ひとりで5時5分、室温11.7度。息子はまだ咳が残り、熱も朝の時点で37度あります。お腹が空いたというので、すこし元気が戻ってきたようですが、もうしばらく休む必要があります。
ちびどもは普通にでかけました。昼食後、税金を払うため、駅のまわりをまわってきました。暖かい。19度まで上がるそうです。今日は日暮れに雨かもという予報です。気温は上がったり下がったりするそうです。木曜日にまた上がるそうです。
ひとりで4時45分、室温12.3度。風邪を引いた息子は、苦しそうに咳をしています。
今日は午前から駒場で橋本科研の研究会。図書館にすこし用事があります。
9時5分に駒場に着きました。図書館に直行して、次のもののコピーを取りました。
井山弘幸「フロギストン理論は非科学的か?」『化学』42(2)(1987): 116-121
大野誠「それでも私はフロギストン説を信じる:「敗者」のゆくえ」『化学』47(10)(1992): 660-663
杉山滋郎「科学における同時発見:発見をめぐるさまざまな人間ドラマ」『化学』47(10)(1992): 651-654
島尾永康「酸素の発見をめぐる物語」『化学』47(10)(1992): 655-659
V.Boantza,‘The Phlogistic Role of Heat in the Chemical Revolution and the Origins of Kirwan’s ‘Ingenious Modifications... Into the Theory of Phlogiston’’’, Annals of Science, 65(2008), 309-38.
J. R. Partington & Douglas McKie, "Historical studies on the phlogiston theory.―II. The Negative Weight of Phlogiston, " Annals of Science, 3(1938): 1-58
J. R. Partington & Douglas McKie, "Historical studies on the phlogiston theory.―III. Light and heat in combustion, " Annals of Science 3 (4)(1938):337-371
J. R. Partington & Douglas McKie, "Historical studies on the phlogiston theory.―IV. , " Annals of Science, 4(1939): 113-149
次の本を借りました。
William McGucken, Nineteenth-Century Spectroscopy: Development of Understanding of Spectra, 1802-1897, Baltimore and London: The Johns Hopkins Press, 19699時50分に切り上げて、会議室へ。田中さんも河野さんも見えていました。
午前中は、河野さんの発表。駒場前のレストランで昼食。駒場にこんなお店があるの、というようなイタリアン(たぶん)のお店でした。
午後は、私、田中さん、橋本さんの順で発表。7時過ぎに終わりました。8時前に帰り着きました。ちいさいちびは入浴中、おおきいちびは2試合とも負けたショックでソファーの上で寝込んでいます。
訳者の田中さんより次の本を頂きました。ご高配、ありがとうございます。
グザヴィエ・ロート(田中祐理子 訳) 『カンギレムと経験の統一性』法政大学出版局 2017.02 ¥4200+tax 978-4-588-01050-7
田中さんによる訳者あとがきだけ読みました。田中さんは、ロートを若いからできる仕事だと評価されていました。
ひとりで5時、室温13.8度。20度を超えた昨日のあたたかさがまだ部屋には残っています。外の気温は不明。ちいさいちびは土曜日学校。6時45分に起こして欲しいと昨夜言われています。
お昼頃、次の2冊が届きました。
アレクサンダー・フォン フンボルト 『フンボルト 自然の諸相―熱帯自然の絵画的記述 』木村直司編訳、ちくま学芸文庫、2012
日野行介・尾松亮『フクシマ6年後 消されゆく被害: 歪められたチェルノブイリ・データ』人文書院、2017朝から咳をしていた小学生ですが、お昼ご飯を食べて、しばらくしてから熱があることが判明しました。妻は寝室に連れていき、布団に寝かせました。本人は比較的元気です。昨日帰ってきたとき、すごく疲れていました。暖かかったので遊びすぎたようです。普通の風邪だと思います。→夜になって39度近い熱がでました。咳をしています。
ちいさいちびは土曜日学校から帰ってきて、やはり疲れと睡眠不足。ソファで寝込みました。入れ違いで、私が、風邪薬の買い物。駅前の薬屋さんに行きました。ついでに、足りなくなった牛乳ほかを買ってきました。おおきいちびは、午前中吉祥寺に買い物に行き、午後(1時過ぎ)に部活にでていきました。明日は、公式戦。
ひとりで5時30分、室温11.0度。室温で昨日より1度上がりました。天気予報では、今日はお昼の間20度近くまで気温が上がり、夜に入ってからまた冬が戻ってくるそうです。難しい一日となります。妻も仕事。妻を送り出したあと、10時前ぐらいに外にでて、会計の仕事。駅でスイカにチャージし、セイユウですこしだけ買い物をして帰ってきました。散歩を兼ねています。
午後20度を超え、今日だけですが、春がやってきました。
日曜日の発表の準備ですが、すっきりまとまったわけではありませんが、進めています。
ひとりで4時25分、室温10.1度。昨日とはほぼ同じ。やっと大学の仕事からしばらく解放されます。19日に橋本科研の会合があり、全員が発表します。その発表の準備に集中したいと思います。
その準備にかけられるのは、木、金、土の3日間。日曜日ははやめにでかけ、駒場図書館ですこしですが作業をしたいと思っています。朝のうちに、ゲラをひとつ片づけました。決心がつかない点は未決とし、編集部の判断を仰ぐこととしました。
夕刻届いた新しいゲラは、その場で見始め、小1時間で見終わりました。先に片づけたゲラと合わせて、郵便局に投函に行き、その後セイユウでちょっとしたおやつを買って帰りました。梅味の煎餅というのがちいさいちびの要望でした。
ひとりで4時35分、室温10.3度。昨日とはほぼ同じ。9時半武蔵境発の西武線。
11時から TA をやってくれる院生と面談。書類を受け取りました。すぐに、大学院係に提出。たぶん、手続きはこれでだいじょうぶかと思います。
12時から菊池君。本を入れた段ボールの片づけ。
1時から会議、3時半まで。3時半からは長の方々の会議があり、そこで最後の件は審議未了で強制終了。
研究所ですこしおしゃべりをしてから、5時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。事務的用件はだいたいこなせたと思います。あとは、発表原稿と、雑誌原稿が残っています。
ひとりで5時、室温10.1度。お昼休みから会議が連続します。いくつと数えていませんが、相当、あります。
9時半武蔵境発の西武線。
11時50分から会議。次の会議は連続でした。
不思議な形で会議が続き、最後は、6時前に終わりました。6時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで6時、室温9.3度。昨日より1度室温が上がっています。9時30分武蔵境発の西武線。大学について、ともかく事務的な仕事をこなしました。年度末には、全員に必要なこと以外にも、いろいろな案件が飛び込んできます。事務の方に手伝ってもらって、あるいは事務の方の手を煩わせつつ、ある程度までは進めることができました。
2時40分から会議。これは、もめる会議ではなく、3時20分ぐらいには終わりました。
3時40分多磨駅発の電車で帰ってくることができました。もうすぐなくなるエキナカのDilla でメロンパンを買ってくるように指示されています。一個270円のチョコメロンパンを3個買って帰りました。
帰宅すると、ちいさいちびも小学生も帰っていました。二人とも、買ってきたばかりのメロンパンをおやつに食べていました。
私はお風呂に入ってから、駒場のシラバス入力作業に取りかかりました。学部の後期課程(3年生4年生のことです)、大学院の修士、大学院の博士と、3つあります。授業そのものはひとつです。やる内容は決まっていたので、えいや、と入力しました。学部と大学院では、すこし違えています。
夕刻、新しいWIREDが届きました。
WIRED VOL.27/科学のゆくえを問う大特集「Before and After Scienceサイエンスのゆくえ」
夕食後、ほぼ読みました。
むすこといっしょに6時20分、室温8.2度。昨日とほぼ同じ室温です。ちいさいちびは塾、一日中。おおきいちびは午前練。お昼には帰ってきて、ヴァレンタインの準備をすると言っています。
おおきいちびのヴァレンタイン製作ですが、量がはんばないのですこしだけ手伝ってやりました。
パンが欲しくなったので、セイユウまで夕刻にお散歩。セイユウのパン屋さんに、ちいさいちびの好きなきな粉パンがあったので、買ってきてやりました。ちいさいちびのためにはほかにイチゴ。
ひとりで6時15分、室温8.3度。昨日より2.5度下がりました。昨日の夕刻から寒くなりました。午前中、インターネットに昨日の受験結果がでていました。合格です。最初の合格がでるまでは、気持ちが落ち着きません。今朝も不安になっていました。
昨夜、おおきいちびは部活からよれよれになって帰ってきました。腰も痛い、足も痛いと言っています。
駅まで一周の散歩。
ひとりで4時40分、室温10.8度。外はたぶん1度か2度。ちいさいちびは入試。
お昼頃、次の本が届きました。
朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』 朝日新聞出版、2014朴裕河『引揚げ文学論序説: 新たなポストコロニアルへ』(人文書院、2016)は読み終わりました。よい仕事をされています。
ひとりで5時25分、室温10.9度。今日は、通常。ゴミをだすために外にでると、地面が濡れており、雨とも雪ともみぞれともつかないものがぱらぱらと降っています。予報では、雨のち雪で、最高気温が4度。このまま気温が上がらないということです。明日からは、最高気温8度の日が続きます。
お昼過ぎにゲラが届きました。一息入れてから、全部に目を通しました。1点、完全な誤訳を直すことができました。
ひとりで5時、室温10.1度。昨日より、1.5度下がりました。おおきいちびの17回目の誕生日。
夕刻、次の本が届きました。
朴裕河『引揚げ文学論序説: 新たなポストコロニアルへ』 人文書院、2016
序と総論だけ先に読みました。これはよい仕事をされています。
ひとりで5時5分、室温11.6度。室温は昨日より1度下がりました。ちいさいちびは出願の日。私は午前中も午後も会議です。
ちいさいちびがやってきた友達といっしょにでかけるのを待って、私もでかけました。9時半武蔵境発の西武線。
研究室に行き、書類を用意し、大学院係の方に提出してから、5階へ。5階の会議で発言することはほとんどありません。椅子を温めるのが私の仕事です。10時10分から11時40分まで。研究室に戻り、お弁当を食べてから、残った採点作業。照合をし、それから、ネットワーク上で転記。転記したものともとのものを比較して、作業は完了。
午後の会議は、2時から。3時20分まで。3時半から学部教授会なので、そのまま大会議室に行きました。藤井先生に続き、2番目でした。
半分近く寝てしまったと思います。教授会終了後、科長室で打ち合わせ。6時16分多磨駅発の電車で帰ることができました。
ひとりで5時、室温12.6度。室温は昨日とまったく同じ。ゲラとの格闘を完了させました。午後、郵便局に行って投函、セイユーですこし買い物をして帰ってきました。
ひとりで4時50分、室温12.6度。おおきいちびは区の大会。キャプテンの父兄として、妻は、差し入れに行くそうです。ちいさいちびは塾。おおきいちびもちいさいちびもお弁当をもってでかけます。
朝方買い物にでかけました。それ以外は、家にいて、ゲラのチェック&索引作り、それに休憩。
ひとりで5時5分、室温10.8度。午後に大学院の季節的業務。4件あります。
9時54分武蔵境発の西武線。
午後の仕事が始まるまでの間、採点をしました。午後の仕事は、12時40分集合、12時55分から。3時前まで。
研究科長にたのまれたお留守番をすこししてから、再び、研究室に戻り、採点作業。採点だけは本日中に終えようと思い、すこしだけ頑張りました。4時52分多磨駅発の電車に乗ることができました。
土曜日に緊張を伴う仕事をすると、帰宅してよれよれです。
明日は普通の日曜日。月曜日も学校に行く必要はありません。
ひとりで4時30分、室温9.7度。午後に面接。
朝、郵便局でお金を払い、その領収書を家に置いてから、大学へ。武蔵境駅前のパン屋さんで昼食のパンを久しぶりに買ってから、9時54分武蔵境発の西武線。
冬の集中講義のレスポンスシート&最終レポートの名寄せ作業。
1時から40分の予定で面接。話が盛り上がり、すこし伸びました。
4時40分多磨駅発の電車で帰途。
明日も仕事があります。
ひとりで5時、室温10.2度。金、土は、また仕事です。今日は自宅でのんびりします。
ちいさいちびと推薦入試の結果を見るために、妻は歩いて高校へ。ダメでした。ものすごく確率は低いと思っていたので、予想通りではあります。
同じ中学校の仲間はみんなダメだったそうです。同じく歩いて帰ってきて、しばらく休んでから、中学校へ行きました。音楽の時間から参加するそうです。
その後、ずっと前に届いていたJ-COMの新しいモデムの交換作業をしました。古いのをはずして新しいのを設置するだけです。J-COMからの説明書には、1時間ぐらいで開通するとあります。2時間経っても開通しないので、指定された電話番号に電話してみました。モデムとルーターを再起動してください、ということです。再起動するとすぐに繋がりました。速度がアップするということです。気持ち、アップしたように感じますが、気のせいかもしれません。
開通を確かめてから、郵便局に行って本を送りだし、それからセイユウに行ってすこし子どもたちのお菓子を買ってきました。気温が低く、強い風が吹いていました。
次の本が届きました。
上間陽子『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』太田出版、2017
ひとりで4時45分、室温10.2度。午後に1つだけ会議。
J-COM さんからは、1月31日で接続を切る(要するに一切消滅する)と告げられていましたが、2月1日の早朝にはまだ生きています。本日午前中に出勤した社員が切るだけかもしれませんし、しばらく放置するのかもしれません。なんとも予想がし難い。
→家をでるまでは存在しましたが、学校について、しばらくしてアクセスしてみると、次の表示がでて、終わっていました。お知らせ
J:COM NET加入者向けWebSpaceサービス
サービス終了のお知らせ
J:COM NET加入者向けWebSpaceサービスは、2017年1月31日(火)をもちましてサービスを終了致しました。
これまで長らくご愛顧を賜り、誠にありがとうございました。
郵便局で本を発送してから出かけたので、9時30分武蔵境発の西武線。
土曜日の準備作業の継続。12時40分から会議。2時20分ぐらいまで。
研究室にもどり、2月7日締切の仕事に着手しました。下案は作りました。
4時4分多磨駅発の電車で帰ってきました。
帰宅すると次の本が届いていました。
添田 孝史『原発と大津波 警告を葬った人々』 岩波新書、2014
ひとりで5時10分、室温12.2度。会議の日。たぶん、3つ。
8時54分多磨駅発の西武線。
土曜日の準備。
10時から打ち合わせ。1時間強。
12時40分から会議。2時20分頃まで。
3時から会議。6時前まで。6時4分多磨駅発の電車で帰宅することができました。
ひとりで5時10分、室温13.0度。採点が優先します。採点が終わるまで、採点最優先で仕事をしていきます。
8時30分武蔵境発の西武線。すぐに採点業務にとりかかりました。
10時過ぎに一度、事務棟1階に行って、書類を手渡してきました。1時過ぎに、土曜日の忘れ物をやはり事務棟1階の別の部署に渡し、図書館で本を返却しました。
もう一度チェックはしますが、なんとか採点を終えました。
4時28分多磨駅発の電車で帰ってきました。今日は予報通りに暖かく、春がきたようでした。この春は一日限りです。明日は普通の冬に戻ります。体調管理に注意を要するところです。
ひとりで5時20分、室温11.5度。恒例の週間天気を見てみました。今後1週間は11度とか12度の日がほとんどです。ただし、明日だけ20度となっています。体調を崩さないようにしないと。ちいさいちびは塾、おおきいちびは部活。
おおきいちびは7時頃自分で起きて、自分で朝食をとり、7時20分すぎに出かけていきました。お昼は友達と食べるそうです。そして、そこから塾に直行するそうです。おおきいちびは高校生になって、外を動き回るのがとても好きになりました。あっちゃこっちゃいちばんいそがしくうごきまわっています。小学生が欲しいソフトがあると言います。アマゾンで見てみると、品切れ中で、入荷まで一ヶ月ぐらいはかかるようです。
ヨドバシで調べてみると、吉祥寺に僅少ですが在庫があるようです。朝一番で連れて行ってやりました。9時27分ぐらいにつきました。3分間開店を待ちました。待っている人が10人ぐらいはいました。
開店と同時に入店し、息子はさっさとソフト売場へ。最後の店頭在庫がありました。駅ビルのなかでちいさいちび用のおやつを買ってすぐに帰りました。1週間の疲れがあります。寝たり起きたり。
ひとりで5時20分、室温12.1度。小学生は土曜学校、ちいさいちびは塾、おおきいちびは部活。土曜日ですが、全員出動します。
私は、大学院の季節的業務。朝から夜まで。
小学生がでたあと、でかけました。8時30分武蔵境発の西武線。同じ仕事の同僚が先頭に座っていました。
事務に出頭してから、研究室待機。準備をしていました。11時過ぎから仕事。昼食を挟み、4時半頃まで。
その後は、書類を埋める仕事。今日中に終わらせたかったので、一人残ってやっていました。5時半過ぎに終わり、事務に提出。確認をしてもらってから、帰途。5時52分多磨駅初の電車で帰りました。
疲れました。怒濤の1週間がともかく終わりました。
来週末もやはり、大学院の季節的業務があります。
ひとりで4時35分、室温10.2度。
ちいさいちびは受験の2日目。妻が連れていって、ひとりで午前中に帰ってくるそうです。ちいさいちびの動向を確認してから(ちいさいちびが帰宅し、その後どうするのか確かめてから)大学に向かいます。いつ行けるかはまだ不明。
→10時過ぎに帰ってきて、お腹が空いたと言います。10時半にマックに買い出しに行きました。私はご飯を炊いて、グリーンカレー。我々の世代はこれでよいのですが、ちいさいちびはあるときカレー嫌いと言って、妻を困らせていました。カレー嫌いは継続しているので、家庭の手軽・王道が一つ欠けていることになります。食事が終了してから、ソファーの上で毛布にくるまっているちいさいちびを残して、仕事にでることにしました。集中講義の最終日。
12時18分武蔵境発の西武線。3限に間に合います。101教室に行くと、高瀬先生がもうお見えです。パソコンは借りに行くの? TA が来ていませんでした。私がすぐに走って、2階から パソコンと配付資料をとってきました。だいたい準備が終わった頃に TA が現れました。1本遅れたようです。高瀬先生は話がうまく、何でも安心してお任せできる方です。
スタートを確認して、研究室へ。採点業務。わおー。整理だけでも相当に時間がかかりました。採点業務はもっとも疲れる種類の仕事です。今日はやっと4分の1のところまで進めることができました。3時45分、教室に入ると、先生はもうお帰りでした。5限の最終レポート執筆は、ゆっくりやってもらって問題ないと学生諸君には伝えました。90分粘れる学生は、いつもごく少数です。途中、書類を1点大学院係に提出してきました。
5時40分多磨駅初の電車に乗ることができました。6時25分には、お風呂も食事も完了。一日の完了です。(といって、急いだ方がよいメールには返信しました。)
明日も一日仕事。
ひとりで5時45分、室温8.9度。
起床が遅くなったのは、昨日の会議の疲れです。尾を引く会議というのもあります。昨日はその典型でした。ちいさいちびははじめての受験日。妻が付き添っていきます。
私は集中講義3日目。初日、二日目と同じく、2,3,4,5限。そしてお昼休みに会議が入りました。
8時54分武蔵境発の西武線。大学についてすぐに教室へ。さすがにまだ誰も来ていません。研究室で昨日の作業の継続。
9時20分過ぎに書類をもって教務課へ。書類を渡してから、また教室へ。セットアップを先にしました。やはり一度研究室に戻り、しばらく作業をしてから、教室へ。高齢の方がお二人と TA が来ていました。
先生が来るのを待って、挨拶をすませてから、また研究室に戻りました。11時40分から会議。12時半まで。それから打ち合わせ。1時前に部屋を追い出されました。
3限終了15分前に教室に入りました。S先生と打ち合わせる必要があります。学生たちの相談が続いたので、S先生にはしばらく待ってもらいました。打ち合わせは、技術的なことで、問題なくすみました。しばらく、医学部の習慣との差違について、話をしていました。
研究室に戻り、作業の継続。名寄せの作業をしていましたが、本日は完了せず。5時25分、本日の完了を諦めて、教室に戻り、コメントシートの回収。
6時4分多磨駅初の電車で帰ってくることができました。
たいしたことをしているわけではないのですが、疲れがたまってきています。
ひとりで4時20分、室温8.3度。集中講義2日目、初日と同じく、2限3限4限5限。
午後に2つ会議。
8時半、武蔵境発の西武線。昨日とまったく同じ中央線に乗ったようです。メールボックスで2点郵便を受け取りました。
昨日からの作業の続き。9時15分頃、書類を事務に渡しに行きました。その帰り、印刷センターによって配布物を全部箱ごと持ち出し、101教室に。教室にインストールしておくことにしました。
一度研究室に帰ってから、また教室に戻りました。TA も、先生も、来てくれました。挨拶と打ち合わせだけして、研究室に戻り、作業の継続。
午後の会議は2時20分から。これはすぐに終わりました。その後科長室で打ち合わせ。そのまま、最大の難関が待ち受ける教授会へ。今日はプロメテウスホール。
予想通り長引きました。6時52分多磨駅初の電車にやっと乗ることができました。
ひとりで4時45分、室温8.4度。午前中からリレー講義が始まります。そして、午後に会議が2つ。
息子の次に家をでました。8時30分武蔵境発の西武線。メールボックスで荷物を受け取ってからまず教室へ。さすがに誰もいません。
メールボックスには、次の2冊が献本で届いていました。
小山慶太『光と電磁気 ファラデーとマクスウェルが考えたこと 電場とは何か? 磁場とは何か?』講談社ブルーバックス 2016
水沢光『軍用機の誕生』吉川弘文館、2016
ご高配いただいた出版社の方(講談社と吉川弘文館の編集者の方)、ありがとうございます。それから研究室で、昨日からの作業の続き。
1時間ほどしてから、印刷センターで配布物を受け取り、教室にインストールしてから、事務へ。書類を1点手渡しました。
それから教室に戻り、河原先生を待ちました。10時前にお見えになりました。挨拶をし、すこしだけ学生たちに評価の話をしてから、研究室に戻りました。研究室で作業を継続。
午後の会議は1時40分から。これはすぐにすみました。
次の会議は、3時半会開始の予定だったのですが、3時過ぎに前の会議は早く終わったのですぐに来て下さいという電話。行ってみると、お一人の方と連絡がつかず、結局3時半のスタートとなりました。10分で終わりました。ちょうどよいので、101教室に行って、5限の先生に挨拶し、本日の終了の仕方について、学生たちにアナウンスしました。
授業終了後、6時から打ち上げ。近所のお店にしました。9時過ぎまで。9時28分多磨駅初の電車に乗って帰ってきました。
ひとりで5時、室温10.3度。午前中に歯医者、午後打ち合わせ。
妻とちいさいちびがでかけたあと、郵便局に行って日曜日に処理したゲラを投函し、お金を降ろして、銀行で本代を払い込みしようと思いましたが、支店の記載がなく、そこで諦めました。妻とちいさいちびは一度帰ってきました。ちいさいちびはトイレに入り、熱い飲み物を飲んで、すぐに中学へ。
歯医者さんは10時45分から。10時50分に着いて、しばらく待っていました。11時過ぎに呼ばれ、12時15分ぐらいまで。麻酔を打って、4箇所を本付けしました。大きな痛みはないのですが、こわいおもいはします。12時半前に帰宅しても、麻酔が抜けていなかったので、届いていたメールに返信をしていました。それから、妻がつくっておいてくれたお粥を食べました。
1時54分武蔵境発の西武線。
明日の準備が優先です。リソグラフで85枚×6部を作成し、印刷センターに預けました。3時から打ち合わせ。こっちは4人。1時間半近く。
研究室にもどり片づけをしてから、帰途。5時4分多磨駅初の電車に乗ることができました。
ひとりで5時15分、室温10.4度。かなりラフな感じですが、私が入力すべきシラバスは、ほぼ入力することができました。
週があけると、火曜日から金曜日まで医科歯科の先生方によるリレー講義「くらしと健康B」があります。2,3,4,5限が3日続き、最終日だけ、3,4,5限で、15コマとなる集中講義です。その間に会議が入ります。
来週は月曜日も会議があるので、月、火、水、木、金、土と仕事が続きます。先週は、日、月、火、水、木、金でした。
28日の仕事の準備は、その間に行います。成績もできるだけ、同じ期間に終わりまでもって行こうと思っています。夕刻に次の本が届きました。
名嘉 幸照
『"福島原発"ある技術者の証言 原発と40年間共生してきた技術者が見た福島の真実』
光文社、2014
2017年度の月曜日4限の授業で使おうと思っています。暗くなる頃、ゲラが届きました。第5便です。平野が石川を下したのを見終わってから1時間ほどで処理しました。日本選手権女子シングル1位ですから、当たり前ですが、今の日本女子では一番強いと試合を見ていて思いました。
ひとりで4時55分、室温9.6度。自分のためにここしばらくの締切を列挙しておきます。
1月28日(土曜日)博士後期入試
1月31日 シラバス入力締め切り
2月3日 成績締め切り
2月4日(土曜日)大学院冬期入試
2月7日 博士論文審査報告書締め切り
2月14日 駒場シラバス締切
→今日は、シラバスを作成していました。月曜日4限の授業を除き、だいたい固まりました。月曜日4限に関しては思案中です。
このサイトのサドンデスがあと10日ほどに迫ってきました。引越の余裕はまだないので、次が見つからないままサドンデスかもしれません。ともあれ、締切のある仕事をこなすのが先です。
ひとりで4時15分、室温10.4度。午前中に会議のようなもの。
8時42分武蔵境発の西武線。研究室で片づけものをしているうちに、集合時刻。教務に一点書類を提出してから5階へ。
時間通りに進行。
日曜日から仕事が続いています。休みが必要だと感じて、昼食後、そのまま帰宅することにしました。12時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。ゲラが届いていました。今日は、事務的用件のメールを数多く出しています。
ひとりで4時55分、室温10.4度。本日も怒濤です。木曜日は秋学期の最終日。
いつもと同じく、7時54分武蔵境発の西武線で大学に向かいました。まず、研究室で本日の1限にかかわるファイルをプリントアウト。それから、テーブルベルをもって227教室へ。何人かがもう来ていました。
8時35分発表スタート。これまでの3回は、5班に発表してもらいましたが、今日は4班。すこし時間に余裕があります。無事終了。すぐに研究室にもどり、書類の処理。すこしは進めることができました。
11時半からTA の慰労会。 TA 2名、教員4名。特別食堂。
3限の時間帯は、やはり書類の処理。年度末なので、いろいろあります。
4限のゼミ。ジャズの歴史を基本から話してくれました。
5限。101教室で簡単な説明をしてから、いつもの部屋で、打ち上げ。持ち寄りということだけで、それ以上の打ち合わせはしていません。
集まった人間でその場で打ち合わせ。2名、買い物部隊が飲み物を買い出しに行ってくれました。食べ物はピザを発注しました。デリバリーをしてくれるお店を探すのに、学生諸君は苦労していましたが、いろいろ相談し、断られたお店もあるなか、最後部屋まで運んでくれる店舗を見つけてくれました。教室のドアをノックし、アルバイトのお兄さんが入ってきたときには、思わず拍手。お兄さんにとっては珍しい体験だと思われます。はやめに切り上げ、8時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。中央線に乗車したところで5人。大学の近所に住んでいる子が多いせいです。
ひとりで5時45分、室温9.3度。お昼休みから、5つの会議が連続します。そして、3種類の教授会がすべて開かれます。6時半終了予定ですが、すくなくとも7時ぐらいまではのびそうです。
自宅ですこし仕事をしてから出かけました。10時半武蔵境発の西武線。メールボックスの近くにある事務に本日締切の仕事を提出し、メールボックスに届いているコメントシートを受け取ってから、研究室へ。
11時半前後でお弁当。11時50分から入試委員会。
引き続いて、12時40分から大学院の協議会。こちらは、1時10分ぐらいまで。次の会議まで1時間、あいだができました。休憩することができて助かりました。
2時20分からは、会議が連続します。研究院教授会、研究科教授会、学部教授会。研究院教授会は困難な案件を来週におくったせいで、穏やかに終了。私が司会する時間がありましたが、まったくスムーズに進行しました。研究科教授会、学部教授会は、やっかいな案件があり、学部教授会が終わって8時を過ぎていました。8時16分多磨駅発の電車でやっと帰ってくることだできました。
ひとりで5時25分、室温8.6度。午後に会議。ずっと続きます。
全員を見送ってから家をでました。駅前のセブンイレブンで少し買い物をしてから中央線に乗車。9時半、武蔵境発の西武線。
会議は12時40分から。
終わりの方の会議は3時40分から。そして、4時から長い会議。7時過ぎに終了。7時28分多磨駅発の電車で帰宅。
ひとりで5時15分、室温7.1度。空気はかなりひんやりしています。
朝、郵便受けに次の本が届いていました。
G.C.リヒテンベルク『リヒテンベルク先生の控え帖』池内紀 編訳、平凡社、1996
これは、本当に池内さんの編著です。リヒテンベルクの控え帖から、池内さんが面白いと思った文章を抽出し、訳しています。午後に授業。それよりなにより、水曜日締切の仕事をしなければなりません。
8時42分武蔵境発の西武線。上記の宿題をやるためです。
心配していたのですが、なんとか目処をたてることができました。
3限4限は、授業。
4時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで6時30分、室温7.2度。たぶん外は氷点下。室温で昨日より3度下がっています。
今日は大学教員の季節的業務により一日中仕事です。できるだけゆっくり寝ているようにしました。木曜日とほぼ同じ時間帯に動きました。日曜日なので、吉祥寺で中央線に乗り換えました。7時54分武蔵境発の西武線。
集合は8時半。終わったのは、6時過ぎ。6時16分多磨駅発の電車で帰ってくることができました。多磨駅で、研究科長、両学部長といっしょになりました。四方山話。
ひとりで4時45分、室温10.3度。寒波が東京にも到来しているはずですが、室温はまだ昨日の朝と同じです。
ちいさいちびは土曜日学校。7時に起こしました。7時半過ぎに出かけていきました。お昼には帰ってくるそうです。お昼にゲラが届きました。昼食後しばらくしてから、このゲラとずっと前に来ていたゲラの両方を処理しました。私の部屋は寒いので、食卓の上で全部こなしました。
運動を兼ねて、すぐに郵便局に投函に行きました。ワー、寒い。気温はたぶん6〜7度なんでしょう。郵便局のあと、セイユウで歯ブラシを買い、ガード下のローソンでちょっとだけおやつを買って帰ってきました。ローソンで、OT 親子に会いました。ダンスのレッスンをしているのだそうです。大橋喜之氏の錬金術書漫談blogは、ここしばらく「プトレマイオス的周回−革命」と題して、オルネッラ・ポンぺオ−ファラコヴィーニ『諸星辰にしるされてあること』第五章・プトレマイオス的周天(革命)を訳出してくれています。
プトレマイオスについての基本が記述されています。貴重な仕事です。私は、基本はしっかりと知っておいた方がよいと思い、プリントアウトし、ペンをもって読んでいます。『テトラビブロス』のこの位置付けは、ちょっと意外で、そういうことであれば、筋は通っていると感じました。
ものすごく単純な疑問ですが、『テトラビブロス』における占星術のこの位置付けは、東方への翻訳・伝播のなかでどう変容していったのでしょうか?
やっている方(こういうテーマを研究されている方)は、必ず、いると思いますが、私の知識のなかにはなく、ちょうどよい本や論文があれば、読んでみようと思います。
ひとりで4時40分、室温10.3度。→週末は、寒波が東京にも到来するようです。土曜日の最高気温が5度、日曜日の最高気温が6度の予報。金曜日と土曜日は、休めます。日曜日は、大学教師の季節的業務。
久しぶりに金曜日が丸々休みとなったので、ずっと放置していた Facebook の更新を行いました。2ブロック。(こういう言い方がよいかどうかは不明です。)
画像文化論は、いろんな分野の方にもっと関心をもってもらってよいと思います。その宣伝活動の一部ですが、ほとんど手をつけることができていません。Facebook の更新を終わってから、玄関を開けて、郵便受けを見てみました。新しいISIS が入っていました。2016 の No. 4 です。Current Bibliographyを技術的エラーによってこの号につけることができませんでした、ごめんなさい、許して、というコメントシートが入っていました。どういう技術的エラーかは具体的には書かれていませんでした。
実は、昨日の駒場の授業では、ルネサンスの時代に印刷されたプトレマイオスの地図について議論をしていました。Cohen, Album of Science, p.19 図版25の地図についてです。解決のつかない疑問が多数だされました。
届いたばかりのISIS の最初の論文が、プトレマイオスの地図の経度ミスについてです。最初にプトレマイオスの地図と現在の地図を重ねた地図が掲載されています。よく考えると謎は多くあります。
フランシス・ベーコンの磁気哲学とか、HAMANAKA HARU さんのドイツ語の本の書評とか、興味深いものは数多くあります。
そして、表3には次号の目次が予告されていますが、なんと、A Second Look at Shapin and Schaffer's Leviathan and the Air-Pump という特集が組まれています。わおー。
全書評の概要、5人の書評者のコメント、若い歴史家の4人のコメント、最後にシェイピンとシャッファーによる回答、からなるそうです。
せっかく邦訳も出たことですし、日本でもこういう反応があるとうれしいな。上記のHAMANAKA HARU さんですが、気になるので、表記を確認しました。
濱中春さんです。現在法政大学社会学部教授です。
アイシスがで取りあげるは本は次です。
Haru HAMANAKA, Erkenntnis und Bild. Wissenschaftsgeschichte der Lichtenbergischen Figuren um 1800. Wallstein Verlag, 2015
邦訳すれば、濱中春『知と図像:1800年前後のリヒテンベルク図の思想史』。タイトルだけで私の関心のど真ん中だとわかります。
濱中さんは、全般としては、18世紀における文字と図像の(認識論的)関係を研究されています。
→ 17.1.14 リヒテンベルクさんてどなた、と思い、すこし調べてみました。Georg Christoph Lichtenberg, 1742-1799 . 実験物理学者ということですが、視覚文化史の観点からはたしかにとても面白い人物です。放電によって生じるリヒテンベルク図形は、1777年に発見されたそうです。上のドイツ語の著作は、リヒテンベルク図形の初期の受容史を、自然誌、物理学、天文学、気象学、化学、色彩論、言語論、版画術、写真術といった広いジャンルではじめて位置づけたものだそうです。なるほど。
ひとりで4時35分、室温10.3度。本日も疾風怒濤の一日となります。
いつもよりはやめに動きました。7時42分武蔵境発の西武線。研究室に行き、荷物を置いて、メールをチェック。8時10分過ぎに教室に向かいました。TA の院生が一人と、学生がひとり教室にいました。
8時35分スタート。わずかですが、決まった時間を超えて話す院生がいて、5人目の院生の質疑応答終了と同時にチャイムが鳴りました。ほんとうは5分前に終わってほしいところでしたが、まあ、許容範囲。研究室に戻り、事務処理。11時に学生が見えて、面談。迂闊な学生だったので、ゼミ登録の仕組みを教えました。たぶん、納得して、手続きに向かったと思います。
お弁当を食べ、一休み。
朝思い立った5限の画像の調査を続行。ほぼ目処がつきました。4限の授業には、カバンとコートをもって行きました。いつもより5分早く終了し、そこからかなり早足で駅へ。3時52分多磨駅発の電車になんとか間に合いました。
4時40分に駒場の駅に着きました。判子を押して、科哲事務室へ。先週も今週も橋本さんの姿はなし。どこかに出張されたのでしょうか。
ゆっくりめに金曜日5限駒場の授業を開始しました。ひとりは面接のため欠席。授業アンケートを最初にこなしてもらいました。
私のまったく知らない画像の提示もあり、勉強になりました。
終了後、アンケートを指定された事務室に持参しましたが、事務室は閉まっていました。このあたりが、駒場の教務事務のダメなところです。仕方がないので、持ち帰り、あとから郵送することにしました。
ほぼいつもとおり、6時53分永福町発の急行に乗り換えました。
ひとりで4時55分、室温11.4度。午後に会議は2つ続きます。
10時半武蔵境発の西武線。まず、教務課で次の17点の卒論を受け取りました。会議が始まるまでに、3点を読みました。
「平和教育の意義と今後の課題」
「精神病質とその矯正ーサイコパスと共存していくために私たちにできることー」
「日本のエネルギー政策のあり方について」
「サステイナビリティ研究ー持続可能な地球システムと社会システムの両立にむけてー」
「鉱物が象徴するものー実用的側面と歴史的・文化的側面からみる鉱物の役割ー」
「チェコ共和国におけるビール文化とその健康への影響」
「運動と科学ー実用的側面と歴史的側面ー」
「香港の歴史と文化」
「世界各国のインバウンド観光〜大韓民国・オーストラリアの例からみる日本のインバウンド観光の展望〜」
「隠して魅せる北朝鮮〜報道されない国民生活と文化・観光から探る〜」
「戦後から現代にかけた沖縄での女性搾取」
「モンゴル伝統医療の変遷と現状」
「大学ボート部における選手のモチベーション」
「生物科学研究における不正行為」
「安楽死計画から見るナチスの優生思想ー乱暴に扱われた学問としての優生学ー」
「介護問題ー超高齢社会で何がおこっているのか」
「人間と人工知能の共存における諸問題とその解決」
会議は4時から4時半まで。これは私が司会役です。
次は、教授会で、5時から6時15分ぐらいまで。はじめと終わりは、研究院長の仕事ですが、残りは私が司会をしていました。去年とは全く違って、穏やかな進行でした。
6時28分多磨駅発の電車で帰宅することができました。
ひとりで5時10分、室温12.2度。ちびどもと小学生は始業式。
午前中に会議。午後遅くにまた会議。
9時18分武蔵境発の西武線。研究室に着き、メールのチェックをしているうちに、朝の会議の時間。10時10分から学長室。11時20分まで。
研究室に戻り、お弁当。午後の会議は、4時半から。締切が過ぎたもの、締切がもうすぐなもの、ともかく、できることを処理していきました。一定数はこなすことができました。
4時半から始まった会議は、6時45分ぐらいまで。6時から学長室主催の新年会があります。なんとなく記憶があったのですが、通知メールには、「欠席の場合には、○○日までに××まで連絡するように」という内容だったようです。私を含め、両副院長は、あ、しまったでしたが、仕方ありません。終わってすぐにプロメテウスホール1階会場に向かいました。教員と事務の方あわせ全部で数十人集まっていました。
今日の夜から明日の朝にかけて処理すべき案件が残っています。アルコールは摂取せずに、サラダ系とお寿司だけいただきました。7時52分武蔵境発の電車で帰ることができました。
帰宅して、相当数のメールに返信しました。残りは、明日の朝、対応します。
ひとりで5時40分、室温10.3度。昨日よりはましに(すこし暖かく)感じます。ずっと降っていた冷たい雨は、ほぼ上がっています。
ひとりで6時20分、室温9.5度。今日は1度〜7度で、3時ぐらいから雨の予報。→予報よりすこしはやく冷たい雨が降り始めました。ちびどもはふたりとも傘をさして返ってきました。おおきいちびは男子バスケの応援。板橋の方に行くそうです。ちいさいちびは塾。帰ってくるのは8時半ぐらいだそうです。
訳あって、『化学史研究』の古い号(1988年第3号)を探し出し、次の論文を読みました。
[特集ラヴワジェ研究入門第4回]川崎勝「シュタール化学の原像 ―18世紀化学の一つの出発点―」『化学史研究』第44号(1988年): 119-134
最終頁に新入会員(1988/6/20)のリストがあり、そこに金森修さん(当時筑波大学所属)の名前が見られます。つまり、金森修さんは、昭和の終わりに、化学史学会に加入されたことになります。そして、書評を数点と、[特集ラヴワジェ研究入門第10回]金森修「化学認識の言語束縛性 」第18巻(1991): 211-220 という論文を書いてくれています。バシュラールの化学論に繋がる仕事です。10年ぐらいは入ってくれていたように思われます。
むすこといっしょに6時45分、室温8.8度。よく晴れていて寒い。昨日よりはいくらか気温が上がるという予報。最高気温11度ということです。ともかく、部屋の中は寒い。
ひとりで5時45分、室温9.6度。室温が下がっています。外の気温の低下を1日遅れで反映しています。
ひさしぶりに誰も起こす必要のない朝。夕刻に駒場。
年末に借りた5冊をカバンにつめて、3時過ぎに家をでました。駒場には4時頃着きました。いつも通り、1号館で判子、図書館で本の返却、生協でブラウジング。それから科哲事務室にお邪魔しました。冨田さんは、風邪で苦しそうでした。
4年生の二人は、卒論の追い込み中ということで欠席。3年生の就活も進行中だそうです。
6時53分永福町乗換。7時20分家に帰り着きました。まっすぐ動けば45分で着くことになります。
ひとりで5時40分、室温11.2度。外の気温は下がったはずですが、室温は昨日の朝と同じまま。朝一番から怒濤の一日となります。
7時に妻とおおきいちびを起こしました。着替えて準備をすませてから、7時半にちいさいちびを起こし、お弁当をカバンにつめて、家をでました。7時54分武蔵境発の西武線。研究室に行って、カバンを軽くしてから、まず227教室へ。TA の方がすでに準備をすませてくれています。TA の方が配布物を印刷センターへとりに行ってくれたので、私は教室で待機。レジメ2人分が行方不明になるトラブルがありましたが、これもTA の方が走り回ってくれて解消。36分ぐらいに始めることができました。
私は3人目の方の発表が完了し、4人目の方に交代するところで教室を出て、審査会場へ。プロメテウスホールの3階に設定されています。
博士論文の最終審査そのものは、公表されている通り、10時から12時まで。
公開審査のあと、委員だけで最終協議。教室を片づけて、大学院係の方のところに。その場で渡せる書類を手渡し、残りの書類の提出時期を伝えました。研究室に戻り、お弁当。1時前後で、修論の判子。不明な点があり、何度か行き来されましたが、無事、提出したという連絡がありました。
2時20分から4限の専門演習。
専門演習終了後、101教室の亀田先生、TA の方に挨拶/打ち合わせをし、しばらく研究室で待機してから、4時28分多磨駅発の電車。
帰宅すると、ちいさいちびがソファーの上でねっころがって、本を読んでいました。塾での試験、疲れたそうです。
ひとりで5時45分、室温11.2度。お正月が暖かかったので、朝の室温はすこし高くなりました。今日から日常に戻ります。ちいさいちびは塾。おおきいちびは部活。明日は1限から疾風怒濤です。準備は今日済ませておこうと思い、お昼前に大学に出ました。駅前のパン屋さんでパンを買ってから、11時42分武蔵境発の西武線。メールボックスで来週末の仕事の書類を受け取り、印刷センターへ直行。入り口の書類を見ると、2017年は私が最初の利用者だった模様です。3組のレジメを140部印刷しました。それは、そのまま印刷センターに預けて、研究室へ。部屋のなかはまだ寒かった。メールをチェックし、書類をすこしだけ片づけて、帰途。12時40分多磨駅発の電車。
日が暮れてから寒くなるという予報ですが、日中は暖かい一日でした。
ひとりで6時50分、室温10.7度。息子がすぐに起きてきました。ちいさいちびは、昨日に続き、塾。おおきいちびは今日から塾。ふたりとも朝に出かけました。おおきいちびは夕刻まで、おおきいちびは午前中のみ。
今日はゆっくりとすこしだけ仕事をこなしました。
むすこといっしょで6時50分、室温10.9度。まだ終わりというわけではないでしょうが、一応、朝のうちに年賀状を書き上げ、おおきいちびの分、小学生の分を含めて、ポストに投函に向かいました。ちいさいちびは受験生ということで、一番仲良しの子がひとりだけ年賀状をくれています。返事はまだかいていません。
ちいさいちびは塾始め。おおきいちびはバーゲンに行きたいと言うことで、ママについていってもらって、朝一番でアウトレットモールへ。さて、5時ぐらいには帰ってくるのでしょうか。
午後は、朝ポストに入っていた仕事のゲラを見ました。見終わってから、これも郵便局のポストに投函に行きました。
本日の仕事はだいたいこのぐらいでしょう。あとは、いろいろの連絡。
ひとりで6時15分、室温10.1度。昨日よりいくらか暖かめ。
おおきいちびは6時過ぎに起きたようです。6時半頃、友達と初日の出を見ると言って外出しました。10時半頃、年賀状が届きました。やはり足りません。すでに完成した年賀状をポケットに入れて、おおきいちびの自転車で荻窪郵便局に向かいました。いつだったか、荻窪郵便局の前で年賀状を販売していたのを思い出したせいです。
荻窪郵便局について、ポストに年賀状を投函すると、郵便局に入っていく人がいます。私も入ってみました。どうも開いている感じがします。人がいたので、年賀状ありますか?と問うとありますの返事。うれしそうではありませんでしたが、対応してくれました。追加の年賀状を買って、帰宅。
全部ではありませんが、一定数は返事を書くこともできました。明日の朝のうちに、返信は全部すませます。合格祈願を兼ねて、昼食後、初詣。おおきいちびのときと同じくお茶の駅前の湯島聖堂に行きました。おおきいちびとちいさいちびを連れていきました。
晴れていて暖かい。ちいさいちびは、電車のなかでマフラーをしまっていました。
湯島聖堂は、孔子廟です。学業成就という旗は掲げられていますが、それほどの人出ではありませんでした。
ちいさいちびが運動不足気味なので、神田明神の方にも行ってみました。わおー、参拝客が列をなしています。参拝できるまでに1時間以上かかりそうな列です。警察が来て、整理に当たっています。毎年のことなのでしょう。
ちびどもは、クレープが食べたいと言っています。御茶ノ水駅周辺を見てみましたが、すぐにはクレープ屋さんは見つかりそうになし。隣の水道橋なら、後楽園球場(ドームシティ)があるので、クレープ屋さんはお正月でも営業しているのではないかと予想し、水道橋まで移動しました。電車を降りた途端に、すごい人です。
理由はわからなかったのですが、とりあえず、人の波に乗って、東京ドームの近くまで行ってみました。ちいさいちびの表現では、ジャニオタの群でした。正確には、ジャーニーズのHey ! Say ! Jump ! のコンサートがあり、そこに集まったファンの子達でした。この列に流されると危ないと考え、途中で踵を返しました。
ホテルにはスイーツの食べることができる場所があります。でも、そういう気分ではないということで、家に帰って、自分で作って食べると言います。
西荻の駅で降りて、セイユーに直行し、材料を買いそろえて、帰宅しました。ちいさいちびは一休みしてから、クレープ作りにかかりました。
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