A list of perspective treatises in chronological order (mainly pre-1900 publications only)

ETH-Bibliothek
e-rara

2016.6.22(水)     [遠近法の書物]
 私の今の探究は、遠近法に関係します。(直接遠近法を扱っているわけではありません。)
 私の手元ですぐに見つかる遠近法の書物を、出版年代順にまとめてみました。(まだまだありますが、とりあえず、手元で確認できるものです。)
黒田正巳『透視画―歴史と科学と芸術』美術出版社、1965 佐藤忠良・中村雄二郎・小山清男・若桑みどり・中原佑介・神吉敬三『遠近法の精神史―人間の眼は空間をどうとらえてきたか―』平凡社、1992
エルヴィン・パノフスキー『<象徴形式>としての遠近法』木田元監訳、哲学書房、1993
岸文和『江戸の遠近法:浮絵の視覚』勁草書房、1994
横地清『遠近法で見る浮世絵:政信・応挙から江漢・広重まで』三省堂、1995
辻茂『遠近法の誕生:ルネサンスの芸術家と科学』朝日新聞社、1995
辻茂『遠近法の発見』現代企画室、1996
佐藤康邦『絵画空間の哲学:思想史の中の遠近法』三元社、1997
小山清男『遠近法:絵画の奥行きを読む』朝日新聞社選書、1998

2017.6.13(火)  
 次の論文は、ネットで入手できるのではないかと探しました。けっこう苦労しましたが、1ページ、1ページの画像を入手することができました。その場でプリントアウトし、読み通しました。
  Timon Screech, "The Meaning of Western Perspective in Edo Popular Culture," Archives of Asian Art, 47(1994), pp. 58-69.
 たぶん、若書きの論文です。そのよさがでています。ヨーロッパの遠近法絵画と比べたときの、日本の浮絵の基本的特徴をきちんとつかまえようとしています。日本の絵は、基本、プリント、すなわち版画であること、浮絵が中心的には覗き絵であること、消失点を2重化したことの効果(富士山が現実よりもずっと高く見える、川と海が変な確度で交わること)等、重要な論点が指摘されています。

2017.6.14(水)  
 本棚を探しているときに『幕末の蘭学』が目に止まりました。取り出して、次の論文を読みました。
 原正敏「画学」中山茂編『幕末の蘭学』(ミネルヴァ書房、1984): 205-223
 4番目は、フランス人ボッセの『幾何学と同様な透視図の描き方についてのデザルグ氏の一般的方法』(1648)をヨハン・バラが1664年にオランダ語に訳して出版したものだ。
 原さんは、オランダ語の書名を記していませんが、次です。
 Abraham Bosse, Algemeene manier van de Hr. Girard Desargues, tot de practyk der perspectiven, gelyk tot die der meet-kunde, met de kleine voet-mat : mitsgaders der plaatsen, en proportien van de sterke en flaauwe rakingen, of kleuren, tranlated into Dutch by J. Bara, 1664
 

2017.6.21(水)     [曙山の二重螺旋階段図の典拠?]
 小林 文次「曙山の二重螺旋階段図について」『美術史 』22(4)(1973), pp.105-111
 小林文次氏は、この論文で、秋田藩主で画家でもあった佐竹曙山(しょざん)(1748-1785) が残したスケッチブック(写生帖)にある二重螺旋階段の図が1670年にロンドンで刊行されたジョゼフ・モクソン(1627-1700)の著書『実用透視画法』の中の第35図の写しであるという仮説を提唱した。ウェブの情報を見る限り、この仮説は、広く受け入れられている。
 しかし、『江戸時代の蘭画と蘭書 -近世日蘭比較美術史-』(上巻&下巻、ゆまに書房、2004-2005)で磯崎康彦氏は、この仮説を検討している。
 まず、モクソンは、英語の著作である。「この時期、英書の将来はまず考えにくい。しかしこのことより、曙山が、モクソンの『実用透視画法』を見ていなかったことは、他の透視画法の図解から証明できる。前述したように「螺旋階段図」は「透視画法図解」の最後の第9番目であった。この最後の「螺旋階段図」を他の8枚の説明図と関係なく、曙山が興味ある一枚ものの図としてとり出し模写した、とみてはならないだろう。・・・「透視画法図解」の九枚は相互に関連しており、ほとんどの図解が同一蘭書から模写された、と考えられる。・・・曙山はモクソン書を見ていなかったと判明する。曙山は、モクソンの二重螺旋図と極似した図を掲載する蘭書から模写した、と考えるのが妥当である。「螺旋階段図」の原図を載せた蘭書は、曙山が螺旋階段の平面にふった七から一九までの番号―モクソンの図では、1から13となっている―と同じ数字のつけ方であった、と想像される。その蘭書は、残念ながら書名を確定できないが、モクソン流の簡単で実用的な透視画法図であった、と思われる。」(pp.262-3)
 この通り、磯崎康彦氏は、将来がほぼなかった英書ではなく、まだ未発見の蘭書から嵐山は二重螺旋階段図を写したと主張した。

 磯崎康彦氏の主張とは独立して、スクリーチは、(磯崎康彦氏よりも先に)『大江戸視覚革命』(1996), pp.454-6 で次のように言っている。
 「二重の階段が広く知られるようになるのは、一五八三年に初版が出るや忽ちのうちにルネサンス建築の規則書の古典のひとつとされるようにいたったジャーコモ・ダ・ヴィニョーラの『実践遠近法規則Due regole della prospettiva』にとりあげられてからである。義敦の絵も、まちがいなく十八世紀の蘭訳本(in an eighteenth-century dutich edition)として日本に入ってきたヴィニョーラからとられたものである。」
 Jacopo Vignola, Due regole della prospettiva
full title is Le due regole della prospettiua prattica di M. Iacomo Barozzi da Vignola, con i commentari del reuerendo padre maestro Egnatio Danti dell’ordine de’ predicatori mattematico dello Studio di Bologna, Rome, 1583, 1611, 1635, 1644, 1682
  p.543 注37 Moxonは「フランスのシャンブルグ[シャンポール]のことにふれ、その二重螺旋階段はピエトロ・デル・ベルゴの作としている。」 
 スクリーチは、しかし、この注37 で18世紀のオランダ版を具体的にはあげていない。磯崎康彦氏と同じく、蘭書の実物をあげていない以上、推測、仮説に止まる。

 ともあれ、現時点では、ヴィニョーラの『実践遠近法規則Due regole della prospettiva』にオランダ訳があるのか、あるいは、別のルートから曙山に入ったのか、調べてみるのが先決である。
 →17.6.23 かなり調べてみたが、ヴィニョーラの『実践遠近法規則Due regole della prospettiva』のオランダ語訳は見つからない。別のルートを探す必要がある。スクリーチも磯崎康彦氏も、オランダ語の実践遠近法書だろうという推測では一致する。ヨーロッパで出版された実践遠近法書のオランダ語訳だとすれば、まず、18世紀までの実践遠近法書の系譜をリストアップする必要が生じる。

  Harris, Lexicon Tenhnicum,(London, 1704) は、"Perspective" の項に次の文献をあげている。
  Alberti Dureti Perspectiva cum Fig.
Hansen Leucours Perspectiva, in High-Dutch, Ulm, 1617
Henrick Loutensack Perspectiva, ditto. Franck, 1618
La Perspective curiuse de Niceron À Paris, 1663
La Perspective avec la Raison des Umbres, &c. par Salamon de Causa.
Roger Bacon's Perspective. Lat.
Joan. Cantuariensis Archiepiscopi Perspectiva Communis.
Loinganno de Glocci, Perspectiva practica,
Leada Regele delle Perspettiva.
Verdmanni Frisii Perspectiva.
The Jusuits Perspective; or, La Perspective practique per un Religieux, &c.
Moxon's Practical Perspective.
G. Vbaldi Perspectivae, Lib. 6.
Pa Perspective Speculative & Practique pre Mignon.
Lamii Perspective.
Andreae Alberti de Perspectiva & Umbra, Lil.
  以上、  Harris, Lexicon Tenhnicum があげる遠近法書のリストである。

 ハリスの書誌は、今の基準では簡略版でしかないので、版を同定する作業が必要となる。
  Daniel Barbaro, La pratica della perspettiva, Venice, 1658
Joseph Moxon, Practical Perspective: or, perspective make easie, London, 1670
Salomon de Caus, La Perspective avec la rasion des ombres et miroirs, London, 1611
Samuel Marolois, Perspective contenant la théorie et pratique d'icelle , The Hague, 1612
Nicéron, Perspective curieuse,
  The Jusuits Perspective : Jean Dubreuil, La perspective practique (trans. 1642)

 → 17.6.26  途中になっていましたが、午前中にネットで次の本を見つけました。
 Catalogo Ragionato dei Libri d'arte e d' antichità posseduite dal Conte Cicognara, tomo primo, Pisa, 1821
 pp. 149-163 が Prospettiva で、No.802 から No. 874 まで73点の遠近法書を採録しています。著者名のアルファベット順です。およそ90点あったそうですから、8割程度をカバーしています。ほぼどうにかなるのではないかと思っています。

 Roger Bacon's Perspective. Lat.は、もちろん、ロジャー・ベイコンの光学書ですが、このリストによれば次です。
 808 Baconis Rogerii. Prospectiva nunc primum edita opera, et studio Joann. Combachii: addita Specula Mathematica. Francofurti, 1614

Andreae Alberti de Perspectiva & Umbra, Lil. は次です。
 803 Alberti Andreae. Duo libri, prior de Perspectiva, posterior de umbra, et ejus proprietatibus. Norinbergae, 1661.

  Lamii Perspective. は次。
 843. Lami Bernardi. Traité des Perspectives, ou sont contenus les fondemens de la Peinture. Paris, 1701

Verdmanni Frisii Perspectiva. はたぶん次。
 867 Uredman Frison, Jéan. Perspective deux parties. Amsterdam, 1620

Joan. Cantuariensis Archiepiscopi Perspectiva Communis.は次。
  824 Cantuariensis Archiepiscopi Joannis. Perspectiva communis per L. Gauricum Neapoletanum emendata. Venetiis, 1504
  825 __ Perspectiva communis libri tres, jam postremo correcti ac figuris illustrati. Coloniae, 1592.

G. Vbaldi Perspectivae, Lib. 6. はたぶん次。
 837 Guidi Ubaldi e Marchionibus Montis. Perspectivae libri sex. Pisauri, 1600.

 残りはなかなかやっかいです。ですが、いくつかは別の仕方でなんとか突き止めました。

  Hansen Leucours Perspectiva, in High-Dutch, Ulm, 1617 は次です。
 Hansen Lenckers, Perspectiva : in welcher ein leichter Weg, allerley ding, es seyen Corpora Gebew, und was m?[glich in Grund zulegen ist, verruckt oder unverruckt, durch gar geringe Instrument in die Perspectiv zubringen, gezeiget wirdt, Ulm. 1617

 Henrick Loutensack Perspectiva, ditto. Franck, 1618 は次です。
 Heinrich Lautensack, Dess Circkelss vnd Richtscheyts, auch der Perspectiva, vnd Proportion der Menschen vnd Rosse, kurtze, doch gruündtliche vnderweisung, dess rechten gebrauchs, 1618

 Loinganno de Glocci, Perspectiva practica,は次。
 Pietro Accolti, Lo Inganno de gl'Occhi, Prospettiva Practica, Firenze, 1625
 もとの表記では、Loinganno de Glocci がまるで著者名のように見えますが、書名です。錯視、錯覚の意味のイタリア語です。著者は、Pietro Accolti。ハリスは単純にイタリア語まではできなかったということだと思われます。

2017.6.22(木)     [曙山の二重螺旋階段図の典拠 2 ]
 モクソンは序文で次のように言っています。( Joseph Moxon, Practical Perspective: or, perspective make easie, London, 1670, no pag.)
" it is both necessary and delightfull, I have for the accomodation of English Artists taken the pains to write this following discourse of Practical Perspective: And I was the rather induced hereunto, because as yet nothing of this nature hath been published in English except Sebastian Serlio, who though he where a man of skill and fame, yet his book being originally written in Italian, was first translated into Dutch, and afterwards from Dutch into English: One of which translators (if not both) doubtless understood the language better than the Art; for therein (as the generallity of Ingenuous Artists do with me confess) the words are translated, but not the Science.
In this work to save my self the trouble of making all new designes I have collected from several Authors such Figures as I found most usefull for the Instructions of a learner, as from Albert Durer, Neceron, Jean Cosin, Desargues, but the generallity from Hondius, who had them as himself saies (and you may see) from Marolois."
 私の調査の順序としては、Sebastian Serlio, Marolois, Hondius, Albert Durer, Neceron, Jean Cosin, Desargues の図版を見てみる必要があります。その誰かが、Vignola, Due regole della prospettivaを借用していれば、解明に繋がる大きな鍵となります。

 Sebastian Serlioは次。
 Sebastian Serlio, I sette libri dell'architettura or Tutte l'opere d'architettura et prospetiva
 オランダ語訳は次。
 Sebastian Serlio, De vijf boeken van architecturen Sebastiani Serlii (Amsterdam, 1606)
 英語訳は次。
 Sebastian Serlio, The Five Books of Architecture (London, 1611)

 Maroloisは次。
  Samuel Marolois, Perspective contenant la théorie et pratique d'icelle , Amsterdam, 1619

  Hondiusは次。
 Hendrik Hondius I, a book on Perspective, Leiden, 1604-1605

 Jean Cosinは次。
 Jehan Cousin, Livre de Perspective, Paris, 1560

 → 17.6.25 この調査は難航しています。思っていたより、ずっと複雑だとわかりました。
 きちんとしたわかりやすい遠近法史(遠近法の理論と実践の書物の歴史)を先に探し出して読んだ方がよいだろうと思い直しました。
 後ろの足元にある、パノフスキーの有名な『<象徴形式>としての遠近法』を取り出しました。わおー、学生時代に読んでいますが、これは難しすぎます。邦訳では、本文がpp.8-74、注がpp.75-198, 図版がpp.199-224 を占めます。本文に対して、注が倍に近い量。ウェーバーのプロテスタンティズムに近い構成です。私は学生時代、ウェーバーのプロテスタンティズムにとても惹かれていましたし、パノフスキーの象徴形式にも惹かれていました。この異様な注に惹かれていたのかもしれません。
 今、必要なのはパノフスキーではなく、情報の整理です。ネットで探して、 のルネサンスを扱った書物(John Jeffries Martin (ed.), The Renaissance World, New York: Routledge, 2007)の第2章 Lyle Massey, "Framing and Mirroring the World" をダウンロードし、プリントアウトし、鉛筆をもって読みました。
 これは正解でした。必要な情報と概念の整理をしてくれています。
 まず文献表ですが、注の10) にもっとも完璧な文献表は、Luigi Vanetti, De naturali et artificiali perspective - bibliografia ragionata delle fonti teoriche e della recherche de storia della prospettva; contributo all formazione della consoscenza de un'idea rationale, nei suoi sviluppi da Euclide a Gaspard Monge, Florence, 1979 だそうです。
 こういうのはきちんとした本を読むことではじめてわかる情報です。→ただし、このイタリア語の本は、どこにもありません。日本の大学にも所蔵されていませんし、アマゾン.it でも見つかりません。極めてレアな書物のようです。→もとの情報を見直してみました。イタリックのあと、ローマンで Studi e documenti de architettura 9-10 の文字があります。つまり、本ではなく、雑誌 Studi e documenti de architettura 9-10 (1979) と解釈すべきだと思いつきました。→やはり、雑誌でした。雑誌の9号10号を合本として、Luigi Vanettiさんの文献表に当てたものと理解すればよいでしょう。→しかも、著者のスペルがすこしだけ違います。Luigi Vagnetti さんが正しいスペルでした。道理で見つからないわけです。タイトルもすこし違って、正しくは、Prospettiva: De naturali et artificiali perspectiva です。正確に記すと、次です。
Luigi Vagnetti, De naturali et artificiali perspectiva - bibliografia ragionata delle fonti teoriche e della recherche de storia della prospettva; contributo all formazione della consoscenza de un'idea rationale, nei suoi sviluppi da Euclide a Gaspard Monge, Studi e documenti de architettura n.9-10, Florence, 1979 . 520pp. 157figs.
  Luigi Vagnetti さんは、ウィキの記載もある建築家・建築学者でした。

 p.57  遠近法を主題とする最初の印刷書は、Viator (Jean Pélerin), De artificicialis perspective, 1505
Viator のあと、絵画や比例、建築、幾何学、シーンデザインのような関連分野の書物の出版が続いた。1500年と1700の間に、およそ90点のこの種の書物(多くの版で)がヨーロッパ中で出版された。この種の書物は、どこかで遠近法を扱っていた。
 p.58 デューラーの比例書のあと、ニューレンベルクでは、複雑な立体を描くための、幾何学+遠近法が発達した。
 16世紀イタリアでは、遠近法はすこし違った方向に発展した。イタリア人は最初から、絵画、建築、数学を結びつけて扱っていた。その最初の著作が、セルリオのIl primo libro dell'architettura, Paris, 1545 であった。建築とシーンデザインの著作であった。(その後、Sebastian Serlio, I sette libri dell'architettura or Tutte l'opere d'architettura et prospetiva)独自の言語とパラダイムをもつ独自の言説として確立したのは、その後に出された2著であった。
 Daniele Barbaro, La pratica della perspettiva, Venice, 1569
 Jacopo Barrozzi da Vignola, Due regole della prospettiva, Rome, 1583 この書は、 Vignolaの死後、数学者ダンティ(Egnazio Danti, 1536-86)の手で 注釈をつけて出版された。
 バルバロの貢献のひとつは、プトレマイオスの天文学的投射と透視画法との関係を示したことであった。
 p. 59 バルバロは、視覚をカメラ・オブスクラに喩えた。(→MY そうだとすれば、これはケプラーより先となる。)視覚と比例を等値することで、自然の形態の背後にある幾何学的構造をミラー(鏡映)するという思想を唱えたことになる(Martin Kemp)。
 それに対して、ヴィニョーラの『遠近法二規則』は、それまでの考察を包括し、画家、建築家、数学者に向けて書かれた。遠近法の投射(射影)理論を発展させて、ヴィニョーラは、視覚空間(viewer's space)、画像平面(the picture plane)、消失点の関係を、説明図付きでいきいきと解説した。ひとことでは、ヴィニョーラとダンティは、ただ数学でも、ただ建築でも、ただ絵画でもない探求分野、すなわち遠近法というこの三分野のハイブリッドを生みだしたと言える。
 しかし、世紀が進むと、遠近法は、徐々に、専門と素人の数学者の支配する分野となっていった。コマンディーノ Federigo Commandino(1509-75)、デル・モンテ Guidobaldo del Monte(1545-1607)。
 Federigo Commandino, Ptolomaei planisphearium,Venice, 1558. Federigo Commandino, Claudii Ptolemaei liber de analemmate, Rome, 1563. Guidobaldo del Monte, Perspectivae libri sex, Pesaro, 1600
 つまり、遠近法は、16世紀末までに、片方では射影幾何学という数学の1分野、もう片方では画家や建築家のための技法へと分かれていったことになる。

 私の追いかけているのは、建築と強く結びついた方ということになります。

2017.6.29(木)    4限と5限の間に、図書館に行って、ILL で届いたという報せのあった次の本を受け取りました。
 Jane Andrews Aiken, Renaissance perspective : its mathematical source and sanction, Harvard University Ph.D. Dissertation: University Microfilms International, 1986
 →ハーバード大学の博士論文です。第1章が古代科学文献におけるイラストの数学的基礎、第2章がギリシャの科学イラストにおける観察の定量化と数学的投影法への影響、第3章がレオン・バティスタ・アルベルティ:切断面と数学的天文学、第4章が聖三位一体のフレスコ画における観念的&現象的遠近法:初期ルネサンス遠近法創出における伝統と革新、第5章が天文学図、中世の技術イラスト、マサシオ(Masaccio)の遠近法実験との関係。私の興味からは、ちょっと遠い論文でした。

帰宅すると次の雑誌が届いていました。
 『日本の美術 no.327 小田野直武と秋田蘭画』(至文堂、1993)

 2017.7.1(土)  
 6月に入ってから、遠近法史の見直し作業をしています。
 日本語の研究文献には私の関心に沿ったものを見つけることができないでいます。もちろん、英語文献ほか欧語文献は、やまのようにあります。
 検索をかけていると、Wolfgang Lefèvre (ed.), Picturing Machines 1400-1700 (Transformations: Studies in the History of Science and Technology) , Cambridge, Mass.; MIT Press, 2004 が繰り返しヒットします。ルフェーブルとパイファー(Peiffer 発音はこれでよいかどうかはわかりません)の論文が関係するようです。6月16日に部屋の中から救出して、6月29日(月曜日)、まずパイファーの論文を読み通しました。
 Jeanne Peiffer, "Projections Embodied in Technical Writings", Wolfgang Lefèvre (ed.), Picturing Machines 1400-1700 (Cambridge,Mass., 2004): 245-275
 遠近法の数学は、射影幾何学、ならびに画法幾何学へと展開します。一方では古代の数学(ユークリッドの光学、プトレマイオスの球体表面の平面化、中世の光学=Perspectiva=視覚の学)と深く関係します。他方では、建築術、とくに建築物の図面作成(設計図だけではなく、すでにある建築物の正面図と平面図)という実用技術に深く関係します。(ちなみに、plan には、設計図、平面図、案内図、透視画法、透視面の意味があります。) きちんと合流と分岐を腑分けしていく必要があります。
 編者のルフェーブルの論文 (Wolfgang Lefèvre (ed.), "The Emergence of Combined Orthographic Projections", Wolfgang Lefèvre (ed.), Picturing Machines 1400-1700 (Cambridge,Mass., 2004): 209-243 )とあわせて、しっかりノートを取る必要があります。
 なお、Wolfgang Lefèvre (ed.), Picturing Machines 1400-1700  はネットに pdf があります。これは、たすかります。

 昨日、地層の下から、ケンプの書物を引っぱり出しました。Martin Kemp, The Science of Art, New Haven and London, 1990 . でかくて重い書物ですが、基本書です。今の私の関心にとくに関与するのは、第3章「ルーベンスからターナーまでの遠近法」です。時代的には16世紀末から17世紀の遠近法の新展開の部分です。

 ケンプを読んでいて、ステヴィンも見ておく必要があることを思い出しました。ステヴィンに関しては、中澤氏が訳したよい概説書があります。ヨーゼフ・T. デヴレーゼ&ヒート・ヴァンデン・ベルヘ『科学革命の先駆者シモン・ステヴィン』山本義隆監訳、中澤聡訳、朝倉書店、2009。この書の第9章「透視画法理論―「視覚論について」」が当該箇所です。こういう纏まった記述を日本語で読めるのは助かります。とくにこの時代の用語をきちんと訳出・注釈してくれているのはありがたい。昨日の夜、手の届く所に置いていたのを引っぱり出して、第9章だけ読み通しました。
 p.277 コマンディーノが1558年、アルベルティが記述した透視画作成法が幾何学的に正しいことを証明した。ベネディッティが1585年、2番目の証明を与えた。透視画法の規則を数学的により一般的に定式化することを始めたのは、イタリアのグイドバルド・ダル・モンテとステヴィンである。
 Guidobaldo dal Monte, Perspectivae libri sex, 1600
Simon Stevin, Vande Deursichtighe, 1605
  (私のなかでは、Guidobaldo dal Monteではなく、Guidobaldo del Monte とインプットされています。調べてみました。彼の時代には、del ではなく、dal と表記するのが一般的だったようです。こういうのは仕方がないです。研究文献においても、両方の表記があります。当時の表記を尊重するのであれば、この本のようにダル・モンテとなるでしょう。)

 ウェブで検索をして、 Simon Stevin, Wisconstighe gedachtenissen. Deel 3: van de deursichtighe, 1605 をダウンロードしました。

 関連する2次文献として、次をダウンロードしました。S. Dupré, "The historiography of perspective and reflexy-const in netherlandish art," Nederlands Kunsthistorisch Jaarboek 61(2011): 35-60.
 Agnes Verwij, "Perspective in a box," Nexus Network Journal, 12(2010): 47-62

 Axel Rüger and Rachel Billinge, "The Design Practices of the Dutch Architectural Painter Bartholomeus van Bassen", NATIONAL GALLERY TECHNICAL BULLETIN VOLUME, 26 (2005): 23-42

 Hans Vredeman de Vries, Perspecitive, Pars 2, 1632 これをグーグルブックスからダウンロードしました。 Hans Vredeman de Vries, Perspecitive, c'est à dire les trés-renomm&aecute; art du poinct oculaire d'une veue dedans ou travers regardante..., Leiden, 1604-05
 解説によれば、Hans Vredeman de Vriesの遠近法は、1604-05年、フランス語、ラテン語、オランダ語、ドイツ語で出版されたとあります。
 Kirsti Andersen ,“Stevin's Theory of Perspective. The Origin of a Dutch Academic Approach to Perspective”, Tractrix, vol. 2(1990): 25−62
 このあたりに関しては、Kirsti Andersen, The Geometry of an Art. The history of the mathematical theory of perspective from Alberti to Monge, Springer, 2007 が新しい古典の地位を占めているようです。

2017.7.2(日)     [遠近法史の見直し ii]
 amazon で調べてみました。私の視野に入っていなかった遠近法史の書物として次が出版されていることがわかりました。
 ジャン・ペルラン・ヴィアトール(渡辺一夫編)『ヴィアトールの透視図法1505』 (アール・ヴィヴァン叢書 空間の発見 1)横山正解説・翻訳・製図、リブロポート、1981

 ふと、このテーマであれば、山本義隆氏の『一六世紀文化革命 1&2』(みすず書房、2007)が扱っていなければならないと気付き、足元から1冊、少し離れた本棚から1冊抜き出しました。
 デューラーは重視して大きく取りあげています。第1章「芸術家にはじまる」の第6節アルブレヒト・デューラー、第7節デューラーと版画と印刷書籍、第8節デューラーの『測定術教則』、第9節『人体均衡論』、第10節計測の精神と図像表現。つまり第1章の半分は、デューラーに当てられていると言えます。
 p.104 遠近法については次の言葉。「遠近法(透視図法)の説明にしても、図をもちいることなく抽象的な理論のみを語ったアルベルティと異なり、デューラーは『測定術教則』で写実的な図版を使って説明している。重版では図はさらに増やされている。・・・ヴィアトールのような先駆者がいるにせよ、デューラーは新しい科学にとって図版のもつ意義、とりわけ木版画印刷本によって精密で性格な図版を何枚も複製しうることの重要性に気付いた最初の 人間の一人であった。」  pp.104-5 パノフスキーは「のちに<自然科学>として隔離されることになるもののほとんどが[ルネサンス期の]/p.106/芸術家の仕事場において誕生した。そしておそらくもっと重要なことは観察的ないし記述的と呼んでよいような自然科学の特殊な諸部門―動物学、植物学、古生物学、物理学のいくつかの分野、そしてなりよりもまず解剖学―の誕生が具象描写技術の出現にもとづいている」と記している。」
 山本義隆氏は、デューラー以前の遠近法、すなわち、ブルネレスキ、アルベルティ『絵画論』、ヴィアトール『人為的透視画法』は扱いますが、デューラー以降の遠近法はほぼ取りあげていません。もちろん、16世紀文化革命ですから、17世紀に生じたことがら(デザルグの仕事やボッスの仕事)は取りあげなくてもよいのですが、それにしても本来は16世紀文化革命の中心テーマ(技師=芸術家の工房からの科学の出現)からいって、遠近法史は主題として取りあげてもよかったとは言えます。
 山本義隆氏が扱っていないのは、デューラー以降のニュールンベルク派の遠近法(立体を描くための幾何学的遠近法)、16世紀イタリアにおけるセルリオ、バルバロ、ダンティ+ヴィニョーラの建築と絵画のための遠近法の流派であった。
Sebastian Serlio, I sette libri dell'architettura, Paris, 1545
Daniele Barbaro, La pratica della perspettiva, Venice, 1569
Jacopo Barrozzi da Vignola, Due regole della prospettiva, Rome, 1583
 そして16世紀の最後の年にデル・モンテの書が出版されます。
Guidobaldo del Monte, Perspectivae libri sex, Pesaro, 1600
 数学への展開は、Federigo Commandino, Ptolomaei planisphearium,Venice, 1558. Federigo Commandino, Claudii Ptolemaei liber de analemmate, Rome, 1563. 等から。

Jacopo Vignola, Le due regole della prospettiua prattica di M. Iacomo Barozzi da Vignola, con i commentari del reuerendo padre maestro Egnatio Danti dell’ordine de’ predicatori mattematico dello Studio di Bologna, Rome, 1583, 1611, 1635, 1644, 1682

  Andrea Pozzo,Perspectiva pictorum et architectorum, (Plates engraved by Vincenzo Mariotti), Paris, 1693

 Bernard Lamy, Traité de Perspective, ou sont Contenus les Fondamens de al Peinture, Paris, 1701

 Pietro Accolti, Lo Inganno de Gl'ochi, Prospettiva Practica, Florence, 1625

 Sébastien Leclerc, Practique de la Géométrie sur le Papier et sur le Terrain, Paris, 1669

Brook Taylor, Linear Perspective: or, a New Method of Representing justly All Manner of Objects as They Appear to the Eye in all Situations, London, 1715

2017.7.3(月)
 基本サイト。今回はこのサイトの世話になっています。
 A list of perspective treatises in chronological order (mainly pre-1900 publications only)

 図書館によって、博士論文を1冊返却し、TLL で届いていた次の2冊を受け取りました。
  Kim H. Veltman, Linear perspective and the visual dimensions of science and art: Studies on Leonald Da Vinci I , München: Deutscher Verlag, 1986
 Sebastiano Serlio, The five books of architecture : an unabridged reprint of the English edition of 1611, New York: Dover, 1982

 重い2冊をかかえて研究室にもどり、まず、図版だけ全部見ました。なるほど。Studies on Leonald Da Vinci第一部(第1巻)を称するKim H. Veltman の書物は素晴らしい書物でした。レオナルドのスケッチは、いつ見ても素晴らしい。2番目のものは、セルリオの建築書の英訳のリプリントです。

  Piero della Francesca, De Prospectiva Pingendi, 1470

 Albrecht Dürer, Unterweisung in der Messung mit Zirkel und Richtscheit, N¨rnberg, 1525
 Albrecht Dürer, Vier Bücher von menschlicher Proportion, N¨renberg, 1528

2017.7.4(火)  
 やはりまっすぐ図書館へ。ILL で届いた次の2点を借り出しました。
  L. Vagnetti, De naturali et artificiali perspectiva : bibliografia ragionata delle fonti teoriche e delle ricerche di storia della prospettiva : contributo alla formazione della conoscenza di un'idea razionale, nei suoi sviluppi da Euclide a Gaspard Monge -- Edizione della Cattedra di composizione architettonica IA di Firenze e della L.E.F., 1979. -- (Studi e documenti di architettura)
 George L. Hersey, Architecture and geometry in the age of the Baroque , University of Chicago Press, 2000
 研究室で図版だけは全部目を通しました。

2017.7.6(木)  
  [モクソン]
 今回の調査の出発点は、モクソンです。テキストはすぐに入手できましたが、画像を含む pdf をずっと見つけることができないでいました。EEBO にアクセスできればすぐなのですが、EEBO のアクセス権が今はありません。(東大に行けば、アクセスできます。)
 グーグルにはかかっていなくても、検索サイトで地道に検索をかけ続ければ、今どきなのでなんとかなるだろうという見込みのもと、やってみました。今回世話になっているスイス圏のデジタルライブラリーe-raraにはなし。次は、おおきなところからと思い、ガリカでやってみました。検索ワードでちょっと苦労しましたが、ヒットの最後の方で、モクソンの実物が見つかりました。
 Joseph Moxon, Practical Perspective: or, perspective make easie, London, 1670
 やはり全部見てみる必要がありました。私が今回試みているのは、図版の系譜学とでも呼べる探求です。ある目処がついたと思います。

 Kirsti Andersen によって、次のものをダウンロードし、図版を全部確認しました。
  Abraham de Graaf, De geheele mathesis of wiskonst, 1676
 Samuel van Hoogstraten, Inleyding tot de hooge schoole der schilderkonst: anders de zichtbaere werelt, 1678
 Nicolaas Hartsoeker, Proeve der deursicht-kunde, 1699
 Dirk Bosboom, Perspectiva of doorzicht-kunde, 1703
 Hendrik van Houten, Verhandelinge Van de Grontregelen der Doorzigtkunde, Of Tekenkonst (Perspectief), Amsterdam, 1705
 Gerard de Lairesse, Het groot schildeboek, 1707

 Nicolaas Hartsoekerの本には、有名なホモンクルスの絵が掲載されていました。  

 その他。

 Joseph Moxon, Mathematics made easie: Or a compleat Mathematical Dictionary , Explaining All the Parts of the Mathemitics, with the all the Terms of Art, adn difficult phrases rendred plain and easie to every Capacity, London, 1771
   オザナムの数学辞典や Vitalis 等に基づく数学辞典です。

 Vriese, Paulus Vredman de, Verscheyden schrynwerk ald portalen, kleeskassen, buffetten, ledikanten, tafels, kisten, stoelen, banken, schabellen, handdoex-rollen, glasborden en veel andre sooten van wercken, Amsterdam, 1630 (ETH-Bibliothek Zürich)

 Hondius, Hendrik, Onderwysinge in de Perspective, S'Graven-Haghe, 1620 (ETH-Bibliothek Zürich)

 Sturt, John , John James and Andrea Pozzo, Rules and examples of Perspective proper for painters and architects etc., London, 1707 (ETH-Bibliothek Zürich)

 Vignola, Michalangelo, Augustin-Charles Avilier, Leonhard Christoph Sturm, Jeremias Wolf, Ausführliche Anleitung zu der ganzen Civil-Bau-Kunst, Augspurg, 1725 (ETH-Bibliothek Zürich)

 Spampani, Giovanni Battista, Il Vignola illustrato, Rome, 1770 (ETH-Bibliothek Zürich)

 Bosse, Abraham, lgemeene manier van de Hr. Girard Desargues, tot de practyk der perspectiven, gelyk tot die der meet-kunde, met de kleine voet-mat : mitsgaders der plaatsen, en proportien van de sterke en flaauwe rakingen, of kleuren , traslated into Dutch by Jan Bara, Amsterdam, 1686 (ETH-Bibliothek Zürich)

 Roland, Fréart, A Parallel of the Antient Architecture with the Modern, In a Collection of Ten Principal Authors who have Written upon the Five Orders, by John Evelyn, added by Henry Wotton, London, 1723 Google Book

 Vignola, Vignola: Or the Compleat Architect, translated by Joseph Moxon, London,1665

 Blum, Hans, Vande vijf colomnen van architecture te weten, Tuscana, Dorica, Jonica, Corinthia endee Composita

 Wotton, Henry, The Elements of Architecture, London, 1624
  to be continued.

2017.7.7(金)  
 お昼過ぎに次の本が届きました。
 Vitruvius Pollio, The Theory and Practice of Architecture; Or Vitruvius and Vignola Abridg'd. the First, by the Famous Mr. Perrault, ... Carfully Done Into English. and the other by Joseph Moxon; and now accurately publish'd the fifth time, 1835

2017.7.10(月)  
 図書館によって、ILL で届いていたコピーと、TAC で届いていた2点の図書を受け取りました。
 磯崎康彦「秋田蘭画における透視画法」『洋学史研究』11(1994): 17-41
 ジャン・ペルラン・ヴィアトール(渡辺一夫編)『ヴィアトールの透視図法1505』 (アール・ヴィヴァン叢書 空間の発見 1)横山正解説・翻訳・製図、リブロポート、1981
 K. Andersen, The geometry of an art : the history of the mathematical theory of perspective from Alberti to Monge, Springer, 2007

2017.7.11(火)  

 Troili, Giulio, Paradossi per pratticare la prospettiva senza saperla, fiori, per facilitare l' intelligenza, frutti, per non operare alla cieca, Bologna, 1672

 磯崎康彦「秋田蘭画における透視画法」『洋学史研究』11(1994): 17-41のp.31で磯崎氏は次のように言う。モクソンは、ヴィニョーラの『実用遠近法の2規則』(1583)の2重螺旋図を参照していた。「一重、二重の螺旋階段図法は、ヨーロッパの遠近画法書において珍しいものではなかった。ヴィニョーラのみならず、フランス人の建築家ジャック・アンドルーエ・デュ・セルソー(Jaques Androuet Du Cerceau)の建築書、ネーデルラントの画家で建築家のヤン・フレードマン・ドゥ・フリース(Jan Vredeman de Vries, 1527-1604) 」の『遠近画法』(Perspective)にも見られる。」
つまり、磯崎氏はモクソン以外に、3点の螺旋階段図を挙げている。
1)ヴィニョーラ
2)デュ・セルソー
3)ドゥ・フリース
Jaques Androuet Du Cerceau(Paris, vers 1515 - Annecy 1585)
Jaques Androuet Du Cerceau, Livre d'architecture … contenant les plans & dessaings de cinquante bastimens tous differens… , Paris, s. n., 1559 
Jaques Androuet Du Cerceau, Second livre d’architecture … contenant plusieurs et diverses ordonnances de chemine´es, lucarnes, portes, fontaines…, Paris, 1561  
Jaques Androuet Du Cerceau, Lecons de perspective positive , Paris, Mamert Patisson, 1576.
Jaques Androuet Du Cerceau, Livre d'architecture... auquel sont contenues diverses ordonnances de plants et élévations de bastiments..., Paris, 1582    2017.7.12(水)  
ジャン・ペルラン・ヴィアトール(渡辺一夫編)『ヴィアトールの透視図法1505』 (アール・ヴィヴァン叢書 空間の発見 1)横山正解説・翻訳・製図、リブロポート、1981 この書物の後半部分、すなわち横山正さんの翻訳&解説文を読み通しました。遠近法は原理は簡単ですが、作図は実は相当にやっかいです。ルネサンスの時代の遠近法の出現と進展に関して、日本語ではもっともまとまった紹介になっていると思います。
 (私が追いかけている16世紀の途中からの新しい進展の部分は対象外とされています。ほとんどの書物はそうなっているので、その点は仕方ありません。)
 デューラーは、その書物において、Perspectiva というラテン語を「透して見る」という意味の語だと説明しています。この説明は、今でも多く見られますが、端的に不十分です。横山正さんは「よく見る」あるいは「正しく見る」という意味だったと表現されています。ユークリッドの『光学』がアラビア経由でラテン世界に入ってきたとき、その分野は、Perspectiva と称されました。訳としては、光学または視覚論とするしかないと思います。ルネサンスに遠近法が出現したとき、「正しく見る」の延長線上で、この新しい技法もPerspectiva と呼ばれるようになりました。
 このPerspectiva という言葉をめぐる状況を考えれば、当然ですが、ある時期までは、中世的な光学/視覚論の意味での使用と遠近法での意味での使用が両立します。Perspectiva という語が使われているからと言って、透視画法=遠近法を指しているとは限らないことになります。
 私が中心的に研究している17世紀には、どの言語でもほぼPerspectiva / Perspective は、透視図法=遠近法の意味がドミナントになっていると思われますが、15世紀、16世紀は単純にはいかないと思います。当該文献をよく読む、よく見ることが必要となります。
  →17.7.16  p.80 一般にブルネルスキの方法とされてきたもの、すなわち二つの投影面で解析する方法を 正統作図法 construzione legittima 、アルベルティの上述の方法を簡略作図法 construzione abbreviata と呼んでいる。しかし、ブルネルスキが本当に 正統作図法 を完成していたかには問題があり、また、簡略作図法 は対象を画面に平行に置く平行透視にしか応用できない。
 ピエロ・デラ・フランチェスカのテキスト。Prospectiva Pingendi(1472-75 頃) 出版は19世紀になってはじめて。ルネサンスの芸術家達が実際に透視画を描くプロセスがはじめて記述される。16世紀になるとそうしたプロセスを記述する本は数多く出版される。
 p. 81 画面と斜かいになった配置のものも、主要な点の透視図を求めることでそれなりの透視図を描くことができる。
  正方形の45度方向の対角線が明確に意識されている。45度の対角線を用いて奥行き方向の距離を一度横幅に変換し、それを透視図でもう一度奥行き方向に変換している。これは距離点法の原理に他ならない。
 16世紀に入って、たとえばジャン・クーザン (1490頃-1560ころ)の透視図法の教本(1560)の挿図では、裏返しの平面図を利用しての作図を示すが、そこでは対角線はそのまま水平線まで引き通されて距離点にあたるものに tieres poinct 三分点という名称が与えられている。
 p. 82 初期の透視図法のテキストに描かれた距離点的な点の意味についてはまことに判定が難しい。
 ジャン・ペルラン・ヴィアトール(Jian Pelerin Viator) はじめて印刷された透視図法のテキストを出版(1505)
 p. 84 当時の透視図法のテキストはいくたびも版を重ね、また外国でもいくつもの翻訳が刊行されるのが普通。第4版が1625年に出版されるが、本文28頁、図版が67枚、新たに描き直され、フランス語訳も新しく用意された。
  p.85 目の高さにいわゆる水平線(水平な平行直線群の消点は必ずこの水平線上にある)を引いて、はっきり明確にこれに言及したのは、ヴィアトール(1505)がはじめてである。
 ヴィアトールはこの点を3分点と呼び、(1560年のジャン・クーザンのテキストに引き継がれる)、ヴィニョーラのテキストでは距離点という言葉が示されている。ヴィニョーラのテキスト『透視図法のふたつの解法』(初版1583年)
  p.86 距離点的な考え方は、ヴィアトール以前に存在していて、それは、イタリアにもアルプスの北方にもあったであろう。アルベルティの記述するように、それはおそらくは正方形の舗石の角を斜めに繋いでいった先に得られるものであった。
 ヴィアトールの書の刊行に刺激されるように、16世紀にはいると、次々と透視画法のテキストが出版されるようになった。  
 ヴィアトール(1505)
 デューラー(1525)
 ヴィニョーラ(1583)
 ヒエロヌムス・ロドラー(1531)
 ヘルマン・リフ(1547)
 ローレンツ・シュトアー(1556)
 ジャン・クーザン(1560)
 ハインリッヒ・ラウテンサック(1564)
 ヴェンツェル・ヤムニッツェル(1568)
 ダニエーレ・バルバロ(1568)
 ヨハネス・レンカー(1567)
 マルティーノ・バッシ(1572)
 ジャック・アンドルー・デュ・セルソー(1576)
 ロレンツォ・シリガッティ(1596)
 ギドバルド・ブールボン・デル・モンテ(1600)

2017.7.13(木)  
 午前中に次の本が届きました。
 Serlio, Tutte L'Opere D'Archittetura, Et Prospetiva, Di Sebastian Serlio, Bolognese (Classic Reprint) , London, 2015
 セルリオのものは、pdf で多くをダウンロードしていますが、今の目的のために、本の形態の方がずっと便利です。図版を見ていますが、探し当てるまでにかかる時間が違います。

2017.7.14(金)  
 ライレッセ Lairesse Gerard or Gérard (de) Lairesse ( 1641 -1711)
 Grondlegginge der teekenkonst, 1701
   "Foundations of Drawing"『絵画の基礎』
 Het groot schilderboeck , 1710    "Great Book of Painting"『大絵画術書』
 ライレッセの蘭書Het groot schilderboeck (1710) は、江戸時代の日本に舶来し、佐竹曙山を中心とする秋田蘭学・洋風画に大きな影響を与えた。

Hoogstraten, Samuel van, Inleyding tot de Hooge Schoole de Schilderkonst, Rotterdam, 1678
サミュエル・ファン・ホーホストラーテン(1627 - 1678) "Introduction to the Noble School of Painting" 『絵画芸術の高等画派入門』

 Goeree, W. Inleydingh tot de Practijk Der Algemeene Schilder-konst, Tot Middelburgh, 1670
 オランダ語の発音はよく分からない点もあるのですが、慣例に従ってカタカナ表記しておきます。

 成瀬不二雄『佐竹曙山 : 画ノ用タルヤ似タルヲ貴フ』ミネルヴァ書房, 2004
 pp.124-128 に佐竹曙山の『画面理解』の附図。

2017.7.17(月)

Ryff, Walther Hermann, Der furnembsten, notwendigsten, der gantzen Architectur angehörigen Mathematischen vnd Mechanischen künst, eygentlicher bericht, vnd vast klare, verstendliche vnterrichtung, zu rechtem verstandt der lehr Vitruuij, in drey furneme Bücher abgetheilet ..., Nürnberg, 1547

Ryff, Walther Hermann, Vitruvius Teutsch. Nemlichen des aller namhafftigisten vn hocherfahrnesten römischen Architecti vnd kunstreichen Werck zehn Bücher von der Architectur und künstlichem Bawen …, Nürnberg, 1548

 Stöer, Lorenz, Geometria et Perspectiva, Augusburg, 1567

2017.7.18(火)  
図書館へ。次の2冊を受け取りました。
 Mario Carp and Freédeérique Lemerle eds., Perspective, Projections and Design: Technologies of Architectural Representation, New York: Routledge, 2008
 論集です。私にとくに関係するのは、 第5章の、Jeanne Pfeiffer, "Constructing perspective in sixteenth-century Nuremberg," pp.65-75 です。Pfeiferr は、デューラー派の遠近法作図法を取りあげています。とくに彼女がテンプレート法と呼ぶ作図法を説明しています。
 Stepah Michelspacher and Paul Pfinzing, Optica, das ist Gründtliche doch kurze Anzeigung wie nothwendig die löbliche Kunst der Geometriae seye inn der Perspectiv, Augsburg, 1616
 Augustin Hirschenvogel, Geometria, Nurenberg, 1543
  Georg Hass, ,

Matthew Hunter, Wicked Intelligence: Visual Art and the Science of Experiment in Restoration London, Chicago: University of Chicago Press, 2013
 それから次の本を借り出しました。
 松田清『洋学の書誌的研究』臨川書店、1998
ライレッセに関しては、pp.38-45のみ 曙山がライレッセの『大画法書』を使っていたことは指摘しているが、ごく短い指摘にとどまる。

 研究室で本を眺めてから、研究所へ。すこしコピー。

 もう一度図書館へ行って本を4冊返却し、1冊借りました。
 『論集日本の洋学1』清文堂、1993
 ここから次の論文を読みました。成瀬不二雄「南蛮絵と紅毛画のはざま」『論集日本の洋学1』清文堂、1993, pp.81-142
p.101 佐竹曙山の筆録『画図理解』(安永7年<1778>)
   西洋画の陰影法についてある程度の理解を示している。
p.120  『画図理解』に附図として、「臨之法、望之法」「臨之図、望之図」・・を添え、透視遠近法について理論的に研究している。→細かいことなので、よいのですが、「透視遠近法について理論的に研究している」とは言えないと思います。言えるのは、透視遠近法の基本に関心を示している、ぐらいです。

2017.7.19(水)  
 ILL で本が届いたという報せがありました。
 早速、受け取りに行きました。
武塙林太郎、太田桃介、成瀬不二雄『図録秋田蘭画』三一書房 、1974
 図録と別冊からなります。成瀬不二雄「佐竹曙山の西洋画論」『図録秋田蘭画 別冊』pp.20-25
p.21「曙山は西洋画法研究のため当時としてはかなり洋書を参考にしている。」
  写生帖の裸婦図は、レーレッスの『大画法書』の挿絵を写した。
  螺旋階段図は、モクソン(1670)の挿図を写したものである。
   注(5) 小林文次「バロックと江戸建築ー会津さざえ堂の原流」朝日新聞昭和47年11月20日
   彼が主に見ることができたのは、「自然科学書の挿絵版画や一枚刷りの風景・風俗版画であった。」
 図録の図解説80 「螺旋階段図 佐竹曙山筆 佐竹曙山写生帖所収」   「最近小林文次氏により、英国人ジョゼフ・モクソン(1627-1700) 著『実用透視画法』(一六七〇年ロンドン出版)の第三十五図(21ページ挿図 コロンビア大学エーブリ図書館蔵本による)を写したものであることが明らかにされた。曙山は原図を極めて忠実に模写しているが、説明の数字は漢数字に変えている。陰影法と遠近法に対する彼の関心がなみなみならぬものであったことを痛感させる図である。(成瀬)」

 夜になって、舶来蘭書の方から迫ることも必要だと考え、ボイスも見ておくことにしました。
 Egbert Buys, Nieuw en volkomen woordenboek van konsten en weetenschappen. 10 vols., 1769-78
 グーグルブックでダウンロードを試みました。前から思っていたことですが、グーグルブックの巻号数表示は、間違っていることがあります。理由は不明ですが、第2巻、第4巻、第6巻、第8巻、第10巻がすぐにダウンロードできました。もとがオランダ語のせいもあるのでしょうが、半分近くが巻数を間違って表示しているように感じました。(オランダ語辞典を手元において、確認しつつ進めています。)
 もうすこしオランダ語、オランダ語しているかと思ったのですが、そうでもありませんでした。科学技術用語(科学技術の専門用語、術語)に関しては、英語やフランス語と共通するものが多い。ボイスがどこまでハリスを意識したのかはわかりませんが、ハリスの『レキシコン・テクニクム』を研究した者としては、ありえる展開・進展だと感じました。
 第8巻に関しては、全体を通覧しました。機械の絵が充実しているように感じました。
 vol. 8, p. 614 "Perspecitve" 書物としては、デザルグ、ボッス、ニセロン、イエズス会の遠近法、ポッゾ、ジェレミア・ヴォルフ、パウル・デッカー、最後にフィリップス。  

 最後のフィリップス・ヤコブズは、次です。
Philips, C. J. Uitvoerig onderwys in de perspectiva of doorzichtkunde, Amsterdam, 1765  
 名前は、Caspar Philips Jacobsz とあります。ヤコブズ(?)を取るべきでしょうか?

 最後から2番目のものは苦労しました。Paul Deckers Vorstelyke Bouwmeeste と書かれています。Paul Decker, Fürstlicher Baumeister, Augusburg, 1711, 1713, 1716 のオランダ語訳であろうと判断しました。

2017.7.21(金)  
 2016年7月、すなわち去年の日記より、次の2点が今の探求に関係することがわかりました。
 稲賀繁美「西洋舶来の書籍情報と徳川日本の視覚文化の変貌」『日本研究:国際日本文化センター紀要』31(2015): 13-46
 読み直しました。Pozzo, Perspectiva Pictorum et Architechtorum, 2vols., Rome, 1693 この漢訳『視学』
 pp.20-1 曙山の遠近法図。「螺旋階段の図(図26)と「看斜平円之法」、「看斜八方之法」は、ジョセフ・モクソンの『実用透視法』(1670)に収められた図と同縮尺の複写/であることが指摘されている(原 一九八四:二一〇)。ここから、少なくとも複数の種本を複合して、曙山が著述をなしたさまが推定できる。
 その理論書で曙山は、自分の体得した西洋の技法によれば、球や半円、「臨望ノ実体」、高低、「遠近ノ度数」に至るまで、「曙山学ブトコロ皆コレヲ分ツ」と豪語している。」

 Julian Jinn Lee, The Origin and Development of Japanese Landscape Prints: A Study in the Synthesis of Eastern and Western Art, Ph.D. dissertation, University of Washington, 1977
 Lee の博論は、入手が難しく、諦めていましたが、頑張って入手すべきかもしれません。

 図書館から連絡があったので、今日も大学に行くことにしました。
 9時6分武蔵境発の西武線。さきに図書館、ILL で届いている次の本を借りました。
磯崎康彦『ライレッセの大絵画本と近世日本洋風画家』雄山閣出版, 1983
 研究室へ戻り、時間限定で作業。6月14日に読んだ次の論文をまた見直しました。
 原正敏「画学」中山茂編『幕末の蘭学』(ミネルヴァ書房、1984): 205-223
 p.206 「当時舶載された画学書で、著者と書名が判明しているのは次の4冊だけである。」
 1.ライレッセ『大画法書』1728
 2.ライレッセ『絵画の基礎』1746
 3.ボウヒール Handboek voor jonge beoefenaars en liefhebbers der schilderkunst, 1800  
 4.Johan Bara Algemeene manier van de Hr. Girard Desargues, tot de practyk der perspectiven, gelyk tot die der meet-kunde, met de kleine voet-mat , 1664
 原さんは、1.と2.をオランダ語で記していますが、ここでは日本語に簡略化しておきました。4.は、6月14日の日に調べています。フランス人ボッセの『幾何学と同様な透視図の描き方についてのデザルグ氏の一般的方法』(1648)をヨハン・バラが1664年にオランダ語に訳して出版したものです。
 原さん自身は、2.をまだ見ることができていないと書かれています。(p.208) そして、古賀十二郎氏の所説「この書は、幾何学の助けによりて、画学を大成するために、捷径たり、且つ、確実なる方法たるべき要綱を説いたもの」(注7:)で「長崎に舶斉された」と思われる、を紹介しています。
 3.は、渡辺*山の雑記帖に見える蘭書名で、フランス人ボウヒールの書をオランダ語訳したものだと注記しているそうです。
 すこし苦労しましたが、これは次です。
 Pierre Louis Bouvier (1765-1836) , Manuel des jeunes artistes et amateurs en peintre, 1827
 この書は、英語にもオランダ語にも訳されます。オランダ語訳は次。
  M. .P L. Bouvier, Handboek voor jonge beoefenaars en liefhebbers der schilderkunst, Breda, 1831
 「ボウヒール」は、今の人が書いたのであれば悶絶しますが、Bouvier を当時の蘭学の知識でオランダ語読みしたものです。ブーヴィエでしょうか。
 原さんがこの論文を記したとき(1984年)を考えれば、仕方がないのですが、この4冊を直接確認されていません。実物をみれば、この4冊が曙山の描いた遠近法図とは関係ないことがすぐにわかります。
 p. 211 小林氏のお話によれば、ピンニングした穴が認められるという。「この時期に英書が舶載されていたとはまず考えられないので、この本の蘭訳書ないしはモクソンの第三五図と同じ図を載せた蘭書が介在しているとみるのが妥当であろう。写真製版のなかった時代のことだから、蘭訳書などの場合、原寸のまま原図が他に転載されることのほうが多かったとみてよかろう。」  「曙山が透視図法についてそれほど深い理解をもっていたとは考えられない。恐らく写生帳の図と全く同じ図例を載せた蘭書があって、それを模写したものと思われる。その蘭書としては、ライレッセのもう一つの著作(前出(2))の可能性が大きい。」

2017.7.24(月)  
 図書館に行って ILL で届いている2冊の本と1点のコピーを受け取りました。
 西村貞「佐竹曙山の西洋畫論」『大和文華』6(1952): 38-47
 Hendrick Hondius: The new Hollstein Dutch and Flemish etchings, engravings, and woodcuts, 1450-1700, compiled by Nadine Orenstein ; edited by Ger Luijten. -- Koninklijke van Poll, 1994.
 Jan Vredeman de Vries, Perspective, with a new introduction by Adolf K. Placzek, New York: Dover,

2017.7.25(火)  
 大学について、すぐに、成績の記入。記入が一通り終わったところで、図書館に行って、ILL と TLL で届いていた資料を受け取りました。
  『日本洋学史の研究』8(1987)
  町田市立国際版画美術館編集『『中国の洋風画』展 : 明末から清時代の絵画・版画・挿絵本』町田市立国際版画美術館, 1995
 最初のものには、次が収められています。菅野陽「画家ヘラルト・ドゥ・ライレッセと解剖学者ビドローとカウパー」『日本洋学史の研究』8(1987): 67-130

2017.7.26(水)  
 『『中国の洋風画』展 : 明末から清時代の絵画・版画・挿絵本』(1995)から、次のものを読みました。
 飯野正仁「東西の遠近表現」pp.258-262
 池上英洋「ポッツォの『画家と建築家のための遠近法』について」pp.447-471
 漢籍、正確には西洋の書物の中国語訳も調べる必要があることがわかりました。とくに年希尭『視學精蘊』(1729)、年希堯『視學』(1735)、と同様の出版物がないかどうか調べておく必要を感じました。
 池上英洋氏は、今の私の関心にヒットする研究をされています。まず、ご本人が引用するポッツォ研究「アンドレア・ポッツォの遠近作図法―その特質と意義―」『美術史』44(1995) : 200-219 をILL でオーダーしました。それからウェブにある論文をダウンロードして読みました。
 池上英洋「レオナルドとヴィニョーラ―遠近法のふたつの血脈―」『恵泉女学園大学紀要』18(2006): 163-183
 池上英洋「工業デザインと遠近法:ディセーニョの技法と概念の成立におけるレオナルド・ダ・ヴィンチの寄与」『恵泉女学園大学紀要』21(2009):127-148

2017.7.27(木)  
 届いていた辞典と次の本を受け取りました。
John Templer, The Staircase: History and Theories, Cambridge, Mass., 1992

 研究室に戻り、早速本の中身を確認しました。螺旋階段に1章をさいています。spiral よりも helix の方を使っています。double spiral, double helix staircase も多く扱われていて、私の関心には有用です。

 菅野陽「画家ヘラルト・ドゥ・ライレッセと解剖学者ビドローとカウパー」『日本洋学史の研究』8(1987): 67-130
 これを読み通しました。一種の伝記研究(の紹介)です。カウパーがビドローの本を剽窃した経緯、ならびにライレッセの生涯が2つの柱となっています。なるほど。

 大学で検索をしていて、手元にある本のある箇所がヒットしました。次です。
 榊原悟『日本絵画の見方』角川学芸出版, 2004

 156頁。「『画の用たるや似たるを貴ぶ 天文地理人物花鳥 逼神絶妙 これ似たるを貴ぶ』(佐竹曙山『画法綱領』)  と。さらに曙山は、写実的であるための具体的画法にも言及する。
 『樹之近緑色更濃、樹之遠緑色淡(中略)人目之視レ物矣、近者大、遠者小也、故其遠至数里、則眼力尽而不能視、此所尽則地平線也 』
 と遠近法の実際を述べている。虚心に読んでもらいたい。近大遠小、さらには「空気遠近法」にも触れ、近濃遠淡という。景観の尽きるところに地平線がある。
 p. 154 秋田蘭学の特徴。近景の極端な拡大、それと遠景の対比。そして中景の省略。これを縦長の画面に描く。「近像型構図」と呼ぶ。
 →「則眼力尽而不能視、此所尽則地平線也」という曙山の言葉がずっと腑に落ちていませんでした。ここの「眼力」は英語の sight (視力でしょうか)と理解すれば、遠くになれば、見えなくなっていく、見えなくなってしまった所を「地平線」と呼ぶ、と理解できるとわかりました。だとすれば、数学的な線遠近法の理解としては、不十分です。これでは、透視画法における「消失点」と「地平線」を正確に理解しているとは言えません。人間がものを見るとき、遠くは小さく見える、遠くなればなるほど小さくなっていき、そして何も見えなくなるところがある、そこを地平線と呼ぶ、という 透視画法とは独立した、一般的な事実の指摘に止まると見なければなりません。

2017.7.29(土)  
 お昼過ぎに、Dover の Jan Vredeman de Vries, Perspective, 1604 and 1605, reprinted by Dover, 1968
 なかなか見事な透視図です。

2017.7.31(月)  
図書館に行ってすこし待ち、次の論文を受け取りました。
 池上 英洋「アンドレア・ポッツォの遠近作図法--その特質と意義」『美術史』44(1995): 200-219
 池上さんの論文は、遠近作図法の歴史と展開を追うためには、重要なポイントを指摘しています。

2017.8.1(火)  
図書館に行って、次の本を受け取りました。
 Kirsti Andersen, The Geometry of an Art. The history of the mathematical theory of perspective from Alberti to Monge, Springer, 2007

2017.8.4(金)  
 ローマの大橋さんが池上俊一編『原典 ルネサンスの自然学』(上下巻、名古屋大学出版会、2017)から下巻の最初を飾るディーの「数学への序説」(坂口勝彦訳)を取りあげています。「アルケマストリー」という数学の分野と「アルニランギアト」という語彙に注目されています。大橋さんの関心にどんぴしゃの部分です。
 興味をひかれて、私もディーの「数学への序説」を読んでみました。16世紀後半における数学をめぐる学問状況がディーの観点からまとめられています。
 私の関心は、Perspective がどう扱われているかです。Perspective そのものは、数学的科目としてはあげられていませんが、代わりに絵画術(Zographie)があげられている。「絵画術(Zographie)とは、(決められた中心、距離、光に応じて)与えられた平面で視覚のピラミッドを切断した面を、線と適切な色で表現する技術を論証し教える数学的学術である。」(p.681)
 透視画法の定義としても使える規定をディーは与えています。もっとも重要なのは「視覚ピラミッドの断面」です。この意識は、Perspective によってはじめて明確になったと言っていいと思います。

2017.8.6(日)  
 飯野正仁「東西の遠近表現」『『中国の洋風画』展 : 明末から清時代の絵画・版画・挿絵本』(1995)pp.258-262
 17世紀の画家高*の《秋山万木図》の分析:「近景の部分は、・・・台地よりもやや高い位置から眺められていることがわかる。中景に眼を移せば、・・・近景での視点よりさらにやや高いところに設定されていることがわかる。遠景の巨峰では、・・遠景を描く画家の視点は、近景と中景の視点からさらに高く、ほぼこの峰と同じ位の高さに設定されていることがわかる。」(p.259)
 冷枚の《避暑山庄図》:「ここでもわれわれの眼差しは、近景から中景へ、さらに遠景へと上昇・移動することによって画面空間に奥行きを生みだしている。」(p.260)
 大和絵に関する若桑みどり市の指摘:「大和絵には、全体状況を説明する俯瞰的視点と個々の状況に接近する視点が同時に存在することになる。そして、この大和絵において「遠望視と近接視を、享受者が往復しながら鑑賞するように出来ている。つまり享受者の中に時間が経過する」のである。」(p.260)
 「オギュスタン・ベルクが日本の空間について述べた次の言葉は、中国山水画の絵画空間への最も的確な評言としてよむことも出来る。
 「辿る道の錯綜から空間の深さ=奥行きが生まれるのだ。」(オギュスタン・ベルク『空間の日本文化』ちくま学芸文庫、1994、94頁)

 池上英洋「ポッツォの『画家と建築家のための遠近法』について」『『中国の洋風画』展 : 明末から清時代の絵画・版画・挿絵本』(1995)pp.447-471
 「今回展示されているファクシミリは、1729年に出版された中国語初版を増補改訂したとされている第2版であり、1735年に出版されている。中国語版も英語版と同様、<距離点法>を扱ったポッツォの上巻の翻訳である。しかし、英語版が原本に忠実なコピーであるのに対し、これまで同様の性質のものとされていた中国語版が、たしかにポッツォの著書の図版を元にしたもの三十数点を含むものの、はるかに多い約百点の図版はあきらかにその他の書物からの転載であり、中には中国独自のモチーフを作図したもの、つまり技術が伝来した後に中国本土で作成されたであろう図版を含んでいることが判明した。」(p.448)
 →MY:この百点の典拠を探す原典探査の仕事がある。→ 17.8.8 下の英訳のタイトルにあるとおり、第1部と第2部の合冊では、105枚の版画を含みます。単純に1部と2部の合本から、図版を写したと考えれば、数的にはあいます。(実際に図版を比べてみる作業が必要ですが。)
 視学弁言  「目力極処即一点」

 Andrea Pozzo, Rules and examples of perspective proper for painters and architects, etc. in English and Latin: containing a most easie and expeditious method to delineate in perspective all designs relating to architecture, after a new manner, wholly free from the confusion of occult lines /by that great master thereof, Andrea Pozzo, Soc. Jef. engraven in 105 ample folio plates, and adorn'd with 200 initial letters to the explanatory discourses ; printed from copper-plates ony best paper by John Sturt ; done into English from the original printed at Rome 1693 in Lat. and Ital. by Mr John James of Greenwich, London, 1724

 アンドレア・ポッツォ(Andrea Pozzo, 1642-1709)はイタリア人イエズス会士の画家・建築家・舞台背景家。
 唯一の著作は、『画家と建築家のための透視画法』2巻(Rome, 1693, 1698) 118枚のエングレーブ(版画)を含む。建築と舞台背景を透視図法で描くためのマニュアル。イエズス会繋がりで、多くの言語(フランス語、ドイツ語、英語、中国語)に訳される。→ 第2巻の出版は、合冊版では、1700と表記されています。アンデルセンもこっちをとっています。1698の版があったのかどうか不明です。
 もとの版は、ラテン語とイタリア語の対訳版(平行版)。英訳は、ラテン語と英語の対訳版で出版される。

 Pozzo, Ad Lectorem
"Ars perspectiva, oculum, licet sagacissimum inter sensus nostros exteriores, mirabili cum voluptate decipit; eademque necessaria est iis, quibus in pingendo, tum singulis figuris positionem ac deformationem suam congrue tribuere, tum colores et umbras, magis vel minus intendere aut remittere, prout oportet, curae est. Ad id autem sensim sine sensu illi perveniunt, qui solo studio graphidis non contenti, singulis architecturae ordinibus exacte deformandis assueverint. Nibilominus , inter multos qui opus hujusmodi magno impetu aggressi bucusque fuerunt , paucos numeramus , qui animum ipso statim initio non desponderint , ob magistrorum librorumque penuriam , ordinate ac perspicue docentium opticas projectiones , a principiis hujus artis , usque ad omnimodam perfectionis consummationem . Quum autem sentiam , longa multorum annorum exercitatione , me non minimam sacilitatem in hac disciplina mihi parasse : censeo Studiosorum voluntati me satisfacturum , eorumque prolfectui consulturum , si methodos expeditissimas in lucem proseram, ad singulorum Architecturae Ordinum opticas delineationes perficiendas , adhibita communi Regula , ex qui omnia linearum occultarum offendicula sustulimus . Deinde , si tempus et vires ad aliud Opus conseribendum Bonitas Divina dederit , projectiones quascunque absolvemus Regula qua in presentia uti soleo , ac multo facilior et universalior est Regula communi et vulgata , quamvis haec sit fundamentum alterius . Itaque Lector studose , constanti animo negotium tuum suscipe ; ac lineas omnes tuarum operationum , ad verum oculi punctum ducere , ad gloriam scilicet DEI 0. M. tecum omnino decerne. Sic votis benestissinis , ut augurar tibi ac spondeo, filiciter potieris. "

  Al Lettore, Studioso de Prospettiva. .......... (in Italian)

Pozzo, English Translation, 1707 Rules and Examples of Perspective Proper for Painters and architects.
 " WHAT the Author once intended should make a Part of that Second Volume, he aferwards inserted in the Ninety-third and following Figures of this Book : In the last of which, particular Notice should be taken of his Conclusion ; That if Painters would not run into inextricable Errors, they ought as strictly to observe the Rule of Perspective, in designing the Figures of Men and Animals, as they do in paintig Columns, Cornices, or other Part of Archichture.

THAT none therefore be discourag'd in their first Attempts, thro' the Brevity or Silence of our Author ; (who, writing in a Country where the Principles of this Art are more generally known than with Us, had no need to insist so long on some things, as might be thought necessary to Beginners) we shall endeavour to speak as plainly as we can to a point or two, moft liable to be misunderftood, or to prove a Stumbling-Block at the Entrances ; and then add a Word of Advice to such as shall attempt the putting these Rules in Execution.

 THE Author, in both his Explanations of the first Plate, has given some Account of what he would have his Reader understood, by Designing in Perspective : and a right Conception fo this Point being of great Use to facilitate the Work, we thought it not impoper, to describe something more particularly, what is meant by the Art Perspective ; but shall at present speak only of That, which, whether Vertical or Horizontal, is receiv'd on a Flat and Even Superficies : This being of much the more general Use ; and, when rightly understood, renders the Difficulties of the Circular or Irregular Surfaces, easy and familiar.

 PERSPECTIVE is the Art of Delineating , on a flat Superfices, as a Wall, Ceiling, Canvas, Paper, or the like, the Appearances of Objects, as seen from One determinate Point : For tho in Works of great Length, Two, Three, or more Points of Sight are sometimes made use of ; yet such may more properly be said to be Several Views conjoin'd, tha One Piece of Perspective : Of which see the Author's Opinion, at the End of this Treatise.

 In Perspective, the Eye of the Beholder is esteem'd a Point, from whence Rays are suppos'd to proceed to every Angle of the Object. The Wall or Canvas to be painted (which we shall here call the Section) is imagin'd to intervene at right Angles to the Axis of the said Rays; and by dissectiong them, ro receive the Appearance of the Object, in greater of lesser Proportion, as the Section is more or less remote from the Point of Sight. Our Author's Rule is, That the Distance of the Eye ought to be equal to the greatest Extent of the Object, whether in Length or Height : As, to view a Building that is a hundred Foot long, and fifty high ; we would have the Distance a hundred Foot : To view a Tower sixty Foot wide, and a hundred and fifty Foot high ; the Distance should be a hundred and fifty Foot. This Distance is not strictly to be understood of the Space between the Eye and the Object, but of the Space that and the Section, the Plan of which our Author calls the Line of the Plan, or Ground-line ; for it's often requisite, that the Section be plac'd at some Distance before the Object, on account of Projecture of Cornice, and other Parts of the Work that advence, as in the English FIgure.

THE Place of the Eye, with respect to its Height above the Ground, ought to be fuch, as is most natural and agreeable to the Object. Thus in Architecture, the Basements and inferior Parts of a Building are improper to be set above the Eye, and their Cornices and Entablatures have but an ill Effect when below it. General Perspectives indeed require the Sight to be taken at a Birds View ; and on other Occasions the Place of the Eye may be vary'd : but the best and most general Rule is, not to exceed five or six Foot Height above the Ground. The Height of the Eye above the Ground, thro' which a Line is drawn, call'd the horizontal Line, is set on by the same Scale of Proportion,as the Design bears to the real Work ; and the Point of Sight so plac'd therein, as may render the Object mof agreeable. From the Point of Sight,either on one or both sides in the horizontal Line, you are to set, by the same Scale, the Distance you stand fom the Section. And by means of these Points of Sight and Distance,and the Measures of the Parts brought on the Lines of the Plan and Elevation of the Section, by the same Scale ; all the Examples of this Volume are reduc'd into Perspective ; as is manifest on Inspection of the Figures.

WHAT we would add, by way of Advice, is,

I. That you very carefully oberve, what the Auhor undersands by Breadth, Length, and Height, in his Explanation of the Fifth Plate, before you proceed to practise on any Figure ; otherwise you'll certainly mifunderstand him ; epecialy in the Third Figure.

II. THAT the Rules of the Tenth and Eleventh Figures be particularly regarded,for avoiding Confusion in the Plans and Uprights.

III. THAT fom the Dispostion of the Perspective-Plans and Uprights, with respect to the finish'd Pieces in the Twelfth and many following Figures, you would observe, with what Dispatch the said Pieces may, without the Help of Compasses, be delineated by your Drawing-Square; viz. the Perpendiculars fom the Perspective-Plan, and the level Lines fom the Perspective-Upright, or Section.

IV. THAT you would accustom yourself in Works tha thave many Lines, to make the Perspective-Plans and Uprights for each Part distinct, fo as to prevent all Danger of Confusion. Thus you may have one Plan and Upright for the Basement of a Building ; and when that is drawn on your finish'd Piece, remove them, and place those of the Body of the House ; and when that's complete,do so by the Attick, &c always observing so to place the Plane below, and the Upright on one side of your neat Draught, that your Drawing-Square may command each of them ; which will mightly shorten your Work.

V. THAT the Author's Advice of taking Figures in course, be strictly follow'd in the Practice ; which will be a great means to render the Whole easy and pleasant.

This is the Sum of what we thought most proper to advertise you ; and have only this farther to request, That if any Mistakes may have escap'd the Press undiscover'd, as we well hope there are few or none, you will favourbly correct and pardon them."

 以上、英語の序文は、英訳者により補いです。Pozzo のもとの本が丁寧には説明していない(「我々の著者の説明の短さや沈黙のせいで」と英訳者は記しています)ので、読者の便を考えて、英訳者が要点をまとめたものです。

  • 2017.8.10(木)  
     それから図書館へ。ILL で届いていた、中國科學技術典籍通彙 / 任繼癒主編、数学編、河南教育出版社, 1993を借りました。5分冊。館内閲覧のみということで、5冊を抱えて、もっともカウンターから近い机の上に陣取りました。
     私の知らない世界です。先ず、一通り、見てみました。中心はユークリッド『幾何学原論』の中国語訳です。私に関係するものは、第4分冊にありました。
     全冊に目を通し、関係する箇所が当初から目処をつけていた1箇所(『視学』)に止まることを確認しました。一定割合をコピーして、一度カウンターの戻しました。
     最初の2頁は解説です。pp.709-710. そこに2点先行研究が挙げられています。
     沈康身《界畫視學和透視學》,載《科技史文集》第八輯,1982年,上海科學技術出版社,第161頁
     沈康身<従《視學》看十八世紀束西方透視學知識的交融和影響> 《自然科学史研究》1985年、第4巻第3期
     著者の沈康身氏は、有名は中国数学史家のようです。入手し、目を通す必要があります。
     《視學》序文は次です。
     視学之造詣无尽也,予何敢遽言得其精蘊哉 雖然予究心于此者三十年矣,掌謂中土工繪事者,或千岩万壑,或深林密*,意匠経営得心應手,固可縦横自如,淋漓尽致,而相賞于尺度風裁之外。至于楼閣器物之類,欲其出入規矩毫髪无差,非取則于泰西之法,万不能窮其理而造其極。先是予粗理其端緒,刊図問世,特豹之一斑而鼎之一*,雖已公諸同好,終不免于膚浅。近得数与郎先生諱石寧者,往復再四,研究其源流。凡仰陽、合覆、歪斜、倒置、下観、高視等線法,莫不由一点而生。逮細究一点之理,又非泰西所有而中土所无者:凡目之視物,近者大,遠者小,理有固然。即如五岳最大,自遠視之,愈遠愈小,然必小至一星之点而止;又如芥子最小,置之遠処,驀直視去,雖*然无*見,而于目力極処則一点之理仍存也。由此推之,万物能小如一点,一点亦能生万物,因其从一点而生,故名曰“頭点”。从点而出者成線,従線而出者成物,雖物類有殊異,与点線有差別,名或不同,其理則一。再如,物置面前,遠五尺者若干大,遠一丈者若干大,則用点割之,謂之曰“離点”,而遠近又有一定不易之理矣。試按此法,或繪成一室,位置各物儼若*有使観之者如歴階級,如入門戸,如升堂奥而不知其為画;或繪成一物,若懸中央,高凹平斜,面面可見,借光臨物,随形成影,拱凹顕然,観者靡不指為真物。豈非物假陰陽而拱凹,室从掩映而幽深,泰西画法之精妙也哉 然亦難以枚挙縷述而使之該備也,惟首知出乎点線而分遠近,次知審乎陰而明体用,更知取諸天光以臻其妙,則此法之若離若合、或同或異、神明変化亦略備于斯三者也。予復若思力索,補縷五十余図,并図説以附益之,亦可云克物類之変化,而广点線之推移,直探斯法之源流,為視学之梯航矣。*于退食之暇,更得窮无尽之造詣,精思以闡其蘊而質,諸高明君子藉*裨益焉,則又予之愿也 夫雍正乙酉二月之朔,偶齋年希尭書。
     (読みとれない漢字、私のPC環境では出ない漢字がありますが、一応、私の目ではこう見えます。どなたか、中国語のできる方、校訂してもらえるとうれしい。)