『化学史研究』第27巻第2号(2000),pp.106-109より
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一般講演 
化学史研究、インターネット、データベース
       吉本秀之(東京外国語大学)

はじめに:『化学史研究』総目次を作成して

 『化学史研究』第26巻第4号(1999)のために、『化学史研究』の創刊時から通巻第89号までの総目次を作成した。入力、校正、分析、索引作成あわせて半年以上の時間がかかったが、有用な目録が出来たと言ってよいだろう。その際、著者名索引は、編集委員会の要請を受けて作成した。ただし、本誌上では紙幅を考慮して、区分はあげたがタイトルは省略した。ホームページ上では、タイトルを省略していない著者名索引が利用できるようにした。
(そのホームページのサイトは次の通り。
 http://www.t3.rim.or.jp/~h2ysmt/kagakushi/kagakushi.html
 http://caper.fs.tufs.ac.jp/documentation/ICS/kagakushi/kagakushi.html
 今回の発表は、その際の経験に基づき、化学史研究に関わるホームページ上のE-TEXTならびにデータベースを可能な限り調査し、その見通しを中間報告に近い形で示すことを目標とする。
 それゆえ、今回の発表で有用な情報を網羅することは目指さない。1回の発表で網羅するには、インターネットはもっとずっと豊かである。今回の目標は、論点を提示し、私の探り得た主要なサイトを例示として列挙することである。注1)

『化学史研究』総目次補遺

 『化学史研究』第26巻第4号には、著者名索引は掲載することが出来たが、事項索引を作成することが出来なかった。事項索引は、理想的には、雑誌の本文を全部読んで索引に取り上げるべき項目(化学者、化学研究機関、化学物質名等)を抽出し、リスト化する作業が必要である。最近多くの論文に採用されている「キーワード」を第1ページの脚注に掲載する形式をもし『化学史研究』が一貫してとっていれば、索引項目の絞り込みに役立ったであろうが、現状で事項索引を目指すならば、雑誌に掲載されたすべての記事を読み返す作業が必要になろう。ただし、たとえば索引を化学者名に限れば、何とか作成できるのではないかと思われる。
 また『化学史研究』で取り上げられたテーマに関しては、総目次だけからでも分析は可能であり、実際第20巻(1993):283 - 293に大野誠氏による分析がある。

グーテンベルグ・プロジェクト

 作品をただ読むという観点からではなく、あるテキストを分析・研究するという観点からは、E-Text が利用できることは他に置き換えられない有用性をもつ。
 『化学史研究』の区分「討論」でもっとも多く取り上げられている「分子概念」を例にとってこの有用性を簡単に説明しよう。ベークマン、ガッサンディ、デカルト、ボイルからはじまってマッケ、ドールトン、アヴォガードロ、カールスルーエ会議に至る関連テキストのすべての E-Text が入手できたとしよう。そうすればパソコンの備える検索機能を活用することで、各人が、どういう問題状況の中で、どういう文脈で atom, molecule, particle, corpuscle 等々の用語を用いているのかという一番基礎になる事柄を確定することが比較的容易に行なえる。(これは、同時に紙の辞書ではあり得なかった重要な著作の用例を網羅するほぼ完全に近い辞書ができることも意味する。もちろん、現状ではこれはまだ夢である。)
 著作権の問題とならない過去の様々なテキストに関して、そのデジタルテキスト=E-Textを入力またはOCR(スキャナーとパソコンの組み合わせによる光学的活字読み込み)で作成し、きちんとした校正作業を経た上で、インターネット上に公開するプロジェクトは世界の各地で進展しているが、そのことを体系的にスタートさせたのは、なんと言ってもグーテンベルグ・プルジェクトを嚆矢とするといってよいだろう。注2)
 残念ながら、化学史あるいは科学史に関してこの作業を体系的に行っているサイトを私はまだ見つけていないが、それでも化学史や科学史に関わるE-Text は、インターネット上で検索をかけて丁寧に調べれば、相当の量が入手できる。
 なお、日本語でも現在は驚くほどの量のE-Textが入手できる。特に、ほぼ文学に集中しているとはいえ、青空文庫の営みは画期的であり、そのホームページは一部画像データを含むとはいえ全体で400Mバイトの大きさとなっている。(著作権の切れた文学作品に関しては、相当マイナーな作家でもかなりの確率でE-Textが入手できるまで来ている。)  以下、重要なサイトをリストアップしておこう。
PROJECT GUTENBERG
 http://www.promo.net/pg/
ATHENA(ジュネーブ大学Pierre Perroud氏によるサイト)
 http://un2sg4.unige.ch/athena/html/sc_txt.html
 (管見の範囲で科学関係のE-Textを最も体系的に集めているのが、スイスのこのサイ ト。E-Textを捜す場合には、ここを出発点とするのが一番よいであろう。)
Carmen J. Giunta's Site
  http://maple.lemoyne.edu/~giunta/index.html
Bill Palmer: Science Textbooks and Historical Science Online
  http://www.ntu.edu.au/education/online.htm
John L. Park=ChemTeam: Classic Papers from the History of Chemistry
  http://dbhs.wvusd.k12.ca.us/Chem-History/Classic-Papers-Menu.html
 (個人で最も精力的にE-Textを収集しているのは、以上の3人、すなわちCarmen J. Giunta,Bill Palmer,John L. Parkと言ってよいだろう。Giunta氏のサイトにはロンドンの科学博物館のピーター・モリス氏の支援を得て、彼が個人的に作成した「古い化学用語のグロサッリー」が掲載されている。また、同様の辞書(18世紀の化学用語集)が次のページにある。)
  http://dbhs.wvusd.k12.ca.us/Chem-History/Obsolete-Chem-TermsTOC.html
フランスの国立図書館(ビビリオテーク・ナショナール)
 http://gallica.bnf.fr/
 (上記のATHENAは、ここから138作品をあげている。テキストファイルの形式だけではなく、PDF形式のファイルもあり、今後とも大いに期待できる。)
イタリアのLiberLiber
  http://www.liberliber.it/home/index.htm
 (ガリレオのいくつかの作品が収められている。)
Columbia University Digital Library Collections
  http://www.cc.columbia.edu/cu/libraries/digital/
Eighteenth-Century Resources
  http://andromeda.rutgers.edu/~jlynch/18th/
Internet Modern History Sourcebook
  http://www.fordham.edu/halsall/mod/modsbook.html
Labyrinth Latin Library
 http://www.georgetown.edu/labyrinth/library/latin/latin-lib.html
Philosophy Resources
 http://www.valdosta.peachnet.edu/~rbarnett/phi/
resource.html HTI Text Collections
 http://www.hti.umich.edu/stacks/
青空文庫
 http://www.aozora.gr.jp/
私立PDD図書館
 http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib
日本文学 E-Textの網羅的リスト
 http://jcmac5.jc.meisei-u.ac.jp/etext-i.htm

驚異のサイトPanopticon Lavoisier

 『化学史研究』の前号に論文を寄せてくれたイタリア人化学史研究者マルコ・ベレッタ氏が主催するパノプティコン・ラヴォワジェというサイトは、パリの科学アカデミーのアルシーフ、パリのラヴォワジェ・コミテやフィレンツェの科学史博物館が支援する驚異のサイトであり、化学史のインターネットサイトをどう運営するか、またインターネット上で化学史のデータベースをどう構築し・運営するかについてかけがえのないモデルとなってくれる。ということで、少々詳しく紹介しよう。
 ラヴォワジェの草稿の大半は、パリの科学アカデミーのアルシーフに保管されている。カートン数で43、文書数ではおよそ5千にのぼる。このなかで、全集や書簡集の形で出版されたのは約3分の1であり、また2次文献で引用されたことがあるのは半分以下である。また、ラヴォワジェの用いた実験器具のうち、約450点がパリの国立技術博物館に保存されているが、1794年ルノワールとルブランが目録を作成して以来、実はきわめて少数の例外を除き研究されてこなかった。以上の両者を、マルチタスクデータベースPinakesの助けにより、データベース化し、インターネット上で検索可能とした。  各々の草稿には、転写、もとの草稿のデジタル・イメージ、そのテキストにあるすべての単語を載せた辞書、キーワードの選択的シソーラス並びにそのキーワードの英語表現との対照表に基づく言語的分析、歴史的書誌的注、関連する他の草稿や器具へのリンクを付している。
 草稿に関しては、5067文書が利用可能になっている。ラヴォワジェ全集に関しては、ピエトロ・コルシが全集全体のOCRによるデジタル化を企画・実行しており、予算が許せば2000年度中に完成予定である。ラヴォワジェの研究文献に関しては、1794年以来の1170点がリストアップされている。ラヴォワジェの所蔵していた書物のカタログは、本の形では、ベレッタ氏本人によってすでに出版されている。そのデジタル化の作業は進行中である。ラヴォワジェの実験器具は、最も無視されてきた側面であるが、数名のチームによりそのデジタル・イメージ化、器具の記述の作業が進められている。ラヴォワジェの約4千点にのぼる化石と鉱物のコレクションは、現在クレルモン-フェランにあるルコック博物館に保管されているが、このすべてのデジタルイメージの作成作業も進行中である。
Panopticon Lavoisierのサイト
 http://150.217.52.68/index.htm
Pinakes のサイト
 http://www.pinakes.org/

化学史のサイト

 重要だと思われる化学史のサイトをリストアップしよう。網羅的なものを作成するのが望ましいであろうが、発表者にはその十分な準備がないので、そこからたどればいろんな化学史のサイトにたどり着けるいわばポータル(入り口)の役目をするサイトは、可能な限り見落としがないように努めた。注3)
Chemical Heritage Foundation
 http://www.chemheritage.org/
Beckman Center
 http://www.chemheritage.org/HistoricalServices/beckman.htm
AMERICAN CHEMICAL SOCIETY DIVISION OF HISTORY OF CHEMISTRY (HIST)
 http://www.scs.uiuc.edu/~mainzv/HIST/index.htm
Royal Society of Chemistry(RSC) HISTORICAL GROUP
  http://www.chem.qmw.ac.uk/rschg.html
SHAC=The Society for the History of Alchemy and Chemistry
  http://www.open.ac.uk/Arts/HST/SHAC/SHAC.htm
The Alchemy Web site 
  http://www.levity.com/alchemy/index.html
 (錬金術に関しては、最も豊かな情報を誇るサイト。インドの錬金術、ギリシャの錬金術、中国の錬金術、イスラムの錬金術、は別々に項立てされている。錬金術のどういう側面に関心がある者にとっても有益。)
平井氏によるBibliotheca Hermetica のホームページ
  http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9866/
 (平井浩氏は、ベルギーのリエージュ大学でアローのもとルネサンスのキミアに関して非常に優れた論文を執筆し、博士号を取得されたばかりの今最も新鮮な俊英。彼がこのホームページで行っている紹介活動は、フランス語圏、ドイツ語圏、イタリア語圏の研究状況をも正しく視野に収める貴重なものであり、日本語で読める最も有用な情報源と言ってよいだろう。)
Cauda Pavonis: Studies in Hermeticism
  http://www.wsu.edu:8080/~english/CaudaPavonis.html
Chrysopoeia Accueil
  http://callimac.vjf.cnrs.fr/Chrysopoeia/Chrysopoeia.html
Robert Boyle Home Page
  http://www.bbk.ac.uk/Boyle/
 (現在進行中の研究を含め、ボイル研究の情報が完全に近い形で網羅されている。)
日本化学会のホームページ
 http://www.chemistry.or.jp/
 (日本化学会の出している『化学と工業』という月刊誌は、比較的化学史的事項を多く 取り上げている。その『化学と工業』の目次が掲載されている。)

科学史一般のサイト

 次に、科学史一般のサイトのうち、有用なものをいくつかあげておこう。
北大科学史研究室のホームページ
 http://www.hps.hokudai.ac.jp/history.html
 (日本の科学史関係のホームページは、ほとんどがここからたどることが出来る。また英語圏の科学史関係のホームページもかなりしっかりとリストアップされている。さらにここで開かれているメーリング・リストは、日本における科学史について非常にイン フォーマティブである。)
科学技術史関係日本文献目録
  http://www.histec.me.titech.ac.jp/biblio/
 (東工大におかれた、日本科学史学会の文献目録のサイト。) 東工大 技術構造分析講座
  http://www.histec.me.titech.ac.jp/course/
 (東工大の科学史のサイト。)
Science Studies Resources on the Internet
  http://scistud.umkc.edu/wwg/scilinks.html
Science as Culture
  http://www.shef.ac.uk/~psysc/rmy/sac.html
Technology and Culture
  http://shot.press.jhu.edu/associations/shot/tc.html

最後に

 インターネットは研究者には欠かせない研究ツールとなったと言ってよいだろう。インターネットで利用できる様々な辞書や百科全書(とりわけ、(ブリタニカ) が全文が無料で利用できる)は、かなりの規模の図書館より優っていると言えるほどである。これをただ利用するという観点ではなく、これに貢献するという観点から、化学史のE-Textを作成し、インターネットに公開する作業を多くの方に奨めたい。そうすれば、これまでにない新しい研究・調査の環境が出来て行くであろう。

注と文献

注1) 学術調査に役立つサイトについては次の2著、並びにそのホームページをご覧頂きたい。
 アリアドネ『調査のためのインターネット』ちくま新書、1996
 アリアドネ編『思考のためのインターネット―厳選サイト800』ちくま新書、1999
http://ariadne.ne.jp/

注2) Project Gutenbergは、Michael Hartが1971年にスタートさせたプロジェクトであり、この種のものの始祖と言える。一般読者が利用することを第一義とし、作成するファイルはプレーンテキストファイル(Plain Vanilla ASCII)のみとし、E-Text化するテキストは人口に膾炙しているものを選んでいる。具体的には、「アリス」や「ピーターパン」などの軽文学、聖書やミルトン等の重文学、辞書等のレファレンスが中心となっている。
 2000年2月20日現在、総数で2780点近くのE-Textが利用できるようになっているが、私のカウントではその中で約60点近くが科学史家にも有用なテキストである。

注3) ドイツ人化学史家Christoph Meinel が組織し、アメリカのChemical Heritage Foundationなどが支援する化学史メーリングリスト(CHEM-HIST mailing list on the History of Chemistry)は、化学史に関する最も有用なML(メーリング・リスト)と言ってよいであろう。このMLの申込は、本文に"subscribe CHEM-HIST"とだけ記したメールを"MAISER@LISTSERV.NGATE.UNI-REGENSBURG.DE"宛送ればよい。

改訂版(2000.6.3)
2000.6.6 サイトの引っ越し部分を更新しました。


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