ひとりで5時25分、24.1度。曇り。晴れ間も見えます。おおきいちびは朝は他校の試合を2年生全員で見学に行きました。昼食のために一度帰ってきたあと、午後に練習。そして、夕刻は引退した3年生の慰労会を焼き肉屋で開くそうです。まさに部活の一日です。
残りは、ヨドバシに行ってみることになりました。タブレットを見てみます。
[ハリスのニュートン]
ハリスは、『技術事典』の初版(1704)から第2巻(1710)までの間にすっかりニュートン主義者になっています。『技術事典』の第1巻初版には、かろうじて『光学』の初版が間に合っています。(本文中の何カ所かで注記できるぐらいには間に合っている。)
ハリスは第2巻の序文で、ニュートンの「酸の本性について」は1692年に草稿でもらったと記しています。(直接もらったかどうかは別にして入手はしたのでしょう。)これは、『光学』の疑問31と並び、18世紀の化学を導く中心線のひとつとなりました。
その際私が気になっていたのは、数学です。1710年までにハリスはニュートンの数学論考の何を利用することができたのでしょうか?
数学草稿の多くは、20世紀後半になってやっと出版されています。(「流率に関する1666年10月論文」は1962年、「級数と流率の方法について(1672)」は1969年、「曲線の幾何学(1680)」は1971年、に出版されています。)
まず、2点の数学論文Enumeratio linearum tertii ordinis, Tractatus de quadratura curvarum は、『光学』(1704)の補遺として出版されています。
『プリンキピア』の改訂第2版は、1713年ですから、ハリス(1710)には間に合っていません。
De analysiは、William Jonesにより1711年に出版されています。William Jones, Analysis per quantitatum series, fluxiones, ac differentias …, London, 1711. これもハリス(1710)には間に合っていません。
Arithmetica universalisは、W. Whistonの手で講義ノートから1707年に出版されます。(Cambridge, 1707) これはですから間に合っています。まとめると、ハリス(1710)には間に合ったのは、Enumeratio linearum tertii ordinis and Tractatus de quadratura curvarum(1704) とArithmetica universalis(1707)のみです。前のふたつは、第2巻序で触れていますからハリスは現実に使っています。また"ARITHMETICK"の項で、Arithmetica universalisも挙げています。こちらも使っています。(ただし、出版年は、1607とミスプリをしています。)
ただし、ハリスの第2巻の序文を読むと、ハリスはニュートンの数学草稿にもある程度アクセスできたのではないかと伺わせる所もあります。これは研究の必要があります。現時点では、可能性があるとしか言えません。ハリスは、第2巻の序に第1巻との重なり(重複)はしないようにした、と書きます。そのこととも関連しますが、第2巻ではボイルはほぼ消えています。化学に関しては、ハリスは、まるで最初のニュートン派化学者になったかのようです。『光学』の疑問と「酸の本性について」における、粒子間力による化学反応の説明を体系的に採用し、第1巻ではボイルの考えで説明したであろう項目をほぼニュートンの説明で置き換えています。
ひとりで4時、23.4度。昨日の起床時とまったく同じです。たぶん曇り。息子ははじめてのサッカーの試合。高四(高井戸第4小学校)に行きます。高四は我が家から歩くと三〇分程度でしょうか。南児童館で集合して行くということです。ママたちが連れていってくれます。
おおきいちびは午後に練習。11時25分自分で荷物を用意してでかけました。ちいさいちびはいつものごとく、一日中パジャマのまま、iPadをしたり、テレビをみたり、宿題をしたり。さて、来週の土曜日、化学史学会で発表があります。シンポジウム「事典の世界―『化学史事典』発刊に寄せて」のトップバッターとして話します。私のタイトルは「ハリス『技術事典』の起源」。ジャンルとしての起源と、化学的項目のソースを探ります。読み上げ原稿を作成するまえに、配布する文書(表)を準備しています。3つほど表を作成しようと考えています。
なんとか土曜日の間に、3つの表は完成しました。表1:百科事典における化学、表2:ハリスが序であげる先行辞典/事典、表3:ハリスの引用文献(出版年代順)、この3つです。プログラムの詳細については、 化学史学会公式サイト をご覧ください。サイトデザインと運営は、理事の田中さんの労作です。
息子といっしょに5時30分、23.4度。雨は上がっています。朝一番で歯医者さん。今は掃除だけしてくれているようです。そろそろ土台つくりにはいれそうです、ということでした。
壊れたまま1週間仕事をしてきました。いつもより疲れがでてきた感じです。来週には通常化できそうです。
息子といっしょに5時50分、22.3度。雨は上がっています。[農工大訪問]
先週間違えましたが、午前中に大学訪問。午後3限4限5限と3コマの授業が続きます。
9時45分の2分ほど前に事務棟の前に行きました。教務課長、ふたりの副学長、大学連携担当の学長補佐の方がすでに集まっていました。すぐに課長の運転する車に乗り込み、農工大へ。私は行ったことはありませんが、農工大は近所です。10分で着きました。農工大の方は肩書きのある方(学長、学部長、研究科長等)の方が7名待っていてくれました。
なごやかな雰囲気で話し合いは進行しました。帰り際、農場を見ていって下さい、ということで、農場=直販所を見学に行きました。木曜日の12時から地元の方に取れたて野菜を販売されているということです。地元の方が列をなしていました。
農工大には、獣医学科があります。販売所の隣に、動物病院があり、販売所から出てくると獣医さんに会いました。そこも案内しましょうということで、最新設備の整っている病院内を手術室まで含めて案内してもらい、説明いただきました。犬と猫のかかる病気は、ほぼ人間と同じということでした。小児用の機会をチューニングし直すと、犬猫用に使えるのだそうです。
こういうのは行ってみないとわからないことがらです。
帰途も10分で着きました。駅前のコンビニで昼食を買ってから、研究室へ。3限の授業が迫っています。来週からは通常化しますが、喉と歯の状況を勘案して、DVD を見てもらうことにしました。高峰譲吉の生涯のドラマ化(さくら、さくら、さくら)です。私もはじめてなのでいっしょに見ました。おもしろかったと思います。
4限5限は、ゼミ。5限は、ゲスト講師に来てもらいました。インドのムスリム系の料理を現地でフィールドワークしてきた成果です。なるほど、まだまだ面白いことはたくさんあるようです。
ひとりで5時45分、23.1度。雨は上がっていますが、くもり。
小学2年生が6時と7時を間違えたといって、6時過ぎに起きてきました。もともとおんどり系です。ちょっと早すぎですが、なんとかなるでしょう。
実は、髪の毛も、真ん中が立っていました。とさかのようです。ただの寝癖ですが、見事に立っていました。会議の日。午後3つ会議が連続します。
4限5限の時間帯で連続する会議が長かった。とくにもめた点はありませんが、博士論文の審査(概要の発表)が2点、新任人事が2件、これが長かった。6時半までかかりました。
家族のなかで4番目、7時15分、24.8度。雨。臨時ですが、午前中に会議があります。帰宅して、3時半に歯医者に行きます。
昨日より1本遅い電車で大学に着きました。すぐに301会議室へ。11時45分までずっと黙って座っていました。
その後、研究室に戻り、成績の入力の仕事をひとつだけこなしました。どうしようかなと思ったのですが、簡単に昼食をとり、帰宅することにしました。
電車を待っていると雷鳴とともに豪雨。西荻の駅に着く頃には豪雨は終了していましたが、雨そのものはまだ残っていました。セイユウですこしだけ買い物をして帰宅。期末試験中の長女が帰ってきていました。気分転換ということで、iPadで遊んでいました。
ひとりで5時30分、23.5度。くもり。授業の前に耳鼻科、授業のあと歯医者さんに行くことになります。
8時45分に耳鼻科につきました。お医者さんの前に3人が並んでいました。即ち、私は4人目。9時ちょうどに開院し、順番を待ちました。先生の指示により、吸引だけでよいですと伝えたのですが、簡単に診察もしてくれました。あんまりよくなっていませんね、とのこと。
実は、待っていると前の同僚の先生が来ました。やはり喉に風邪が来たと言うことです。しばし、四方山話。
私は予定通り、9時25分には病院を出ることができました。これだと余裕で大学に間に合います。20分前に着きました。印刷センターでコピー(リソグラフ)して、研究室に一度戻り、それから教室へ。声はまだでません。『シッコ』をみてもらうことにしました。本編が123分なので、インタビューを見てもらうことにしました。ちょうどよい時間でした。日本にもマイケル・ムーアが欲しいと思いました。
授業終了後、大学前のコンビニによって昼食を買いました。歯が欠けているので、柔らかいパンにしました。午後は、ゼミ。あまり話すつもりはなかったのですが、ついしゃわがれ声のままそれなりの時間話してしまいました。
帰ると歯医者が待っています。直行で帰宅。5時50分に予約が取れたそうです。
帰ると、次の本が届いていました。
Robert Collison, Encyclopaedias: Their History Throughout the Ages, New York & London: Hafner, 1966
図書館の除籍本ですが、アイダホ州立大学の図書カード(貸出票)がついたままでした。まあ、確かに、そこまではずしておく必要もありません。EXHAUSTED Receiver, is that Body of Vessel of Glass, & c. which hath the Air drawn out of it by Mr. Boyle's, or any other Engine for that purpose ; and which, thought not containing an absolute Vacuum, seems to be empty of all true Elastick Air, and therefore is , properly speaking, Exhausted of Air.
今続行中の作業の一部です。ハリスは、空気の定義では完全にボイルに依拠していることがよくわかります。数学の EXHAUSTIONS については、Vid Archimed. de Dimensione Circuli. Wallis's Algebra, P. 280. Pardie's Elements of Geometry, Book 4, Prop. 28. を典拠として挙げています。
[パパがこわれていく・・]
ひとりで4時45分、23.3度。ちょうど日本対メキシコ戦の前半が終わったところでした。0対0。
後半は2対1でメキシコ。したがって、2対1で日本の負け。イタリア戦での最初の失点と同じパターンです。コーナーキックに対して、明らかに弱点がでます。1点は仕方がないにせよ、これだけ続くと、守備をもういちど鍛え直す必要があると思われます。子どもたちが降りてきて、朝食を食べていると、ブリッジの部分の歯が3本欠けました。次女の表現では、パパがこわれていく・・・。声も復活していませんし、歯が3本ない状態では、講義の授業はちょっと工夫が必要になります。今日中に考えておきます。
ひとりで6時15分、22.6度。晴れ。
朝一番で耳鼻科に行きました。診察なしの吸引だけなので、すぐにやってくれました。
妻と長女は午前中に新宿。[Concise DSB の事実誤認]
今持続している作業で、いろんな辞典類を読んでいます。Concise Dictionary of Scientific Biographyで、王立協会設立時に活躍したロバート・マリ卿(Sir Robert Moray, Murrey のスペルもあります)を引いていると、王立協会の初代会長を14年間務めたとあります。え? この辺は正確ではありませんが、記憶があります。初代会長はブランカーだったはずです。さっそくマイケル・ハンターの著作を繙いてみました。マリ卿は、王立協会の創立(1660)から死の年(1673)まで、理事として中心メンバーでしたが、会長ではありませんでした。ボイルが王立協会会長になったと言う記事はしばし見られますが、マリ卿に関してははじめてです。この記事の執筆者が何かデータをまちがって処理したのでしょう。そして、校閲者が見逃してしまった。
DSB の縮約版のような辞典にも間違いは潜んでいる、という事例です。多くはないとは思いますが、やはり間違いはどこの門からも忍び込んできます。あやしいと思ったら、いちいちチェックをするしかないと思われます。
ひとりで4時40分、23.1度。曇り。昨夜のアルコールが残っています。久しぶりです。声はまだ回復していません。午後、お医者さんに行ってこようと思います。午後は2時45分から受付ということなので、ちょうどその時刻に子どもたちの世話になっているクリニックに行きました。
胸部のレントゲンまで撮りましたが、内科医にはこれ以上はわからない、耳鼻科に行って下さいと言われたので、そのまま駅前の耳鼻科に行きました。耳鼻科はお年寄りや子どもたちで混んでいます。
突然声が出なくなるのはちょっとまずい、ということで内視鏡を入れて声帯の様子を直接観察することになりました。麻酔(?)を鼻にいれて10分ほどして鼻から内視鏡を入れました。ちょっと違和感はありますが、思ったほどではありません。数カ所で写真を撮って、やはり、声帯そのものに傷があります、ここの赤いところ、わかりますか? と言われました。普通であれば1週間程度で8割方快復するそうですが、傷がある場合、もうすこし時間がかかると言われました。
しばらく薬の吸飲に通って下さいということでした。
確かに直に見ることの効果は抜群です。自分で納得できました。
できるだけじゃべらないように、しゃべる必要がある場合は低い声で話した方が楽です、ということでした。
ひとりで5時5分、25.1度。屋根を強く打つ雨の音で目覚めました。強い雨は半時間もたたずに収まりました。BS をつけると、ブラジル対メキシコ戦。日本対イタリアはそのあとです。
ブラジル対メキシコ戦:メキシコはよいチームだと思いますが、ブラジルが力を発揮して2:0。日本対イタリア戦:日本に勝つチャンスはあったと思いますが、3対4でイタリアの勝ち。日本のよいところと悪いところが両方でました。攻撃は可能性を感じさせてくれます。守備は気が緩む瞬間があります。午前中に他大学訪問。帰ってきてから、3限4限5限。
イタリア戦を見終わってから家を飛び出しました。「声がでません」と紙に書いて、必要な人には見せるようにしましたが、その紙の表をよく読むと、他大学訪問は来週の木曜日でした。集合場所に行って気付きました。
コンビニで昼食を買ってから、事務的用件をこなすことにしました。火曜日1限の成績の転記。手元にあるものは全部すませました。5回分まで。もう1回分はプリントアウトでもらっています。いずれ、エクセルに入力する必要があります。講義の授業はさすがに声が出ないままではできません。黒板に「自習」と書いて、自習に対応する課題を書きました。
ゼミは、学生に司会を任せると私がほとんど話さなくてもできます。5限終了後は、例年のように小谷先生の慰労会。いろいろ面白い話を聞くことができました。
夜半に目覚めて、すこし仕事。ひとりで6時50分、27.1度。曇り。気温は上がりましたが、風が吹くので過ごしやすく感じます。
[ジョン・ハリス ca. 1666-1719]
1683年7月13日オクスフォードのトリニティカレッジに入学。1689年Hart Hall で修士号取得、その後聖職者となり、1707年にはロチェスター大聖堂参事会員となる。パトロンは、Sir William Cowper.1696年、王立協会会員に選出される。1709年短い間だが王立協会の副事務局長(second secretary)となる。トリニティ時代からラルフ・バサーストのもとで自然哲学に関心を示していた。
1698年ボイル講演の講演者に選ばれ、8つの講演を行う。
1698年〜1704年にかけてマリーン・コーヒー・ハウスで科学講演を行い、自宅で数学を教えていた。1719年、フォントネルをまねて『天文学的対話』を出版する。
I.G. Pardies の幾何学原論簡易版を訳している。
以上、『技術事典』以外の伝記項目を整理してみました。
息子が起きて、6時10分、室温25.4度。くもり。
喉の調子はぼちぼちです。小声では話せますが、大きな声は出ません。おお、下に降りてきた次女が熱があると言います。何度はかっても37.2度と出るそうです。もともとすこし低体温気味の子なので、これは風邪です。軽い風邪にかかったようです。私とふたり、今日は病欠となりました。ツヴィンガーの錬金術を見るために、検索をかけていて、次の論文に辿り着きました。
Jean-Marc Mandosio, "L'Alchimie dans les classifications des science et des arts à la Renaissance," in Jean-Claude Margolin et Sylvain Matton (eds), Alchimie et Philosophie À La Renaissance Paris: Vrin, 1993, 11-41
もとのバージョンは、Chrysopoeia, IV (1990-1991), pp.199-282 だとあります。
関係する箇所は、pp. 16-17.
『人生劇場』の初版(Basel, 1565)には、「化学」はなく、第2版(Basel, 1586)ではじめて取り上げられた、ということです。当該箇所は、Theatrum humanae vitae Theodori Zwingeri..., Basel, 1586, XX, 3, p.3706 です。
「化学」は「火の術」として「機械的技芸 mechanical arts」に位置づけられています。
Mandosioによれば、ツヴィンガーは珍しいテキストを使っています。Guillaume Arragos (1513-1610)です。
Arragosは、たしかに珍しい。ファーガソンにもボレリにもありません。
せっかくの機会なので、その冒頭を引用しましょう。
MECHANICI OPIFICES CONSIDERATI SECVN-
dvm Organvm qvo facivnt opvs.
Siue ad illud vtantur
Igni. Opifices igniarii.
Cuiusmodi sunt
Fvsores, Conflatores
metallorum, lapidum.
Vide exempla horum sub Statuarijs,
fol. 3702.
Fabri metallici.
De his quoq; suprà respectu Materiae,
fol. 3631.
Calcarii, Laterarii.
Israelitae in Aegypto Pharaonibus calcem & lateres
ad extruendas pyramides conficiebant.
Chymistae.
Chymistas eos voco, qui vi ignis corpora heterogenea soluere, homogenea coagulare norunt, philosophiae naturalis in mediam hominum vitam deducti non vnius generis coloni. Quemadmodum einim Vulcanus tripodas diusnos suapte sponte nobiles diis apud Homerum, Ioui item fulmen, Apollim & Cupidini arcum & sagittas fabrefecit, sed & diis ipsis pocula miscet, ex ipsius certè louis cerebro Mineruam sapientiae deam securis obstetricatione elicit, hominibus insuper Pandoram illam vinustissimam simul & perniciosissiman super um iussu confecit: sic quoque per omnes humanas actiones Vulcania ars, quae ignis beneficio naturalem actionem aemulatur, in quibusdam etiam superat, longè ****???; diffunditur.Mandosioは、pp. 21-28 ではアルシュテットのアルキミアを扱っています。
→やはりこの機会ですから、アルシュテットの錬金術の定義の部分を引用してみましょう。p.2274
1. Chymia vera est una è quatuor columnis sublimioris scientiae.
Theodorius Zwingerus volum. 20. theatri lib. 3 de Chymia sic differit. Chymistae eos voco, qui vi ignis corpora heterogenea solvere, homogenea coagulare norunt, philosophiae naturalis in mediam hominum vitam deducti non unius generis coloni. Quemadmodum einim Vulcanus tripodas divinos sponte mobiles diis apud Homerum, Jovi item fulmen, Apollim & Cupidini arcum & sagittas fabrefecit, sed & diis ipsis pocula miscet, ex ipsius certè jovis cerebro Minervam sapientiae deam securis obstetricatione elicit, hominibus insuper Pandoram illam venustissimam simul & perniciosissiman super um jussu confecit: sic quoque per omnes humanas actiones Vulcania ars, , quae ignis beneficio naturalem actionem aemulatur, in quibusdam etiam superat, longè lateque diffunditur.
Quae ut respectu subjecti in lapidariam, metallicam, vegetabilem, & animalem divid queat : respectu finis, eujus causa suscipitur, & metallariorum, & aurifabrorum, & vitr ariorum , in primis vero medicorum, non honoraria tantum, sed etiam vicaiia pedissequa esse videatur, eoque nomine ad alias atq; alias mechanicorum opificum classes referri possit atque debeat : athic tamen instrumenti ipsius, igvis videl. respectu, inter Igniarias attes merito collocabitur, propter mechanicam ipsam tractationem : quae alioqui, si theoriam spectes, non modo inter theoricas, verum etiam acroamaticas & epopticas referri mereatur, philosophiae naturalis occultae magistra simul & discipula, majestatem suam venerando admirationis arcanorum filentio tueri solita : ut qui hanc, praeterquam in iis, quorum evulgatio plus commodi quam incommodi mortalibus adfert, profanare instituunt, sacrilegii nomine jure postuari *ueant.
ご覧の通りです。まだ校正はしていませんが、アルシュテットは、ツヴィンガーの『人生劇場』を明示してかなりの長さでそのまま引用しています。2012年5月11日にダウンロードして読んだ次の論文を再度ダウンロードして読みました。今継続している仕事の関係です。(論文自体を捜すよりも、ネットで検索してダウンロードする方が早いので、そうしました。)
Antonio Clericuzio, "Teaching Chemistry and Chemical Textbooks in France. From Beguin to Lemery," Science & Education, 15(2006): 335-355
17世紀フランスに出現する化学教科書の伝統について、ほんとうによくまとめられていると思います。
なお、この論文の初期のバージョンは、"Chemistry in the 17th Century: Art or Science?" [Draft] として入手できます。ドラフトの「化学と機械論哲学」を出版されたバージョンでは切ったことがわかります。出版されたバージョンの方が一貫性があります。
→調べてみると、初期バージョンは、2012年10月27日に読んでいることがわかりました。初期バージョンは、最後の方でボイルを扱っています。(出版バージョンの方ではボイルはありません。)そこでクレリクチオは、Boantza の議論を使っています。
Victor D. Boantza, "Reflections on Matter and Manner: Duclos Reads Boyle, 1668−1669". In Chymists and Chymistry: Studies in the History of Alchemy and Early Modern Chemistry, ed. Lawrence M Principe, 2007: 181−92.Dr, Arthur Hughes, "Science in English Encyclopaedias, 1704-1875, I " on p.342 「ジェームズ・ハットンが1740年代に初めて化学という学問に出会ったのは、(ハリスの)『技術事典』によってであった。」
W. W. Ross, Corneille's Dictionaire, p.72 知識が不足している分野に関しては、すでにあった辞典、同時代の報告、現存する学者に依拠した。序文に記すところでは、化学と医学の分野では、医師 Claude Perraut (1613-1688)の著作に多くの箇所で依拠した。また、建築、彫刻、絵画の分野では André Félibien (1619-1695)に依拠した。
(p. 76)物理的諸科学 physical science の分野の扱いがコルネーユの辞典の最大の弱点と言えよう。(p.75)化学に関しても、ボイルやフックの発見に全く触れない古いものである。2種類ある。ひとつは、よりよい医薬を得るために物体を分解し、再結合する術 art、もう一方は、錬金術、すなわち賢者の石をもとめる永遠の営みだとしている。
(p.76) 解剖学、生理学、などの医科学の分野でも不十分な扱いしか見当たらない。彼の人体に関する知識は、ガレノス、ファン・ヘルモント、ガッサンディによっている。ヴェサリウス、ファブリキウス、シデナムはほとんど姿を見せない。
(p.78)フュルティエールもコルネーユも科学分野にはそもそも弱い。
(p.80) 現代の読者の目を引くのは、フュルティエールのもコルネーユのも科学技術事典 Dictionaire des arts et des sciences の(差違よりも)類似性である。
前と同じ、軽い喉の風邪の症状があります。今週は、1学期で一番忙しい週になります。薬で乗り切れるでしょうか。ひとりで6時、室温23.6度。晴れ。
1回きりのリレー講義が1限にあります。ですから、1限2限3限4限と連続になります。子どもたちより先に出る必要があります。
午前8時に大学に着きました。すこし部屋で準備をしてから、印刷センター、教育情報化支援室とまわり、101教室に入りました。パワポをプロジェクトするパソコンはすでに設置されていました。1回限りのリレー講義。
2限も同じ教室。
終了後、コンビニによって昼食を買い、研究室へ。昼食終了後、何かのきっかけで、喉がすごく辛くなりました。どうしたのかな、と思ったら、声がほとんど出なくなりました。3限4限は、ゼミなので、この声でもなんとかなります。3限は、柴田君に役目の8割ぐらいをお願いしました。4限は、発表者にお願いしました。
帰宅して、子どもたちが3人とも揃っていました。パパの声にびっくり。
長女は朝一番でお医者さんに行き、登校許可をもらって2限から中学に行ったということです。私は夕食後ダウン。
明日ぐらいに喉は回復するのでしょうか?
ひとりで7時5分、室温24.7度。雨、また雨が降っています。
コンフェデカップ、ブラジルには0対3で負けました。長女の結膜炎は、腫れる可能性もあると言われたようですが、収まってきたようです。眼の赤みがなくなりました。ただし、本人はまだ本調子ではないようです。
ひとりで4時10分、室温24.5度。今現在は雨は上がっていますが、どこかで必ず降ってくるようです。窓を開けてみました。晴れ間がのぞいています。ひさしぶりの晴れ間です。長女は学校公開日ですが、下記の事情によりお休み。妻だけ、PTA の仕事があるということで、午後でます。
このサイトでは、2003年11月にスペイン語の錬金術史のサイトA Z O G U Eからアルシュテットの「錬金術」の定義を引用(孫引き)しています。
今回、引用箇所を特定しようと思い、ホトソンの『アルシュテット』を読み直しました。p.2274頁であることがわかりました。
Johann Heinrich Alsted, Encyclopaedia Septem tomis distincta, Herborn, 1630, Lib. 35, Sectio 5, pp.2274ff です。
前に引用した "Praecepta" に続き、"Regulae" がありますが、いきなりツヴィンガーの『劇場』から引用しています。Theodorius Zwingeerus volum. 20. theatri lib3. de Chymia ここでツヴィンガーから来るとは予想しませんでした。
ホトソンによれば、アルシュテットの錬金術の部分のソースは、1.Johann Wolfgang Dienheim, Medicina Unversalis seu de generali morborum omnium remedio liber, Strasbourg, 1610;2.Drebbel, Tractatus duo: prior de natura elementorum,... posteriore de quinta essentia, Hamburg, 1622; 3.Johannes Rhenanus, Solis et puteo emergentis, sive dissertationes chymiotechnicae libr tres, Frankfurt am Main, 1613;4. Henning Scheunemann, Medica reformat seu Denarius hermeticus philosophico-medico-chymicus, Frankfurt am Main, 1617 ; and so on だそうです。ここに名前のあがる人々は、多く薔薇十字運動に関わる人々です。
ディーンハイムから調べてみました。
ファーガソンは次のように言います。「医学博士号ならびに法学博士号をもつ。フライブルク大学教授。1603年、ローマからの帰途、旅の同伴者を得、チューリッヒからバーゼルまで同行する。Dr Jacob Zwinger も加わり、3人で金銀細工師のところに赴き、その異国の者が鉛を金に変成した。この変成をなした人物は、コスモポリタンとして知られるアレキサンダー・シートンである。この変成の話は、変成の歴史でもっともよく語られるストーリーのひとつである。」
さて、日本語の世界でどうなっているのか確認するため、検索をかけてみました。"Seton" では大橋さんのサイトしかヒットしません。“シートン”でもわずか。ふと思い立って“セトン”にしてみました。おお、数多くヒットしました。日本語では“セトン”という表記が一般化しているようです。英語圏だとこのスペルでは、(あの有名なシートン動物記のシートン)“シートン”ですが、“セトン”の表記が一般化してしまったようです。こういうのは致し方なし。
Dr Jacob Zwingerは、Theodor Zwinger の息子とあります。
ひとりで4時45分、まだまだ雨、室温22.9度。朝一番で長女を阿佐ヶ谷に連れていきました。3次検査です。風邪を引いていたせいかもしれません。採血で痛い痛いと騒いでいました。この子はちいさいときからこんな感じです。
夕刻、あまりに目が赤いので中学の担任の先生にお医者さんにいっておいで、と言われたというので、妻が長女をいつも世話になっているお医者さんに連れていきました。お医者さんはばっと診て、ウィルス性結膜炎だと判断したそうです。熱がでたのもそのせいだということです。なおるまで学校やお休みして下さい、ということでした。
これで納得がいきました。
ひとりで5時15分、雨、室温22.8度。今行ってる作業の関係で、ニューマンの次の論文を読み直しました。
William Newman, "Technology and Alchemical Debate in the Late Middle Age," ISIS, 80(1989): 423-445
さすがニューマンです。有用な知見が得られました。朝一番で次の本が届きました。
テオフィルス『さまざまな技能について』森洋訳編、中央公論美術出版、1996
Theophilus, De Diversis Artibus が邦訳されているとは思いませんでした。
目次は次です。
I 緒論
序
1 手写本
2 エディションと翻訳
3 併存する同種の諸書
4 テオフィルス―人と年代―
II 色名索引
第一巻 絵画論
第二巻 ガラス工芸
第三巻 金属工芸
リン・ホワイトの推測では、執筆は1122〜23年ぐらいということです。中世にMSは多く出回ったということです。道具、プロセスが明晰に記述されているマニュアルとして重宝されたということでしょう。
もっとも信頼できるテキストは、次の2点だそうです。
1.C. R. Dodwell, Theophilus, De Diversis Artibus...Theophirus, The Various Arts, London, 1961
2.J. G. Hawthorne and C. C. Smith, On Divers Arts. The Treatise of Theophilus. Traslated from the Medieval Latin with Introduction and Notes, Chicago, 1963高橋栄一「テオフィルスの技法書」をダウンロードし、読みました。
中世の類書が、プリニウスの伝統に従い、伝承されているテキストの編纂によるのに対して、テオフィルスの技法書は、制作体験に基づく具体的な作業過程が詳細かつ明確に書かれていることが特徴だとあります。第2巻の冒頭では「私はこの眼と手でそれらをすべて逐一検討し、体験し、試みたうえで書き記しておく」とテオフィルスは述べている。「このように彼の技法書は、具体的な記述に支えられた豊富な内容の故に、当代の類書を遙かに凌ぐ、最も実用的な技法便覧たり得たのである。」(p.11)
もちろん、日本対イラク戦を見ています。→勝ったからよし、という内容でした。テレビの天気予報でも言っていましたが、昨日から梅雨入りしたかのような天候です。台風が梅雨前線を動かしました。
ひとりで6時5分、雨、室温22.5度。
会議に出て帰ってくると、次の本が届いていました。
池田房雄『増補版 白い血液』潮出版、1985[Mechanical Arts]
「自由学芸7科」に対する「機械的技芸」がそもそも何なのかが気になりました。ホイットニーの『中世の科学と技術』の序から基本となるポイントを引用します。
中世の著作家は今日我々が自然科学と呼ぶものを、自然哲学または自然学と呼んだ。Science という語は、ただ知識を意味し、道徳哲学、形而上学、自然哲学という3分野に区分された。Technology という語は、中世にはなく、中世の人々はこれに当たるものを「機械的技芸 mechanical arts」と呼んだが、これは、建築、農業、兵器製造術のような crafts and arts だけではなく、商業や演劇を含んでいた。次にウォルトンの『中世における機械的技芸』の序文から重要なポイントをまとめてみます。
「機械的技芸 artes mechanicae」というフレイズは9世紀の発明である。最初に使ったのは、John the Scot のマルティアヌス・カペラ『文献学とメリクリウスの結婚』に対する注釈書である。7「自由学芸」に対比して、ジョンは、7つの「機械的技芸」について語っている。ジョン自身は、この7つを特定していないが、中世の伝統では、靴づくり、兵器、商業、洋服仕立て、金属加工(金銀細工)、錬金術、農業、航海術、音楽等が言及された。
12世紀のパリのサン=ヴィクトル修道院のフーゴー(Hugh of St. Victor) は、『ディダスカリコン』(英訳:The Didascalicon of Hugh of St. Victor: a medieval guide to the arts New York, 1961)で、衣服製造、兵器、商業の3科と農業、狩り、医学、劇場の4科をあげている。
久我勝利さんの『知の分類史』の100頁にフーゴーの学問体系の表があります。この7つは、人工・人造学と訳され、演劇、医学、狩猟、農業、商学、兵器、機械とされています。兵器の下に、鍛冶と建築がつけられています。
ひとりで6時20分、室温23.1度。[『化学史研究』2013年第2号]
朝一番で、『化学史研究』の最新号が届きました。目次は次の通りです。第40巻第2号(2013)目次
[技術史シリーズ]台信富寿「明治・大正期におけるセメント製造技術の変遷(1) 我が国におけるセメント製造方式の変遷」第40巻(2013): 51-61
[技術史シリーズ]台信富寿「明治・大正期におけるセメント製造技術の変遷(2) 小野田セメントにおけるセメントの品質推移」第40巻(2013): 62-73
[紹介] 中尾暁・藤本大士・住田朋久・ 坂本邦暢・矢野厚・ 柴田和宏「 Isis特集:応用科学」第40巻(2013): 74-76
[紹介] 柴田和宏・坂本邦暢・下野葉月・藤本大士・松村一志・山口まり「Kusukawa, Picturing the Book of Nature」第40巻(2013): 76-79
[紹介]新井和孝「『風雪の百年 チッソ株式会社史』 」第40巻(2013): 79-80
[年会特集]「詳細プログラム」第40巻(2013): 81
[年会特集]亀山哲也「化学史学会―創設から40年―」第40巻(2013): 82-83
[年会特集]吉本秀之「ハリス『技術事典』の起源」第40巻(2013): 84-85
[年会特集]河野俊哉「18世紀の百科事典における「化学」」第40巻(2013): 86-87
[年会特集]寺田元一「『百科全書』と化学」第40巻(2013): 88-89
[年会特集]岡本拓司「科学・技術・倫理百科事典の翻訳・編集について」第40巻(2013): 90-91
[年会特集]大野誠「『化学史事典』編纂の現状と今後」第40巻(2013): 92-93
[年会特集]梶雅範「日本化学の転換点としての1930〜60年代」第40巻(2013): 94-95
[年会特集]大野誠「20世紀イギリスにおけるエリート科学者の輩出基盤」第40巻(2013): 96-97
[年会特集]古川安「福井謙一と日本の量子化学」第40巻(2013): 98-99
[年会特集]内田正夫「日本化学会認定「化学遺産」で語る日本の化学史・化学技術史」第40巻(2013): 100
[年会特集]北原文雄「ミセル誕生100年を迎えて――「ミセルの化学史:後編」の試み」第40巻(2013): 101
[年会特集]五島綾子「ナノテクノロジーの化学史(1)ナノテクノロジーの萌芽とその背景」第40巻(2013): 102
[年会特集]亀井修・大田博樹「産業技術史資料情報の社会的な知としての共有化について――「技術の系統化調査・農薬」を中心にして」第40巻(2013): 103
[年会特集]島原健三「事例研究・小学会の誕生まで――日本キチン・キトサン学会の場合」第40巻(2013): 104
[年会特集]伊藤一男「ドイツ化学史の旅(4)――わが国近代化学の源流はリービッヒ学派にあり」第40巻(2013): 105
[年会特集]中辻慎一「Paul Friedlaenderの生涯と研究について」第40巻(2013): 106
[年会特集]Yona Siderer「19世紀中葉の日本における化学言語の発展(英語)」第40巻(2013): 107
[年会特集]山口真「Duschinskyの足跡と光化学(その2)」第40巻(2013): 108
[年会特集]黒田光太郎「電子顕微鏡法の化学物質研究への展開」第40巻(2013): 109
[年会特集]原宏「オゾンとRobert Angus Smith」第40巻(2013): 110-111
ひとりで5時30分、室温24.4度。くもり。梅雨らしい天気になってきました。おおきいちびは昨日練習試合から帰ってきてすぐに熱を出しました。疲労に起因する風邪でしょう。今日一日休ませれば、なおるかもしれません。
月曜日は怒濤です。ちいさな原稿(400字)を1つ執筆し、いつもより30分程度遅く学校に行きました。
まず図書館で次の資料を受け取りました。ILLで届いていたものです。
Diego Gracia, "The Structure of Medical Knowledge in Aristotle's Philosophy," Sudhoffs Archiv, 62(1)(1978): 1-36
それから印刷センターで授業の配付資料をコピーをして、研究室へ。メールを処理しているうちに、2限の開始時刻。印刷センターに預けていたコピーをもって教室へ。
午後は、ゼミが2つ。
終了後、会計課に行き、物品を受け取り、図書館に行きILLで借りていたロジャー・ベイコンを返し、研究所でスキャン。帰宅すると全員いました。おおきいちびの熱は下がったそうです。
ひとりで5時20分、室温22.8度。晴れ。午前10時前、妻がちいさいちび(お友達もいっしょ)と小学2年生を吉祥寺に連れていってくれました。正午過ぎ、おおきいちびは練習試合ということで宮前中学に出かけていきました。つまり、私が一人でお留守番することになりました。
金曜日から、たまっていた事典項目の執筆に入りました。もちろん、いろんなものを読みながら、短い記事にまとめるわけですが、それはそれで疲れます。
ふと本棚を見ると、久我勝利『知の分類史:常識としての博物学』(中公新書ラクレ、2007)が目に止まりました。第2章「西洋の百科事典の歴史をひもとく」だけ読みました。この本は前に一度ざっと読んでいます。こういう短くてわかりやすいものは、そういうものとして役に立ちます。
第2章の目次は次です。
博物誌と交差しながらたどった別の道
アリストテレスの著作と当時の知
自由七科と六芸(ウァロ『学問論』ほか)
イシドルスの『語源誌』
イスラム圏の知(ファーラービー『科学の分類』ほか)
フーゴーの学問大系(1115年頃)
バルトロマエウス『事物の属性につて』(12世紀末〜13世紀中葉)
ヴァンサン『大鏡』
トマス・アクィナス「神の知」
ベーコンの大革新
『百科全書』
天工開物
『系統的百科事典』
ヘーゲル『エンチュクロペディー』
夜半に目覚めて、すこし仕事。息子が6時起きてしまいました。夜起きていたのでもう少し寝ていたかったのですが、仕方ありません。6時20分で室温22.8度。
昼食後、息子を吉祥寺のフルコンプに連れていってやりました。お友達から存在を聞いて、ネットで場所を調べ赴いたものです。ガンバライドカードをはじめ、たぶんその種のカードは全部揃っていました。ママから友達の誕生日プレゼントで800円、自分のためには400円もらってきています。それをママと交渉して、600円、600円としています。カードの前でずいぶん考えて、あわせて1180円分を選びました。もちろん私は全く知らない種類のものも多いのですが、ああ、こういうスーパーレアカードがあるんだというのがわかります。壁はサッカー選手のカードとなっていました。値段では一番がクライフ、2番がベッケンバウアーでした。このあたりは、私たちの世代のおやじが売り買いしているのだと思われます。
今日、35万アクセスを通過しました。
午後次の本が届きました。
ダグラス・スター『血液の話』山下篤子訳、河出書房新社、1999[授業の登録者数]
先週の月曜日に授業の登録者数がわかりました。次の通りです。
月曜日2限「科学技術と社会」:129
火曜日1限「総合文化研究入門B」:184
木曜日3限「科学思想史(講義)」:99
1学期集中「暮らしと健康A」:205
[Encyclopaedia apud copac]
1559
Scalichius, Paulus, von Lika, Count. Encyclopaedia, seu orbis disciplinarum, tam sacrarum quam prophanarum epistemon, Basileae, 15591608
KNICHEN, Andreas von, Dn. A. Knichen ... opera: quibus caput sextum de iure territorii, Encyclopaedia iuris Brunovici civitatem Brunowigam concernentis, nec non tertia pars de vestituarum pactionibus accessere, ... correcta. Indice rerum ad calcem adiecto. Hanouiae, 1608, 16131611
Bisciola, Lelio. and Sartorius, Adam, Laelii Bisciolae Mutinensis Societatis Iesu Horarum subseciuarum tomus primus libros viginti continens : In quibus pleraque ex philologia, et encyclopaedia, et omnibus fere scientiis, ac tribus praecipuis linguis Hebraea, Graeca, Latina, non vulgaria explicata, adnotatis, emendatis, enucleatis plurimis omnis generis scriptorum locis: quorum omnium triplex indiculus, vnus capitum, alter auctoritatum Graecarum, tertius rerum ad faciliorem inuentionem., Ingolstadii , 1611-16181619
BARTOLETTUS, Fabritius. and BUGEUS, Theodorus. Fabritii Bartoleti ... Encyclopaedia hermetico-dogmatica: sive Orbis doctrinarum medicarum physiologiae hygiinae ... et therapeuticae, Bononiae, 16191620
Alsted, Johann Heinrich. Cursus philosophici encyclopaedia libris XXVII. Herborn, 16201624
Vincent, of Beauvais, and Beller, Balthazar, Bibliotheca mundi. Vincentii Burgundi, ex ordine praedicatorum venerabilis Episcopi bellovacensis, speculum quadruplex, naturale, doctrinale, morale, historiale : In quo totius naturae historia, omnium scientiarum encyclopaedia, moralis philosophiae thesaurus, temporum & actionum humanarum theatrum amplissimum exhibetur Douai, 1624
(v. 1. Speculum naturale. -- v. 2. Speculum doctrinale. -- v. 3. Speculum morala. -- v. 4. Speculum historiale. )1625
Alsted, Johann Heinrich. Triumphus Bibliorum Sacrorum seu encyclopaedia Biblica. Francofurti, 16251628
PICCOLOMINEUS, Franciscus, Naturae Totius Universi Scientia perfecta atque philosophica ... in quibus Encyclopaedia physica, et quicquid in magnae matris naturae mysteriis continetur ab ovo ad malum pertractatur ... Emendatior, ... auctior, etc. Francofurti, 16281630
Alsted, Johann Heinrich. Johannis-Henrici Alstedii Encyclopaedia : septem tomis distincta, etc. Herborn, 16301630
Licetus, Fortunius. Encyclopaedia ad aram mysticam nonarii terrigenae anonymi vetustissimi. Patauij , 16301637
Licetus, Fortunius. Ad Epei securim [of Simmias of Rhodes] encyclopaedia.Bononiae, 16371637
Pise, Marcellinus De. Moralis encyclopaedia : id est, scientiarum omnium chorus, expendens moraliter ... Evangelia, adjectis homiliis de festis Christo ... sacris ... Paris, 16371637
Stokowski, Stanislaus. Encyclopaedia naturalis entis, in genere & specie doctrine peripatetica, ad mentem doctoris Angelici expressa. Cracoviae, 16371640
Philipp, Johann. Encyclopaedia juris publici, privatiqve, civilis, criminalis, fevdalis, praesertim ad praesentem S. Rom. Imperij Statum direcit, & multis quaestionibus ex iure canonico aucti ... Francofurti, 16401640
Lycée Louis-le-Grand (PARIS) Encyclopaedia mathematica ad agones panegyricos anni 1640 ... In Claromontano Parisiensi Societatis Jesu Collegis. Paris, 16401643
Quadratura circuli, studiorum & exercitii academici, priden editi : Quae, Encyclopaedia, & cyclus seu orbis literarum, print in florentissimae Academiae Oxon London, 16431652
WOOLDRIDGE, George Henry (ed.). Encyclopaedia of Veterinary Medicine, Surgery and Obstetrics. 2nd ed., London, 16521653
Csere, János. Magyar encyclopaedia.Ultrajecti, 1653, 551655
Licetus, Fortunius. Fortunii Liceti ... ad Syringam a Theocrito Syracusio compactam ... encyclopaedia. Vtini, 16551656
Pise, Marcellinus de. and Anisson, Laurent. Moralis encyclopaedia.Lugduni, 16561657
Comenius, Johann Amos, Johan-Amos Comenii Schola ludus, seu, Encyclopaedia viva, Amsterdam, 16571661
Schott, Gaspar. P. Gasparis Schotti, Regiscuriani, e Societate Jesu ... Cursus mathematicus, sive, Absoluta omnium mathematicarum disciplinarum encyclopaedia Herbipoli, 16611661
Lith, Nicolaus à Disputatio philosophica inauguralis, de materiis praefixis : Quam cum annexae Encyclopaediae Philosophicae ...Ultrajecti, 16611675
Hunnius, Helfricus Ulricus. Encyclopaedia juris universi, quinque constans partibus. Coloniae Agrippinae, 16751686
Dolaeus, Johann. Encyclopaedia medicinae theoretico-practicae.Amstelodami, 16861686
DOLAEUS, Johann, Systema medicinale, a compleat system of physick, theorical and practical : in six books ..London, 1686.
(Translation of Encyclopaedia, medicinae theoretico-practicae.)1689
Dolaeus, Johann. Encyclopaedia Chirurgica rationalis, Francofurti ad Moenum, 1689.1699
BRUSASCHI, Giovanni Jacopo. Encyclopaedia aphoristica, etc. Romae, 1699こういうふうにEncyclopaediaという語をタイトルに含む著作を1450年から並べてみるとわかることがあります。
中世のもっとも大きなそして代表的は百科事典ヴァンサン・ド・ボーヴェの『大きな鑑』がIn quo totius naturae historia, omnium scientiarum encyclopaedia, moralis philosophiae thesaurus, temporum & actionum humanarum theatrum amplissimum exhibeturという副題をつけて、1624年ドゥーエー( Douai, 1624)で出版されていることです。刊本としての刊行はこれが最後で、1964年グラーツでリプリントが出版されたということです。校訂版は準備されているが、どこまで進んでいるのかはまだわかりません。
『大きな鑑』には部分訳があります。上智大学中世思想研究所編の『中世思想原典集成 第13巻 盛期スコラ学』(平凡社、1993)に収められています。
ボーヴェのウィンケンティウス「大きな鑑」須藤和夫+多井一雄訳『中世思想原典集成 第13巻 盛期スコラ学』(平凡社、1993):317-368
邦訳されているのは、序(書物全体の弁明の書)だけですが、それでも得られるところは少なくありません。
もともとは3部です。「自然の鑑」「学識の鑑」「歴史の鑑」です。後世の人が「道徳の鑑」を(勝手に)付加して4部作として後世には伝えられます。
「自然の鑑」では、神、天使、質料、世界の構造、被造物の本性、人間の本性と属性、人間の堕落と救済などが論じられている。
「学識の鑑」では、第1:言語についての諸学(語彙、文法、論理学、修辞学、詩学)、第2:実践的諸学(個人の倫理的実践学、家政学、政治学)、第3:機械的諸学(毛織術、兵術、演劇、航海術、狩猟、農業、錬金術などの技芸的諸学、臨床医学)、第4:理論的諸学(理論的医学、自然学、数学、形而上学、神学)が論じられている。
ひとりで4時45分、23.2度。
バリウムがまだお腹に残っています。はやめに全部でてくれるとよいのですが。朝一番で歯医者にでかけました。今回はこれでひとまず終了。歯石がつきやすいので、次回の検診のときに歯石のクリーリングも同時に受けて下さいということでした。さもありなん。
道を挟んで斜めお向かいのS家の解体工事が始まりました。秋には新しい家が完成するそうです。
[医師アリストテレス "Aristotle as a Physician"]
アリストテレスの自然学小論集を読み進めています。これはとても興味深い。「青年と老年について、生と死について」第3章 岩波書店、pp.290ff
「有血動物においてもまた心臓が最初に生じた。してこの事は、なおその生成を観察することができるものにおいて、われわれが見るところのものからして明らかである。したがって無血動物においてもまた必然に心臓に類比するものが最初に生じねばならぬ。して『動物部分論』においてすでに心臓が血管の始めであるということ、および有血動物にとっては血液が最後の影響で、これから[身体の]部分が生じるということが述べられた。」
「だが最上の支配を有するものであり、かつ完全なる働きをするものは心臓である。したがって必然的に有血動物においては霊魂の感覚能力の根源も栄養能力の根源も心臓の内にあらねばならぬ。というのは栄養に関する他の部分の仕事は心臓のために存在するからである。」
「しかし確かに少なくともすべての有血動物においては感覚[能力]の支配的な部分は心臓の内にある。なぜなら必然にこの内にすべての感覚に共通な感官があらねばならないからである。して味覚と触覚の二つは明らかに心臓にまで伸びているのをわれわれは見る。したがって他のものも必然にそうでなければならぬ。」
「青年と老年について、生と死について」第4章 岩波書店、pp.292ff
「さてもし動物が感覚的な霊魂を持っていることによって[それが動物であると]定義されるとすれば、有血動物においては必然に霊魂の根源を心臓の内に持っていなければならず、無血動物においてはそれを心臓に類比する部分の内に持っていなければならぬ。 ところが動物のすべての部分および身体の全体は生来のある本性的な暖[熱]を持っている。それが生きているときは、温かいものとして経験されるのはこの故である。が死んでその生を失ったときはその反対となる。事実、この暖の根源は有血動物においては必然に心臓の内にあらねばならぬ。が無血動物においては、それに類比する部分の内にあらねばならぬ。なぜならすべての部分が本性的な暖[熱]によって働きをなし、かつ食物を消化するのであるが、その最も支配的な部分がもっとも多くこれをするからである。他の部分が冷たくなっても、生が残るのはこの故である。だが心臓の部分が冷たくなる場合には[生は]全く滅亡する。」
「それゆえに必然に生とこの熱の保持とは一致し、死と呼ばれるものは熱のなくなることであらねばならぬ。」
「青年と老年について、生と死について」第5章 岩波書店、pp. 293-4
「さてわれわれは火には二種の消滅の仕方、すなわち燃尽と消火があることをみる。してわれわれはそれ自身からの消滅を燃尽と呼び、対立物による消滅を消火と呼ぶ。[前者は老年により、後者は強制によって起こる。]がいずれの仕方による消滅も同じ原因によって生ずるのである。なぜなら栄養[食物]が欠乏し暖[熱]が栄養ととることができない場合には、火の消滅が生じるからである。というのは対立物が消化を止どめて、火が栄養を受けることを妨げるからである。他の場合呼吸することも、冷却することもないために熱が過度に蓄積する場合には、燃尽が起こる。なぜならこのように大量蓄積した熱は速やかにその栄養を消耗し、かつ[栄養が]蒸発する以前に[それを]消耗して消滅させるからである。」
「そこでもし熱が保持されなければならないとすれば(してこの事は[動物が]生きていこうとする以上必須である)、根源の内にある熱が或る種の冷却を受けねばならないということが明らかである。」「呼吸について」第1章 pp. 296-7
呼吸について述べた古い自然学者たちは「すべての動物が呼吸すると主張している。がこのことは間違いである。」
「呼吸について」第2章 pp. 297-8
アナクサゴラスは「鰓を通して水を排出するときには、いつでも口中に空気が生じ、その空気を引き入れることによって魚は呼吸するのであると」主張しているが、「不可能である。」
「呼吸について」第6章 pp. 304-5
「ところでわれわれはあたかも内部の火が息によって養われ、かつ呼吸はいわば火に燃料が投げ与えられるようなもので、火が栄養を受けると、気息が吐き出されるかのごとく思って、呼吸は[火の]栄養のために起こるのだというふうに考えてはならぬ。」
「呼吸について」第16章 pp. 321-2
「さて動物の本性が一般的に言って冷却を必要とするのは、心臓の内で霊魂が熱せられるためである。して動物のうち心臓のみならず肺をも持っているかぎりのものは、呼吸によって冷却をなす。」魚は「鰓を通して水によって冷却をなす。」
「呼吸について」第17章 pp. 322-4
て出生と死とはすべての動物に共通である。がその仕方は[動物の]種類によって異なって いる。すなわちその死滅[の仕方]は相違しないわけではないけれども、何か共通なものを持っている。して[死には]暴力的な死と自然的な死とがある。」
「そしてこ の自然死の根源は動物の[部分の]始めからの構成に含まれているのであって、何か新たに外から得られた異常[様態]ではない。」
「さて死滅はすべての場合、熱の或る種の欠乏によって起こる。が成熟したものにおける死滅は、その実体の根源がその内に在る部分に熱が欠乏することに原因する」在る部分とは、上の下の中間部分であり、有血動物では心臓である。」
「生命の根源は、それと共在するところの熱が冷却されない場合には、それを有するものから去ってしまう。というのはしばしば述べられてように、それはそれ自身によって消耗[燃尽]されてしまうからである。」
老年になると「あたかも微かな小さな炎が自らの内にあって、それが小さな作用によって消えてしまうようなものである。」
「呼吸について」第18章 pp. 324-5
「さて出生とは栄養をつかさどる霊魂がはじめて暖かい部分に宿ることであり、生存とはこの宿ることを続けることである。して青年は冷却をつかさどる主要部が成長する時期であり、老年はこれが破滅する時期である。」
「老年における死は、この部分の燃尽であって、老年の故に冷却が不可能になることによって起こる。」
「呼吸について」第21章 pp. 327-9
最後の文章は次です。
「さてこのようにして生命と死とおよびこれに関連する事がらに関する問題はほとんどその全部について述べられた。だが健康と病気に関する問題は単に医者の[関心]事であるのみならず、その原因を語るかぎりにおいて自然学者の[関心]事でもある。してこの二者が如何[なる程度]に異なっているのか、ならびに如何[なる程度]に異なるところの問題を観極めようとするのであるかということを、われわれは見逃してはならぬ。というのは、事実の証するところでは、両者の仕事は少なくとも或る程度までは範囲を同じくするからである。なぜなら医者のうち練達にして探求心深い者は自然について何かを語り、かつそこから彼らの原理[たる根源]を取り出すことを要求し、自然について研究する者のうち、もっともすぐれた者はほとんど医術の原理において[その研究を]おわるからである。」
ちょうどシュミットの問題関心の焦点となっている文章で終わっています。3次文献の記述も紹介しましょう。秋間実氏は、日本大百科全書(WEB)において次のように記述されます。
アリストテレスの『動物誌』や『動物部分論』で「とくに興味深いのは、彼が心臓の役割をきわめて重くみたということである。心臓は、血液の源泉であり、有血動物が生存するのに 欠かせない体熱の起源であり、また、運動と感覚のはじめ、感情・思考の場、つまり心の座であるという。こうした認識に見合って、肺臓および脳の役目も規定 されることになる。すなわち、彼は、肺臓を呼吸によって生体の過熱を防ぐ空冷装置と解したし、脳には心臓の熱を調節するという副次的役割をふりあてて、脳 と感覚その他の精神現象とのかかわりは否定ないし無視したのである」。[プリニウス]
プリニウスの邦訳『プリニウスの博物誌』は、中野定雄・中野里美・中野美代訳、雄山閣出版、1986年として出ています。新版が1995年に出て、さらに五分冊の縮刷版が雄山閣出版から2012年に出ています。
構成は次のようになっています。
第1巻 序文
第2巻 天文
第3 - 6巻 地理
第7巻 人間
第8 - 10巻 動物
第11巻 昆虫
第12 - 19巻 植物
第20 - 27巻 薬草
第28 - 32巻 動物性薬品
第33巻 鉱物
第34巻 彫刻
第35巻 絵画
第36巻 建築
第37巻 宝石
おおきな特徴として、彫刻、絵画、建築に1巻があてられていることが挙げられます。技術の分野は、この3つ。あとは、宇宙、人間、動物界、植物界、鉱物界、ですが、昆虫に1巻があてられていること、地理に4巻があてられていること、鉱物の他に宝石が別巻としてたてられていることが目立ちます。動物界、植物界では、薬の材料としての側面がおおいに注目されています。薬草に8巻、動物性薬品に5巻あてられています。
私の研究分野だと手元にあった方がよい種類の本です。うーん、どうしましょうか。
ひとりで4時40分、23.6度。朝一番で検診。そして、午後3限4限5限と授業。
大学には7時半頃着きました。いろいろ片づけをしていましたが、ぼんやりと待っていようと思い、8時10分に並びました。1番。2番の方もすぐに来ました。8時30分開始ですが、8時20分ぐらいに始めてくれました。バリウムを飲む胃検診はパスしようと思っていたのですが、1番に並んだので、組み込まれてしまいました。諦めて受けました。苦手感はぬぐえません。はやくはじまったので、9時前に終了。大学前のコンビニで朝食と昼食を買って、研究室へ。そばを食べてみました。まずまずでしょう。
それから、授業のためのコピーをとり、スキャンをし、検索をしていました。午後は続けて授業、はじまってしまえば、例によって怒濤です。
指示により、研究室に帰ってすぐに下剤を飲んでいます。午後ずっとおなかがもやもやしたままでした。5限の最後には、けっこうごろごろしていました。図書館の方に教えてもらった次のサイトを試してみました。医学史の文献もかなりヒットし、ダウンロードできます。便利です。
PubMed(医学系分野の文献検索サービス)
検索ページこれを書いていると、大学のリモートアクセスで OED が使えるようになったという連絡がありました。助かります。
→13.6.7 見直してみました。実際には、PubMed の論文はすでに相当数ダウンロードしていました。
PMC: US National Library of Medicine, National Institute of Health
ダウンロードできるのは、
J R Soc Medの Vols. 71 to 106; 1978 to 2013
Proc R Soc Med:のVols. 1 to 70; 1908 to 1977
Med Chir Transの Vols. 1 to 90; 1809 to 1907
です。
ひとりで3時20分、23.6度。おおきいちびは今日から職場体験。妻といっしょに出ていきました。午前中は私一人でお留守番。何件か処理しなければならない事柄をこの間に処理したいと思っています。
何とか5点の封筒を作ることができました。ひとつは翻訳のゲラ。一度は目を通しています。しっかり読んで校了としました。3つは、原稿のチェック。本来はもうすこしはやくすませないといけなかったのものです。半年遅れのものもあります。これも集中してなんとかこなしました。
あとは、書類。お役所関係の書類ですが、なかなかに面倒です。これは妻に手伝ってもらって完了としました。たぶん大丈夫だと思います。
それから机の上の片づけ。書類を積み重ねています。8割方はなんとか収まるべき場所(たとえばリングファインダー)に収まりました。
それに明日は朝一番で検診(大学の健康診断)を受けます。その準備もあります。午後8時から飲食禁止とあります。8時半スタートなので、子どもたちよりもはやく家をでることになります。[Physicaの意味:自然学と医学]
ウェブで次の論文をダウンロードし昨日から読み始めました。
Jerome J. Bylebyle, "The Medical Meaning of Physica", Osiris, 2nd Series, 6(1990): 16-41
オサイリスのこの巻は、「ルネサンスの医学:伝統の発展」という特集になっています。
クリステラーから始めなければならないとあります。Paul Oskar Kristeller, "The School of Salerno: Its Development and Contribution to the History of Learning," Bulletin of the History of Medicine, 17(1945): 138-194
そして、最近ではローンの研究とあります。Brian Lawn, The Salenitan Questions: An Introduction to the History of Medieval and Renassance Problem Literature, Oxford: Clarendon Press, 1963
Brian Lawn(ed.), The Prose Salenitan Questions, London, 1979
夜半に目覚めてすこし仕事。6時5分前、21.6度。快晴です。
1限目の時間帯に会議が入りました。
8時42分武蔵境発の電車となりました。いつもと違う道をとおり、そのまま会議室に向かいました。ちょうど1時間の会議。終了後、事務、図書館へよりました。
ILLで届いていた次の論文を受け取りました。
森 良和 「アリストテレスの偽書「秘中の秘」:中世の最も有名な書」『教育研究 : Tamagawa / 玉川学園教育研究所』3(1998): 174-187
それから研究所によって、スキャンしたあと、研究室で事務的な仕事を進めました。[医師アリストテレス "Aristotle as a Physician" or "Arisototeles medicus"]
ロジャー・ベイコンの調査は終わっていませんが、“医師アリストテレス”に関心をもつようになり、いくつか論文を読んでみようと思います。まずシュミットの次のものを読みました。
Charles Schmitt, "Aristotle among the physicians," in: A. Wear, RK French and IM Lonie (eds.), The medical renaissance of the sixteenth century (Cambridge, 1985) , 1-15, 271-279 reprinted in Reappraisals in Renaissance Thought (London, Varorum, 1989)
p. 2 で次のように言っています。「アリストテレスは、医学的著作がほんの断片しか残っていないとはいえ、医学的著作家でもあった。」テキスト上ならびに図像学的証拠から、解剖学と関連分野について広く仕事をしたことは明らかである。De Sanitate et Morboのわずかの行だけが残存し、それはParva Naruraliaに収められている。
シュミットの目的は、16世紀のイタリアの大学における自然哲学と医学の関連(についてのアリストテレス派の解釈)を探ることです。シュミットは網羅することはできなかったと書きますが、さすがシュミットです、有用な論考となり得ています。De sensu et sensibilibus 436a 17-22 については金山弥平さんの訳を引用します。「健康と病気についてその諸原理を見極めることも、自然学者の仕事である。なぜなら、生命を失ったものには、健康も病気も生じえないからである。それゆえ、自然研究に携わる人たちの大部分と、医者の中でより哲学的に医術を追究して行く人々の間で、自然学者たちは、医術に関する事柄を論ずるにいたるわけだし、医者たちは医術を論じるにあたって、自然に関する原理から出発することにもなるのである。」(金山弥平「理論と経験―古代医学における経験派の方法論―」p.1)
シュミットは、Parva naturaliaをあげます。この翻訳は手元にあります。『アリストテレス全集 第6巻』(岩波書店)です。これは、霊魂論、自然学小論集、気息について、の3点を含みます。
そして、この『自然学小論集』は、「感覚と感覚されるものについて」、「記憶と想起について」、「睡眠と覚醒について」、「夢について」、「夢占いについて」、「長命と短命について」、「青年と老年について、生と死について」、「呼吸について」からなります。
シュミットも金山さんも引用する箇所をこの翻訳(副島民雄訳)で引用してみましょう。p.182 「ところで、健康と病気についてその第1原理を調べることも、自然学者の仕事である。というのは健康も病気も生命を欠くものに生じることはできないからである。この故に自然について研究する者のほとんど大部分の人たちや、医者のうちその術を一層学問的に研究する人たちは、前者はその研究の終わりにおいて医術に関する事柄に到着するし、後者は自然に関する研究を基礎として[医術に関する研究を]始めるのである。」
今回の探究にもっとも関係するのは、「長命と短命について」、「青年と老年について、生と死について」、「呼吸について」の3論考です。
「長命と短命について」の第5章のはじめで、アリストテレスは自分の基本的な考えを述べています。p.280 「われわれは動物が本来湿っていて暖かくあるということ、生ということはこのようなものであるということ、しかるに老年は乾いていて冷たくあるということ、そこで屍体はそうであるということを許さねばならぬ。」
ひとりで4時10分前、室温20.1度。月曜日は、2限3限4限の授業。
授業が終わってすぐに帰宅し、しばらく休んでから歯医者さん。しばらく食事ができなくなることを考えて、冷蔵庫のなかにあったビーフンを温めて食べておきました。5時半の予約。5時45分頃名前を呼ばれました。前回型をとっています。今回はそれが出来上がってきていて装着します。
銀歯だらけは少々格好悪いのですが、こればかりは誰のせいでもない。仕方ありません。とくに違和感もありません。[Roger Bacon in Alchemical Collections]
これもせっかくなので、おおきな錬金術集成に採録されたロジャー・ベイコンを確認していくこととします。ARTIS AURIFERAE, 1610 には次の1点です。
8. Rogerius Bacho Anglus de mirabili Potestate artis et naturae, Vol. II, pp. 327ff.Verae Alchemiae, 1611 にも次の1点です。
8. Rogerii Bachonis "De Alchemia libellus cui titulum fecit. Speculum Alchemiae", pp. 201ff.Alchemiae Gebri Arabis, 1541, 1545 には次の1点。
5. "Speculum alchemi", Rogerij Bachonis. pp. 208-220
ちなみに1541年の版は、ヘルメスのエメラルド板とホルトゥラヌスの注釈の両方をともに含む版としては最初のものです。1597に出版された『錬金術の鑑』の構成は、この『アラビアのゲーベルの錬金術』から半分程度を訳したものとなっています。Deutsches theatrum chemicum(1728-30)は18世紀の集成ですが、第3巻に数多くのロジャー・ベイコンを含みます。
31. Rogerii Baconis, Chymisch- und Philosophische Schrifften... Nebst einer Vorrede, darinnen von dem Leben und Schrifften Rogerii Baconis Nachricht gegeben wird.
32. Rogerii Baconis, Radix Mundi, oder Wurtzel der Welt, verdeutscht nach dem Englischen von William Salmon.
33. Rogerii Baconis, Medulla Alchimiae, darinnen vom Stein der Weisen, und von der vornehmsten Tincturen des Goldes, Vitriols und Antimonii, gehandelt wird. Item eine Alchymische Epistel, so Alexandro zugeschrieben worden. Vormals durch Joachim Tanckium... Nun aber, durch Friederich Roth-Scholtzen... publiciret...
34. Rogerii Baconis, Spiegel der Alchemie.
35. Rogerii Baconis, Tractat vom Golde, oder gründlicher Bericht von der Bereitung des Philosophischen Steins, so aus dem Golde gemacht wird.
36. Rogerii Baconis, Tractat von der Tinctur und Oel des Vitriols.
37. Rogerii Baconis, Tractat von der Tinctur und Oel des Antimonii, von der wahren und rechten Bereitung des Spiessglases, menschliche Schwach-heiten und Kranckheiten dadurch zu heilen, und die imperfecten Metallen in Verbesseerung zu setzen.
38. Epistel oder Send-Brief des Kayser Alexandri, welcher zu erst in Griechenland und Macedonian regieret hat, auch ein Kayser der Persianer gewesen: Darinnen der Stein der Weisen durch ein Gleichnüss und Parabel sehr lustig und wohl beschrieben erkläret wird.
39. Rogerii Baconis, Angli, Send-Schreiben von geheimen Würckungen der Kunst und der Natur, und von der Nichtigkeit der falschen Magiae.
40. Rogerii Baconis, Epistola de secretis operibus Artis & Naturae, & de nullitate Magiae. Opera Johannis Dee... e pluribus exemplaribus castigata olim, & ad sensum integrum restituta (in Latin).
擬ベイコンを含みます。この作業も必要ですが、そもそもロジャー・ベイコンに電撃を与えた『秘中の秘』そのものの出版史も押さえておかなければならないでしょう。
ボレリのBiblioteca Chimicaには、"Aristoteles, de secretis secretorum, ad Alexandrum Magnum" が立項されています。
ファーガソンのBiblioteca Chimicaに取り上げられているアリストテレスは、1.Tractatalus sw Practica lapides philosophici , De Perfection Magisterio, Tractatus ad Alexandrum Magnum, de Lapide philosophico olim conscriptus. 今では Pseudo-Aristotle に分類される種類の文書です。
ひとりで4時10分、室温21.3度。外はもうすこし気温が下がっているかもしれません。[学部学生へ:ネットでの論文の探し方]
情報をまとめておくために、学部学生(3年生ゼミ)に送ったメールを公開しておきます。大学のデータベース利用は、外大のものですが、他の大学でも類似のサービスはあると思います。(リモートアクセス等)みなさま
授業の最中に口頭でお伝えしたことですが、念のため 文章でもお知らせしておきます。
検索サイトです。
論文を捜すには次の2つが基本です。
学術グーグル
CiNii 論文情報ナビゲーター
古い本に関しては、グーグルブックで現物がダウンロードできる ことが多くあります。ダウンロードできなくても一部見ることが できる場合も多くあります。
グーグルブックグラフや、図版等は、 グーグルの画像検索を使うとはやく探せます。
外大図書館の次のアドレスには、自宅から大学図書館のデータベースを 使う方法が書かれています。
http://www.tufs.ac.jp/common/library/guide/list/online_vpn.html これを利用すれば、サイニーに有料登録しなくても公開されている ファイルはダウンロードできるようになります。こういう仕方でもダウンロード出来ない場合には、図書館に行って 現物を借り、コピーをするか、あるいは ILL (InterLibrary Loan) によって、他大学の所蔵する資料からコピーを送ってもらいます。
ひとりで4時40分、室温22.3度。快晴です。
小学生は学校公開日(授業参観日)。おおきいちびは練習試合。私は午後理事会編集委員会です。
12時前にでかけ、7時半に帰ってきました。午後丸々会議に費やしました。なかなかに疲れます。帰り道はすこし寒く感じました。夜から明日にかけて気温が下がるという予報です。[Roger Bacon in Theatrum Chemicum]
Theatrum Chemicumに採録されたロジャー・ベイコンを確かめました。次の2点のみ。
Rogerius Bachon. "De Alchemia Libellus cui titulum fecit speculum Alchemiae", Vol. II, pp. 433-442
"Epistola Fr. Rogerii Baconis, de secretis operibus artis & naturae, & nullitate magiae, cum notis", pp. 834-868
つまり、『錬金術の鑑』と『業と自然のはたらきの秘密についての書簡』だけです。
すくなくとも擬トマス・アクィナスが4点あるのと比べても少ないと言えます。MSSが見つからなかったのでしょう。Manget, Jean-Jacques, (1652-1742) , Io. Iacobi Mangeti... Bibliotheca chemica curiosa seu Rerum ad alchemiam pertinentium thesaurus instructissimus,, Geneve, 1702 のリプリントは、2004年の秋(9.29)に入手しています。これに採録されているベイコンも、『化学の劇場』と同じ2点です。
37. Rogerius Baco. "De Alcbymla Libellus cui titulus Speculum Alchemiae", pp. 613-615.
38. Rogerius Baco. "De Secretis operibus Artis & Naturae et de Nullitate Magiae Epistola (ad Guilielmum Parisiensem conscripta)", pp. 616-625.
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