚園児はおもちゃ売り場へ。小学生たちは本屋さんに向かいました。幼稚園児には私がつきました。お姉ちゃんたちには妻がつきました。
幼稚園児は東京でいつも行っているポケモンバトリオゲームを4回、マリオカートを1回やって満足したようです。おねえちゃんたちの場所に行くと言って本屋さんの方へ。結局ポケモンの本を買わされました。
おやつにドーナッツを買って帰宅。
8月12日(金曜日)
ひとりで6時10分。快晴。今日も猛暑が続くようです。
今日は夕方たこおじさんが来て、バーベキューをすることとなりました。バーベキューは幼稚園児の要望です。たこおじさんが来ると聞いて、幼稚園児は、たこおじさんまだこないの、まだこないのの連発です。何を覚えているのかわかりませんが、ともかくバーベキューとたこおじさんがたのしみのようです。
たこおじさんは夜の仕事をしています。朝方就寝して、たぶん昼過ぎに目覚め動いているのでしょう。バーベキューの材料を買い出しに行こうと車に乗ったとき、たこおじさんはやってきました。ひとことふたことあいさつをして、買い出しには行きました。
私とちいさいちびがお留守番。その間たこおじさんはバイクを出してツーリング。高校生のころからのたこおじさんの趣味です。
いつもはみる余裕のないテレビドラマをみていると、たこおじさんが帰ってきて、原田氏病(?)になったと報告してくれます。かなり珍しい病気です。初期症状は目が見えなくなったということです。ステロイド注射で今は目の底にたまった水はなくなり、目は普通に見えるようになったが、ステロイドの副作用で体がぶくぶくになったと言っていました。たこおじさんの弁では、ステロイドは麻薬だそうです。
しばらくすると買い物部隊が帰ってきました。幼稚園児は早速たこおじさんのくっつきむしとなりました。ほんとうにこの子は、人見知りをまったくせず、遊んでくれる人にはだれでもくっつきむしとなります。
私のドラマが終わらないうちに、バーベキューの準備が始まりました。たこおじさんが炭の係をしています。残りはうちわをもって煽ぐ役目。今回は牛肉のほかに鶏肉を買ってきてもらいました。
牛は薄切りなのですぐに焼けます。鳥は手羽先と焼き鳥状に串に刺したもの。すこし時間がかかります。子どもたちにはこんがり表面の焦げた手羽先が好評でした。驚いたことに、たこおじさんにくっついている幼稚園児もお肉をよく食べています。こんなに自分から食べるのははじめてからもしれません。
最後はアユと鯛。お肉より時間がかかりますが、きれいに焼けました。手づかみでばりばり食うのがうまいと教えられて、ちびどももばりばり食っています。おおきいちびがとくに気に入ったようで、よく食べています。
汗まみれになったのですぐにお風呂。順番に汗を流しました。
幼稚園児がお風呂に入っている間に、下の梅畑にたぬきが出現しました。おばあちゃんが食べかすをその場所に捨てています。おじいちゃん家はいま子供3人を含む7人家族となっています。子どもは残すことも多く、動物たちにとってはいつになり豪華なたべかすとなっています。それにしてもタヌキが真っ先にやってくるとは思いませんでした。
近所の人の話によれば、タヌキはつがいでどこか近くに住んでいるということです。空家にでも住んでいるのでしょうか。一応カメラには収めました。
8月13日(土曜日)
ひとりで5時25分。室温28度。もうしばらく猛暑に耐える必要があるようです。
午前中は昨日に続き水撒き。子どもたちがそれぞれひしゃくや片手なべをもって家の前の道路に水をうちます。わずかですが涼しくなります。
午後は、白浜の水族館。まずせんべい館によりました。昨日から何度か鼻血を出している幼稚園児は冷やすためにアイスクリームを食べさせました。アイスクリームを食べているときはおとなしく最後まで食べます。ちびどもはふたりでせんべいの試食に回っています。休憩後、再び水族館に向かって出発。おじいちゃんが一度道を間違えました。白浜は道が入り組んでいて割と難しい。私もそれほど知っているわけではないのですが、確か円月島の近くだったと思います。田辺から行った場合は遠い方です。海沿いの道をしばらく行くと水族館の表示がありました。
ちいさな水族館です。夏休みの間はこどもは無料、大人はひとり5百円とあります。京大の臨海研究所の付属機関です。今では国立大学法人唯一の水族館となりましたという案内がありました。
以前の幼稚園児であれば、この規模のものは5分で駆け抜けていましたが、文字が読めるようになったので案内の文字を読んでいます。すこしじっくり見るようになりました。一番喜んでいます。穴場的で悪くない水族館だと思います。
最後まで行くと幼稚園児が水族館に入るときに見えた海に行きたいといいます。入口に戻り(入口から出てもよいと書いてありました)、外にでて、浜辺に向かいました。海水浴に来ている人も10人から20人程度はいました。ちびどもも合流して、波打ち際で遊びました。さすがにもうつきあってやる必要はありません。私は砂浜をゆっくりと散歩していました。
予想通り幼稚園児はずぼんがびしょぬれになっています。4時前に堤防にあがり、幼稚園児は着替えさせました。それから、とれとれの湯に。びっくり。かつてないほど混んでいます。幼稚園児はママの方についていきました。
髪の毛いのちになってきたちびどもが最後に出てきました。混んでいるのですぐに出ました。道も相当渋滞しています。渋滞のせいで車酔いしたおおきいちびはわーわー言っていましたが、バイパスに入ると渋滞は解消し、目的のうどん屋にはスムーズにつきました。私ひとり茶そば。残りはきつねうどんと肉うどん。こちらに来て幼稚園児がよく食べるようになっています。自分でむしむし食べています。
高速の出口にちかいエーコープ (A-Coop)で牛乳と花火を買ってから帰宅。車中から満月が見えました。満月と言っていたのは幼稚園児です。昨日たこおじさんに満月だと聞いたのだそうです。こういうのは子どもはよく覚えています。
帰ってしばらくしてから迎え火。おじいちゃんは豪勢に火をつけていました。
8月14日(日曜日)
ひとりで5時20分。室温30度。むしむしするはずです。空全体に雲がかかっています。雨が降りそうな雲ではありません。
おやつの時刻に、みなべの海に面したマンマ**というお店に。ケーキとサンドイッチとピザ。こどもたちは3つともよく食べました。とくにちいさいちびが真っ先にケーキと平らげ、サンドイッチも食べ、ピザも食べたのにはおじいちゃん、おばあちゃんもびっくりでした。カシマさんに面した場所ですが、今日はすこし波が荒く、海水浴のシーズンがそろそろ終了することを告げているようでした。
シフォンケーキを買ってから、おしねのお店に。先ほどのお店で抽選券をもらったので抽選に来ました。おおきいちびだけが4等賞を当てました。それから近くのお寺に行き、私が子供のころ通っていた白梅幼稚園も見学しました。遠い記憶ですが、なんとなく覚えている部分もあります。もちろん子供のときはもっとずっと大きく感じていました。
ちびどもは帰宅後、お昼過ぎから手をつけていた宿題を続行しています。1枚は仕上げたようです。
夜は幼稚園児の要望で花火。打ち上げ花火にはいる前に雨が降ってきました。ひとつだけデモンストレートして、残りは明日、ということで切り上げ。
8月15日(月曜日)
ひとりで6時25分。室温29度。夜の雨は僅かに地面を濡らしただけでした。昨日と同様、空は一面の雲に覆われています。昨日は朝日とともに晴れ間が見えましたが、今日はそれよりすこし雲の量が多い感じがします。
朝のうちに強いにわか雨。ただし、ごく短く終わりました。
午前中におじいちゃんが洗車。ちいさいちびと幼稚園児が手伝いました。ちいさいちびは1台目の半分ぐらいであがりましたが、幼稚園児は洗車が気に入ったようです。1台目が終わってもまだやりたいといいます。仕方がないので1輪車を引っ張りだして担当させました。こういう作業は好きで向いているようです。ホースを片手にごしごし磨いています。いつまでもやっている雰囲気でしたが、ここいらでよいというところで終わりにしました。まだまだやりたかったようです。
午後、幼稚園児がおじいちゃん、おばあちゃんに温泉に行きたい、温泉に行きたいと言っています。寝たら連れて行ってあげると言われ、横になったら本当に昼寝をしてしまったということです。見に行くと、おじいちゃんと並んでなかよく昼寝をしています。最近昼寝をするのはとても珍しいことです。興奮による疲れが残っていたのでしょう。おばあちゃんによれば1時20分ごろ寝ついたということです。
3時過ぎに起きてきました。約束により温泉へ。国民宿舎に行くことにしたようです。おばあちゃんが電話で問い合わせると、5時までは一般客の温泉入浴を認めているということです。4時頃つきました。幼稚園児は今日はパパについてきました。室内は素通りして露天風呂へ。国民宿舎は湯温が高い。幼稚園児はほんの10秒程度温泉につかっただけです。室内がむっとして暑いので滞留したがらなかったのですが、ともかく頭だけでも洗ってやりました。私は全身をさっと洗って脱衣所へ。おねえちゃんたちは最近ドライヤーを熱心にしています。幼稚園児もまねをしてドライヤーが自分でできるようになっています。ドライヤーに時間をかけ、体重を測定してからお風呂の外へ。やはりアイスクリームをほしがります。おつりぎれということで5百円玉では自動販売機が作動しません。仕方がないので、りんごジュースを買って細かいのをつくり、アイスクリームを買ってやりました。半分ほど食べたところでもういい。残りを食べるのはパパの仕事です。温泉から出てすぐの場所はちいさいゲームセンターになっています。幼稚園児がぜひやりたいというので百円玉を渡しました。UFOキャッチャーに挑戦。(偶然とれることはたまにありますが)まだよくわかっていません。もう一度百円玉を渡してやりましたが、まったくうまくいきません。しょんぼりしてひとりで座っています。そうこうしているうちにママが出てきました。ママと話して、百円玉をあと2枚ゲット。今度は確実に取れるものに変更。飴玉をとるマシーンにしました。100円で2回、合計4回できます。さすがに手のひらいっぱいにゲットできました。満足。
全員がそろってしばらくしてからロビーへ。おじいちゃん、おばあちゃんは近所の鮨屋で夕食をと考えていたようですが、お休みや予約一杯で閉まっています。諦めて帰りのエーコープで出来合いのお寿司を買って帰ることになりました。買って帰るとなんと山葵抜きです。こどもたちは大喜び。わさびは自分で好きな量つける方式に変わっているようです。子供のいる家庭にはその方が助かる。
食後しばらくしてから、河原にお盆の仏さんを流しに行きました。まだ明るかったので1番かと思いきや、1番ではなく2番でした。川にものを流すのはよくないというので、大きな穴を掘って大きな木を燃やしています。燃やせるものはすべて火に投げ込んで燃やすということのようです。火がついてから、提灯やお供えの花を投げ入れました。提灯に火がつくのを確認してから帰途へ。迫力のある火が燃えていました。8月16日(火曜日)
ひとりで5時10分。室温29度。薄曇りの晴れ。昨日よりは天気がよくなっている感じがします。
おじいちゃん、おばあちゃんは、朝から施餓鬼。8時ぐらいからお寺に集まったようです。私自身は出たことがないのでなかの様子は正確にはわかりません。
今日は一日でかけませんでした。こどもたちは仲良く遊んだり、すこしけんかをしたり。ずっと家にいるとこうなります。
おじいちゃんは野球観戦。甲子園もプロ野球も見ます。午後第4試合に和歌山県勢が出場しました。智弁和歌山です。私が地元にいたときにはなかった高校なので地元意識は半分でしょうか。おばあちゃんが近所(西本庄)出身の子がひとり出場しているという話を聞きつけてきましたが、どの子がそうなのかは結局わからずじまいでした。ピッチャーの差によって6対4で敗北。日大三高の方がすこし上でした。もちろん高校野球ですから、そのぐらいの差であれば勝利のチャンスはいくらでもあるのですが、そのためのプラスアルファには欠けていた感じがします。
夜は、NHKのアニメ「もしドラ」をそろって見ていました。これでおおよその内容はつかめました。単純に高校野球でマネージメントの必要性と中心概念を紹介したものでした。野球の進行そのものは非常にあっさり処理されていました。マネージメントがあった方がなかった場合よりもずっとよいことはこれでわかると思います。ただし、どういうマネージメントがその組織に適したものかについてはむしろもっと議論があるべきだと感じました。(あるときうまくいったマネージメントを絶対視すると新しい環境では足かせになるという視点はなかったと思います。まあ、いいですけど。)
8月17日(水曜日)
ひとりで6時35分。室温29度。薄曇りの晴れ。昨日よりすこし雲の方が強い感じがします。
今日はおばあちゃんがリンポ班の親善事業で熊野の花火大会にでかけます。2時にマイクロバスで出発して、深夜帰宅するということです。おじいちゃんは去年花見に京都にでかけたとき「死にそうなほど歩かされた」ことに懲りて参加しないのだそうです。帰省前おばあちゃんからはいっしょに連れて行ってやるとどうかという提案があったのですが、帰宅が深夜の12時を超えるのはこどもたちにはまだまだ無理だという判断で断っています。
10時に田辺に。まず、紀菜館に。東京にもって帰るお土産を買います。次にオークワに。子どもたちに本を。幼稚園児のみが選びました。ちびどもはほしい本がないということで持ち越し。それから、よってってのバイキングへ。大人1200円、子供800円、幼稚園児500円。こどもたちはよく食べました。とくに最後のデザートは小皿だったこともありますが、各自3皿以上食べました。
帰ってきておばあちゃんは出発の準備。ご飯を炊いて、おにぎりをつくり、2時15分前に家を出ました。バスはすぐ近くに来てくれます。
その後、こどもたちはゲーム、大人はテレビのドラマを見る、という休みらしい時間を過ごしました。
8月18日(木曜日)
帰京の日。朝2番の電車で帰ります。
ひとりで5時20分。室温30度。どんよりとした空。もうすぐというわけではないにせよ、いずれ雨かという空模様です。
ひとりで5時10分。室温28度。しばらく帰省しています。リムネットのアドレスで連絡ができます。何かあればそちらに連絡下さい。
ひとりで5時5分。室温28度。午後は、夏恒例の集まり。千葉の方にでかけます。
浦安なので東西線で一本です。時刻表を調べました。12時58分に東西線直通の電車があります。1時50分に浦安に着きます。
浦安駅で6人が待ち合わせし、自宅にお邪魔しました。8時まで。帰宅して9時半。ちょうどちびどもが布団に入ったばかりでした。
ひとりで5時45分。室温28度。帰省の準備。机の上の片づけはなかなか進みません。埋もれていた書類とともに仕事が出現するせいです。リュックにつめるものそのものは、20分もかからず集められます。
朝方幼稚園児がヨドバシに行きたいというので、朝一番で連れていきました。お目当てのゲームはなかったのですが、いつものポケモンバトリオを4回やって満足したようです。それからすこしオモチャ売場で遊んでいました。ポケモンのフィギャーがほしくなったようです。立て替えで買ってくれと言います。組立方式のレスラム630円があったので、それにしてやりました。
妻に頼まれた買い物(子供用酔い止め薬、牛乳、卵、雑誌、お肉)をすませて帰宅。
帰るといきなり、幼稚園児はレスラムの組立てをやってほしいと言います。普段であればこういうのはちいさいちびの担当ですが、他のことをやっています。諦めて私が担当しました。目のせいで、こういう作業はもうぎりぎりです。
まあ、しかし、接着材なしでよくこれだけのものをデザインしたものです。相当複雑なつくりですが、すべてきれいにはまります。30分近くかかってなんとか完成。首と羽が動きます。午後は整理にあたりました。
ひとりで5時25分。室温28度。たぶん薄曇りの晴れ。[はじめてのプール]
昼食後、ちいさいちびと幼稚園児をつれて、上井草の温水プールに行きました。私も幼稚園児もこの夏はじめてのプールです。
自転車です。ちいさいちびの自転車がすこし心配だったのですが、問題はありませんでした。
ちょうどよいぐらいに空いていました。幼稚園児は浮き輪につかまってただぶらぶら。それだけでたのしいようです。
私はしばらくは肩の運動に心掛けました。
2時間のチケットを購入しましたが、幼稚園児が1時間半ぐらいでもう帰ると言ってプールをでました。ちょうどよいぐらいです。
着替えたあと、ロビーでアイスクリームを食べてから帰途へ。経験のない方にはなかなか分かりづらいとおもいますが、子どもを水泳に連れていくのはほんとうに疲れます。帰宅するといつもぐったりです。
ひとりで5時。室温27度。薄曇りの晴れ。[埼玉大学に伊藤博明氏を尋ねる]
今日は午後埼玉大学に伊藤博明氏を訪ねます。
→埼玉大学はもしかして遠いかもしれません。12時半で間に合うと思っていたのですが、12時10分台に出発することにしました。乗換案内で調べてみると、普通に新宿経由で52分、武蔵野線を使って57分。駅で最初に来た中央線の電車に乗ることにしました。武蔵野線の方、すなわち西国分寺方面となりました。武蔵野線は、窓から見える風景がまったく違います。畑や水田の見える典型的な郊外の風景です。
武蔵浦和の乗り換えで15分かかって、バスの時刻がぎりぎりになりました。武蔵浦和発13時29分。1時間に2本の南与野駅前発のバスが13時38分。ぎりぎり間に合うとは思いましたが、南与野駅ではかなり急ぎ足でバスを探しました。2〜3分の余裕はあったでしょうか。
発表する柴田氏が現れたのでいっしょに埼玉大学まで。もっと近いと思っていたのですが意外に遠い。伊藤博明氏の部屋はすぐにわかりました。
坂本氏、下野氏は思った通り、いくらか遅れました。発表してもらったのは、ソフィーの博士論文です。
Sophie Victoria Weeks, "Francis Bacon's Science of Magic," Ph. D. dissertation, The University of Leeds, 2007
よい博士論文でした。ベイコンの物質理論について新しい統一的な解釈を与えることに成功しています。核心部分についての説明、展開 explicatio がもうすこし欲しかった気がしますが、おもしろい解釈、ありえる解釈だという結論に達しました。
私が内容をまとめると次のようなタイトルになります。「ペルシャ魔術師フランシス・ベイコン:展開し縮減する物質によるもう一つの宇宙」
研究室をお暇すると、アライバルにバスが1台止まっています。ともかく乗り込むことがよいだろうという判断で乗り込んで、北浦和駅へ。下野さんが発見した駅前のスパゲッティ屋さんで夕食をとってから帰途へ。8時45分頃帰宅できました。
埼玉大学はちょっと遠いかな、というのが正直な感想でした。
地震で目覚めて4時30分。最近のリズムからすると早すぎます。室温27度。5時半、幼稚園児が起きてきました。お友達はまだ寝ているといってすぐにソファーの上で寝入りました。せめて7時ぐらいまで寝てもらう必要があります。
6時半、知らない間にまた上に戻りました。そして、7時頃、お友達といっしょに着替えて降りてきました。いきなり、ポケモンのカードゲームを行っています。
[採点やっと完了]
私は、今日は午前中に会議があります。成績は、今日、事務に渡そうと思います。ちびどもが起きてくる前に家をでて、8時過ぎに大学に着きました。郵便物によって成績の最終処理。全体をもう一度チェックしてから、空欄を埋め、9時15分頃教務課に成績を提出しました。9時45分から準備室会議。終了が11時半。それから同じ場所でただちに打ち合わせに入り、12時40分まで。
研究室を片づけ、駅前の中華料理屋で五目焼きそばを食べて帰宅しました。駅から雨。家に入るともぬけのから。みんなでどこかにでかけたようです。カラオケでしょうか?
→カラオケでした。4時過ぎに帰ってきました。
ひとりで5時25分。室温25度。幼稚園児は久しぶりに幼稚園に行きました。昨日もありましたが、休んでいます。ちいさいちびは、お泊まり会で睡眠不足に陥っています。9時をすぎてもぴくともしません。 →10時20分頃、まだねむいといってやっと起きてきました。
残された課題に取り組んでいます。点数そのものをつけることは終了しました。転記が残っています。
明日午前の準備室会議のための資料も手は付けましたが、2〜3割にとどまっています。日が暮れるまででできるところを処理したいと思います。
ひとりで5時50分。室温25度。お泊まり会の小学4年生女子4人ですが、さすが女の子は女の子です。かなり遅くまでにぎやかにしゃべっていました。ドアを閉めていても外まで声が伝わります。
[採点が終わらない、嗚呼 ii ]
お友達が帰ってから、私も仕事にでました。郵便物を期待したのですが、なし。できる部分だけ成績の転記を行い、お昼ご飯を食べて帰宅しました。3時過ぎにセブンイレブンがやっているポケモンスタンプラリーに幼稚園児を連れていきました。昨日からの約束です。幼稚園児は昨日、吉祥寺と西荻で3つスタンプをゲットしています。西荻にはセブンイレブンが8店舗あります。
自転車でおおきくまわりました。5店舗めで昨日からの分は完成しました。8店舗全部まわって今日からはじめた台紙も完成しました。そのうち4つは初めて訪れる店舗でした。あ、こんなところにある、という場所にありました。
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