ひとりで3時45分、室温29.0度。昨日から今朝にかけて、3号の表を完成させました。ファイルは朝一番で送りだしています。プリントアウトしたものを郵便局で出してから大学へ。9時30分武蔵境発の西武線。大学前のコンビニでおむすびを3個買って、研究室へ。ずっと放置していた片づけに着手。不要な紙の片づけから。3箱作ったところでばてました。11時半頃、生協で昼食。ひやし中華。
研究室に戻ってから、しばらく前に届いていたiMacを箱から取り出しました。メインマシーンはこれからはこれにします。ワイヤレスでキーボードとマウスがついています。マニュアルに書いているとおり、接続されていました。ネットワークの接続ですこし苦労しました。認証サイトが私の手元にあるものから変わっていたせいです。これまでのメインマシーンだったMacBookはちょっとだけ移動して残しています。そちらで調べて、認証サイトのアドレスを見つけ、接続。問題ありませんでした。
苦労したのは、メール。受信はわりとすぐにできたのですが、送信ができません。大学のサイトの説明を読んでいろいろ設定をいじってみるのですが、送信できるようにはなりません。今日は諦めて、プリンターとの接続を次に試みました。白黒のレーザーとカラーのレーザーの2台を繋げています。レーザーの方は、スキャナーとしても活躍してもらっています。コピー機としても使っています。ネットでスキャナーのアプリを捜し、インストールしました。1枚、作業に使った紙をコンピュータからスキャンしてみました。問題なし。メール送信は解決していませんが、しばらくはなくてもなんとかなるでしょう。
4時前に今日はおしまいとしました。4時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。そとはあつー。このむしあつさはかくべつです。
片づけはもうすこし進める必要があります。今週ぐらいは続けます。
ひとりで4時30分、室温28.5度。今日は動きます。
駅前のパン屋さんでパンを2個買って、8時42分武蔵境発の西武線。
大学前のコンビニで牛乳を買ってから研究室。しばらくメールに応対してから、図書館。A&T を2冊、図書館に返却しました。それから届いていると昨日連絡のあった『リスク学事典』を受け取り、3階へ。デカルト書簡集の後半の4冊と第1巻を借り出して、再び研究室へ。
手元にない部分をチェック。
やはり暑い。正午過ぎに帰途に。12時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。武蔵境駅で冷やしたぬき蕎麦。
ひとりで6時30分、室温28.6度。今日はゆっくりめでいきます。
正午過ぎに帰ってきたおおきいちびが帰省の日程を変更したいと言います。列車を調べさせて、すぐに駅へ。チケットの変更をしてもらいました。
ひとりで4時30分、室温28.1度。雨。台風は消滅しましたが、たぶん台風が引き連れてきた湿気による雨。新浦安駅に3時50分に到着。おお、全員集まっていました。お墓のある海辺で花火大会が一日順延して開催されるそうです。はじめてみる人混みです。
帰りはタクシーとバスに分かれました。エキナカの予約をしていたお店。3時間の飲み放題。10時前に帰り着きました。全員還暦をすぎたおじいちゃんの集会ですから、はやめに切り上げるのもよいことかと。なお、これも当たり前ですが明日仕事の人もいます。
ひとりで2時50分、室温28.4度。台風6号はもうすぐ紀伊半島に上陸しそうです。それから東京の方にやってきます。ちいさいちびはまだ講習会。おおきいちびは府中で大会が土日にわたりあるそうです。中学生は休み。
丸一日、駒場で橋本科研研究会。
駒場に9時35分頃つきました。駅前のコンビニによって、コピー。それからアイスコーヒーを買って教室へ。9時50分。橋本さん、田中さん、そしてしばらく遅れて私が発表をはじめたら河野さんが見えました。
12時過ぎに外にでて、駒場下のカレー屋さん。
午後は、河野さん、田中さん、橋本さんの順に発表。6時頃終了。橋本さんに見送ってもらいつつ帰途。
ひとりで3時55分、室温27.9度。明日の橋本科研駒場研究会の発表の準備をします。
3時半、散歩を兼ねて、ちいさいちびと中学生のスイカのチャージに行きました。すこし大きくまわって、ダイエーの跡地の工事の様子を見てきました。ガード下のローソンでアイスクリームを購入。
明日のレジメは本日中には完成せず。明日の早朝になんとかかたをつけます。
ひとりで4時30分、室温27.4度。駅前のパン屋さんで昼食のパンを買ってから、9時30分武蔵境発の西武線。
わずかですが、研究室の片づけ。
11時から補講。1時間弱。
12時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。三鷹駅で、こどもたちと自分用の朝食パンを買いました。
ひとりで4時10分、室温26.3度。会議の日。午後に3つ続きます。
朝一番で散髪。帰ってきてすぐに大学。10時18分武蔵境発の西武線。
研究室についてただちに、入力した数字と手元の数字の照合作業。今回は、この時点ではミスはありませんでした。お弁当を食べて、ほんのわずかに研究室の片づけ。
13時10分から会議。30分もたたずに終了。一度生協に行って、簡単なおやつ。
カバンを準備して、2時20分から会議。10分ぐらい前に会議室に入りました。
予定よりすこしはやめに終了。4時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで3時55分、室温25.1度。弱い雨が降っています。週間天気を見てみました。雨マークがついているのは、本日のみ。今日は最大の山、木曜日5限に着手します。
8時半武蔵境発の西武線。研究室ですぐに最大の山に取り組みました。
3時過ぎに採点そのものは終了。せっかくなので入力まですませて本日の作業は終わりとしました。3時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。梅雨明けを思わせる晴れ間が広がっていました。明日チェック作業をして、成績提出の完了となります。
ひとりで4時45分、室温25.6度。週間天気を見てみました。水曜日から晴れて、最高気温が33度まであがります。33度、34度、34度、35度、36度。わおー、おそらく梅雨明けと同時に猛暑。採点作業を継続します。
8時42分武蔵境発の西武線。
木曜3限の採点に着手。3時前ぐらいに終了。月2と木3の入力作業まですませて今日は終わりとしました。(チェックを残しています。)
今回の木曜日3限の授業、2回のアクティブラーニングの課題と最終回の学生による発表はよかったようです。自分との関わり合いを考えさせる、想起させるという課題が、もうすこしあってもよいように思われます。3時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで4時20分、室温27.1度。曇り。投票して、そのまま大学に行き、昨日の続き。午後に季節的業務1件。その後また採点作業を継続し、疲れたところで帰ってきます。
いつもの投票所、十数番目でした。投票をすませ、総武線へ。7時13分の1番線は、日曜日ですが、青梅行き。7時30分武蔵境発の西武線。大学前のコンビニで昼食を買ってから、研究室へ。昨日の名寄せ作業の継続。11時ぐらいまでかかりました。いったん休憩して昼食。月曜日2限の採点作業に着手。12時前で一度打ち切って、季節的業務へ。12時10分から1件。すぐに全員の意見が一致しました。
研究室にもどって採点の続行。2時42分多磨駅発の電車で帰途。三鷹駅のなかのクイーンズ伊勢丹で朝食のパンを買い、ガード下のコンビニでアイスを買って帰宅。今日も蒸し暑い一日です。
ひとりで4時40分、室温27.4度。曇り。ちいさいちびは(夏休み)講習会。中学生は部活。妻は部活のサポート。おおきいちびは聞いていないので不明。
朝のうちにキンドルの『ゲンロンβ』39(2019年7月)をダウンロードし、読み通しました。大山さんのスマホの写真論は次で連載終了、秋に単行本化とあります。はやく本の形で入手したい。まあ、でも、著者からしたら、本にするとき手を加えたいところがいっぱいでてくると思います。
12時54分武蔵境発の西武線。
木曜日5限に着手。最大の山です。コメントシートの名寄せだけ、なんとか完了することができました。
本日の大学はオープンキャンパス。電車のなかもキャンパスも見学の高校生とその父兄であふれていました。不思議なことに同僚の先生方とはだれひとりとしてすれ違いませんでした。5時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。三鷹駅中のクインーズ伊勢丹ですこし買い物をして、総武線(実際は東西線の電車)に乗り込みました。蒸し暑い一日でした。昨日と同じぐらいでしょうか。
3号の表の作成にも着手。残るは、編集後記と表紙の写真のみ。
ひとりで5時35分、室温26.2度。昨日の夜、強く降っていた雨はほぼ止んでいるようです。週間天気を見てみました。25日までにやはり晴れマークなし。最高気温は30度前後で推移します。梅雨寒は終わったようです。連日の採点業務で肩凝りがひどい。採点は私がやるしかないのですが、数が多いとほんとたいへんです。
全員でかけたので、私がひとりでお留守番。早朝、変電所の火災で京王線と小田急線がとまっているという情報がありました。通勤通学が相当混乱すると思われます。ちいさいちびは終業式の日です。我が家からは歩いてもいけるので、普通にでかけていきました。
そして、2時前に帰ってきました。終業式はやったそうです。ばらばらと遅れて来たそうです。美容院に行くと言います。10分ほど休んですぐに出かけていきました。
それからしばらくして妻が帰ってきました。2時半ぐらいでしょうか。おおきいちびは2限3限と試験、その後実習、そして直接バイト先に行くそうです。一番疲れるパターンです。
3号の追加のゲラが届きました。前に届いているものとあわせて、校正作業を通しました。全体をつくって、封筒におさめ、郵便局に行って、投函してきました。3号で残るは表関係の作成です。
ひとりで4時25分、室温25.6度。5時半ぐらいに近所のコンビニに。財務的用件ならびに朝食のパンとミルク。
昨日の作業の継続。
8時42分武蔵境発の西武線。昨日と同じく、大学前のコンビニで昼食を買ってから研究室へ。
昨日整理した紙の名寄せ作業。まず、コメントシート。終わって11時。先に昼食をとることにしました。
11時半から再開。全部をまとめます。終わって1時。今日はこのぐらいでよいでしょう。すぐに帰途。13時16分多磨駅発の電車。
西荻の駅を降りてから、銀行でまずお金を降ろし、帰省のキップを買いました。私と息子が先に帰り、2日後おおきいちびがやってきます。それから3人そろって帰京。おおきいちびの新幹線の座席指定がとれませんでした。午前中はまったく空きがないそうです。仕方がないので、自由席のキップ。おおきいちびにははじめての体験になります。
暑いので、駅前のコンビニでアイスコーヒーを買って帰りました。
ひとりで5時50分、室温23.8度。雨は上がっています。中学生はいつも通り。ちいさいちびは月曜日(休日)の振替休日。基本家にいるようです。おおきいちびはゆっくり目。試験週間が始まっています。2週間続くのだそうです。
妻は午前中に仕事。昨日からの作業を継続します。それに補講と発表会。
郵便局でDVDを発送して、中央線に乗り込みました。10時6分武蔵境発の西武線。
大学前のコンビニで昼食を買って、(コンビニ前の横断歩道が工事中で渡れなかったので)バス停のところから大学へ。
今日は木曜日3限のものに取り組みます。学籍番号順に並べ替える作業がそもそも2〜3割しかなされていません。ひたすら並べ替えの作業。
11時から院の補講。40分程度。その後、昼食をとって、再度、並べ替え作業。わー、きつい。3時頃、終わりました。今日はこれでおしまいにします。
4時から学生企画の発表会(TUFS多文化共生学生自主企画事業の第二次審査)。プロメテウスホール。5分ぐらいまえに部屋に入り、開場を待っていました。林学長の挨拶に続き、チア(ラムズ)の演舞から始まりました。3件の公募に対して、6件の応募があったそうです。私は4.5件ぐらいのプレゼンを聞きました。プレゼンそのものはみんな立派でした。途中一度抜けて、5時40分ぐらにまた部屋に戻りました。
学部長3人+副研究科長2人による審査。6時15分頃審査結果の発表。7時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。3時までの作業で疲れました。
帰宅すると妻が私の母と電話で話している最中でした。母が桃を送ってくれるそうです。子どもたちの住所を桃農家に伝えろ、という指示。去年も同じことがありました。教えられたさたけ農園(?)に電話して、ファックス番号を教えてもらい、ファックスで住所を連絡しました。お風呂はちいさいちび。しばらくかかります。夕食をとり、ちいさいちびがでてくるのを待っていました。ちいさいちびは、ウォークマンに音をいれてほしいと言います。風呂からでてきてからトライ。そのためにいつも使っていたウィンドーズ(レッツノート、ウィンドーズXP)のDVDドライブがどうしても開きません。諦めて、息子の新しいマシーンを使うことにしました。いつも使っていたX-アプリはもう何年かまえにサポートを終了しているそうです。ウィンドーズ10用には新しいソフトが用意されていました。ダウンロードしようとすると、他のアプリのダウンロードもすすめてきます。面倒ですが、対応しました。慣れてないだけかもしれませんが、X-アプリの方が使い勝手がよかったかなと思いつつ、娘のウォークマンに英語ソフトの音声を入れることに成功。私の1日はこれで終了。
ひとりで4時50分、室温23.4度。雨。しっかりとした雨が降っています。週間天気を見ると、明日だけ晴れマークがあります。そして明日から気温が上がります。最高気温で30度弱。梅雨明けはいつになるのでしょうか?採点に着手しようと思います。
8時42分武蔵境発の西武線。
メールボックスに大量に紙が入っていました。期末レポート、コメントシート、アクティブラーニングです。カバンにつめて、研究室へ。メールのチェックを終えてから、再び事務棟へ。まず、3階。本郷サテライトの鍵を返しました。それから1階。書類を1通受け取りました。
研究室に戻り、準備をしてから、集めた紙の整理。月曜日2限のものからはじめました。一番少ないものです。やってみると、ソートしていないもの、別の場所に間違って置いたものが見つかりました。
全部をソートしてから、まずはコメントシートの名寄せ。終わって、11時半頃。一度片づけてから、生協へ。雨が本格的に降っていました。食後、購買部でティッシューを2箱購入。研究室に戻りました。
1種の試験があります。情報セキュリティ講習ということで、ネットにアクセスして、回答します。20分ぐらいかかるとあります。20分。面倒くさいのですが、仕方ありません。だいたいそのぐらいの時間で終えました。
その後、最後の名寄せの作業。最終レポート、2回のアクティブラーニング、コメントシートを個人個人で全部集めます。これはなかなかに時間のかかる作業です。2時半頃終わりました。もう今日はこれ以上やる気になりません。3時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。西荻の駅で降りてから、セイユー。買い物を頼まれています。それから、1件、財務的用件の処理。6時間程度しか働いていませんが、天候のせいでしょうか、疲れました。
妻につづいて4時40分、室温24.0度。一応雨は上がっている模様。→と思ったら、降ってきました。予報によれば、朝のうちに上がります。降ってきたのは、残り雨でしょうか。妻は6時前にでかけていきました。海の日で休日ですが、ちいさいちびは高校、中学生は部活。おおきいちびはテスト勉強でしょう。
中学生は2時前に帰ってきました。すぐにシャワーを浴び、私が用意したつけ麺を食べ、しばらくしてからまたカラオケに行きました。昨日は3人、今日は2人だそうです。
妻は2時過ぎに帰ってきました。昼食後、休憩。
おおきいちびは眠いようです。3時過ぎに散歩にでかけました。どこにいこうと言っていました。
大学のサイトを見てみました。金曜日から春学期の試験週間が始まっています。なんと今日は休日ですが、試験があるとあります。どれだけの先生が試験を実施するのかは知りませんが、大学はあいていることになります。
ひとりで4時50分、室温24.7度。雨。今日はまた梅雨寒の予報。中学生は塾の試験。妻とちいさいちびは野球観戦の予定ですが、どうでしょう、雨が降っています。→しっかりと雨が降っています。朝早いうちに中止となりました。
私は午後遅く編集委員会。本郷サテライトで4時〜5時。
ちいさいちびが無印良品の黒消しゴムがほしいと言います。ちょうどよいので、秋葉原の無印良品に行ってみることにしました。秋葉原で降りるのは久しぶりです。海外からの観光客が大勢いてびっくりしました。無印良品は、駅に隣接したビルの3階。無印良品店内にも中国人観光客が大勢いました。ちいさいちび指定の消しゴムとペンを買いました。
そのまま御茶ノ水に戻り、駅前の丸善文具でこれもちいさいちび指定のボールペン(uniball Signo 0.28mm 黒)を買いました。それから本郷サテライトへ。3時45分頃着きました。今日は4人欠席です。4時丁度にスタートし、5時10分前ぐらいに終了。内田さんといっしょに中央線で帰ってきました。小雨。傘はさしませんでしたが小雨が降ってきていました。本年の化学史学会年会で開催された『化学史への招待』合評会の登壇者が次の質問を用意してくれていたことがわかりました。
『化学史への招待』p.13 7行目「妹キャサリン」
なにをどう呆けていたのか不明ですが、これは「妹マーガレット」の間違いです。お詫びして訂正します。
なお、事務局に届いていた3刷りを田中さんに見せてもらいました。3刷りの奥付は2019年6月20日となっていました。
サイニーでの所蔵館ですが、本日現在
『化学史への招待』87館
『化学史事典』221館
ひとりで3時25分、室温23.1度。曇り。昨日は寒かった(最高気温21度から22度)。今日はうってかわって、暑くなるそうです。最高気温が30度まで上がる予報。→そこまでは気温が上がることはありませんでした。27度ぐらいまででしょうか。朝一番で財務的用件の処理のため駅前へ。銀行、駅(スイカチャージ)、セイユー(ちいさいちびの昼食の候補数点)で買い物をして帰ってきました。湿度が高く、この程度歩いただけで汗がでてきました。
おおきいちびとつまはお昼頃からまえどりにでかけます。ちいさいちびは午前中は家にいて、午後は図書館に行くそうです。中学生は、午後部活。私はお留守番が仕事。午後、いくつか荷物が届きます。→結局、ちいさいちびは家にいることにしました。
→受け取った荷物ですが、いつものお米、それから妻がセイユーさんに頼んだ諸々の食料品、そして最後にお釜。炊飯器のお釜の内装(?)がはげてきたので、お釜が売っていないか調べたところ、ぴったりのものがありました。RC-10VRE対応炊飯器内釜、というのがそれです。アマゾンの表示では残り1つとなっていました。ちなみに炊飯器そのものも残り1つの時点で買っています。おおきいちびの組は、10時25分にでかけました。
デカルト『哲学原理』仏訳をダウンロードしました。
Descartes, Les principes de la philosophie, escrits en latin. Par René Descartes. Et traduits en francois par vn de ses amis, Paris, 1659.
タイトル中に友達とあるのが、Claud Picot です。仏訳の初版は、1647年。『哲学原理』(朝日出版社)によれば、(p.13 訳注1)第3部41節以下はデカルト自身が翻訳の労をとったか、あるいはすくなくともピコの訳に手をいれた可能性が高いそうです。
→ 初版もあった方がよいと思い、初版もダウンロードしました。版組が違います。初版は最終頁が420で図版はBaigrieの指摘の通り全部後ろ送りしています。その代わり、図版○○の図×を見よ、という指示が細かく入っています。上の1659版は、最終頁が477で、本文中に組み込まれている図版もあります。
したがって、Baigrieの指摘が正確に当てはまるのはフランス語訳初版ということになります。
→ 図版の扱いは、版毎に変わる可能性があると見ておいた方がよいようです。Baigrieは極端なふたつを比較しています。その中間段階がけっこうあるようです。
1647, 420pp
1651, 420pp ページ数も図版の扱いも初版に同じ。2刷り
1659, 477pp 図は本文に挿入、だが1枚図版が織り込まれている
1660, 4to
1668, 477pp
1681, 4th ed. by Claude Clerselier, 477 pages, XX plates
→ 19.7.14 デカルトの図像表示ということであれば、日本では本間さんが唯一かと思われます。
2017年5月17日に指摘しましたが、本間さんは「デカルト派生理学と図像表象」でこの論文(Rebecca M. Wilkin, "Figuring the Dead Descartes: Claude Clerselier's Homme de René Descartes (1664), " Representations, 83(2003): 38-66)だけを欧文の2次文献として挙げています。
本間栄男「デカルト派生理学と図像表象」金森修編著『科学思想史』(勁草書房、2010)第6章pp.325-369
2018年9月12日のノートを再掲します。
Theodorus Craanen, Tractatus physico-medicus de homine, Lugduni Batavoru, 1689
昨日、クラーネンの主著『人間についての自然学-医学的論考』をダウンロードしています。今日は、あいている時間で図版を確認し、抽出しました。これはデカルト派医学の図像表示のピークかもしれません。論点は本間さんがしっかりと分析された通りです。今回は図像を私の目でしっかりと確認したかった。
→ 18.9.15 形而上学者としてのデカルトの著作には、「文字ばかりが並ぶが、後者の科学者としての著作には豊富な図が含まれている。この違いは、今日でも哲学系の学術論文には図がほとんどなく、科学系の学術論文には図が不可欠であるという違いに対応している。」(p.325)
形而上学的著作:「方法序説」(1637)、『精神指導の規則』(ca.1628)、『省察』(1642)、『哲学の諸原理』(1644)第1部。
科学的著作:「方法序説」(1637)に附論する「屈折光学」「気象学」「幾何学」の『三試論』、『世界論』(ca. 1632)、『人間論』(ca. 1632)、『哲学の諸原理』(1644)第3部第4部、『人体の記述』(1648)、『情念論』(1649)。
若きデカルトの言葉「大多数の書物はその幾行かを読み、その図像を観れば、全部わかってしまうのでる」(Descartes, 1986, p. 214;所、2008, p. 33)
幾何学、音楽、天文学、運動学、流体静力学、などの数学的諸学には図が含まれていた。また、ルネサンスの百科全書的著作、カルダーノの『精妙性について』(1550)や、デッラ・ポルタの『自然魔術』(1558)、には多くの図があった。もちろん、解剖図による解剖学書、植物誌や動物誌などの自然誌的著作にも図が必須であった。そして、機械の図。(本間さんは、後者については、デカルトは見たかどうかわからないと言っている。)
2種類の図。1)記述的図像:可視のものを簡略化、縮小して例示するもの、望遠鏡の仕組み、虹の見える角度の図示等。2)モデル的図像:実際には目に見えない仕組みを他のものに喩えたモデルを用いたり、仕組みの概念を図像にして可視化するもの。
デカルトはあまり用いていないが、実際のものを観察して描いた観察図という種類も考えられる。もちろん、1)記述的図像に含めてもよい。
カルダーノの『精妙性について』(1550):非常に多くの図版を含む、とくに自然学的原理を述べる第一書にその傾向が強い。「機械装置こそがカルダーノの原理的運動の例示なのであり、同時に、その運動の存在が機械装置によって確かめられるという議論の構造になっている。」(p. 336)
「カルダーノはここで、ある原理が実は原理ではなく、他の原理によって説明されるということを、機械装置とその図像を活用して論じているのである。」(p. 339)
「機械による例示は、単なる日常体験に基づくスコラ哲学と、十分にコントロールされた実験に基づく近代科学の間をつなぐ、過渡的な段階だったと考えることもできる。」(p. 339)
「眼球運動の四図像は解剖図ではなく、デカルトが『三試論』で用いたモデル的図像である。これこそが、機械論的生理学に特徴的な図像表現である。」(p. 342) (四図像とは、レギウスが『自然学の諸基礎』(1646)に収めている図像。)
二種類のデカルトの『人間論』。クレルスリエのフランス語版『人間論』1664。
フロレンティウス・スハイルのラテン語訳『人間論』1662。
スハイル版にはモデル図像とともに解剖学的図像を多く含む。
クレルスリエ版にはモデル図像が大半である。(p. 345)
その前日(5月16日)のノートも再掲します。
ネットで次の論文が見つかったので、プリントアウトして読みました。さすが、リュティ、よく書けていると思います。自然哲学/自然学の図像利用に関しても、デカルトは画期的です。矛盾を孕みつつ、とても力強いデカルトの図像利用の中心的ポイントを正確にまとめていると思います。
C. Lüthy, "Where logical necessity becomes visual persuasion: Descartes’ clear and distinct illustration"’, in: S. Kusukawa and I. Maclean (eds.), Transmitting Knowledge: Words, Images, and Instruments in Early Modern Europe (Oxford, 2006): 97-133
Transmitting Knowledge: Words, Images, and Instruments in Early Modern Europe (Oxford, 2006)は、2014年9月17日にILL で取り寄せています。スキャンもしていました。
次のものもダウンロードしました。
Geert Vanpaemel, "The Louvain printers and the establishment of the Cartesian curriculum" studium, 4(2011): 241-254
関連して、山田俊弘『ジオコスモスの変容 : デカルトからライプニッツまでの地球論』 (勁草書房 BH 叢書、2017年)から第2章「デカルトと機械論的な地球像」を読みました。デカルトとガッサンディの地球像を比較し、そして、ステノがデカルトとガッサンディの地球像からどういう影響を受けたのかを描かれています。
山田さんは、デカルトの図解に関しては、Desmond Clarke, Descartes’ Philosophy of Science, Manchester, 1982, ch. 5. ならびに Brian S. Baigrie, "Descartess Scientific Illustrations and 'la grande mecanique de la nature'," in Picturing Knowledge: Historical and Philosophical Problems Concerning the Use of Art in Science(Toronto Studies in Philosophy) (Toronto: University of Toronto Press, 1996), 86-134 を使われています。
私の今回の作業にとくに関係するのは山田俊弘『ジオコスモスの変容』pp.60-1 です。
ひとりで3時50分、室温22.9度。雨。
昨日久しぶりにアルコールを摂取したせいで、はやく起きすぎています。妻を起こしたあと、再就寝のパターンだと思われます。
日常的にはアルコールを摂取していないので、飲み会の翌日は、疲れ気味です。飲んだのは、ビールすこしとおもにグレープフルーツサワー。比較的よく飲んだかもしれません。夏学期の履修登録は、昨日締切です。9月末に行われる「くらしと健康」の登録者数は、169名となっていました。
昨日、総合情報コラボレーションセンター 事務から MacOS に関しても連絡がありました。
「macOSのバージョンが10.11 (El Capitan) 以前のものである場合は、Appleが修正パッチを提供していないため、今後セキュリティ上の問題が発生しても対応されません。OSをアップデートする、またはネットワークに接続せずオフラインで利用する等の対応をご検討ください。
なお、macOS 10.11以前からmacOS 10.12以降に更新した場合、現在利用中のアプリケーションが動作しなくなることが予想されます。アップデートの際は、ご利用中のアプリケーションの対応状況もあわせてご確認ください。」
ということです。私が今メインに使っているのがまさに10.11 (El Capitan)です。実はメインを入れ替えるつもりにしています。部屋を片づけて、入れ替えれば済む話なのですが、片づけが面倒で放置しています。でも、まあ、春学期も終了したことですし、成績締切までには、片づけたいと思います。
ひとりで5時5分、室温22.2度。曇り。午後に木曜日の最後の授業。その後、3年生4年生合同の打ち上げコンパ。ちなみに本日は、春学期の最終日です。林学長より、挨拶のメールが届いていました。
9時42分武蔵境発の西武線。大学前のコンビニで、コンパ用のもろもろ(ビールその他の酒類、氷、炭酸)を買って、大学へ。沼野所長に許可をもらって、一部は研究所奥のの冷蔵庫で保管。
図書館へ行って、ATの第10巻を借り出し、中身の確認。 Baigrieの指摘の通り、フランス語訳は、見事に図版を後ろに集めていました。
昨日積み残した事務処理(アクティブラーニングをどう実施したかのアンケート調査。卒論演習以外のすべての授業について回答するように通達がありました。)。連絡があったら、わりとすぐに対応しないと忘れてしまいます。7月21日の仕事も1件、確定。
3限は期末レポートの執筆・提出。最後のぎりぎりに提出する学生がいました。
4限5限はゼミ。ともに3人。5限は5時28分ぐらいに終了。そこからコンパの準備。どう動くかは学生たちに任せました。3年生諸君は、5時40分頃、そろって見えました。一人欠席、一人あとから。私は、からだのおおきな男子学生に手伝ってもらって、冷蔵庫のなかの飲み物を運びました。私の部屋と研究所と。
バイトで最初から顔を出さない学生、最初だけいてバイトに行く学生、最近は、バイト学生が目立ちます。10時前に片づけて、10時20分多磨駅発の電車で帰途。残った学生たちは、武蔵境で2次会だそうです。
推薦入試で入った子をひとり発見しました。(入試を担当した極く少数の教員を除き)こればかりは本人が言ってくれないとわかりません。FacebookかTwitter に、有名人が大学に呼ばれて授業をし、課題をメールで提出させたが、学生の誰も、本文に「○○様、・・・、よろしくお願いします。」というようなことを一切記入していなかった、としてご立腹、という記事がありました。今どきの大学では、そもそもメール提出ではなく、ただ課題ファイルを決められたネット上の場所にポストする形式が普通になってきている、という別の方によるコメントが付されていました。私の大学では、mail address は学生全員に配布し、重要な事務的連絡がメールに届く仕組みになっているので、メールが使えない学生はいないと思いますが、上の事例と同じく、本文ブランクかつタイトル欄もブランクでメールを送ってくる学生は、少数ですが、います。日常的にメールを使っておらず、そもそも紙媒体の手紙も書いたことがないのだと想像されます。世の中は身内だけではないので、手紙もメールも未知の他者に対して失礼のないように形式に従って書くことができる必要はあると思うのですが、学生の身分の間にはその機会が一度もなかったということは想像できます。
心配というのか、想像がつかないというのか、そういう学生は、社会にでて、いったいどういう仕事をしているのでしょうか?
対応が大変ということもあり、私は現在、メールでの課題の提出を受けつけていません。決まった時間に教室に来て、実物を提出させています。実物としての紙だけを受け取っています。(例外は、忌引きや病気等でどうしてもその時間には提出する場所に来ることができない場合だけ。)
ひとりで4時15分、室温22.2度。曇り。午後に会議が続きます。
駅前のセブンイレブンでお金を降ろし、ごく簡単な買い物をしてから、中央線。10時6分武蔵境発の西武線。
まず事務棟3階へ行って日曜日の本郷サテライトの鍵を借りました。それから図書館に行って、地層1階(現実には地下です)でデカルト全集(アダン&タンヌリー)の『哲学原理』収載巻を借り出しました。ラテン語原本の方です。全集は大きいので、1頁あたりに収める文字数も多くなります。もう1点、1644年版では最初に来ていた索引(詳細目次)を全集版では後ろに回すという差はありましたが、原則、1644年版を忠実に採録しようとしています。図版の扱いも原典を踏襲していました。
研究室に入って、事務処理。1個は明日処理することにしました。学期末にはいろいろ処理すべきことがあります。11時に生協。昼食。昼食後購買部で、『中央公論』『文芸春秋』とちょっとしたおやつを購入。
落ち着いたところで、デカルト全集を繙きました。 Baigrieの研究はとてもおもしろいのですが、すこし不正確なのではないかと思うようになりました。もうすこし調べてみます。
12時40分から会議。40分ほど。
明日のために名簿作り。2時20分から3つの会議が連続します。2時10分すぎに大会議室に入りました。10数番目でした。
臨時の研究院教授会、3学部共同教授会、それから各自の教授会。終了して4時15分頃。4時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。気温はそれほど高くはなっていないと思いますが、かなり蒸し暑くなっていました。
帰宅するとおおきいちびと中学生が家にいました。おおきいちびは夜部活の飲み会だそうです。飲み会ですが、飲まないそうです。中学生は、お昼ご飯のとき、5歳児の襲撃を受けたそうです。まあ、そうなるでしょう。
ひとりで4時35分、室温22.7度。とりあえず、雨は降っていません。時間が経つと、晴れたとまではいきませんが、すこし明るくなってきました。雲が薄くなったようです。私以外、全員出動。中学生、おおきいちび、そしてしばらくしてからちいさいちび、最後妻が8時半まえに出かけていきました。
9時前後、ちいさいちびの夏期講習のお金を払うため、駅前へ。コンビニでお金を降ろし、コンビニで支払ってから、駅へ。やはりちいさいちびのスイカにチャージ。再び、別のコンビニに行ってお金を降ろし、昼飯を買って帰りました。ちいさいちびによれば、友達は、本科生になったそうです。
中学生は、職場体験ということで、今日から3日間、近所の幼稚園に行きます。自分が通っていた幼稚園ではなく、2年制の区立幼稚園です。直接幼稚園に行って、中学には行かず、幼稚園から直接帰ってきます。年長さんのクラスを担当したそうです。帰ってきたときの感想は、つかれたーでした。おもいのほかやんちゃで、なんだかしらないけど、相手しているとつかれたーそうです。そうでしょう。ちなみに、おおきいちびは自分の通った幼稚園に行きました。ちいさいちびはマッサージ屋さんでお年寄りの相手をしたそうです。
大学の 総合情報コラボレーションセンター 事務から次のメールが来ました。
Windows 7, 8および10(一部)のマイクロソフトによるサポート終了(再掲載)
「マイクロソフトによるWindowsのサポート終了は、それ以降安全な状態で コンピュータを使い続けることができなくなることを意味します。そのため、 セキュリティ確保の観点から、サポート終了後は,該当するバージョンの Windowsコンピュータを本学のネットワークに接続して使用することもできなくなります。ご自分のコンピュータをご確認の上、サポート期限が迫っているWindowsをご利用の場合、 アップデートを実施するか、またはコンピュータの交換をご検討ください。」
わおー、Windows10 以外は、大学のネットワークに接続できなくなりますよ、ということです。私は、マックユーザーで、ウィンドーズはマックで作業すると悶絶するような作業のときだけ使っています。つまり、サブマシーンです。最近は、ウィンドーズでなければ悶絶する種類のファイルはほぼなくなったので、ウィンドーズマシーンはほぼ休眠待機状態です。(自宅では、マックが対応し切れていない特定の用途に限定して使っています。)
たぶん、買い換えるのが一番はやいのではないかと思いますが、予算措置はどうするのでしょうか。
すこし大きめのネットワークを組んでいる組織では、どこでも、今、この問題に直面していると想像できます。
ひとりで4時50分、室温22.3度。雨は降っていませんが、どんよりとした曇り空。春学期、月曜日の授業の最終日。
8時半、武蔵境発の西武線。
印刷センターで印刷。木曜日の分も含めて、150部。
紙袋に3冊を入れて、まず研究所。すこしだけコピーを取り、その本はおいたままにしました。それから図書館。2冊(ILLで借りていた)を返却。1階に降りて、M.L. Righini Bonelli and William R. Shea, eds., Reason, experiment, and mysticism in the scientific revolution, London : Macmillan, 1975 を借り出しました。
研究所で先ほどの本を回収してから研究室に戻りました。2限は期末レポートです。8割ぐらいの学生は、用意してきたものを提出しました。残り2割ぐらいが本日執筆。
研究室に戻り、お弁当。12時に生協。物品をもってきてくれました。
3限4限と大学院。
教務課によって9月卒業の学生の卒論を受け取りました。メールボックスにはこのまえの健康診断の結果が届いていました。それらをもって、3時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。
帰宅すると、今後の住宅ローンの支払い計画が届いていました。これまでと同じ数字でした。同じ数字であれば、対応を変える必要はありません。
ちいさいちびの夏期講習の請求書も届いていました。明日、コンビニで支払います。図書館で借りだした本は、Francois Duchesneau, "Malpighi, Descartes and the Epistemological Problems of Iatromechanism," を読むためだったのですが、邦訳ではオミットされた Luigi Belloni, "Marcello Malpighi andthe Founding of Anatomical Microscopy," もあいている時間を見つけてよみました。これも翻訳してほしかったな。古い歴史観によりますが、古い歴史も必要だと思います。Belloni は、ガリレオ的機械論を強調されます。デカルト的機械論ではなく、ガリレオ的機械論がマルピーギの解剖学的顕微鏡研究のもとにあったと主張されています。
William A. Locy, "Primitive Microscopes and Some Early Observations," Transactions of the American Microscopical Society, 42(1923): 95-107 がヒットしました。図は今私が追いかけているものに完全に重なります。その図のところに (Petri) や (After Petri) とあるのが謎で調べてみました。
あのペトリ皿で有名なドイツ人顕微鏡学者 Richard Julius Petriの顕微鏡史の本をさしていました。
R. J. Petri, Das Microskop: von seinen Anfängen bis zur jetzigen Vervolkommnung für alle Freunde dieses Instruments, 1896
ネットにあるに違いないと思い捜しました。すこし手間取りましたが、見つけました。
ひとりで4時50分、室温23.8度。雨、昨日からの雨が降り続いています。予報では最高気温が22度。すこし寒く感じます。8時半現在、まだだれもおきてきません。静かな日曜日。
10時過ぎにセイユーに買い物。コンビニで切手を買ってから、セイユーへ。妻に頼まれた牛乳ほか。小雨。帰りは途中から傘を閉じました。半分ぐらいの人は傘をさしていませんでした。止んだわけではないので、すこし濡れました。
昼食後、ちいさいちびは図書館で勉強すると言ってでかけました。気分転換です。図書館は5時に閉まるので、5時過ぎに帰ってくるそうです。
ひとりで3時10分、室温23.8度。雨、梅雨の雨が降っています。
喉と鼻の風邪です。苦しくなる時間帯があります。息子は土曜日学校だそうです。そして引き渡し訓練。
引き渡し訓練には妻が行き、お昼前に帰ってきました。息子はお昼ご飯を急いで食べてから、着替えて午後の部活にでかけて行きました。そして、4時半頃、帰ってきました。ちいさいちびと妻は4時前にコンタクトレンズの検診のために荻窪に。終わったら、吉祥寺に行って、参考書を購入し、夕ご飯を食べて帰ってくるそうです。
おおきいちびは4時からバイトということで、3時45分頃、ちこくー、と叫びながら自転車に飛び乗りました。
ということで、夕ご飯は息子と二人。
Brian S. Baigrie, "Descartes's Scientific Illustrations and 'La grand mecanique dela Nature'," in Picturing Knowledge: Historical and Philosophical Problems Concerning the Use of Art in Science, ed. Brian Baigrie, Toronto: Toronto University Press, 1996, pp.86-134
この論文を読みました。今の私のテーマにとって非常に重要な論点を示してくれています。
p.87. Descartes, Principia Philosophiae, 1644, 図版は本文中に組み込まれている。 この図版は、Picot神父の手による1647年のフランス語版では、テキストの後ろにまわされた。 AT= Charles Adam and Paul Tannery 編のデカルト全集は、Pico神父の方針を引き継いだ。そのせいで、図版と本文を紐づけるおそろしい注記が必要となった。 最近の英語版も、ラテン語原文に基づくという方針なのに、図版に関してはPicot神父のやり方を踏襲した。 強く表現すると、こうした図版はまるで存在しないかのように扱われている。 この傾向は、2次資料でもうかがえる。テキストの解釈に大きな力を注いでいるのに、実質だれもデカルトの科学論考における図版を研究していない。デカルト科学における図版の役割の研究は実質なにもなされていないし、そもそも図版が存在することの哲学的歴史的問題を取り扱うこともなされていない。
私の主張は、デカルトの図は、世界を描こうとするものではなく、世界がどのように作用することができるのか(可能な作用の方式を)伝えるものであった、ということである。
ひとりで4時20分、室温23.7度。曇り。私を除き、全員出動。中学生、ちいさいちび、妻の順にでかけました。おおきいちびはひとり遅れて、10時半頃でかけていきました。
朝のうちは、すこしですが、晴れ間ものぞきました。息子からもらった喉の風邪のせいで、鼻と口の調子が悪い。薬は飲んでいます。悪化もしていませんが、よくもなっていません。
ひとりで4時5分、室温26.1度。曇り。予報では、お昼前に本格的な雨降り。たぶん帰宅のときも雨模様。6時半、息子を起こしてから、テレビをつけると、中央線快速運転見合わせ中の情報が。雨でしょうか。はやめに解消してくれないと困ったなと思っていたら、15分後に解消したというニュース。今日、授業やれなくなると、なかなか不便です。とりあえず、運転再開でよかった。
春学期、教壇にたって講義をする最終日。来週は期末レポートを書かせます。
3限からなので、とくに急ぐ必要もないのですが、すこし用事をすませるのもありかと思い、はやめに出発。今朝の中央線の運転見合わせは、立川駅での人身事故が原因だとわかりました。電車はかなり遅れていて、武蔵境駅では入場制限をしていました。この場合、中央線と西武線の間の改札が閉ざされてしまいます。普通にいけば、9時半に間に合うところ、一度改札の外にでて、西武線の改札から入場するといういつにないルートを辿るため、乗車できる電車は1本遅れます。
9時42分武蔵境発の西武線。
コンビニですこし買い物をしてから、印刷センター。1枚を140部。10時過ぎ、研究所にお邪魔して、すこしコピー。
12時頃、3限の教室に入り、iPad とプロジェクターとの接続を確認しました。問題なく、うつりました。
一度研究室に戻り、12時35分頃、再度教室へ。学生諸君の持参したものもうつるのを確認しました。
4限のゼミ生に続けて、発表してもらいました。最初の学生は、1時すぎにインターンに行くということでリクルートスーツに身を包み、きちんと構成されたプレゼンをしてくれました。iPad から。2番目の学生は、落ち着いて、iPhone から日頃の写真利用の話をしてくれました。それからしばらく、「スマホの写真論」についてほんの触りの部分を解説。iPhone が12年前にできたばかりのものであるのに、もう普段の生活に欠かせないツールになってしまったこと、そして、われわれの写真に対する接し方を変えただけではなく、写真そのものを変えてしまったことを解説しました。全部、当たり前の話しです。
最後の方の発表は、MacBookから。HDMI 端子に直接繋いで、フィレンツェの写真と、フィレンツェで彼女が制作したデザイン画について話してくれました。聞いている学生諸君にもずいぶん新鮮な話しだったと思います。4限の3年生ゼミ。風邪にて2人欠席の連絡を受けています。
5限の4年生ゼミ。やはり発表者の一人が風邪にて欠席の連絡がありました。なので、発表はひとりのみ。
5限終了後、101教室へ。小谷先生の講義の最後の部分。5時半、小谷先生の講義が終わって、壇上に上がり、ご挨拶。すぐに久野先生もお見えになりました。沼野先生が見えるまで、歓談。なんと、その際、新しく出来たばかりの本を頂きました。
岡本広毅+小宮真樹子編『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか、変容する中世騎士道物語 そして、伝説は王道へ・・・』みずき書林、2019
小谷先生、いつもお世話になったうえに、このようにきれいな本を頂き、ありがとうございます。
沼野先生の到着を待って、ピザ屋さんへ。小谷先生のお話は、いつもおもしろい。今回は郷土史家との運命の出会いについて伺いました。8時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。息子からもらった喉の風邪(ふとしたきっかけで咳がとまらなくなります)のせいで、喉が痛い。声もがらがら声になっています。体調の悪化はありません。咳がでて、喉が痛い、それだけです。
ひとりで3時50分、室温25.6度。曇り。昨日と同様、私以外は全員出動。
中学生、ちいさいちび、妻、そして最後におおきいちびの順。おおきいちびは9時半すぐにでかけました。そのころには、晴れ間もでてきました。中学生は1時と2時の間に帰ってきました。今日は部活がない、遊びに行ってよい?と聞くので、いいんじゃない、と答えると、10分後には出かけていました。小学生のときに買った自転車に乗って行きました。さすがに自転車が小さい。
妻は2時半頃帰ってきました。
3度目、次の論文を読みました。(初回は1987年5月4日、2013年1月11日、そして3回目が2019年7月3日)
フランソワ・デゥシュノー(Francois Duchesneau)「マルピーギ、デカルトと医機械論における認識論上の問題」(横山輝雄訳)『科学革命における理性と神秘主義』(M.L.R. ボネリ、W.R. シエイ編、村上陽一郎他訳、新曜社、1985): 68-93
描写の方法に今回は注目しました。pp.75-6「自動機械は、仮説という言葉のデカルト派における意味において、仮説の身分をもつ。それは、現象の観念と描写の方法に関連している。現象とは、自然のなかに存在し、われわれが感覚の仲介によって知覚する印象と定義されている。描写の方法に関してデカルトは、人間は、われわれの世界に含まれているよりも多くの印象を考える(ないしは演繹する)ことができるとした。実在する世界の全体を知的に洞察することは、人間の一生では不可能である。それゆえわれわれがそれの原因を求めている印象を知るために、主要な現象について簡単に描写すること breven historiam が、完全に是認される。・・・真の原因からの演繹という、直接には到達できないものに代わりうるモデルを説明しなければならない。」→原文を確認する必要があります。→ 19.7.10 Francois Duchesneau, "Malpighi, Descartes and the Epistemological Problems of Iatromechanism," in M.L. Righini Bonelli and William R. Shea (eds.), Reason, experiment, and mysticism in the scientific revolution(London : Macmillan, 1975), pp.111-130. 当該箇所は、pp.116-117. "" デゥシュノーは、哲学原理を○部×節ではなく、A&T の巻数とページ数で引用します。最初はフランス語訳 A&T, IX-2, p.163. 次は、英語訳第1巻p.301= A&T, VIII-1, p.328. A&T, IX-2, p.324-325. A&T, IX-2, p.163=VIII-1, p.328-329. A&T, XI, pp.120-121.
「簡単に描写すること」は、哲学原理第3部4節でした。Principia Philosophiae(1644), p.71= 朝日出版邦訳p.102
「もろもろの現象あるいは経験について。また、それらは哲学にとってどのように役にたつのか
ところで、われわれが発見した原理はきわめて広大で豊沃であるため、そこから帰結することは、われわれがこの可視的世界のうちに含まれているものを見るよりもはるかに多く、さらにまた、われわれの精神が、思考によって通覧しうるものよりはるかに多いのである。いまはしかし、主要な自然現象(その諸原因がここでは探究されねばならない)の手短な記述をわれわれの眼前に提出することにしよう。・・・これらの現象を記述するのはただ、同一の原因から生じうるとわれわれが判断するところの無数の結果のうち、他のものではなくむしろこのものを考察するよう、われわれの精神を向けるためだけのことなのである。」
その前は、" effets qui sont en la nature, que nous apercevons par lentremise de nos sens". Descartes, Principes de la philosophie, III, sec 1, AT IX-2, 103: addition de la version francaise.
デカルト『哲学原理』第3部 46 「なぜなら神は、それらを無数の異なる仕方で調整することができたのであり」
デカルト『哲学原理』第4部 203 「私は人工的につくられたものと自然の物体との間に、ただ一つの差異しか認めない。」=白水社、第3巻、p.156 AT, VIII-1, p.326
"Et sane nullae sunt in Mechanica rationis, quae non etiam ad physica, cujus pars vel species est, pertineant."
朝日出版社、p.299 「われわれはどのようにして感覚されない粒子の形や運動を認識するのか」
「私は人工的につくられたものと自然の物体との間に、ただ一つの差異しか認めないからである。その差異とは、人工的につくられたもののはたらきは、たいていの場合、感覚によって容易に知覚しうるほど大きな道具によって果たされる―なぜならこのことは、それらが人間によって製作されうるために必要であるから―、ということである。これとは逆に、自然の結果は、/p.300/ あらゆる感覚をすり抜けてしあうほど微小ななんらかのしくみに、ほとんどつねに依存している。実際、機械学は自然学の一部ないし一種なのであって、機械学のうちの理論で自然学に属さないものは何一つない。また、あれこれの歯車から組みたてられた時計が時をさし示すことは、あれこれの種子から生じた木がしかるべき果実を結ぶのに劣らず、自然なことである。このようなわけで、自動機械の考察に習熟した人が、ある機械の使用法を知っていて、その機械の若干の部分を見るときに、それらの部分から容易に、他の見えない部分がどのようにしてつくられているかを推測するのと同じように、私は、自然の物体の、感覚可能な結果や部分から出発して、それらの物体の原因や感覚されない微小部分がどのようにものであるのか、を探究しようと努めたのである。」
フランス語訳から、坂本賢三,p.225 「これにたいへん役立ったのは、人間の技巧によってつくられた多くの物体の実例である。なぜなら、職人のつくる機械と自然だけでつくられる物体のあいだに認められているちがいは、機械の結果が管やバネその他の道具の組み立てに依存していて、それは、それを作る人間の手と何らかの関係をもたざるをえなあいから、つねにその形や運動は目に見える大きさのものでなければならないのにたいし、自然的な物体の結果をもたらす原因となる管やバネの方はほとんどわれわれの感覚で知覚できないほど微小なものであるということだけである。・・・ところで機械学の法則がすべて自然学にも当てはまることはたしかである。したがって人工的なものはすべてまた自然的なものである。」
p. 472 "Et il est certain que toutes les regles des Mechaniques appartiennent à la Physique ; en sorte que toutes les choses qui sont artificielles, sont avec ceal naturelles. "
→ 19.7.13 邦語の全訳は、朝日出版社の科学の名著シリーズが最初です。そして今のところ最後です。『科学の名著 第2期7 デカルト』井上庄七・水野和久・小林道夫・平松希伊子訳(朝日出版社、1988)。xciv の「翻訳について」によれば、1部と2部は、井上庄七・水野和久共訳(『世界の名著 デカルト』)から採録した、3部と4部の下訳は、平松希伊子がおこない、途中まで井上氏が目を通した(訳稿をチェックした)が、逝去。あとを引き継いで、小林道夫さんが目を通したそうです。なかなか複雑なプロセスです。私が扱う3部と4部の関しては、基本平松訳でよいと思います。あるいは平松・小林共訳。xcv「翻訳に際しては、もちろんピコの仏訳を全面的に参照した。・・・ビュヘナウの独訳と最近公刊されたミラー夫妻の英訳は随時参照した。・・ラテン語原文に忠実で、懇切丁寧な訳である英訳からは大いに益を受けた。」昼前に次の本が届きました。
鎌田浩毅監修『重ね地図でわかる! 日本列島のしくみ 見るだけノート』 宝島社、2019
びっくりするぐらい、わかりやすく、つくられています。ふとしたきっかけで、『化学史への招待』(オーム社、2019)のデジタル版がすでに発売されていることがわかりました。
https://www.amazon.co.jp/dp/B07SC7RM3D/
アマゾンの表示は、化学史への招待 [プリント・レプリカ] Kindle版、です。私の手持ちのキンドルでは読めませんが、田中事務局長がGoogle Books/Google Playでも、アマゾンのなか見!検索でも、一定割合が読めるようになっていることを教えてくれました。途中すこし飛びます(pp.28-29, pp.35-36, pp.42-43, pp.63-64)が、65頁までグーグルでは見えます。(デジタル化されたのは、2019年3月20日発行の第1版第2刷です。)(アマゾンのなか見!検索では、14頁まで読むことができます。)
こうなると、韓国語訳もはやく見てみたい気がします。オリンピックまでに見ることができるでしょうか?
ひとりで4時55分、室温24.5度。曇り。私以外は全員出動。
おおきいちび、中学生、ちいさいちび、妻の順にでかけました。ちいさいちびは定期考査中。今日が二日目。銀行があく時間を待って、駅前へ。財務的用件を1件すませてから、セイユーで簡単な買い物。お昼ご飯ほかを購入。
午前中に次の本が届きました。
Brian S. Baigrie (ed.), Picturing Knowledge: Historical and Philosophical Problems Concerning the Use of Arts in Science, Toronto, 1996
デカルトについての編者の論文のほか、ナイトさんの論文も含みます。
David Knight, "Illustrating Chemisty," in Brian S. Baigrie (ed.), Picturing Knowledge: Historical and Philosophical Problems Concerning the Use of Arts in Science, Toronto, 1996, pp.135-163
詳細には、Knight (1977)の第1章で論じたとあります。
Knight (1977)は次です。Knight, D.M. Zoological Illustrations: An Essay Towards a History of Printed Zoological Pictures, London:Dawson, 1977
ナイトさんがこの種の仕事をしていたとは知りませんでした。ちなみに、ナイトさんの図像の研究としては、すでに次のものを読んでいます。(2017年2月23日) David Knight, "'Exalting Understanding without Depressing Imagination': Depicting Chemical Process," Hyle, 2003, No.2, 171-189第3号のゲラも届きました。すぐに必要な作業をとりおこないました。個別の原稿のゲラページ数を数え、ページだてを考えることです。
教壇に立って、講義をするのは、今学期、明後日の木曜日だけです。資料の準備をしています。学生に発表してもらう時間もあるので、すこしゆるくつくります。
7月27日に橋本科研での発表があります。採点等の仕事は残っていますが、すこしずつ発表準備にかかりたいと思います。
私のFacebook を確認しました。2011年からはじめています。ただし、当初は登録しただけで、ほぼなにもアップロードしていません。すこしアップロードし始めたのは、画像文化史をはじめたせいです。最初のアップは、2015年です。故筑波先生が人間機械論の図として教科書に採用している図の典拠を探ったものです。Tobias Cohen の著作からということがわかりました。しっかりとした2次文献がヒットし、その絵は、実はデカルト的な人間機械論を示すのではなく、医化学的人間像を示すものだと記しました。
初期の顕微鏡観察に関して、基本的な先行研究をきちんと読もうと思いました。メリさんが基本としてあげる3冊、全部、この部屋にあることがわかりました。ウィルソンのものは机の上にあります。リュストーのものもすぐに見つかりました。そのうち、残りの1冊も探し出します。
残り1冊を捜していたら、ずっと行方不明になっていた伊藤さんの『ジオラマ論』が見つかりました。
伊藤俊治『ジオラマ論:「博物館」から「南島」へ』リブロポート、1986
伊藤さん本人は、この本を「19世紀の箱庭」と呼んでいます。(あとがき)
第1章「ジオラマ都市」だけ、まず読みました。ちょっと予想していたものは違っていました。1章の後半は、ブレードランナーについての熱い記述となっています。→第6章「光学装置史」も読みました。半分ぐらいはカメラ・オブスクラの歴史となっています。私の書いた論文に優位性があって、ほっとしました。Still Missing
実は、探し出せていない本は他にもあります。
今回の顕微鏡史では、Marian Fournier, The Fabric of Life: Microscopy in the Seventeenth Century, Baltimore and London: Johns Hopkins University Press, 1996 がまだ見つかっていません。
もっとも長く見つかっていないのは、『リヴァイアサンと空気ポンプ』のもとの本です。翻訳刊行の際には、出版社が最新のペーパーバックをくれたのでそれで問題ありませんでした。しかし、私が学生の時に購入し、書き込みをしたハードカバーが見つかっていません。翻訳刊行に際し、橘さんと話したときに持参してお見せしたことは覚えています。そのあと、どこかに紛れ込んでしまったようです。
クレーリーの『観察者の系譜』の英語版(ペーパーバック)もずっと行方不明です。
木曜日3限の授業で使おうとおもっていた『骨まで裸で』も行方不明のままです。 Bettyann Holtzmann Kevles, Naked to the bone : medical imaging in the twentieth century, (The Sloan technology series), Basic Books, 1998
ひとりで4時25分、室温24.8度。
目覚めの瞬間、足がつりました。天候のせいもあるのでしょう、土日ですこし疲れたようです。月曜日の授業。
8時42分武蔵境発の西武線。まず、印刷センター。1部を100枚。それから情報化支援室でパソコンを借り出しました。
10時過ぎに教室。今日は学生たちにいろいろコメントをしてもらおうと思っていたのですが、実際、話してもらったのは3人のみ。準備不足でした。
パソコンの片づけをしているうちに、学生たちはコメントシートを出し終わっていました。建物の逆側まで行って、研究室に戻りました。お弁当のあと、ちょっとした事務作業。
3限4限と大学院のゼミ。
3時42分多磨駅発の電車で帰ってきました。晴れ間のまったくない1日でした。
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