ひとりで5時5分前、室温12.0度。ゴミを出すため外にでるとちょうど雨が降ってきました。今日は最高気温9度で雨。冬の雨になります。日曜日も雨の予報。ほぼ最後の冬の雨かもしれません。
ショーの『ポータブルラボラトリーへの招待』ですが、読み通すのがはやいと考え、グーグルのスキャンからつくられた不完全なブックレットをペンをもって読むことにしました。本文75ページです。残念ながら、図版は、生き残っている割合の方が小さい。
冒頭は、8つの図版(Plate)の説明です。すべて炉です。v-viii. それから第1節で序文(Preliinaries) pp. 1-13。第2節は「炉、その装置、そして操作の対象(物質)の記述」pp.13-25. 第3節「ポータブルラボラトリーを化学の向上のために適用すること」pp. 25-26. ついで「一般化学の教程のためのスキームあるいは化学知識のさまざまな分野への導入」pp.27-39 です。「哲学的化学の教程のためのスキームあるいは化学実験を自然知識の向上のために適用すること」pp. 40-46。「技術的化学のさまざまな教程のためのスキームあるいは技術と産業 arts and trades の例証のための化学の適用」pp.47-49. 「調薬化学の教程あるいは化学薬品の調合法」pp.50-61.「冶金のための化学の教程あるいは」pp.62-75.
図版は、炉だけです。その他の器具や装置の図は掲載されていません。そして、"portable furnace" の用語。"portable laboratory"の中心を炉と考えていた証拠です。本棚から『化学史における器具と実験』を取り出し、アンダーソンの記述を見直しました。
Robert G. W. Anderson, "The Archaelogy of Chemistry," in Frederic L. Homes and Trevor H. Levere (eds.), Instruments and Experimmentaion in the History of Chemistry (London, 2000), pp.5-34 on p.17
ベッヒャーは、ポータブルで融通のきく炉をデザインした。それぞれの操作(溶融、灰吹き法、か燃、蒸留、昇華・・)には、それぞれの炉が必要であった。ベッヒャーの解決策は、8つの部品からなる炉を6つの仕方で組み合わせることであった。
ベッヒャーのアイディアは、ショーによって剽窃pirated された。1731年、器具製造業者Francis Hauksbee の名前を入れた英語の著作『ポータブル・ラボラトリーへの招待』g出版された。「英国において化学を実践しようとしたときの中心的障壁は、適切な炉、器具、用具、物質を揃えることにあるので、すぐに作業に使えるポータブル・ラボラトリーをここで公衆に推薦する。」
宣伝は、図版の前にある。"The Portable Laboratory, ready fitted for Business, may be had of Mr. Hauksbee, in Crane-Court, Fleet-street, London" これは、化学器具製造業者の名前を明示した初期の例である。
ひとりで5時45分、室温12.4度。息子は定期考査2日目。ちいさちびはやっと今日から学校が再開。
午前中に面談、午後に会議。8時42分武蔵境発の西武線。大学前のコンビニですこしだけ買い物をして、研究室へ。昨日からの続き。
10時過ぎに学生が見えて面談。卒論に対するコメント。卒業まで1ヶ月となって、いろいろ新しい事実が判明。
正午頃、生協で昼食。1時10分から会議。2時20分近くまで。
辞書に、ベガンの『化学の基礎』(1620)に、"laboratoire" が用法があるとあります。自分の目で確認しました。p. 135 と p.223 にあります。これがフランス語の初出かどうかはわかりませんが、初期の事例であることはまちがいないでしょう。
グリムの辞典には、"laboratorium" はありません。辞典になくても、"das laboratorium"の用例はすぐに見つかるので、ドイツ語圏の錬金術に関連する領域で、この語が使われていたことに間違いありません。
今回の私の調査に関しては、ベッヒャーが重要です。ベッヒャーの死後出版に次があります。
Johann Joachim Becher, Tripus hermeticus fatidicus, pandens oracula chymica, seu I. Laboratorium portatile cum methodo vere spagyrice ... Accessit ... II. Magnorum duorum productorum nitri & salis textura & anatomia ... adjunctum est III. Alphabetum minerale ... His accessit concordantia mercurii lunae ..., Francofurti ad Moenum, Sumptibus Johannis Georgii Schiele, 1689.
最初の論考が、"Laboratorium portatile"です。直訳すれば、「可動ラボ」でしょうか。ショーの「ポータブル・ラボラトリー」の直接の先祖と位置づけてよいでしょう。Cohen, Album of Science (1980), p.142 はこれを「ポータブル・ラボラトリー」と訳しています。
mortal and pestles 乳鉢とすりこぎ、tongs 火箸、bellows 鞴、天秤等がカタログ化されてしめされています。
ショーを先に見てみます。p.14
「この種の事柄は、最初、あの優れた化学者ヨハン・ヨアキム・ベッヒャーによってなされた。我々は、彼の労に多くを負うことを感謝とともに記す。
このラボラトリーは、3つからなる。炉、器具、マテリカ・キミカだ。」
炉の記述が続いたあと、p.19 から装置の記述。
The Apparatus of a Laboratory shou'd be so suited to the performance of all Chemical Operations, as that nothing, which is not readily procurable, may be wanting when it comes to be requir'd in business.
化学の器具は、ずべて、間接的なものと直接的なものにわけられる。あるいは操作の準備に必要なものと、実際操作に使われているものである。我々のポータブルな炉の間接的装置には、複数の部品がある。
まず第1に、あらゆる化学操作は、正確で幾何学的になされなければならない。よい天秤と錘が用いる物質の量を決定するために絶対的に必要だ。錘が物体に含まれる物質の量のための基礎だ。
p. 20 Measures 秤
Mortals 乳鉢
Shovels, Tongs, &c. ショベル(スプーン)、火箸(トング)、など
Funels and Glasses 漏斗(じょうご)とガラス瓶
最後に、ある種の用具をつくるための器具、間接加熱室の炉心、試験のための鋳型(モールド)、るつぼと溶融ポット、ガラスを切断するための鉄のリング、レトルトのネック。
p.21 The Materia Chemica, that is the Subjects to be work'd upon, or immediately and materially empoy'd in chemical Operations, is the next thing to be considered.
This is a large Field, and comprehends all the natural Bodies of our Globe;
This Collections, being distributed into proper Classes, will come into a small Copass ; and may be commodiously carried, either by Land or Sea, along with the Furnace and its Utensils.
ひとりで6時、室温14.0度。昨日の暖かさが残っています。息子は今日から定期考査。ちいさいちびはテスト期間(実際のテストは来週)。私は午後に会議。
図書館で調べものをするため、朝大学にでかけることにしました。9時54分武蔵境発の西武線。図書館に直行。
一度研究室に戻り、調査を継続。11時半に生協で昼食。
2時に学生が判子をもらいにくることになっています。20分強遅れて到着。7階や8階を捜していたそうです。5月から8ヶ月間、行ってくるそうです。
3時からAA研大会議室で会議。その前に図書館で再度調べもの。調べ方の問題かもしれませんが、見つからず。10分前に大会議室に入ると、昨日の夜、会議で臨席となった栗田先生が1番で着席されていました。会議そのものは30分強、3時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
百科全書の「ラボ」を読みました。(化学)実験室が備えるべき条件を列挙しています。関連して、図版は、とてもすばらしい。
その後、どうなったのか、図書館で調べた範囲では、百科事典類には、項目として取りあげられなくなっています。ブリタニカにもアメリカーナにも、日本の百科事典類にもありません。ラトゥール等の実験室研究のあとだと、項目化すると思われますが、そのときはすでに百科事典類が落ち目になっていました。
事典類におけるもっとも安心してよめる記述は、『現代科学史大百科事典』における「化学の実験室」(ホームズによる)だと思われます。ただし、起源に関しては詳しくは書いていません。
ひとりで5時25分、室温12.9度。→寒くなる予報でしたが、寒くなっていません。雨もぎりぎり降るか降らないかのゾーンに入っています。→結局、雨は降らず、晴れて、暖かい日となりました。国立大学は前期日程の入学試験。→早朝の御茶の水駅の火災の影響で、中央線と総武線の運転見合わせというニュースがでています。新宿から西は中央線が運行しているようなので、日常首都圏の交通に慣れている者であれば、おそらく大丈夫ですが、受験生には配慮の必要があるでしょう。外語は、大学サイトで1時間開始を遅らせると通知していました。→東京-新宿間の中央線に関しては、9時半頃、運転再開のニュースがありました。
ちいさいちびは、よい機会なので、ママといっしょに病院へ。
ふたりで10時半ぐらいに帰ってきました。思ったより近かったそうです。先に、橋本さんの本を読み直すことにしました。
橋本毅彦『描かれた技術 科学のかたち』東京大学出版会、2008
第5章「科学の場所」を読み通しました。私は、夕刻、東京医科歯科大学で、MMAの運営委員会。
5時ぐらいにでかけ、5時35分ぐらいに駅に着きました。駅前の丸善でしばらく本を見ていました。『サイゾー』を購入。
医科歯科大学の会議は6時〜7時。医科歯科の会議はいつもはやいのですが、案件が多く、1時間かかりました。そう、1時間で、かかったという表現になります。"elaboratory" は17世紀の英語辞書がキャッチしていました。
The New World of English Words: Or a General Dictionary: Containing the Interpretations of such hard words as are derived from other Languages....: Together with All those Terms that relate tote the Arts and Sciences; ...Collected and Published by E. P. , London, 1663
E. P. = Edward Phillips
"An Elaboratory , or Labratory, (Lat.) a properly a Chymist's work-house, or shop"
献辞は、"To the truly Noble, and Perfect Lover, and Incourger of Arts and Sciences, Sir William Paston, Knight, and Baronet"
"Apotheke, (Greek) a shop, or store house, wherein any thing is laid up."
"Spagyrical, (Lat.) belonging to chymical operations"
"Office, (Lat.) a Shop, or Work-house."当初からある興味深い用法に、自然を拡張されたラボと捉える見方があります。
Ralph Bohun, A Discourse Concerning the Origine and Properties of Wind, 1671
"wee suppose any thing Analogous to these under ground (where Nature in her own Elaboratory often exceeds the greatest Sagacity of Art ) why may not the Tepid Steams and Vapors that ascend from thence, be able to produce so ....."
自然は、そのラボラトリー(作業場)で術の最大の知をはるかに越えることがある。= 人知を遙かに越えた働きをなす、ということでしょう。よくある発想ですが、自然をラボに喩えるのが新しいと言えるでしょうか。医化学派の基本的観点を示しているとも言えます。
"shop" の定義は2月4日。apothecary shop が一番よい説明になります。調剤薬局の場合、店舗と調剤場があります。もともとは、調剤の作業をする場所を指すことばだったと理解すれば理解しやすいと思われます。そして、徐々に店舗を指すことばに変貌したと見ればよいでしょう。
ひとりで5時25分、室温10.1度。ちびどもは午後カラオケに行きました。
『ゲンロンβ34』をダウンロードして読みました。
シェイピンの「17世紀英国における実験の部屋」をきちんと読んでおくおく必要があるだろと思い、捜せばハードディクスにも部屋のなかにもあるに違いないのですが、ダウンロードして、画面上で読みました。
Steven Shapin, "The House of Experiment in Seventeenth-Century England," Isis, 79(1988): 373-404
なるほど。中心的に扱われているのは、ボイルとフックと王立協会です。私に役にたつところはあります。Graeme Gooday, "Placing or Replacing the Laboratory in the History of Science?," Isis, 99(2008): 783-795
これもダウンロードして読みました。新しいと言うこともあるのでしょうが、この議論はほぼ納得です。Bruno Latour, "Give Me a Laboratory and I will Raise the World," in Karin D. Knorr-Cetina & Michael Mulkay (eds.), Science Observes: Perspectives on the Social Studies of Science, London: SAGE, 1983, pp. 140-169
Thomas F. Gieryn, "Laboratory Design for Post-Fordist Science," Isis, 99(2008): 796-802
こちらもダウンロードしておきました。
ひとりで6時5分、室温12.9度。おおきいちびはどこかにでかけるようです。6時半に起きるとありました。→なにがどうなったのかはわかりませんが、6時半には起きなくてもよいのだそうです。
先にクロスランドの論文を読んだ方がよいだろうと思い、駒場図書館に行くことにしました。9時頃でかけて、10時ごろ駒場に着。土曜日なので、図書館は静かです。学生も少ない。
Maurice Crosland, "Early Laboratories c.1600-c.1800 and the Location of Experimental Science," Annals of Science, 62(2005): 233-253
この論文のコピーをとってから、17世紀の書簡集や日誌を取り出して、まずは索引を確かめてみました。オルデンバーグにもフックにもイーブリンにもピープスにも私の今調べている項目は索引化されていませんでした。そうした書物が編まれた時代には「ラボ」は当たり前のものとされ、意識の光が当たっていなかったのだと思われます。
索引にないものを一から捜すほどの時間はありません。ないことを確認した時点で外にでました。生協が開いていたので、息子がよくなくすシャープペンを3本購入しました。全部で258円。
それから駒場下の蕎麦屋で鴨南蕎麦。朝がはやいので昼食です。蕎麦屋にはいったときから、クロスランドの論文を読み始めました。重要な問題を扱っています。基本的情報も取りあげられています。
セイユーで買い物を頼まれています。牛乳2本、アップルジュース1本、カルピスウォーター1本を買うと、相当重い。
帰り着いて、すこし休んでから、論文の続きを読みました。クロスランドは1931年生まれです。論文出版時で74歳。『化学の言語』は、化学史のためには必読文献です。フォーカスが微妙に甘く、おじんちゃんの文章という感覚を受けました。p.244 中頃の (ref?) というのは、文献中をつけるつもりで、そのままになったものだと思われます。編者の方もそのとき老眼だったのでしょうか。
詰めが甘い論文は、後進のためにはよい。同じ問題を取りあげて、もう少し精緻に材料を補い、広く深く考察することができます。
p. 238 "portable laboratory" ほんとうは、"chemical cabinet" と呼ぶべきもの。 "cabinets with reagents, glassware, blowpipes and other requisites" (Honburg, Ambix, 46(1999), 1-32 )
p. 239 Tycho Brahe, 1590s にlaboratorium という語を使う。 フランス語の laboratoire は、1620年代までに使われるようになっていた。(Trésor de la langue francaise , Paris, 1983. Beguin, Tyrocinium Chymicum: Les Elémens de chymie, Paris, 1620)
17世紀ドイツ語圏では、ラボが複数の場所に出現。Johannes Hartmann が1609年マールブルク大学の化学教授に任命されたとき、ラボがあった。1683年ヨハン・ホッフマンがアルトドルフ大学に同様のラボを開設。
ベッヒャー、1660年代、ミュンヘンにラボを持つ。ラボを付設する、Kunst und Werkhaus (house of invention and manufacture) の計画。製造業から得られる利益を強調。
p.243 17世紀なかばの英国。スターキーがロンドンにラボを継続的にもつ。1652年 Saint Jamesにラボ用の部屋。
1655 or 1656 ボイル、オクスフォードの中心的薬剤師apothecary 、John Cross の家に間借りし、彼のラボを実験に使う。オクスフォードには、他に、ピーター・シュタールのラボもあった。もっとも有名なのは、1683年アシュモールミュージアムの地階に作られたラボ。ロンドンの薬剤師協会は、1672年ロンドンにラボを建てる。コベントガーデンにはハンキヴィッツの薬局があり、リッチモンドにはウィリアムルイスの大きなラボがあった。
王立協会は自前のラボをもつことがなかったのに対し、パリの王立科学アカデミーは王の財政援助で1668年にはラボをもった。そのラボの中心的仕事は、植物の化学分析だった。パリの王立科学アカデミーは、6つの分野のひとつとして化学を位置づけた。
マッケの『化学辞書』(1771, 1778)は、ラボラトリーに大きな紙幅を割いている。
ラヴォワジェの大きなラボ。
18世紀、ラボといえば、それは必ず、化学のラボであった。
p. 251 物理のキャビネットは、元を辿れば、驚異の部屋(cabinet of curiosities, Wunderkammer )にたどりつく。
電磁気現象の研究が、化学のラボを物理のラボに変貌させる転換点となった。
物理学が一貫した古典物理学となるのは、エネルギーの概念によって、19世紀なかばのことである。
p. 252 研究のためだけではなく、教育のためのラボの重要性を教えたのは、化学であった。
ひとりで3時50分、室温12.0度。本日普通に学校があるのは、中学生のみ。
私は午前中に歯医者さん。
9時半からなので、いつも通り、9時15分頃家をでました。
9時40分頃に呼ばれて、11時前まで。レントゲン撮影、歯の全体撮影がありました。それからトータルケア。
しばらくご飯は食べないでと言われたので、セイユーに向かい、お昼ご飯の友(お粥のおかず)になるものを買ってから帰宅。ちょうどちいさいちびと妻が外にでるところでした。医者に行って、外で昼食を食べてから帰るそうです(順序はどちらが先なのか不明)。今やっている調査で、 Workshop recipes というサイトを見つけました。 The Online Books Page が用意してくれたページです。"Workshop recipes" という検索語はなかなか思いつかない言葉です。
このなかにヨハン・クンケルの『珍奇な技術と操作の学校』の拡大版があります。ニュルンベルク、1707年の版ですが、6部構成で、本文1463頁の大冊です。クンケルは死んでいるので、別人による増補だと思われます。
おそらく、こうした書物を参考にして、スミスは『ラボラトリー、すわなち技術の学校』を英語で出版したのだと思われます。ここの「ラボラトリー」は、ギーセンのリービッヒの実験室よろしく、「操作を教える場所」の意味で用いられていると言ってよいでしょう。ラボラトリーには、そういう機能もそなわるようになります。
ちなみにクンケル(1630?-1703)には、Collegium physico-chemicum enperimentale (Haburg & Leipzig, 1716) という書物があります。この書物は別名Laboratorium chemicum です。コレギウムもラボラトリウムも、ここではともに、教える場所(あるいは機能)を指して使われていると言ってよいでしょう。このサイトからは、 Jean Dubreuil (1602-1670), Perspectiva practica, oder, Vollständige Anleitung zu der Perspectiv-Reiss-Kunst , Augsburg, 1710 もダウンロードしておきました。
ひとりで4時55分、室温13.8度。ちいさいちびに都立高校の入試はいつと聞くと、知りませんでした。明日から、入試のせいで、休みになることは知っています。今日は部活がありませんから、現役高校生の感じとしては、今日の放課後から休みです。採点業務がありますから、しばらく休みです。調べると、入試は2月22日(金曜日)にあります。明日です。休みの間に、懸案の医者に行ってくるそうです。
ということで、ちいさいちびは、3時半前に帰ってきました。花粉症がやばくなりそうです。
ちなみに国立大学は、2月25日が前期日程の入試です。午前中に博士号取得者と会合。→なんと、吉祥寺駅前のルノワール。10時半から12時前まで。朝がはやい私は、お腹が空いていたので、モーニングセットを頼みました。茶店のモーニングセットなんて何年ぶりでしょうか。記憶にありません。彼は、午後、発表があるということで、池袋方面に出かけていきました。
ひとりで4時15分、室温12.6度。室温でもずいぶん上がりました。本日は、最高気温19度の予報。お昼休みに打ち合わせ。午後に会議2つ。
10時6分武蔵境発の西武線。
11時前にお弁当。11時半から打ち合わせ。
1時10分から会議。30分程度。その後生協に行って、新しい中央公論、ティッシュー一箱、菓子袋一袋を購入。
2時40分から会議。4時20分過ぎまで。忘れ物があったので、一度研究室に戻り、帰途。4時40分多磨駅発の電車。今にも雨が落ちてきそうな空模様。日が暮れるまではもつでしょうか。
ひとりで5時35分、室温11.3度。室温がこのぐらいだと、ずいぶん楽に感じます。午後に会議。
9時18分武蔵境発の西武線。
お弁当のあと、この前付けた成績の最終チェック。実物とリストの点数をいちいち確認しました。人数がすくないせいもありますが、ミスはなし。
1時10分から会議。30分程度で終わりました。
『オクスフォードの初期科学』第1巻の最初の50ぺージを読みました。歴史記述としては古いのですが、私には有用な情報が多くありました。1次資料の引用がヒットでした。"elaboratory" なんて言葉は実際に使われたの? と思っていましたが、17世紀中頃の文献に比較的よく使われていました。オクスフォードから王立協会周辺では、"laboratory"も "elaboratory" も割とよく使われています。
→19.2.21 有名なシェイピンの「見えない技師」論文に、ボイルの実験室への言及があることを思い出しました。この論文は手を加えた形で、『真理の社会史』に収められています。本棚の片隅から引っ張りだして、確認しました。 pp. 355-407 に収められています。もとの論文も読んでいますが、著作に収められた方も読んでいます。書き込みが相当ありました。
本の索引では、laboratories 33, 173; 367, 369, 375,380, 395, 407, 409,
シェイピンのここでの関心は、そのなかで働く、技師、写字生、使用人、給仕、労働者、ボーイ、等々、論文や著作の著者としては、名前の出てこない人々です。その活動に光を当てる論考です。シェイピンは、議論が先走ることがありますが、「見えない技師」論文は、私は傑作だと思います。ただし、欠点というわけではありませんが、「実験室」という場所に焦点をあわせたものとはなっていません。→ 19.2.23 Michael Hunter, Establishing the New Science, Woodbridge, 1989 にも言及があるはずです。調べてみました。索引では、次。
127, 158, 160, 172, 177n, 179, 181n. See also Royal Society, fasilities, 4, 34, 127-8, 158, 172-3, 188, 190, 217, 239
Chap. 4 "Between Cabinet of Curiosities and the Research Collection: the History of the Royal Society's 'Repository'" pp.123-155 & Chap. 5 "A 'College' for the Royal Society: the Abortive Plan of 1667-8" pp.156-184 の2章が中心です。
p. 127 'as the Collecting a Repository, the setting up a Chemical Laboratory, a mechanical operatory, an Astronomical Observatory, and an Optick Chamber'
n 13 Oldenburg to Boyle, 24 Feb. 1666, Oldenburg, iii, 45. On the 'operatory', see also Hooke to Boyle, 13 Feb. 1666. Boyle, Works, vi, 505
p. 158 p. 127 とまったく同じ箇所を引用。
p.160 a remark of Oldenbrug's in a letter to Boyle ( Oldenburg to Boyle, 21 January 1668, Oldenburg, iv, 116), when he expressed his view that the college would 'fixe us (who are now lookt upon but as Wanderers, using precariously the lodging of other Men) in a certain place, where we may meet, and make our Experiments and Observations, lodge our Curator and Operators, have our Laboratory, Observatory and Operatory all together.'
p. 172 Wren's Letter, (Oldenburt, iv, 454 ) 'a Fair Elaboratory', workshop, kitchen, larder.
p. 177 n. 85 a basement laboratory was a common feature of the designs.
p. 179 Hooke, Posthuous Works, p. xxvii. ' an handsome Fabrick for the Societies use, with a Library, Respository [sic], Laboratory, and other Conveniencies for making Experiments'
p. 181 n. 112 Evelyn, Diary and Correspondence, iii, 116-20 one laboratory an elaboratory, pp. 118/289 ' an Aritst tha can be useful in the Elaboratory, and turne his hand to any ingenious worke': Possibly this reflects Boyle's influence.<もとにもどって>作業の合間に次の論文をダウンロードしました。
Owen Hannaway, "Laboratory Design and the Aim of Science: Andreas Libavius versus Tycho Brahe," Isis, 77(1986): 584-610
Jole Shackenford, "Tycho Brahe, Laboratory Design, and the Aim of Science: Reading Plans in Context ," Isis, 84(1993): 211-230
ハナウェイの論文は、非常に有名です。Jole Shackenfordは、その修正版といったところでしょうか。次の会議は、4時半から。6時半近くまで。6時40分多磨駅発の電車で帰宅。雨がすこし降ってきていましたが、傘はささずに帰りました。
帰宅するとアマゾンに発注した次の本が届いていました。
Peter Shaw and Francis Hauksbee, An Essay For Introducing a Portable Laboratory: By Means whereof all the Chemical Operations Are Commodiously Perform'd, For the Purpose of Philosophy, Medicine, Mettallurgy, and a Faaily. With Sculptures, London, 1731
これは、すごい。グーグルブックのひどいスキャンをそのまま本にしています。このひどさは表彰ものかもしれません。
!これを売ってはいけない!昨夜、総合文化研究所長の山口先生から、 『総合文化研究』第22号(2018)が発行されたという報せがありました。発行日は、2019年2月18日となるでしょうか。大学の財政上の都合で紙媒体での発行はなし、ウェブ上(デジタル)だけでの発行です。183ページの大冊になったそうです。
私は次の論考を寄稿しています。
[論文]吉本秀之「曙山の二重螺旋階段図の起源」『総合文化研究』22(2018): 130-146 @2019.2.28
橋本科研による研究です。去年まとめる予定が1年遅れました。1年遅れで負債をひとつ返すことができました。→ 19.2.22 諸技術の学校、という出版物の系譜のなかに、遠近法の紹介があることがわかりました。論文を書くときには視野にはいっていなかった種類の書物です。ドイツ語で、技術と仕事の学校、というタイトルで、古い時代の秘法・秘伝集、百科全書の技術の部分に近い書物が出版されています。1705年にはリンの発見者のひとりクンケルがこの名前の書物を出版しています。
今月は、久しぶりに100枚を越えました。
ひとりで6時25分、室温9.1度。晴れ。暖かいような、まだ寒いような温度感です。晴れたときの日射しには、もう春という感じがありありですが、室内の空気はまだひんやりしています。授業は終わっているので、会議や打ち合わせだけがある週となります。
昼食後、Early science in Oxford, The architecture of science, Studies in History and Philosophy of Science, に用事があり、駒場の図書館にでかけました。ウメの花が咲いていて、写真をとっているおじさんやおばさんがいました。
駒場はまだ何かあるのでしょうか、食堂の8割近くの席は埋まっていました。
図書館では周密書庫に直行。上の順で棚から取り出し、必要箇所をコピー。
R.T. Gunther, Early science in Oxford, vol.1, London, 1967, pp.1-51: "I. The Beginnings", pp.1-6 ; "II. Early Laboratories, 1645-1668", pp. 7-29; "III. The Reformation, and the Temporary Decline of Science in Oxford", pp.30-42; "IV. The First University Chemical Laboratory, 1683", pp.43-51
William R. Newman, "Alchemical Symbolism and Concealment: The Chemical House of Libavius," in Peter Galison and Emily Thompson (eds.), The architecture of science (MIT Press, 1999): 59-78 ; Pamela O. Long, "Openness and Empiricism: Values and Meaning in Early Architectual Writings and in Seventeenth-Century Experimental Philosophy," in Peter Galison and Emily Thompson (eds.), The architecture of science (MIT Press, 1999): 79-106 ; Peter Galison and Caroline A. Jones, "Factory, Laboratory, Studio: Dispersing Sites of Production," in Peter Galison and Emily Thompson (eds.), The architecture of science (MIT Press, 1999): 497-540
Robert G.W. Anderson, "Chemistry laboratories, and how they might be studied," Studies in History and Philosophy of Science, 44(2013): 669-675
図書館のなかで作業をしていると暑くなってきました。コピー後は、すぐに外にでて、まず生協の新刊コーナーを見ました。欲しい本が3冊出版されていました。
佐藤 賢『中国ドキュメンタリー映画論』平凡社、2019
ローラ・J・スナイダー『フェルメールと天才科学者:17世紀オランダの「光と視覚」の革命』黒木章人訳、原書房、2019
光岡 寿郎・ 大久保 遼 編『スクリーン・スタディーズ: デジタル時代の映像/メディア経験』東京大学出版会、2019それから購買部でお菓子を2袋買って、もと来た道を戻りました。ウメの花は七分咲きぐらいでしょうか。
2時35分に自宅に帰り着きました。
テレビをつけると、3月末の暖かさだと言っています。
ひとりで5時25分、室温10.2度。ちいさいちびは、午後に東西選抜の試合。練習は遠くに行きましたが、試合は三鷹。妻もいくそうです。
9時45分ごろ、クイーンズ伊勢丹へ。開店5分前につきました。けっこう開店を待っているおじいちゃん、おばあちゃんが大勢いました。開店の30秒ぐらいあとに入って、あらかじめ決めていたものを購入し、帰ってきました。10時20分ぐらい。
すぐにおおきいちびもセイユーから帰ってきました。おおきいちびは、アップルパイを焼くと言っています。午後は、バイトなので、バイトまでに作るそうです。なんか、台所に女3人集まって、大騒ぎをしながらつくっていました。ちいさいちびはストレスで叫び、おおきいちびは騒ぎながらつくっていました。
ちいさいちび、おおきいちび、そしてしばらくしてから、妻の順で出かけていきました。ちいさいちびは疲れ果てたので、ママといっしょに吉祥寺で夕ご飯を食べてくるという連絡がありました。
けっこう遅くなって帰り着いたときには、ほんとうに疲れ果てていました。
ひとりで5時25分、室温9.2度。寒さは昨日で終わり、今日からは暖かくなるそうです。たすかります。中学生は土曜日学校。ちいさいちびは午後東西選抜で遠征。7時まで練習をしてきます。12時過ぎに昼食をとって、1時過ぎにでかけると言っています。
妻は、10時半から塾の説明会に行きます。→駅でちいさいちびと偶然会ったそうです。買ったばかりのパンを3個渡したそうです。
おおきいちびは正午過ぎに起きてきて、ちいさいちび、中学生といっしょに昼食を食べ、それから風呂に入りました。午後は、アップルパイをつくると言っています。
おおきいちびは、夕刻、高校時代の同級生と夕食をともにすると言って、机の上に用意したお金を持たずに(忘れて)でかけました。この子はこういうところ、とてもぬけています。
ちいさいちびは9時をかなり過ぎてから帰ってきました。東西選抜の練習は、自校の練習よりずっときついようです。疲れ果てて帰ってきます。友達がいないので、転校生になった気分だと言っています。そして、しゃべり足らない、とのこと。自校での部活とちがい、お友達とのおしゃべりがないのも欲求不満が残るようです。
明日は、最初の10分の最後の20分の出場が決まったそうです。
ひとりで6時30分、室温7.9度。また室温が下がりました。外はけっこう寒くなっているのでしょう。お昼前に我が家の財務的用件と買い物。11時前に家をでて、コンビニにより、セイユーへ。豚肉1000グラム、キノコ3種、ナーン、パン、煎餅を買いました。かなり大きな買い物袋を持参しましたが、いっぱいになりました。それから、いつものお弁当屋さんへ行って、いつものお弁当を買って帰りました。
一昨日に届いた、Peter Morris, The Matter Factory: A History of the Chemistry Laboratory, London, 2016 ですが、とりあえず、序文と1章を読みました。→私の今の目的には必要なものでした。第1章、もうすこし詳しく書いてもらえるとうれしかったのですが、その点は仕方ありません。実験室を描いた図に関して、画像の分析を行っています。絵画の論理によって描かれた画家の「錬金術実験室」図像と、装置と操作を伝えるために描かれた工房の図を区別した上で、エルカーやビリングッチョの図を分析してくれています。
そういえば、スティーヴン・シェイピン&サイモン・シャッファー『リヴァイアサンと空気ポンプ:ホッブズ、ボイル、実験的生活』柴田和宏・坂本邦暢共訳、吉本秀之監訳、名古屋大学出版会、2016年 にも関連する情報があるはずだと思い出し、後ろの棚から引っ張りだしました。
索引としては、「実験室」は次。
19-20, 24-, 65, 80-1, 319-20, 323-5, ボイルの実験室で 305-6, 319
最も有用な情報は、第2章の注(66) (註,p.62)にありました。ハートリッブとボイルの間の「普遍的な実験室」に言及しています。
Gunther, Early Science in Oxford, vol. 1, pp. 36-42 ; Webster, The Great Instauration, pp. 48, 239, 302-303. ; ボイルに関して、古いボイル全集からバーチの言葉を引用しています。
第8章注(4) (註,p.106) 「残念なことに、私たちは17世紀イングランドでの空気学を実験風景を描いた図像をひとつも捜しだすことができていない。(だが、Boyle, "Continuation of New Experiments," p.206 とPlate 5, figure 1 を参照せよ。)他の図(たとえば本書の図21は、知識が構築される実験風景を描かずに、ゲーリケの機械の技術的な構造を示そうとしたものである。」
本文p.320 「第2章で、「実験室」という単語は17世紀に英語で使われるようになったのであり、そのときどうやら秘教的な含意をもっていたということに手短に言及した。」ボイルは、そうではなく、「新しい開かれた実験室」を目指した、とシェイピン&シャッファーは言っています。ここは、どうでしょうか?
→「普遍的な実験室」は、非常に気になります。調べてみました。
8 or 9 May 1654 Hartlib to Boyle の手紙です。 Correspondence of Boyle, 1.175
"They are about an universal laboratory, to be erected after such a manner, as may redound, not only to the good of this island, but also to the health and wealth of all mankind. "
「それらは、この国のためだけではなく、全人類の健康と冨に資するように建造される「普遍的実験室」についてである。」
ハートリッブらしいことばです。
ハートリッブは、娘婿のクロディウスに触れ、ついで、ケネルム・ディグビー卿について触れています。当該文書の前後はディグビーです。Correspondence of Boyle に索引では次。
laboratories 1.123, 164,, 180, 439, 448, 2.225, 264 See also Boyle, laboratory of
Boylle laboratory of 1.49, 50, 80, 83,; 3.71
もちろん、実際にはもっとあります。ラテン語(6箇所)、フランス語(3箇所)を含めて、全部で76箇所です。索引は、上記のハートリッブの「普遍的実験室」を取りあげていません。シェイピン&シャッファーの言及するウェブスターの『大革新』は手元にあります。棚から引っ張りだして見ました。
Webster, The Great Instauration, pp. 302-303 は、まさに「普遍的実験室」の部分を取りあげています。
クロディウスがハートリッブの家の台所(back-kitchen)の裏にラボを築いたこと、しかしこれだけでは十分ではなく、近所の鍛冶屋の作業場(blacksmith's shop )を借用する必要があったこと、そしてこの拡張ラボが「一般的化学カウンシル」の計画の出発点となったこと、そしてこのカウンシルはクロディウスと健康の回復したディグビー卿が世話をすることになっていたこと。中心的な目的は「特効薬」の調剤にあったが、「偉大なる秘薬」を目指していた。そのために、「普遍的実験室」の建立が必要とされた。
p.239 は、Sprigg (1659) の著作の教育改革論。討論に代えて「化学実験のためのラボ、そして解剖のためにも」。
p. 48 はプラットの『マカリア』について。ベイコンの考えに似て、「実験のカレッジ」が新しい薬剤の開発にあたる。そして、そのカレッジの中心は「ラボ」だとプラットは考えた。
ウェブスターの著作には、フニアデスやヨハン・アグリコラの名前が出てきます。細部において、いまでも傑出した書物だと言えます。日本語の事典類。
橋本さんが『化学史事典』に(「実験」だけではなく)「化学実験室」の項を書いてくれています。(一般的な「実験室」の項はなし。)p.128
起源は、中世アラビアならびに西欧修道院の作業室(laboratorium)にあるとしています。その後は、アルベルトゥス・マグヌス、アグリコラやビリングッチョ、フランシス・ベーコン、ティコ・ブラーエ、リバヴィウス、アカデミア・デル・チメント、王立協会、パリの王立科学アカデミー、ライデン大学、グラスゴー大学、ギーセン大学のリービッヒによるもの、その学生実験教育に触れています。弘文堂の『科学史技術史事典』には、「実験室」の項はなし。(「実験」と「実験哲学」はあります。)
『科学大博物館』にも、「実験室」の項はなし。
百科事典類には、あるでしょうか?
→ 19.2.18 一番手元にある、ハリス『技術事典』(1704)を見てみました。ありました。
LABORATORY or Elaboratory , a Room fitted on purpose for Chymical Operations, and furnished with Variety of Furnaces and Instruments necessary to that Art.
ラボラトリ、またはエラボラトリー、 いろんな種類の炉と化学に必要な装置を備えた化学操作のための部屋。
重要なのは、化学に特化した記述であることと、日本語では「実験室」と訳しますが「実験 Experiments」の語がなく、そして炉が装置の中心として言及されていることです。
18世紀初頭では、このように見えていたということでしょう。ハリスを見たのであれば、チェンバースも見た方がよいでしょう。
Chambers, Ephraim (1680 (ca.)-1740), Cyclopaedia, or, An universal dictionary of arts and sciences : containing the definitions of the terms, and accounts of the things signify'd thereby, in the several arts, both liberal and mechanical, and the several sciences, human and divine : the figures, kinds, properties, productions, preparations, and uses, of things natural and artificial : the rise, progress, and state of things ecclesiastical, civil, military, and commercial : with the several systems, sects, opinions, &c : among philosophers, divines, mathematicians, physicians, antiquaries, criticks, &c : the whole intended as a course of antient and modern learning (1728), p.425
LABORATORY or Elaboratory, in Chymistry, the Place where the Chymists perform their Operations, where their Furnaces are built, their Vessels kept, &c. In general, the Term Laboratory is applied to any Place, where Physical Experiments and Operations in Pharmacy, Chymistry, &c. are performed. The Laboratory of an Hospital is the Place where the Remedies aare made up.
チェンバースは、ハリスを踏襲していますが、意味のある修正を加えています。分野としては、まだ薬学と化学しかあげていませんが、しかし、「薬学、化学、その他、物理的実験と操作が行われるどの場所にも適用される。」と明示しています。実験が行われる場所というニュアンスがはっきりと表に出てきています。
1728年の版では、他に「ラボラトリー」の語があるのは、4箇所だけです。身体(脳をこの素晴らしいラボと呼んでいます)、カロメル、そしてエラボラトリーに、ポーセリン。エラボラトリーはカウントからは除去すべきでしょうから、実際は3箇所です。ポーセリンの部分の記述を見ると、もとの意味の作業場という意味で使われています。
18世紀初頭あたりから普及、拡張があったと見ておいてよいようです。
Chambers, Ephraim, A supplement to Mr. Chambers's cyclopaedia: or, universal dictionary of arts and sciences. In two volumes (1753)
1753年の補遺(2巻組)も見てみました。ショーの「ポータブルラボラトリー」によって、チェンバースの補遺を作った人は、「ラボ」の項目を大幅に書き足しています。2段組のフォリオでほぼ1頁分にあたる量にまで増えています。
"LABORATORY (Cycl) -Dr. Shaw, who has taken great pains to bring the study of chemistry ore into use in England, than it has hitheto been, has explained the easiness of its operations in general, and attempted a means of making its practice less expensive, by introducing in the place of that vast number of furnaces, and other contrivances, figured and described by the generality of writers on the subject, a portable laboratory, by means of which alone all the chemical operations may be commodiously performed. This laboratory, fitted for its several purpose, is figured in the plate of the chemical furnaces and vessels, to which we refer the reader. See Tab. of Chemistry, No 31. seq. ........... "ショーの「ポータブルラボラトリー」とは正確には次。
Peter Shaw and Francis Hauksbee, An Essay For Introducing a Portable Laboratory: By Means whereof all the Chemical Operations Are Commodiously Perform'd, For the Purpose of Philosophy, Medicine, Mettallurgy, and a Faaily. With Sculptures, London, 1731第2巻の最後に付された(ほんとうに最後の最後のページの)図版は、"Chemical funaces, vessells, and other utensils " と題し、37点の器具の図を詰め込んでいます。
本文中では、「化学の図表の31番からを見よ」と指示があります。32番は、組み立て炉の説明です。「ポータブルラボラトリー」の語も見えます。ここの図は、ヒルの用語では、“技術的イラスト technical illustrations”です。実際の器具の形態をできるだけ正確に描写しようとしています。これは、とてもわかりやすい図になっています。チェンバースは、"Grotto" の項目で、Smith's Laboratory, p.169 を挙げています。
これはおそらくスミスという著者の Laboratoryという語をタイトルに含む著作でしょう。調べてみました。
Smith, The Laboratory, Or School of Arts: In which are faithfully Exhibited and fully Explain'd , I. A Variety of curious and valuable Experiments in Refining, Calcining, Melting, Assaying, Casting, Allaying, and Toughening Gold ; With several other Curiosities relating to Gold and Silver. II.Choice Secrets for Jewellers, in the Management of Gold; in Enamelling, and the Preparation of Enamel-Colours, with the Art of Copying Precious Stones; of preparing Colours for Doublets; of Colouring Foyles for Jewels, together with other rare Secrets. III. Several uncommon Experiments for Casting in Silver, Copper, Brass, Tin, Steel and other Metals; likewise in Wax, Plaister of Paris, Wood, Horn, &c. With the Management of the respective Moulds. IV. The Art of making Glass: Exhibiting withal the Art of Painting and making Impressions upon Glass, and of Laying thereon Gold or Silver; together with the Method of Preparing the Colours for Porters-Work or Delet Ware. V. A Collection of very valuable Secrets for the Use of Cutlers, Pewterers, Brasiers, Joiners, Turners, Japanners, Book-Binders, Distillers, Stone-Cutters, Limners, &c. VI. A Dissertation on the Nature and Growth of Saltpeter ; Also, Several other choice and uncommon Experiments, Translated from the German, London, 1738
このタイトルの Laboratoryは、新しいキャッチーな用語として使われています。ほんとうに「実験室」を示すものではありません。
→19.2.20 この書物は、ドイツ語から訳されたと自称しています。もとのドイツ語が見たいと思い、調べてみましたが、ぱっと見た範囲、どの著作から訳されたと明記されているものはありません。調べていくと、紙のmarbling を扱った論考に出会いました。それによれば、この『実験室すなわち技術の学校』は、1738年から1810年の間に、すこなくとも9版が発行され、1739年、1740年、1750年、1755年、1756年(異なる出版社から2回)、1770年、1799年、1800年にリプリントされている。著者名は、BL は、Godfrey だが、アメリカの議会図書館のカタログは、ジョージとなっている。スミスがドイツに住んだことがあり、ドイツ語ができることに間違いはない。もとのドイツ語の著作の候補としては、まず、Kunst- und Werck-Schul (1705)が思い浮かぶが、その記述に文字通りには従っていない。
(図版は、スミスの英語の著作が最初だそうです。)
1750年出版の Malachy Postlethwayt 編 Universal Dictionary of Trade and Commerce にもマーブリングの情報は掲載されている。
→ この著作に関しては、別の点でも驚いたことがあります。第4版(1755)の説明に次のことばがあります。The fourth edition, with additions of a great number of valuable receipts; particularly, a short, plain, and easy introduction to the art of drawing in perspective. え、この主の書物に、遠近法の描き方が付加されるとは! この可能性は考えていませんでした。でも、「技術の学校」というタイトルからすれば、ありえることだと思われます。うーん。「曙山二重螺旋階段図論文」では、こういうところまでは視野が及んでいませんでした。いつかきちんと調べ直す必要があります。Salmon の書物等も調べる必要があるでしょう。
(→ William Salmon, Polygraphie, the Art of Drawing, Engraving, Ething, Limning, Painting, Washing, Varnishing, Colouring, and Dyeing, London, 1672 遠近法についての記述はあるが、あらかじめ遠近法を理解している者だけにわかる記述になっているそうです。パクリ魔サーモンのこの書物は非常に売れたということです。)物理や生物の分野で、いつ、用語でも意識でもラボラトリーが出てきたのかも調べる必要があります。
見通しだけ言っておくと、フックにもホイヘンスにもニュートンにも(その今で言えば物理学的研究において)ラボラトリーという言葉はほとんど使われていないと思われます。→19.2.27 紙のmarbling を扱った論考とは、正確には次。
Richard J. Wolfe, Marbled Paper: Its History, Techniques, and Patterns : with Special Reference to the Relationship of Marbling to Bookbinding in Europe and the Western World,University of Pennsylvania Press, 1990
ひとりで4時30分、室温9.9度。午前に1件、午後に1件。あいた時間で採点。
ぎりぎりで8時54分武蔵境発の西武線に間に合いました。電車を降りてしばらくすると岩崎務先生に声をかけられました。本日は同じ仕事。前を見ると、20メートルほど前方を岩崎稔先生が歩いていました。
いくらか採点を進めたあと、10時40分から最初の面接。絶賛。
40分ひとりのもち時間。研究室に戻り、お弁当を食べたあと、また採点に着手。母数が少ないので、採点そのものは終了。午後は1時から。1時40分まで。チェックをすませて、書類を2点大学院係に提出し、帰途。2時4分多磨駅発の電車に今度はすこし走って間に合いました。これで大きな仕事の波はしばらくおさまりました。
ひとりで6時10分、室温9.1度。集中講義の採点作業に従事します。
9時過ぎに郵便局で払い込みとゲラの送付を行ってから、電車へ。9時42分武蔵境発の西武線。
まずは、集中講義の紙の整理。1時間かかりませんでした。木曜日5限の授業は、260名でしたが、今回は50名強。約5分の1です。かかる時間がまったく違う。
昨日忙しかったので、今日は、無理はしません。採点そのものは、約半分。それから、残っていた修論を読みました。なかなかやっかいでした。書類の作成も進めたので、はやめに切り上げて帰ることにしました。2時52分多磨駅発の電車。子どもたちが帰宅する時間に当たっていました。小学生がじゃれあっていました。
息子のために、ヨーカドーですこしお菓子を買ってから、中央線に乗りました。帰宅すると次の本が届いていました。
Peter Morris, The Matter Factory: A History of the Chemistry Laboratory, London, 2016
目次は次。
Introduction
Birth of the Laboratory: Wolfgang von Hohenlohe and Weikersheim, 1590s
Form and Function: Antoine Lavoisier and Paris, 1780s
Laboratory versus Lecture Hall: Michael Faraday and London, 1820s
Training Chemists: Justus Liebig and Giessen, 1840s
Modern Conveniences: Robert Bunsen and Heidelberg, 1850s
The Chemical Palace: Wilhelm Hofmann and Berlin, 1860s
Laboratory Transfer: Henry Roscoe and Manchester, 1870s
Chemical Museums: Charles Chandler and New York, 1890s
Cradles of Innovation: Carl Duisberg and Elberfeld, 1890s
Neither Fish nor Fowl: Thomas Thorpe and London, 1890s
Chemistry in Silicon Valley: Bill Johnson and Stanford, 1960s
Innovation on the Isis: Graham Richards and Oxford, 2000s
Conclusion
19世紀は、20年代、40年代、50年代、60年代、70年代、90年代3つと続いていますが、あとは、スポット的な扱いです。
ひとりで5時35分、室温8.6度。今日は午前中から忙しい。ほぼ一日仕事があります。
8時54分武蔵境発の西武線。事務棟3階に行って、土曜日の鍵を返却。
10時から修論審査。よくできていて感心しました。40分強。
11時から会議。30分かからなかったと思います。
研究室に戻り、お弁当。12時15分過ぎに井伊さん。書類をもってきてくれました。
12時40分から大学院言語文化コース会議。コース長の選出。中川先生が選ばれました。大会議室に残り、作文。
1時5分ぐらいに隣の部屋に。1時10分から研究科協議会。2時10分過ぎまで。そのまま再度大会議室に戻りました。
研究科教授会。最初の案件で、すこし仕事があります。
研究科教授会は案件が多く、30分ほど終わりがのびました。5分休憩して、学部教授会。八木先生の司会する会議は短い。ほぼ本来の終了予定で終わりました。5時52分多磨駅発の電車に乗ることができました。八木先生が遅れをほぼ取り戻したことになります。忙しい一日でした。
ちいさいちびは、昨日仕込んで置いたクッキーを風呂上がりに焼きはじめました。最初オーブンの使い方をすこしだけ手伝ってやると、あとはすべて自分でやっていました。180度13分を6回ぐらい。あとは、見守り隊。11時過ぎまで。
ひとりで4時15分、室温8.6度。おおきいちびは、渋谷で講演会があるのを忘れていた、午前中にあるので、これから行くと言って起きてきました。でかけるときは、渋谷から直接バイトに行くと言っていました。
午前中に散歩を兼ねて、買い物。駅前の銀行で、長女のための定期代を降ろしてから、セイユー。次女は、ヴァレンタインと言っています。つきあいがあるので、つくらないわけにはいかないようです。でも、チョコではなく、クッキーにすると言っています。材料として、卵Sサイズ4個、砂糖340グラム、バター400グラム、薄力粉400グラム+340グラム、純ココア60グラムを渡されました。
妻からは、ナーン、リンゴ、ポカリ、韓国海苔。
なんと、普通のバターは、棚に残っていませんでした。他の場所に買いにもういちど行くのも面倒です。すこし高いものが残っていたので、それを購入しました。
水物があるとなかなか重い。袋にいっぱいの買い物を掲げて帰りました。雪や雨は、もう大丈夫なようです。ちいさいちびは、昼食後、作業にかかりました。小学生のときは相当手伝ってやりましたが、今回は、計算をちょっと手伝ってやっただけでした。
ひとりで5時15分、室温7.9度。室温も相当下がりました。新聞ととるため、玄関のドアを開けると、車の上にはうっすらと雪が積もっていました。夜、すこしは雪が降り続いたようです。早朝のうちに、昨日の編集委員会で発生した宿題の残りをこなしています。
結局、本日は一歩も外に出ず。
ひとりで5時15分、室温9.1度。雪の予報。積雪5センチだそうです。→朝方すこし雪がまったようですが、お昼頃は止んでいました。東京都区のはしっこまでは雪雲がこなかったようです。午後に編集委員会。
11時半に昼食をとり、正午過ぎにでかけました。道路向こうのコンビニでコーヒーとドーナッツを買ってから、本郷サテライト5階へ。午後1時過ぎ。
2校をカバンに入れてきました。校正作業を行いました。
2時20分ぐらい前あたりから、編集委員の方が集まりはじめました。予定通り2時過ぎには委員会を開始することができました。1時間強で終了。
私と田中さんはそのまま帰宅しましたが、お茶でもした人たちもいるようです。セイユーでいくらか買い物をしてから帰り着きました。西荻の駅に着いた頃には、すこし雪が舞い始めました。傘が必要なほどではありません。帰宅して、休憩をとりながら、本日持ち帰った宿題をこなしていました。
はやめに就寝。
ひとりで3時45分、室温12.8度。昨日の暖かさがまだ残っています。集中講義最終日。3限4限5限。
正午に院生との鼎談。午後2時から会議。
8時42分武蔵境発の西武線。
正午からの鼎談は、後輩が先輩に話を聞くという趣旨でした。いろいろ有意義な情報を聞き出すことができました。
2時から会議。3時半近くまで。火曜日の会議の準備(打ち合わせ)です。研究室に着く直前、上着を会議室に忘れてきたことに気付きました。仕方がないので、研究講義棟の南の端から北の端まで往復しました。もういちどもうすこし長い距離を往復するのは、なんだかなあ、と思いつつ、大学院係に書類を提出してきました。それから227教室。高瀬先生はもうお帰りでした。あとはTA に任せて、研究室で書類作成の続き。
その後、再度227教室。孫が外語に通っているという方がいつも最後まで頑張られます。チャイムが鳴って、その方のレポートを受け取ってから、研究室に戻りました。5時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。また空気が寒くなりそうです。
ひとりで4時25分、室温10.4度。昨日の間に次の本が届いていました。
Baruch Fischhoff & John Kadvany, Risk: A Very Short Introduction, Oxford, 2011やはり、午後に集中講義。
9時半武蔵境発の西武線。
来週修論審査があります。3人分。修論を読み進める作業、ならびにいろんな事務処理。5時52分多磨駅発の電車で帰宅。帰宅すると次の2冊が届いていました。
左巻健男『中学生にもわかる化学史』 ちくま新書 (1389)、2019
山内一也『ウイルスの意味論――生命の定義を超えた存在』 みすず書房、2019午後10時を過ぎた頃、おおきいちびの一日はやいハッピー・バースデー・ケーキ。おおきいちびは明日の夜は遅くなるというので、一日はやめました。
ひとりで4時55分、室温11.3度。正午頃、1ミリの雨の予報。→朝から雨が降っていました。とても1ミリではすみません。本格的な雨降りです。午後に会議。集中講義は、3限4限5限。
おおきいちびは朝一番で友達と金沢へ。
私の部屋に、The Cambridge History of Science, Vol. 3: Early Modern Europe, ed. Lorraine Daston and Katharine Park (Cambridge University Press, 2006) があるのを確認。Smith, Pamela H., “Laboratories,” ch. 13, が必要です。
出かける前、中学生のクラスが学級閉鎖という連絡がありました。7人だか8人がインフルエンザにかかったそうです。
息子の顔を見ることなく、でかけて、10時6分武蔵境発の西武線。
図書館に直行。次の本を借り出しました。
Frank A. J. L. James (ed.), The Development of the Laboratory: Essays on the Place of Experiment in Industrial Civilisation, London: Macmillan; New York: American Institute of Physics, 1989
雨のなか部屋の持ち帰り確認すると、平成3年私が科研費で購入して図書館におさめていました。他の先生がいれることはまずない種類の書物です。思い出しはしませんでしたが、納得はしました。
目次は次。
James, Frank A. J. L. Introduction Pages 1-7
Fullmer, June Z. Humphry Davy: Fund Raiser Pages 11-21
Fenby, David V. The Lectureship in Chemistry and the Chemical Laboratory, University of Glasgow, 1747−1818 Pages 22-36
Gee, Brian Amusement Chests and Portable Laboratories: Practical Alternatives to the Regular Laboratory Pages 37-59
Gooding, David History in the Laboratory: Can We Tell What Really Went on? Pages 63-82
Aronovitch, Lawrence The Spirit of Investigation: Physics at Harvard University, 1870−1910 Pages 83-103
Falconer, Isobel J. J. Thomson and ‘Cavendish Physics’ Pages 104-117
Williams, Mari E. W. Astronomical Observatories as Practical Space: The Case of Pulkowa Pages 118-136
Cahan, David The Geopolitics and Architectural Design of a Metrological Laboratory: The Physikalisch-Technische Reichsanstalt in Imperial Germany Pages 137-154
Brock, W. H. Building England’s First Technical College: The Laboratories of Finsbury Technical College, 1878−1926 Pages 155-170
Pickering, Andrew Pragmatism in Particle Physics: Scientific and Military Interests in the Post-war United States Pages 174-183
Westfall, Catherine Fermilab: Founding the First US ‘Truly National Laboratory’ Pages 184-217
Krige, John The CERN Beam-transport Programme in the Early 1960s Pages 218-232
Pestre, Dominique Monsters’ and Colliders in 1961 : The First Debate at CERN on Future Accelerators11時すぎにお弁当。
12時10分すぎに227教室に入り、教室のチェックと簡単な準備。TA は、教育情報化支援室の方といっしょに見えました。教室に問題はなし。もちろん、基本問題はありません。昨日のようなことは例外です。私も長年つとめていてはじめてでした。
10分ぐらい前に清野先生がお見えになりました。挨拶をして、パワポの準備が整ったことを確認してから、急いで会議室へ。建物の南の端から北の端へ。けっこう距離があります。会議は12時40分から2時10分まで。その場で、引継の日程を決めました。2月20日のお昼休み。メールで連絡をとり、関係者は全員参加できることが確定。
Smith, Pamela H., “Laboratories,” ch. 13,The Cambridge History of Science, Vol. 3: Early Modern Europe, ed. Lorraine Daston and Katharine Park (Cambridge University Press, 2006), pp. 290-305. をグーグルブックの画面上で読み通すことにしました。一部欠損していますが、最後まで読み通しました。事典の記述なので、仕方がないのですが、すこし表面的かなと思う記述もありましたが、初期近代の「実験室」の歴史をとてもよくまとめていると思います。
4限と5限の間に、医科歯科の先生方に挨拶に伺いました。3限4限を担当してくれた清野先生には、ありがとうございました、それから5限の藤井先生にはよろしくお願いします。藤井先生は、去年、雑談をしたかたです。それなりに覚えています。
5時20分頃、教室に戻ると、ほぼ学生ははけていました。最後の学生がコメントシートを提出するのを待って、研究室にもどり、帰途。5時52分多磨駅発の電車にまにあいました。雨は上がっています。
作業の合間に次のものをダウンロードしました。
Ursula Klein, "Chemical Expertise: Chemistry in the Royal Prussian Porcelain Manufactory," Osiris, 29(2014): 262-282
Benjamin R. Cohen, "The Element of Table: Visual Discourse and the Preperiodic Representation of Chemical Classification," Configurations, 12(2004): 41-75
Robert E. Kohler, "Lab History: Reflections," Isis, 99(2008): 761-768 "FOCUS: LABORATORY HISTORY" の冒頭を飾るイントロです。スミスが最初に挙げる図版は、クーンラートの『永遠の知の円形劇場』(ハンブルク、1595)の有名な「錬金術師の実験室」です。(『化学史への招待』(オーム社、2019)では、p.134)
Paul van der Doort after Jan Vredeman de Vries, engraving. とあります。Jan Vredeman de Vriesは、透視画法を調べていたときよく出会った名前です。橋本科研の今回の研究は、図版作者を視野に収めます。こういう情報が重要になります。→ 19.2.15 次の論文をダウンロードしました。
C. Hill, "The Iconography of the Laboratory," Ambix, 22(1975): 102-110
ダフィット・テニールス David Teniers the Younger (1610-90) 等、絵画作品に描かれた錬金術を分析しています。
→ 19.2.17 私の目的のためには、これは先に読んでおいた方がよいでしょう。→ということで、画面で読み通しました。的確な指摘がなされています。
David Teniers the Younger (1610-90) 工房制作。弟子に作らせたもの少なくなし。900点中、22点が「錬金術師」。
Hans Weiditz (fl. Augusburg to 1522, plate 1)
Pieter Brueghel (c. 1525-69)の絵画(1558)とその版画(1558) (plate 2)
Johannes Stradanus (c. 1530-1605)
J. Pinas (c. 1600)
Jan Steen (1626-79)
Thomas van Apshoven (bapt. 1622-64) Teniersの弟子
Matthieu van Helmont (1623- after 1679) Teniersの弟子
Adrian van Ostade (1610-85)
Jan Steen (1625/26-79)
David Rychaert (1612-61)
Thomas Wijk (c. 1616-77)
Joseph Wright の絵画"The Alchymist in search of the Philosopher's stone discovers Phosphorus"(1795)
ひとりで4時5分、室温12.3度。昨日の暖かさ残っています。曇り。どんよりとした曇り空です。本日の集中講義は、午後、3限4限5限。
朝一番の荷物でゲラが届きました。ざっと確認してから、献本用の『化学史への招待』 4冊を紙袋に入れて、でかけました。郵便局で発送。献本用には手元にもう1冊残っていますが、こちらは、春までで出そうかと思っています。
9時54分武蔵境発の西武線。
2階の教育情報化支援室に行って、できれば、プロジェクター、両方稼働するようにお願いしました。教室に向かっていると、火災警報。音が大きい。終わるまでに10回近く鳴ったように思います。2階から次期学長が走っている姿が見えました。煙も熱もなにも感じられないので、誤作動ではないかと思われます。結局なんだったかの連絡はありませんから、正確にはなにが生じたのか不明です。
[101の死んだ日]
12時20分頃、101教室に入りました。2階の教育情報化支援室から支援の方が来てくれていました。なんと、両方のプロジェクターが作動しなくなっていました。2階の方は、いっしょうけんめいやってくれましたが、もとにはもどりません。
ちょうど医科歯科の中村先生もお見えになりました。医科歯科の先生方は、基本、パワポを使われます。プロジェクターがなにも稼働しないでは、授業に差し支えます。
急遽、102室に移動することにしました。教室にいる全員で移動。102のキャパは100人前後。実は、今回の出席者に対してはちょうどよい。
12時40分頃には、プロジェクターも無事稼働し、大丈夫となりました。中村先生、TA の富田さん、よろしくと言って、私は3階での会議に。
12時40分から2時15分頃まで。2時半から次の会議があるのをすっかり忘れていました。一度研究室にもどり、2時25分頃、会議室に入りました。4時前後まで。教室で最後の方がコメントシートを提出されるのを待って、今日の荷物を研究室にもってもどりました。それから帰途。
6時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで4時45分、室温12.2度。集中講義が始まります。本日は、2限3限4限。
8時半、武蔵境発の西武線。
9時過ぎに教室に資料を配置し、教務課大学院係に書類を提出。それから、101教室でただ待っていました。9時半に最初の学生が現れました。続いて2人。9時40分にTA の院生が午後の配付資料をかかえてやってきました。AV 卓のセッティングをやってもらいました。それがすんだら、2階に行って、ノートパソコンを借り出してきてもらいました。前から見て、右側のプロジェクターの電源が途中で切れました。今日2階に専門家はいないそうです。片方だけでもなんとかなります。
教務の方は9時50分頃見えて、先生はもうお見えです、ということでした。医科歯科の先生方は全般的にはやくお見えになります。
チャイムが鳴ると同時ぐらいに、コメントシートと最終レポートの説明をしました。それからトップバッターの畑先生、よろしくお願いしますと言って、教室をあとにしました。
11時頃にお弁当。お送りした本に関して受けた質問が気になります。前も調べたことがありますが、「Laboratory」を調べはじめました。午後になって、次の論文がヒットしました。一度読んだ記憶がありますが、ちょうど内容的に関係します。画面上で読み通しました。
Ursula Klein , "The Laboratory Challenge: Some Revisions of the Standard View of Early Modern Experimentation," Isis, Vol. 99, No. 4 (December 2008), pp. 769-782
Focus 論文です。Ursula Klein は私の関心にぴったりとくる研究をしています。この論文もほんとうにそうだそうだと思いながら読み通しました。
もうすこし関連文献を蒐集して、読むことにしました。
実験室の図版は2点掲載されています。
1.ベルリンのホッフアポテーク(18世紀)。Johann Hömann, "Die Königliche Hofapotheche in Berlin (1598-1898)," Hohenzollern-Jahrbuch, 1898, pp. 208-226, on. p.224 より
2.アルトドルフ大学の実験室。 Johann G. Puschner, Amoentitates Altdorfinae oder eigentliche nach dem Leben gezeichnete Prospecten der löblichen Universität Altdorf..., Nürnberg: Michalelles, ca. 1720
→クラインの論文は、2009年3月14日に読んでいます。研究所に挨拶に行きました。40ページの長大なエッセイが投稿されたそうです。わおー。
3時40分、教室に入り、河原先生の話の最後の方を聞いていました。終わってから挨拶し、学生たちにコメントシートの件をもう一度簡単に説明しました。
卒業生のひとりが顔をだしています。2年前に卒業した学生です。河原先生の講義に関心があり、休暇をとって授業を聞きにきたそうです。ひとしきり四方山話。
4時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。
受けた質問に関して。
NEW RBW は、なんと「Laboratory」を索引にとっていません。dangers in laboratory 7.91 というのはあります。New Correspondenc の方は、「Laboratory」を索引にとっています。
"Laboratories" 1.123, 164, 180, 439, 448; 2.225, 264 see also Boyle, Laboratory of
Boyle, Robert
laboratory assistanto of 2.81
laboratory of 1.49, 50, 80, 83,; 3.71
ベイコン、『ニューアトランティス』で今のことばで言えば、実験室らしきものに言及。中公世界の名著の訳では、研究所という言葉をあてている。p.545 上には「化学の実験を行う学者」の図像を掲載しているが、私の書き込みには「これは日本語訳での付加。もとのものにはなし」の注記。
もとの英語を見ると、ほぼ "house"です。"perspective-houses" "sound-houses" "perfume-houses" "engine-houses" "mathematical-houses" "houses of deceits of the senses" そしてそもそもが "Solomon's House" です。
"experiments" は基本語として使っています。
OED があげる用例は、多くはありません。
1592 John Dee My three laboratories serving for Pyrotechnia.
1605 T. Tymme tr. J. Du Chesne
1616 B. Johnson A laboratory, or Alchemists workehouse
1691 A. Wood→19.2.10
Laboratory の前身は、shop です。今、shop は小売店舗ですが、もともとは、薬学・化学の分野の製造所、製造工房です。OED の定義は、"2. A house or building where goods are made or prepared for sale and also sold. Now arch. and rare." 薬(医薬も化学薬剤も)を調合する建物ないし部屋がショップです。
この用例として、OED は17世紀では3つ取りあげていますが、2点は、ボイルです。
最初は、『折々の考察』(1665)から "Gold-smiths and Refiners are wont..carefully to save the very sweepings of their Shops." を採用しています。
第2は、『王立協会哲学紀要』(1667年号、1668年出版)から、"Glass-men's Shops are not near so well furnish'd as the Stationers." を採用しています。
薬局 apothecary shop が典型例となります。
ということで、 NEW RBW を見ます。 おやおや、"laboratory" だけではなく、"shop" も "workshop" も索引にとりあげていません。こういうことはありえます。"where goods are made or prepared for sale and also sold" なので、ボイル自身の工房について、"shop"という表現をとることは基本考えられませんが、まちなかにある工房は、"shop"です。ボイルがどういう"shop"を利用していたのかは、重要な歴史のテーマになります。"workshop" の方は、"for sale" がはずれています。OED の定義は次。"a. A room, small building, etc., in which goods are manufactured or repaired." 製造、修理される部屋または小さな建物。"for sale" がはずれ、修理が付け加わった形となっています。
日本のまちなかでは、自転車屋さんや自動車修理工場が一番近いでしょうか。
"apothecary" はさすがに索引にとられています。
INDEX
apothecaries
and tradesmen 10.414-16
meditation on apothecary's bills 5.82-3
should show more charity 3.377
their balances inaccurate 6.176; 7.246
vs physicians 14.291
年代順に。
3.377 「薬屋の勘定がとくに慢性病の場合、大きな負担となることはよく知られている。・・・その原因は、薬屋の責任というよりも、医師の責任のことが多い。」
5.82-3 "Meditation XV.
Upon his Reviewing and Tacking together the several Bills fil'd up in the Apothecary's Shop."
" Apothecary's Shop"という表現はボイルでは非常に多く使われます。
実際は、もうすこし多くの用例があります。80事例近く。
ひとりで5時15分、室温9.9度。ちいさいちびを6時に起こします。埼玉まで遠征試合。
午前10時前に散歩を兼ねて、用事。コンビニでお金を降ろしてから、おおきいちびのコートをクリーニング屋さんに出し、中学生のスイカを駅でチャージしました。それから、セイユーで、ナーン、牛乳3本、鰹節などを買って帰りました。
その後妻がお昼の恵方巻きをワイズで買ってきました。昼食後、おおきいちびがカラオケにいきたいとママを連れ出しました。
天気予報を見ると、1週間に2度雨マークがあります。すこし春が近づいてきました。気温の上下は、激しい。最高気温で今日が15度、明日が19度!、水曜日が雨マークつきで6度!、それから15度、8度、6度と変動します。
3時過ぎに帰ってきたちいさいちびは、川越の先まで行ったそうです。調子がよく、打ったシュート全部入ったと言っていました。眠い、眠いと言いながら、遅い昼食を食べ、すぐにソファーの上に横になり、昼寝。最近はよく食べ、よく眠ります。
ちいさいちびにも伝えましたが、おおきいちびは生まれたときからよく食べ、よく寝ました。いまでもよく机の上で寝落ちしています。
ひとりで6時15分、室温7.9度。土曜日の仕事が続きます。
三鷹駅なかでお昼ご飯のお寿司と、おやつのパンを買ってから、10時18分武蔵境発の西武線。
大学前のコンビニでミルクを買って、研究室。残務整理といえばよいでしょうか、残されている事務的案件をこなしました。
私の仕事は、2時半から。終了は5時前。4件。書類を事務に提出してから帰途。5時28分多磨駅発の電車に乗ることができました。
3週連続した入試業務はこれで一息つけます。来週は月曜日から金曜日まで、くらしと健康のリレー講義。
ひとりで4時30分、室温9.4度。昨日降り始めた雨は止んでいます。
正午に面談。
9時半、武蔵境発の西武線。
成績評価のチェック作業。実物とリストをいちいち比べました。問題ありませんでした。
11時半、生協でとんこつラーメン。正午、オーストラリアに留学する学生が来て、署名押印。書類は、複数あり、例年、2度目に判子をもらいにくる学生がいます。暖かいところでいいね、というと、44度の場所もあり、燃えると言っていました。
12時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。明日も仕事があるので、むちゃはしません。
夕刻、次の本が届いていました。
豊田長康『科学立国の危機: 失速する日本の研究力』東洋経済、2019
536頁の浩瀚な書物でした。せっかくですので、昨夜から『化学史への招待』(オーム社、2019)を読み始めました。日本から読み始めました。
第7章 日本の化学史
1.「化学」のはじまり
2.日本の化学のはじまり 〜人と風土〜
3.幕末のロンドンにおける薩長留学生と化学の出会い
4.国立科学博物館の化学者展示:日本の近代化学事始め
5.地球化学を生きた人 〜岡田家武〜
1.と5.が八耳俊文さん。2.が故芝哲夫氏。3.が菊池好行君、4.が科学博物館の若林文高さんです。
7章の文章はもとはすべて『サイエンスネット』にでたものです。第6章も初出はすべて『サイエンスネット』。第5章は、第3節が『化学史研修講演会』、第1節と2節の川島慶子さんの文章はやはり『サイエンスネット』。
第1章から第4章は、日本化学会発行の雑誌『化学と教育』とヘッドラインの特集からです。第1章が「化学史研究の現在と化学教育」。第2章が「人物化学史:燃焼編」。第3章が「人物化学史の現在」。第4章が「実験および実験機器の化学史」です。すこし追加もあります。最新号の『科学史研究』(2019年1月号)といっしょに選挙の公示が入っていました。全体委員は、定数を超えていないので、全員無投票当選。会長には、3名が立候補していて、会長だけ選挙するとあります。
矢島道子さん、斎藤憲さん、木本忠昭さんの3名です。
斎藤憲さんが現職、矢島道子さんは前回も立候補されています。もしかしたら、木本忠昭さんも矢島さんと同じかもしれませんが、記憶が定かではありません。(調べればわかると思いますが。)
委員会立候補の弁は、斎藤憲ショックでしょうか、以前のように、「微力ながらがんばります」というような無意味な言葉が消えています。斎藤憲ショックは、この点では、意味があったことになります。
背景にあるグループは、推薦者の名前を見れば、すぐにわかります。
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