ひとりで4時40分、室温18.1度。お昼休みすぐに面談、午後に会議。3つ連続します。
9時6分武蔵境発の西武線。
11時40分から面談。
12時10分から会議。12時50分ぐらいに終了。次の会議は1時10分。微妙な時間ですが、研究室に戻らず、会議室にいました。
1時10分開始の会議は、2時過ぎまで。次の会議は2時20分からです。一度研究室に戻り、荷物をもって、大会議室へ。4時20分頃終了。急いで外にでて、4時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。
『科学史研究』の最新号が届いていました。
ひとりで4時30分、室温18.3度。午前中に会議、正午に面談。
8時30分武蔵境発の西武線。
昨日の5限の情報整理。10時半から会議。11時50分まで。
急いで研究室に戻り、学生との面談。急いだので、水筒を会議室に忘れてしまいました。事務の方が連絡をくれました。面談終了後、お弁当。
お弁当のあとは、午前の作業の続き。青山研究科長は、12時16分の電車に乗る必要があるとのことで、午後の会議はなし。
2時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ISIS の最新号が届いてました。
ひとりで6時5分、室温18.9度。正午に面談、午後に授業。
9時18分武蔵境発の西武線。
研究室で事務的用件の処理。11時過ぎにお弁当。正午に面談。12時半に別の学生の書類に判子。
3限4限5限。すべて大学院の授業。
4限にはゲストが見えました。ゲストの方の活動を紹介してもらい、ディスカッション。
5限はグループディスカッションの2回目。
5時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで3時10分、室温19.8度。やっとすこし疲れが抜けてきた感じがあります。中学生は月例の試験。ちいさいちびは男子の応援。おおきいちびはアルバイト&中学のときのバスケ友達とご飯を食べるそうです。
3時過ぎに次の本が届きました。
大沼保昭『「慰安婦」問題とは何だったのか』中公新書、2007
ひとりで3時、室温20.1度。弱い雨が降っています。室温が20度を超えています。すこしですが、暖かく感じます。息子の学芸発表会。杉並公会堂を借りてやります。息子は実行委員なので、ひとより早く、行きます。
1時間半ほど活動して、就寝。起きている間に、ご飯をしかけ、スイッチを入れました。
次に目覚めたのは7時半。疲れがかなり残っています。息子、午前練のあるちいさいちび、学芸会を見に行く妻の順にでかけました。おおきいちびはずっと遅れて11時。部活です。
3時過ぎにちいさいちびが帰ってきました。お弁当を食べていないそうです。冷凍食品を1点チンして、さらに自分で卵焼きを焼いて、お弁当(おにぎり)といっしょに食べ始めました。そうこうしているうちにおおきいちびが帰ってきました。おおきいちびもお昼ご飯を食べていないそうです。こちらはパンを買ってきていました。それに昨日の夕食のの残りをチンして食べています。二人で話しながら食べ終わり、ふたりともソファーへ。おおきいちび、ちいさいちびの順に昼寝に入りました。ふたりとも睡眠不足が残っているようです。よく寝ています。おおきいちびは髪の毛を染めるため美容院に行くので、5時に起こして欲しいと言い残して寝ました。
妻は4時頃帰ってきました。息子達の歌(合唱)は、なかなかよかったそうです。おねえちゃんたちのことも思い出して、泣きそうになったそうです。親の感慨です。合唱曲には、親が泣きそうになるものが一定割合で含まれます。
夕食後、妻のiPhoneからテレビ画面に画像を流して見ました。はじめてクラスの様子を見ました。女の子が男の子の半分以下でした。ぱっと見て思うのは、女の子が少ない、ということです。そう言えば、私自身も、小・中と女の子の方が少なかった記憶があります。そして、高校は、はじめての理数科クラスということで、男子39名、女子9名のクラスだったことを思い出しました。出席番号は姓のあいうえお順で、私が39番でした。
さらにそう言えば、還暦を記念して、このクラスで11月に同窓会を開くという連絡が夏前に来ていました。東京に生活の拠点があると、なかなか簡単に地元で開かれる同窓会に出席することはできません。田舎ですから、おじいちゃん、おばあちゃんになった人が多いんだろうなと想像しています。7時前、おおきいちびが美容院から帰ってきました。私の印象では、髪の毛がすこし明るくなったぐらいですが、おおきいちびと妻の評価によれば、はじめてとしてちょうどよい染まり方なんだそうです。真っ黒だった重さがすこし弱まったそうです。
ひとりで6時、室温18.6度。午前中に次の本が届きました。
慶應義塾大学21世紀 COE 「心の解明に向けての統合的方法論構築」表象A・B 班研究展覧会の記録『テクスト・イメージ・コンテクスト:「みること」の心性』慶應義塾大学 心の統合的研究センター、2007
これは、昨日大学で、松田隆美『ヴィジュアル・リーディング』(ありな書房、2010)の最初を読んで(非常にすぐれた概説です)、後ろをパラパラめくっていると、不思議な著作が引用されていたので、すぐにamazon のマーケットプレイスで発注したものです。こうしたものには、資料としておもしろいものが含まれることがあります。市販されていないので、手元にコレクトしておきたいな、と思って入手したものです。午後、医科歯科で季節的業務。
12時5分ぐらいに家をでました。御茶の水駅には、12時50分前に着きました。キャンパス内のセブンイレブンでパックの牛乳を買ってから、指定された部屋へ。ちょうど用意してくれている最中でした。すぐに作業、例年通り、ほぼ1時間。午後1時過ぎに完了。
スンダイの方にまわって、財務的用件をこなし、帰ってきました。西荻のセイユーで、妻に頼まれた、パン、牛乳、卵、バナナを買って帰りました。いつものショルダーバックに荷物はつめて帰りました。今日は休養にあてるつもりでしたが、連絡事項が数多くありました。
妻の次で6時15分、室温19.2度。正午に面談、午後に授業。
9時18分武蔵境発の西武線。
研究室で地道に宿題に取り組みました。
正午に面談。その後も宿題。なんとか終わらせることができました。袋に入れて、相棒のメールボックスへ。外を一周してきました。倒木は、切断されて、材木になっていました。4限5限の授業。5限101教室の鎌倉さんに挨拶。シンガポールから帰国されたばかりのよし。
5時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。
帰宅すると次の本が届いていました。
大沼保昭(聞き手:江川紹子)『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』 中公新書、2015
午前2時に目覚めて、すこし仕事。試験期間中のちいさいちびが起きていました。あまり無理をせず、はやめに寝るように伝えましたが、もうすこし頑張るそうです。
ひとりで6時半、室温28.0度。妻もすぐにおきました。中学生をすぐに起こしました。おおきいちびも。晴れ。
正午に面談、午後に会議。
9時半武蔵境発の西武線。研究室で10月締切の宿題。
正午から面談。
12時40分から会議。1時20分に会議を中座して、学長室へ。青山先生の代わりに、面接要員。
2時半から会議。4時過ぎまで。
研究室で連絡業務。4時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
けっこうこなした量が多く、疲れました。
午前3時に目覚めて、すこし仕事。寒く感じます。4時現在、18.3度。正午に面談、午後に2つ会議、夕刻に医科歯科(MMA運営委員会)。
9時54分武蔵境発の西武線。2限にでる学生たちの渦のなか。
本が5冊届いたという連絡があったので、小雨の降るなか、図書館に受け取りに行きました。行きは1階を通って、帰りは、段ボール箱をかかえて2階から帰ってきました。帰りはすこし濡れました。
ありな書房が3冊、地図関係が2冊です。具体的には次です。
松田隆美『ヴィジュアル・リーディング』ありな書房、2010
リナ・ボルツォーニ『イメージの網:起源からシエナの聖ベルナルディーノまでの俗語による説教』石井朗・伊藤博明訳、ありな書房、2010
リナ・ボルツォーニ『記憶の部屋:印刷時代の文学的 - 図像学的モデル』足達薫・伊藤博明訳、ありな書房、2007
ジェリー・ブロットン『地図の世界史 大図鑑』河出書房新社、2015
ジェレミー・ブラック『世界の都市地図500年史』河出書房新社、2016
12時40分から会議。2時前まで。
2時20分から教育情報化支援室。Moodle について教えてもらいました。わおー、言葉が難しい。30分弱話をして、必要な作業についてのイメージは得られたと思います。
3時から会議。30分はかかりませんでした。
研究科長からおくってもらった昨日の5限の資料の分析。最終結果がでました。対応を研究科執行部で決めておく必要があることが生じました。
5時52分多磨駅発の電車で御茶の水に向かいました。御茶の水駅には5時40分頃着きました。ちょっとだけ遠回りをして、5時50分頃、会議室。6時に始まった会議は、20分もかかりませんでした。
7時前に家に帰り着くことができました。
妻が起きて6時10分、室温17.8度。正午に面談、午後に授業。
10時30分武蔵境発の西武線。
3限の授業の準備で、コピー&スキャン&DropBoxへのアップロード。テキストです。
正午に1名の学生と面談。その後昼食。昼食後、生協へ行って、簡単な買い物。4限5限の授業。4限、1名が風邪で休み。
5限、院生諸君のグループディスカッション。
5時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで4時25分、室温18.9度。本日も行楽日和という予報です。4時過ぎに散歩。タマネギとニンジンという用事をいいつかりました。大回りして、ワイズマートで購入。ほかに、ジャガイモとちびどもの好きなトッポギもいっしょに購入。
月曜日からの週もなかなかに忙しい。火曜日と金曜日に医科歯科に行きます。月曜日から木曜日のお昼休みは、4日連続で、学生との面談。ゼミ選択のための面接です。
ひとりで5時40分、室温18.2度。好天。午前10時頃、ゲラを出すため、郵便局へ。帰ってきて、庭(というより隣家との隙間)の草むしり。そうとうぼうぼうです。家の前に積み重ねました。昼食後、ゴミ袋に詰めましたが、細かく折ってようやく袋ひとつに収めることができました。
午後3時過ぎ、散歩を兼ねて、セイユーへ。妻に頼まれたのは、牛乳、卵、長ネギ、薬味のネギ。他に卵パンを買って、すこし大回りをして、帰ってきました。
10月16日に買ってきた中央公論11月号をパラパラと読みました。「著者に聞く」をめくると隠岐さんがいました。『文系と理系』を取りあげています。今回の特集は「米中激突と日本の危機」。個人的には渡辺靖さんの「リバタリアン・アメリカ」の連載が勉強になりました。
夜のあいだに、新しい仕事の話が入ってきました。何度か問い合わせをしてから、なんとかなるだろうという判断のもと、受けることにしました。
妻が起きて6時25分、室温18.5度。けっこう寒くなっています。 今日は自宅にいて、いろんな仕事をこなします。朝のうちに連絡の仕事を処理。いろいろあります。そして、昨日届いたゲラの赤入れ。ほぼ問題なし。これで4号は通常通り発行できる明確な目処が立ちました。
その後も4号の作業を続け、表を含め、ほぼ完成に近づきました。正午に外出して、お弁当と蜜柑を買ってきました。
4時過ぎにちいさいちびが帰ってきました。ちいさいちびの自転車を借りて、夕食の材料、ホウトウを買いに出ました。きしめんとうどんとトッポギも買ってきました。わずかに雨。
ひとりで4時40分、室温19.4度。正午に面談、午後に授業、夕刻慰労会。
→私以外の家族全員を送り出し、ゆっくりと動いて、10時半武蔵境発の西武線。
研究室で来年度に向けての事務的用件の処理。
正午にゼミ志望の学生がひとり見えて、面談。4限5限の授業。
5限終了後、101教室へ。久野先生もすぐにお見えになりました。向後先生、井伊さんと駅前の飲み屋さんへ。わいわい、がやがや。
10時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。今に入ると、ちびどもがテレビを見ていました。そして、テーブルの上には、印刷所からゲラが届いていました。4号の最後の原稿です。
ひとりで5時20分、室温20.0度。午後に会議。
こどもたちを送り出したあと、駅前に行って、財務的用件をすませ、ついでにセイユーで牛乳2本とアイスクリームを買って帰りました。すこし休んでから登校。
10時18分武蔵境発の西武線。
そのまま生協に行ってすこし買い物。
11時にお弁当。2時から会議。20分前まで。2時20分から教授会。集まりがあまりよくありません。案件そのものは多くはなく、3時半には終了。その後打ち合わせ、4時前に終了。
4時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで4時35分、室温20.4度。午前中に会議、正午に面談、午後に会議。どこかで投票。
8時54分武蔵境発の西武線。
昨日の5限の授業の出席者管理。
投票は10時から4時。一番に行こうと思って、10時5分前ぐらいに研究室をでました。2分前に着きました。入り口で2分待機して、1番に投票をすませてきました。その足で会議に。302室。難しいことはない会議です。ほぼ仕事の分担の打ち合わせだけで終わります。15分から20分で終了。10月末までの宿題をもらって、研究室に。
研究室に戻ると、図書館から本が届いたという連絡がありました。プリントアウトしてすぐにとりにいきました。
東琢磨・川本隆史・仙波希望編著『忘却の記憶 広島』月曜社、2018本を受け取って、生協に行き、中央公論11月号と牛乳パックを買いました。中庭をぐるっと一周して、研究室に戻りました。
それからお弁当。正午に面談。
2時から会議。2時半まで。続けて会議。4時まで。
4時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで6時20分、室温19.5度。
朝練のある中学生は6時10分に起こすことになっていました。10分遅れ。→ばたばたばたばたして、7時15分に家をでました。走れば間に合うと、走っていました。→ちいさいちびは昨日から爆睡中。→おおきいちびは9時過ぎにでていきました。9時54分武蔵境発の西武線。2限の出席する学生たちの大群のなか。まず図書館に行き、坂野 徹・塚原 東吾編『帝国日本の科学思想史』(勁草書房、2018)を受け取りました。
午後に授業の準備。
3限4限5限と大学院の授業が続きました。
4限の授業では、ひとり、登録した院生が出席しておらず、5限にみんなで探すことになりました。
5限は、日本語教育学が専門の伊集院先生に例示発表をお願いしました。私の知らない分野です。とくに手法が勉強になりました。5時52分多磨駅発の電車で帰途に着きました。
ひとりで4時55分、室温19.4度。雨。ちいさいちびは公式試合の日ですが、できるかどうか微妙です。
ちいさいちびたちの試合は、開始までばたばたしました。雨が上がったので、時間を遅らせて決行という連絡があったのはよいのですが、何時に始まるのかがわからない。ちいさいちびは一度でかけて戻ってきて自宅待機となりました。家が遠い子は、現地にたどり着いたメンバーもいたようです。10時前に集合時刻が決まり、急いで家をでていきました。ママたちの応援団は、先にでていました。
私は、ちいさいちびをおくりだし、お昼ご飯の準備を確認してから、家をでました。私はお昼前から半日、季節的業務。
吉祥寺で乗り換え、10時半武蔵境発の西武線。メールボックスでレスポンスシートと次の献本を受け取りました。
坂野 徹、塚原 東吾編『帝国日本の科学思想史』勁草書房、2018
学会に対するレビュー・コピー(書評用献本)です。どなたか本格的な書評を書いてくれる方を探したいと思います。坂野 徹さん、塚原 東吾さん、ご高配、ありがとうございます。→18.10.15 あとがきと序章は、読みました。故金森修さんの日本科学思想史シリーズの最終版という位置付けです。日本をやるのであれば、必要な研究です。
仕事はお昼前に1件。お昼後に7件。こちらは連続でした。なかなか悩ましいものが続きました。
4時50分多磨駅発の西武線。三鷹で乗り換え。
帰宅するとちいさいちびが爆睡中。残念ながら、1点差で、敗北したそうです。修学旅行の翌日というのが足を引っ張ったのでしょう。→午前1時過ぎに目覚めて、お腹が空いたと夕食。午前2時ぐらいにまた就寝。修学旅行では睡眠時間がまったく足りなかったようです。
ひとりで3時、室温20.9度。寒く感じます。外は20度を下回っているようです。曇り。曇りの日が多くなっています。天気予報を見ると、本日は16度~19度。京都に修学旅行に行っているちいさいちびが日が暮れてから帰ってきます。
お昼前に、うれしい報せが届きました。
正午、次の3冊が届きました。
John G. Burke, Origins of The Science of Crystals, Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 1966
古川安『科学の社会史』ちくま学芸文庫、2018 (南窓社、1989)
リチャード・E. ルーベンスタイン『中世の覚醒:アリストテレスの再発見から知の革命へ』小沢千重子訳、山本芳久解説、ちくま学芸文庫、2018 (紀伊国屋書店、2008)
バークの『結晶学の起源』は、Phillips Memorial Library, Providence College の除籍本です。状態はとてもよい。
古川安さんのものは、古川安さんからの献本です。古川安さん、ご高配、ありがとうございます。学会の調査によれば、大学における科学史関係の参考書として、この書が2番目に使われています。社会史の教科書としては、1番ということになります。文庫版あとがきには「本書を世に問うてから三〇年近くが経ちました。その間、一度の増訂を経て昨年までに一万部以上が発行され・・・中国では精華大学などいくつかの大学で中国語版が科学史のテキストとして使われている」とあります。三〇年、一万部! 古川さん、おめでとうございます。正午すぎに、駅前を通過して、西荻を4分の1周ぐらいしてきました。セイユーで妻に頼まれた豚肉を買って帰りました。
ちいさいちびは7時前に帰り着きました。疲れたけど、それなりに楽しかったそうです。
ひとりで5時55分、室温22.2度。今週は週のはじめに苦行に耐える時間があったので、メンタルの疲労が残っています。今日はお留守番の仕事をしつつ、手元の書物とつらつらと読んでいきます。
新学期がはじまって2週終了。気になっている木曜日5限「表象文化に触れる」の午後4時現在の登録者数は、245名。登録締切は、本日24時なので、250名を突破するのは確実だと予想されます。→18.10.13 予想がはずれました。246が確定数字です。来週の木・金に履修登録修正期間があるので、もうすこし変動しますが、250名前後ということでは変わらないでしょう。大学では学長選が進行中。日程は次。
9月26日 候補者の諾否回答、意思表明書提出期限
10月1日 学長候補者の選定結果の公表
10月5日 学内意向聴取の公示
10月12日 候補者の所信表明
10月5日~15日 不在者投票
10月16日 学内意向聴取(投票・開票)
10月26日 候補者の面談を含む選考の実施、最終学長候補者の決定
11月1日 最終学長候補者の公表
つまり、本日所信表明演説が昼休みにあり、来週の火曜日には投票です。学内意向聴取という不思議な言葉は、国立大学法人は、学長選考会議に決定権があり、投票は、参考にしかすぎないという位置付けによります。実際、学内意向聴取の結果と異なる学長を選出した国立大学は複数あり、とくに初期の頃は物議を醸し、ニュースにもなっていました。
ひとりで5時15分、室温23.9度。午後に授業。
ゲラの作業。4号の目処をつけました。
郵便局にゲラを投函してから、10時半武蔵境発の西武線。正午頃にお弁当。
2時20分から授業。
4時から授業。卒論演習。4人に発表してもらいました。よかったと思います。
6時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで4時40分、室温23.8度。
ちいさいちびは5時45分に起きて、東京駅に向かいます。修学旅行です。本日出発、土曜日帰還。苦行は最後のチェックを残すのみです。日曜日の編集委員会の宿題をこなすことにしました。緊急性の高いものから処理をしていたのですが、手間のかかるものを残していました。朝のうちにこなすことができました。あとは、郵便局で投函するだけです。
正午に面談。午後に会議。
郵便局に2点の封筒をだし、駅前の銀行ですこしお金を降ろしてから、中央線。9時半武蔵境発の西武線。
午前中に2度目のチェックも終わりました。これで9月末の集中講義に関しては、すべて終わりです。
11時過ぎに生協で昼食。倒木の様子を見て回りました。コーンとロープを張っているだけのところが大半でした。
2時20分から会議。20分以内。
次は3時20分から。図書館から『力学の誕生』が届いたという報せがあったので、先にとりにいくことにしました。本をもらってから、雑誌コーナーをブラウジングし、会議室に入りました。15分前なので、さすがに1番でした。でも、すぐに何人かの先生がお見えになりました。
受け取った書物の書誌は次。
有賀暢迪『力学の誕生 オイラーと「力」概念の革新』名古屋大学出版会、2018
→ 18.10.12 結論、あとがき、序論、第1章、第2章を読みました。筋が通っていて、納得できる議論を展開しています。図書館の脇では、業者が来て、倒れた金木犀をもとに戻し、同時に葉をほとんど切り落としていました。木として甦らせるためには、葉を落とした方がよいのでしょうか。学内の他の倒木は、まだ、基本放置されています。コーンとロープは、たぶん、あまり近づくなという意味で張っているのだと思いますが、どこにも掲示がないので、正確にはわかりません。
3時20分からの会議の司会の大半は私の担当です。4時終了予定が4時1分ぐらいに終わりました。すぐに両学部共同の教授会、ついで、言語文化学部教授会。八木先生がとっとすすめてくれたので、30分以上予定よりはやく終了。5時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで3時15分、室温23.4度。午後に会議。
8時半武蔵境発の西武線。
昨日からの苦行の続き。採点そのものは10時頃終わりました。登録者数:196、実際の受講者数:181 でした。履修取りやめがけっこういました。
事務棟に行って、まず、1階で日曜日の資料を受け取り、3階で日曜日の鍵を返却しました。11時過ぎにお弁当。
成績の記載と第1段階のチェックは行いました。明日、もう一度チェックを行います。1時50分から会議。2時10分過ぎまで。
4時から会議。6時半までかかりました。青山研究科長は「定刻主義」を唱えられています。しかし、案件が多い、あるいは難しい案件があると、どうしても時間がかかることがあります。4時半から6時の予定だったので、1時間延びたことになります。
6時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで6時20分、室温24.4度。体育の日で国民の祝日ですが、大学はあります。「くらしと健康」の採点作業に着手したいと思います。
7時54分武蔵境発の西武線。大学前のコンビニで、軽食と昼食を買ってから、研究質へ。
「くらしと健康」の採点作業:まず、名寄せ。10時ぐらいまでで名寄せは終わらせました。軽食をとってから、採点作業。採点作業は苦行です。200まではいきませんが、100をゆうに超えています。辛抱、辛抱、ひらすら辛抱です。
適当に休憩を取りながら、3分の2程度までは進めることができました。あまり根を詰めると身体に悪い。残りは明日にまわすことにしました。
226教室ですが、4限に授業がないことを確認しました。
4時50分に教室に入って待機・準備。初回にできなった打ち合わせをすませることができました。我々の重要な仕事は出欠管理。なんといっても必修の授業です。できるだけ、全員を無事に出席させ、単位をとらせるのが仕事です。もちろん、全員は無理ですが、可能な限り、こぼれおちる院生を少なくしたい。
今日は、青山研究科長からのお知らせのあと、長屋先生の例示発表。長屋先生の発表は、なかみがあって、おもしろいので、安心して聞いていられます。
ほぼ5時半に終わり、帰途。5時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで4時50分、室温25.1度。快晴。すばらしい快晴。そして、台風が連れてきた熱により、30度を超える予報。
中学生は練習試合。8時過ぎにでかけました。ちいさいちびも練習試合ですが、午後です。お昼ご飯を食べてからでかけるようです。おおきいちびはバイト。9時半ごろでかけました。午後に学会の編集委員会。
現地に到着したのは、1時45分。道の途中でおひとりの方と一緒になりました。現地ではもうおひとりの方が入り口でお待ちでした。みなさん、はやい。
今日はスカイプ接続が必要ないので、15分前に現地の到着すれば十分だろうと判断して、動いたのですが、待たせることになった人が出現したわけです。
2時から3時の予定。実際は、3時15分まで。駅までは3人いっしょ、電車は内田さんといっしょでした。
ひとりで3時25分、室温22.4度。中学生と妻を6時半に起こしてから、再度就寝。
中学生は午前練。ちいさいちびは土曜学校。午前中は授業、午後は部活。
午前中に明日の編集委員会の準備をほぼ終えることができました。
お昼頃、『ユリイカ』2018年10月号、特集:図鑑の世界、が届きました。一部目を通しました。
私の今の問題関心に重なります。ふとしたおりに、1点、2点、数点と読んでいます。一瞬立ち止まったページに、「図鑑」という日本語は英語ではどういうかという問題が触れられていました。まず、グーグル。何と、"An Illustration" そして、"picture book" .p.160 で甲斐義明さんは、"illustrated guide", "atlas" という英語を与えています。「図鑑」はたしかに"illustrated guide"です。そして、"atlas"と表現することもできると思います。 p.85 で石原あえかさんは、"Bilderatlas", 図譜が豊富な"Bestimungsbuch"や "Nachschlagwerk"ではないかと指摘しています。→18.10.13 特集全部というわけではありませんが、私に関係するところは目を通しました。もうすこし紙幅をあげてもよいかなと思う論考はありましたが、好特集となっていると思います。
ひとりで5時50分、室温22.1度。どんよりとした曇り空。今にも雨が降ってきそうですが、とりあえず、持ちこたえています。
1週間の疲れで、目がかすみます。ここまでかすむのは久しぶりです。朝練のある中学生、ちいさいちび、おおきいちびの順に出かけます。小さい順です。→中学生の次には妻がでかけました。私は今日は家にいて、いろいろな処理に当たります。
ちいさいちびの誕生日。
誕生日ケーキは、夜の10時過ぎになりました。おおきいちびがバイトから帰ってくるのを待ちました。[台風24号]
My Facebookにあげた情報をそのまま引用します。 「長女が心配しているので、母に電話で確認しました。台風の目のすぐ近くだったせいもあるのでしょう、台風21号のときは山の木々がちぎれて大変だったということですが、今回は、あっけなかったそうです。近所の公民館に後家さん(母の表現です)5~6名がお菓子を持ち寄って避難し、世間話の花を咲かせたそうです。ただし、海辺はたいへんだったそうです。道路に泥が打ち上げられて、通行止になっていたとのことです。父が昔通っていた南部中学、南部小学校のあたりだそうです。」
気になったので、地元の新聞、「紀伊民報」を中心に調べてみました。
台風24号の目は、みなべあたりを通過したようです。母の証言は、それに合致します。マスメディアが「田辺近辺」と表現したのは、みなべでは知名度がないと判断し、比較的知名度のある田辺を優先して表現したせいではないかと考えられます。
母の言っていた泥ですが、「紀伊民報」では、次のように表現されていました。
「同町芝の南部海岸では越波で防潮堤沿いの柵が倒壊。国道42号は砂利に覆われたが、国土交通省紀南河川国道事務所が除去作業をし、1日朝の通勤時間帯には通行可能な状態となった。国道42号から山手側に入った道路や歩道の一部にも砂利があり、建設会社作業員が取り除く作業をした。防潮堤から山手側に100メートルほどの道路まで砂利は飛ばされていた。」
泥を含む海の砂が防潮堤を越えて、国道42号、そして国道42号に接している、中学校や小学校の敷地にも侵入したということのようです。写真がほしい! 紙媒体の新聞にそこまでは期待できませんが、ネットには、資料の意味もあるので、写真をどんどん掲載してほしい。ネットの強みはそこにあると思います。
上には書きませんでしたが、母は、塩害も言っていました。海水がウメの木を含む山の木々にかかって、山がちゃいろくなっているそうです。
ひとりで5時15分、室温22.4度。午後の授業。
10時18分武蔵境発の西武線。
事務棟3階でまず鍵を借りました。日曜日の編集委員会のためです。1時半から学生と面談。
2時20分から授業。サッカー部3人組は、この秋には参加しないという情報がありました。友達を介しての情報なので、本人に確認をとる必要があります。
4時から授業。
5限の授業。3時50分に101教室に入り、準備。人数が多くなりそうです。TA の方も向後先生もすぐに見えました。用意した部数の+50を緊急に手配。512に戻り、卒論演習の学生に順番に挨拶してもらいました。春からどうするのかを全員に話してもらいました。一部まだ決まっていない学生がいました。
5時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。エレベーターのところで、3限をお願いしている清野先生といっしょになりました。医科歯科の内部事情をいろいろと伺いました。聞いてしまえば、なるほど、そうなるな、という話しでした。
ひとりで3時55分、室温22.2度。どんよりとした曇り空。と思ったのですが、薄曇りの晴れ。朝練のある中学生、1限のある大学生の順にでかけました。それぞれ、7時過ぎ。ちいさいちびは兄弟がでかけたあと、7時40分に起床します。
午後に会議3つ。
8時30分武蔵境発の西武線。大学に着いて、メールへの対応をしたあとすぐに、カバンにつめていたデジカメを持ち出し、倒木の撮影へ。
研究講義棟の体育館側からスタート。それから昨日見た中庭、そして、留日センターと生協の間をぬって、公園側へ。図書館の裏から、図書館とアゴラ・グローバルの間を抜けました。図書館とアゴラ・グローバルの間にある、金木犀が根をむき出しにして倒れていました。それから事務棟の入り口の方に行き、駐車場の方から最初の場所に戻りました。およそ10本の倒木がありました。
研究室に戻り、デジカメをパソコンに接続して、アップ作業。パソコンがデジカメにある全てのファイルの取り込みをはじめてしまったので、けっこう時間がかかりました。
必要な箇所だけを切り取り、jpeg ファイルで数百キロバイトまで容量を減らす作業をしました。My Facebookにアップ。これはもちろんすぐでした。11時過ぎにお弁当。さすがに机の上の書類の片づけに着手。
12時10分から会議。12時5分には中会議室に入りました。12時45分に終了。次の会議は同じ部屋で1時から。15分は微妙な数字です。生協に行って、カップコーヒーを買い、ベンチに座って飲んでいました。部屋には1分前に入室。
25分で終了。研究室に戻り、休憩。4時から大会議室で研究科教授会。1番だろうと予想して10分前に部屋に入るともう数名がいました。はやいかたははやい。
前期後期あわせての全体会議は無事進みましたが、後期課程のみの会議に移ってから問題発生。定足数に足りない。10名程度足りないそうです。結局、数名を集めることは出来ましたが、定足数には達せず、定足数が必要な部分は次回送りで、その他の案件をすませて終了。すぐに打ち合わせ。八木学部長がとりまとめ。6時数分に終わりました。6時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。帰途は村尾先生といっしょになりました。
ひとりで4時10分、室温23.3度。好天。予報によれば、水曜日の午前中まで晴れ。午前中にひとつ、午後にふたつ、会議。
8時30分武蔵境発の西武線。
昨日の5限の宿題。
10時10分から学長室。5分に行ったら、手のケガをしてH先生がいました。時間を間違えたそうです。
11時前まで。研究室に戻り、お弁当。図書館に行って、届いたと連絡のあった『科学史技術史事典』縮刷版を受け取りました。研究室に常置して、私のひとつ上の世代の記述水準を確認します。→縮刷版に対する序文だけ読みました。もとの『科学史技術史事典』が高い(定価23000円)ので、もっと手軽に入手できる(税込み7130円)縮刷版を用意したとあります。もとのものにあったカラーの図版と年表はカットしたそうです。値段で約3分の1より安くなっています。それは確かに意味があるでしょう。私はもとのものを1983年3月11日生協で購入しています。16500円でした。かなり安売りしてくれています。何かセールだったのでしょう。
正午過ぎに客人。博士論文をほぼ完成したと報告してくれました。あとは、四方山話し。『忘却の記憶 広島』ができあがったそうです。編集作業が大変だったという感想。
1時をすぎてから、散歩を兼ねて、生協へ。研究講義棟の東側に、森というのか林というのか、木が多くある場所があります。おお、台風の風で、根こそぎ倒れていたり、途中から折れている木がけっこうありました。近所の農工大では木が倒れて、近所の迷惑になったそうです。外語の場合、学内のあまり人が通らない場所だったので、まったく話題になっていませんが、台風で倒木があったことは同じです。記憶だけで書けば、根こそぎは1本、途中で折れている木は数本ありました。(キャンパスの全体を数えたわけではありません。)
生協でパックの牛乳とお菓子をすこしだけ買って、いつもとは逆の入り口から研究講義棟に入りました。午後の会議は2時20分から。3時過ぎには終わりました。事務室で台車を借りて、一度研究室に戻り、帰り支度をし、溶解文書を一箱台車に乗せて、事務室へ。次の会議は3時半から。5時過ぎには終了しました。
5時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。
帰宅するとちょうど中学生が玄関で塾にいく準備をしていました。ちいさいちびは大会が近いので夜練だそうです。8時過ぎに帰ってくるそうです。おおきいちびは友達とラーメンを食べています。10時過ぎに帰宅しました。
2時半に目覚めました。室温24.2度。台風が南の熱を運んできたようです。台風の風は、昨夜の9時過ぎに吹いてきました。家のなかにいて、強い風の音が聞こえるようになりました。雨の音はほとんどしていません。
ちなみに、ニュースは「台風24号、和歌山県田辺市付近に上陸」と言っています。私にはこの「付近」が謎です。どうして田辺市に上陸としないのでしょうか? 上陸が台風の目が通過という意味であれば、場所を指定できると思います。
田辺市に住む弟の情報では、9月30日午後9時でもまだ静かだそうです。つまり、台風の目のなかにいたそうです。
ネットで見ると、午前2時現在では、長岡市の南東約40キロメートルを北東に進んでいるということです。午前3時現在では、東北に達しています。(午前3時推定で、会津若松市の南東約40キロメーターとウェザーニュースにあります。)2時半は朝の目覚めではありません。4時過ぎにご飯をしかけて寝ました。次に目覚めて、6時半。台風一過のきれいな青空。道路には風で吹きちぎれた葉っぱのほかにいろんなものが飛んできています。
おお、とうとう、10月。還暦です。すなわち、60回目の誕生日。都民の日で、都立高校はお休み(部活はあります)。大会前なのに、練習ができていないとちいさいちびは心配していました。
大学は秋学期のスタート。5限に「異分野交流ゼミ」というM1 の院生を集める必修授業があります。おそらく120名が参加します。本日のもっとも重要な仕事は、この授業をスムーズにスタートさせることです。
大学のサイトを確認しました。台風24号通過で交通に影響がでているため、午前中の授業は全学休講とする、午後は正常通り行うという通知がありました。
ニュースを見ていると、普通に動いていない路線が諸所にあります。妥当な判断でしょう。9時42分武蔵境発の西武線。同僚の先生といっしょになりました。その方は、授業が午前中全学休講になったことをご存じありませんでした。ホームページにだけでた情報です。見ない方は見ないでしょう。
授業の準備。4限のテキストのコピー&スキャン。11時過ぎにお弁当。
正午にTA 2名と打ち合わせ。もうひとりみえるはずの先生は、京王線が止まったせいで、正午には間に合わず。
12時40分から授業。ひとり。
図書館から『化学史事典』が届いたという連絡があったので取りに行きました。2刷り。最大の懸案部分は直っていました。研究室に常置します。
2時20分から授業。3人。
5限の授業は大切なので、4限終了時刻に教室に入りました。
5時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。
秋学期の初日:疲れました。
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