ひとりで5時、室温24.8度。雨は上がっています。晴れ間はありません。ちいさいちびは朝練。6時に起こす約束だったのですが、ちょっと忘れて、6時10分。うーんとうなりながら、6時20分には支度にとりかかりました。→腹痛のせいで、今日は朝練は休むこととなりました。
2限3限4限。
いつものように、怒濤でした。帰宅すると、照度計が届いていました。学会出張のため荷造りにそろそろ着手すべきかと思い、リュックを取り出しました。ずっと行方不明だったガイガーカウンターが出てきました。とりあえず、照度計とガイガーカウンターを並べて置いています。
ひとりで5時20分、室温24.8度。 ばたばたと雨がよく降っています。雨の週末。と思ったら、子どもたちが起きてくる頃には雨が上がりました。不安定な天候。朝方は日射しがありました。午後4時前に雷鳴と雷光があり、強い雨が降りました。雷鳴と雷光は40分ぐらいで収まりましたが、しばらく止んでから、また6時すぎに雷鳴と雷光を伴った強い雨が降り始めました。
雨が止んでいる間に、ツタヤの更新、夕食の材料の買い出し、そして、杉並区長選挙の投票に行ってきました。選挙はすっかり忘れていました。私と同じパターンの人がけっこういました。夕刻、次の本が届きました。
石岡良治『視覚文化「超」講義』フィルムアート社、2014最後に残っていた授業の終了処理ですが、何をするのか決めました。あとは、実際に行うだけです。来週は今学期一番忙しい週となります。プランが埋まってほっとしています。
息子が起きて6時、室温24.5度。雨が降っています。強弱ありつつ、割としっかりと降っています。
息子は土曜日学校。ちいさいちびは午後1番で部活。おおきいちびは受験生。
妻は7時、ちびどもは8時頃起きてきました。
蚊の音で息子が起きて4時半、室温25.5度。息子には早すぎます。本人は今日早く寝るといっていますが、ちょっと心配です。曇り。3時間後、6時間後、それはわかりませんが、今日は雨が降りそうだという空模様です。予報では午後の降水確率が50%。午前中に、昨日着手した終了処理に関し、1つを除き、目処をつけました。その一つは、空白にしている一こまの授業をどうするかというものです。残りは、いつ、なにをするのか決めました。
娘達は、水曜日からあった定期考査の終了日です。ちいさいちびははじめての定期考査だったのでけっこうぴーぴー言っていました。
[概論科目]
ことしはじまった概論科目(思想文化概論)ですが、できればよいと思いつつ、結局今年は見送ったことがらがあります。
「文学部」の起源。
世界で最初の文学部はどこか? 不明のままです。もちろん、日本語で文学部と称するものは、英語では、Faculty of Humanities, Faculty of Arts and Letters, Faculty of Letters, Faculty of Arts, Faculty of Literature, と様々に表記されます。
日本で最初の文学部(帝国大学文科大学)、2番目の文学部(京都帝国大学文科大学)がそうであったように、今のことばで言えば人文社会学部の内容、そしてしばらくしてからは人文学部の内容を持つものが大半だと思われます。純粋に文学の学部は、実はあまり多くないと言えるでしょう。
世界における「文学部」、「人文学部」の最初はどこでしょう? 簡単な調査では不明です。社会学部。
なんと国立大学で「社会学部」があるのは、一橋だけだそうです。英語では、Faculty of Social Sciences。ですから社会科学を広く含むもので、狭い意味での社会学 sociology の学部ではないとあります。
そして、世界で最初の社会学部は、1982年ロックフェラーの基金をもとに作られたシカゴ大学に創設されたそうです。1930年頃までアメリカの社会学は、いわゆる「シカゴ学派」が主導したとあります。
ほかをきちんとあたっていませんが、これはそうではないかと思われます。経済学部。
これはまだよくわかりません。日本の政治経済学部の最初は、早稲田大学だとあります。東京帝国大学には文学部のなかに「政治学及理財学科」がそれより先に置かれたいたそうです。
有名なLSE London School of Enonomics and Political Sciences は1885年創設です。年表には、1904年、イギリス最初の社会学部を設置とあります。ロンドン大学政治経済学部やロンドン大学経済学部と訳されることもあるそうですが、単純に LSE のままの方が誤解がないと思われます。
LSE は経済学の分野では11人のノーベル賞受賞者を出しているそうです。
日本ではどこが LSE に一番近いのでしょうか?理学部。
エジンバラ大学のサイトによれば、1864年、理学学士と理学博士号(Doctor of Science) を世界で最初に創設した、1893年、理学部(faculty of science)を作ったとあります。東大(帝国大学)は、創設時に理学部を設けていますから、これが最初の理学部というわけではありませんが、19世紀のどこかで誕生したことは間違いないようです。化学部。faculty of chemistry
日本では、 化学部 はないようです。世界ではどうでしょう。
Wiki の記述では、イギリスのイーストアングリア大学は、Faculty of Arts and Humanities, Faculty of Medicine and Health Sciences, Faculty of Science, Faculty of Social Sciences の4ファカルティからなり、 Faculty of Scienceは、9つのスクールからなるとあります。(生物学、化学、コンピュータ、工学、環境科学、数学、自然科学(?)、薬学、保険数理学)School of Chemistry に化学部の訳語を当てています。うーん。これはやはり、化学科の方が近いかと思います。外国語学部。
授業の最初に「外国語学」なるものはないと言っています。これは昔大学の同僚から効いた話ですが「外国語学部」は特殊東アジアにだけ存在する学部だそうです。日本、韓国、中国。
たとえば、ロンドンには有名は SOAS がありますが、The School of Oriental and African Studies の略で、外国語=foreign language という言葉はそのなかにありません。言葉が示す通り、SOAS はアジアとアフリカの地域研究の機関です。商学部。
一橋は、社会学部、法学部、商学部、経済学部からなります。いちばん一橋らしいのは私の観点からは商学部です。ところで、商学部とは何でしょう? Business School ? 一橋のサイトを見ると、Faculty of Commerce and Management 。大学院は、Graduate School of Commerce and Management です。
Wiki によれば、最初のbusiness school は、ESCP Europe で、1819年パリに設立されたそうです。今、パリ、ロンドン、ベルリン、マドリッド、トリノにキャンパスをもつとあります。
1881年、アメリカの最初のビジネススクールがペンシルヴェニア大学のウォートン校としてできたそうです。
1902年に設立されたバーミンガムビジネススクールが英国で最初のビジネススクール。
1908年、ハーバード大学に、ハーバードビジネススクールが作られ、MBA を出すプログラムとして世界で最初であった。
英語のWikiには日本のことは触れられていません。内容的に言えば、商学というよりも経営学だと思われます。
世界で見れば、Faculty of Commerce もないわけではありませんが、「商学部」とは、どうも、圧倒的に日本に多い呼称のように思われます。農学部。
ピサ大学のサイトは、1871年世界で最初の「農学部」を設立したと謳っています。駒場農学校(すぐに帝国大学農科大学=農学部)の開校は、1878年ですから、すくなくとも東大農学部より7年早い。同じくサイトの記述によれば、ピサ大学でははやくから農夫の教育に力を入れており、1840年農学教授職を設立し、1844年農学校(School of Agriculture) を設立していた、とあります。高専。
大学の学部でありませんが、工学系、技術系、の高等教育を考えるとき、日本では高専、すなわち、高等専門学校を欠くわけにはいきません。
ざっと調べてみると、法律が成立したのが、1961年です。個人的な感じでは、意外に遅い。2011年現在で日本に57校あるそうです。原則としては1都道府県に1校ということです。(国立51、公立3、私立3)。
学科は、機械系、電気電子系、情報系、化学系、土木建築系、商船系、とあるそうです。商船があるのがちょっと珍しい。
中学卒業後5年一貫制の課程で勉強し、ほとんどは実践的技術者として就職するが、その先2年間の専攻科も設けられていて、専攻科を卒業すると、5+2=3+4,で大学卒と同じ資格(学士の称号)を得ることができる、とあります。
(突っ込めば、「実践的」ではない技術者とは何? みたいなこともありますが、その辺はここでは放置します。)
専攻科を卒業した時点で大学の工学部と比較すると、資格的には同等だが、高専はほぼ実践的技術者として就職するのに対して、工学部の卒業生の進路は相当多様ということになるのでしょうか。(調べずに、見通しとして書いています。)
東京の高専、国立東京工業高等専門学校は、八王子市にあります。京王線の「めじろ台」駅から徒歩15分、「狭間」駅から徒歩5分とあります。
たぶん、一般的には高専は、ロボコンで知られていると思います。ロボコンがなければ、知名度は低いままということだと思われます。
ひとりで4時50分、室温23.2度。3限4限5限。
学期末が見えてきました。終了処理に着手する頃かと思われます。
ひとりで4時24分、室温23.5度。日本時間の早朝にコロンビア戦。1対4で日本敗退。闘い方は間違っていなかったと思います。日本選手の弱いところをつかれました。
ともあれ、これにて日本のワールドカップブラジル大会は終了しました。朝一番で次の本が届きました。
『自然大博物館』小学館、1992
807頁の学習図鑑です。子供用にと購入しましたが、基本を確認するには、このぐらいの大きさで1冊にまとまっていると便利です。つまり、大人が利用してもつかいやすいレファレンスだと思います。予定では3時から7時で会議。
ひとりで3時55分、室温24.8度。今は降っていません。予報では朝方雨が降るようです。
→ 予報とは逆にでました。子どもたちが学校にでかけるころには晴れ間が見えるようになり、玄関に日射しがさしてきました。今月はここで100枚。
3時前後、雷光、雷鳴とともに豪雨。玄関のところが雨漏りしました。我が家の雨漏りは時間雨量100ミリを記録した杉並豪雨以来です。40分ぐらいでほぼ収まりました。学校から連絡があったので、妻が小学校に迎えに行きました。
恐がりの小学3年生を怖がらせるには十分な雷でした。午後、次の雑誌が届きました。
Journal of Early Modern Studies, Vol. 2, Issue 1, Spring 2013, "The Creative Role of Experimentation in Early Modern Science", Zeta Books
この雑誌は、ブカレストの「近代思考の源泉」研究センターが編集し、Zeta Booksが発行するとあります。
目次は次です。(最後のものは、アクセントを正常化する作業をさぼっています。)
Cesare Pastorino, "Fracis Bacon and the Institutions for the Promotion of Knowledge and Innovation,"
Claudio Buccolini, "Mersenne translator of Bacon?,"
Benedino Gemelli, "Isaac Beeckman as a reader of Francis Bacon’s Sylva Sylvarum ,"
Laura Georgescu, "One experiment, Different Uses: Floating Magnetic Bodies in Peregrinus, Norman and Gilbert ,"
Mihnea Dobre, "On glass-drops: a case study of the interplay between experimentation and explanation in seventeenth-century natural philosophy ,"
Delphine Kolesnik, Le ro^le des expériences dans la physiologie d’Henricus Regius : les 《pierres lydiennes》 du cartésianisme ,"
Jonathan Regier, "Method and the a priori in Keplerian metaphysics ,"
Sebastian Mateiescu, Review of Lorraine Daston and Elizabeth Lunbeck (eds), Histories of Scientific Observation, Chicago and London: University of Chicago Press, 2011
Iovan Drehe、Review of Robert Goulding, Defending Hypatia: Ramus, Savile, and the Renaissance Rediscovery of Mathematical History, Dordrecht, Heidelberg, London and New York: Springer, 2010
Ovidiu Olar, Review of Tudor Dinu, Dimitrie Cantemir ?i Nicolae Mavrocordat. Rivalit??i politice ?i literare la i^nceputul secolului XVIII, [De´me´trius Cantemir et Nicolas Mavrocordatos. Rivalite´s politiques et litte´raires au de´but du XVIIIe sie`cle] Bucure?ti, Humanitas, 2011
ひとりで4時10分、室温23.3度。雨は上がっています。小鳥たちの泣き声がにぎやかです。2限3限4限。
[行方不明の本たち]
使う必要があって探している本があります。購入の記録は取っているので、持っていることは間違いありませんが、どこに置いているのかわからない本たちです。
気になったので、朝のうちに捜索活動を行い、次の1点は見つけました。
『科学大博物館―装置・器具の歴史事典』(朝倉書店、2005)
机の上に LED 懐中電灯を常備しています。私の視力だと、こういう助けが要ります。『科学大博物館』に関しては、何カ所かの候補地があり、 LED 懐中電灯を使うことですぐに見つけることができました。取り出すのはこれもまたたいへんです。本の山をひとつ別の場所に移し、机の下にもぐり手を最大限に伸ばしてやっと引き出すことができました。
『現代科学史大百科事典』と記述内容を比較してみました。
「蒸留」に関しては、明らかに『現代科学史大百科事典』の方がよい。→ まったくかわって、アマゾンで『科学大博物館』に記載されている器具がどの程度買えるのか調べてみたくなりました。
菊池君が訳している「吹管」ですが、当然なし。今はこの語で引くと楽器が出てきます。まあ、そうでしょう。特に炎色反応を利用した定性分析に1760年頃から約100年間にわたり使われています。ラヴォワジェ革命の前後100年といったところでしょうか。15種類以上の元素の発見手段となりましたが、今は、現役のケミストでも知らない方は知らないアンティーク化学道具と言えるでしょう。
年長のケミストのなかにはまだ使える方もいるかもしれません。pH計。千円2千円のオーダーでまずまず使えるpH計がけっこう売っています。パナソニックがpH試験液を\648で売っていて、これは意外でした。
ガイガーカウンターにも、やはり千円2千円のオーダーで買えるものがあります。信頼性は不明です。2万程度のものであればまずまず使えるようです。専門家による機器そのものの評価が公表されているとよいのですが。
子どもの頃楽しかった記憶がある日光写真ですが、小学生の自由研究の教材としてまだ売られていました。感光紙もあります。ピンホールカメラ用でしょうが、それで十分でしょう。コピーアートペーパーという名前でした。アイロンをかければ像を定着させることができるとあります。
ひとりで4時40分、室温25.9度。雨。夜降り始めた雨がしとしと降っています。室温は低くなっていませんが、外はいくらか寒い感じです。午前中に、娘の部活の準々決勝。我が家の女性陣は全員出動です。妻は6時、長女は6時半、次女は7時に起床。
正午すぎにまずちいさいちびが帰ってきました。お腹空いた! ダブルスコアまではいきませんが、20点差以上をつけられて敗北したそうです。そして、即引退。次いで妻、しばらくしておおきいちびが帰ってきました。
おおきいちびの部活はこれにて終了。このあとは、部活に関するものはなにもかもなくなります。
ちびどもはもうすぐ定期試験。定期試験が終わるまではちいさいちびの部活もお休みです。
ひとりで3時30分、室温25.6度。晴れ。本日は夏至です。遅れていますが。6月12日(木曜日)3限の講義(概論科目)で行った集計結果です。
問い:mixi, twitter, facebook, Line というSNS のうち使っているものに○を付けて下さい。
回答集計:mixi:0, twitter:13, facebook:17, Line:25
つまり、学生たち(全員3年生以上です)においても、友達との連絡の基本はライン。ついでフェイスブックとツィッター(5割強)。ミクシはもはや廃れている。
コメントのなかには、ラインは使いたくないのだが、部活等の連絡に必須なので仕方なしに利用しているという声がありました。ミクシは昔使っていたことがあるという声がありました。
母数がちいさいのですが、ほぼ状況はつかめるのではないかと思っています。
ひとりで4時、室温24.6度。晴れ。日本時間午前7時キックオフの日本対ギリシャ戦。前よりは日本選手に動きがあったと思いますが、スコアレスドロー。
お昼過ぎ、次のDVDが届きました。
『東京原発』 GPミュージアムソフト、2002
役所広司,段田安則,平田満,吉田日出子,徳井優,山川元出演
本編110分、特典映像66分です。1回の授業でははみだします。授業で使うには、2回分が必要となります。
ひとりで3時20分、室温24.3度。→晴れ。3限4限5限6限。
11時頃に昼食をとってから大学へ。3限の概論は、ヴェサリウスの前までの医学史を話しました。来週はヴェサリウスから近代医学の成立まで。
→ 6限というのは、いつも非常勤で来ていただいてる都甲先生との食事会。昔カンピレだった場所に行きました。10時前まで。
ひとりで3時50分、室温24.5度。会議の日。午後2時からはじまります。終了予定時刻は3時50分。終わる時間は取り上げられる案件(議題)と予測不可能な議論の流れによります。はやく終わってくれるともちろんうれしいのですが、最近は大切なところを詰めきれずに見切り発車となっている場合が多い。私立大学の教授会の様子はわかりませんが、国立大学はどこもそういう様子ではないかと思われます。
→4時15分に学部教授会は終了しました。ましです。4時28分多磨駅発の電車で帰宅することができました。
→ 学部教授会で、Super Global University について学部長より説明がありました。 4学期制は、案がほぼ固まり、来年から実施ということです。もうすこしつめる必要がありますが、何とか対応できるのではないでしょうか。
また、Super Global University申請案に書いた内容は、合否にかかわらず、大学として実行すると学長より宣言されたそうです。最近の大学は、なんとほんとうにせわしいな。大学図書館で次の本を受け取りました。
『現代科学史大百科事典』太田次郎 総監訳/桜井邦朋 ・山崎昶 ・木村龍治 ・森政稔 監訳/久村典子 訳、朝倉書店、2014、B5, 936Pp, 定価29,160円
もとは次です。The Oxford Companion to the History of Modern Science(2003)
いくつかの項目を読んでみました。高いのですが、有用です。使えます。出版社のサイトの言葉をそのまま引用すると次です。「自然についての知識の成長と分枝を600余の大項目で解説。ルネサンスから現代科学へと至る個別科学の事項に加え,時 代とのかかわりや地域的視点を盛り込む。〔項目例〕科学革命論/ダーウィニズム/(組織)植物園/CERN/東洋への伝播(科学知識)証明/エントロピー /銀河系(分野)錬金術/物理学(器具・応用)天秤/望遠鏡/チェルノブイリ/航空学/熱電子管(伝記)ヴェサリウス/リンネ/湯川秀樹」。
→目次がなかなかよいと思います。
「科学の組織化と伝播」の所には、「科学専門職」、 「制度・組織」、「個別研究機関・組織」、「科学の普及」、「科学内のコミュニケーション」、「庇護・後援の下位区分」が設けられ、「科学内のコミュニケーション」には、科学におけるレトリック/学術雑誌/グランドツアー/電子メディア/東洋への伝播/ネットワークとヴァーチャル大学/ピアレヴュー/マイノリティ・グループ/論文、の項目が立てられています。
よくできていると思うのは、この項目の選択です。もちろん、これがあった方がよいとかこれはちょっととかいうのは、すこしありますが、全体として適正な選択をしていると思います。→原著を調べてみました。Kindle 版が\6,198です。ハードカバーが\15,472。日本語版は、英語ハード版の倍の値段になっています。
→14.6.22 記事数で609。200人以上の著名な学者が執筆していると英語の内容紹介にあります。
全部の項目を調べたわけではありませんが、小項目はありません。1段が23字×46行=1058字で2段組です。短い項目でも、1000字程度はあります。中項目以上、ということになります。
伝記は、約100項目です。邦訳では「科学とその応用への貢献が顕著だっただけではなく、その生涯が象徴的だったり興味深かったりした人々」を取り上げたとあります。一言では科学の象徴的人物ということになるでしょう。私の詳しいところでは、ボイル、フック、ニュートン、ハーヴィ、デカルト、ホイヘンスはありますが、ライプニッツ、ステノ、パラケルスス、ファン・ヘルモント、ウィリス、シルヴィウス、ハラーはありません。
化学者と呼べる人は、ウッドワード、キュリー夫妻、ケクレ、ドルトン、パストゥール、ハーバー、ファラデー、フィッシャー、福井謙一、ベルセリウス、ボイル、ホジキン、メンデレーエフ、ラヴォアジェ、リービッヒ、ノモノーソフ、ユーリーです。
ちなみに日本人では、福井謙一と湯川秀樹の二人だけです。
ヴァールブルク(ヴェルナー)、ウッドワード(ロック)、化学(7頁にわたります、ロック)、化学結合と原子価(ロック)、化学元素(メアリー・ジョー・ナイ)、化学等量(ロック)、化学の「根(基)」(ロック)、化学の実験室(ホームズ)、化学の用語と命名法(メアリー・ジョー・ナイ)、化学兵器と生物兵器(フェルドマン)、化合物(ホームズ)、ガラス(Klein and Boyd, History of Glass, 1991, Harvé Arribart and Bernadette Bensaude-Vincent)、キュリー夫妻(ハイルブロン)、金属(ホームズ)、ケクレ(ロック)、結晶学(レイチェル・ローダン)、原子構造(ハイルブロン)、原質(メアリー・ジョー・ナイ)、原子と分子(ロック)、原子量(ロック)、鉱業専門学校(レイチェル・ローダン)、光合成(ジャネット・ブラウン)、酵素(ホームズ、鉱物学と岩石学(レイチェル・ローダン)、呼吸と蒸散(ジャネット・ブラウン)、細菌学と微生物学(メンデルゾーン)、材料科学(Bensaude-Vincent)、酸素(ホームズ、酸と塩基(ヴァイニンジャー)、実験哲学(ハイルブロン)、質量作用の法則(ホームズ)、質量分析器(ファルコナー)、写真術(ウェア)、周期表(ロック)、蒸留(ホームズ)、浸透(ヴァイニンジャー)、水成論と火成論(レイチェル・ローダン)、生化学(ホームズ)、染料(ロック)、ソルヴェイ会議とソルヴェイ研究所(ウェストウィック)、代謝(ホームズ)、炭水化物と脂肪(ロック)、タンパク質(メアリー・ジョー・ナイ)、超ウラン元素(ブロック)、DNA(メアリー・ジョー・ナイ)、電気分解(メアリー・ジョー・ナイ)、天秤(ホームズ)、土類(ホームズ)、ドルトン(ロック)、ナイロン(ブロック)、パストゥール(ストリック)、発酵(ホームズ)、ハーバー(ヴェルナー)、pH(ロック)、火と熱(ハイルブロン)、ファラデー(フランク・ジェームズ)、フィッシャー(ロック)、不可量物(ハイルブロン)、福井謙一(バーソロミュー)、物理化学(メアリー・ジョー・ナイ)、プラスチック(Bensaude-Vincent)、ロザリンド・フランクリン(オルビ)、ブールハーヴェ(パワーズ)、フック(フェルドマン)、フロギストン(ホームズ)、分析化学(ロック)、分析と総合(ローズマリー・サージェント)、ブンゼンバーナー(ロック)、分泌(ホームズ)、ベーコン主義(フェルドマン)、ベルセリウス(ホームズ)、ベルナール(ホームズ)、ヘルメス主義(ローダン)、ボイル(ニューマン)、ホジキン(メアリー・ジョー・ナイ)、ホメオスタシス(ホームズ)、ポリマー(ロック)、ポーリング(メアリー・ジョー・ナイ)、マルピーギ(メリ)、メンデレーエフ(ゴードン)、冶金(モスマン)、ラヴォアジェ(ホームズ)、理想気体(メアリー・ジョー・ナイ)、立体化学(ロック)、リービッヒ(ホームズ)、量子化学(メアリー・ジョー・ナイ)、臨床化学(ビュットナー)、ルネサンス(グラフトン)、錬金術(ロック)、→ 14.6.24 上にたった1点、further readings の記載をとったガラスですが、人名の表記を間違えています。邦訳には、Don Klein and Ward L. Boyd, The History of Glass (1991) とありますが、正しくは、Dan Klein and Ward Lloyd が編者の名前です。また、この著作には邦訳があります。
ダン・クライン , ウォード・ロイド『ガラスの歴史』 湊典子, 井上 暁子共訳、西村書店、1995, \16,200
大型美装本となっています。もとの記事が間違えている可能性もありますが、事典類ではこの種のミスは極力なくす必要があります。
ひとりで4時15分、室温24.9度。大学にでて、ILLで届いていた次の論文を受け取りました。
Paolo Rossi, "THE ARISTOTELIANS AND THE "MODERNS": HYPOTHESIS AND NATURE", Annali dell'Istituto e museo di storia della scienza di Firenze,7(1982): 3-28
ロッシの論文ですが、英語です。 「この論文は、ランドールがザバレラとガリレオの仕事に関して提示した連続説を論じる。また科学史において方法論問題に与えられる特権的地位についても論じ、反駁する。分析が自然と世界、自然法則と自然秩序、人工的対象と人工的(あるいは構築された)実験などの概念に及ぶとき、ザバレラの『自然の事物について』と近代派との間には、大きな差異が現れる。こうした根拠によって、ベイコンとガリレオは(デカルトとメルセンヌも)新しい科学像を形成したのであり、そうした像によれば、アリストテレス主義の超包括的な科学像は、敵として最後まで論破されたのである。」夕刻次の本が届きました。
茨木 保『まんが医学の歴史』医学書院、2008[Air にJetDrive]
今使っている MacBook Air ですが、もともとのSSD の容量が 120Gです。1テラの容量があたりませになってきたHD と比べるとちょっと足りない。
いろんなpdf をダウンロードしてストックするせいで、残り6Gを切っています。できるだけダウンロードフォルダにある不要なファイルは削除するようにしていますが、どれを残す、どれを削除するの判断がなかなか面倒です。
先日、気分転換に 秋葉館のサイトを見ていたら、ちょうどよいものがありました。JetDrive Lite というSD スロットに刺すカードです。販売は、秋葉館とamazon のみ。JetDrive Lite 130を早速注文して今日受け取りました。これで、もとの容量の倍になります。pdf 等は、こっちに収めておこうと思います。
JetDrive Liteの中身は、SDXCカードです。SDXCカードがマックブックエアーにぴったいおさまる(はみださない)ようににしたものです。
SSDの容量の小ささに困っている人には、しばらくはこれが一番の拡張策かと思われます。
→ 26Gまで空き容量をつくりました。
ひとりで4時35分、室温24.5度。薄曇り。東の空に雲がすこしかかっていたようです。6時ぐらいになると日が射してきました。2限3限4限。
8時18分武蔵境発の電車。大学の着くと次の本が届いていました。
デイヴィッド・リヴィングストン『科学の地理学』梶雅範・山田俊弘訳、法政大学出版局、2014
化学史研究編集委員会への献本です。書評をしてくれる方にはお送りします。帰宅すると息子がひとりで留守番をしていました。妻は、中学の運動会の後半(初日雨で出来なかった分の午後の部)を見るために中学校に行っていました。
郵便受けに次の4冊が入っていました。
J. B. de C.M. Saunders and Charles D. O'Malley,trans. with annotations, The Illustrations from the Works of Andreas Vesalius of Brussels (Dover Fine Art, History of Art) , New York: Dover, 1950阪上孝編著『統治技法の近代』同文館、1997
武田英子『地図から消された島―大久野島毒ガス工場』ドメス出版、1987
『毒ガスの島―大久野島悪夢の傷跡 』 中国新聞社、1996
最後の2冊は、年会で大久野島に行くので、基本的な知識を仕入れておこうと考えて購入したものです。→ 14.6.18 阪上孝編著『統治技法の近代』の目次は次です。
序 知識と秩序のインターフェイス
1 観察の技術、統治の技法
2 バスティーユからビセートルへ―ひとはどのようにして『市民』となるのか
3 フランス革命と刑法空間の変容
4 人口の科学・移民の秩序―マルサス主義からみたイギリス近代社会
5 国民議会におけるプロテスタンティズム
6 サドが「神」を口にするとき
7 言葉と秩序―ノア・ウェブスターと『アメリカ英語辞典』の編纂
8 「家庭」イデオロギーと女性―近代日本における国民の生成をめぐって
要旨は、「人びとを社会化する知識と技術、それらを担う装置に焦点をあてながら『近代』の特質に迫る」とありました。まず、 阪上孝「観察の技術、統治の技法」だけ読みました。全体的にもそうですが、 隠岐さや香さんの問題関心に重なると言えるでしょう。
ひとりで6時、室温23.9度。晴れ。おおきいちびは負けたら引退という中3の公式戦が始まります。妻とちいさいちびは応援団。[ワールドカップ日本初戦]
長女達のバスケの試合は9時開始。そして、たぶんその試合が終了した頃、ワールドカップの日本の初戦、コートジボワール戦がキックオフです。
別にここに書くこともないのですが、本田の先制点のあと、リズムがつかめず、コートジボワールに逆転を許して、1対2で敗戦しました。
選手も関係者も問題点は把握していると思います。次のギリシャ戦では違う姿を見せて欲しいと思います。
なお、正午現在、バスケにいったチームはまだ誰も帰ってきていません。次の試合を見ているのでしょう。
→12時半過ぎ、妻が帰ってきました。途中までほぼダブルスコアで負けていたのを逆転して勝ったそうです。最初相手チームの3点シュートが連続して入ったのが序盤大きくリードされた原因だそうです。
ちびどもも予想より早く帰ってきました。途中、中心選手(ミニバスの体験者)の子がケガをしたそうです。
ひとりで4時30分、室温23.8度。すっかり晴れました。ちびどもは土曜学校。妻は受付。小学3年生は先週間違って行ったダンス教室。おおきいちびはさらに朝練があります。[ワールドカップ開幕]
スペイン対オランダ戦に間に合いました。スペインに先行されたオランダが前半に1対1になったと思ったら、その後4点を追加して、5対1で勝利。前回優勝国スペインの予選リーグ敗退も可能性として小さくなくなりました。
オランダのファン・ペルシーとロッベンはさすがです。木曜日3限の授業の10回目は、医学史を扱うことにしました。長く扱うことはできないのですが、ともかく、私の授業でヒポクラテスやガレノスの名前を出すのは初めてです。昨日の夜から準備を始めました。→本日は、ヴェサリウスまで準備が進みました。医学史に当てようと思っている授業回数は多くて2回です。医学に関して、ニュートンの『プリンキピア』のような書物はありませんから、ある程度丁寧に流れを話す必要があります。その粗密が考えどころです。
ふと息抜きにテレビをつけると、ニュース番組に中村くんがでていました。理研の(学部)改革委員の一人として、今回の提言を解説していました。bot もつくられている中村くんらしい応答でした。
ひとりで4時50分、室温23.1度。雨は昨日の夕刻から上がっています。久しぶりにまぶしい朝日が射し込んできます。[ワールドカップ開幕]
おお、気がつくと、ワールドカップが開幕していました。ブラジル対クロアチア。ブラジルのオウンゴール、ネイマールの同点弾と続いて、前半は1対1の同点。
後半にブラジルが2点を追加して、結局、3対1でブラジルの勝ち。おやつの頃、次の本が届きました。
『ニッポン40年前 (1985年) (毎日グラフ別冊) 』(毎日新聞社、1985.8.15)
アメリカ軍兵士が占領初期に撮った日本の写真です。一言でまとめると細田博之氏が発見し持ち帰った終戦直後の日本です。撮影者がアメリカ軍兵士なので、日本人の撮ったものと感情が違います。
ひとりで3時50分、室温23.6度。雨がしとしと降っています。ちびどもは朝練があるので、6時と6時15分に起こして欲しいと要望がありました。息子より先に家をでて、8時6分武蔵境発の電車に間に合いました。事務の方が大勢乗車されています。もちろん学生たちも。
印刷センターでコピーをしたあと、けっこう集中して事務処理をすませることができました。3限4限5限。
午後の授業が始まってしまえば、いつものごとく怒濤です。[『化学史研究』2014年第2号]
帰宅すると新しい『化学史研究』が届いていました。目次は次の通りです。[論文]寺田元一「『百科全書』における化学」第41巻(2014): 61-78
[研究ノート]李 麗「近代化学の漢訳書における化学元素名に関する研究」第41巻(2014): 79-85
[広 場] 川島慶子「エミリー・デュ・シャトレ『火の論文』(1744)異本について」第41巻(2014): 86-89
[解 説]ロナルド・K.スメルツァー「初期ヨーロッパ書籍入門:エミリー・デュ・シャトレ『火の本性と伝搬について論考』(1744) 」第41巻(2014): 90-93
[紹介] 森脇江介、住田朋久、橋本雄太、伊藤憲二、坂本邦暢,藤本大士「 Isis特集:「科学史の未来」」第41巻(2014): 94-96
[紹介] 園部利彦「ポンティング『世界を変えた火薬の歴史』」第41巻(2014): 96
[年会特集]「年会詳細プログラム」第41巻(2014): 97
[特別講演]廣田襄「20世紀化学史の試み:『現代化学史』を書いて」第41巻(2014): 98-100
[特別講演]山内正之「日本陸軍の化学兵器製造−大久野島毒ガス工場の実態−」第41巻(2014): 101-102
[シンポジウム]菊池好行「水島三一郎をめぐる国際関係」第41巻(2014): 103-104
[シンポジウム]古谷紳太郎「前期量子論の起点としての1911年第1回ソルヴェイ会議について」第41巻(2014): 105-106
[シンポジウム]和田正法「1929年東京で開催された万国工業会議にみる日本の化学界」第41巻(2014): 107-108
[シンポジウム]山口まり「機器分析の国際展開:1930年から1950年代における気体電子線回折法」第41巻(2014): 109-110
[シンポジウム]梶雅範「天然物化学における歴史的転換点を探る:眞島利行から1964年国際天然物化学会議へ」第41巻(2014): 111
[一般講演]森響一「アボガドロ数決定法の歴史とその意義」第41巻(2014): 112
[一般講演]北原文雄「コロイドの安定性をめぐる化学史」第41巻(2014): 113
[一般講演]山口真「1930年代の多原子分子の研究における東欧の科学者の貢献」第41巻(2014): 114
[一般講演]黒田光太郎「電子顕微鏡その場観察による化学反応の研究事始め」第41巻(2014): 115
[一般講演]武山高之「ドイツ化学史の旅(5) 1850年代および60年代のドイツ化学」第41巻(2014): 116
[一般講演]河野俊哉「東京大学理学部化学教室における化学教育の伝統とその影響:「化学史」科目の変遷をもとに」第41巻(2014): 117
[一般講演]石田純郎「岡山医大 清水多栄教授医化学講義(1924-1925)の三木良定筆記の講義録」第41巻(2014): 118
[一般講演]三浦勇一「岩瀬徳三郎と越智圭一郎―トクヤマにおけるアンモニアソーダ工業史」第41巻(2014): 119
[一般講演]原宏「乾性沈着研究の歴史」第41巻(2014): 120
ひとりで4時40分、室温24.6度。今雨は降っていません。予報では午後は雨。中学の運動会ですが、雨が降ってくるまでにできる範囲をやってしまおうという方針のようです。
→ 決行することにしたようです。ちびどもは、7時すぎに体育着ででかけました。出かける瞬間すこし雨が降りましたが、すぐに止みました。今日はこういう感じだと思います。雨雲の様子を見ると、いくらか小雨が降っても午前中はできるのではないでしょうか。
→ 応援は、妻だけが行くことになりました。
→ 天候はぎりぎりですが、本日のよい点をあげれば、最高気温が予報で23度ということでしょうか。涼しいなかで運動を行うことができます。
→ 11時前後に雨が降り始めました。このぐらいであれば続行できるでしょう。正午前後に本格的な雨降りに。これはもう無理です。妻は、12時半頃帰ってきました。ちょうど土砂降りになる直前でした。かなり濡れていました。
さっそくビデオをDVD に移しました。
なんと、残り(午後の部)は、来週の月曜にやるそうです。
夜半に目覚めてすこし仕事。雨が降り続いています。ひとりで4時45分、室温24.4度。雨は上がっているのでしょうか、降っているのでしょうか。雨音は聞こえません。→新聞をとるため玄関のドアを開けました。晴れてはいませんが、雨は上がっていました。昨夜長女がまたトマトを家のなかに入れていました。雨が降っていないので外に出しました。
なお、息子は、キュウリを植えています。食えるほどの大きさにはまだなっていませんが、いくつかキュウリの実がついています。さて、明日は延期になった中学校の運動会の第2開催予定日。天候はとても微妙です。今はまだ雨が降っていませんが、夜には降るという予報。今年の運動会はできるのでしょうか?
朝一番で次の本が届きました。
Jonathan Crary, Techniques of the Observer: On Vision and Modernity in the Nineteenth Century, MIT Press, 1990
昨日の夜アマゾンに発注したものです。アマゾンはこういうものはほんとうにはやい。6月5日からの作業の続きで、 Sachiko Kusukawa、"Nature's regularity in some Protestant natural philosophy textbooks 1530-1630," in Lorraine Daston and Michael Stolleis eds., Natural Law And Laws of Nature in Early Modern Europe: Jurisprudence, Theology, Moral And Natural Philosophy (Burlington: Ashgate, 2008), pp.105-121 を読む必要を感じました。
買っていたことを思い出したあと、朝から部屋の捜索を初めて、夜の8時前にやっと棚の上に寝ている『自然法と自然法則』を発見することができました。私の目で探し出すためには、懐中電灯が必須です。100円ショップで昔買ったLED懐中電灯で部屋のなかを照らして回りました。
短い論文なので、見つけてすぐに読み通しました。楠川さんのこの論文は、とてもよい着眼点にもとづき、重要な思想史の系列(系譜とまでは言いません)を描き出すことに成功していると思います。
扱っているのは、Johann Bernhardi Velcurio (pp.107-110), Philip Melanchton (pp.111-117), Johann Magirus (pp.117-120)です。
Velcurio(d. 1534)はヴィッテンベルク大学で自然哲学を教えた。ルターを最初期に支持したひとり。著作はすべて死後出版。
Velcurio, In philosophiae naturalis partem omnium praestantissimam...de anima libros, Basle, 1537
Velcurio, Epitome physicae libri quatuor, Erfurt, 1538
Velcurio, Commentarii in universam physicam Aristotelis libri quatuor, Tübngen, 1540
Melanchton, Commentarius de arima, 1540
Melanchton, Initia doctorinae physicae, 1549
Magirus, Physiologiae peripateticae libri sex, Cambridge, 1642
楠川さんは、マギルスで記述を止めていますが、その後の展開も気にかかるところです。どこまでやるかはわかりませんが、少し調べてみようと思います。部屋探しは思わぬ掘り出し物に出会います。ずっと探していて、なくしたかと思っていた『東京1945年秋/Tokyo Fall of 1945』(文化社、1946)が出てきました。敗戦直後の東京を写した写真集です。海外の古書店から購入しました。1万円ほどだったと思います。
一昨年 ICU で行った講演の原稿化が ICU のレポジトリーにアップされていました。昨日気づきました。
吉本秀之「初期近代における読書と思想: ロバート・ボイルの化学的原子論の場合」『人文科学研究 キリスト教と文化』43(2012): 27-49
ひとりで4時50分、室温22.6度。一応、雨は止んでいます。おおきいちびを5時半に起こして欲しいという妻の書き置きがありました。土曜日の振替休日となるので、みんな(みんなというのは部活の友達です)とディズニーに行くようです。
→ おお、楽しいことがある場合は、目が覚めるようです。5時20分に眠そうな目をこすりながら自分で起きてきました。
→ おお、お。朝の日射しが玄関に射し込んでいます。久しぶりの太陽です。太陽が出ると暑くなるでしょう。今日、通常営業は、私と小学3年生です。
→ 小学3年生とほぼ同時に家をでました。私は、2限3限4限。2限は、JAXA の方がゲスト講師として見えられます。ちょうど私が着任してすぐあとに卒業された大学のOB の方でした。
帰途はまだ晴れていましたが、日が沈んでからまた雨が降り始めました。雷鳴も聞こえます。梅雨入りした途端、すさまじい雨量の場所が出現しています。
ひとりで5時10分、室温21.8度。雨が降り続き、順調に気温が下がっています。もう夏の服装では寒い。今日はおおきいちびだけ午後練習試合があります。府中第十中学校に行くようです。立川まで行って南武線に乗り換えるようです。
ちいさいちびはお休み。小学3年生は、町にでて、人間の姿のはいった標識を探す必要があります。これは私がついていきます。宿題です。
→天気予報を見て、午前中に連れ出しました。雨は止んだと思ったのですが、小雨が降っていました。傘をさして、ガード下から駅にでて、セイユウにちょっとだけ入り、西荻銀座の方から帰ってきました。10集まればよいということですが、15ぐらいは見つかった感じです。ほぼ自分で写真を撮らせました。高いところだけ私が撮影を手伝いました。
ひとりで5時10分、室温22.8度。服は長袖に替えています。梅雨入りして気温が下がりました。雨はまだ降り続いています。運動会は昨日の時点で延期の連絡がありました。ちびどもは運動会はありませんが、学校には行きます。参観日となります。ふりしきる雨のなか、ちびどもは学校にでかけました。昨日も濡れましたが、今日もけっこう濡れるでしょう。
小学3年生は、10時半から11時半の1時間ダンスがあります。私が児童館に連れていきます。その間の1時間どうしましょうか。往復で30分かかります。近所をうろうろしていましょうか。
→10時15分、息子とふたり、傘をさして、南児童館に向かいました。しっかり歩いて10分の距離です。受付に行って、ダンスに来ましたと息子が言うと、受付の人はしばらく考えて、ごめんね、ダンスは来週です、という返答。1週間間違えたようです。
仕方がありません。来た道とは異なる道を通って帰ることにしました。途中品揃えの豊富な酒屋さんがあるので、久しぶりの美味しい日本酒か梅酒を買って帰ろうと思いましたが、息子に拒否されました。
次は、途中にあるスーパー。息子に好きなブドウとアイスクリーム他を買って、次にすぐ近くにある自転車屋さんで子供用自転車にどういうものがあり、どのくらいの値段かを見て、ガード下から帰りました。訳あって、次の論文をダウンロードし、読みました。
北田葉子「ガリレオとイエズス会―ガリレオ裁判に到る対立をめぐって」『イタリア学会誌』41(1991): 205-225
好論文です。もともとガリレオに味方していたウルバヌス8世がガリレオに反感を抱くに到る経緯がうまく整理されていると思います。
これがガリレオ裁判の決定要因とまでは言えませんが、背景、経緯として押さえておくべきポイントが正しく指摘されていると思います。
北田さんの論文が言及している次の論文をダウンロードし、読みました。
羽片俊夫「ガリレオにみられる 17 世紀前半のイタリアにおける科学者の地位」『イタリア学会誌』39(1989): 141-162
ガリレオ・ガリレイを筆頭にガリレオ学派の数学者達の社会的地位を描いたものです。具体的な年棒の指摘もあり、有用な記述となっています。
なお、羽片俊夫氏は、大学・大学院の後輩ですが、ここ何十年かお会いしたことがありません。一度学会で発表されているのを聞いたことがあるだけです。→ 同じまたは類似の問題関心による同氏の論文には次があります。
羽片俊夫「アカデミア・デイ・リンチェイ(1603〜1630):リンチェオグラフォとアカデミアの活動 」『日伊文化研究』28(1990), 54-67
羽片俊夫「ガリレオとパトロネージ 」『科学史研究』42(228)(2003): 240-42
羽片 俊夫 , 東 慎一郎 , 伊藤 和行 , 高橋 憲一 「ガリレオ科学 : 新しい自然学とその歴史的背景(2003年度年会報告) 」『科学史研究』42(228)(2003): 231-242→ 14.6.9 当たり前のことですが、当時、法学、医学、神学という3つの専門学部以外では、博士号がとれませんでした。つまり、現在の目からみてどれだけ優れた仕事をしていても、数学でも天文学でも博士号をとることはできませんでした。ガリレオもニュートンも博士号を取得していません。
ただし、当時、医学博士号をもっている学者は大勢います。医学博士号を取得して、数学的諸学の優れた研究をするというのはありでした。
ひとりで4時20分、室温23.1度。昨晩強く降っていた雨は一応上がっている感じです。もちろんどんよりとした曇り空。
ゴミを出すために外にでると雨は上がっていませんでした。小雨ですが、冷たい梅雨の雨が手足に当たりました。昨日の作業の続きがあって、午前中に大学に行きます。
→9時前に家をでて、まずJRの緑の窓口に寄りました。7月の学会の切符をとるためです。帰りは7月6日で、10時にならないと切符が出ないと言われました。あとで来てくれればそのときまでに処理して発行しておきますということなので、そのまま大学に行きました。今日は多くのことはしません。11時過ぎで一応打ち切って帰宅しました。
帰途、駅の窓口に切符を受け取りに行きました。エクスカーションが駅員さんを迷わせたようです。私は現地の地理をあまり調べず、往復切符だと思っていたのですが、往路は東京都区内から広島市区内への乗車券、帰りは広島駅から東京都区内への乗車券となりました。往復より若干高くなるということですが、これは仕方ありません。梅雨入りとともに、どんどん雨が降っています。塾のあるおおきいちびはいつもより30分ほどはやく家に帰り着きました。ドアを開けてあげると、泣きそうな顔をしています。濡れている、と言います。この雨ですから濡れるのは当たり前です。おおきいちびが濡れていると言ったのはトマトのことでした。中学校でトマトを育てていて、今は、鉢ごと家に持って帰って玄関の前に置いています。大雨に降られると、トマトがかわいそう、つまり実がわれやすい、と心配なんだそうです。泣きそうになっているので、仕方ありません、鉢ごと家のなかに入れてやりました。
この雨ですからどうしても濡れます。しばらくしてから部活の格好で塾に向かいました。本人はそれでよいのだそうです。新版アリストテレス全集の月報と解説はほぼ読みました。
夜半に目覚めてすこし仕事。食卓の上に、朝練、6時&6時20分と記した紙がありました。そうでした。ちびどもの朝練があるので、私は目覚まし係でした。ひとりで5時15分、室温24.6度。すこしですが、気温が下がりました。今日はかなり雨が降るという予報です。今は降っていません。
ちびどもは眠そうにしていましたが、いつも通り、7時前にでかけていきました。雨はいつ降り出すのでしょうか。帰途には降っているように思われます。
事務的な処理をするために、9時過ぎに家をでました。久しぶりに武蔵境で降りて、昼食のパンを買ってから電車に乗り込みました。大学ではまず、総合文化研究室にいってスキャンをしました。
昼食後、ネットを見ていたら、梅雨入りしたというニュースがありました。ちびどもの運動会が土曜日にあります。運動会は延期でしょうか。
3限4限5限。いつもにまして怒濤でした。
[新版アリストテレス全集第1巻]
目次は次です。
アリストテレス『カテゴリー論』
アリストテレス『命題論』
アリストテレス諸伝(ディオゲネス・ラエルティオス
ヘシュキオス
サン・マルコ図書館所蔵写本
プトレマイオス)
近藤智彦・高橋英海「アリストテレス諸伝解説」
編者総説
内山勝利「アリストテレスの生涯と著作」
神崎繁「アリストテレス哲学案内」
中畑正志「歴史のなかのアリストテレス―テキストと思想の冒険」
本文以外の箇所から読み始めました。充実した解説群だと言えるでしょう。月報1は、飯田隆「アリストテレスに出会った頃」:坂口ふみ「横顔で見たアリストテレス」(第1巻2013年10月岩波書店)
月報2は、熊野純彦「デュナミスという存在の次元」:野家啓一「「悪役」としてのアリストテレス」(第5巻2013年12月岩波書店)
月報3は、稲垣良典「霊魂論の復権?」:加藤尚武「私の同時代人アリストテレス」(第7巻2014年2月)
最後の加藤尚武さんはすごいことを言っています。「歴史的不可逆性が成り立つ場面は、精神史ではない。望遠鏡と顕微鏡が発明される以前の世界に、われわれは戻ることができない。自然史、科学技術史の領域では、歴史的な不可逆性がなりたつ。鉄道、蓄音機、機関銃は、世界を変えてしまった。イノベーションこそ歴史的不可逆性の源泉である。・・・
精神史における古代と現代との理解しがたさよりもはるかに大きいコミュニケーションの障害が、自然科学と人文社会科学の間にある。地震学と原子力工学が協力できないと、原子炉の安全性は保たれないのに、自然科学の二つの領域のあいだにすら深い溝があった。」
自然史は、人間の関与によって、不可逆となっているが、精神史はそうではない。「アリストテレスのテキストを前にしたとき、私はアリストテレスと同時代に生きている。」
このように加藤さんは主張されます。ふーん。なんでしょうか。飯田隆さんも野家啓一さんも取り上げているテキストは、『自然学』です。野家さんの話は、私が今学期木曜日3限に行っている授業に関係します。すなわち、物理学徒であったトーマス・クーンがコナントの依頼で科学史の講義を行ったとき、どうしても腑に落ちなかったのがアリストテレスの『自然学』でした。近代物理学の観点からは意味のない誤謬の集成にしか見えませんでした。どう理解すべきか大いに悩んで、その悩みのなかからパラダイムと通常科学という見方を形成することができた、という話です。
近代科学の敵役としてのアリストテレスという表題はこの意味で付けられています。
飯田さんは、アメリカに留学して、大学院の授業で『自然学』を読んだときの驚きを書かれています。今の観点では『自然学』はむしろ形而上学です。アリストテレスは、運動を成り立たせるもとである場所とか時間とかを概念分析しています。分析哲学の観点からはまさに概念分析をしているように読めます。→ 14.6.8 たまには、『岩波 哲学・思想事典』を弾いてみるのもよいでしょう。自然学の項目は、横山雅彦氏が書いています。「かれ[アリストテレス]の規定によれば、<自然(ピュシス)>とは事物の運動と静止の原理であり、これらの原理に基づいて諸事物の具体的現象形態を分析・研究するのが自然学であった。したがってかれの構想した自然学のなかには、天体や気象の研究だけではなく、地表面の無機的諸物の生成消滅および変化一般の研究や、生物学および霊魂論にいたるまで、まさに自然界のあらゆる研究が含まれていた。さらにかれは自らの学問体系をそれぞれ理論、実践、制作にかかわる三つの体系に分類し、自然学を形而上学および数学とともに理論的部門として位置づけ、その重要性を強調したのである。」(p. 641)
岩波の旧訳の目次は次の通りです。
第1巻
第1章 自然学の対象と研究方法上の心得
第2章 自然の「第一原理」の数や種類についての諸難問、自然的実在はエレア派が想定するような「一者」ではない
第3章 エレア派の論議に対する論理的検討
第4章 原理についての自然学者たちの所見会とこれらに対する批判
第5章 原理は反対のものどもである
第6章 原理は数において二つまたは三つ
第7章 生成過程の分析により著者の見解 ― 原理の数は二つ(質料と形相)または三つ(質料と形相と欠除)であること ―の正しさが示される
第8章 この正しい見解によって原理についての諸難問が解決される
第9章 「第一原理」(質料と形相と欠除)についての補説
第2巻
第1章 自然・自然的とは何か、自然と技術
第2章 自然学の対象と「自然学研究者」の任務、彼らと「数学研究者」及び「第一哲学研究者」との相違
第3章 転化の四原因、自体的原因と付帯的原因
第4章 偶運と自己偶発、これらについての他の人々の見解
第5章 偶運とか自己偶発とかは存在するか、またどのように存在するか、偶運の定義
第6章 自己偶発と偶運の相違、これらは転化の自体的原因ではない
第7章 自然学研究者はその四原因の全てから考察し把握せなばならない
第8章 自然の合目的性、エンペドクレス等の機械的必然論への批判
第9章 自然の世界における必然性の意義
第3巻
第1章 運動の種類、運動の暫定的定義
第2章 この定義を確証するための補説
第3章 動かすものと動かされるもの、それらの現実化、運動の定義
第4章 無限なものについての先人の諸見解、その存在を認める人々の説と彼らがそれを想定する理由、無限の諸義
第5章 実体としての無限なものを認めるピュタゴラス派の説とその批判、無限な感覚的物体は存在しない
第6章 無限なものは可能的に存在する、加えることによる無限と分割することによる無限、無限とは何か
第7章 諸種の無限なもの、数における無限と量における無限、空間的な大きさ及び時間の長さに関する無限と運動の関係、無限は四原因のいずれに関するものか
第8章 無限なものを現実的に存在するとする諸見解に対する批判
第4巻
第1章 場所の存否、それが何であるかについての諸難問
第2章 場所とは何か、それはものの質料なのか形相なのか
第3章 何ものかの内にあるということの諸義、ものはそのもの自らの内に存在するのか、場所は場所の内に存在するのか
第4章 場所の本質についての4つの見解、場所の定義
第5章 この定義の補説、天界の外にこれを包む場所は存しない、第1章の諸難問に対する解答
第6章 空虚についての他の人々の諸見解
第7章 一般に「空虚」という語で何が考えられているか、空虚の存在を肯定する諸説への反論
第8章 物体から離れて独立な空虚は存在しない、物体によって占められる空虚も存在しない
第9章 空虚はいかなる物体の内部にも存在しない
第10章 時間の存否についての諸難問、時間についての種々の見解
第11章 時間とは何か、時間と運動との関係、時間の定義、時間と「今」との関係
第12章 時間の諸属性、ものごとが時間の内にあるということの諸義
第13章 時間の過去・現在・未来と時間関係の諸語(いつか、やがて、先程、昔、突然など)の意味
第14章 時間論補稿 ― 時間と意識との関係、時間と天体の円運動との関係など
第5巻
第1章 運動・転化の研究のための予備的諸考察、転化とその分類
第2章 運動の分類、動かされ得ないもの
第3章 「一緒に」「離れて」「接触する」「中間に」「継続的」「接続的」「連続的」の意味
第4章 運動が一つと言われる、その多くの意味
第5章 運動の反対性
第6章 運動と静止の反対性、「自然的」「反自然的」な運動と静止の反対性
第6巻
第1章 連続的なものは不可分なものから成ることはできず、常に可分的である
第2章 前章の詳細
第3章 「今」は不可分なものであり、どんなものも「今」においては運動も静止もしていない
第4章 転化するものは全て可分的である、運動は時間と諸部分の運動とに関して可分的である、時間・運動・現に運動している状態・運動しているもの・運動の領域は全て同じように可分的である
第5章 転化し終えたものは転化し終えたまさにその時には転化の終端の内にある、転化し終えるのは不可分な時としての「今」においてである、転化するものにも転化する時間にも最初というものが無い
第6章 転化するものは転化の直接的な時間のどの部分においても転化している、転化しているものはより先に転化し終えたのであり転化し終えたものはより先に転化していた
第7章 運動するもの、距離、時間の有限と無限
第8章 停止の過程と静止について、運動するものがその運動の時間において静止しているあるものに対応していることは不可能である
第9章 ゼノンの運動否定論への論駁
第10章- 部分の無いものは運動し得ない、円環的な移動を除いて転化は無限でありえない
第7巻
第1章 動くものは全て何かによって動かされる、どんな他のものによっても動かされることのない第一の動かすものがある
第2章 動かすものと動かされるものとは接触していなければならない
第3章 性質の変化は全て感覚的諸性質に関する
第4章 運動の速さについての比較
第5章 力が重いものを動かす働きに関する原理
第8巻
第1章 運動は常にあったし常にあるだろう
第2章 前章に反対する見解への反駁
第3章 時には運動し時には静止している事物がある
第4章 動くものは全て何かによって動かされる、特に自然的に動くものについて
第5章 第一の動かすものは他のものによって動かされるのではない、第一の動かすものは動かされ得ないものである
第6章 第一の動かすものは永遠で一つである、それは付帯的にさえ動かされない、第一の動かされるものも永遠である
第7章 移動が第一の運動である、移動以外のどんな運動・転化も連続的でない
第8章 円運動のみが連続的で無限である
第9章 円運動が第一の移動である、以上のことの若干の再確認
第10章 第一の動かすものは部分も大きさも持たず宇宙の周辺にある
2007年12月3日にニュートンが使ったマギルスの『ペリパトス派自然学6書』の目次を掲げています。17世紀には、アリストテレスの『自然学』からは少々ずれてきていることがわかります。
第1書が自然学とは何か? 自然とは何か?
第2書が運動一般について
第3書が4元素について、4つの1次質について、混合について
第4書が気象学、海、風、
第5書が鉱物、石、植物
第6書が動物について、5感についてマギルスについてきちんと調べてみる必要を感じました。Daston & Stolleis 編纂の『初期近代における自然法と自然の法則』pp.117ff (「1530-1630におけるプロテスタントの自然哲学の教科書」)に基本的な事実が記載されています。それによれば、マギルスは、ザバレッラとArchangelus Mercenarius( d. 1585)のもとパドヴァで学び、1585年マールブルク大学で医学博士号を取得しています。しばらくFritzlar で過ごしたあと、1591年マールブルク大学の自然哲学の教授となった。マールブルク大学は、1605年まではルター派の大学であった。マギルスは1596年に死去。彼の著作のすべては死後出版である。1597年『ペリパトス派の自然学』が世にでた。これはマールブルク大学で使われた。ヴィッテンベルク、ジュネーヴ、ロンドンの版がある。多くの版において、カスパー・バルトリンの『形而上学提要』と一緒にバインドされて出版された。
マギルスが権威として引用するのは、Zabarella, Mercenarius, Scaliger, Thomas Erastus, Jacob Schegk, Francesco Vimercato, Gasparo Contarini, Hermolao Barbaro, and Francesco Patrixi, もちろんVelcurio とメランヒトン。
マギルスの議論は、16世紀後半の医師の論争に通じていることを示している。
マギルスは、腐敗を論じた箇所で明確に「法則 lex」に言及している。そこで彼はザバレラの腐敗は普遍的自然の法にしたがうのであるから自然的だという議論を引用している。
ここでザバレラの「普遍的自然」の議論は、17世紀の「自然」の概念に関して、重要な位置を占めていたのではないかという予想が生じます。
→ 14.6.10 実は、この書物そのものは一時机の上にあったことは記憶していますが、買ったのか借りたのかも記憶でははっきりしません。調べてみました。
2010年3月27日に届いています。つまり、買ったわけです。同時に、マギルスのついて記す「1530-1630におけるプロテスタントの自然哲学の教科書」は、Sachiko Kusukawa さんのものであることがわかりました。上の記述は、グーグルブックをAir で見ながら、PowerMac で書いています。
まだ途中ですが、ともあれ、マギルスにせよ、ゼンネルトにせよ、医師の書いた自然哲学教科書がボイルやニュートンのような人物に使われていたことの意味は、考察の価値があると言えるでしょう。医学的な関心によっていくらか変容した自然哲学を立脚点にしていた可能性を考えることができます。→ 14.6.9 アリストテレスの自然学については、もちろん『自然学』だけが扱っているわけではありません。「『気象論』冒頭で、自然学的探究の全体構想を示している。」(新版アリストテレス第1巻、p.476)『自然学』『天界について』『生成と消滅について』『気象論』という順序を示したうえ、「可能であれば、方針に従って、諸々の動物と植物について考察しよう」(『気象論』第1巻第1章339a5-8)と述べている。
ひとりで5時35分、室温25.1度。本日は朝一番で大学が実施する健康診断を受けます。
小学3年生と妻は下に降りてきていましたが、ちびどもが下に降りてくる前に、家をでました。健康診断は8時半からですが、8時ぐらいから並ぶ人がいると思います。私は研究室ですこし片づけをしてから、8時15分で保健センターに向かいました。15番の整理番号をもらいました。
胃検診、すなわちバリウムを飲むレントゲンが最後になりました。1年に1度の我慢ですが、なかなかにいやなものです。下剤をもらって今年の検診は完了。大学の前のコンビニで朝食(サンドウィッチ)を買って研究室に戻り、下剤を飲んでから朝食にしました。たくさん水分を採るようにという指示なので、もっていった水分と買った缶コーヒーを全部飲み干しました。
しばらく事務処理をしてから、図書館へ。届いている本の受け取りが3冊と借りる本が2冊あります。本を袋(理研でもらった簡易カバンです)に入れて、研究室に戻りました。エレベーターで出会った同僚の先生に挨拶しました。
5冊の本を机の上においたあたりから、何だか痒みがあるように感じます。体表のもやもやした感覚でたぶんジンマシンが発症したのだと判断しました。しばらくすると実際に頭と首もとにジンマシンがでてきました。ジンマシンとは長いつきあいです。今回は軽いすむという感覚がありました。実際手足にはでず、胸から上の部分だけですみました。
いつもはひくまで2時間はかかりますが、ほぼ1時間でひきました。今日はもうすこし仕事をするつもりだったのですが、この体調だと危険があります。すぐに帰宅することにしました。帰宅してすぐに次の本が届きました。
名和小太郎『学術情報と知的所有権―オーサシップの市場化と電子化』東京大学出版会、2002
木曜日3限の授業に必要だと思い、購入しました。
1章「学術情報―原型と疑似型」と2章「学術情報の特性―巨人たちの肩の上」だけをまず読みました。おお、おもしろい。私の関心からすればずっと以前に入手し読んでおくべきものでした。
全般的に名和小太郎さんの本は面白いと思います。名和さんは、『学術情報と知的所有権』でマートンがよいと言っていますが、なんだかわかるな。図書館で借りた本は次です。
ジョナサン・クレーリー『観察者の系譜 : 視覚空間の変容とモダニティ』遠藤知巳訳、以文社, 2005
ジョナサン・クレーリー『知覚の宙吊り : 注意、スペクタクル、近代文化』石谷治寛, 大木美智子, 橋本梓訳、平凡社, 2005
クレーリーの最初の書物は、十月社から出たもののリプリント(再刷)です。授業で使っているのでどこかにある筈ですが、私の部屋でも研究室でもまだ見つけることができていません。『知覚の宙吊り』の方は、すぐに品切れになったようです。今買おうと思うと、バカ高い値段ででています。アマゾンで1万円とか。図書館で受け取った本は次です。
『新版 アリストテレス全集』(岩波書店、2013-)の既刊分の3冊です。すなわち、 『第1巻 カテゴリー論/命題論』『第5巻 天界について/生成と消滅について』『第7巻 魂について/自然学小論集』。
月報によれば、次の配本は、『第3巻 トポス論 ソフィスト的論駁について』、そして本年度中に、『第13巻 問題集』『第15巻 ニコマコス倫理学』『第2巻 分析論前書 分析論後書』『第19巻 アテナイ人の国制 著作断片集1』を出版するそうです。
ひとりで5時15分、室温25.1度。木曜日3限の授業の準備で多様な論文(&本棚から引き出した本)を読んでいます。
午前中に次をダウンロードし、読みました。
神山義茂「『ジュルナル・デ・サヴァン』と知識人共同体」『(大阪府立大学)人間文化学研究集録』6(1997): 59-67
『ジュルナル・デ・サヴァン』の創刊時期にしぼった好論文だと思います。まず、"République des lettres" の訳語ですが、神山さんの指摘(p.66, 注1)の通り、「文芸共和国」ではななく、「知識人共同体」とするのが適当だと思われます。
『ジュルナル・デ・サヴァン』は、創刊当時、「新刊本の書評、追悼、自然学関係のニュース、内外裁判所の判決・ソルボンヌの検閲、その他」(p.60) といった内容を扱っており、まさに「この定期刊行物の意図するところは、知識人共同体において新たに生じたことを知らせることにあ」った。
ひとりで5時40分、室温25.6度。息子よりも先に家をでました。8時18分武蔵境発の電車に間に合いました。事務の方々がけっこう乗っていました。
いつものごとく、2限の授業のためにコピーをとり、研究室で作業をし、2限3限と連続で授業。昼食は、2限終了後、近所のコンビニにでて買いました。
4限は学生(院生)の都合により、今日はお休み。ちょうどよいので、3限に出ている院生に国際交流会館(留学生のための寮)を案内してもらいました。
以前から一度なかに入って見たかったのですが、機会がありませんでした。3号館は業者が別なので、無理ですが、1号館2号館のおおよそは見せてもらうことができました。
北側からは、飛行場がよく見えます。待機している飛行機も、着陸・離陸する飛行機も見えました。ICU の方向はこんもりとした森になっています。 ICU はその森のなかにあるということで、直接見ることはできませんでした。
おそらく、ほんとうに33度のなっていたようです。ただ歩いているだけで汗がでてきました。今日は朝練だけのちびどもはあついあついといって帰ってきました。
むすこにおこされて6時30分、室温24.5度。見事な快晴! 6月です。梅雨入り前に、本格的な夏の到来です。近所の方はすでに子供用プールを出して、水着で遊んでいました。5時半現在、室温は29.8度。かろうじて30度を下回っています。
本日の東京の最高気温は、33度でした。明日も33度だそうです。お昼過ぎに次の雑誌が届きました。
『日本の科学者 』第48巻8月号(2013) 特集:戦争と医の倫理―ドイツと日本の検証史の比較 (日本科学者会議編/本の泉社、2013)
2013年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2012年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2011年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2010年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2009年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2008年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
春休み
3月
2月
1月
2007年
台北滞在記2007
(台北滞在記2004)
田舎にて2007
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2006年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2005年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2004年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2003年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2002年
12月
11月
10月
9月
7月〜8月
5月〜6月
3月〜4月
1月〜2月
2001年
11月〜12月
9月〜10月
7月〜8月
5月〜6月
3月〜4月
1月〜2月
2000年
11月〜12月
9月〜10月
7月〜8月
6月
4月〜5月
1月〜4月
1999年
10月〜12月
6月〜9月
4月〜5月
1月〜3月
1998年
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
春(1月から5月)
1997年
97年度
最初のページ=
HomePageに戻る。