ひとりで4時55分、室温15.9度。室温もぐんぐん下がっています。もうすぐ11月です。今日から、妻を6時、ちいさいちびを6時20分に起こすことになりました。
午前中に歯医者、午後に授業。
歯医者さんはいつも通り、9時半から。9時25分に医院について待っていました。呼ばれたのがいつもより遅かったせいもありますが、待合室に戻って、10時50分。家について10時55分。麻酔は打たれましたが、そのほど大きな影響はありません。11時10分に昼食を食べてから、大学へ。郵便受けに入っていた新しい『科学史研究』をカバンにつめ、電車のなかと待ち時間で岡田大士氏による梶さんの追悼記(pp. 249-255)を読んでいました。下に記した『PEN』の情報は、ここにありました。
11時54分武蔵境発の西武線。図書館に寄って、TAC で届いていた次の本を受け取りました。
アルレッテ・カウヴェンホーフェン, マティ・フォラー『シーボルトと日本 : その生涯と仕事』 フォラーくに子訳、Leiden: Hotei出版, 2000
大学共同利用機関法人 人間文化研究機構/国立歴史民俗博物館/ライデン国立民族学博物館 編、松井洋子/マティ・フォラー 責任編集『ブロムホフ蒐集目録 : ライデン国立民族学博物館蔵 : ブロムホフの見せたかった日本』臨川書店、 2016
それからすこしだけ持っていった本をスキャン。急いで研究室に行き、3限の教室に向かいました。3限と4限。
合間にすこし返信をしてから、4時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。11月になったら講義があります。そろそろその準備にかかります。新しい話をしようと思っています。カメラ・オブスクラや覗き眼鏡等、器具による遠近法的視覚をまとめたいと思います。
[かじさんち]
Facebook に 梶さん家の取材記事がリンクされていました。梶さんが膵臓癌で亡くなられる前、リフォームされた家が、雑誌の取材を受けて、記事になったということは聞いていました。河野さんは雑誌の実物を見たが、書誌は覚えていないということでした。雑誌は、『PEN』2015年11月1月号ということが今回のFacebook 記載からわかりました。
夜半に目覚めて、すこし仕事。9月21日に記したことですが、このホームページの命は、年明けの1月末までです。2月になると、ネットから忽然と消滅します。ファイルを削除するのは大変なので、J-COM は単純にウェブサーバーをネットから切り離すのでしょう。終わりは見えているのですが、次どうするかの決心がつかず、これまでとまったく同じ仕方で更新を続けています。ほんと、どうしようかな。
ひとりで6時5分、室温17.2度。曇り。夜、すこし雨が降ったようです。
ちいさいちびは模試、7時15分過ぎにでかけていきました。おおきいちびはいつものように午前練。いつ帰ってくるのかはわかりませんが、いつもと同じぐらいに時刻にでかけていきました。ネットの情報によれば、新しい『科学史研究』が発行されたそうです。2016年10月号 No.279。そこに、次のものが掲載されているということです。
北村紗衣、日下九八、さかおり、のりまき、吉本秀之、藤本大士「ラウンドテーブル: ウィキペディアと科学史--知識とコミュニケーションを考える」『科学史研究』No. 279(2016): 221-5
今年の春にやった学会のシンポジウムです。私は、気楽に前に座って、その場で思いついたことをコメントしただけです。それをオルガナイザーの北村さんがきちんと文章化してくれました。北村紗衣さん、日下九八さん、さかおりさん、のりまきさんの貢献があり、なかなか面白いシンポジウムでした。みなさん、ありがとうございます。ちなみに、藤本くんはきちんとコメントを準備してきて発表されていました。
ひとりで5時20分、室温16.2度。木曜日からすると、朝の室温が6度下がりました。一気に秋の終わりが近づいています。→新聞を取るために、玄関を開けました。朝焼け。雨上がりの好天となっています。朝のうちに、昨日入手した『江戸から明治へ のぞきからくりの世界』(日本カメラ博物館、2012)を読み通しました。短い(48頁)ものですし、文章は pp.24-48 と半分を占めるに過ぎません。残りは、図版です。
文章を誰が書いたのか、全部見ましたが、わかりませんでした。館長の森山真弓さん(あるいは森山真弓さんの助手の方)でしょうか。
なかなかによい記述もあります。たとえば、カメラ・オブスクラを「フルカラーの動画を表示することができる光学装置」(p.29) と位置づけていることや、映画と写真の関係を「映画は「動画」と「写真」が結びついて生まれた」(p.43) としている点です。一般的にはよく誤解されがちな点に関する正しい指摘です。
ただし、外国語の読みに関しては、専門家に相談すべきだったと思います。動画の最初に、Peter Mark Roget を取りあげています。これを「ピーター・マーク・ロゼット」としています。普通は、「ロジェ」と表記されています。固有名詞発音辞典を見ると、イギリスではロジェィ、アメリカではロウジェィとあります。最後のィを表記するかどうかは慣習の問題です。
ラテン語は、かなり不思議なことになっています。ずっと前に妻が買ってきて、誰も食べていないお団子をもったいないからと食べたのがいけなかったのでしょうか、お昼過ぎにお腹を壊しました。そのせいで、2時間ぐらい寝込んでいました。影響は就寝時まで残りました。
ひどい病気というわけではないので、作業はできます。駒場の授業の後半の案をほぼ固めることができました。最終回は不規則な回なので、まだペンディングにしています。
ひとりで5時50分、室温18.6度。曇り。今日は気温が上がらないママ(最高気温が15度とあります)夕方に雨が降り始めるようです。駒場への行き帰りは、雨でしょう。
9時過ぎには妻もでかけたので、午前中は私一人家にいます。どんよりとした曇り空です。すぐにでも雨が降ってきそうです。お昼過ぎに医科歯科で仕事。夕刻に駒場。
→グーグルマップの経路検索で調べると、私の家から医科歯科までは、36分です。思ったよりずっと近い。ひとりで作業をするので、正確に到着する必要はありません。12時25分に家をでました。確かに医科歯科のキャンパスには1時に着きました。ちょっと複雑な、医科歯科のキャンパスの1階、2階、3階の様子をこの前やっと把握できたので、1階からセブンイレブンに行き、ジュースを一箱買いました。お昼の弁当を求める人たちでごった返していました。
雨が出かける頃から降っています。傘をさして、別の建物に移動し、事務の方に声をかけて、作業。予想通り、ほぼ1時間。作業結果を確認してもらってから、医科歯科を後にしました。キャンパスにくっついている地下鉄の御茶ノ水駅から丸の内線に乗りました。大手町で乗り換えて、半蔵門線。半蔵門で降りて、日本カメラ博物館に向かいました。2度目の来訪です。道を覚えています。すぐにつきました。
私の目的には、ぴったりの展示となっています。確認したかったひとつは、奥にあるステレオスコープの視覚です。2台設置されています。立体に見える、現実の光景のように見える、箱のなかの蝋人形のように見える、その感覚・知覚を記憶に刻みました。
カメラ・オブスクラが何台か展示されています。実際に使えるとうれしいのですが、そこまでは難しい要求でしょう。
一通り見終わってから、入り口にある、過去の特別展のパンフレットを見ていました。前から欲しかった『江戸から明治へ のぞきからくりの世界』(日本カメラ博物館、2012)が見つかりました。早速購入。きれいな器具の写真が掲載されています。カバンに入れて、駒場へ。
半蔵門から渋谷は半蔵門線ですぐです。ただし、渋谷駅が改造によって相当に迷路と化しています。覚えることはできていませんが、案内板をしっかり見ながら、井の頭線の改札口へ。一度外にでるので、すこし頭が濡れました。
駒場について4時過ぎ。判子を押したあと、図書館に向かいました。雨の日は傘が余計な荷物になるので、面倒です。地下2階に行って、『現代思想』昭和52年5月号を探しました。宇佐見圭司「「山水画」に絶望を見る」『現代思想』昭和五二年五月号, pp. 126-134 のコピーを取りました。時間があるので、図書館内のテーブルに陣取り、画家宇佐見圭司さんの論文を読み通しました。なるほど。
それから生協に向かい、ちいさいちびようの B5 サイズのクリアーファイルを2点買ってから、科哲事務室へ。しばらく歓談していると橋本さんが見えました。紙製のアストロラーベを見せてくれました。使い方がわかったということでした。星を見ることで、夜の時刻を知ることができるそうです。話を聞いてから、教室へ。
終わって、橋本さんが見えたので、いっしょに下北沢まで。橋本さんは普段は自転車ですが、今日はしっかりと雨が降っていて、徒歩。下北沢に住んで、駒場に通うのはとても便利です。以上、今日は2箇所で仕事をし、2点資料を入手できました。
授業をしていると気づくことがあります。
ひとつは、浮絵における富士山の高さです。富士山を描いた浮世絵は、冨ごく三十六景を筆頭に数多くあります。冬になると東京からも富士山が見えるようになります。その富士山が絵で見たよりも低いと感じることがありました。そんなものかと気にしていなかったのですが、浮絵の富士山を見て、ふと気づきました。岸文和さんの研究によれば、代表的な浮絵は、近景と中景が線遠近法で(統一的な視点で)描かれ、遠景が伝統的な山水画の視点(上空から斜め下に見下ろす視線)で描かれています。遠景は地誌的情報を伝えるものだと岸は書かれています。近景と中景が描かれた視点からは絶対に見えないものを、どういう場所を描いたのかを知らせるために、空白の空ではなく、その地点の上空から斜め下を見たときにあるものを遠景に書き加えています。この種の浮絵では、我々のように遠近法に慣れた観察者には、富士山はとても高く見えます。それは本来は、見えない、あるいは背景にほんの低く見えるものです。
つまり、現実の富士山が低く見えるのは、浮世絵に描かれる富士山を我々が遠近法的に無意識に解釈しているためではないか、というのがその気づいたことです。2つ目は、鈴木春信の有名な浮絵、六玉川のひとつ「高野の玉川」を描いたものですが、反射式覗き眼鏡の下に置かれている絵は、いわゆる眼鏡絵ではなく、ふつうの大和絵です。それ自体高野の玉川を描いた山水画です。
つまり、この有名な浮世絵は、覗き眼鏡と眼鏡絵の視覚を解説したものではなく、ただのガジェットとして描きこまれているということになります。
ちなみにネットの情報によれば、高野は男色の隠語だそうです。絵を見ても、私にそういうところまではわかりませんでした。
ひとりで4時50分、室温22.0度。1限4限5限。正午に面談。
7時54分武蔵境発の西武線。科長から送られたファイルをプリントアウトして、8時15分過ぎに教室に向かいました。数名がいました。
はじめての授業です。班に分かれての打ち合わせ、そして、最初の提出物の収集だけで9時45分になっていました。教員2人、TA 二人がフルに稼働してこれだけかかります。なにかいろいろあります。
しばらくしてから、図書館に行って次の本を受け取りました。
Chaomei Chen,
Mapping Scientific Frontiers: The Quest for Knowledge Visualization
, Second Edition, Philadelphia: Springer, 2003, 2013
ざっと中身を見ました。これはよい本のように思われます。しばらく休んでから、お弁当を食べ、『日本近代文学の起源』を探しました。学生時代に読んだ記憶がありますが、本は見つかりませんでした。ケプラーの『夢』が出てきました。
10月24日に借り出した、柄谷行人の『日本近代文学の起源』からノートを取りました。
定本柄谷行人集、全5巻の第1巻です。
柄谷行人『日本近代文学の起源[増補改訂版]』岩波書店、 2004
本文は次の章からなります。
1 風景の発見
2 内面の発見
3 告白という制度
4 病という意味
5 児童の発見
6 構成力について
本文のあと、次のものが続きます。
あとがきおよび外国語版への序文
初版あとがき
文庫版あとがき
英語版あとがき
ドイツ語版への序文
韓国語版への序文
中国語版への序文
英語、ドイツ語、韓国語、中国語に翻訳されていました。英語版あとがきに次のようにあります。
「日本の前近代の文学において、あれほど風景が主題化されているにもかかわらず、ひとびとはわれわれが見るような意味で風景を見ていなかった。彼らが見ていたのは、先行するテキストであった。「風景」は、言文一致に収斂される認識論的な転倒のなかで発見、というよりももしろ発明されたのである。本書において、私は、かつて存在しなかったものがあたかもそれ以前からあるかのように自明化されるこの転倒を、「風景の発見」と呼んでいる。」( pp.274-5)
本文では次のように言っています。
「宇佐見圭司は、われわれが「山水画」と呼んでいるものがすでに近代西洋の風景画を通して見いだされたものであることを指摘している。《山水画という名称はここに展示された絵画が実際に描かれた時代にはなく、四季絵とか月並と呼ばれていた。山水画は、明治の、日本の近代化を指導したフォノロサによって、命名され、絵画表現のカテゴリーの中に位置づけられるようになった。とすれば、山水画という規定自体は、西洋近代的な意識と、日本文化のズレによって出現したということになる》(宇佐見圭司「「山水画」に絶望を見る」『現代思想』昭和五二年五月号
つまり、山水画という名は、まるでそれが西洋の風景画と同様に風景を描いたかのように思わせる。西洋において風景画は幾何学的遠近法とともに生まれたといってよい。それまでの絵画において、風景は宗教的な物語や歴史的物語を描いた絵の背景としてあったにすぎない。ところが幾何学的遠近法は一点から見た透視図法であるため、物語的な対象を処理することが難しかった。そこに、物語をもたない、たんなる風景としての風景が描かれる必然があったのである。
ところが、そのような風景画から見ると、山水画ではまさに風景としての風景が描かれているようにみえる。ゆえにそれらは山水画と名づけられた。しかし、山水画における風景は、むしろ西洋における宗教的な絵画に近いというべきなのだ。中国において山水は宗教的対象であったがゆえに、執拗に描かれたのである。宇佐見圭司は「山水画」を、西洋の幾何学的遠近法と比較してつぎのようにいっている。 」(pp. 15-6)
「山水画の空間を語るため、山水画の場と時間を検討してみよう。山水画における“場”のイメージは西欧の遠近法における位置へと還元されるものではない。
遠近法における位置とは、固定的な視点を持つ一人の人間から、統一的に把握される。ある瞬間にその視点に対応する総てのものは、座標の網の目にのってその相互関係が客観的に決定される。我々の現在の視覚も又、この遠近法的な対象把握を無言のうちにおこなっている。
これに対して山水画の場は、個人がものに対して持つ関係ではなく、先験的な、形而上学的な、モデルとして存在している。
それは、中世ヨーロッパの場のあり方と、先験的であるという共通性を持つ。先験的なのは、山水画の場にあっては、中国の哲人が悟りをひらく理想像であり、ヨーロッパ中世では、聖書、及び神であった。」(p. 17) 「山水画家が松を描くとき、いわば松という概念を描くのであり、それは一定の視点と時空間で見られた松林ではない。「風景」とは「固定的な視点を持つ一人の人間から、統一的に把握される」対象にほかならない。山水画の遠近法は幾何学的ではない。ゆえに、風景しかないように見える山水画に「風景」は存在しなかったのである。」(p.17)
「文学に関しても同じことが言える。たとえば、松尾芭蕉 は「風景」を見たのではない。彼らにとって、風景は言葉であり過去の文学にほかならなかった。」(p.18)4限5限の授業。5限の授業の前に、今日からお見えの鎌倉さんに挨拶をしてきました。
5時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで4時15分、室温18.2度。今日は25度まで気温が上がるそうです。気温が高いのは今日だけだということです。好天。
今日も会議の日。ただし、開始は午後です。→会議の開始時刻を確認しました。2時20分です。朝は自分の時間をもつことができます。ちょうどよいので、授業の準備に当てることにしました。お昼ご飯を食べてから、大学に行きます。午前中に次の展覧会カタログが届きました。
東京都江戸博物館、名古屋市美術館、山口県立萩美術館・浦上記念館、東京新聞編『北斎(図録) Siebold & Hokusai and his tradition』東京新聞、2007
マティ・フォラー「葛飾北斎とシーボルトの出会い」
神谷浩「北斎芸術の特質」
この2点を読みました。
→12時54分武蔵境発の西武線。研究室でメールの対応をしているうちに、会議の時間となりました。2時20分から。1時間程度で終わりました。
次の会議は3時半から。こちらも1時間すこしで終わりました。4時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで4時30分、室温17.5度。うんと室温が下がりました。外の気温はもっと下がっていると思われます。午前中から会議。本日は会議が続きます。たぶん日が暮れるまで。
→9時42分、武蔵境発の西武線。2限に出席する学生が大勢電車に乗っていました。部屋で情報の整理。
11時から学長室での会議。11時50分ぐらいまで。
次の会議は、12時40分から科長室会議。
その次の会議は、3時から教育研究評議会。
そして、最後に、4時から人事委員会・学部大学院連絡会議。
6時4分多磨駅発の電車に乗ることができました。会議が続くと疲れます。
ひとりで5時40分、室温19.2度。22日(土曜日)に紹介したニュースが今朝の朝日新聞に取りあげられていました。「作者不明の西洋画、北斎作だった オランダ博物館に」というのがそのタイトルです。デジタルの方には、その6作品が掲載され、キャプションがきちんと付されています。画像を扱うときには必要な配慮です。
個人でこの点をどうするのか、ちょっと悩んでいます。午前中に歯医者さん、午後に授業、そして夕刻医科歯科。
いつも通り、歯医者さんは朝一番(9時半)です。5分前には来ておいてほしいということですので、5分前には待合室で待つことにしています。いつも、10分から15分程度待つことになります。もう麻酔はないだろうと油断していたら、麻酔を打たれてしまいました。いつも、できるだけ無心でいようと思って、目を瞑ったまま処置を受けています。もちろん、口の中ですから目を開けたところでなにをしているのか見えるわけではない。土台を入れました、ということでした。待合室に戻って、10時20分。妻に頼まれ牛乳を2本買って帰りました。雲一つない秋晴れ。いくらか寒く感じました。昼食後、大学に行き、授業の後、御茶ノ水に向かいます。
→11時54分武蔵境発の西武線。まず図書館に寄って柄谷行人の『日本近代文学の起源』を借り出しました。学生時代に読んだ本です。私の部屋と研究室を探せばどこかで見つかると思いますが、時間がもったいない。図書館で借りるのが一番早いので、借り出しました。その後すぐに3限の授業。『アニメ・マシーン』を発表してくれました。よくできた本です。
4限は発表学生が風邪のため、本日はお休み。研究所に行ってスキャンし、同僚の先生方と話をしていました。
研究室ですこし作業をしてから、4時52分多磨駅発の電車に乗りました。御茶ノ水には、5時35分頃につきました。駅前の丸善をすこし見て、医科歯科構内のセブンイレブンの休憩所でコーヒーを飲んでから、会議室に向かいました。我が大学の方は、すでにお二人とも見えていました。医科歯科の会議は定刻にはじまり、短く終わります。30分で終了しました。7時に西荻の駅に着いていました。
夕ご飯を食べ、お風呂に入って、本日は終了。
ひとりで5時20分、室温20.2度。曇り。
時間が進むと晴れてきました。秋晴れの快晴となりました。夕刻に、学会の理事会と編集委員会。
2時15分にでかけました。3時ちょうどに明大に着きました。5時に終わりました。5時40分には西荻の駅に着いていました。
持ち帰った宿題を早速こなしました。
ひとりで5時50分、室温20.3度。曇り。おおきいちび、小学生と起きてきました。おおきいちびは昨夜10時に寝てしまったそうです。ちいさいちびと妻は、7時に起こしました。
グーグルニュースを見ていると、次のものに出会いました。
NHK: 葛飾北斎の新たな絵画か オランダの博物館が所蔵
最初読んだのはハフィンポストのものですが、NHK の方が詳しいので、こちらをリンクしておきます。オランダのライデン国立民族学博物館が所蔵する6点の風景画(水彩)がシーボルトの目録の「北斎が我々のスタイルで描いたもの」という記述より、北斎が描いたものだと研究者が位置づけたということです。「この研究成果は、22日、長崎市で開かれるシーボルト研究者が集まる国際会議で発表されます」とあります。
これは調べてみました。次の発表であることがわかりました。
マティ・フォラー(ライデン国立民族学博物館)「シーボルトと北斎:ブランデンシュタイン城文書から特定する新出北斎6点」第10回国際シーボルトコレクション会議(2016年10月20日〜22日 於:長崎歴史文化博物館、長崎ブリックホール)
ネットでは発表ドラフトまではさすがに見つかりませんでしたが、主張のおおよそは理解できました。
遠近法的風景画ということで、ちょうど今駒場で行っている授業の内容に関係します。(北斎や浮絵を主題とするものではありませんが、関係します。)
両国橋とか品川の絵は、見覚えがあります。同じとまでは言えませんが、明らかに同一の構図の風景画が何種類か出まわっています。
マティ・フォラー(Matthi Forrer) さんは、けっこう以前から、この種の研究を行っており、日本でも活動されています。シーボルトと北斎に関して、展覧会の企画に加わったり、論考を寄せたりしています。
European Association of Japanese Resource Specialist: 日本資料専門家欧州協会 のサイトに、有用な情報があります。
→ 16.10.24 ウェブに、國學院大學博物館 国際シンポジウム・ワークショップ2015 「博物館の国際的ネットワーク形成と日本文化研究」報告書(H28年2月)があります。このなかに、マティ・フォラーさんの論考がありました。
マティ・フォラー「オランダ・ライデン国立民族学博物館における日本関係コレクション」pp.19-23
p.22 に「フィッセルは覗き眼鏡を購入した。東海道沿いにある24の名所や、その他いくつかの有名な日本の風景を見ることができるものである。」という記述があります。つまり、フィッセルは、覗き眼鏡と眼鏡絵のセットを購入した、その眼鏡絵のセットは、東海道を中心とする名所絵だったという意味です。
日本語で検索をかけても、これ以上の情報は得られませんでしたが、覗き眼鏡と眼鏡絵のセットはそもそもオランダから日本に導入されたものです。その日本的展開をオランダ人が購入して、本国に持ち帰ったことになります。いずれにせよ、貴重な資料です。
フォラーさんの仕事はもうすこし追いかけます。[" Interfaces : studies in visual culture"(境界:視覚文化研究)]
" Interfaces : studies in visual culture"というシリーズですが、Dartmouth CollegeのMark J. Williams and Adrian W.B. Randolph のふたりがシリーズ編集者として、20冊近くが発行されています。
Ory Bartal, Postmodern advertising in Japan : seduction, visual culture, and the Tokyo Art Directors Club, Dartmouth College Press, 2015
Luc Pauwels (ed.), Visual cultures of science : rethinking representational practices in knowledge building and science communication, Dartmouth College Press , University Press of New England, 2006
Ann B. Shteir and Bernard Lightman (eds.), Figuring it out : science, gender, and visual culture, Dartmouth College Press , University Press of New England, 2006
Anna Munster, Materializing new media : embodiment in information aesthetics, Dartmouth College Press : University Press of New England, 2006
Lisa Saltzman and Eric Rosenberg (eds.), Trauma and visuality in modernity, Dartmouth College Press : University Press of New England, 2006
Jonathan Beller, The cinematic mode of production : attention economy and the society of the spectacle, Dartmouth College Press, 2006
Rob Kroes, Photographic memories : private pictures, public images, and American history, Dartmouth College Press : Published by University Press of New England, 2007
Michael J. Golec, The Brillo box archive : aesthetics, design, and art, Dartmouth College Press , University Press of New England, 2008
Jeffrey Middents, Writing national cinema : film journals and film culture in Peru, Dartmouth College Press : University Press of New England, 2009
Barbara Larson and Fae Brauer (eds.) , The art of evolution : Darwin, Darwinisms, and visual culture, Dartmouth College Press : University Press of New England, 2009
Dorothe&aecute;e Brill, Shock and the senseless in Dada and Fluxus, Dartmouth College Press : University Press of New England, 2010
Janine Mileaf, Please touch : Dada and surrealist objects after the readymade, Dartmouth College Press : University Press of New England, 2010
Erina Duganne, The self in black and white : race and subjectivity in postwar American photography, Darthmouth College Press : University Press of New England, 2010
Steve F. Anderson, Technologies of history : visual media and the eccentricity of the past, Dartmouth College Press, 2011
Alison Trope, Stardust monuments : the saving and selling of Hollywood, Dartmouth College Press, 2011
Bernd Herzogenrath (ed.), Travels in intermedia[lity] : reblurring the boundaries, Dartmouth College Press, 2012
Monica E. McTighe, Framed spaces : photography and memory in contemporary installation art, Dartmouth College Press, 2012
Frazer Ward, No innocent bystanders : performance art and audience, Dartmouth College Press, 2012
Timothy Scott Barker, Time and the digital : connecting technology, aesthetics, and a process philosophy of time, Dartmouth College Press ,2012
Alessandra Raengo, On the sleeve of the visual : race as face value, Dartmouth College Press, 2013
Heather Warren-Crow, Girlhood and the plastic image, Dartmouth College Press, 2014
Reneée C. Hoogland, A violent embrace : art and aesthetics after representation, Dartmouth College Press, 2014
Heidi Rae Cooley, Finding Augusta : habits of mobility and governance in the digital era, Dartmouth College Press, 2014
Ruth E. Iskin, The poster : art, advertising, design, and collecting, 1860s-1900s, Dartmouth College Press, 2014
Tanya Sheehan (ed.), Photography, history, difference, Dartmouth College Press, 2015
Robin Veder, The living line : modern art and the economy of energy, Dartmouth College Press, 2015
以上のように、2016年に一気に5冊出しています。すばらしい編集力です。
ひとりで5時30分、室温21.9度。夕刻に駒場。
3時半に家をでて、4時20分過ぎに駒場に着きました。判子を押してから、生協へ。文房具をすこしだけ買いました。それから、科哲事務室へ。すこしおしゃべりをし、リンゴを頂いてから、教室へ。
時間通り、終わりました。吉祥寺の駅ビルでパンを買って帰りました。移動教室から戻った息子は、いつも通り、黙々とゲームをしていました。11日から土日を含め、ずっと仕事が続いています。私にはそうとう珍しい事態です。明日の土曜日にやっとなにも仕事のない日があります。日曜日は、理事会と編集員回。週明けの月曜日は、夕刻、東京医科歯科に行きます。金曜日の午後にも行きます。
ひとりで5時20分、室温23.7度。本日は27度まで気温が上がるそうです。出川ではないですが、おー、まい、ごー。ちいさいちびは学芸会。
1限4限5限。
7時54分武蔵境発の西武線。8時15分になるのを待って、印刷センターへ。一限の配布物を140部刷ってから227教室へ。すでに数名が来ていました。
違ったファイルを持ってきてしまったので、取り替えに一度、研究室に戻りました。
本日は伊東先生。見事な内容でした。しばらくしてから、図書館に届いたばかりの次の本を取りに行きました。
Nancy Anderson and Michael R. Dietrich (eds.),
The educated eye : visual culture and pedagogy in the life sciences
Dartmouth College Press, 2012
目次は次。
Nancy Anderson and Michael R. Dietrichm, "Introduction: Visual Lessons and the Life Sciences"
Mara Mills, "Trained Judgment, Intervention, and the Biological Gaze: How Charles Sedgwick Minot Saw Senescence"
Nancy Anderson, "Facing Animals in the Laboratory: Lessons of Nineteenth-Century Medical School Microscopy Manuals"
Scott Curtis, "Photography and Medical Observation"
Henning Schmidgen, "Cinematography without Film: Architectures and Technologies of Visual Instruction in Biology around 1900"
Kirsten Ostherr, "Cinema as Universal Language of Health Education: Translating Science in Unhooking the Hookworm (1920)"
T. Hugh Crawford, "Screening Science: Pedagogy and Practice in William Dieterle’s Film Biographies of Scientists"
Michael J. Golec, "Optical Constancy, Discontinuity, and Nondiscontinuity in the Eameses’ Rough Sketch "
Richard L. Kremer, "Educating the High-Speed Eye: Harold E. Edgerton’s Early Visual Conventions"
Sabine Brauckmann, "On Fate and Specification: Images and Models of Developmental Biology"
Laura Perini, "Form and Function: A Semiotic Analysis of Figures in Biology Textbooks"
Adina L. Roskies, "Neuroimages, Pedagogy, and Society"
Rachel Prentice, "The Anatomy of a Surgical Simulation: The Mutual Articulation of Bodies in and through the Machine"
この大学出版会からは、" Interfaces : studies in visual culture" というシリーズがあるうようです。必要なものは集めておこうと思います。午後、図書館で借りて研究室に置いている本を一度すべて返すことにしました。図書館へ4冊の本を運び、それから生協に行って、すこしの買い物。
4限、5限、の授業。
5時28分多磨駅発の電車に乗ることができました。4年のゼミ生二人がいっしょでした。卒業後の予定等、話を聞いていました。帰宅するとちいさいちびは学芸会の打ち上げに出かけていました。学芸会が中学生活の最後の行事。残すは、受験。ちいさいちびは2次会にもでかけ、9時40分過ぎに帰ってきました。
ひとりで5時20分、室温23.0度。昨日上がった気温が室温ではまだ残っています。晴れ。小学生は移動教室。6時に起きてきました。
移動教室は、5年生と6年生のときにあります。修学旅行に当たるものです。つまり、我が家では、全員が今年、修学旅行に行ったことになります。→7時におおきなカバンを抱えてでかけました。2泊なので、金曜日に帰ってきます。富士山の麓に行きます。天気がよいのがなによりです。
ちいさいちびは6時40分、おおきいちびは6時50分に起きるそうです。朝一番で散髪屋さんに行ってきました。9時前にでかけ、9時50分に終了。ずっと散髪屋さんには行きたかったのですが、ちょうどよい時間を見つけることができないでいました。帰宅すると、妻がおっちゃんと言っていました。還暦を2年後にひかえるおっちゃんでまちがいありません。
午後に会議。教授会が一つ。途中、5分から10分程度司会の時間があります。
昼食をとり、一休みしてからでかけました。12時半、武蔵境発の西武線。多磨駅に着くと走った学生がいました。ちょうど3限の始まる時刻にかかっています。残りの学生諸君は悠然としていました。
明日の1限の準備だけしました。
2時20分から会議。4時前に終わりました。4時4分多磨駅発の西武線に乗ることができました。[ブックセラーズ→サイゼリア]
昨夜、おおきいちびがどこかから、ガード下の本屋さんの跡地に、サイゼリアが入ることが決まったという噂を聞きつけてきました。確かに工事は、2〜3日前から始まっていました。12月に開店するそうです。中学校の同級生のたまり場になりそうだと言っていました。→お店の前を通って、掲示を見つけました。12月1日開店だそうです。おおきいちびは喜んでいます。中高生が集まるには最適なお店です。
ひとりで5時30分、室温20.8度。午後に会議。
今日は妻もでかけたので、家族のなかで最後に家をでました。9時30分武蔵境発の西武線。研究所でスキャン、木曜日の宿題の提出、メールへの対応、等々、事務用件をこなしました。11時過ぎにお弁当。
12時から学生との面談。ゼミ選択のための面談です。
12時40分から会議。これはすぐ終わって、1時過ぎ。ちょうどよいので、再度スキャン。しばらく本を読んでいました。
3時から会議、4時20分頃に終わりました。4時40分多磨駅発の電車に乗ることができました。気温が上がっています。上着を脱ぎ、袖をまくりました。
ひとりで4時40分、室温20.4度。天気予報によれば、本日は雨で、最高気温が19度。一日中気温がほとんど変わらない日となります。おおきいちびは5時半に起こして欲しいという書き置きがありました。友達とディズニーシーに行くそうです。修学旅行の振替休日。
おおきいちびとちいさいちびがでかけたあと、小学生がでかける直前に、本日締切の仕事を送り出しました。とりあえず、手元には、締切の迫った仕事はなくなったはずです。
朝一番で歯医者さん、3限4限5限に大学院の授業。
9時15分に家をでて、お金を降ろし、いつもの歯医者さんへ。いつもより5分程度長く待たされました。感じいつもより5分から10分はやく終わりました。駅に向かい、スイカをチャージしてから、コンビニによって帰りました。雨。しとしと雨が降っています。昼食をとってから大学に行きます。
→12時6分武蔵境発の西武線。すぐに3限の授業。
4限は、4か月だけ日本に留学した(本人はそう表現していました。普通には一時帰国した)院生が参加してくれました。年明けにもどって、そちらで博士論文をドイツ語で書き上げるそうです。
4時28分多磨駅発の電車に乗って帰ってきました。雨は止んでいました。
蓄積疲労が残存していて、軽い頭痛があります。週のなかばには回復してくれるとたすかる。
ひとりで5時10分、室温19.2度。昨日に続き、晴れ。
妻とおおきいちびを6時半に起こしました。今日は、ちびどもも私もお弁当をもってでかけます。おおきいちびは部活ですが、コーチの誕生日のために朝からパンケーキを焼くのだそうです。季節的業務の2日目。今日は日が暮れるまであります。
8時半武蔵境発の西武線。朝のうちは研究室にこもり、木曜日からの宿題をまずこなしました。そのあと、本部に出頭し、書類をもらってきました。
机の上があまりにひどいので、まず、半分をあけました。
科研費の事務をすこし、明日締切の仕事をすこし。2時過ぎから6時過ぎまで、連続業務。
6時16分多磨駅発の電車に間に合いました。武蔵境で同僚の先生とその学生といっしょになりました。
明日も仕事。すこし休みがほしい。
ひとりで5時、室温18.3度。晴れ。朝のうちに17日締切の原稿になんとか目処をつけることができました。17日には提出できる形にもっていけると思います。
今日、明日は、大学の季節的業務。今日は昼下がりまで、明日は夜まで拘束されます。
ちびどもはふたりとも午前中に塾だそうです。おおきいちびは午後に部活。
8時半に中央線が武蔵境駅に着きました。次の電車まで12分。久しぶりに駅の外にでて、昼食のパンを買いました。8時42分武蔵境発の西武線。
メールボックに入れて置いた宿題をもって研究室へ。木曜日の宿題をやっていました。一度本部で出欠確認。今日研究室で行うつもりの仕事は、正午過ぎまでで終えることができました。
本部と3回往復して、本日の業務は完了。
2時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。本日は、好天。秋らしい気持ちよい晴れ。
帰宅すると、ちいさいちびの顔色が悪い。眠そうな顔をしています。ソファの上でぐだぐだしていると思ったら、ちいさないびき。寝ていました。目が覚めたとき、布団で寝ると言います。上の布団を敷いてやりました。ふとんのなかにもぐりました。体調がよくないのでしょう。→すこし風邪気味なので、風邪薬を飲ませたと妻は言っていました。気温の変動が大きいので、風邪気味の人は多いと思います。話を聞くと、どうも睡眠不足の方が大きいようです。睡眠は必要です。最後の詰め。
17日締切の仕事で、"Voulamene Voutroüa"という言葉を残していました。最近出版されたばかりの、エティエンヌ・ド・フラクール『大マダカスカル島の誌』(パリ,1658) から、"Il y a bien, &c." すなわち、としてマダガスカルの鉱物の話を引用しています。そのなかに出てくる言葉です。フランス語の本なので、古いフランス語にこういう言葉があるのかと思って辞書を繰ってみましたが、なにも見つかりません。フランス語の専門家に聞いてみようかとも思いましたが、もうすこし自分で調べてからとネットでいろんな仕方で検索をかけてみました。
すると、Voyage de la corvette l'Astrolabe (Paris, 1830) という本がヒットしました。このなかにマダガスカル語-フランス語辞書があります。"vola men voutroua" に対して、"Or d'Europe" というフランス語が当てられています。「ヨーロッパの金」です。この言葉は私に現地の人のジョークか皮肉に聞こえますが、その辺は定かなことではもちろんありません。
わかってしまえば、なるほど、なのですが、マダガスカル語を引用しているとは予想しませんでした。もしかしたら、この箇所を読んだ誰も気づいていないことかもしれません。
ボイル34歳のときの著作です。ボイルは今風にいえばフランス語圏からの帰国子女(グランドツアーですから正確にはもちろん違います)ですから、フランス語はほぼネイティブです。マダガスカルの言葉と知っていて引用していることになります。意味までわかっていたかどうかはわかりません。
ひとりで6時、室温18.6度。夕刻、駒場で3度目の授業。
午前中に次の本が届きました。
飯沢耕太郎『デジグラフィ』中央公論新社、20043時15分頃、家をでました。4時過ぎに駒場につきました。判子を押してから、調べものをするため図書館へ。Drake の論文を2点見ました。コピーはとりません。直接ノートをとりました。
4時40分、科哲事務室へ。4時50分過ぎ、教室へ。7時半頃帰宅。ちいさいちびは塾に行っていました。私はすぐにお風呂。入浴中に修学旅行に行っていたおおきいちびが帰ってきました。荷物は宅配便に預けたようですが、お土産だけはしっかりと持って帰っていました。夕食後、広島で買ったなまもみじまんじゅうを早速あけて、おいしい、おいしいと言っていました。私もひとつ食べてみました。なるほどこれはうまい。
ひとりで5時10分、室温20.1度。普段あまり朝から夜まで仕事をすることはありません。疲れが残っています。おおきな会議の司会は、必ず一定の緊張を伴います。とくにもめごとはありませんでしたが、緊張による疲れが残ります。1限4限5限。
7時42分武蔵境発の西武線。1限の授業は2回目なので、8時15分過ぎに教室に入りました。TA のYさんがすでにパワポを投影してくれていました。
今日の私の仕事は、2回目にはじめてくる院生をつかまえて、班分けをしっかりと認識させることです。発表の例示をしてもらう前と授業の終了時で行いました。なんとかなったようです。発表の例示は、長屋先生。タガログ語の話をしてくれました。タガログ語にははじめて触れました。とても興味深い発表でした。院生達もしっかりと聞いてくれました。2限と3限の時間帯は、作業。土日の準備をしました。一応、日曜日の準備もできました。途中、6限の会議のリマインダーが届きました。忘れていました。
4限のゼミでは、内モンゴルの話とフランスの話を聞きました。内モンゴルとかほとんど知らない世界です。とても興味深いものでした。
5限が終わって、5時40分から会議。作業をいくらか進め、作業の分担を決めて、7時過ぎに終了しました。7時16分多磨駅発の電車に乗り込みました。
ひとりで5時30分、室温19.5度。とうとう朝の室温が20度を下回りました。駆け足で秋が深まっています。午後に会議。
9時54分武蔵境発の西武線。2限に出席するにはちょうどの時間です。大勢の学生たちといっしょになりました。
17日締切の作業、ならびに明日の準備。昨日と同じく11時過ぎに生協で昼食。会議は、1時40分から。3時前に終わりました。次の会議は3時10分から。4時までの予定でしたが、4時半までかかりました。(1時40分からの会議は私が司会をしました。3時10分からの会議も9割方私が司会をしました。案件が私の担当のものだけだったせいです。)
次の会議が終わったあと、打ち合わせ。朝出るとき、妻には昨日よりは早く帰れると重うと言いました。6じ40分多磨駅発の電車に間に合いました。昨日よりは12分はやい電車に乗ることができました。帰宅すると次の本が届いていました。
クエンティン バジャック『写真の歴史』 (「知の再発見」双書) 伊藤俊治,遠藤ゆかり訳、2003
ひとりで4時50分、室温20.5度。
おおきいちびを5時半に起こしました。おおきいちびは修学旅行。6時15分過ぎに自分で用意したリュックを背負って出かけていきました。新幹線のプラットホームで集合です。そこから広島に行きます。9時半、武蔵境発の西武線。
ともあれ、成績はつけなければなりません。集中して取り組みました。11時過ぎの生協での昼食を挟み、約3時間強。
一休みしてから、もとのものとつけた成績をすべて照合して、作業は終わり。14日締切の仕事はこれにて完了。
それから、研究所に行って、スキャン。予定では4時半から会議。10分開始が早まりました。次の会議は、約30分開始が早まりました。7時過ぎに終了。そのまま帰途。
7時16分多磨駅発の電車。
ひとりで6時15分、室温20.8度。体育の日。最近の流行で祝日ですが大学は授業をやります。
7時現在、まだだれも下に降りてきません。休日なので、のんびりするようです。→小学生は7時10分、妻とおおきいちびは8時前に起きました。テレビは、昨日の雨が晩秋の空気を連れてきた(雨のあと秋の空気に入れ替わります)と言っていましたが、なるほど、寒く感じます。週間天気を見ても、1週間雨マークがなく、最高気温も21度で止まっています。一気に秋が深まったと言えます。
[長谷正人編『映像文化の社会学』を読む]
昨日届いた、長谷正人編『映像文化の社会学』をすこしずつ読み進めています。教科書ですので、教科書として使おうかと考えています。学部学生に先端的な論文を読んでもらっても躓くことが多く、展望的論考、またはこうした教科書的記述が必要です。何を問題として探究していかないといけないのかを確認するために、ちょうどよい記述となってくれる可能性があります。
ひとりで4時30分、室温23.6度。ゆっくりめですが、ちびどもは今日もでかけます。ちいさいちびは塾、おおきいちびは部活。
天気予報を見てみました。本日は、午前中雨、午後晴れです。昨日ある程度休めたので、今日は大学にでて、採点を進めることにしました。9時6分武蔵境発の西武線。大学につくと、日曜日なのにけっこう人がいます。英検の試験会場となっていました。
採点をながくやると精神衛生上よくありません。午前中にとどめました。約3時間でしょうか。全体の3分の2までは進めることができたと思います。12時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。午後からの受験生もいるようです。試験が終わって帰る人と、試験に向かう人の流れができていました。[長谷正人編『映像文化の社会学』]
夕刻、次の本が届きました。
長谷正人編『映像文化の社会学』有斐閣、2016
奥付を見ると、2016年10月10日出版となっています。アマゾンに予約していたものが届きました。できたてほやほやということになります。
教科書を目指したとあります。教科書も必要です。目次は次です。
序 論 映像文化というパースペクティブ(長谷正人)
第1部 テクノロジーとしての映像文化
第1章 写真というテクノロジー (菊池哲彦)
第2章 映画というテクノロジー (長谷正人)
第3章 テレビというテクノロジー(加藤裕治)
第4章 パソコンというテクノロジー(鈴木洋仁)
第2部 コミュニケーションとしての映像文化
第5章 個人をつくる映像文化(菊池哲彦)
第6章 コミュニケーションをつくる映像文化(角田隆一)
第7章 社会をつくる映像文化1(長谷正人)
第8章 社会をつくる映像文化2(大久保遼)
第3部 科学としての映像文化
第9章 医療における映像文化(増田展大)
第10章 警察と軍事における映像文化(松谷容作)
第11章 人類学における映像文化(大久保遼)
第4部 呪術としての映像文化
第12章 スターという映像文化(加藤裕治)
第13章 心霊現象という映像文化(前川修)
第14章 アニメーションという映像文化(増田展大)
[グリッド=デッサンスケール]
駒場金曜日5限の授業で、遠近法の基本をきちんと押さえておいてもらう必要があり、グリッドを探していました。画学生が勉強をしはじめた頃、よくお世話になるものとして簡便なものが売られているという記述がウェブにありました。
さて、このグリッドは商品としてはどういう名前なのか?
こういう問いは、実は、かなり回答を探すのが難しい。グリッドが比較的よく使われる言葉で、しかも、よく使われるのは(意味の関連はあるが)別物です。
苦労しましたが、デッサンスケールと呼ばれていることがわかりました。→せっかくなので、アマゾンで1点実物を買ってみました。B-Scale とあります。このB は、B サイズ用ということです。単純にはスケールと呼ばれていることになります。さて、基本からいきましょう。
I. B. Cohen, Album of Science,1980, p. 6 に1531年ドイツの著作からの図版があります。遠近術の描写法はこれが基本です。![]()
キャプションは次。「線遠近法の技法は、フィレンツェの彫刻家=建築家であったフィリッポ・ブルネレスキによって発見(再発見)された。1420年代のどこかの時点で、ブルネレスキは、前の世紀に生じていた様々なアイディアを統合した。次いで、1430年代半ば、同じくフィレンツェの人文学者レオン・バティスタ・アルベルティが『絵画論』においてはじめて遠近法的描写法を文章に記した。遠近法のシステムは、ブルネレスキによると、アルベルティは明記しており、グリッドのシステムに基づくものだった。 アルベルティはまず四角のグリッドになるよう紐のヴェールをつくるよう画家に助言している。アルベルティの説明では、このようにすると、丸いものもでこぼこしたものもヴェールの平面上に配置されて見ることができるようになるのであった。画家は、グリッドを通して対象をみつめ、四角のなかのイメージを四角毎に対応する紙の四角上に写し取っていくのである。1531年のドイツの著作からとったこのイラストでは、画家は、同じ原則をもっと単純なしかたで実行している。すなわち窓に設けられたグリッドを通して外の風景を描いている。」
![]()
デューラー『測定法教則』(1525)の有名な絵。
デューラーのこの絵にあるように、透視画法で描くためには、視点を固定する必要があります。目の位置を固定し、単眼で見ます。窓グリッドから手元の紙グリッドに転写する際、イメージの位置がずれないようにするには、この単眼視で固定することが重要となります。レオナルド・ダ・ヴィンチによる類似の画像。Martin Kemp, The Science of Art, New Haven and London: Yale University Press, 1990, p.171 より
![]()
ひとりで5時20分、室温23.1度。長女は、火曜日から修学旅行。広島に行くそうです。ころころ軍団が新幹線を跋扈すると迷惑なので、今日、荷物を集め、先に広島に送っておくそうです。昨日の夜、荷造りをしていました。
予報では今日は雨。天気予報を見ると、午前中に弱い雨が降るようです。雨が降ったらバスで荷物を運ぶと言っています。雨が降っていなければ、私が自転車で運ぶことになります。→気になるので、雨雲ナウキャストで見てみました。長女が起きてくる頃、雨雲がやってくる感じになります。微妙なところです。→7時半頃、結局、微妙な雨が降ってきたので、バスで行くと言って傘をさしつつ自分でコロコロしていきました。ちいさいちびはお絵描きのために7時過ぎに中学校に行っています。
ちいさいちびは土曜日学校でした。妻も受付のため、お昼前にでかけました。朝は微妙な雨だったのが、本格的な雨降りに変わっています。1時半、ちいさいちびは妻といっしょに買い物にでかけました。雨はすっかり上がっています。買い物のあと、ちいさいちびはそのまま塾にでかけます。
夕刻次の本が届きました。
多木 浩二 『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』 岩波現代文庫、2000
授業で使うことを考えて、2冊目を購入しました。
ひとりで5時30分、室温23.9度。→台所の窓を開けると、22.3度まですぐに下がりました。夏の格好だと寒く感じます。ちなみに、本日の最高気温は25度。昨日の間に温度が10度以上下がり、今日は5度上がります。体調に気をつけないと、風邪を引きやすい時期となります。8時54分武蔵境発の西武線で大学に向かいました。まず、本を返して、研究所。それから科長室に伺い、打ち合わせをしてから、研究室に。ちょっとした書類を探し出して、本日締切の書類を事務に提出し、帰途に。10時16分多磨駅発の電車。
締切ですが、14日に成績提出締切があります。9月末の週にあった「くらしと健康」の成績です。実際に授業に出席したのは、すこし減っていると思いますが、150人を越える登録がありました。これがなかなかはんぱない。
その次には17日の締切があります。15日、16日が丸々拘束されますから、ぎりぎりの対応となります。こういう締切が連続する生活は体験がないので、ぎゃー、という感じになっています。コンビニで昼食用のレトルト品を買ってから帰宅しました。
夕刻に、駒場で2回目の授業。やっと秋らしいからっとした空になりました。気温も湿度も下がりました。
→3時半頃家をでました。駒場には4時10分頃着きました。いつもの通り非常勤講師室に行って判子をついてから、科哲の事務室にお邪魔しました。廣野先生がいました。クリスマスイブのイベントについて話を聞きました。ICU からクレームがあったそうです。それはそうでしょう。村上先生と小松先生の都合をあわせると、そこしかあいていなかったそうです。なるほど。
5限の学生は、初回とまったく同じ5人。なかなかよい発表とコメントをしてくれました。
コンビニでおやつをかってから帰宅。今週はとくに木曜日が疲れました。
ひとりで6時5分、室温25.3度。日本海を走り抜けた台風18号が熱を運んで来るようです。最高気温30度の予報。1限、4限、5限。
すべて木曜日の授業のスタート。気温が途中から30度を超えたようです。この時期にこの暑さはなかなかつらいものがあります。7時30分武蔵境発の西武線。研究室にカバンを置き、配布物をもって227教室へ。さすがに誰もいないかと思ったら、掃除のおじさんが掃除機をかけていました。掃除のおじさんに挨拶をして、板書をして、一度部屋に戻りました。メールをチェックしてから、8時過ぎに教室に。TA の方が最初に見えました。5分前でも、なかなかそれほどの学生は来ていません。授業開始の8時半になってぞろぞろ入ってきました。その流れは10分間ぐらい続いた感じがします。
大学院執行部の教員は、5人きちんと揃いました。
学生たちが全部揃うのを待っていたら、いつ始められるかわかりません。40分頃には、私が勝手に進行役になってスタートさせました。5人の執行部の自己紹介からはじめ、TA にも挨拶をしてもらい、研究科長の趣旨説明、それから、私の成績評価方法とアクティブラーニングの説明、そして、班分けの説明と続きました。130人を20班に分けます。班分けは、すこし大変かなと覚悟はしていたのですが、やはりかなり手間取りました。完了して、終了10分前。班毎にコメントシートを提出してもらって、終了としました。
終了後もスタッフで打ち合わせをし、私がコメントシートをもらって研究室へ。班毎にまとめてスキャンをしました。20班あると、それだけでそれなりの時間がかかります。
TA のS氏に送り出して、とりあえず、作業は完了。
お弁当を食べて、すこし休憩。正午前、次の本を図書館で受け取りました。
Andrea DiNoto & David Winter, ; photography by John Berens
The Pressed Plant: The Art of Botanical Specimens, Nature Prints, and Sun Pictures, Stewart, Tabori & Chang, 1999
Donald E. Wendel , Gavin D. R. Bridson
Printmaking in the Service of Botany: Catalogue of an Exhibition, 21 April to 31 July, 1986 0th Edition, Hunt Inst for Botanical, 1986正午過ぎに学生が来て、書類に判子。また、そういう学生が増える季節となります。
疲れたのですが、すこし体力が回復するのを待って、採点作業に着手。それほど大きく進めることはしませんでした。様子を見た程度です。
4限5限。ばたばたしました。
5時28分多磨駅発の電車。わおー、つかれた。
ひとりで6時、室温24.6度。ちいさいちびの15回目の誕生日。お昼休みの時間帯から会議。夕方まで。
8時54分武蔵境発の西武線。
5時40分多磨駅発の電車。
本日は余裕がなく、これだけの記述。
ひとりで5時50分、室温24.2度。朝食ととりつつ、テレビの天気予報を見ました。今日は昼の最高気温が30度に達するそうです。10月としては異例の暑さになると言っていました。わおー。午前に会議、午後にも会議。正午に面談。
8時54分武蔵境発の西武線。
6時52分多磨駅発の電車。
本日は余裕がなく、これだけの記述。
ひとりで6時40分、室温25.1度。午前中に歯医者さん。午後に授業。大学院の授業が始まります。
歯医者さんは、9時半から10時半まで。一度家に帰り、11時頃、振替休日の息子といっしょに昼飯を食べてから、大学へ。11時30分武蔵境発の西武線。
研究所に寄って、スキャン。研究室で作業。
3限は、春学期と同じ2名。4限も、春学期と同じ1名。17日にもう1名参加してくれるそうです。
5限の時間帯は、ずっと作業をしていました。ある程度の目処をつけることができました。6時5分、階段下で待ち合わせ、それから壮行会。院生3人と私の4人となりました。飲み屋さんでいいというので、新しい飲み屋さん。9時過ぎまで。
9時42分多磨駅発の電車。帰宅すると、まだおおきいちびが帰ってきていませんでした。お風呂に入り、録画してばかりの、Person of Interest を見て、就寝。
ひとりで6時20分、室温23.0度。晴れ。小学生の運動会。ちいさいちびは塾。おおおきいちびは試合。起きてすぐに3合のご飯をしかけました。子どもたちが全員お弁当だからです。小学生には、昼休みに持っていってやります。10時過ぎに先に運動会に行っている妻から電話がありました。2つあとに5年生にかけっこがあるそうです。すぐにでかけました。最高の天気です。好天は運動会らしくてよいのですが、日射しが強くてまぶしい。5年生の競技になるまで日陰にいました。息子の出番は、3組目。なんか頑張っておそらく生まれてはじめて1番になりました。
一度帰宅しました。騎馬戦のときに、お弁当をもって再度でかけます。騎馬戦では、前をやるそうです。特攻隊という指示が下っているそうです。自分たちは最初にやられると言っていました。→すぐに電話があってお弁当をつめてでかけました。1回目は白組で息子達のチームだけが残りました。2回戦は、すぐに帽子を取られて終了。見終わってまた帰宅。あり合わせのもので昼食。しばらくすると妻も帰ってきました。午後は組体操。妻は1時半過ぎにでかけました。私は電話を待って、2時過ぎにでかけました。息子はちいさくてひょろひょろしているので、組体操はちょっときばる必要があったようです。持ち場においてくる眼鏡をもってきてしまい、すこし泣きべそをかいていましたが、ポケットに入れるという対応策を思いついてから、すこし落ち着いて取り組めていました。息子とおなじぐらいの背格好の小さい子もそれなりの数います。
見終わってまた帰宅。セブンイレブンによって、アイスコーヒーを買って帰りました。10月7日締切の仕事の材料がほんとうに揃いました。
ひとりで4時25分、室温23.5度。10月の第1週末締切の仕事があります。割と重い仕事です。できれば、土日で目処をつけたいと思っています。→最近はいつもそうですが、必要な資料を探し出すのに、2〜3日かかります。10月2日の朝、やっと必要な文書を全部見つけることができました。
おお、58回目の誕生日。当たり前のことですが、若い頃は、自分がこういう年齢になることは想像できていませんでした。昨日、エレベーターでお会いした同僚の先生は、加齢のせいで、カバンを肩にかけることができなくなったと仰っていました。同じぐらいの年齢の方では、こういう話題ばかり。
ちいさいちびが塾から帰り着き、夕食をすませてから、誕生日ケーキ。そのちいさいちびの発言:パパ、還暦じゃん、やばいじゃん! 返事:還暦までにはまだ2年ある! 友人たちには、孫がいる方がけっこういます。
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