ひとりで5時5分、室温24.6度。66歳になりました。おお!
ひとりで3時40分、室温24.9度。 そろそろ夏の格好を終える時期かもしれません。 今日はずっと曇りで、19度〜23度。今月は久しぶりに100枚突破。
ドジャーズ最終戦。対ロッキーズ。日本時間午前4時開始。
大谷は、4打数1安打1盗塁。54-59。2冠はほぼ確定。
本塁打54本、打点130点、打率0.310、盗塁59、出塁率0.390、安打197。
長打率0.646、OPS1.036、長打数99、WAR9.2 。65歳、最終日。
妻は7時に出かけました。
おおきいちびは7時半に出かけました。
ちいさいちびは9時過ぎに出かけました。
大学生は10時15分ごろ出かけました。2学期は明日からですが、説明会のようなものがあるようです。いよいよ実験が始まるようです。 白衣を購入するのだそうです。
ということで、本日は私が一人でお留守番。昼食を11時過ぎに食べてから、買い物。ワイズマートへ。果物類を中心に、十数点を買って帰りました。帰り道、微雨。雨量としては0の雨が降っていました。
午後3時ごろ、郵便が3点届きました。
1通は、杉並区保健所から、「高齢者インフルエンザ予防接種・新型コロナウイルス感染症予防接種『予診票』在中」と題する大きな封筒。
わかっていても、なにかちょっとショックです。
1通は、ソニー損保からの「契約内容のご案内」です。住居の火災保険(地震保険を含む)です。
最後の1通は、東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 からの 明日から始まる学期の授業案内です。 今年はもう紙での通知はやめたのかと思っていましたが、直前になって届きました。
やめるつもりだったのが、非常勤講師全員にきちんと連絡が行っているのかどうか心配になって、昔ながらの郵送もすることになったのでしょうか?
ひとりで7時25分、室温25.2度。 週間天気によれば、今日、明日、明後日、と3日続けて、終日曇り。昨日と同じです。 10月2日と5日に晴れマークがついて、最高気温31度の予報。 暑さがまだまだ舞い戻る日があります。もうすぐ66歳、まだ65歳。
今日は、私と息子で留守番。
ちいさいちびは、午前10時ごろ遊びに出かけました。
妻は歯医者さん。午前11時ごろ出かけました。
おおきいちびはしばらく悩んでいましたが、妻の誘いに乗って、お昼過ぎに外出。温泉に行くと言っています。
ひとりで5時55分、室温25.6度。 週間天気によれば、今日、明日、明後日、と3日続けて、終日曇り。10月に入ると晴れて気温が上がります。予報は曇りでしたが、晴れました。
大谷、すごすぎて、表現する言葉を失います。ドジャーズ対ロッキーズ戦、54号、57盗塁、を含み、5打数4安打4打点1盗塁。
午後3時前、買い物に。野菜と果物を中心に10点近くをワイズマートで購入。おおきいちびがほしいと言ったチョコレートケーキはなかったので、帰り道のコンビニで探しましたが、やはりなし。そういうときもあります。これなら代替できるかもというものを3点買って帰りました。
[田中一村]
大学生の帰りが遅くなります。E-テレの「田中一村特集」を見ながら、待っていました。日本画家、ほとんど知らないのですが、思わず見入ってしまいました。すごい絵を残してくれました。
夜のE-テレ、けっこう面白い番組があります。ふだんは寝ている時間ですが、起きていないといけない理由があるときには、見ています。
上野の東京都美術館で、9月19日から12月1日まで、「田中一村展 奄美に光 魂の絵画」が開かれています。
ひとりで6時25分、室温25.5度。 今日は雨、午前8時ぐらいからずっと雨の予報。 午前7時前、新聞をとるために玄関を開けるともう弱い雨が降っていました。
最高気温は24度の予報。
年金のハガキ(「加給年金額対象者に係る届出」)を出すために、8時半ごろ外出。微細な雨。傘はさしませんでした。郵便局で葉書を投函してから、駅前のコンビニに。お金をおろして、新聞代金を支払いました。
これまでは、翌月4日支払い期限でした。それが「経営上の都合により」月末までの支払いに変更したと通知にあります。 いよいよ、ちょっと危ないのではないでしょうか。[浴室 天井埋込形換気扇 交換]
9時前に家に戻ると、家の前に脚立をもった職人さん。うちですか? と尋ねると、9時の約束だけど、換気扇をもった方がまだ見えないのだそうです。
たぶん、それから5分ぐらいで業者の担当者の方がダンボールにはいった天井埋込形換気扇をもってきてくれました。
おふたりを浴室に案内し、よろしくお願いします、といって任せました。
どんなに長くても2時間と思っていましたが、約30分で終わりました。職人さんは、天井裏の掃除もしてくれました。20年以上さわっていないので、ごみもたまるでしょう。
古いものは、鉄製だったので、さびたのでしょう、ということです。新しいのは鉄製ではないそうです。型番は、おそらく、Panasonic FY-24CB です。取説には、バリエーションが16点記載されているので、正確にどれというのがわかりません。たぶん、主要部は同じなのでしょう。
2時間ほど試運転しましたが、前のものより、音がずっと静かです。
ひとりで4時20分、室温23.3度。
早朝のうちはどんよりした曇り空でしたが、妻が出かける頃にはすっかり晴れていました。今日はすこし暑くなるようです。妻は7時に出かけました。
ちいさいちびは、朝一番で会議があるそうです。8時45分に出かけました。
大学生は部活。8時50分ごろ出かけました。
おおきいちびは、9時前に出かけました。9時を過ぎてから、外出。まず、郵便局。昨日印刷した最後の入稿を出しました。
それから銀行。記帳。夏の電気代がそれほどまでではなくて、ほっとしました。
次に西友、パン屋さんで朝食パンを買って、西友本店で食料品を調達しました。昨日よりは暑く、むしむしします。来年度のMMA(そのときには、もう東京科学大学です)の授業スケジュールがきました。
8月4日(月曜日)から7日(木曜日)となっています。これまでは、8月末でした。上旬に繰り上がりました。
医療思想史というタイトルで、一日に2コマ、四日連続で1単位の集中講義です。夕刻に次の本が届きました。
富永京子『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史:サブカルチャー雑誌がつくった若者共同体』晶文社、2024
富永京子さんは、研究資金を獲得して、「『ビックリハウス』全号の紙面をテキスト化してコーパス分析」(p.310)されています。すごい! 研究資金も科研費を含め、全部で10箇所から得ています。それもすごい!
「私は社会科学の単独研究プロジェクトとは思えない額の資金を調達し、2019年度から『ビックリハウス』のテキスト化を開始した。それまで勤めていた職場を辞め、専属の研究補助者として関与くださった戸井珠美の尽力が、約1000万語にわたるテキスト化を実現させた。」(p.311)
妻の目覚ましによって5時10分、室温23.3度。 どんよりとした曇り空。雨マークはついていません。 週間天気によれば、明日だけ最高気温が30度に達しています。そして金曜日は終日雨の予報。我が家の仕事、昨日に同じ。
妻は7時に出かけました。
おおきいちびは、7時半過ぎに出かけました。
ちいさいちびは、9時過ぎに出かけました。
大学生はオンライン授業。10時から始まり、4時ぐらいまで。4時前にバイトに出かけました。帰りは雨の可能性があります。4号の最後の原稿を印刷所に送りました。
長女のトラブル、状況もすこしみえてきました。
妻の目覚ましによって6時、室温23.8度。室温がずいぶん下がりました。一気に秋がきました。再稼働。女性陣は仕事にでます。大学生は、オンラインの授業に変わったそうです。今日と明日の集中講義。10時から午後6時まであるそうです。
午前10時半過ぎ、ワイズマートへ。気温が下がって歩いています。食料品を10点購入して帰ってきました。
家には私と息子の2人なので、息子の昼食を中心に買い物をしてきました。次の本が届きました。
山本明『カストリ雑誌研究⎯⎯シンボルにみる風俗史』中公文庫、1998(もと、出版ニュース、1976)長女のトラブル、原因がみえてきました。
ひとりで5時10分、室温25.5度。 外は、21度。 最高気温は29度の予報。
朝のうちは、まだ曇り空。秋分の日の振替休日。
おおきいちびは仕事、午前中だけです。
ドジャーズ対ロッキーズ戦、大谷、53-55 到達。 55-55 ありそうです。なんと。
今永、15勝目。15勝3敗はすごい数字です。[散歩日和]
やっと外を散歩できる気温になりました。
午前10時過ぎの買い物も久しぶりに歩きました。約10点の食料品をワイズマートに行って調達してきました。午後2時過ぎ、阪神対巨人戦が始まってしばらくしてから、本格的散歩に。昨日、妻とおおきいちびが前に住んでいたアパートを探しに行って見つけられなかったと言っていました。ちょうどよいので、吉祥寺にむかう高架下に夏にできたという「シャトレーゼ」を見たあと、前に住んでいたところを訪ねてみることにしました。
曲がり角にお茶屋さん、昔桃畑だった場所に医療施設が建っていました。
おおきいちびが生まれたとき住んでいたアパートは、昔のまま、存在していました。
せっかくなので、五日市街道にでて、その前に住んでいたアパート、私が院生後期から10年間以上住んでいたアパートも訪ねてみました。おお、新しいきれいな建物に変わっています。昔は、大家さんとアパートの間が駐車場でした。駐車場をなくして、2棟の新しいアパートに変わっていました。
そこから昔通っていた銭湯も見に行きました。都内の銭湯は絶滅危惧種です。その銭湯はちゃんと残っていました。周辺に風呂なしのアパートがけっこう残っています。楽な商売ではないのかもしれませんが、頑張ってもらいたいと思います。
歩いていても、一昨日までのような暑さを感じません。散歩はじめとしては、5千歩を歩いてみようと思いました。すこしおおまわりに、街を歩いてみました。更地が一定割合であります。たぶん、都会では、いつもこのぐらいの割合では更地があるのかと想像します。
5千歩の散歩は、約1時間、3.5キロぐらいなんだそうです。私の場合、1時間ちょいで5千歩を超えました。それで帰宅。[聴力]
おおきいちびが雑踏のなかや混んでいるお店のなかだと、人の声が聞こえづらくなったと言います。耳年齢のサイトで、20代(19000ヘルツ)が聞こえないだけではなく、30代(17000ヘルツ)も聞こえない/わずかにしか聞こえないことにびっくりしていました。
家族全員で、耳年齢のサイトで検査してみました。注意:診断用の聴力検査ではありません、とありますが、目安にはなるでしょう。
大学生の息子を含めて、だれも、20代(19000ヘルツ)を聞くことができませんでした。
一応、家族で達した仮の結論が、いまどきの若者は、かなりの割合でイヤホンをしていて、耳が悪くなっている、というものです。
今時の子どもが、スマホ等によって、昔と比べ視力が落ちているのと同じ状況が聴力にもあたはまるのではないかという仮説です。
もちろん、私は、50代(12000ヘルツ)の音は聞こえませんでした。こういうのは調査をしてみないとわからない事柄です。1万ヘルツは聞こえます。
視力の落下は自分でわかります。聴力の落下は自分では気づきません。
聴力と同じような能力には何があるでしょうか?
ひとりで5時45分、室温27.0度。 秋分の日。やっとすこし涼しくなりました。 午前中は曇り、時々雨、午後は曇り、最高気温は30度の予報。午前10時の時点で、室温25.8度。雨は降ったり、止んだりです。
秋分の日に、やっと秋らしい気候。最高気温、そこまで上がりませんでした。
ひとりで5時40分、室温28.3度。 秋分の日を前にして、この室温。
週間天気によれば、最高気温の推移は、21日(土曜日)34度、22日(日曜日)31度、月曜日28度、火曜日25度、水曜日24度です。その後、30度を超える日はありません。秋分を過ぎて、やっと、秋、というところでしょうか。午前10時過ぎに外出。コンビニで国保を支払いました。ついで、ダイソーに行って、洗濯用品3点と掃除用品4点、次にワイズマートで食料品6点。
帰ってきて、11時からドジャーズ対ロッキーズ戦。大谷、記録更新、52-52達成。高めのボール球をホームランにしました。他の選手には難しい打ち方でした。ちいさいちびは11時半ごろ、大学生は日付が変わって12時半ごろ、帰ってきました。
ひとりで5時30分、室温27.0度。起きてすぐに、ドジャーズ対マリーンズ。おお、大谷、50-50 達成。2盗塁に2ホームラン。
と思ったら、3連続ホームラン。おお、おお、なんという日でしょう。ことばがありません。
ということで、51-51、も達成。ちびどもはいつも通り、仕事。
午前10時過ぎに、外出。近くのコンビニでお金をおろし、スイカにチャージしてから、ワイズマート。私と妻の昼飯を含め、10点近くを購入して帰りました。
大学生は、午前11時に昼食、12時ごろ、ライブの準備&練習だそうです。今回は手伝いが主だそうです。
ひとりで3時50分、室温27.5度。 午後に雨の予報。[総合研究博物舘]
午前中に、総合研究博物舘を訪ねます。
約束は、10時25分。本郷までは約1時間。9時25分ごろ家をでました。御茶ノ水乗り換え。東京医科歯科大学、ずっと工事をしていた新しい病棟が出来上がっていました。湯島の敷地にはもうびっしり建物がたっています。
現地について、午後10時5分過ぎ。こんなにはやくつくとは思っていませんでした。待ち合わせまでの時間、博物舘のなかを見学してみることにしました。
昔一度見に来た記憶があります。
展示は、けっこうほかとは違います。なかなかに面白い。
約束の時間の少し前に外にでました。橋下さん、河野さん、藏田さんは入り口のところで集合されていました。藏田さんが札幌駅のマーメード像のことを教えてくれました。すぐに、久保さんも合流。久保さんは忙しいようです。お昼過ぎには別の仕事が待っているそうです。
私たちは、バックヤードといえばよいのか、研究所の方を訪れます。資料整理室のような部屋に藏田さんが案内してくれました。清水さんが待っていてくれました。
まず、標本保管庫を案内してくれました。植物標本は、マイナス40度の冷凍室に入れてから、標本室に移すそうです。バクテリアは死滅しないが、それで虫をなくすそうです。
標本保管庫は、バクテリアが活動しない温度湿度に保たれているそうです。
何点か標本そのものを見せてくれました。指標となるものは、赤いフォルダーに入れておくのだそうです。
久保さんは、この分野の専門家です。久保さんが中心的に質問されていました。
そのあとは、別の部屋に移動して、修復中の江戸時代のおし葉標本帳(葉っぱの押し花と考えてください)を見せてもらいました。
実物を見るのは、初めてです。たいへん興味深いものでした。
久保さんは12時過ぎに次の仕事に向かわれました。残りのメンバーは、話がはずんで12時40分すぎまで。なんと、清水さんは、駒場キャンパスで同時代を過ごされています。クラスが、私と2つしか違いませんでした。基礎科に進まれたということなので、学部時代は重なっています。
藏田さんも午後に仕事があるということです。橋下さん、河野さん、私の3人で本郷のお店を探して、昼食。中華料理屋さんに入りました。
橋下さんと河野さんは、トン女の非常勤、同じ日にあるそうです。橋下さんが午前、河野さんが午後だそうです。お二人は、来年6月末から7月上旬にニュージーランドである国際科学史学会で発表されます。その打ち合わせもされていました。
午後2時過ぎに、お暇しました。全員、帰り道が異なりました。私は、西荻窪駅内の紀伊国屋さんで明日の朝食パンをけっこうな数買って帰りました。間に合うかなと思ったのですが、帰り道、雨が降り始めました。
ひとりで4時55分、室温27.9度。
今日と明日は、曇り時々雨。金曜日は晴れて猛暑日。土曜日は曇りで最高気温33度の予報。そのあとは、最高気温が30度を超える日はありません。やっとちゃんとした秋でしょうか。妻、おおきいちび、大学生、ちいさいちびの順に出かけました。
私はお留守番。
妻は2時前に帰ってきました。妻の帰宅を待って、外出。郵便局で4号の残りの原稿を印刷所に送りました。それから銀行で記帳、コンビニでパンを3袋買って帰りました。ほんといますぐにでも雨が降ってきそうな空模様でした。怪我のあと。
見た目はけっこう怖いが、痛み等はまったくありません。痒みが一部にあります。
ひとりで5時40分、室温27.4度。大谷の試合を見終わってから、外出。まずは、ワイズマート。食料品を10点以上、買って帰りました。帰りにコンビニによって、出金。
中秋の名月。ちょっとだけ、満月をみました。
ひとりで6時25分、室温28.3度。いろいろ心配かけましたが、怪我は大丈夫な模様。
休憩の1日としました。
ひとりで5時30分、室温28.3度。[逗子の後藤邸]
逗子の後藤邸を訪ねます。
後藤武邸は、2023年JIA優秀建築賞、第5回日本建築設計学会対象を受賞しています。遠いのと、初めて逗子に行くので、あらかじめ電車を調べておきました。10時53分西荻窪、11時10分新宿、11時15分新宿発湘南新宿ライン快速、12時20分逗子駅着。
10時半前に家をでました。駅前のコンビニでお金をおろし、スイカにチャージ。それから駅ナカの紀伊国屋で赤ワインを1本購入しました。
総武線は予定より1本早い電車に乗ることができたのですが、その電車が3分程度遅れて、結局、ほぼ予定とおりの運行となりました。
湘南新宿ラインは、新宿駅の一番はしっこでした。けっこう混んでいます。途中で座ることができました。4人掛けの席でした。久しぶりです。
逗子駅の一駅前あたりでKさん。同じ電車に乗っていたそうです。相変わらず元気そうです。予定とおり12時20分に逗子駅につきました。待ち合わせは、東口改札で13時15分。
せっかくはじめて逗子にきたので、暑くなければ海岸まで散歩しようかという考えもあったのですが、この暑さで動くのは危険です。
駅前で昼飯をとることとしました。西口にでてみましたが、西口にお店はなく、踏切まで回って東口の方へ。適当に近くのお店で、と考えて、雑居ビルのお店に入ってみましたが、2店とも満席。え、満席? 仕方がありません、左の道を行こうか、右の道を行こうか、と考えたのですが、右を選びました。ケーキ屋さんを兼ねているが、ランチも食べることができるお店がありました。ここにしました。
私は簡単にカレー。入ったときには少し席が空いていたのですが、しばらくするとほぼ満席になりました。逗子は、日曜日に動く人に対して、お店が少ないのかもしれません。
なんとKさんが定年退職のお祝いにと奢ってくれました。
待ち合わせ時間ぴったりぐらいに東口改札口に向かうと、みなさんもう集まっていました。歩くと25分程度だそうですが、タクシーの方がよいということです。8人です。2台に分乗しました。
山を登ります。狭い道です。私たちの乗ったタクシーの運ちゃんは山道の途中で迷いました。この道は知らないと難しいでしょう。途中から、幹事のTさんがナビを運転手さんに示して、ことなきをえました。
後発隊が先についていました。
山の中ですが、周りに住宅がけっこうあります。もと、電波塔があった場所に建てたと聞いていたので、ぽつんと一軒を想像していたのですが、山肌に沿って住宅地となっていました。神戸に近い形ですが、こっちの方が山が急です。
しばらくすると後藤邸の主が出迎えてくれました。主は、コーヒー豆を炒っていました。もうすこし作業に時間がかかるそうです。
コンクリートの箱のような建物ですが、木だそうです。全員スリッパに履き替えました。12人ぐらいまでは座れるコンクリート製のダイニングテーブルがありました。30分の1模型があったので、それで、建物の説明をしてもらいました。
雑誌の取材記事を読んでいたので、ある程度知識はあったのですが、模型で説明されてもなかなかわかりません。
プランにはライブラリーと記されている隣の部屋に案内されました。主の仕事部屋兼リビングでしょうか。ライブラリーとあるのは、南向きの壁一面に作り付けの書棚が天井まであって、ほぼ本で埋まっているので、ライブラリーと称したものでしょう。
ライブラリーで同じく建築家の奥さんに話を聞いていました。途中から豆を煎り終わった主も来てくれました。
猫を2匹飼っているそうです。割と人見知りで、大勢お客さんが見えた場合は、何時間かそっと隠れているのだそうです。トイレの隣に猫のトイレも設置していて、そこに猫扉から行けるようになっているとのこと。
暖炉もありました。煙突は総延長5メートル、室内で4メートルだそうです。木材も用意されていました。
他の部屋も自由に見てよいというので、見て回りました。茶室と奥さんの仕事場は上の方にあるそうです。行ってもよいということでしたが、ぐるっと回る必要があるということで、そこまでは捜索せず、ダイニングテーブルに腰掛けることとしました。
総勢10人、主と奥さんが半分ずつぐらいで料理を用意してくれていました。
完全なフルコースを用意してくれていました。しかも全部ちゃんとしています。内容的にも雰囲気的にも隠れ家レストランとして開業しても、1万を超えるコース料理として成り立ちます。同じ場所、材料を提供されたとしても、なかなかここまでできる宴主はいないでしょう。夫妻でほぼ半々にというのもなかなかいないでしょう。私は、1988年7月1日に外語に着任しています。私からすれば1期生、2期生の学生が中心です。私の最初の講義には、3人が顔を出してくれていましたが、そのうち一人が主、もうひとりがO氏です。主を中心に昔話で盛り上がりました。
今ではもう使われなくなったいろんな言葉が頻出しました。私が知らない希少種の学生が何人も何人も話題に上がりました。3分の2は全く知らない、3分の1は少しは知っていました。
私自身は駒場寮で生活していました。濃密な関係は体験しています。時代の差もあるのでしょうが、話題になったような学生は周りにはいなかったと思います。私が理系だったということも関係しているかもしれません。
奇しくも首都圏の大学で学部長を拝命してしまったU氏が、私と学生とで昔作っていた『POCKET』という雑誌を持ってきてくれていました。自分が過去書いた作品に驚いていた人もいました。こういうのは分かれると思います。なんとなく覚えている人と、すっかり忘れてしまう人に。
いずれにしても、大学3年生とか4年生とか5年生で書いた文章は、感慨深いものがあるかと思います。私自身は、春休みに一生懸命、授業レポートを書いていた記憶はあります。私の研究者としての一番の根っこはこのときのレポート書きにあったと思います。しかし、この種の文章を院生のときを含めて学生時代に書いたことがありません。
とても新鮮でした。
ちなみに、キャノワードというワープロ専用機で作っていました。いまどきの学生諸君は、そもそもワープロという言葉を聞いて、ワープロソフトしか思い出さないと思いますが、1995年以前、日本では、ワープロ専用機が大ヒットしていました。シャープの書院とか富士通のOASYSとか東芝のルポがけっこう人気だったのを覚えています。
私はワープロで打って、校正作業をしたので、ほぼ覚えています。
ダイニングテーブルには、主自家製のデザート、アイスクリームにプリン、コーヒー、そして最後に冷たい飲み物(アイスティーだったのでしょうか)も並びました。アイスクリームはちびどもがちいさい頃、作ったことはあります。でも、何回だけだったように思います。
その頃には猫ちゃんが顔を出すようになっていました。主によれば、お腹がすいてきたのが大きいそうです。クロが先、シロはずっと後。人数が多いせいでしょう。ずっと警戒心が抜けていませんでした。数名は、自宅でも猫を飼っているそうです。
年齢が年齢なので(みなさん、もうすぐに還暦)、病気や介護の話もでました。結石で苦しんだ方が3名。尿結石は男性が感じる痛みでは一番なんだそうです。ふだんほとんど声をあげない幹事さんが叫んだそうです。
高血圧、糖尿病の話もでました。たぶん、午後8時半過ぎに、そろそろ、お暇しましょう、となりました。
もと来た道ではなく、山道を降りるショートカットがあるそうです。暗い細い山道です。主からスマホで足元を照らしながら降りてくださいといいう指示がありました。5〜60センチ幅のくねくね道です。私自身は田舎育ちなので怖さは感じなかったのですが、8割ぐらい降りてきたところで、左足のところに10センチから20センチ四方の石か木の根っこが現れました。それを踏んでしまいました。たぶん1回転ほどして、次の曲角のところで止まりました。
一行を驚かせてしまいました。
私自身は直感的に問題ないと思ったのですが、周りの方はそうはおもわず、ともかくしばらく休めということで、立ち上がるのに1〜2分、その場に座って数分待ちました。
痛みがほぼないので、私自身はやはり大丈夫と思ったのですが、周りの声が急ぐな、ということだったので、それに従いました。山道を下りたところで、奥さんが救急処置の絆創膏とテープ、布、マキロンを持ってきてくれました。
ズボンの左膝が破れています。見ると、左足と、右手の所々に擦り傷。大きな出血も痛みもないので、私自身は平気だったのですが、大きな擦り傷には奥さんが適切な手当てをしてくれました。
落ち着いてから駅に向かって歩き始めました。そこから20分程度だったでしょうか。
駅前について、ご夫妻がマツモトキヨシで、追加のマキロンと包帯とテープを買ってきてくれました。駅前のベンチに座って、おとなしく処置を受けました。
目の下にもすこし傷があるようです。自分では気づきませんでした。
しばらく休んでから、改札を入りました。9時15分ごろに電車がありました。
O氏が調べてくれていた乗り換えに従いました。たぶん戸塚駅で乗り換え。新宿行きへ。
そこから3名。一人は高円寺で下車。私とO氏は、西荻窪まで。O氏は明日の朝食の買い物があるそうです。コンビニに入られました。
帰宅して、午後11時ごろ。怪我をした報告をすると、家族全員が集まってきました。ピーキャー、ピーキャー。
私はしばらく休憩してから、シャワーを浴びました。水がしみるので、気づいていなかった箇所が2箇所わかりました。お尻と足首。看護師の長女の指示に従い、妻が傷の処置。マキロンがすこししみますが、その程度です。
日付が変わるころに就寝。盛りだくさんの1日でした。
怪我をしましたが、充実した一日でした。
ひとりで5時25分、室温28.0度。 今日も猛暑日の予報。 週間天気によれば、月曜日は雨が降ってすこし気温が下がります。最高気温29度。3日ほど最高気温33度が続いて、20日(金曜日)から雨マークがつき、最高気温が30度を下回る日が続きます。正午過ぎに、土曜日に開いている郵便局へ。雑誌を3冊送りました。出版社が2冊、会員外の著者が1冊。
午後2時から編集委員会。
1時間以内で終わりました。
ひとりで5時55分、室温28.2度。午前9時15分ごろ、ワイズマートに買い物に。食料品を10点近く買って帰りました。まだ自転車です。
[『化学史研究』第51巻3号]
午前中に、『化学史研究』第51巻3号が無事届きました。目次は次です。『化学史研究』第51巻3号(2024)目次 [論文]醍醐龍馬・沼田ゆかり「榎本武揚の化学者的特性―石鹸製造への関心を中心に―」第51巻(2024): 121-142
[SYMPOSIUM]Yoshiyuki Kikuchi & Brigitte Van Tiggelen「Introduction to ‘A Half-Century of the History of Chemistry: Past, Present and Future’ 」第51巻(2024): 143-145
[SYMPOSIUM]Alan J. Rocke「New Perspectives on Gay-Lussac and the Law of Combining Volumes of Gases」第51巻(2024): 146-164
[SYMPOSIUM]Yasu Furukawa「The Emergence of Women Chemists in Prewar Japan」第51巻(2024): 165-181
[紹介] 杉山滋郎「伊藤憲二『励起⎯⎯仁科芳雄と日本の現代物理学』2023 」第51巻(2024): 182-186
[紹介] 八耳俊文「齊藤正高『方以智の物理探索-十七世紀中国の自然学とイエズス会の学術』2023 」第51巻(2024): 186-188
印刷所の方が英語に慣れていなくて、すこし苦労しました。菊地さん、古川さんの手助けがあって、なんとかまずまずの形に仕上がりました。
英語論文は、去年、一橋講堂でおこなった英語シンポジウムの活字化です。4号、2025年1号へと続きます。
英語の組版、すこし具体的に説明します。
『化学史研究』、基本は、日本語横書き、2段組、後注です。
英語の場合には、ISISI の書式に従うことにしています。ダブルコラムではなく、1段組とし、英語の場合一般的な脚注方式としました。文献の記載方法もISISI方式としました。
実は、古川さんから、活字が小さくて虫眼鏡で校正したというクレームがあったので、活字をすこし大きくしてもらいました。それに合わせて、行間も変更してもらいました。
古川さんによれば、ISISI本誌も活字が小さくて読みづらいのだそうです。私は、あまり気にしたことがありません。こういうのは、話を聞かないとわからないものです。
ひとりで5時20分、室温28.1度。妻は5時に起きていました。まだまだ暑い日が続きます。妻、おおきいちび、大学生、ちいさいちびの順にでかけました。
私は、台所/居間のエアコンのフィルターの掃除をしました。脂がついていて、けっこう苦労しました。
大学に出ました。駅前のコンビニで記帳してから、黄色い電車。三鷹駅で下車して、やはり記帳後、すこしお金をおろしました。駅ナカのパン屋さんで朝食パンを3袋購入。
10時54分、武蔵境発の西武多摩川線。学生や教職員らしき人はほとんど乗っていません。
まず、生協。なんと11時半開店です。図書館へ。次の本を受け取りました。
藏田愛子『画工の近代:植物、動物、考古を描く』東京大学出版会、2024
立派な研究書です。
しばらく図書館のなかで雑誌を読んでいました。
約束の時間は正午ですが、11時55分ごろ、MIRAI 事務室を訪れ、545 室の鍵を受け取りました。挨拶だけして、545室へ。なるほど、少しですが、片付けが進んでいます。鍵は、研究室のものとは異なる種類のものでした。
12時16分、多磨駅発の電車で帰ってきました。猛暑日に動くのは大変でした。
駅前のコンビニでナナコにチャージしてから、冷やし中華とデザートを購入。
家に帰り着いて、まずエアコン。それから着替え。汗をかいたので、全部替えました。
ドジャーズ対カブス戦の観戦。ドジャーズは、大谷の47号、3人連続ホームラン(エドマン、スミス、マンシー)、大谷の2点タイムリーなどドジャーズが圧勝するかと思っていたら、なんと7対7まで追いつかれました。カブスの拙い走塁もあり、10対8で逃げ切りました。
午後2時ごろ、妻が帰ってきました。
ひとりで5時35分、室温28.1度。 雲ひとつない青空。暑くなりそうです。起きて、ニュースを見ると、ワールドカップアジア最終予選、バーレーンに5対0で勝っていました。現地は、試合開始1時間前で、気温38度、湿度89%、ということです。日本より暑い。
女性陣は午前中に出かけました。妻、おおきいちび、ちいさいちびの順。
息子は、午後3時前に出かけました。
本日は、お留守番の日です。
ひとりで5時15分、室温27.4度。 28度を下回るとすこし涼しく感じます。
今日は、晴れ時々曇り。最高気温33度の予報となっています。週間天気によれば、明日が猛暑日です。来週に入ると、少し気温が下がるようです。18日の水曜日から金曜日まで雨マーク。朝のうちに、土曜日の編集委員会の資料を準備しました。
[辻井伸行コンサート]
本日は、午後に、辻井伸行のコンサートに行きます。サントリーホール。妻とおおきいちびと私の3人。
正式には、ロビン・ティチアーティ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 ピアノ辻井伸行 です。春先、私の定年退職の記念みたいな意味も兼ねて、ちょっと高い(18000円)けど、辻井さんのコンサート行こうか、となって、おおきいちびも辻井さんのなら行く、ということで話がついたものです。春分の日のあとにチケットを購入しています。
午後2時開演です。
妻は朝アルバイトがあるので、後から合流。私とおおきいちびがサントリーホールの前のパン屋さんが営むレストランに先に着いておこうということで話がついていました。
私とおおきいちびは、午前11時半ぐらいに家をでて、12時半ぐらいに現地に着きました。予想通り、レストランの前には列がありました。15分待てば入れるだろうということで、最後尾につきました。
私はチキン、おおきいちびは白身魚。おおきいちびが妻の到着の10分ぐらい前にやはり魚料理を頼んでいました。妻は12時頃到着。
私は大谷の試合、気になるので、ただ数字だけがでるサイトを見ていました。投手陣がよく打たれてドジャーズは負け。
レストランは12時半ぐらいにでて、サントリーホールへ。2階、斜め後ろの席でした。
開演までおとなしく座っていました。
最初の曲は、ロンドンフィルだけ。指揮者のロビン・ティチアーティさん、面白い。瘦せ型長身で、魅力的な指揮をします。ロンドンフィルのメンバーもさまになっています。
最初の曲が終わったあと、端っこに置いていたピアノを係りの方が二人で動かしていました。指揮者の左前に動かしました。
辻井さんとロンドンフィルは、ベートーベンの2曲。YouTube ではよく聞いていたのですが、辻井さんのピアノは、素晴らしい。ピアノの世界をもっとも広く深く探求された方だけが出すことのできる音だと思いました。
オーケストラのメンバーも、辻井さんといっしょにやるのはたのしみだと思われます。
アンコールも大サービス。最初は、ワーグナー/リスト編「エルザの大聖堂への行列」、次が、ベートーヴェンピアノソナタ第14番「月光」より第3楽章。
午後4時半過ぎにホールをあとにしました。
もときたみちをもどりました。
私は先に家にもどり、ご飯をしかけました。妻は焼き鳥を買って帰ります。おおきいちびはケーキを買って帰るそうです。
妻はすぐに帰って来ました。私は、お風呂の準備。
ちいさいちびも誘って、冬も行こうとなりました。
ひとりで5時、室温28.1度。
朝一番で、土曜日の編集委員会のお知らせを作成し、ML に流しました。
ちいさいちびは普通に仕事。おおきいちびと妻はなにか(猫バス?)に行くそうです。大学生は、午後出かけるそうです。ということで、今日はお留守番。大谷46号、テレビも打球の行方を追うことができていませんでした。 のちに、5階席の前の1955年ドジャーズ優勝看板を直撃したという情報が出ていました。
大学生は、高校時代の友達とポケモンセンターに行くといって、12時40分頃出かけました。夕方に、グッズをいっぱい買って帰って来ました。
科学史ML で矢島さんが夏目賢一さん(金沢工業大学 教授)の訃報を流されていました。9月6日に亡くなられたそうです。享年49。若い。
夏目さんは、画面上でしかお会いしたことがありません。若いのに残念です。
心より御冥福をお祈りします。
[甲南大学 化学史学会 年会 2日目]
ホテルの一室で6時過ぎ、室温不明。
しばらくテレビをみてから、7時40分ぐらいにホテルをでました。昨日来た道を逆に辿りました。最初目に入った喫茶店で朝飯を食べようと思ったのですが、最初目に入ったドトールに行ってみると、まだ営業前。すこし待てば営業時間になりますが、コンビニでいいや、と考えなおし、セブンイレブンでサンドイッチ、ドーナッツ、ペットコーヒー、水を買って、阪急に。
乗車すれば、岡本までは7分です。
昨日と同じ道を甲南大学まで。阪急電鉄の線路を渡ったあたりから上り坂になります。坂を登っていると、後ろの方から、山根さんと和田さんの元気な話し声が聞こえます。
キャンパスに入る前に追いつかれました。
本日の開場は8時半。8時半すぎに会場につきました。控え室に行って、まずは朝食。パンとペットボトルのコーヒー。控え室は冷房がよく効いています。
午前の最初のセッションは、9時から10時半まで。5分ぐらい前に会場の教室に入りました。
瀬戸口さんが隣に座られたので、休憩時間に挨拶。京大の様子を聞きました。人文研はかなり東京とは違う形で研究を進めています。研究を進める点で人文研のやり方には大きなメリットがありますが、東京で模倣するのはいろんな意味でなかなか難しいと思います。
午前2番目のセッションは、10時40分から12時10分まで。座長は山口さんがつとめる予定でしたが、昨日発病(風邪の模様)して、和田さんに交代。
お昼休憩は、控え室でお弁当。和田さんとお話をしながら、弁当を食べました。午後は1セッションのみ。私が司会をします。
はやめに司会席に座って、ズーム配信と進行を担当している田中理事、工藤理事に勧め方を確認しました。
最初の発表者、石田さんは、画面投影なし。代わりに、『大塚薬報』2022年5月号(通号775)を全員に配ってくれました。
石田純郎「<世界紀行 医のある風景20> ミャンマー、もう一つの暗転した国の中世の錬金術伝説」『大塚薬報』2022年5月号(No.775), pp.24-27
須田さんは、修論のスターキーに関する発表。
澤井さんは、カールスルーエ国際会議における表記の問題。
そして、最後、山口さんが「四角錐炭素」について。
年会は、ずっとパンクチュアルな進行だったので、私もパンクチュアルな進行につとめました。1分程度の前後は容認しました。
最後の挨拶は、和田事務局長。途中、楠理事が甲南大学の創始者について短くレクチャーしてくれました。年会準備委員長の平野さんの挨拶、和田理事の終了の言葉。
司会席をもとに戻して、私の年会は終了。
創始者の銅像のところで、楠さん、古川さんといっしょに写真を撮りました。
菊池さんや瀬戸口さんもいっしょになって阪急岡本駅に向かいました。途中までいっしょに歩いていたのですが、暑い。この暑さのなかにあまりいたくないなと思い、いつもの歩行速度で歩きました。岡本駅につくと、ちょうど電車。後ろを待たずに乗り込みました。5メートル先に須田さんが乗車されていたので、三宮まで雑談。
須田さんはもう一泊されるそうです。私は、ともかく新神戸まで戻ることにしました。
新神戸駅の新幹線改札口のところで、一休みしたあと、お土産を買って帰ることとしました。のぞみまではほぼ1時間あります。
エスタシオンカフェ神戸、というカフェの前でしばらく待ってから、名前を呼ばれてアイスコーヒー。汗をかいています。身体を冷やすことを優先しました。15分ぐらい休んでから、セブンイレブンが運営するアントレ・マルシェというお土産もののお店。人気の1位と3位、それにたこ焼き味のジャガビーを買いました。
駅弁屋さんでお弁当も見ましたが、そこまで食べる気もしません。やはりセブンイレブンに入り直して、おむすび&おかずセットというのをナナコで購入。
あとは、プラットホームで待つこととしました。新神戸駅のプラットホームは山肌にあります。15号車は先頭の方です。蚊も飛んでいましたが、街中よりは涼しい風が吹きます。
同じドアから乗り込んだのは2人。なんと前の方が、私の席に座ろうとしています。声をかけました。数字をひとつ間違えたようです。私の前の席がその方の正しい席でした。
新神戸からトンネルを抜けると、雨。え、雨? と思ったのですが、すぐに雨のなかは抜けました。
京都を過ぎてから夕食。おむすびの他に、朝買ったドーナッツも食べました。これでちょうどよいぐらいです。
のぞみ38号、新神戸16時52分、東京着19時33分。
定刻に着きました。荻窪で黄色い電車に乗り換えて、8時半頃帰り着きました。
まずは、お風呂。ちいさいちびは自分の部屋でのんびりしているようです。
身体を冷やしながら、録画したテレビ番組を見ていました。土曜日のEテレ多分10時のジャパニメーションについての番組。それから、「光る君へ」。
「光る君へ」を見ている最中、まず、おおきいちびが帰って来ました。しばらくすると、横浜球場のポルノグラフィティのコンサートに行っていた大学生も帰って来ました。大学生の1番のお気に入りがポルノグラフィティ。よかったといって興奮して帰って来ました。グッズを数点買ってきていました。欲しかったものは売り切れていたそうです。
しばらく視聴を一時中断。
11時前ぐらいに就寝。
ひとりで5時15分、室温27.8度。[甲南大学 化学史学会 年会 初日]
朝早い新幹線で神戸に向かいます。
のぞみ13号、東京駅発7時48分、新神戸着10時29分。
6時半ぐらいに家をでました。予定より1本早い総武線に間に合いましたが、荻窪駅での赤い電車は結局予定の時刻の電車。東京駅に7時22分に着きました。
新幹線の座席ですが、最近は動きやすさを優先して、通路側を選びます。15号車10のD。ホームで待っている間、Free Wifi に繋いで、メールの確認。対応すべき案件があれば、その場で対応するつもりでしたが、とくになし。
新幹線車内ではほぼ寝ています。目がしっかり覚めたときには、スマホを見たり、経路の確認をしたりしましたが、7割ぐらいは寝ていたのではないでしょうか。
新神戸駅を出た後は、すこし歩いてから市営地下鉄。一駅で三宮駅。そこからまた少し歩いて阪急電鉄神戸三宮駅。大阪梅田行きの特急で一駅で岡本駅。
あらかじめ印刷していた地図に従って、甲南大学へ。線路を横切るあたりから、坂を登りました。11時15分頃、会場につきました。
受付には、山口さん。え、山口さん? アルバイトの学生は、なかの対応をしているので、受付は山口さんが引き受けたそうです。すこし風邪気味だそうです。
講演会場では、黒田さんがお話中でした。
午前中のセッションのあとは、別室で理事も参加しての評議員会。お隣の席が隠岐さん。久しぶりだったので、挨拶のあと、いろいろ雑談をしました。隠岐さんには、再来年の会場をお願いしています。隠岐さん、かなりお忙しいと思いますが、ここに来る余裕があったようです。朝日新聞の書評委員としても東大の学費値上げ反対運動でも頑張っておられます。
評議員会は、お弁当を食べながらです。半分ぐらいの時間は、自己紹介、そして残り半分ぐらいは評議員の方に、会の活動に対しての提案をしていただきました。ポスターセッション、やってみてはどうか、という提案もありました。何かを決める会ではなく、意見をお伺いする会です。実現するかどうかは、理事会で持ち帰っていろんな条件を考慮しつつ審議します。午後の年会発表は、シンポジウム「化学史研究の半世紀:回顧と展望」の2セッション、と特別講演。いろいろ勉強になりました。
5時半から6時20分まで総会。総会は、会の事業計画を承認してもらう会です。
学生会員の方から、広報にX(旧ツイッター)を利用してはどうかという提案がありました。懸念事項、賛同意見、久しぶりに、総会で議論が盛り上がりました。菊池会長は、総会の議論をふまえ理事会で決めます、というふうに引き取りました。
懇親会は、隣のiCommons という場所。
菊地原さんに久しぶりにあったので、いろいろ話を聞いていました。九大つながりで、高橋憲一さんを囲む会を開いたそうです。加藤さん、坂野さん、ほか、九大出身者が集ったそうです。
斎藤ケンさんにも久しぶりに会いました。いろいろおもしろい話を聞きました。
懇親会は、8時過ぎまで。
バラバラと帰途につきましたが、斎藤ケンさん、田中さん、菊地原さんといっしょになりました。田中さんにいろいろ状況を伺いました。
岡本駅では8人ぐらいがいっしょになったでしょうか。
三宮駅では、菊地原さん、隠岐さんと別れました。私は、ホテルの地図を印刷しています。三宮駅は、ごちゃごちゃしていて分かりづらい。夜なので、ランドマーク(目印)がよく見えません。目印が見つからないまま、地図を片手にいろいろ歩いてみましたが、やはりわかりません。ローソンに入って、現在地を教えてもらいました。こっちの向きかなと思って歩き始めた方向には、なかなかそれらしき建物が見当たりません。
暗いなかで、地図を見ながら探しても埒があかないだろうと判断し、初めてスマホのナビを使ってみることにしました。
どうも反対方向にきてしまったようです。ナビを見ながら歩くこと、十分近く、神戸阪急デパートの横にでました。ここに阪急デパートがあったのか、となりました。阪急デパートからは比較的直線的です。スマホのナビを見ながら、神戸三宮ユニオンホテルにつきました。
30分以上、徘徊したでしょうか。徘徊したおかげで、街の様子がすこしわかりました。東京にはあまりない街のつくりかな、と思いました。客引きのお兄さんお姉さんも普通に路上にでていました。
地図は、グーグルマップが席巻したあと、わかりやすい概念図が少なくなりました。これはもうナビの時代です。今回のことがあり、私もスマホナビに切り替えることとしました。
→わかりやすい概念図の条件を考えてみました。実際に人間が道路を歩いてみて、目に付きやすいランドマーク(大きな建物、大きな標識、目をひくもの)が必要箇所に配置されている地図がわかりやすいと思います。グーグルマップだとこれができません。
はじめて来た人間にもわかりやすように、その周辺をよく知る人が省略するところは省略して作成する概念図が一番使いやすいと思います。
グーグルマップによってそういう概念図が駆逐されつつあるように思われます。
→ちょうどよいので、これを機に、 MY DX 化 を進めることにします。
ひとりで5時50分、室温27.4度。
週間天気をみました。土日は、晴れますが、日曜日の午後から雨。月曜日から次の月曜日まで晴れマークがありません。気温は高いまま、秋の天候となっています。おおきいちびは、友達とちょっとした旅行にでます。
朝一番(午前8時半)でワイズマートに行きました。途中、明日からの旅行のためにコンビニによってお金をおろしておきました。米1袋と昨日と同じ麺類を買って帰りました。
朝のうちに、旅行の荷物をつくりました。最小でいきます。
夕刻に、次の本が届きました。
山口泉『吹雪の星の子どもたち 翡翠の天の子どもたち』オーロラ自由アトリエ、2023
帯に、「二部作、39年ぶり、待望の完結」とあります。40年前、院生時代にもっとも衝撃をうけた小説でした。
ひとりで4時15分、室温26.3度。 そとの気温は、昨日とほぼ同じということです。午前9時半、買い物に出ました。ワイズマート。息子と私のお昼ご飯とその他食料品。お昼は麺類にしました。冷凍うどんか、ざる盛りつけ麺。それにフライドチキンフィレ肉。
土日は、神戸の甲南大学で化学史学会の年会があります。交通機関とアクセスを調べておきました。新幹線を降りたら、市営地下鉄で三宮にでて、阪急に乗り換えるというルートが推奨されています。JR でも大学には行けるようですが、ちょっと駅から遠くなります。
ホテルの場所も確認しました。夕刻に玄関用のLED電球が届きました。実は、3つつける仕様ですが、2つが切れていました。ずっとそのままにしていましたが、昨日6個組をアマゾンに発注したものです。
40W の明るさのものを切れた2つの場所につけました。見違えるほど明るくなりました。
ひとりで5時25分、室温25.6度。 室温が下がりました。また上がるようですが、ともかく昨日の続き、今日は涼しいようです。
外は22度、今日はずっと曇りで、最高気温30度の予報となっています。
週間天気によれば、木、金、土、日は、晴れてまた夏がカムバック。大谷の試合(対エンジェルス)は、10時半放送開始なので、9時40分ごろ買い物にでました。ワイズマートで野菜類を中心に12点の食品を買って帰りました。
朝方に手続き書類を1点送り返しました。夕方に、2点新たに手続き書類が送られてきました。この辺の事務の方の対応はいろいろです。
ひとりで4時40分、室温28.4度。 雨の予報。12時と16時に1ミリの雨マークがついています。木曜日から晴れて再び暑くなります。大谷が走りまくっています。今日は1試合3盗塁。
昼は私と息子の二人。雨が降っているなか、午前10時半に買い物に出ました。近所のコンビニ。私には、冷やし中華、息子のためには餃子、ほかに冷凍食品を数点買って帰りました。
ひとりで5時20分、室温27.7度。 ドジャーズが8点をとられたあと、燃えるゴミを出すために外にでました。晴れ、やっと晴れ。空気は秋の空気です。 今日は晴れて、明日は雨の予報。木曜日からは雨マークがありません。午後12時半過ぎに家をでました。まず、銀行によって、浴室の換気扇交換工事の代金を振り込みました。それから中央線で久しぶりに大学に向かいました。
武蔵境で外にでて、駅ナカのパン屋さんでパンを2袋。どうしようか考えたのですが、ヨーカドーのなかのダイソーで、ものを探してみることにしました。欲しいものはありませんでした。
13時30分武蔵境発の西武多摩川線。キャンパスにはすこし人が来ていました。
部屋を明け渡して以来はじめて昔の研究室をみてみました。ネームプレート等は外されています。ついでに、反対側の研究室の様子も見てみました。反対側は空室も多い。お亡くなりになった蒲生先生の部屋はネームプレートが残っていました。うーん。
4階の大学院生室のあたりもみてみました。MIRAI の部屋がありました。研究所は開いているところとしまっているところと両方ありました。
1時50分過ぎ、指定に部屋の前へ。担当の事務の方がもう部屋の前で待ってくれていました。部屋の中へ。はじめてみる種類の部屋です。前の部屋の基本が残されていました。私の推測では、学振PD のために用意された部屋ではないかと思われます。たぶん、ある時期から使われなくなったのでしょう。
10月からの仕事の打ち合わせ。90分程度。
15時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。まだまだ暑い。久しぶりに動いて汗をかきました。息子は午後6時から2時間バイトということです。風邪気味だったので、やはり久しぶりに外に出るようです。
おおきいちび、息子、ちいさいちびの順に帰ってきました。
夜になって、杉並区省エネ家電買換促進助成金事務所から手紙が届いていました。5月10日付で申請したものが通ったそうです。5ヶ月近くかかりました。ほぼ諦めていました。ともあれ、通ってよかった。
「審査済みから1週間程度でご自宅宛てに交付決定通知書を郵送し、その数日後にご指定の銀行口座へ助成金を振り込みます。」 とあります。
ひとりで6時、室温27.4度。曇り空。 おお、9月。 週間天気をみました。今日は朝方少し雨が降るようです。ほかに雨マークは、3日(火曜日)と8日(日曜日)についています。あとは基本曇りで、時々晴れといった感じです。
台風10号の状況を確認しました。午前3時現在、東海道沖にあって、東に進んでいるそうです。まだ北に折れてはいません。予報ではやはり北に進みます。真北ではなく、少し西よりになっています。なんたる動き。
午後4時現在、正午ごろ台風10号は消えて、熱帯低気圧に変わったそうです。場所は、東海地方の南海上。地図をみると愛知県の南に見えます。
停滞しているとのこと。おお、同じような点奥が続くことになります。妻は午前11時、ママランチ会に出かけました。
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