ひとりで3時55分、室温23.6度。曇り。週間天気によれば、この1週間に雨マークなし。今日は曇り、土、日、月は晴れ。中学生、ちいさいちび、妻、おおきいちびの順にでかけました。中学生は、今日も荷物を運んでやりました。一緒に自転車で行く必要はないと判断して、BSで「なつぞら」を見てから自転車に乗りました。中学生には門に入る20メートル前で追いつきました。ちょうどよいところです。北コートというのもはじめて見てみました。バスケットコートでした。どのくらい使われているのかは不明。
昼間、次の本が届きました。
真鍋 昌平『アガペー』 (ビッグコミックス)、小学館、2019
帯には次のようにあります。「『闇金ウシジマくん』の真鍋 昌平 渾身の短編集!」。ああ、なるほど。ひさしぶりです、こういう漫画を読むのは。
今年はこういうふうに漫画を買って読む時間ができました。夕刻、『ゲンロンβ37』をダウンロードして、冒頭から「スマホの写真論」まで読み通しました。「スクショ」が我が家でも学生たちのあいだでも一般化していることに気づいたのは、この春です。もうすっかり定着しています。ちびどもは平気でテレビの画面を撮影します。まったく気にしていません。作者の大山さんはまだ私の仲間で、違和感を拠点に思考を展開しています。
7時頃、ちいさいちびが帰ってきました。今日は1日模試。センター模試だそうです。センター試験の本番は2日間です。それを1日で行う模試です。6時終了。最後は、あたまがしんだそうです。英、数、国、理、社、の順。社会のときあたまがしんでいたことになります。
おふろからでてきて、分析。対戦校の分析をしていました。
ひとりで4時35分、室温23.3度。晴れ。本日も中学生を学校までおくってやりました。松葉杖はもうかなり慣れてきています。ドングリ公園のところで校長先生に遭遇。学校まで話しながら歩いていました。私は自転車だったので、挨拶のみ。息子の通う中学校の子どもたちは、なんだかとても子どもっぽい。中1はまだ小学生の尻尾をつけているので、当然ですが、身体が大きい子も、そのように感じます。
午後に木曜日の授業。8回目。半分は過ぎました。
9時42分武蔵境発の西武線。
多磨駅周辺の写真を撮ってから、メールボックス、そして印刷センターへ。3限の印刷部数ですが、140部で OK だと判断しました。×3枚。
3限のコメントシートのソート(学籍番号順に並べ替える)を行いました。言語ごとにかなりの差がありました。61と70が多かった。
11時半前にお弁当。12時頃、教室に行って、本日の配付資料を置いてきました。12時20分、留学帰りの学生が挨拶に見えました。今後の予定を確認。
12時40分から講義。今日は写真の起源で、カメラ・オブスクラの話をしました。
4限5限とゼミ。
4限のゼミの際、学生に多磨駅工事中の内容を聞きました。2020年完成を目処に「橋上駅舎化および自由通路整備」をするそうです。学生がイメージ図を見せてくれたので、様子がわかりました。
ついでに外語のキャンパスの北側にある米軍キャンプ跡地のことも聞いてみました。学生によれば、遺跡がでたので、工事が延期になっているのだそうです。スペイン語の先生が言ったらしい。
今どきはネットで調べられます。噂ではなく、できるだけ公的な記録を見ることにします。
そもそもネットには噂でも遺跡の話はほぼありません。府中市の市議会議会の記録が見つかりました。「基地等跡地対策特別委員会記録(2019年3月6日)」。これによれば、事業者(ヨーカドーの所有会社)は、2023年度完成と言っているそうです。延期の理由は、工事費の高騰と人出不足。それなら理解できます。
いずれにせよ、私が定年退職するまでにできるのかどうか不明な状況になりました。4限終了後、学生のもってきた書類2枚に判子。
5時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで3時、室温24.9度。外は雨。強くはありませんが、雨の音が聞こえます。次女は定期考査3日目。昨夜めばちこができたようで、状態がよくならなければ本日夕刻眼科医に行くと言っていました。
中学生は松葉杖でのはじめての通学。中学までは約1キロ。私は松葉杖でも普通の速度で移動できますが、息子ははじめてなので、倍以上かかるでしょう。さて、どのぐらいかかるのか、予想は難しい。
本人は7時25分に家をでると言います。あの荷物で松葉杖は、慣れないうちは(あるいは慣れても)つらいだろうということで、荷物を自転車のカゴに載せて、ついていってやりました。小雨が降っています。中学生には簡易カッパを着せました。中学に着いて、8時5分前。ぐるーと一周して、靴箱のところまでカバンを運んでやりました。おおきいちびもちいさいちびも通った中学ですが、子どもたちの靴箱のところに来たのははじめてです。階段は怖いでしょうが、一段一段落ち着いて進むしかありません。大学生は1限から。レポート漬けの日々。
5時55分、妻が息子を迎えに行くと約束していたので、迎えに行ってやりました。すこしですが、中学校の建物の様子が理解できてきました。息子がどこから来るのかわからなかったので、中間の出口=先生方と来客用の出口で待っていました。しばらくすると、昨日世話になった保健の先生が出て見えたので、昨日はお世話になりましたと挨拶。もうしばらくすると、比較的若い男性教員。向こうから声をかけてくれました。息子の担任の先生でした。子どもたちがばたばたでてきています。大声を上げる子も、走る子も。中学生といっても子どもです。6時には門を出るという決まりになっている模様。息子は、体育館側の階段から最後に下りてきました。松葉杖で階段を降りることも何とかできています。荷物を自転車に積んでやりました。そこからは松葉杖。私は自転車を押しました。息子はひょろひょろで筋肉がないので、いろいろ痛くなっているようです。帰り着いたら、くたくたになっていました。慣れる頃には、松葉杖が必要なくなっているでしょう。友達も今日は優しかったそうです。よくて効果は2〜3日でしょう。場合によっては初日のみ。
午後、次の雑誌が届きました。
週刊東洋経済 2019年6/1号 [雑誌](クスリの大罪)
上はアマゾンの表記のままです。せっかくなので、田中さんの『病む、生きる、身体の歴史 ―近代病理学の哲学― 』を読み進めています。田中さんは、哲学者だった。(第3章まで読みました。)
目次を掲げておきます。
はじめに ――生きる・病む・擦れる・壊れる
I 身体を切る・開く
1 血液循環論と心臓 ――近代医学の身体
2 顕微鏡が変えた世界の見方 ――人体のうちとそと
3 一九〇〇年的臨床身体・試論
4 一九世紀の果実、二〇世紀の種子 ――パストゥールについて
II 病むことの意味・価値
5 誰もひとりではない、貧しいものはなおさら ――フーコー『臨床医学の誕生』を読む
6 隠喩と科学の歴史 ――感染症と二〇世紀
7 疲れの病理学 ――P・ジャネにおける「病気」と「治療」
8 病いに別れを告げる ――「らい」と日本社会の戦後
III 生を書く・求める
9 〈科学〉と「信じられない事柄」
10 自生するものについて ――アメリカ、二〇世紀をめぐる試論
11 臨界・生成・「われわれ」の知 ――「微細な生」をめぐって
12 生きているものをとらえる難しさ
おわりに代えて ――病いと時間はことばにつられて
索引
ひとりで4時55分、室温25.5度。私は整骨院。妻、中学生、ちいさいちびは出動。おおきいちびはゆっくりめで出動。
おおきいちびがレポートにかかっているのを確認して、私は整骨院に。いつも通りの時間。行き、ほんの少し、雨がぱらつきました。
帰宅すると、仕事がなくなったと妻が帰っていました。
妻が食卓の上に用意してくれていた昼食をたべながら、NHK BS のドキュメンタリー、ダヴィンチの自画像発見をテーマにした番組を見ていました。前半は整骨院にでかける前にリアルタイムで、後半は整骨院に行っている最中録画しておいたものを見ました。レオナルド・ダ・ヴィンチは、いいようもなく、おもしろい。ひとつの画面に左眼視と右眼視を重ね描きしているそうです。おお、もうすこしで、19世紀のステレオスコープ。レオナルドは、別々の視覚像がどのように人間のなかでひとつのものになるのか悩んだそうです。網膜に映る左右逆転像がどうして正立像として認識されるのか悩んだケプラーに匹敵します。朝、次の漫画が届きました。
武富 健治『古代戦士ハニワット(2)』 アクションコミックス、2019
おおきいちびが出かけてから読みました。第3巻は秋だそうです。まちどおしいーー。息子のケガ。
2時と3時の間、電話が鳴りました。中学校の保健の先生です。息子がお昼休みにバスケをしていて、足をひねったそうです。友達のシュートをデフェンスするためにジャンプして、空中でぶつかり、落下するときに右足をねじったそうです。けっこう腫れていて痛がっているということです。本人は、放課後の応援団の仕事をしたがっているので、放課後になって様子を見て、場合によっては迎えに来て下さい、そして整形外科に連れていってやってください、ということでした。
息子の中学校は土曜日が運動会。応援団では重要な任務を負っているそうです。応援団は小学校のときからやりたがっています。いろいろにつまっていることもあるようです。
4時半頃、同じ保健の先生から無理そうなので、迎えに来て下さいとのことでした。一番簡単なのは、自転車の後ろに乗せることです。それでよいですか、と問うとよいそうです。自転車で中学校まで走り、1階の保健室へ。先生が3人と息子がいました。すごくというわけではありませんが、腫れています。痛いそうです。包帯を巻くと靴がはけないというので、外にでたら、私が室内履きでもってきたスリッパを履かせることにしました。ほんとうに重いリュックを手にもち、入り口まで。中学生たちが運動会の準備に余年がありません。雨もちらほら。雨が少々降っても、つっきることにしています。
息子を荷台に乗せて、まず、自宅。荷物を置きました。それから、保険証等を妻から受け取り、整形外科医へ。長女はちいさいときからよく世話になっているお医者さんです。息子はまえに突き指のときに来たことがあるそうです。
整形外科の診断は、はやい。息子の足を触り、痛い箇所を確かめてから、レントゲン。腱が延びた、全治2〜3週間ということです。しばらく松葉杖生活ということです。松葉杖を貸してくれました。1日100円だそうです。治療がほぼ終わり、松葉杖の練習をしている頃、中学の保健の先生が来てくれました。昔はなかった対応です。学校のなかの事故なので書類を申請すれば、保険が出るということです。しかし、中学生までは杉並区が医療費を全額負担してくれます。松葉杖を借りるお金はかかりますが、医療費はゼロです。それでもいくらか(見舞金でしょうか)出るということでしたが、書類が面倒なので、大丈夫ですと回答しました。
お会計を待つあいだ、息子と先生が学校のことで相談していました。相談しつつ、何ができるのか、何を諦めるのか決めるしかありません。
松葉杖は練習が必要です。私は自転車を押して、帰ることにしました。はじめてなので、仕方ありませんが、へたくそです。家についてから、家のまえで簡単に松葉杖の使い方を伝授しました。修士2年の6月にサッカーの試合で骨折して、夏休みの間、松葉杖生活を送っています。先輩のいかちゃんが松葉杖の使い方を特訓してくれています。ちょっと怖かったのですが、雨の日、階段を登り降りして、電車やバスに乗り、学校や渋谷に行っています。慣れれば、普通の人より時間はかかりますが、一応日常生活をおくることはできます。
気がつくと、薬と湿布を買いに行くのを忘れています。息子を玄関に残し、薬局に走りました。薬局が珍しく混んでいて、すこし時間がかかりました。帰り着くと、息子はまだ玄関にいます。相当悔しかったようで、泣いています。息子の性格からすると泣くでしょう。しかし、運動会と部活はしばらく諦め、徐々にできることを増やしていくしかないでしょう。火曜日と木曜日は塾ですが、今週は休ませます。来週からどうするのかは、そのときに息子と相談です。混む電車ではないので、可能は可能ですが、ちょっとしんどいでしょう。
固定具は、シャワーと就寝中ははずしてよいそうです。包帯はそれほど難しくはないということです。
こうして、たぶん、2週間は松葉杖生活でしょう。夕刻、キンドルでダウンロードして、次の記事を読んでいました。
『週刊ニューズウィーク日本版 「特集:百田尚樹現象」』〈2019年6月4日号〉 [雑誌] Kindle版
的確に分析しています。よくわかる記事になっています。→ 19.5.29 他の記事も読みました。文字が小さくて読めないのではないかと心配していましたが、解像度が高いのでしょう、小さい文字でも読むことができました。
ひとりで4時45分、室温25.5度。予報によれば、本日の最高気温は34度。その後1週間、30度を超える日はありません。暑さに関していえば、今日を乗り越えればすこし楽になるということです。ちいさいちびは定期考査の開始。いつもより遅い時刻。中学生とおおきいちびと私はいつも通り。
授業、2限3限4限。
9時6分武蔵境発の西武線。
メールボックスに次の本が届いていました。
田中祐理子 『病む、生きる、身体の歴史 ―近代病理学の哲学― 』 青土社、2019 \2808 ISBN-13: 978-4791771684
田中さん、ご高配、ありがとうございます。まず印刷センター。105枚を2点。
10時10分から2限の講義。来週からは、JAXAの方が3週連続でゲスト講師に来てくれます。
3限4限は、大学院のゼミ。
メールボックスで健康診断のキットを受け取りました。健康診断は、6月5日(水曜日)と6月6日(木曜日)の2日間。去年は、夏休みに入ってから立川で受けました。説明文には「労働安全衛生法に準拠した定期健康診断で、対象者全員の受診が必要です」とあります。立川もいいかなという気持ちがあります。まあ、今月中ぐらいにどちらで受診するかを決めます。
4時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。工事のせいで、西武多摩川線のホームが変わっていました。線路をわたって1番ホームから武蔵境行きの電車に乗りました。何の工事をするのかは確かめていません。
ひとりで4時15分、室温25.1度。5月に朝の室温が25度越え!予報を見ると、猛暑マーク。最高気温が34度! 5月に34度。今日はみんな言ってそうです。→明日も、34度の予報。火曜日は29度、水曜日は22度。ちいさいちびの公式戦。負けたら引退の試合です。妻もたぶんおおきいちびも応援に行きます。
10時頃、私と息子の昼食の買い出し。駅前の銀行によってから、セイユー。昼飯はウドン。ほかにアイスとたこ焼き。
正午過ぎ、おおきいちびから「勝った!」の報せ。引退は6月まで延びます。ちいさいちびは明日から定期考査。おなじやばいにしても前向きの気持ちで臨めます。
2時過ぎ、おおきいちび、妻の順で帰ってきました。2階の息子も含め、あつい、あついの合唱。ロフトから扇風機を4台降ろしてきました。
ちいさいちびは4時前。玄関に倒れ込んで、1時間床で過ごしています。床のまま昼食も。おおきいちびが床に加わり、思い切りのガールズトーク。夕刻、『フラジャイル:病理医岸京一郎の所見』の12巻、13巻、14巻が届きました。14巻が最新刊です。11巻はアマゾンで品切れだったので、キンドルで購入して読んでいます。14巻の途中まで読み通しました。
ひとりで3時50分、室温23.8度。本日も快晴。ちいさいちびは午前連。いつも通り7時50分に起こしに行くと、自分でもう起きていました。なんと鼻血を出しており、口のなかからも血が出てくると言っています。中学生はよく鼻血を出します。急に暑くなったせいでしょうか、ちいさいちびにも鼻血。本人は気にする様子なく、元気に部活に行きました。
中学生は、午後に練習試合。来てくれるそうです。妻は世話人に抽選で当たってしまったので、世話人として行くそうです。
おおきいちびはアルバイトを休んで(代わってくれる人がいたそうです)、レポート書き、のはずが、疲れが最大たまっていたようです、昼食後もぐーすか昼寝していました。さすがに3時過ぎには起きてきて、食卓を占拠し、執筆しています。枠に手書きをする形式。
まるまる新しい授業はひと休み。しばらくは前のものを編集し直します。来週の月曜日の2限の講義は、かなり材料を入れ替えました。まったく着手していない講義は、7月4日と7月12日のものだけになりました。いろいろ考えながら組み立てます。
ネットで話題になっていた『江戸川区ハザードマップ:水害 洪水・高潮』をダウンロードし、読み通しました。江戸川と荒川の間の地帯が、東京では一番洪水に弱いことは知っていましたが、地図上で具体的にどこにどう洪水が押し寄せるのか、しっかりわかるように描かれています。江戸川区は、基本、全域、洪水の懼れがあります。「ここにいてはダメです」という強い言葉が掲げられています。
海に沿って荒川の西側が江東区、その北が墨田区、江戸川区の北川が葛飾区と荒川区です。「江戸川区だけではなく、江東5区はほとんどの地域が浸水します。」とあり、江東5区とは江戸川区、墨田区、江東区、足立区、葛飾区だと注釈があります。
これは必要なハザードマップです。地震についても同様なものが作られる必要があると思います。ちなみに、2〜3日前に、TOWN PAGE とともに杉並区の防災タウンページも届いていました。善福寺川の洪水はよく覚えています。荒先生の近くまで洪水が来たそうです。ちなみに、我が家の子供が全員通った/通っている中学は、善福寺沿いです。善福寺川は杉並区を左上から右下の方へ斜めに横切って流れています。西荻窪と荻窪駅のほぼ中間あたりで、線路を横切ります。線路は高架なので、高架下を川が流れています。たまに歩きます。
せっかくなので、杉並区のハザードマップもダウンロードしてよく見ました。割と見ているのですが、江東区のものを見たあとに見ると、新しい気付きがあります。洪水は、体験済みです。善福寺川からの距離と傾斜で我が家は大丈夫だと思っていましたが、善福寺川から遠いところでも、10センチ以下の浸水の可能性が示されていました。駅周辺もそうです。これは、暗渠(水路)の問題でしょう。こういうのは外から見ているだけではわかりません。地震の方も見ました。杉並区でよく揺れるのは、環八の東側です。西側は比較的地盤がよいようです。
ひとりで4時30分、室温22.9度。夏が来る!
本日も快晴、しかも30度越えの予報。月曜日まで連続して30度越えの予報です。全員がでかけたあと、9時40分から整骨院。9時20数分に自転車ででかけました。治療はいつも通り。帰宅して、徒歩で、ワイズマートへ。昼食のインスタントラーメンとキャベツを買ってきました。我が家では私以外誰も食べませんが、子供時代に舌が慣れたのでしょう、札幌一番がけっこう気に入っています。こういうふうに一人のお昼は、簡単にラーメンですませることが多い。最近はめんどうくさいので、最初からスープも大量のキャベツもいっしょに煮込みます。2分半。
でかけるまで、『フラジャイル:病理医岸京一郎の所見』を読んでいました。第7巻まで読了。これは、おもしろい! 2018年講談社漫画賞一般部門受賞ももっともです。
お昼過ぎ、8巻、9巻、10巻も届きました。今月中にでているものはすべて読んでしまいそうです。
ちなみに中学生には、『ワンピース』を買ってやっています。私は『ワンピース』は手を付けたことがなく絵柄しか知りません。『ワンピース』は30巻まで届いています。読んでいるのは息子だけ。
ひとりで4時55分、室温21.2度。好天。しばらく好天が続き、気温が上昇するようです。本日の予想最高気温、29度。→最高気温は結局27度、湿度が低かったので、それほど不快には感じませんでした。ちいさいちび、おおきいちび、中学生の順に出かけていきました。
午後に木曜日の授業。
9時54分武蔵境発の西武線。2限にでる学生たちで電車がいっぱい。
印刷センターに直行。3枚×150部、の印刷。研究室でちょっとした調べもの。
11時半頃、お弁当。
12時過ぎ、先に教室に行き、配布物を机の上に置いてきました。今後はこの方式にしようと思います。
チャイムが鳴り終わったぐらいに教室に入り、3限の授業。
4限と5限。
5時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで4時55分、室温22.5度。雨はすっかり上がっています。週末にかけて好天が続き、週末にはなんと30度を突破する予報。午後に会議。3つ連続します。
9時42分武蔵境発の西武線。
月曜日の最初の課題を読み始めました。極めて平均的な出来です。半分ぐらいは読めたと思います。11時過ぎにお弁当。
1時10分から会議。半分で終わりました。一度研究室に戻りました。
2時20分から会議。4時50分過ぎに終了。5時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。
『フラジャイル:病理医岸京一郎の所見』は、第7巻まで届きました。第5巻まで読了。これはおもしろい。人は間違える。どうして間違えるのか、どのように間違えるのか。人間が間違える仕組みについて、なるほどな、と思うことができます。医者だけではなく、私のまわりの学者も(私も含めて)たぶんほぼ同じように間違えていると思います。我々の間違いは、命に関わることはありませんが、人生の進路の関わっていることはあるかもしれません。
ひとりで4時5分、室温23.3度。雨。昨夜降り始めた雨が降っています。予報では午後3時まで降ります。午前6時現在、雨足が強まっています。まだ残り全員が眠っている間に、昨夜の「ラジエーションハウス」を見ました。ある種のドラマでは、役者がへたくそだと興ざめです。ちょっとあのだんなさんはなあ、と感じました。AXNやFox で放映されるアメリカのドラマを見ていて、役者さんが下手だと感じることはありません。下手な役者さんが出演するのは、日本の特徴なのでしょうか。
午前中に整骨院。午後、出張校正。
妻、ちいさいちび、中学生の順にでかけました。おおきいちびは今日は2限からということで、9時40分ぐらいに家をでると言っています。雨が降っているので、整骨院は歩きです。30分。9時に家をでました。
風がかなり強い。しかも時々まっています。雨量そのものはそれほどでもなかったのですが、整骨院に着く頃には、膝から下はびしょびしょになっていました。治療はいつものように約1時間。
帰りも、雨は降っていました。帰宅すると、腰から下がびしょぬれ。ズボンもパンツも履き替えました。シャツも濡れていたので、着替えました。
昼飯を食って、すこし休憩。出張校正は2時から。1時にでかけました。雨はもう濡れるほどは降っていません。要町。3人集まりました。1時間15分ほど。
私は電車で帰ってきました。雨はちょうど上がっていました。あとのふたりは池袋まで歩くそうです。
帰宅して4時10分。先に風呂に入りました。私が風呂からでてきてから、妻がPTA の用事で中学校へ。入れ違いで中学生が帰ってきました。中学生はしばらく休んでから、塾。おおきいちびは7時過ぎに帰ってきて、外で宿題をやると言って、またすぐに出ていきました。
『フラジャイル:病理医岸京一郎の所見』は、届いている3巻まで読み通しました。これはおもしろい。そのあとも注文していますが、未着。→郵便受けに第4巻と第7巻が届いていました。すこしぼけていたのでしょう、注文の仕方が不規則になりました。→第4巻を読了。最後に放射線科のお医者さんが出現しました。CTが最初出現したとき、100億円したとあります。最新のMRI で3億円。
ひとりで4時40分、室温22.4度。月曜日の授業の日。
昨晩、草水 敏原作、恵 三朗漫画『フラジャイル:病理医岸京一郎の所見』講談社、(2014〜)の1巻から3巻が届きました。アマゾンがレコメンドしてきたので、買ってみたものです。1巻と2巻の途中まで読みました。性格が悪いが非常に有能な病理医を主人公とする漫画です。病院のなかには、患者さんと接しない職が多く存在する。医者のなかでは、病理医がその筆頭でしょうか。そう言えば、法医学者も患者さんとは接しません。
9時6分武蔵境発の西武線。大学についてまっさきに印刷センター。2部×105枚。
それから研究室。対応の必要なメールは一通のみ。2限の授業。
研究室に戻り、お弁当。正午に生協の方が物品を持ってきてくれました。3限の授業。
2時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。まだ雨は降っていませんが、夜には降るかも、あるいは明日には降るかもという空模様です。雲の動きが怪しい。
ちいさいちびは6時前ぐらいに帰ってきて、夕食をある程度とり、ひとりで歯医者さんに行きました。自転車に乗ったので、自転車で行くのかと思ったら、駅まで自転車。それから電車に乗るそうです。数分の時間の短縮ができます。
ひとりで3時55分、室温22.1度。ちいさいちびは男ハンと女バスの応援に行くと言っていました。7時半に起こしました。8時4分に家をでるという計算だったようです。直前になって、スマホが行方不明だとばたばたしました。結局、カバンの奥にありました。見つかるとすぐに走り出しました。午前中に女バスの試合、午後遅くに男ハンの試合だそうです。男子のハンドボール部は主力選手がケガと病気上がりで、苦戦が予想されるそうです。
午前10時過ぎ、明日のちいさいちびの歯医者さんのお金を降ろしてから、100円ショップへ。もうすこし乾燥剤を買おうと考えました。しかし、乾燥剤はあまり置いていません。隣のワイズマートで炭酸水を3本買って帰ってきました。
ずっと授業の準備ばかりというのもなんなので、今日は一服して、前に買っていた『ボヘミアン・ラプソディ』を視聴することにしました。4月16日に届いていますから、届いてから1ヶ月以上あとに見たことになります。フレディ・マーキュリーはほんとうに特別な「パフォーマー」です。(本人が映画のなかで使った言葉を使っています。「ミュージシャン」で何も間違いではないのですが、「ミュージシャン」だと何か足りない気がします。「パフォーマー」がぴったりかと言われるとそれもわからないのですが、一応、映画の表現を尊重しました。)
一昨日か昨日かは覚えていませんが、『地質学史懇話会会報』52号(2019)が届いています。なかに次の論説があります。
浜崎健児「安東伊三次郎と輝安鉱について」『地質学史懇話会会報』52号(2019):44-50
安東伊三次郎『鑛物界之現象』(1906), p.5 に市之川産として記載されている輝安鉱の図が、R. Brauns, Das Mineralreich (1903), p. L23 <Lは不明、"1"の誤植? >に"Stibnite, Iyo" の借用であることを論じられています。→今どきであれば、ブラウンスの『鉱物界』はネットで見つかるだろうと思い、検索をかけました。すぐに見つかりました。pdf では804枚、ページ数は440頁。
当該箇所は、p.126 の次のページです。Tafel 23 とあります。英語だとたぶんplate、フランス語だとplanche にあたる用語だと思われます。正確には、「p.126 の対ページ。図版23」と表記すればよいでしょうか。キャプションは次。"Antimonglanz, Stufe grosser Kristalle. Insel Shikoku, Bergwerk Ichinokawa in der Ortschaft Ojoin-Mura bei Saijo, Provinz Iyo, Japan"
ちなみに、同じ鉱物図が、張資平『地質鉱物学』(1924), p.354 、加藤武夫『中等鉱物学教科書』(1915), p.112 に掲載されているそうです。
図の借用です。私の研究していることに関係します。→ブラウンスのドイツ語の書物には、英訳があります。
Reinhard Brauns, Mineral Kingdom by Dr. Reinhard Brauns, Professor of Mineralogy in the University of Bonn With 91 Plates (73 of Which are Coloured) And 275 Text-Figures, Translated , with Additions by Leonard J. Spencer, London, 1912
Leonard J. Spencerは大英博物館鉱物学部門所属で『鉱物学雑誌』の編者とあります。
ドイツ語版では図23の輝安鉱は、見事な青色に輝いています。浜崎健児さんは、「図はクロモリソグラフ」というキャプションを付加されています。クロモリソグラフまたはクロモリトグラフは、彩色石版と訳されます。クロモ石版と訳されることもあります。19世紀の石版画で色がついているのは、基本、これです。20世紀に入っても人気は衰えていません。
ともあれ、図版に手間暇とお金をかけています。せっかくですから、ドイツ語原本の詳細なタイトルも挙げておきます。
Reinhard Brauns, Das Mineralreich von Dr. Reinhard Brauns, oldent. Professor an der Universität Giessen. Mit vielen Text-Illustrationen, 73 Farbentafeln, 14 Lichtdrucktafeln und 4 Kunstdrucktafeln, Stuttgart: Fritz Lehmann, 1903
"Text-Illustrationen" とはあまり聞かない用語ですが、前後の文脈からいって、本文中に組み込まれたイラストということでよいかと思います。英訳では、 "Text-Figures"。 "Text Figures" なら普通は別のもの(9が下に飛び出し、6が上に飛び出している種類の数字)を指すようです。英語で "Text-Figures"という表現が熟したものかどうかは不明です。"Farbentafeln" は単純に「彩色図版」でよいでしょう。"Lichtdrucktafeln" は「写真図版」、"Kunstdrucktafeln" は、アートボードになるようです。
(ドイツ語版では)彩色していないものに関しては、多くの図版としかタイトルにはありません。したがって英語版の275 というのは数えたということでしょう。→ 19.5.21 この件ですが、Facebook に載せると、 『地質学史懇話会会報』の編集者(世話人でしょうか)の矢島さんからコメントがあり、著書の浜崎さんが"PL23"とされていたのものを編集者の方で、"p.L23"となおしたのだそうです。これで、"p.L23"となった事情は理解できました。当事者に教えてもらわないと、想像できなかった種類の事情と言えるでしょう。
こうした図版のページ表記をどうするのか?
"Plate 23 on the facing page of p. 126" あるいはもっと単純に "Plate 23 on the facing page 126" でよいのかと思ったのですが、図版のページは、リトグラフ版画を刷った紙を丸々挿入しています。"facing" というのではないように思います。
"Plate 23 on the inserted lithographic print between p. 126 and p. 127" なら、正確でしょうか。英語で慣習的にこういう表現をするのかどうかはわかりません。→ 矢島さんが、英語版の図版は、「あまり」でできていると著者は言っていたと教えてくれました。「あまり」ってなに? 著者の浜崎さんにあったとき、聞いて教えてくれるそうです。
→ 浜崎健児さんが取りあげられた輝安鉱の図は、図としてよい図だと思います。とても魅力的な輝安鉱結晶です。ほかでも同じ図が借用されているのではないかと思い、まず、安東伊三次郎自身の著作を見てみました。安東伊三次郎『師範學校鉱物教科書』大正04年訂正再版、94頁でも同じ図が使われています。安東氏からすれば、輝安鉱と言えば、この図、といった存在になったようです。
加藤武夫『中等鉱物学教科書』(1915)さんが借用する図版もネットにありました。Fractal Underground Studio というサイトが「三訂 中等鉱物界教科書」理学博士・加藤武夫著 冨山房発行 大正9年(1920年)からこの輝安鉱の図を紹介しています。加藤武夫さんの著作では、輝安鉱は、シルバーの特殊なインクで印刷されているそうです。→ 19.5.23 ネットにEdward H. Kraus さんによる、ラインハルト・ブラウンス氏の追悼記事があります。1937年交通事故で亡くなったとあります。
ボン大学鉱物学ならびに記載岩石学教授。マールブルク大学で学び、そこで学位。1894年、カールスルーエTHの鉱物学・地質学教授、1895年から1904年までギーセン大学鉱物学・地質学教授、ついでキール大学に3年勤めたあと、1907年から1934年までボン大学鉱物学ならびに記載岩石学教授。
非常にすぐれた数多くの図版で有名になった『鉱物界』(1903)は、イタリア語(1905)、ロシア語(1904)、チェコ語(1905)、英語(1908)の4カ国語に翻訳された。
1893年には鉱物学に関する小さな教科書を執筆。こちらは7版を数え、累計10万部以上売れた。第2版(1912)が古本で12万円で売られていました。図版が魅力のポイントのようです。図版部分だけを切りだして、売っているところもありました。なお、第2版(全部というわけではなく、どうも極く一部の2版ではないかと思われます)の表紙を飾っているのは、まさにここで取りあげている輝安鉱でした。
図として大きな魅力があると言ってよいでしょう。→ 書誌の説明を読んでみました。やはり図版が一番の特徴の書物と言えるようです。すぐに写真の時代が来ます。彩色石版画による最後の大きな鉱物図鑑と位置づけられるようです。図版の制作にお金がかかったので、30部に分けて、印刷刊行されたそうです。30部が完了してから、1冊に綴じられた。英語、イタリア語、チェコ語、ロシア語への翻訳は、同じ図版を用いて行われたとあります。上の「あまり」とはこういうことを指しているように思われます。
第1版の1923年印刷は、印刷経費を削減するため、鉄のステープルを使ったそうです。そのため、時間が経つと、本がばらけることに繋がったとあります。であれば、ますます、図版だけ、ばら売りされることになります。
鉱物図版のために、独国内から優れた鉱物標本が集められます。とくに優れていたのは、グスターフ・ゼーリヒマン(Gustav Seligmann, 1849-1920)のコレクションで、慎重に荷造りされ、シュトットガルトにあるシュライバーのスタジオに手渡されたそうです。ゼーリヒマンの鉱物コレクションからは132点の絵が描かれた。ゼーリヒマン・コレクションは、のちに、カール・ボッシュ・コレクションに吸収され、さいごは、アメリカのスミソニアン博物館に収められた。
本としての『鉱物界』は、最後の彩色リトグラフによるおおきな鉱物図鑑と位置づけることができるでしょう。ところで、どなたか地質学や鉱物学の専門家の方、日本語でブラウンスの『鉱物界』のあたる書物があったらおおしえいただけないでしょうか?
ひとりで4時50分、室温22.2度。ちいさいちびはいつも通り。
中学生は11時に友達と待ち合わせして、バザーに行くと行っています。
おおきいちびはママといっしょにコンタクトの更新作業。ひとりで先に行って、あとで落ちあい、昼食をとって帰ってくるそうです。
その前に私は、我が家の財務的用件を処理するため、セブンイレブンに行ってきました。
おおきいちびと妻は、2時頃帰ってきました。今度は乾燥させたいものがあるので、セイユーへ。駅でちいさいちびと私のスイカにチャージして、ジップロックとシリカゲルをセイユーで購入し、すこし大回りをして帰ってきました。私はお留守番をしつつ、来週の月曜日の授業の準備。人口減社会について話します。データを大幅にアップデートする必要があります。日本は2005年に一度人口が減少したあと、2006年には微増したが、2007年から人口減少の坂を転げ落ちている。勾配をゆるくすることはできても、転げ落ちることを止めることは今の合計特殊出生率が続く限り不可能。
お隣の韓国社会は、2018年の合計特殊出生率が0.98という恐ろしい数字を叩き出した。高齢化・人口減の進行はにほんより遅かったが、2020年から人口の減少が始まると予想される。(もちろん、日本もそうだったように、1〜2年はずれる可能性がある。)
さらに永遠に人口が増加するとなんとなく思われている中国も、ずっと昔に2.1を話割っていて、2027年にピークアウトすると予想されている。そのときの人口が14億4千万だそうです。中国はもうしばらくは成長が続くことになります。どこでどう成長率が下がるか、中国だけではなく、世界経済に大きな影響を与えます。
こちらの準備もだいたいできました。後は、取捨選択して、話題を絞り込みます。
ひとりで5時、室温22.0度。ちいさいちびの運動会。ちいさいちびは7時半頃でかけ、妻は8時のバスで応援に行きました。午後仕事があるので、午前中で帰ってくるそうです。
その後、おおきいちび、中学生の順番ででかけていきました。私は9時40分から整骨院。いつもの治療を受けて、1時間。帰り、クイーンズで昼食とその他食品をいくらか買って帰りました。
妻は、正午頃には帰ってきました。ちいさいちびの最後の運動会です。着替えて、2時前に仕事に出かけました。中学生が帰ってくるまで、私が一人でお留守番。最近はこのパターンが多い。
春学期の授業はそろそろ折り返し点です。私の方は、新しく準備する授業が続きます。5月末を乗り越えると、すこし楽になります。その後、新しい授業は6月末に2回。
来週の木曜日の授業では、MRI の話をすこしですがします。「ラジエーションハウス」を取りあげます。
我が家のMRI ですが、おおきいちびが高2、高3のとき、バスケで膝を痛め、MRI を受けて来たのは、記憶していました。半月板損傷だが、すぐに手術の必要はない、様子を見ましょうという結論でした。今でもバスケをするときには、けっこうしっかりしたサポーターをつけています。でも、バスケはたまにしかしないので、悪化はしていないようです。
過去のこのサイトの記述を見直して、私自身も MRI ・ MRA を受けていたことが判明しました。2005年冬、駅で失神して救急搬送されたとき、病院でCTを撮ったことは覚えています。しかし、その後、もう一度病院に行ったとき、脳神経外科の若い医師から念のため、 MRI ・ MRAも撮っておきますか、と言われ、 MRI ・ MRAも撮っていました。 MRA とは、脳内の血管だけを見るようにした MRI です。造影剤なく脳内のとくに動脈を見ることができます。まあ、大丈夫でしょうとそのお医者さんに言われたことを思い出しました。
そのとき、ちいさいちびはまだ3歳です。ピンセットやドライバーを私のところから持ち出して、自分の居場所に蓄えていたという記載が、上の記述の前後にありました。忘れていました。そのころ、ちいさいちびは、ティンカーベル、すなわちものづくりの妖精派だと言っていたのも思い出しました。今でももちろん手先は器用です。もうあまりものづくりに関心は示していませんが、絵だけたまに頑張って描いています。自分が満足できるまでフィニッシュにしないところには、ティンカーベルの魂がまだすこし生き残っているようです。
ちなみに、MRI の講義ですが、8割から9割方はできました。残り1割から2割は、どこまで話すかによります。あまり詰め込みすぎても、聞く方はつらいので、そのあたりはもうすこし考えます。
ひとりで5時10分、室温21.6度。木曜日の授業。
9時18分武蔵境発の西武線。5限に発表の当たっている学生と乗り合わせました。雑談。
まず印刷センター。150枚を2部。
研究室で事務処理。今年度の個人研究費の使途について目処をつけました。
11時頃、お弁当。12時40分から3限の授業。
4限5限は、ゼミ。4限には新人が一人。
5限終了後、1階に降りると、ガレリアの展示部分で沼野先生がポスターの直し作業をされていました。簡単に挨拶。フェルト地の上に両面テープで張り付けているようです。下がフェルト地だと剥がれやすいと思います。あとは、○○君に頼もうかなあとのことでした。展示されている画像は、トルストイ。なお、来週から5限101教室の授業は沼野先生が担当です。挨拶は、来週からよろしくお願いします、を兼ねていました。6時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで3時5分、室温20.6度。
2号の目処が昨日ついたので、再び、授業の準備に戻っています。テーマがきまっていて材料が揃っていれば、ゼロから作業して、90分の授業1回をつくりだすのに、丸一日かかります。今回、木曜日3限の授業で、4回まったく新しい授業に挑戦します。月曜日の授業の方でまったく新しいのは1回です。その他はアップデートでやっています。アップデートにどのぐらい時間がかかるかは、もちろん、内容をどこまでアップデートするかによります。ゼロからつくった場合と比較して、2分の1から4分の1程度の時間がかかっています。
私の場合、脚本といっしょで、話す言葉をすべて書き出しています。できるだけ、そのまま読み上げればよいようにしています。まさに、スクリプトです。1回限りであれば、そこまでしなくても授業はできますが、翌年、困ります。全部書き出していないと、話す内容がとんでいる(現場で思い出すことができない)場合があります。
今朝、取り組んでいるのは、来週の木曜日に取りあげる電子顕微鏡です。原理と装置に力を入れるとお互いに困るので、電子顕微鏡で可能になったことにウェイトを置くつもりです。午後に会議。
10時半、武蔵境発の西武線。すぐに、アクティブラーニングの提出課題のチェック。11時になって、本を2冊もって図書館に返却。その足で生協に向かい、昼食。
昼食後も、課題のチェックを継続。数が多いとなかなか終わりません。2時前に読み終わりました。研究所によって木曜日5限の打ち合わせ。それから大会議室。会議開始10分前に部屋に入りましたが、5番目ぐらいでした。
会議は、3時52分ぐらいまで。4時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで3時55分、室温21.7度。今日はどこかで雨が降るそうです。
整骨院に行くまでに、日曜日の編集委員会の宿題をほぼこなしました。終わって9時。外を見ると、雨が降り出しています。自転車で強行突破できなくもない降り方ですが、運動を兼ねて歩くことにしました。整骨院まで徒歩30分。運動にはちょうどよい。
9時35分、現地に到着。当初の痛みはなくなりましたが、肩凝りの痛みが肩と腰にあります。どうも背中全体がそういう状況です。約1時間。
同じ道を歩いて帰ってきました。帰ってすぐに昼飯を作りました。午後にゲラが届きました。余裕ができたところで、ゲラに取り組みます。2号の原稿が揃ったゲラです。
夕食後までで、ゲラの処理が完了しました。明日一番で投函します。おおきいちびは午前中の授業を終えて帰ってきて、爆睡。睡眠不足がたまっていたようです。起きて、レポートに取り組んでいました。
妻は仕事から帰ってきて、しばらくしてから、PTA に行きました。昨日の夜、そう言えば、書類を作っていました。
息子は、今、ワンピースにはまっています。たぶん友達の影響だと思われます。少しずつ買ってやっています。ワンピースを読むのは、我が家だと息子だけかもしれません。私も読む気にはなっていません。
ひとりで3時50分、室温19.1度。普通の月曜日。妻以外全員出動。ちいさいちびは朝練をするそうです。
9時6分武蔵境発の西武線。
まず、3階。本郷サテライトの鍵を返しました。
2階印刷センターによって、コメントシートを適当な量もらいました。2限の講義。今日から、学生たちがある場所に置いている配付資料をピックアップしていく方式に変えました。
2限終了後、お弁当。半ば頃、学生がひとりきました。アクティブラーニングの課題を遅れて提出しにきました。友達に課題提出のことを聞いて、慌てて準備したものだと思われます。2回目の課題でした。どこでも、こういう学生はすこしはいます。
3限、大学院の授業。
4限の時間帯の途中から、先週の木曜日のアクティブラーニングの課題を読み始めました。今回はすばらしい。それほど丁寧に説明はしていません。それなのに、課題の趣旨をほぼ全員が理解してくれています。講義の授業をしていて、こういうことは非常に珍しい。だからよいレポートを書いてくれるというわけではないでしょうが、画像提示の課題がほぼ全員素晴らしかっただけでも、ほんとうに素晴らしいことです。
4時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで5時5分、室温22.4度。朝方は曇り。最高気温の予報は24度。ちいさいちびは公式戦、負けたらその場で引退の公式戦の1回戦。妻は応援に行きます。おおきいちびはバイト。中学生ひとりのんびりできます。私は午後学会の編集委員会に理事会。たぶん午後丸々かかります。
ちいさいちび、おおきいちび、妻の順にでかけました。
中学生に昼飯何がよいと聞くと、ステーキと言うので、10時前、セイユーへ行って、肉を買ってきました。11時半、ホットプレートで肉を焼いて昼食。12時前に私は出かけました。
御茶ノ水駅はホームの工事中でした。いつもの出口は塞がっていました。
10分前に現地に着くと、すでにお二人が見えていました。編集委員会は2時から3時2分まで。理事会は、3時10分から5時半まで。
私は明日午前中に授業があるので、そのまま帰ってきました。
ひとりで3時、室温22.4度。昨日の暖かさ、あるいは暑さが室温に残っています。中学生は、土曜日学校。妻は、PTA の仕事。ちいさいちびは午前練。おおきいちびは部活。→おおきいちびはレポートの山をこなさないといけないので、今日は部活を休んで、ゴールデンウィーク並みに出されたレポートをこなすそうです。
午前中に『グランドジャンプ』2019年4月19日号が届きました。第9号とあります。「ラジエーションハウス」が表紙で、見開き2頁の主演窪田正孝と本田翼のインタビューがあります。インタビューは当然というのか仕方がないというのか、誰でも言えるようなことしか書かれていません。ゴーストライターでも大丈夫でしょう、といった文章です。本田翼が筑波大学附属病院に見学に行ったのは、事実でしょう。
中学生は、妻と入れ違いで帰ってきて、すこし食料と水分を補給してから、塾へ。火曜日と木曜日の2日分の振替です。最初の科目は、半分以上間に合わないようですが、致し方なし。
中学生を送り出してしばらくしてから、セイユーの手前の本屋さんへ。総合雑誌2誌『文芸春秋』と『中央公論』を買ってきました。ともに6月号。『文芸春秋』の村上春樹の「父親について語る」をまず読みました。
夕刻、次のマンガが届きました。
武富 健治『古代戦士ハニワット(1)』 アクションコミックス、2019
すぐに読んでしまいました。「(神社+縄文+変身ヒーロー)×荒唐無稽?」いいですね、この組合せ!、という諸星大二郎さんの推薦文が帯についています。『鈴木先生』からは想像がつかない作品です。ともあれ、おもしろい。
ひとりで4時30分、室温19.5度。朝一番(9時40分)で整骨院。約1時間。いつもと違う道を通って帰ってきました。
来週の月曜日(5月13日)2限の授業の準備は終わらせました。→21世紀に入ってすぐに生じた9.11テロのすぐあとにアメリカで起きた炭疽菌テロを取りあげます。炭疽菌テロは、我が家の次女が誕生したあとのことです。私のホームページに何か書いているのか確かめました。ほぼ何も書いていません。しかし、11月に入ってすぐに授業で取りあげています。情報収集はしていたようです。ソ連の事故に触れた本も読んでいます。そのときのメディアの騒がしさに加担したくなくて、ホームページで触れることをしなかったのだと思います。次女が生まれたとき、長女の世話は私がしています。長女のちいさいときについては泣き虫の印象が強いのですが、2歳前の長女は人なつこい面もあり、呼ばれたら誰の家にでもついていっています。今はその面が開花(!)しています。人間の記憶はつねに上書きされています。上書きされる前のことは記録によるしかありません。おおきいちびに関しては、あんなに泣き虫だったのに、いまはこんなに!!というのが最近の私の感慨ですが、今につながる性格は妹が誕生するまえには出現していたことになります。
記録せず、記憶の上書きによって消えた記憶は、永遠に消滅します。過去はこのようにして消えています。
記録したことは、繰り返し読まれることで、強化される。
たまに、なにか大切なことを忘れているような気がしてならないことがあります。ついで、月曜日3限の画像提示(一度だけ私が担当します)の準備。私の今行っている研究を説明することにしました。
次、残っているのは、木曜日(5月16日)3限の準備。(うまれて)はじめて(授業で)X線を取りあげます。
ひとりで3時5分、室温20.0度。木曜日の授業の5回目。
9時半、武蔵境発の西武線。
まず事務棟3階、12日の鍵を借りました。
それから印刷センター。3限の講義のため150部のコピー。研究室で事務手続き。方式が切り替わったものがあります。ともかく、指示通り、最後まで作成し、提出。
11時にお弁当。
12時40分から講義の授業。
4限5限とゼミ。
6時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。帰宅すると次の本が届いていました。
Owen Gingerich (ed.), Album of Science: The Physical Sciences in the Twentieth Century, New York, 1989
夕食後、ざっと見ました。私がほしかった画像はあまりなかったのですが、実験室の写真にいいものがありました。
ひとりで3時40分、室温16.8度。昨日寒かったので、朝の気温もすこし低い。腰は、ほぼ意識しなくなりました。5月2日痛くなってから放置していた片づけ・整理ですが、ぼちぼちまた手を付けようと思います。夏学期と冬学期に医科歯科の先生方に来ていただいている「暮らしと健康」というリレー講義があります。日程に関して、こちらの教務と向こうの教務とのやりとりが続いていましたが、やっとほぼ固まったようです。私の関与の仕方を含めた案を、早朝のうちに、こちらの教務に提出しました。もうしばらくするとこちらの教務システム上で公開されることになると思います。
夏学期:9月24日(火曜日)〜27日(金曜日)の4日間
冬学期:2月3日(月曜日)〜7日(金曜日)の5日間今日はまだ会議はなし。「会議のない日は、なんとありがたいことでしょう。」
快晴の朝。おおきいちび、中学生、ちいさいちびの順に出ていきました。おおきいちびに1限があるときはこの順になります。
朝一番(9時過ぎ)で財務的用件の処理のため銀行へ。それからセイユーで卵とパンを買って帰りました。すこしだけ大回りして、以前ダイエーだった場所の工事の様子を確認しました。下に店舗、上にマンションというよくある建物工事が始まっています。駅から2〜3分の場所なので、マンションとしては売れるでしょう。お店の方がどうなるのかはまったく予想がつきません。
5月7日に読み始めた『ラジエーションハウス』ですが、最新の7巻までキンドルで読みました。あまりにも文字が小さいところは諦めて読み飛ばしています。私の老眼では無理です。たぶん、紙媒体を入手しても無理でしょう。キンドルも紙媒体も第7巻の発行日は2019年3月19日です。第6巻の発行日が2018年7月19日なので、第8巻を読めるのはすこし先になりそうです。
ひとりで3時、室温19.9度。全員再起動。私は午前中に整骨院。
早朝のうちに、第2号の最後のファイルを送り出しました。表1に入れる図とそのキャプションです。あとは、校正とページあわせ。
早朝のうちに、木曜日3限の授業で行っている画像提示の例示も、5月16日分と5月23日分を準備しました。
ひとりで5時15分、室温21.9度。私とちいさいちびが出かけます。私は休日ですが、普通に月曜日の授業があります。ちいさいちびは練習試合。他校が来てくれるそうです。
ゆっくりめで、9時6分武蔵境発の西武線。乗換駅の三鷹でバッテラとおいなりさんを買いました。大学に着くとすぐに印刷センター。とりあえず、120部印刷しました。
2限の授業。ちょっと少ないでしょうか。正午に判子。学生は5階に来て部屋がわからなくなったようです。つい先日もそういう学生がいました。頭のなかに地図がないとなかなか難しい配置をしていると思います。
1時から2時で、大学院のゼミ。
2時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。帰宅すると、次の本が届いていました。
V.E. Cosslett, Modern Microscopy, or Seeing the Very Small, London, 1966
かなり古い本です。届いたのは、図書館の除籍本(スタフォードシャー大学理学部。貸し出しカードはブランク)。顕微鏡史の専門家、山口さんの推薦です。久しぶりに普通に仕事をしてみて、腰の痛みは残っていても、なんとかやっていける目処がついたと思います。座った状態から立ち上がるときが一番痛みを感じます。座ったままで痛みを感じることはほとんどありません。立った状態では、ときに痛みを感じます。痛みで腰を曲げたくなります。老人が腰を曲げているのは、腰が痛いから、と理解できます。
なお、カバンですが、いつものショルダーバッグに代えて、リュックにしました。必要最小限のものだけを入れていきました。圧倒的にらくちんでした。しばらくリュックにします。今年の授業では、はじめて、X線やMRI の話を取りあげます。ちいさいちびがとりためているドラマでは、ラジエーションハウスがまさにこの話題です。時間を見て、1話だけひとりで見ました。主人公の放射線技師(実は医者の資格を持つという設定)の窪田君がドラマのなかで基本的な仕組みを説明してくれています。一般向けの説明としては、こういうときに使われるせりふが最良です。正確には、最良のことが多い。授業でも使うことにしました。→ 19.5.7 最新のもの(たぶん第5話)まで見ました。おおきいちびも見たいと言っています。
せっかくなので、マンガも購入しました。紙媒体のものがアマゾンで品切れだったので、キンドルで5巻までを購入。ぼちぼち読み進めます。(授業で使えるところがあれば、使おうというスタンスで読みます。一般的な読み方とはすこし違ってくると思います。)
ひとりで5時30分、室温18.5度。ちいさいちびは試合の見学に行くと言っていました。→取り止めになったそうです。
連休中の仕事は、授業の準備です。5年ぶりに大人数に対して、月曜日2限、奥曜日3限と定期的に講義をします。過去のものを再利用するのと同時に、せっかくなので、新しい講義を準備しています。5月23日に電子顕微鏡やMRI、CTなど、20世紀に入って出現した新しい視覚装置を取りあげます。
しかし、一部、19世紀からの接続も話した方がよいと思うようになり、細菌からウィルスの話を入れることにしました。すると、右手上の本の山に、山内一也『ウイルスの意味論』(みすず書房、2018)が見えました。山内一也さんのものは昔けっこう読んでいました。早速山を崩さないように取り出し、読み始めました。私の知らなかったいろんな話が紹介されています。研究がまさに進展中ですっきりしないところを含めて、とても勉強になります。→午後9時前に読み終わりました。意外な話がいっぱいありました。驚くほど研究は進んでいます。
コラム記事「子供がワクチンの運び手だった日本での種痘」pp.22-23
まず、ジェンナーの話(p.8)。ジェンナーが牛痘に成功すると、彼のもとには、天然痘ワクチンを送ってほしいという依頼が殺到した。しかし、冷蔵設備のない時代、天然痘ワクチンの効力を保ったまま送り届けるのは難しかった。(ウイルスは細胞の外ではすぐに効力をなくす=死滅する。)発痘部位の漿液をいろんな工夫をして送ったが、着く頃には効力を多く場合失っていた。「もっとも確実な方法は、子供に種痘を行ってすぐ、潜伏期間中その子供を送ることだった。子供が目的地に到着したから、生じた発痘から漿液を採取して接種したのであある。」
p.22 まず日本に入った最初の情報は、ジェンナーの最初の報告のロシア語訳であった。中川五郎治がシベリア抑留から解放されて持ち帰ったものだった。それを馬場左十郎が7年をかけて翻訳し『遁花秘訣』(1820)として出版。
失敗した試み2件。1822年、出島商館長ブロンホフがバタビアから痘苗を取り寄せるが、2ヶ月の航海のあいだに、活性を失っていた。1823年、シーボルトがバタビアから痘苗を持参し、すぐに種痘を行ったが、やはり失敗だった。
佐賀藩主鍋島直正は藩医に命じ、商館のドイツ人医師オットー・モーニケを通して、バタビアから子供の採取したかさぶたを運ばせた。モーニケは3人の子供に接種したところ、一人の子供に見事な発痘が見られた。これが日本で最初の種痘。
肥前大村藩の藩医長與俊達は、孫娘を長崎に送って種痘を受けさせた。長與俊達は、、城下の村々から、毎週交代で種痘を受けていない子供を出させるようにして、種が切れない仕組みをつくった。種痘は子供の腕から腕へ植え継がれ、その年のうちに大阪と江戸に、そして1〜2年のうちに全国に普及した。
1891年、ウシで製造した痘苗のみが使われるようになり、腕から腕の方式は終わりを告げた。
ひとりで5時5分、室温20.6度。ちいさいちびは午前練。いつもと同じようにでかけました。
おおきいちびは友達と葉山だそうです。
本日の整骨院は3時から。2時ぐらいから俄雨。雷も聞こえます。俄雨だから止むという想定で待機。自転車で10分の距離、歩くと30分です。今の腰で歩くのは辛い。ぎりぎりまで待ってみることにしました。止んだとふんで、2時45分に自転車に乗りました。帽子と簡単な防水上着は羽織ました。止んではおらず、大粒の雨がパラパラと空から落ちてきます。このぐらいの雨ならOKということでそのまま走りました。2時55分現地に到着。すこし濡れましたが、許容範囲です。
本日の整骨院の治療は約40分。途中でコンビニによって帰ってきました。帰り道もすこしですが、雨が残っていました。
ひとりで5時半、室温18.0度。腰の痛みは残っています。今日整骨院に行って来ようと思います。中学生とちいさいちびは朝から部活。
午前中に次の本が届きました。
Ben Wisner, JC Gaillard and Ilan Kelman (eds.), Handbook of Hazards and Disaster Risk Reduction. London and New York, 2012
875頁の大冊です。月曜日4限の授業のテキストとして使います。5月16日の授業の準備。6〜7割ぐらいはできたのでしょうか。
4時から久しぶりの整骨院。スポーツセンターの地下1階。スポーツセンターはリニューアルということですこし新しくなっているかと思ったのですが、見た目に変化はまったくありません。聞けば、空調と配線・配管を新調したのだそうです。
ひとりで5時、室温20.4度。昨日は夜になっても気温が上がった感じがあります。朝の室温が20度越え。雨は上がっているようです。朝のうちに、昨日残していた4冊のクリアーファイルの整理をしました。ここで整理とは、不要な紙を捨てることです。これで我が家は大きなゴミ袋が2つできました。今日は燃えるゴミの日なので、6時過ぎにゴミの場所に出しました。この時刻だと一番です。もともとは同じ地番だったこのご近所のゴミの収集は非常にはやい。午前8時から午前9時の間に来てくれます。8時過ぎという表現でよいと思います。9時を過ぎることは滅多にありません。
雨上がりの好天。外気は、とても爽やかです。今日は一度大学に行こうと思います。
9時54分武蔵境発の西武線。
家では飲まないビールを持っていきました。コンパに供出します。
三鷹駅で乗り換えするとき、お昼ご飯のいなり寿司を買いました。いつもはバッテラを買うのですが、今日は、おいなりさんの方にしました。
研究室のわずかの片づけと、授業の材料のコピー。我が家の片づけの方が優先です。無理をせず、リターン。11時40分多磨駅発の電車で帰途。武蔵境で外にでて、わかめ蕎麦。これが昼食でしょうか。それから、ヨーカードを一回りしました。東館4階の100円ショップを見てきました。売場はかなり広く、100円ショップにあるものはたいていおいているようでした。家をでるときはちょっと雨が降っていたのですが、すっかり上がり、好天となりました。気温も上がり、すこし暑く感じます。
帰宅すると、次の本が届いていました。
田中敬一『超ミクロ世界への挑戦―生物を80万倍で見る』 岩波新書、1989
電顕史の専門家、山口さんの勧めにより、購入したものです。食卓に集めたクリアーファイルの片づけに精を出していたら、腰が痛くなりました。片づけを頑張りすぎるのは、禁物です。片づけはスローペースにして、授業の準備の方に力を注ぐことにしました。
届いたばかりの田中敬一さんの『超ミクロ世界への挑戦―生物を80万倍で見る』(岩波新書、1989)を読み始めました。いやー、こんなにおもしろい本だとは思いませんでした。座っていると腰の痛みはあまり感じなくてすむので、一気に読み通しました。私のような人間が最初に読むには最適の書物です。田中敬一さんの研究の歴史=物語のなかに、重要な情報が組み込まれています。読み通すには、もっとも向いた形式です。
ひとりで4時、室温18.8度。雨。昨日の雨がまだ降っています。勝手な予想では、午後には上がると思います。→勝手な予報ではなく、ちゃんとした予報を見てみました。午前中は曇り、午後3時頃からまた雨という予想です。明日も雨マークがついています。昨日は、授業のノートや資料をいれたクリアーファイルの整理に着手しました。これがものすごく疲れる。不要なものは捨てる作業も同時に行いました。いくつか必要な資料を見つけましたが、見つからなかったものも2点あります。今日、もうすこし頑張ります。 →6時20分、たぶん最後のクリアファイルによって、残り2点が見つかりました。やれやれ。これですこし落ち着いて、次の作業に進めます。しかし、最後のファイルで見つかるとは。嗚呼!
実は、捜索の過程で、行方不明になっている本が見つかるか、という期待があったのですが、こちらは空振り。なんか、変な場所に置いてしまったのでしょう。場合によっては、なしですませるしかありません。早朝のうちに、昨日見つかった資料によって、5月13日の授業(講義)の最後の部分を補いました。炭疽菌テロの結末です。敵は身内(アメリカ陸軍の博士研究者)にいた、ということになります。見つかったのは、2008年8月21日(木曜日)の朝日新聞の記事です。「世界発 2008 炭疽菌 謎残る幕引き 自殺した米研究者の単独犯と断定」というのが記事のタイトルです。
5月9日3限の授業の画像提示の例示4回目は、いだいなるあらまたひろしさんにしました。画像に関する荒俣宏氏の仕事は、ほんとうにグレートです。
昔、博物学史を荒俣宏氏の仕事を紹介することで話していた時期がありました。もしかしたら、定年退職の年に、そういう話を集めるのもおもしろいと考えています。本日の散歩。
100円ショップでちょっとした買い物があり、荻窪まで歩くことにしました。散歩にはちょうどよい距離。駅ビル7階か8階のCan Do でブックスタンドと封筒を購入。それから、1階のセイユーで牛乳とお菓子を買って、JRで帰りました。すこし汗をかきました。
午後4時頃から、また雨が強く降り出しました。まさに、降ったり止んだりの一日でした。疲れすぎないように片づけを続行していたら、田中純『イメージの自然史:天使から貝殻まで』(羽鳥書店、2010)が出現しました。画像提示の材料になるものがないかとページを繰っていたら、最初のところは読んだ方がよいのではないかと思い、読むことにしました。「I 図像的展開の源流へ」第1章「イメージの系譜学」第2章「アートヒストリーとナチュラルヒストリー」をまず読みました。きちんと論が展開されているわけではないのですが、図像的展開にとってのダーウィンの進化論の重要性が指摘されています。これは、私の盲点でした。ダーウィンの進化論は、ある種の図像研究の基礎に存在します。
田中純さんの仕事は、私が手にしたがきちんと読み解けていない著作群、ブレーデカンプとかスタフォードとか三中信宏さんとかの仕事と関連しています。三中さんは、文化系統学という用語を使っておられます。
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