ひとりで5時30分、室温12.1度。お昼に歯医者さん。
ひとりで5時分、室温12.9度。 今日はずっと曇りで最高気温10度、明日は雨が降って最高気温6度!!、そして明後日の水曜日も雨が残って最高気温10度、冬が舞い戻ってきます。木曜日にはまだ雨が残りますが、気温は15度まであがります。 体調管理の難しい天気の変動です。特定教員勤務。
久しぶりの特定教員勤務。私の仕事は教員ですが、半ば事務です。基本、月曜日水曜日は休みなく働きます。
駅前の銀行によってから中央線。7時45分高尾行き。武蔵境発7時54分の西武多摩川線。いつもとおり。大学前のコンビニでおむすび2個、牛乳小パック1箱、カップ焼きそば2箱を買って博士学生支援室へ。
今日の仕事は連絡がメイン。インタビューはお昼過ぎに1件。興味深い話を伺うことができました。
17時16分多磨駅発の電車。武蔵境で駅ナカのお店でお金をおろし、パンを1袋買って帰りました。
家に帰り着く直前に雨が降ってきました。
ひとりで3時35分、室温12.8度。 雨は上がっています。外は、5度。この家の断熱性能、あまり高くありませんが、それでも半日から1日ぐらいは暖かさを保つことができるようです。昨日の寒さがもう1日続くと、10度を下回ると思います。早朝のうちに、宿題をすませました。
朝一番(午前9時過ぎ)に買い物にでました。駅前で記帳してから、西友のなかのパン屋さんで朝食パンを2袋と西友の食品を数点買って帰りました。真冬の寒さではありませんが、少し寒く感じました。
ひとりで5時50分、室温19.4度! 前日の暖かさが残っています。外は弱い雨。予報では、これからどんどん気温が下がります。正午で3度です。またまた体調管理の難しい天気です。雨は夜まで降り続き、雨の間は、ほぼ6度の予報となっています。今日は宿題があります。宿題をこなしています。
旅行疲れもあり、寒さもあり、家にずっといました。
次の本が届きました。
柿原泰・加藤茂生・萩原優騎編、村上陽一郎/市野川容孝/小松美彦/斎藤光/林真理/廣野善幸/藤垣裕子著『村上陽一郎の<科学・技術と社会>論:その批判的実践』新曜社、2025
廣野さん、林さん、柿原さん、献本ありがとうございます。
『村上陽一郎の科学論』(新曜社、2016)の続編です。2016年には、お祝い会をやった記憶があります。
和歌山から東京へ
一人で5時半。夜半にかなり強い雨が降りました。今は止んでいます。Googleの表示では気温19度。今日は曇りということです。
妻もすぐに起きてきましたが、トイレに行ったあとまた毛布に潜りました。私はしばらくパソコンに向かったあと、朝食。コーヒーと食パン。
7時過ぎには妻も起きてきました。
昨夜の母との打ち合わせで、カフェ・ド・マンマで早めの昼食をとってから駅に向かうという計画となりました。
奥の間でテレビをみながら10時50分のタクシーを待っていると、電話。まえのようちゃんから買い物の依頼。足が動けなくなっているので、母に移動販売車での買い物の依頼がくるのだそうです。お寺の前に火曜日と金曜日に来てくれるのだそうです。それで、お墓まいりに行こうと妻と話をしていたのを思い出しました。
びしゃこもはなもありませんが、母といっしょにお寺まで行って、簡単にお墓まいりをし、移動販売車を待つこととしました。
母の歩きはとてもゆっくりになっています。日によって、体調によって、変わってくるのでしょう。
何も持ってきていないので、お墓では掃除だけしました。私の出身地方は両墓制です。母は、上には登らないということです。私と妻ふたりで、上のお墓にのぼり、ほんとうの簡単に掃除をし、お参りをしました。
お寺の前に戻ると、母がひとりで水路の段に座っています。定刻は9時50分ということですが移動販売なので時間がけっこう前後するようです。母は愚痴を言っていました。
10時10分ぐらいに音楽を鳴らしながら、移動販売車が来てくれました。テレビではよくやっていますが、実物を見るのは初めてです。母を含めて3人のおばちゃんが買い物に集まりました。
「コンビニより便利な移動スーパー」とあります。思っていたよりずっとお惣菜系が充実しています。母はようちゃんに頼まれたもの3点と、自分の今日の夕食、あすの食事を探していました。
週に2回こうした移動販売車が来てくれるのは、かなり便利かと思います。
買い物が終わって、帰途。母は頼まれたものを先に届けに行きました。我々は家にもどりました。しばらくすると、タクシーが来てくれました。荷物を後ろに積み込んで、国民宿舎に向かいました。私が前の助手席、母と妻が後ろに座りました。
国民宿舎の前で降りると、風が強い。駐車場には車が多く停まっています。春休みの観光客の方々でしょう。
国民宿舎によったのは、地元のお土産を買うためです。かげろうを2箱購入しました。
国民宿舎からカフェ・ド・マンマへは歩いて向かいました。地図ではかなり近い。実際歩いてみると、けっこう遠い。10分程度かかります。風が強く、坂がけっこうきつい。
まだはやい時間帯なので、おみせはそこまで混んでいません。海に向かって横並びのカウンター席に、母、私、妻の順で座りました。母はオムライスがお気に入りにようです。私と妻はメニューをみて、それぞれ別々のスパゲティを頼みました。母は、わりとせっかちな性格のようです。ぱたぱたぱたぱた動きます。オムライス、量があります。母は半分ぐらい食べてから店内を物色しています。
私と妻は、時間があるので、ゆっくり食べました。母はその間、支払いをすませ、かわいい梅を使ったお土産を娘達に買ってくれました。
タクシーの方には、お店の前に12時10分ということでお願いしています。12時5分過ぎに来てくれました。私と妻が駅で降りて、その後母が家まで帰ります。お店から駅までは車だとすぐなので、駅で半時間ほど待つことになりますが、それは仕方ありません。珍しく駅には10人ぐらいの高校生の男子がたむろしていました。
いつもとおり、12時38分発のくろしお号に乗り込んで、デッキで乗務員の方がくるのを待っていました。10分ぐらいまったでしょうか、くろしお号の座席券を購入しました。席に座ったあとは、ふたりとも、休憩モード。寝たり起きたりでした。午後3時前に新大阪につくと、なかなかに混んでいます。私はチケット売り場で番号がくるのを待つことにしました。その間、妻はお土産物を買い出しにでました。
30人近く待つことになりました。当初は、3時15分ののぞみ号と思っていたのですが、なかなか順番がこないので、15時39分ののぞみをとることにしました。
番号を呼ばれても来ない人がけっこういます。のぞみ160号、15時39分新大阪発のチケットをとることができました。新幹線のホームに入り、少し時間があるので、もうちょいお土産を買うことにしました。中の売店はわりと便利です。十分なお土産を買って、新幹線乗り場に並びました。
のぞみ号のなかでもやはり休憩モード。寝たり起きたり。目覚めたときに、大谷の第2号ホームランと高校野球の結果をみました。東京駅もずいぶん混んでいましたが、なんとか中央線快速電車で座ることができました。
帰り道のコンビニで夕食を買って家へ。午後7時過ぎ、無事帰り着きました。いろんなところにちいさいちびの活動のあとが残っています。
私は、今日が最終日のwifi の返却を優先しました。指定とおりにパッケージして、近所のコンビニに持って行きました。ついでにお金をおろしました。最後ちょっとお金が足りなくなり、タクシーと新幹線チケットは妻に借りました。
コンビニから帰ってくると、妻は夕食を済ませていました。私は2度手洗いをして、野菜中心の食事。
その後、入浴、片付け、就寝。
神戸から和歌山へ
一人で5時50分、スマホの表示は中央区16度。昨日妻がもらってきた神戸の観光ガイドを見ていました。朝の動き方をだいたい決めました。
しばらくすると妻も起きてきました。
着替えて7時ぐらいにホテルの朝食に行きました。フロントのある5階です。妻の分の朝食券を購入しました。2200円。高い。たまにはいいでしょう。
妻はパンなし。私は昨日とほぼ同じぐらいの量を取りました。日常生活でこんなに朝ごはんを食べることはありません。ホテルのチェックアウトは、午前11時。荷物を置いて、海の方に行くこととしました。地下鉄海岸線でハーバーランド駅へ。三宮の駅の配置はなかなかに難しい。地下鉄の駅までけっこう歩きました。地下鉄海岸線は、一つの電車が往復する路線のようです。しばらく路線表示を理解できませんでした。
ハーバーランド駅で地上に出て、周りを見回しました。ガイドマップは見当たらなかったのですが、どうもグぐるーと回る歩道橋を歩いていけば、海岸に向かう道路に出られるようです。神戸が少し難しいのは、この円形または弧の形をした歩道橋です。
歩道橋を降りて、まあ、こっちだろうということで歩いて行きました。人はもうあまり歩いていません。アンパンマンの彫像が道に立っています。そのあたりで、ああ、海が近いなとなりました。ここまで来ると道案内のガイドマップが要所要所に設置されています。その地図を見て、動きました。神戸煉瓦倉庫、モザイク大観覧車、中央ターミナル、神戸ポートタワー、中突堤旅客ターミナル・オリエンタルホテル、メリケンパーク、BE KOBEモニュメント、神戸港震災メモリアルパークと海岸線に沿って歩きました。神戸港震災メモリアルパークだけは記憶にありました。大昔、神戸で学会があった時に、一人で見にきた記憶があります。そこから旧居留地沿いの道路を歩きました。妻が神戸市立博物館を案内すると言います。実は、今は休館中です。あいていたら前泊の日に見にくるつもりでした。月末休館の知らせをネットで読んで、前泊日の予定をゆっくりしたものに変更しました。
京町筋を歩いて、神戸三宮駅に近づいたあたりで、左折し、南京町(中華街)に向かうこととしました。入り口がよくわからなかったのですが、狭い路地に入ってみると、ちょうど入り口の狛犬のところにきました。横浜より小さい気がします。縦に短く横長のまちでした。トイレを探すと、午前10時まで掃除中とありました。しかたがないので、駅に向かうことにしました。北に向かって元町駅。トイレに入った後、JRでJR三ノ宮駅へ。これも電車の中の路線表示が難しかった。間違った電車に乗ったのかと一瞬思いました。本日も明日も切符をまだ買っていません。みどりの窓口を探して、今日と明日の切符を先に買うこととしました。みどりの窓口には、外にはみだすほどの列がありました。ギョッとしたのですが、20分待ちという表示を妻が見つけてくれました。20分ならギリギリ大丈夫です。諦めて待つことにしました。並んでいるのを見てでしょう、駅の方は、オープンする窓口を増やしてくれました。3から4へ、そして5へと増やしてくれました。おかげさまで20分もかからず、窓口に立つことができました。本日分の乗車券とくろしお号の特急券、それから明日東京に戻る乗車券を購入しました。
お土産物を買ってからホテルに戻る予定だったのですが、変更しました。先にホテルに戻り、しばらく休んでから、チェックアウトするというふうにしました。駅からホテルまではすぐです。1万5千歩以上を歩いています。テレビをつけて横たわりました。バタバタするのは良くない、ということで、少し早め早めに動くことにしました。10時50分ごろチェックアウトをして、再び駅の方へ。お土産は阪急デパートで買うことにしています。わおー、地図でみると近いのに、阪急に向かうルートもなかなかに複雑です。必ず繋がっているという信念のもと、途中で地下道に降りました。地下に食堂街があります。先に昼食を済ませてしまうことにしました。色々見ましたが、結局中華料理店を選びました。2000円近いセットを注文しました。すぐにきましたが、量が多い。私も妻も食べきれずに一部残しました。三宮駅周辺は人が多い。お店もすぐにいっぱいになりました。
地下街を戻っていると、阪急への入り口が見つかりました。ちょうどお土産物のコーナーでした。何が良いのか難しいのですが、悩んでいてもしかたありません。母の好物のカステラにしました。母がご近所に配るものも、同じお店のカステラにしました。カステラ5点を購入。母へのお土産ということで、奥の方へ歩いて行って、妻が漬物はどうと言います。奈良漬があったので、奈良漬と小箱に入ったセットがあったので、面白いと思い、その2点にしました。お土産はこのぐらいで良いでしょう。お土産物を二人で手に持って、地下街を通って、駅の方へ。少し複雑なルートですが、表示に従えばつきます。JR三ノ宮駅で、ホームに入っている通勤快速に乗車しました。これも表示が少し難しかったのですが、電信画面に停車駅がすぐに表示されたので、問題ないことがわかりました。東京のような横に並ぶ席ではなく、4人掛けの向かいあった席です。ちょっと揺れました。神戸から大阪、京都、滋賀まで向かうようです。
大阪で乗り換えた方が経路は短かったのですが、Googleの勧めに従い、新大阪乗り換えにしています。お土産物を買うには慣れた新大阪駅の方が良いだろうと考えたのもあります。新大阪も人でごったがえしています。かなり広いお土産品コーナーを巡って、たくやさん用の物をもう1点購入しました。時間には余裕があるように動いています。くろしお号乗り場の前の待合室で座って待つことにしました。くろしお号は折り返し運転です。割と早めに入ってきました。社内清掃が入り、出発10分前ぐらいにドアが開きました。満員とかではありませんが、最近では最も混んでいます。海外からの旅行者の方も目立ちました。白浜に行くようです。
妻が二人でくろしお号に乗るのは初めてかもと言います。最初妻を両親に紹介するために和歌山に連れてきた時は、飛行機を使っています。ちいさいちびが白浜の病院で生まれた時も飛行機を使っています。その後は新幹線に変わりましたが、子連れでした。
空模様はあやしい。一瞬、窓に雨粒が流れたときもありました。
基本、休憩モードでしたが、コンサートの抽選結果が午後3時発表ということで、おおきいちびから連絡があり、ラインでの情報交換が始まりました。おお、ちいさいちびが目的の物を引き当てたようです。もう一つ申し込んでいた方もおおきいちびが当たったようです。妻は早速PayPayで支払っていました。なかなか当たらないけど、一生に一度は行きたいと言っていたコンサートです。めでたし、めでたし!と言っているうちに、すぐに南部駅。だいたい3時ごろに御坊駅、3時半前に南部駅。明らかに直前まで雨が降っていました。降りた時は止んでいましたが、しばらくしてからまた短い時間降りました。駅前のタクシーは、ちょうど前の方が乗っていかれました。こういうのはしかたありません。トイレに入り、連絡ができていなかった母に、公衆電話からついたと電話しました。スマホからだと聞きづらいというので、固定電話がある場合には固定電話から母には電話するようにしています。卓也がちょうどきているということでした。タクシーの営業所、100メートルぐらいの場所にあります。傘をさして、次、いつ頃きますかね?と尋ねると、10分ぐらい、という返答。駅で10分ぐらい待つこととしました。タクシーに乗り込むころには雨は上がっていました。
実家に帰りつくと、家の前で母が傘を3本持って待っていました。卓也は帰っていました。妻が母に会うのは10年ぶりなんだそうです。母は、母の世界をずっと妻に話していました。私の初めて聞く情報もけっこうありました。母は戦争前に生まれています。長男に話すことと娘や嫁に話す内容が無意識に違ってくるようです。鈴美がお腹にいるときのことなんて初めて聞きました。5時過ぎに夕食。
私は、お風呂を入れていました。湯温も湯量もちょっと難しい。妻は昨日は2万歩以上、本日は1万5千歩以上歩いて、疲れたようです。7時に布団にもぐりこみました。私はプレバトを見てから布団に入りました。
田中科研最終研究発表会@神戸
一人で5時10分。室温不明。スマホの表示は、「中央区 15度」、どうも今日も暑いようです。21度まで上がるようです。阪急線で六甲に行き、落ち合うことになっています。指定は、9時22分神戸三宮発の電車でしたが、余裕をもって動いたので、ほぼ10分前の電車に乗って六甲に向かいました。
六甲の駅を降りるとなんと河野さんが前を歩いています。ちょうど待ち合わせ場所のタクシー乗り場で河野さんをつかまえることができました。河野さんは、前日に藤沢で葬儀をすまされてから参加されています。しばらく様子を伺っていました。話をしているとすぐに橋本さんが見えました。タクシーで神戸大学へ。神戸大学は初めてではありませんが、坂のきつさに驚きました。キャンパスについても坂がきつい。
指定の場所で座って待っていると、田中さんが来てくれました。上の方の階に向かいました。5階か6階か7階だったと思います。
予定では、10時から田中さん、11時45分から私、お昼ご飯をはさんで、午後2時から橋本さん、そして最後に午後3時45分から河野さんということになっています。橋本さん、河野さんは、ICHST(国際科学史学会)2025 に向けての準備も兼ねます。ほぼ予定とおり、田中さんの発表から。
「科学認識論における「表象」の概念(1)」
ラドウィックの文章を引用されてから議論されました。引用されているラドウィックの議論、すばらしいものでした。
大久保遼「表象と写象」2025 を参考資料として配ってくれています。明治初期に「表象」という用語がどのようにして使われ始めたのかについて書かれています。予定より少し遅れて、次は私の発表。
「『百科全書』図版研究:鷲見洋一『編集者ディドロ:仲間と歩く『百科全書』の森』(平凡社、2022)第8章「図版の世界」&第9章「身体知のなかの図版」の批判的検討を出発点に」
鷲見さんが引用するロラン・バルト(1964)、ジャック・プルースト(1969)、そしてマドレーヌ・ピノーさんの図版研究を再検討しました。お弁当が用意されていました。ちらし寿司を中心とする幕の内弁当です。
午後は、橋本さんから。
「江戸時代中期の植物図譜の比較検討」
橋本さんは、これまでずっと取り上げてきた小野蘭山『花彙』のほかに、今回は服部範忠『薬圃図彙』(1726)を取り上げていました。河野さんは、ニュージーランドでの英語発表にむけて英文のスライドを用意しつつ、最後の詰めの作業。
内容的には十分面白い材料があります。できるだけうまく聴衆に伝わるようにという観点からのコメントが中心となりました。
発表がおわってしばらく歓談。田中さんが町中華の美味しいお店を午後7時で予約してくれたそうです。
片付けをしてから、バス停へ。春先には、松葉杖の方が目立つそうです。この坂だと慣れないうちは転ぶ方もでてくるでしょう。
JR の六甲口まで下りて行きました。まだ坂です。足元に注意しながら、お店へ。
安くて美味しい中華料理店でした。午後7時から1時間程度。午後8時15分すぎにホテルに着きました。妻は無事ついていました。新神戸から外にでてずっと歩いていたそうです。2万歩を超えたそうです。
ひとりで3時50分、室温16.1度! 今週いっぱい東京はずっと暖かい。土曜日からの月末、そして新学期がすこし下がります。ああ、黄砂がくる!!
レジメは、早朝に送り出しました。そのあと、図版の準備。午前10時前に最低限のものは用意できたかと思います。
研究会発表。
のぞみ71号広島行き
東京発12時48分、新神戸着15時29分
発表準備一応できたので、高校野球を見ていました。
中央線、割と遅れることがあります。11時半に家を出ました。やはり遅れました。
新幹線のホームに着いて、11時半前。ただ待つことにしました。
ビジネスマン、親子連れ、海外からの旅行者が目立ちました。
新神戸でJRとはおさらばして、地下鉄で三宮まで。
三宮、去年も苦労しました。ホテルの地図は印刷しているのですが、Googleのナビを使うことにしました。それでもやはり苦労しました。わかっている人には5分の距離だと思います。ぐるぐると30分近くかかりました。結局、三宮の駅前がゴチャゴチャしていて、初めての人間にはなかなか難しいということがわかりました。
ホテルに着いて部屋に入り、連絡事項。けっこう返事をしなければならない案件が多くありました。
午後6時ぐらいになって、夕ご飯のために外に。一度駅まで行って、周辺の地図を確認することにしました。駅から出るところがやはりかなり難しい。駅前、ごちゃごちゃしすぎかと思います。
半分ぐらいホテルに戻り、カツ煮定食を頼みました。カツ煮の方は特に関西風とかではなかったのですが、小鉢の蕎麦は本当の薄味の関西風でした。
コンビニでお金をおろし、少し買い物をしてホテルに戻りました。
日本対サウジアラビアを見ました。スコアレスドロー。残念ですが、しかたがないかなと思います。見終わって就寝。
ひとりで3時55分、室温17.3度!! セーターを着ると暑く感じます。特定教員勤務。
いつもよりはやく出ました。7時42分武蔵境発の西武多摩川線。
大学前のコンビニでおむすび2個、牛乳小パック1箱、お団子1箱を買って研究室へ。
この時間帯はほとんど人がいません。
インタビューは4月に入ってから再開します。3月残りは文献調査にあたります。10時半に事務の方と打ち合わせ。10時25分に部屋をでて、事務棟4階人事労務課までエレベーターを使わず歩きました。去年も世話になった方です。「労働条件通知書」の読み合わせ、確認、署名を行いました。
お昼ご飯は生協へ。担々麺。今年で定年退職される先生を見かけました。最後の晩餐的な昼食会でしょうか。
17時16分多磨駅発の電車で帰途。武蔵境で降りて、パン屋さんで朝食パンを3袋購入。
帰宅して風呂&夕食。
完成というには程遠いのですが、一応、発表のレジメ、形をつけました。材料の提示だけにとどまっていますが、今の体力だとこんなものだと思います。発表まではまですこし時間があるので、図版の用意をします。
ひとりで5時50分、室温15.3度。お昼に、スイカのチャージに行きました。妻のスイカを借りて、駅の券売機で「タッチでGo!」に登録しましたが、あとで調べてみると、JR東日本管内だけのようです。JR東海道には適用されません。しばらく用事はないかと思います。
発表の準備に専念しています。
ひとりで3時50分、室温13.6度。朝一番(午前9時前)に買い物。ワイズマートで20点の食品を買って帰りました。暖かくなりました。
長女の引っ越しの最後の仕事は今日になりました。
4時前に長女からテレビが届いたというラインがありました。ちょうど発表準備が切れのよいところに来ていました。すぐに家をでました。3時55分。
長女の部屋には25分で着くことがわかりました。
妻から預かった荷物を長女に渡したあと、早速セットアップにとりかかりました。道具は持参しています。リモコンの電池をいれました。包装をはずし、まず足をつけました。それからマイクロカード。同軸ケーブル。電源。電源を入れるとテレビはつきました。次はソフト的セットアップ。それから録画用のHDを取り付け、ランケーブルも接続しました。
HD のフォーマットにはけっこう時間がかかりました。
それで本日の作業は終了。家をでてから1時間で完了しました。外にでて、まずコンビニでお金をおろしました。次には銀行で記帳。
緑の窓口に行って、来週の学会の鉄道切符を購入しました。緑の窓口はすこし時間がかかります。ゆっくり待つしかありません。
そのあと、パン屋さんで朝食パンを3点買って帰りました。
Gジャンを来ていましたが、暑い。電車のなかで脱ぎました。
家に帰り着いて、5時50分。2時間弱で帰宅したことになります。発表の準備、半分は進んだと思います。明日残り半分。
急に暖かくなったので、家族全員花粉症がひどい。
ひとりで5時50分、室温12.1度。発表の準備。
ひとりで5時15分、室温10.8度。 昨日が寒かったので、それに応じて室温も下がっています。
春分の日で休日。長女の引っ越しの手伝いの最後。
今日はヨドバシカメラでテレビを買う予定でした。午前10時、ヨドバシのテレビ売り場で落ち合って、32型を買って長女の部屋にもっていくつもりでした。
ヨドバシの価格は、アマゾンより高い。アマゾンで3万のものが4万で売っています。引っ越しシーズンが過ぎたので、高くしたのかもしれません。お客さんもあまりいませんでした。
テレビ台も見たのですが、どれもごつい。ワンルームには大きすぎる気がします。
長女はその場でアマゾンもみて、2万と3万の間のものにすると言います。
ということでヨドバシ終了。長女の新居に向かいました。私が駅前のスーパーを見てみたいということでスーパーによりました。いろんなものがなかなか安い。長女はついでということで、卵、牛乳、味噌、鶏肉等を買いました。野菜は別の場所で買うそうです。
さて、長女の部屋。いろんなものが散乱しています。片付けが追いつかないようです。私の今日の仕事は、テレビを買ってきて設置することだと思っていたのですが、そうではなかったようです。
家具の組み立てでした。
2つありました。まず、目の前にある、ぐるぐる衣紋掛から。金属の棒を組み立てます。部品をネジを使って締めます。これなら長女ひとりでもできますが、手をつけていませんでした。長女はあとで自分でやると言いますが、手をつけたのでそのまま最後までやりました。ネジを締めるだけなので、難しいことはなにもなし。
もう1個は、炊飯器や湯沸かし器を置くための台。棚が3段あります。説明書に2人でないとできないとあるそうです。説明書を広げ、まずひとりでできるところから始めました。
なるほど、支柱2本をたて、その間に台を組むところは、ひとりでやるのは相当に難しい。長女に台をもってもらい、支柱と合わせました。なんとか3つ台を2つの支柱に取り付けることができました。最後の中板が一番難しかった。
もともと炊飯器や湯沸かし器を置いていた場所に台を移動しました。長女は、炊飯器や湯沸かし器以外に床にポイポイしているものもいくらかのせました。ぐるぐるポールにもカバンをかけていました。
組み立て作業が終わって正午前。洗濯物をすませてから食事にでると言います。しばらく休憩していました。長女が和歌山のガイドブックを買っていたので、それを見ていました。田辺の辻の餅に行きたいと言っています。そのうち、自分でいくつもりなんだそうです。
ジーンズを外に干すかどうか迷って、やはり花粉が怖い、ということで、室内干しにしました。それで洗濯もんが終了。外にでて、お昼ゴハン。歩いているとすぐに洋食屋さんが見つかりました。ここでよいということで、その新しいお店に入りました。人気があるようです。いっぱいでした。入る時間がよかったのでしょう、席がありました。カウンターの端っこ2席にすわりました。
長女はリゾット、私はペペロンチーノを選びました。なかなかにおいしい。人気があるのもうなずけます。何組かのお客さんは、すみません、いまはいっぱいです、ということで入ることができていませんでした。
支払をすませ、ついでにテレビ代は現金を長女に渡しました。アマゾンに発注するといいます。店の外にでて、天気もよいし、一度歩いてみようと思っていたので、吉祥寺まで歩いて行くことにしました。ほぼ一本道でいけます。車もすくない。1キロぐらいでしょうか。吉祥寺に着いたところで別れました。長女は花瓶を買うそうです。私はいつもの場所で、ハムや肉類を買って帰りました。いつものお店ですが、置くものをすこし変えてきています。ローストビーフがありませんでした。
休憩し体力が回復してから、発表の準備。わかったことと、解明には時間がかかりそうなことと。
夜は、日本対バーレーン戦。ワールドカップの予選です。バーレーンにうまく対応されて苦労していましたが、後半に2点をあげて勝利。ワールドカップ行きを決めました。
次女は、今日は資格試験日。会社にとるようにと言われているものを順番にとっているようです。午後2時過ぎにでかけました。夕刻に合格したというラインがありました。
パソコンに向かって試験をうけ、すぐに結果がでるという感じのようです。
帰宅して夕ご飯を食べてから、まつげエステ。
ひとりで4時55分、室温12.8度。夜半に降り始めた雨が降っています。雨音がするので雪にはなっていません。午前中は降り続く予報となっています。午後は上がり、晴れてきます。特定教員勤務。
出かけるときに、傘を手にしました。しばらく歩いていると、みぞれが降ってきました。傘を開いてさしました。
7時42分武蔵境発の西武多摩川線。多磨駅を降りると、雪に変わっていました。半分とけかけた雪です。足元がびちゃびちゃでした。
大学前のコンビニで、おむすび2個、牛乳小1箱、オレンジジュース1箱、おやつ1個を買ってから545室へ。早朝の時間帯、研究講義棟にはほぼ誰もいません。たぶん総数で10名を下回っているのだと思います。
窓から外を見ていると、雪はどんどん降って、キャンパスが真っ白になっています。
春分の日のまえに、雪景色と思って外を見ていると、午前10時過ぎには雪がやみました。本日はインタビューなし。文献調査。
水曜日のお昼は、いつもとおり、パン屋さん。道路の雪はもうすっかりとけていました。ですが、雪からかわった雨が降り続いていたので、傘をさしていきました。大学からは200メートルぐらいでしょうか。
こちらもいつもとおり、生フランスパンのほか3個のパンを買いました。ペン類が足りなくなっているので、帰り、生協購買部によって、ペン3本、ノート1冊を購入しました。17時16分多磨駅発の電車でかえってきました。雨はすっかり上がっていました。
帰宅すると、次の本が届いていました。
E.M.フィリップス/D.S. ピュー『博士号のとり方[第6版]』角谷快彦訳、名古屋大学出版会、2018
ひとりで5時15分、室温11.9度。ちいさいちびはいつもとおり出かけました。
大学生の息子は午前中がなくなったそうです。午後3時ごろに出かけるそうです。10時前に起きてきて朝食。
夜に次の2冊が届きました。
『葬送のフリーレン』第14巻、小学館、2025
三村太郎『[新訂]数学の歴史⎯近代科学が生まれるまで⎯』放送大学、2025
ひとりで4時20分、室温12.1度。本日は晴れたり、曇ったり。深夜にも降っていた雨は上がっています。15度まで気温があがります。特定教員勤務。
午前7時30分前に家をでて、7時45分高尾行きの中央線。7時54分武蔵境発の西武多摩川線。いつもとおり。
大学前のコンビニで、おむすび2個、牛乳小1箱、カップ焼きそば1箱、おやつ1個を買って部屋へ。
この時期はほとんど人を見ません。
午前中1時間ほど、図書館で文献調査。本日のインタビューは2件。
1件目は、土曜日に最終講義をすませたという教員の方。原則、国費留学生の方を指導しているそうです。私は、在職中、あまり留学生の方と接することが多くなく、このあたりの話は新鮮でした。午後1時から30分ほど。
2件目は、イギリス留学中の教員の方。分野によっては、とてもうまくまわっている分野があります。そうしたハッピーな空間を続けられるようお願いしました。最後の方、息子さんが画面に顔をだして、ほっこりしました。17時16分多磨駅発の電車。3月15日から中央線のグリーンカー、有料になっています。乗っている人の数がうんと減っています。それはそうなるでしょう。
駅前のコンビニでお金をおろし、ルル4箱と冷凍食品3箱を買って帰りました。
妻はダウン中。大学生は、6時すぎに帰ってきて、6時半にまた出かけました。お昼に渋谷でちいさいちびに頼まれたアルバイトをこなしたそうです。大変だったとのこと。
ちいさいちびは、8時ごろ帰ってきました。
ひとりで5時25分、室温12.2度。 雨、冬の雨が降っています。 今日は最低気温4度、最高気温8度、ずっと雨です。明日は晴れてまたすこし暖かくなります。今日が最後の冬かもしれません。朝一番(午前10時前)で買い物。傘をさして吉祥寺へ。パルコ1階のパン屋さんでパンを2個。その後、アトレでお肉と野菜。そして、別のパン屋さんでパンを2個買って帰りました。
気温は低いですが、そこまで寒く感じませんでした。息子が「ブレンダー」を使うそうです。私の知らない世界。ばりばり使いこなすためには、高性能なパソコンが必要です。
ひとりで5時5分、室温13.1度。 今日の最高気温は11度と出ています。曇り。午前中に息子は部活、妻は歯医者さんにでかけます。
午前10時に買い物。お米を買うので、ちいさいちびの自転車で行きました。お米とジュース2本ほかあわせて15点の食品を買ったのでかなり重く感じました。
ちいさいちびは正午ごろに帰宅して、お昼ゴハン。
ずっと、発表の準備をしていました。
ピノー『百科全書』から。第3章「『百科全書』図版」
p. 99 図版のパターンを3つに分類しています。
1 テーマが図の全体を占めるパターン。
「外科学」の章の口絵。<馬術><デッサン><解剖学>で人間が描かれる場合の大多数。<鉱物学>で描かれる広大な農村風景。
2 扉絵(vignette)。上3分の1:扉絵=作業場の全体図。下3分の2:その作業で使われる道具の図。分解図。
3 道具類のみを描く。
なんといっても、2 が目立ちます。(工房)作業場の全体図+そこで使われる道具類、という組み合わせです。
訳語は「分解図」ですが、誤解を招くと思います。
ここは、鷲見さんの方がよい解説をしてくれています。
p. 661 2のパターンは、科学アカデミーの図版集が採用したものです。
職業ごとに一連の図版を用意。
最初の頁上部に仕事場の全貌を描く「挿画」(vignette) を提示し、次に挿画の下か、その先に、機械や道具を個別に描くやり方です。こうして、あらゆる機械が全体像、各部品、部品の組み合わせで示されました。また各操作が段階ごとに詳述されました。百科全書派もこの方法を無断採用したのです。
鷲見さんは、図版の解釈として、3人の先行研究をあげます。 (p.678)
(1) ロラン・バルトによるイメージ解読の試み pp.678-686
Roland Barthes, "Image, raison, déraison," L'Univers de l'Encyclopédie , Paris, 1964
バルトの議論を鷲見さんがまとめたもの。
『百科全書』は、本文と図版を別立てとすることで、図版巻において「オブジェの哲学」を実践した。万博がそうであるように、図版にも、「綜覧」(網羅する)と「展示」(見せる)という2つの役割がある。
見るのは、人間が加工して作りだし、カタログ化した品々。
そうした百科全書のオブジェは、3つの位相で見られる。
(1)「選別的位相」。 オブジェが文脈から切り離され、それ自体として展示される。 部品リストや操作の手順。
(2)「挿話的位相」。 オブジェが実生活の場面に収められている。職人たちが働く工房の現場全体を描く全体像。 製造所、店舗、アトリエ。
(3)「生成的位相」。 原料から完成までの生産工程を示す。
(1)と(2)を区別したのは、王立科学アカデミーの『技芸の詳述』(Description des Arts et Metiers)。『百科全書』は、それを模倣/継承した。
バルトが特に注目したのが、(3)「生成的位相」。鷲見さんは、バルトの議論をうけ、「手」に一節を当てています。
「2 図版のなかの「手」」 pp.720-727
p.721 図版4 第1巻「農業」の「綿」のなかの打綿作業 「綿」図版II (グーシエ(?)の監督と思われる) 「これまでもっぱら働く職人や労働者の全身像ばかりに付き合わされてきた読み手は、ここで突然物も言わずに働きはじめる左右の手にびっくりします。ディドロないし図版制作者グーシエ(?)の隠れた配慮があり、細かな神経をつかう現場職人の仕草を連続写真の要領で写し取っているといえましょう。」
p.722 漁業 「すくなくとも手が描かれた図版はすべてグーシエのオリジナルです。」
『百科全書』で「手」の働きを異常に強調して描いている一連の図版がある。「ゴブラン織り」「絨毯」「帽子商」「室内装飾業者」とう「奢侈産業」に関わっている。
p.725 ゴブラン織 の部分の担当者はラデル(「建築家、彫版師、装飾工」ということ以外素性はよくわからない)。全31枚中、12点もの手の画像が描かれている。
p.726 図版6 第9巻「ゴブラン横機タピスリー」図版XVI。ラデル素描、ベナール版刻。 図版7 第9巻「室内装飾業者」図版II。グーシエ素描、 ベナール版刻。(2) ジャック・プルーストの図版論 pp. 686-699
1969学会発表の論文集収録「『百科全書』図版における働く民衆のイメージ」。(鷲見さんの評価では、これを超える図版問題の総括は見当たらない)。
機械の解体と再構成という2つの運動。
図示の4つの方法。
1 断面図
2 寸法指示
3 コード化
4 運動の解体表現
コード化は、「対象の提示が言語記号に類するシステムで示される。舞踏譜や獲物の足跡など」と説明されます。鷲見さんは、ピノーは取り上げていません。
>>0317 ロラン・バルト「『百科全書』の図版」(1964)『新=批評的エッセー : 構造からテクストへ』花輪光訳(みすず書房, 1977),pp.29-51
バルトは4つの図を引用しています。
p.45 菓子屋 Batissier プルーストp.808
p.46 鉱山の誕生 プルーストp.280 Minérologie, 7th Collect., Pt. III
p.48 パン屋 プルーストp.808 Boulanger
p.49 血管叢の人間
バルトが手に触れているのは、pp.36-7 「『百科全書』の絵図の人間は何に還元されるか、絵図の人間の本質そのものは何か。それは手である。数多くの図版のなかで、身体から切り離された手が製作物の周囲を飛びまわっている。///これらの手はおそらく手工業的世界の象徴なのだ(ここではまだ、ほとんど機械化されていない伝統的な手仕事が問題となっていて、蒸気機関は伏せられている)。・・・しかし、手は、手工業を超えて、まさに人間の本質を宿命的に導き出す記号なのである。」
ひとりで4時10分、室温14.5度。昨日ほどではありませんが、18度まで気温があがります。 明日の最高気温13度、日曜日の最高気温9度。また気温が乱高下しています。
『化学史研究』第52巻1号(2025)目次 [論文]山中千尋「文部省科学研究奨励費―発足と初期の様相―」第52巻(2025): 1-19
[論文]林真理「日本における化学兵器人道論」第52巻(2025): 20-34
[SYMPOSIUM] Masanori Wada 「Historiography of Chemical Engineering in Japan 」第52巻(2025): 35-49
[解説]遠藤瑞己「Ursula Kleinのペーパーツール概念について」第52巻(2025): 50-55
[紹介] 渡部智博 「羽場宏光『新元素ニホニウムはいかに創られたか』東京化学同人、2021」第52巻(2025): 56-58
[紹介] 若林文高「山中千尋『日本学術振興会の設立に関する研究―櫻井錠二のめざした学術研究体制―』風間書房、2023 」第52巻(2025): 58-61
[紹介] 新井 和孝「青木歳幸・W.ミヒエル編『天然痘との闘いⅡ,Ⅲ,Ⅳ』岩田書店、2021-23 」第52巻(2025): 61-65
[告示]「次期役員選挙の結果」第52巻(2025): 66
午前11時前、買い物へ。西友で出来合いのサラダ、オレンジジュース、ナンを買ってから、駅前のケンタッキー。4オリジナルチキンと5ナゲットのセットとチキンフィレバーガー。私、妻、大学生のお昼ゴハンです。
帰ってすぐにお昼ゴハン。月末の発表のために、次の論文をコピーして読みました。
[論文]寺田元一「『百科全書』における化学」『化学史研究』第41巻(2014): 61-78
好論文です。勉強になりました。
p.12 右 『百科全書』研究の大家プルーストからの引用があります。
「化学は、なお一層失望させられる。第3巻において化学にあてられた24点の図版は、当時、とりわけ、実験室で見られる用品の一覧を示している。けれども、この貧弱な状態さえもが真相を伝えているのだ。これは、1763年における化学の真の状態、つまり奇妙で曖昧でヘルメス主義的言語、無秩序な経験主義、研究の一般的仮説がまったく欠如していることを視覚的に表わしている。程近い未来に良い成果が約束されている若干の実験が飛び出すはずの、親和力に関する当時の研究業績には、何のスペースも与えられていない。」
(49) : ジャック・プルースト監修・解説『フランス百科全書絵引』(平凡社、1985), p.236
寺田さんの指摘は次。『百科全書』は、affinite では立項していないが、「関係または親和力 Rapport ou Affinité」という形で項目が立てられている。
「だが、少し前までの『百科全書』研究者には、親和力が「関係(Rapport)」という項目で展開されているとは、思いも寄らなかった。」(p.13)
図版「化学」の冒頭は、化学実験室と親和力表(Laboratore et table des Rapport)に当てられている。
この親和力表は、もともとのジョフロワの16列9行のものではなく、19列9行のもの。3行増えている。
「このように『百科全書』は、親和力表を載せただけではなく、最新の研究成果を摂取してジョフロワの表を改訂してもいたのである。」(p.14) (ペパンによれば、ディドロはルエルを典拠にした。)
「その後、化学記号表を示す図版1−4が来る。これらには何の説明も付されていない。これがどこからとられ、どのような化学派と関係するかなどは、今後の研究課題と言えよう。」
次は、実験室の道具、窯、器物。
ルエルの用いている最新のものからリバヴィウス、ゲーベルという古いものまで雑多。
図版の最後は、リバヴィウスの『アルキミア』第2版(1606)の扉絵。「賢者の石の働きの象徴像」
「いずれにせよ、図版の解釈をめぐる問題はいまだに謎が多く、その解明は今後の研究に俟ちたい。」(p.75)
「総じて『百科全書』の化学には、(ドルバックのそれを含めて)シュタール派(+ベッヒャー)を継承する部分が大きいが、それにディドロ、ヴネル(そして彼らを通じてルエル)らによる独特の味付けがなされ、当時科学アカデミーや化学講義なので展開されていた同時代の化学--ジョフロワの親和関係表やニュートン派化学を含む--を集大成しようとしたものであった。」(p.75)
Christie Lehman, Gabriel-Francois Venel (1723-1775): sa place dans la chimie francaise du XVIII siècle, ANRT, 2008
Francois Pépin, La philosophie expérimentale de Didrot et la chimie, Paris, 2012
Christie Lehman et Francois Pépin La Chimie et l'Encyclopédie Corpus 56 (2009)
>>気になるので、親和力表だけでも特定しようと試みました。
Verwandschaftstafel というドイツ語のものに一致すること見出しました。
Torbern Bergman の写真の隣あわせのものもあります。ですが、 Bergman のものではないようです。
ドイツ語の著作であることは間違いないのですが、具体的に誰の本からとったのかは特定できていません。
>>本棚から本を引き出しました。
ルヴィアさんの『親和力と物質』。これは、主に19世紀を扱っています。18世紀の親和力の概念を追ったものではありませんでした。
M. Kim, Affinity, that elusive dream, Cambridge, Mass., 2003
この本には図がありました。p.200 でこの図を掲載した上で「ディドロの『百科全書』におけるルエルの親和力表」というキャプションをつけています。
コラムを19にしたのは、1730 のグロッセのようです。完全に一致するわけではありませんが、『百科全書』は百科全書のものを微修正したものであることは確かなようです。寺田さんの論文から、プルーストや先行研究の多くが見落とした項目に「フロギストン」があります。「フロギストン」は項目としては立てられていないが、全部で267回(寺田p.64)百科全書に登場するとあります。
「『百科全書』全体で見れば、フロギストンは新しい化学の説明概念として非常に重要な役割を果たしている。」(p.64)
ただし、寺田さん自身がフロギストンがどう利用されているかの分析は、この論文ではしていません。プルーストの現実の邦訳は次。
冒頭部分「『図版集』における科学の役割はささやかなもので、この点に関しては、百科事典その自体の極度の豊かさを説明してくれていない。反対に、そこには戯画化されるまでにゆがめられた科学の欠点が見られ、このことは、これら図像の解読をなお一層真相を伝えるものにしているかもしれない。」
「『図版集』の科学の部分は、私が今しがたその素描を試みた全貌を反映しているどころではないのだ。なるほど、この全貌においては、すべてが必ずしも図像に移し替えられないものだった。例えば、そこにはモンペリエ学派の業績はなにひとつ見いだせない。第1巻に収録された「解剖」の33点に及ぶ図版[286-294ページ]は、タランの記述解剖学の項目を例証するために自ら集められたものであるけれども、図版は独創性を目指すものではない。これは、医学生なら誰しもが学ばねばならなかった古典的および現代の著者、すなわち、ヴェサリウス、アルビヌス、エウスタキョ、デュヴェルネー、ドレーク、ヴィユーサンス、セナック、クルム、グラーフから取った学生用の出来のよい選文集である。タランの好みの参考書は、ハラーで、1752年には彼の『生理学要綱』を自ら仏訳していた。」
「化学は、なお一層失望させられる。第3巻において化学にあてられた24点の図版[344〜350ページ]は、当時、とりわけ、実験室で見られる用品の一覧を示している。けれども、この貧弱な状態さえもが真相を伝えているのだ。これは、1763年における化学の真の状態、つまり、奇妙で、曖昧で、閉鎖的な言語、無秩序な経験主義、研究の一般的仮説一切の欠如を視覚的に表わしている。程近い未来に良い成果が約束されている若干の実験が飛び出すはずの、親和力に関する当時の研究業績には、何のスペースも与えられていない。たしかに、まだ何人もの化学者たちの頭脳を曇らせていた錬金術的な夢想には、なおさらのこと、なんのスペースもさかれていない。」
ひとりで5時、室温14.8度。 暖かい。午前中は晴れ、午後は曇り。確定申告。
ずっとさぼっていた確定申告ですが、ひとりになってから着手することとしました。
まず、医療費。私、妻、ちいさいちび、息子のうけた医療の領収書の整理から。今年は、妻がインプラント工事をしています。それが大きい。私は定期的に歯医者さんに通っています。ちいさいちびは1月から3月のあいだに病院に一度行っていますが、額が小さいので2024年度分としては取り上げないことにします。
エクセルにまとめました。
それから国税庁のサイトに行って、確定申告の入力をはじめました。
生命保険料(息子の大学の生協によるもの。入学時に加入しています)のところで躓きました。「源泉徴収票が誤っている可能性があるので、支払元に確認してください」という表示がでて、先に進まなくなりました。
私の目では、源泉徴収票にある数字をそのまま入力しています。繰り返しましたが先に進めなくなったままです。
諦めて、大学の事務に、出てきた表示を送りました。
その時点で、昼食を先にとることとしました。冷凍ご飯を炒めてもっとも簡単なチャーハンにし、昨日残っていた豚肉もごくかるく味付けをして炒めました。
そう簡単に返事をくれるとは思っていませんが、食べ終わっても反応なし。
昨日任意継続の通知書(掛け金を1年分前払いしてください)が届いています。去年とまったく同じ金額です。
ちょうどよいので、駅前の銀行に行って、先に支払うこととしました。
そのあと、西友のなかのパン屋さんで朝食パンを3袋買い、西友でお菓子類を買って帰りました。シャツの上にスーツという格好で出かけました。
帰宅しても、返事はまだです。録画してあったドラマを見ることとしました。4話連続もので、2話まで見ています。
第4話の中頃に達したころ、電話がありました。メールでの質問に対して、電話してくれました。記入する場所が違うのでは、ということでした。欄の作り方が間違いやすい作り方となっていました。これはあり得るミスです。
記入する欄を変更すると問題なく、動くようになりました。
今年は、源泉徴収票を本務校の大学で3通、非常勤先で2通、それから公的年金で2通、個人年金で1通もらっています。人生の最大数です。
最初の源泉徴収票以外には難しいところはありません。スムーズに進みました。
さて、医療費。以前は紙にまとめて出していました。その方式をやめたようです。
私であれば、かかっている歯医者さんの2024年の間の費用をまとめて記入してよいとあるので、ネットでその方式で記入しました。私と妻は、それぞれ別々の歯医者さんに回数通っていますが、同じ歯医者さんに通っています。それぞれ1回の入力ですみました。息子はバラバラですが、まあ、それぐらいは仕方がない。
今年の確定申告では注意、とあらかじめ言われていた「定額減税」の部分もちゃんとできています。
再スタートしてからは1時間ぐらいで書類が出来上がりました。 pdf をプリントアウトし、マイナンバーカードのおもてうらをコピーし、プリントアウトして書類の指定の場所に貼り付けました。
送付先住所をハサミで切って封筒に貼り付け、必要書類をクリアーファイルにいれてから封筒に収めました。
投函は明日でも良いのですが、これも終わらせることにしました。出来上がった封筒をもって、郵便局に行き、係の方に渡しました。
これで令和6年(2024年)分の確定申告は終了です。
けっこう気持ち的に重荷だったのですが、終了して楽になりました。花粉症がきたー。
花粉症対策は2月から、ということで、今年はヴァレンタインデーの頃から薬を飲んでいます。ずっと花粉は感じるけど、症状は軽症ですんでいました。
しかし、今日の気温。5月上旬の気温だそうです。20度に達しました。
一気に花粉症がやってきました。鼻水と目の痒さ。軽い頭痛までやってきました。
我が家は全員重い軽いの差はあれ、花粉症です。ちいさいちびが私と同じ状態でした。帰宅して叫んでいました。
ひとりで4時、室温13.9度。 かなり暖かい。 今日も昼さがりから、時間雨量1ミリの雨が降り続く予報となっています。 明日は晴れて最高気温21度!の予報。いきなり春本番です。特定教員勤務。
後期日程入試の日ですが、勤務します。事務の方はそうしているのだそうです。通行証はもらっていますが、部屋のなかでおとなしくデスクワークをしています。
午前7時30分に家をでて、7時45分高尾行きの中央線。7時54分武蔵境発の西武多摩川線。いつもとおり。
大学前のコンビニで、おむすび2個、牛乳小1箱、オレンジジュース小1箱を買って部屋へ。研究講義棟の入り口では、事務の方々が今日の入試に向けて打ち合わせをしていました。午前中にオンラインでひとり院生のインタビュー。社会人体験者の方でした。前にいっしょに仕事をした方が指導されていた院生でした。
外語の後期日程の入試は、午後10時から正午までの2時間です。12時半ごろにはすべて終わるはずです。
12時40分頃外にでました。昼食をもとめる先生方が行き来する姿がみえました。
これもいつもとおり、パン屋さんで、生フランスパン一個、昼食パン1個、おやつパン1個を買って帰りました。雨はまだ降っていませんでした。午後2時に、1件、先生のインタビュー。インタビュー終了後、しばらく雑談をしていました。
午後のインタビューを始めたころに、雨が降り始めました。しっかりとした雨脚の雨です。17時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。久しぶりにしっかりした雨のなか傘をさして帰ってきました。
午後6時半ごろ、ママ食堂におおきいちびがきました。持って帰る食料品が数点あります。7時過ぎにちいさいちびも帰ってきて、久しぶりのにぎやかなガールズトーク。よくしらない映画の悪口で盛り上がっていました。
ENCCRE: 電子批評校訂版『百科全書』 を使ってみました。素晴らしい。よくできています。
シカゴ大学出版会『百科全書』 ARTFL Encyclopédie 2017年にリニューアルされたそうです。こちらもたいへんよくできています。
たとえば、"chymie" で検索すると、"CHYMIE ou CHIMIE ・Chimie ・ Venel ・ page 3:408" というような検索結果が21個示されます。化学の関係する項目です。最後は図版が示されます。
"Rapport ou Affinité" だと、"RAPPORT OU AFFINIÉ ・ Chimie ・ Venel ・ page 13: 797" と上記の"CHYMIE" の項目の2点が表示されます。
ひとりで5時5分、室温12.6度。 今日は曇りで最高気温14度、明日も曇りで最高気温17度。富山からカニが届きました。すごい。全員大喜び。
正午頃、買い物に。ワイズマートで14点の食料品を買って帰りました。
雨の予報はなかったのですが、朝方も夕刻にもわずかに雨が降りました。傘はほとんどいらないぐらいの微雨でした。
妻の目覚ましによって5時30分、室温10.6度。 10度台に戻りました。特定教員勤務。
午前7時30分に家をでて、7時45分高尾行きの中央線。7時54分武蔵境発の西武多摩川線。いつもとおり。
大学前のコンビニで、おむすび1個、牛乳小1箱を買って部屋へ。今日はほんとうに誰もいません。明日は入試の準備で研究講義棟が封鎖されます。お昼休みには、生協で昼食。担々麺。購買部で『中央公論』『文藝春秋』の2025年4月号、おやつ1個、ペン1本を購入。
図書館で次の本を借り出しました。図書館員を除き、私以外には人が見当たりませんでした。
桑原武夫編『フランス百科全書の研究 : 1751-1780』(京都大学人文科学研究所報告)岩波書店, 1954
ジャック・プルースト監修・解説『フランス百科全書絵引』平凡社, 1985 (禁帯出)
島尾永康編・解説『ディドロ「百科全書」産業・技術図版集』朝倉書店, 2005
山部恵造, 山部美登里『フランス百科全書と技術学 : 「もの造り」の名誉回復と大革命』けやき出版, 2009
鷲見洋一『『百科全書』と世界図絵』岩波書店, 2009
井田尚『百科全書 : 世界を書き換えた百科事典』慶應義塾大学出版会, 2019今日のインタビューは、午後2時からオンラインでM先生。PCS のことを伺いました。知らないことばかりでした。
17時16分多磨駅発の電車で帰途。武蔵境で下車して、お金をおろし、いつものパン屋さんで朝食パンを1袋買いました。それから奥のミニワンで3袋を購入。
中央線のグリーンカー、2度目、席に座ってみました。2階席。前回は地下席でした。高さが違えば、見慣れた風景がすこし違って見えます。2号のゲラが届いていました。
おおきいちびがママ食堂に一時帰宅しました。すこし荷物をもって帰りました。ちょうど帰ってくるちいさいちびと出くわしたようです。
ひとりで7時35分、室温9.1度。 雪は積もっていません。晴れています。外気温は3度。今日からはもう春という気温です。午前9時半頃、外出。コンビニで息子の3ヶ月定期代をおろしてから、ワイズマートへ。お米を含め10点の食品を買って帰りました。好天。日差しはもうすっかり春です。
お昼頃、また軽くお腹をくだしました。原因等は不明です。
確定申告は後回しにして、3月末の発表の準備をしました。
ひとりで6時30分、室温8.8度。 外気温は2度。今日は午前中ずっと曇りで、午後遅くに雨から雪に変わります。 2週間天気によれば、最高気温6度で、最後の冬日。外出せず、ずっと家にいました。
朝方お腹をくだしたのですが、なおってから、科研最後の発表の準備に着手しました。
ひとりで6時15分、室温10.8度。 今日は晴れますが、北風が強い。最高気温予報も10度なので寒い1日になりそうです。妻は朝一番で、長女のところにお米を届けました。リュックサックに背負っていきました。
午後2時に買い物に。コンビニでお金をおろしてから、ワイズマート。18点を購入。
夕方、妻の確定申告を試みました。妻ははじめてです。私のパソコンを台所にもっていってサファリを起動して行いました。妻の場合、スマホからマイナポータルにアクセスできます。e-Tax でおこなうこととなりました。
過去の源泉徴収票もあります。2024年分をすませたあと、過去のものも行いました。
終わってほっとして入浴中に、年度をみていないことに気づきました。風呂からでて、データをみてみると、全部令和6年度で入力したことがわかりました。
妻が風呂から出てくるのを待ってやり直しました。最初は苦労しましたが、2回目はわりとスムーズにいきます。
ちなみに私の確定申告は明日にします。なれない書類の処理には、特有の緊張感があり、疲れます。夕刻に、めざまし時計が届きました。スマートウォッチをずっとつけていましたが、接している腕の3点に低温やけどがみられます。かゆみがあります。ということで、夜の間は、はずすことにしました。でも、老齢者なので、夜に目覚めたときに、時刻を知りたいと思い、めざまし時計を買ったものです。
電波時計です。電池をいれるとわりとすぐに電波をキャッチしてくれました。
ひとりで6時、室温11.9度。 室温、かなり戻しました。 外気温は9度。今日は曇りで最高気温12度の予報です。週間天気をみると、明日は晴れるようですが、曇りや雨が多くなります。冬が終わったしるしでしょうか。晴れマークは、明日の7日と10日(月)だけです。あとは、曇りと雨マーク。土曜日にはときどき雪というマークがついています。午前10時半前に買い物に。お米を買うので、ちいさいちびの自転車でいきました。お米の他に13点の食品を買って帰りました。
鷲見洋一『編集者ディドロ:仲間と歩く『百科全書』の森』平凡社、2022 の第8章第9章を読んでいました。3月末の科研費の研究集会で発表します。
ひとりで5時50分、室温8.7度。 外気温2度。地面には積雪なし。車のボンネットとかには積雪がみられます。雨量0の雨。特定教員勤務。
いつもより1本前の電車で行くことにしました。7時15分に家をでて、7時42分武蔵境発の西武多摩川線。
大学前のコンビニで、おむすび1個、小牛乳パック1個を買って部屋へ。
わずかに雪の残っているところを見ることができましたが、もう雨に変わっています。夕方まで降り続く模様です。今日はインタビューはなし。文献調査をしました。国費留学生について調べてみました。知らなかったことがいろいろわかりました。
国費留学生全体のうち、博士課程の学生が50%をキープしているそうです。そこまで多いとは思っていませんでした。
また博士課程の留学生のうち、国費留学生が20%前後を占めます。
これだけ多いと、ひとつの集団として分析する必要があります。ネットにそういう論文が上がっていました。お昼は雨のなか、パン屋さんに行きました。生フランスパン1個、昼食パン2個、おやつパン1個を買ってきました。
午後4時ごろ、事務の方が、入試の際の通行証を届けに来てくれました。今日は面接をやっていたそうです。
17時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。雨は止んでいました。駅前のコンビニで息子の合宿費をおろして帰りました。
帰宅すると次の本が届いていました。
ルートヴィヒ・ボルツマン『気体論講義(下)』稲葉肇訳、岩波書店、2025
ひとりで6時、室温10.6度。古い木造家屋のこの家は断熱性能は高くありませんが、0ではありません。昨日は気温がうんとさがりましたが、10度台を保っています。
外は曇り、気温2度。日が暮れるあたりから雪の予報。今日は家に閉じこもり。
予報とおり、夕刻から雨/雪。テレビでは雪の舞っているシーンを映していますが、杉並はみぞれでしょうか。日が変わると雨ということなので、この地に雪は積もらないようです。
ひとりで5時15分、室温15.8度。 昨日の暖かさが残っています。外気温は10度、雨。ここから気温はどんどん下がります。午前11時には1度、午後は雨のまま2度を維持します。おお、なんという日でしょうか。この冬一番寒い。特定教員勤務。
久しぶりです。
傘をさして、午前7時半前に家をでて、7時45分高尾行きの中央線。7時54分武蔵境発の西武多摩川線。
大学前のコンビニで、おむすび2個、牛乳小1箱、カップ麺2個、おやつ1個を買って、545室へ。ほとんど人はいません。
博士課程学生の面談日なので、時間がたつと、すこし人は来るのではないかと思われます。どのぐらいが対面で、どのぐらいがオンラインか、把握していません。午前11時に春名先生。4月から次期学長に就任されます。就任前にと思い、インタビューをお願いしました。通常のインタビューが終わってから、情報交換。有意義な情報交換が行えたと思います。
正午ごろに、生協に行って、昼食。味噌ラーメン。事務のHさんと教員のH先生がいらしたので、挨拶だけしました。
生協への行き帰りでは雨。午後1時とか2時とかそのあたりに雪が舞い始めました。たぶん積もらないでしょうが、雪が舞っているのを久しぶりに見ました。
午後のインタビュー、1件は体調不良により延期です。もう1件は、午後3時から。
O先生。春から、私が昔つとめていた副研究院長の仕事をされます。やはり通常のインタビューのあと、私の仕事に対しての情報提供をしました。大学にとっては厳しい情勢という認識を共有しました。傘をさして帰途。多磨駅17時16分発の西武線。三鷹駅で駅ナカのミニワンによって朝食パンを3袋買い、黄色い電車に乗り換えました。
西荻窪の駅に降りたときには、雨は止んでいました。帰宅すると妻が帰っていました。夜になって、研究倫理教育「eAPRIN」を受講していないので、至急受講するようにというメールがきました。退職したのでよいのかと思っていたのですが、科研費は最終年度として受け取っています。諦めて、受講することにしました。「テキスト」を読み、そのあと「クイズ」という名前のテストを受ける形式です。テストは80点を取るまで、何度でも受ける必要があります。退職後も試験を受けることがあるとは思っていませんでしたが、これもまあ、お金をもらっている以上仕方ないのかもしれません。
「テキスト」の量、全部(6単元あります)でちょっとした新書に匹敵します。3時間近くかかりました。
点数ですが、最初は60点。不合格なので、すぐに同じ単元を受けて、80点。かろうじて合格。2単元目からはしっかりと「テキスト」を読むようにしました。その後は、ほぼ100点でしたが、とくに最後から2つ目の単元は、うおー、ながい、と感じました。いろんな分野ごとの差を事例をもとに紹介しています。
必要性は理解しますが、年金生活者にはなかなかにきつい修行でした。
就寝がいつもより2時間あととなりました。嗚呼!
ひとりで4時、室温14.8度。 室温、かなり上がりました。ここから週明けに急降下します。午前10時過ぎ、外出。コンビニでお金をおろしてから、ワイズマートで16点の食品を買ってきました。
頼まれた推薦状をなんとかしあげました。夜になって、送り出しました。
ひとりで4時40分、室温13.0度。 外気温は6度。最高気温は19度まで上がる予想となっています。週明けの月曜日は、雨か雪、火曜日は最高気温5度で雪の予報、水曜日は雨の予報です。気温が乱高下します。2月28日、科研費の採択結果が発表されたようです。
神戸大学の田中さんを中心にまとめた我々の申請書、不採択ということでした。残念! 仕方ありません。捲土重来を目指すかどうかは、3月下旬に開かれる現科研費の研究集会最終回で話しあうこととなります。長女の新居、J-COMさんの工事が今日の午後(3時〜6時)で予定されています。ずっと妻が立ち会うということになっていたのですが、物干し竿をどうするのか妻と話し合っていて、妻が我が家の物干し竿4本のうちの1本をもっていけばよいという解決策を思いつきました。
電車で物干し竿を運ぶのは妻には難しいということになって、急遽、私が行くことになりました。もともと妻が用意していた荷物に加えて、私がもっていってやろうと思っていたHDに同軸ケーブルをカバンにつめ、2メートル強の物干し竿を持って家をでました。
物干し竿は前のところにも持っていってやったことがあります。混んでいる電車ではないので、なんてことはありません。
2時半ぐらいにおおきいちびの新居につきました。おおきいちびは午前中仕事をしてきています。つかれたー、眠い、と言っています。
工事を担当する方からおおきいちびに、3時半から4時半のあいだに伺いますという電話があったあと、横になって寝てしまいました。
工事の方は、3時45分ごろに来てくれました。おにいさんがひとり。J-COMネットだけの工事なので、私は10分程度で終わるのではないかと思っていたのですが、実際には30分程度かかりました。回線の調整作業に時間がかかったのではないかと推測しています。おにいさんに話を聞いたわけではないので、これは私の想像です。
荷物を運ぶためにもっていったスーツケースが空になっています。引っ越しのゴミをスーツケースとカバンにつめて、帰ってきました。
4月上旬の気温というのは、けっこうなものです。冬のコートがすこしあつく感じました。合宿に行っていた大学生は午後6時ごろ帰ってきました。こちらもつかれたー、と言っています。あんまりよく眠ることができなかったそうです。二十歳前後の大学生が大勢集まって合宿をすると、日付を超えても遊ぶ子はどうしてもでてきます。その音であまりよく眠れなかったそうです。
大学のゼミの同窓会に出ていたちいさいちびは、午後9時半すぎに帰ってきました。もこもこの服を着て行ったのですが、やはりすこし暑かったそうです。
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