ひとりで5時10分、室温23.6度。5月ももう終わり。曇り。午後3時ごろから晴れ間が戻るようです。最高気温予想が22度。昨日はすこし暑く感じましたが、今日はちょうどよい気温です。午後に会議。本学のものがひとつ。夕刻に会議。MMA。
ほんとうに久しぶりに100枚を突破しました。
『地質学史談話会会報』第60号(2023年5月)が届きました。
<小特集:ヴェルナツキイ研究と科学思想史:宇宙地球化学と科学史を結ぶ>
山田俊弘「人新世問題からヴェルナツキイへ、そしてさらに」
奥村大介「霊的進化と精神圏の観念史素描⎯テイヤール・ド・シャルダンとヴェルナツキイを中心に⎯」
長谷川健司「科学の器官:ウラジーミル・ヴェルナツキイと生物圏のエピステモロジー」
八耳俊文「ヴェルナツキイ『地球化学』は日本でどのように読まれてきたか」
金山浩司「ヴェルナツキイと最近のソヴィエト科学史研究⎯長谷川報告へのコメント」
矢島道子さんから、JAHIGEO Newsletter No. 25 (2023) を送ってもらいました。
HASEGAWA Kenji, "Geological Power of Science: V.I. Vernadskii's Philosophical Legacy on Conceptualizing the Biosphere, the Sole Foundation of the Public Spheres", pp.14ffおおきいちび、高校生、妻がでかけたあと、ちいさいちびを9時50分に起こしました。ちいさいちびは在宅でアルバイト。
ちいさいちびが仕事を始めたのを確認してから、買い物に。セブンイレブン、ナチュラルなローソン、そして駅前の本屋さんを回りましたが、『週刊朝日』最終号は置いていませんでした。そこまで欲しいわけではないので、諦めて、西友で、スイカとアイスクリームを買って帰りました。午前11時過ぎに、私は昼食。カレーを温めました。
正午にちいさいちびが昼食。昨日の夜妻がつくった筑前煮。鶏肉と里芋が中心です。
6月24日の田中科研の研究会の発表準備をしています。
フォードの科学図像に関する本(Brian J. Ford, Images of Science: A History of Scientific Illustration, London, 1992 ) が役に立つかもと思いつき、取り出すことにしました。置いた場所は記憶しています。今は、そのまえに本当1メートルぐらいの高さに積み上げています。取り出すために、それらの本を移動させました。
ちょっとホコリがついていましたが、記憶していた場所にありました。
おお、なんと、その隣に、ずっと探していたヘンチェルの科学技術画像文化論の基本書(Klaus Hentschel, Visual Cultures in Science and Technology: A Comparative History, Oxford, 2014)がありました。数年間、行方不明でした。
ああ、ここに置いたのか。
やはりすこしホコリで汚れています。フローリングウェットシートで掃除をしました。その後、やはり後ろの本棚を見ていると、ディーバスの黄色い本が目につきました。
A.G. ディーバス 『ルネサンスの自然観:理性主義と神秘主義の相克』伊東俊太郎・村上陽一郎・橋本眞理子共訳、1986
もとは、A.G. Debus, Man and Nature in Renaissance, Cambridge, 1978
ものすごく丁寧に読んだあとがあります。関連する箇所をサーチしていると、次の箇所にぶつかりました。
ディーバス『ルネサンスの自然観』p.87
「 ボヘミアの植物学者アダム・ザルジアンスキイ・フォン・ザルジアン(1558-1613)は、古い分類法を放棄し、もっとも単純な植物から次第に複雑な形態へと並べるという斬新な方法で彼の『植物研究法』(Methodi hebraiae)(1592)をまとめた。
「医学と植物学を結びつけて考えるのが習慣となっているが、科学的に論ずるならば、われわれはそれを別々に扱うべきである。なぜならば、どんな学芸においても理論は実際から分離されねばならず、それらは統合される前にそれぞれの正しい順序で個々別々に扱われねばならないからである。そしてそれゆえ、植物学(いわば自然科学の特別な一分野である)は他の諸科学と結びつけられないうちに、それだけで一つの学問をなすよう、医学から分離されなければならないのである。」」 違和感があります。この時代に「植物学」(botany, botanique)はまだありません。「自然科学」という言葉もこういうふうに使われることはありません。
Man and Nature は持っていた記憶があるのですが、今時ですから、ネットで見つかるに違いないと考え、グーグルを活用しました。ディーバスのもとの英文は次です。
"It is customary to connect Medicine with Botany, yet scientific treatment demands that we should consider each separately. For the fact that in every art, theory must be disconnected and separated from practice, and the two must be dealt with singly and individually in their proper order before they are united. And for that reason, in order that Botany(which is, as it were, a special branch of Physics) may form a unit by itself before it can be brought into connection with other sciences, it must be divided and unyoked from Medicine"
あり得る話ですが、ディーバス自身が"botany"という言葉を使っています。訳語で「植物学」となるのは仕方ありません。ですが、「自然科学」と訳されている言葉は「自然学」でなければなりません。
やはり、グーグルを活用すれば、ザルジアンスキイのもとのラテン語も見つかるだろうと検索をかけました。それほど苦労せずに当該箇所が見つかりました。
Adam Zaluziansky von Zaluzian, Methodi Herbariae Libri Tres, 1592, no pag.
"Herbariae momine vulgo comprehenditur permista, et confusa quaedam plantarum, ac medendi doctorina. Quare, nequid instituto de essse videatur, de utraq ea arte separatim dicendum est. Medicinam enim Herbariae connectere, consuetudo cogit : separatim vero utramq tradere Methodi lex exigit. Omnium enim artium doctorina ab usu suo disjungenda, et separanda est, et antequam secum componantur, ut quaeq, prior est, singulae et per se tractande sunt. Ideoq Herebaria peculiaris quaedam Physicae pars, ut priusquam cum alijis disciplinus componenda site, ipa constet, a Medicina distingvenda & disiungenda est. "
思った通りです。もとの語は、"Herbaria"です。英語では、"Herbal" です。アーバーの本のタイトルも、"Herbal" です。一般読者向けに"Herbaria"を「植物学」と訳すことは許容されると思いますが、研究文献では避けるべきかと思います。
訳語は迷いますが、カタカナで「ハーバル」も悪くないと思います。日本語にするであれば、「草木誌」「植物誌」「薬草研究」あたりでしょうか。
やはりやはり今時なので、グーグルさんに翻訳してもらいました。
"The term herbalism is generally understood to include a collection of herbs and medicinal plants. Wherefore, although it may seem to be of an institute, it is necessary to speak separately of each of these arts. For the medicine of the Herbaria is bound together by custom, but the law of the Method requires that the two be delivered separately. For the knowledge of all arts must be separated and separated from their practice, and before they are combined with each other, they must be dealt with individually and by themselves, as this is the first thing. Therefore, Herbaria is a special part of Physics, so that before it can be combined with other disciplines, it must be established that it must be distinguished and separated from Medicine."
おかしなところもありますが、全体的に、Debus のものより良いのではないでしょうか。
(ちなみにラテン語を日本語訳させると、ちょっと使えるものにはなりませんでした。)> 翌日。
p.75 ヨーロッパの医学校で植物学の講座が設立された(最初は1533年のパドヴァ)。16世紀末までにはフィレンツェ、ボローニャ、パリ、モンペリエに公立の植物園が設立された。
図譜だけでも植物研究に革命的な変化をもたらした。
p.84 「16、17世紀に出版されたもっとも評判のよい書物の一つが植物誌だったことは、ほとんど疑いがない。」
p.89 「おそらく科学史の領域で16、17世紀の動植物学の変化ほどはっきりしたものはないだろう。」
「中世の世界をいまだに反映している15世紀の植物誌」 「知られる植物の数が増加するにつれ、記述の正確さも増した。この発展は、ヨーロッパの植物に対する新たな関心や、新世界の国々の動植物群に対する興味によるものである。ディオスコリデスでは最初500だった植物が、1623年のボーアンの『ピナクス』では6000にふくれあがった。」
ひとりで4時20分、室温23.1度。雨はまだ降っていますが、もうすぐやむようです。しばらく休んでいたスキャン&廃棄作業を行うことにしました。
駅前の銀行によって財務的用件。それからセブンイレブンで、お金をおろしてから、スイカにチャージし、ナナコにもチャージしました。コンビニ払いとなった新聞代も支払いました。
9時18分武蔵境発の西武線。
足元に置いているルーズリーフを閉じたファイルを片付けることにしました。
院生時代にとったノートと初期の授業が中心です。11時15分ごろ、生協へ。1階食堂が開くのは、11時半です。10分ほど武蔵の森公園側の道路を散歩して、11時30分すこしに生協食堂へ。学生たちはまだ列をなしています。私は麺類のコーナーなので、列は短い。辛味噌ラーメン。
生協によって、雑誌類を見てから、図書館へ。探している本はたぶん貸し出し中でした。
研究室に戻り、作業を続行。
若い時代の私のノートは、文字が薄いので、スキャンしたらどうなるのか少し心配だったのですが、スキャナーの性能のせいでしょう、まったく問題がありませんでした。むしろ、よりくっきりしたと言えるぐらいでした。
足元のファイルを全部スキャンできたわけではありませんが、片付けることはできました。残ったものは、棚に入れました。これで足元はすっきりしました。図書館から、TLL で借りた本の返却締め切りが29日でした、至急返してくださいという連絡がありました。おお、忘れていました。他に返却しようと思っていた本1冊といっしょに返却に行きました。
返却したあと、次の本を借り出しました。
Gill Saunders, Picturing PLANTS: An Analytical History of Botanical Illustrations, Berkeley and Los Angeles: Univ. California Pr., 1995ふと、「ボタニカル・アート」というカタカナの日本語はいつ頃から使われるようになったのだろう、という疑問が頭に浮かび、簡単に調べてみることにしました。
日本ボタニカルアート協会が1970年に設立されています。ボタニカル・アートの展覧会が1980年代に開かれています。展覧会が開かれ、展覧会カタログが販売されたあたりからではないかという目処をつけました。
検索をしていると次の論文に出会いました。
有賀雅奈「日本のサイエンス/メディカル分野のイラストレーターによる団体活動の動向調査」『科学技術コミュニケーション』17(2015): 23-34
今現在、科学技術・医学分野の図像がどうなっているのか、日本人で本格的に研究されているのは、どうも有賀雅奈さん、おひとりのようです。田中科研で一度お呼びしましょうと提案しています。16時16分多磨駅発の電車で帰途。
本日のスキャンは、57 pdf files. この数になったのは久しぶりです。西友のなかのパン屋さんで、久しぶりに生フランスパンを買って帰りました。
ちびどもは出かけていました。夜ご飯を食べて帰って来るそうです。なんと、高校生も陸部の打ち上げで焼肉屋さん。夕食は、妻とふたり。
ちびどもは10時前、高校生は10時過ぎに帰ってきました。子供達のだれかが帰ってくるまでと思って、『ゲンロンβ80+81』をダウンロードして、読んでいました。
石田英敬 「飛び魚と毒薬 」
東浩紀 「『観光客の哲学 増補版』はじめに」
山森みか「 イスラエルの日常、ときどき非日常 第8回 第六次ネタニヤフ政権発足──揺れるイスラエルのユダヤ人社会」
さやわか「 愛について──符合の現代文化論 第14回 古くて新しい、疑似家族という論点について(1)」
河野至恩 「記憶とバーチャルのベルリン 第8回 人生を通しての言語とのつきあい方」
ここまで読みました。イスラエルの状況はとても勉強になりました。
ひとりで5時30分、室温24.2度。雨、夜から雨。月曜日の授業の7回目。
1限の講義を自宅からオンラインで行ったあと、お弁当をカバンにつめて、10時30分武蔵境発の西武線。
研究室でメールへの対応。11時過ぎにお弁当。12時40分から3限の大学院ゼミ。発表者から電車が遅れて、すこし遅れます、という連絡があったのですが、教室に入ると、当の発表がいます。走って間に合ったそうです。
4限も大学院ゼミ。ひとりコロナにかかったかもしれないということで欠席。あとから陰性でしたという連絡がありました。16時28分多磨駅発の電車で帰途。武蔵境で下車して、財務的用件。詰合わせパンを一袋購入。
朝出るときは、傘を手に持ちました。帰りはさしました。そろそろ梅雨入りかという天気模様。帰宅すると次の2冊が届いていました。
中村禎里『生物学の歴史』ちくま学芸文庫、2013(河出書房新社、1973)
アシモフ、アイザック『生物学の歴史』太田次郎訳、講談社学術文庫、2014(もと、『生物学小史』共立出版、1969)
ひとりで5時、室温23.3度。晴れ。久しぶりに誰も起こす必要がありません。
私の後は、妻、おおきいちび、高校生の順に起きたようです。ちいさいちびは普段と同じく一番最後です。アマゾンを見ていて、3千円以下と値段が安かったで、Q9 PRO というSmart Watchを買ってみました。5月25日に届きました。
スマホとの連携が必要だということで、金曜日の朝のうちに連携作業をすませました。年をとると、こういう作業がけっこう面倒ですが、まあ、なんとか設定をすませて、大学にでるときにつけていきました。
歩数、心拍数、体温のグラフがみられます。測定すれば、血中の酸素濃度もみられます。測定するとだいたい98%とでます。金曜日の歩数は、8467でした。私としては、多い方でしょう。
昨日、スマホをみると、スマートウォッチとの連携が切れたと表示されて、どうやってみても回復しません。帰宅した息子をつかまえて、どうするのとまかせてみました。スマートウォッチの再起動、ついでスマホの再起動を試みました。スマホの再起動で連携が回復しました。
睡眠時間も出るので、体調管理に使えます。午後3時ごろ、おおきいちびが部屋の片付けに行くというので、ちいさいちびといっしょに出かけました。
いつものとおり、東西線、九段下乗換、都営新宿線。
おおきいちびが自分で探した業者さんに連絡。LINE です。片付け費用がでました。けっこうな出費です。しばらく悩んだあと、業者さんにやってもらうのが便利かも、ちいさいちびの調べた相場もそのぐらいだし、となりました。
私のリュックに入れてきた大きなカバンに入るだけの服をつめ、私のリュックには湯沸かし器を入れ、ちびどもはちいさい紙袋をもちました。
現地1時間半ぐらいの滞在。
夕ご飯は西荻に戻ってということになりました。
ちいさいちびが韓国料理屋を探し出しましたが、行ってみると、すみません、いっぱいですの言葉。すこし駅の方に戻り、結局、喫茶店となりました。ナポリタンにサンド。
私が先に食べ終わったので、パパ、先に帰ってお風呂、というちびどもの言葉に従い、先に帰宅。お風呂から出てきたころ、ちびどもが帰ってきました。
ひとりで5時55分、室温22.1度。晴れ。Botanicks or Botany in Harris, Lexicon Technicum(1704)
is that part of the Art of Medicine which describes and enumerates the several Virtues of Plants; and that part of Natural History which teaches rightly to distinguish several Kinds and subordinate Species of Plants, Trees, Shurbs, & c. one from another, and which gives just Descriptions of them. And he that is accurate in this Art is called a good.
BOTANIST : See Schemes of several kinds of Plants under the word Plant.
ハリスは、植物学を1つは医学の下に位置づけています。もうひとつは自然誌の下に位置づけています。つまり、この時代の植物学は、この両方をみないといけないということです。次は、Chambers, Cyclopaedia, vol.1, 1728, p.120
BOTANY, the Science of Herbs; or that part of Medicine, and Agriculture, which treats Plants, whether Medicinal or others ; their several Kinds, Forms, Virtues and Uses. The Word comes from the Greek, ****, Herb; and that from ***, Victuals; and *** from ***, I feed; because most Animals feeds on Herbs. See Medicine, and Gardening.
The most eminent Botanists among the Antients, were Hippocrates, Paracelsus, Dioscorides, Pliny, Galen, &c. In the XVIth Century, the antient Botany, which had been lost a great many Ages, was industriously rivev'd ; principally by Leonicenus, Brasavolus, Cordus, Fuchsius, Matthiolus, Dalechampius, &c. In the same Century a Number of other Hands are added to the Oar ; by whose Industry, the Art was first brought into a System of Body; as Gesner, Dodoneus, Cesalpinus, Clusius, Lobel, Columna Prosper Alpinus, the two Bauhins, Plukenet, &c. Others have come since, and contributed to bring it still nearer Perfection ; viz. Morison, Malpighi, Herman, Ray, Magnol, Tournefort, Sloan, &c. See Here, PLANT. &c.
ハリスと大きくは違いませんが、農業が入っているところと、重要な著者名が上がっている点が異なっています。木村陽二郎『ナチュラリストの系譜:近代生物学の成立史』中公新書、1983 をみてみよう。
まず目次。
はじめに
ルネサンスの自然誌: 西欧の本草学 /植物園の始まり /ルネサンス人ロンドレ ピエール・ブロン /ヴェサリウス
パリ植物園の創立者ブロス:パリの王立植物園 / 初代園長ブロス
フランス植物学の父ツルヌフォール:生えぬきの園長ファゴン /ツルヌフォールの植物採集 /ツルヌフォール、パリに行く /ツルヌフォールの植物分類体系 /近東への旅
『自然誌』の著者ビュフォン園長:ビュフォンの生いたち /園長ビュフォン /コーヒーと温室 / ビュフォンの『自然誌』 /文は人なり
植物学者のプリンス、リンネ:リンネの生いたち /植物の雌雄 /花の結婚と二四綱 /種の確立
ジャン・ジャック・ルソーの植物学:ルソーとビュフォン /ルソーとリンネ /野の草花とともに /ルソーの植物学
ジュシューとアダンソンの自然分類:リンネのベルナール・ド・ジュシューへの影響 /ジュシュー兄弟 /アントワーヌ・ロラン・ド・ジュシューの自然分類 /アダンソン /アダンソンの自然分類
進化論の創設者ラマルク:ラマルクの銅像 /軍人ラマルク /植物学者ラマルク /動物学者・進化論者ラマルク
キュヴィエとジョフロア・サン=チレールの論争:ジョフロア・サン=チレールの活躍 /キュヴィエの活躍 /アカデミー論争
ド・カンドルとその後の自然誌:ド・カンドル /ド・カンドルの分類法 /一九世紀後半以降 /現在の分類体系
木村さんは、あとがきで「この努力の跡を、パリで一般に「植物園」と呼ばれているフランス国立自然誌博物館」を中心としてたどってみた。」と書かれています。
「パリの植物園では、ブロス、ツルヌフォール、ビュフォン、ラマルクと代をついで研究を進展させていった。」
ということで、フォン・フンボルトがまったく取り上げられていません。ジョン・レイも名前は挙げられていますが、ほとんど取り上げられていません。パリの王立植物園の植物学者の系譜を追った書物です。もちろん、それはそれでありですが、本のタイトルにしっかり書いてほしかったなと思います。
>>5月28日(日曜日)朝のうちに読み通しました。線が引いてあるので昔一度読んだことがあるのかもしれません。ただ部分的に目を通しただけかもしれません。今となっては不明です。
木村さん自身の植物学者としての研究が最後に紹介されています。分類学です。ということで、この本でも分類学の部分が強い。アダンソンとかド・カンドルの分類法の説明は、とても勉強になりました。>> 2023.05.30 百科全書の「植物学」の記述も見ておく必要があるな、と思っていたら、後輩(面識はありません)の鶴田想人さんが『科学史・科学哲学』に翻訳をよせていました。
鶴田想人訳・解説「『百科全書』ドーバートン執筆項目「植物学」」『科学史・科学哲学』第25号: 79-95
これは助かります。ドーバートンは、植物学を3つに分けて記述しています。1 植物の命名法、 2 植物の栽培、 3 植物の特性 です。
命名法の批判にかなり紙幅を割いています。ハリスやチェンバースの記述と比べると、新しい次元に入ったことがわかります。リンネが植物分類学を確立するのとほぼ同じ時期にドーバートンは記事を書いています。植物の分類法に関して、熱い議論があったことがわかります。
ドーバートンの記述は、専門分野として成立した「植物学」を扱っていると評価してよいでしょう。
「植物界全体についての知識を目的とした博物学の一部。すなわち植物学とは、すべての植物と、植物と直接関係のあるすべてのものを扱う科学である。」
ひとりで4時10分、室温21.3度。研究室のなかがひどい。昼食後、片付けにいきました。
駅前の銀行によって財務的用件。中央線で三鷹まで。三鷹で降りて同様に財務的用件。再度中央線でもう一駅。武蔵境発12時54分の西武線。
図書館によって、次の本を借り出しました。
Mary Louise Pratt, Imperial Eyes: Travel Writing and Transculturation, 2nd ed., Routledge, 2007
研究室で片付け&スキャン/廃棄。
橋本さんに教えて貰ったハードカバーの書籍のスキャンを数冊試みました。ハードカバーの本の方がソフトカバーの本よりスキャンは楽かもしれません。
それから足元にあったノート類のスキャン。
本日は、24 pdf files.
16時26分多磨駅発の電車で帰還。西友によって、朝食のパンを中心に食料品を調達。裏の広い更地の工事が始まっています。区画の分け方からして、どうも6棟建つようです。我が家に一番近いところからスタートしています。
本日は9時50分ごろに工事が始まりました。ガ、ガ、ガという重機の音で否応なく気付かされます。
ひとりで4時55分、室温19.9度。木曜日の授業の6回目。
ちいさいちびを寝かしつけ、起こして、ご飯を1合炊いてから、10時30分武蔵境発の西武線。
図書館へ。届いていた2冊の本を受け取りました。
『ディオスコリデス薬物誌』岸本 良彦訳、八坂書房、2022
大槻真一郎『西洋本草書の世界─ディオスコリデスからルネサンスへ』澤元 亙 編、八坂書房、2021
それから地下2層に行って、次の本を棚から取り出しました。
リン・バーバー『博物学の黄金時代』高山宏訳、国書刊行会、1995研究室でメールへの対応。11時ごろお弁当。
持ってきた本をパラパラめくっていました。
基本的レファレンスを取り出して、この周辺を調べていました。12時40分から3限の講義。
一休みして、調査を継続。5限は、久しぶりにハイブリッド方式。はやめに教室に行って、接続を試みましたが、マニュアルが行方不明です。接続できず。
発表学生がやってきたので、彼にzoom を立ち上げてもらいました。ホストの立ち上げを待っていますという表示がでたそうです。仕方ありません。変わった方式ですが、研究室に戻り、メインで使っているiMac からホストを立ち上げました。発表者がzoom に入ったのを確認して、教室に戻りました。
420教室にもどると、彼のパソコンの画面がモニターに映し出されていて、準備OK。そのまま発表してもらいました。
教室に3人、オンラインに2人、一人頭痛で欠席でした。
来週はもうすこしましな対応をすることを約束して、5時半ごろ授業終了。
部屋を片付けてから、5時52分多磨駅発の電車。同僚の先生といっしょになりました。
駅前のセブンイレブンで、朝食のパン他を買って帰りました。帰宅すると、ワンパンマンの7巻から9巻が届いていました。
原作ONE、漫画村田雄介『One Punch-Man ワンパンマン』7~9、集英社、2013
ひとりで5時20分、室温18.4度。昨日から5度下がっています。晴れ。やっと晴れ。
ひとりで4時30分、室温23.4度。雨、昨夜降り始めた雨が降っています。今日はずっと雨。最高気温16度の予報。昨日より、10度以上下がります。ちびどもは、もうすぐ閉店となるお店のカツ丼を食べると言って、朝9時から行列に並びました。4時間待って、2時前に帰ってきました。うかまったそうです。
ちびどもの同じ行動をした人たちが列をなしたようです。冷たい雨のなか、酔狂です。
ひとりで4時25分、室温23.9度。晴れていますが、すぐに曇り。午後遅くに雨の予報。最高気温28度予報。月曜日の授業の6回目。
自室からオンライン講義をすませてから、お弁当を鞄につめて、10時半武蔵境発の西武線。
まず事務棟3階。物品を受け取りました。それから図書館へ行って、TLL で届いていた本を受け取りました。
大場秀章『大場秀章著作選〈1〉植物学史・植物文化史』八坂書房、2006
モノグラフではなく、「西洋における植物学の体系化を概観し、植物愛好熱と健康指向に支えられた江戸時代の日本の本草学の実相と、本草学を脱した近代植物学が明治の日本に根づくまでを、人々の活躍と業績を追いつつ解説した」ざまざまな論考を収録した書物です。大場さんの発表した原稿のうち、植物学史・植物文化史に関わるものを集めた書物です。午前11時ごろにお弁当。
橋本さんは午前11時半よりすこし前にお見えになりました。ハードバックの本のスキャン方法について講習。単純にカッターナイフで分解していました。私のスキャン作業は、まだ本には届いていません。来月ぐぐらいには着手できるでしょうか。
橋本さんは、お弁当を買いに一度外に出られました。12時40分から3限の大学院ゼミ。橋本さんに図像について講義をお願いしています。
植物図からはじめて、化学の図、地質学図、物理の図とサーヴェイしてくれました。いつもの院生+1名。
橋本さんには、せっかくなので、4限もいてもらうことにしました。4限は、M1 の院生の発表。よいコメントが出たと思います。最近は全員に発言をしてもらうようにしています。
終了時刻はすこし延びました。
その後、教室に残って、四方山話。橋本さんは、京王線の方から外語に来たそうです。やはり「のどかな風景」に驚いたそうです。17時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。橋本さんは久しぶりに本屋さんに寄って帰るということで、吉祥寺で降りられました。帰宅すると次の本が届いていました。
佐藤良明『英文法を哲学する』アルク、2023
原作ONE、漫画村田雄介『One Punch-Man ワンパンマン』4~6、集英社、2013以下、本日橋本さんから紹介してもらったサイト。
BHL: Biodiversity Heritage Library
Database of Scientific Illustrators 1450-1950 (DSI)裏の空き地の工事予定が入っていました。
5月25日から10月30日とあります。
有名な業者さんです。何棟建てるのでしょうか。
ひとりで4時55分、室温22.1度。晴れ。どうも子供達は全員出かけるようです。
ひとりで4時30分、室温23.1度。曇り。1時間雨量1ミリにならない微雨が降ったり、止んだりといった感じです。おおきいちびは仕事。いつも通りに起きて出かけます。高校生は友達の応援。先週と同じ。ちいさいちびは在宅バイト。
ちいさいちびが起きてから、駅前へ。セブンイレブンと銀行によって財務的用件をこなしてから、クリーニング店。コートとセーター。それから、引き取り。大きな袋2つに入れてもらいました。8点ぐらいでしょうか。
行きは微雨なし、帰りは微雨が降ってきました。ごく軽く濡れました。妻は午後に歯医者さん。
ひとりで3時20分、室温25.5度。まだ5月なのに、朝の室温が25度を上回りました。午前10時ごろ、近所のセブンイレブンに買い物に。冷凍食品とアイスを買って帰りました。
私、おおきいちび、ちいさいちびの順に昼食。おおきいちびが食べたいというのでメロンを切ってやりました。火曜日に買ってきて冷やしていたメロンです。中の様子は不明だったのですが、普通に美味しいメロンでした。
午後に雨。降り始めは雨脚が強い。ちいさいちびが出かけるとき(午後2時ごろ)には一度ほぼ止んでいました。
ひとりで2時55分、室温24.9度。もうすこしで25度。今日も暑い日となるようです。最高気温予報が33度。木曜日の授業の5回目。
高校生、妻が出かけたあと、9時50分にちいさいちびを起こしました。エンゼルス対オリオールズの試合が終わるのを見届けてから、家をでました。10時30分武蔵境発の西武線。
メールへの対応。午前11時ごろ、お弁当。
ふと、本棚に、アレン、D.E. 『ナチュラリストの誕生:イギリス博物学の歴史』阿部治訳、平凡社、1990 を発見しました。見つけるのに結構時間がかかりました。
帯に「17世紀の薬草採集旅行に端を発し、植物学、地質学、鳥類学、昆虫学を生み、進化論の確立を経て生態学に至る近代博物学の歴史を、それを支えた有名・無名のナチュラリストたちの悪戦苦闘の軌跡にたどる。
ファッション、ロマン主義、戦争、胴乱、捕虫網、リンネの分類法、銃、カメラ、鉄道、自転車、自動車・・・・・、様々な社会的・技術的要因に翻弄されながら、人々は自然についての知識を深め、自然保護の思想を育んでいった。 」とあります。
まず、巻末の参考文献を読みました。重要な文献を簡単な解説付きで紹介してくれています。勉強になりました。pp.437-452.
ナチュラル・ヒストリーの幅広い意味での制度化を扱っています。作業は非常に大変だったと思われます。スキャン作業は一休みして、4月末に入手した、 鹿島 茂『パリ万国博覧会 サン=シモンの鉄の夢』講談社学術文庫、2022(河出書房新社、1992;小学館文庫、2000) を昨日から読み始めています。19世紀のフランスの状況がよくわかります。
12時40分から3限のオンライン講義。
5限の卒論ゼミですが、発表者の学生がばたばたしていて、自宅からオンラインで発表してもらうこととなりました。まあ、こういうこともあります。
17時52分多磨駅発の電車で帰途。駅前のセブンイレブンによって、財務的用件を1件こなし、帰宅しました。
ひとりで4時10分、室温21.8度。最高気温予想が31度、明日は32度。いきなり夏です。お昼前に要町で出張校正。午後大学でオンライン教授会。教授会終了後、研究所で新しい所員の歓迎会。
高校生と妻がでかけたあと、9時50分にちいさいちびを起こし、10時に家をでました。要町の印刷所には、11時10分前に着きました。2〜3分先まで歩いてから、印刷所に戻り、5階まで。
2号の最終校正です。途中、事務局の田中さんから電話がありました。奥付に関して、直す必要があった点を伝えてくれました。40分。
要町の駅前の中華屋さんでお昼御飯。セブンイレブンでお金をおろしてから、有楽町線。池袋で降りて、東武デパートの地下食品売り場を歩いてみました。量が不明で、結局何も買わず。JRに乗車。
13時6分武蔵境発の西武線。
夕方の歓迎会のための買出しは、大学前のコンビニで。ビールとスナックで6〜7千円、というのが久野所長の指示。ビールを買うと重いので、2回に分けることとしました。
第1陣を研究所に運び、ビールは冷蔵庫に入れました。
一度自分の研究室に行って、月曜日にアップグレードしていたメインマシーン(iMac)の状態を確認してから、再度買出し。今度はノンアルコールとおつまみ。
買ったものをやはり研究所の冷蔵庫に入れてから、研究室へ。
OS のアップグレードは問題なくできていました。
メインではないマシーンで、オンラインの教授会の準備をしていたら、ネットとの接続が切れました。月曜日にも同じ症状がでています。いろいろ試行錯誤しましたが、何が問題なのかよくわかりません。
最後、ふと気づいて、LAN-USB c 変換コードを交換してみました。なんと、すぐに、復活。ケーブルのせいなのでしょうか。
zoom による教授会は2時20分からだと思っていたら、3時半からでした。スキャンには着手せず、探検博物学について調べていました。西村さんの本を読み直し。
学部教授会は、1時間強で終わりました。「ジェンダー、自然、帝国」と称する論文 をプリントアウトし、目を通しました。
5時前に研究所へ。新所員の歓迎会。結局、新所員の方を含めて、10人近くが集まりました。新所員の方は3名。
久野所長、前田副所長といっしょに、8時40分多磨駅発の電車で帰ってきました。新所員のお二人は自転車ということでした。帰宅すると、いろんな荷物が届いていました。息子が風呂から出てくるのを待って、入浴。しばらく体を冷ましてから就寝。
届いていたものの一つは、『Brutus』2023年6月1日号:Bizarre Mineral Handbook 2 珍奇鉱物:世界のファインミネラル大集結。
ひとりで3時45分、室温19.0度。雨は止んでいます。昨日届いた本を一部読みました。なるほど。冒険物と言ってよいでしょう。ウツボカズラがネペンテス・ノースィアナとジョセフ・フッカーによって名づけられたとあります。ウツボカズラに名を残すとは、なかなかの冒険家/探検家だと言ってよいでしょう。
おおきいちびはいつも通りに出勤。高校生はいつもより早めに登校。妻は9時ごろ仕事に。
ちいさいちびは10時20分に起きて、お昼前に歯医者さんにでかけました。
ということで、私がひとりお留守番。
ちいさいちびは、比較的早く帰ってきました。帰宅して昼食。半分以上食べたあたりで妻が帰ってきました。お昼過ぎに、次の本が届きました。
日本植物学会『日本の植物学百年の歩み⎯日本植物学会百年史⎯』日本植物学会、19823時過ぎに、近所のコンビニに。財務的用件。それから100円ショップ。コーヒーフィルターとスポンジを購入。その後、ワイズマートによって、メロン、みかん、お菓子類を買って帰りました。気温が高くなっています。明日は、30度を超えるという予報。もう、夏です。
昨日届いた、レイビー『大探検時代の博物学者たち』 を読み始めました。面白い。
ひとりで4時10分、室温19.9度。雨が降っています。月曜日の授業、5回目。
8時半から1限の授業をオンラインでこなしてから、カバンにお弁当をつめて、10時半武蔵境発の西武線。
研究室でメールへの対応。
11時ごろお弁当。
時間に余裕がなく、スキャンはなし。
12時40分から3限の大学院ゼミ。自分たちで盛り上がってくれました。
2時20分から4限の大学院ゼミ。とても勉強になりました。
4限終了後、しばらく指導院生と基本的なことについて確認。16時52分多磨駅発の電車で帰ってきました。帰宅すると次の本が届いていました。
ピーター・レイビー『大探検時代の博物学者たち』高田朔一訳、河出書房新社、2000
ひとりで3時45分、室温20.3度。母の日。雨の音が聞こえます。今日は降ったり、止んだり。午後2時過ぎからは月曜日の午後5時ぐらいまで降り続くようです。妻が出かける準備をしている間に、ワイズマートに行ってきました。10時半に玄関をでて、11時前に帰ってきました。おおきいちびが11時に家を出るというので、その前に帰るよう急いで食品類を買ってきました。すぐに食べられる肉類を中心に、11点を買ってきました。
高校生は、友達が残っているので、陸上競技大会の応援にでています。
おおきいちびは、友達とお昼御飯だそうです。11時ごろ出かけました。
妻は東京ドーム。ちびどもが母の日ということで、チケット代をだしました。
ちいさいちびは昼食後でかけました。眉毛がどうのこうのと言っていました。
ひとりで2時10分、室温20.6度。雨はまだ降っていません。
午前3時ごろ、雨音が聞こえました。数分で音は止みました。今日は雨ですよ、という予告だったのかもしれません。予報によれば、本格的に降り続くのは、10時ごろからです。おおきいちびは仕事、ちいさいちびも朝からバイト、高校生は運動会のあとの何かがあるようです。
9時20分ごろ、大谷が打席に立っていたとき、雨が降り始めました。ほぼ予報通り。高校生は、その10数分後、雨のなかでかけました。陸部の女子が走るそうです。
ひとりで3時20分、室温19.5度。昨日より2度下がりました。息子の運動会。ちゃんと運動会ができるのは、高校に入って初めてです。そして最後。
息子、妻、そしておおきいちび、ちいさいちびの順に出かけました。荷物がいっぱいとどくということで私はひとりお留守番。
正午に私の下の本を含めて5点、ちいさいちびが出かけたあとちいさいちびの荷物が2点とどきました。
息子は、運動会は応援団に入っています。小学生の頃から応援団が好きで、応援団をやっています。今回は、団長に立候補したのですが、選ばれず、赤団の副団長として、髪を赤(実際はピンク)に染めて、頑張っていました。
妻が撮ったスマホの動画をみると、ひとり走り回って、応援していました。お昼頃、次の本が届きました。
増田芳雄『植物学史:19世紀における植物生理学の確立期を中心に』培風館、1992
植物生理学者による植物生理学を柱とする植物学史です。私の欲しかった情報はあまりありませんが、これはこれであり、です。
たぶんかなりはやい時期に、植物学史を書いたザックスの情報もあります。
Julius Sachs, 1832- pp.30-37
ザックスの植物学史はダウンロードしています。
J. Sachs, Geschichte der Botanik vom 16 Jahrhundert bis 1860, München, 1875
その英訳もダウンロードしています。
J. Sachs, History of Batany (1530-1860), translated by Henry E. F. Garnsey, 2nd ed., Oxford, 1906
Huntia: A Journal of Botanical History という雑誌があります。こちらもダウンロードできるようです。
Dale E. Johnson, "Literature on the history of botany and botanic gardens 1730-1840", Huntia: A Journal of Botanical History, 6(1)(1985): 3-121
この文献表は、インデックスもついていて有用です。
ひとりで3時5分、室温21.5度。午前4時15分ごろ、地震速報が鳴りました。千葉県南部で震度5強を記録したそうです。東京だと震度3でしょうか。ちいさいちびが起きたので、問題はない、また寝るように伝えました。
地震が起きたので、BS の大谷放映はなくなりました。BS2 で流してくれてもよいのにと思っている方は多いと思います。木曜日の授業の4回目。本日から、3限のオンライン講義は、学校からおこなうことにします。
お弁当を鞄につめて、9時6分武蔵境発の西武線。
事務棟の正面から入ってエスカレーターで4階へ。書類を1点返却しました。
それから階段で1階降って、3階の調達経理係で届いていると連絡のあった物品を1点受け取りました。
それから1階まで降りて、メールボックスを確認し(なにもはいっていませんでした)、図書館に向かいました。次の2冊を受け取りました。
ロバート・ハックスリー『西洋博物学者列伝:アリストテレスからダーウィンまで』植松靖夫訳、悠書館、2009
ヴォルフガング・シヴェルブシュ『鉄道旅行の歴史 〈新装版〉: 19世紀における空間と時間の工業化』加藤 二郎訳、法政大学出版局、2011
図書館から研究室に。メールへの対応をしたあと、本の探しもの。ついでに本の片付けにも着手しました。前と後ろの2段になっているものをできるだけ1段化。本を探すとき、後ろに隠れているものがあるのはやりづらい。
11時ごろ、お弁当。
正午前に本が届いたという連絡がありました。12時40分から3限のオンライン講義。今年度研究室から講義をするのは初めてです。とくに問題なく完了。
終わると、雨が降っています。天気予報ではにわか雨があるかもということでした。2〜3時間、しっかり降っていました。途中から雷も。
物品も届いたという連絡がありました。
1階に降りて、事務棟3階へ。物品を受け取り、それから図書館へ。雨が降っているので、やはり1階の通路を通りました。次の本を受け取りました。
伊藤博明責任編集『イタリア美術叢書VI 叡智のアルストピア:オリエントから、そしてすべてはイタリアへ』ありな書房、2022
知らなかった書物ですが、面白そうです。目次は次。
伊藤博明「プロローグ マンテーニャのタロット」
伊藤博明「第1章 17世紀ローマのエジプトマニア」
金山弘昌「第2章 ベルニーニとガリレオ」
新保淳乃「第3章 薬剤師は修道女」
金沢文緒「第4章 18世紀ヴェネツィアの舞台美術」
松田隆美「第5章 珍品蒐集から絵画コレクションへ」
それから生協へ。おやつを5点購入。昨日発売された6月号の総合雑誌2冊、『中央公論』と『文藝春秋』も購入。
研究室に帰り、伊藤さんのプロローグを読み始めました。面白い。第1章へと読み進めました。伊藤さん、こんなこともやられていたのだ、という内容でした。けっこう苦労しましたが、西村三郎『未知の生物を求めて 探検博物学に輝く三つの星』平凡社、1987 は見つけました。あと2冊はまだ行方不明。
420室に向かい、卒論ゼミ。ラオスの医療についての発表です。ラオスについてはじめてまとまった話を聞きました。内陸の大部分高地の国です。人口は埼玉県ほど、面積は本州ほどということです。東南アジア諸国では一番ちいさい。
その後、遅れてきた学生をまって、研究室で面談。来週の発表の打ち合わせ。6時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。
ひとりで3時10分、室温18.8度。腰に負担をかけない程度に片付け。スキャン&廃棄もすこしだけ。10 pdf files.
ひとりで5時、室温17.2度。高校生は、運動会の練習の大詰め。妻は久しぶりにバイト。ちいさいちびはのんびりするようです。
ということで、午前中はちいさいちびと二人。10時前に、近所のコンビニい行って、もやし、千切りキャベツ、ちくわ、冷凍食品(エビチリ、牛ホルモン焼き、ネギ塩豚タン)を買ってきました。
午後早く、次の本が届きました。
新妻昭夫『種の起源をもとめて:ウォーレスの「マレー諸島」探検』朝日新聞社、1997
帯に毎日出版文化賞受賞とあります。新妻さんと面識はありませんが、今回の大学院のゼミのためには、ほんとうによい研究をされていました。1949年〜2010年。私より10歳近く年上で、13年前に惜しくも亡くなられています。トドの行動を研究する動物学者から、ウォレスの探検旅行をおいかけるフィールド型生物学史家に変貌されました。
p.375 第2章注5 「1820年代に印刷に蒸気機関が導入されて能率が飛躍的に高まったこと、また1830年代に紙や印刷にかけられていた税金が大幅に下げられたことが、各種出版物の普及と大衆化のきっかけとなったという。」3点の文献をあげています。
アレン、D.E. 『ナチュラリストの誕生』阿部治訳、平凡社、1990
リン・バーバー『博物学の黄金時代 異貌の19世紀』高山宏訳、国書刊行会、1995
Desmond Adrian, "The Making of Institutional Zoology in London, 1822-1836," Hist. Sci., 23(1985): 153-185
アレンの本は持っていますが、所在不明です。研究室でも探してみる必要があります。
この部屋からは、
西村三郎『文明のなかの博物学:西欧と日本』上下、紀伊国屋書店、1999
木村陽二郎『ナチュラリストの系譜:近代生物学の成立史』中公新書、1983
の2点を探し出しました。関連書は、しっかり探せばもっとあるかもしれません。
プロローグ、第1章、第2章までをまず読みました。
第1章 アマゾンからの敗退⎯探検博物学者の誕生 アマゾンへ フンボルトとの出会い もう一歩も動けない 博物学の夢は消えず
第2章 独学の博物学者⎯勤労青年が自前で探検できた時代 遅れてきた昆虫少年 アマチュア向け博物学雑誌 アマチュアが活躍できた時代 標本収集人というビジネス 時代は博物学をもとめていた18世紀末から19世紀にかけての状況が非常に面白い。
事典類にどういう記述があるのか調べてみました。新しい『科学史事典』(丸善出版)には、植物学の歴史はありません。第3章は化学・生物学・地球科学です。【生物・医学・生理学】の次に【自然誌・地球論・地球科学】がありますが、執筆者の方々が地学・地質学の方々で、植物学も動物学も立項されていません。あってもよかったように思います。
入手したばかりの『啓蒙思想の百科事典』も見てみました。やはり植物学は立項されていません。こっちにもあってもよかったと思います。
本も調べてみました。まったくないというわけではありませんが、植物学史を名乗る日本語の本は少ない。欧米ではあるので、基本的なものの翻訳があってもよいように思います。
> 5.11 弘文堂の『科学技術史事典』には、「植物学」「自然誌」「自然史」の項目がありました。3項目とも、村上陽一郎氏が執筆しています。
「植物学」でディオスコルデスに言及していないのは、どうでしょう。
「本草学」は、赤堀昭さんが執筆しています。本来の中国の本草学について説明しています。「本草学とは中国の医薬についての学問である。」ただし、その時代(前漢)に本草書があったかどうかは怪しい。「本草書は医薬にかんする百科全書ともいうべき存在で、薬品についての広範囲の知識を網羅しているが、時代と撰者により、少しずつ性格が異なっている。すなわち、『神農本草』と『名医別録』は薬効を中心とした、おそらく臨床応用を目的とした書である。これに対して『集注本草』では薬物の産地や性状に重点をおいた注がつけられて、博物学的な色彩が加わった。」「李時珍の『本草綱目』(1596?年刊)は約1900の薬品を取りあげ、広範囲の知識を集めている。・・・には薬品とその原料の性状についてのくわしい記載もあるが、処方例と薬理説に大きな比重がかけられている。」
「本草書は奈良時代以前から本邦にも渡来し、医薬にかんする知識の中心になった。」
「江戸時代になるとさらに『本草綱目』の検討を通じての物産学的ないし博物学的研究が発達した。・・・本草学とは江戸時代のこの学問を指すこともある。」
「本草綱目」(森村謙一執筆)に全体の構成があります。「全52巻のうち始めの2巻は歴代本草書の紹介解説・引拠書目名列挙・薬物学医学の基礎理論・薬名同異と薬物の相互関係等々を記し、次の2巻は「百病主治」つまりよくある病気数十種類のおのおのに対する薬物の適用法・注意を述べ、第5巻以降終わりまでが約1900種類の薬品目の各論である。まず全品目を16部(水、火、土、金石、草、穀、菜、果、木、服器、虫、鱗、介、禽、獣、人)に分け、各部内をさらに細分(例えば、草部は山草、芳草、湿草、毒草、蔓草、水草、石草、苔草、有名見未用に分ける)して60類としている。」
参考書としては、岡西為人『本草概説』創元社、1977;森村謙一「中国の本草学と本草学者」吉田忠『東アジアの科学』勁草書房、1982>> 05.13 現時点の調査では、日本語では今の科学史の基準にかなう「植物学史」は書かれていないように思われます。
クーン以降の科学史の必須要件として、「植物学教授職」の歴史がしっかりと書かれていなければなりません。私が『化学史事典』に書いた「化学教授職」pp.120-122 にあたる記述が必要だと思います。
>> 05.14 Encyclopedia of the Scientific Revolution をみてみました。執筆は Alice Stroup.
botanique は16世紀にできたフランス語、botany は17世紀にできた英語、という指摘から文章を始めています。
16世紀、17世紀に植物学は変容した。
同じ時期、大学の医学部は、植物学を教える新しいやり方を見出した。たとえば、モンペリエ大学では、アヴィケンナに替えて、ディオスコリデスを採用し、薬草を観察するため学生たちを野に連れ出した。医学的植物学の講座も、多くの大学に設置された。1533年パドヴァ大学、1588年バーゼル大学、1593年モンペリエ大学、1647年パリ大学、1658年エクスアン=プロヴァンス(Aix)。 1540年代には、大学付設の植物園がパドヴァとピサ、1568年にボローニャ、1570年代にレイデンとライプツィヒ、1590年代にハイデルベルグとモンペリエに設置された。
結論は、1650年までに、植物学はもはや医学の下僕ではなくなっていた。
文献は、次。
F. Delaporte, Nature's Second Kingdom, Cambridge, 1979, 1982
E. L Greene, Landmarks of Botanical History, 2 vols., Stanford University Press, 1983
Karen M. Reeds, Botany in Medieval and Renaissance Universities, New York: Garland, 1991
Alice Stroup, A Company of Scientists: Botany, Patronage, and Community at the Seventeenth-Century Parisian Royal Academy of Sciences, Los Angeles: Univ. California Press, 1990
最後の本は、後ろの棚に置いていました。
植物学史のランドマークは、第1部(1909)がネットにありました。第2部は、死後出版です。エジャートンが編纂して、1983年に出版されています。書評を読むと、今でも価値があるとあります。
Stroup(1990), p.18. 1699年までにアカデミーに席を与えらた62人のうち、22人が植物学の研究に貢献した。
植物学者は4人。Nicolas Marchant(?-1678), Jean Marchant(?1738), Denis Dodart(1634-1717), Joseph Pitton de Tournefort(?-1708).
自然哲学者2人。Edme Mariotte(c. 1620-1684), Claude Perrault(1613-1688).
アカデミーの7人の化学者。>>> 0517 ネットに Liste des membres de l'Acaémie royale des sciences という Wiki の記事があります。有用です。
Stroup は、1650年までに植物学は医学の下僕ではなくなったと書くわけですが、関係は続きます。
アカデミーに選出された順番に見ていくと、
1666 Nicolas Marchant(?-1678) パドヴァ大学医学博士号
1673 Denis Dodart(1634-1717) 国王侍医
1678 Jean Marchant(?1738) 王立植物園の栽培主任
1691 Joseph Pitton de Tournefort(?-1708) パリ大学医学部で医学博士号。王立植物園植物学教授。
1693 Morin de Toulon 化学者&博物学者 鉱物学にも関心
1699 Louis Morin de Saint-Victor 医学博士号。de Guisse 夫人の主治医。王立植物園démonstrateur
1699 Claude Bourdelin 医師。王立協会会員。
1699 Claude Burlet パリ大学医学部医学博士号。スペイン王主席侍医。
1699 Claude Berger 医学博士号。王立植物園化学教授。
1699 Michel-Louis Reneaulme de Lagaranne パリ大学医学部教授 ( Docteur régent en médecine )
17世紀はここまで。医師の割合が高い。
ひとりで4時25分、室温19.9度。昨日と比べると、6度下がっています。気温の変化が激しく、体調管理が大変です。
雨はまだ降っています。予報によれば、1限終了後、出かける頃、止んでいるかもしれません。月曜日の授業の4回目。今日から、休みなしで、7月の最終回まで続きます。1限3限4限。
自室からオンラインで1限の授業をこなしたあと、お弁当を鞄につめて、大学へ。三鷹駅で同僚の先生といっしょになりました。
10時42分武蔵境発の西武線。
キャンパスではまず生協へ。お菓子(グミ)を購入。
研究室でメールへの対応。今日は時間がないので、スキャンはなしとしました。
正午から院生との面談。進行状況を聞き、文献の紹介をしました。3限4限と大学院のゼミ。
3限は、アダプテーションの話。最近一部で流行っています。
4限は、19世紀女性ナチュラリストトラベラーの話。新妻昭夫さんが面白い研究に着手されていました。
16時16分多磨駅発の電車で帰途。帰り、西友でけっこう多くの食品を買って帰りました。
ひとりで4時25分、室温25.9度。雨、雨が降っています。3時50分ごろ強い雨の音が聞こえました。ちょうど睡眠が浅くなっているときでした。強い雨音はそう長くは続きませんでしたが、今日は雨だな、という音でした。室温が25度を超えています。外は21度の模様。昼間はずっと雨、そして気温は21度から22度で推移するという予報です。
ひとりで4時25分、室温23.8度。朝の室温が25度に近づきつつあります。おおきいちびは普通に勤務。高校生もまだなにかあるようです。
高校生は、昨日と同じく、運動会の練習/準備だということです。朝出かけて、夕方に帰ってきます。腰痛が継続しています。負担になる作業は避けました。
自宅で本格的なスキャン/廃棄作業に着手。昔、コピーしてバインドしたものの両端を切って、スキャンしています。両端を着るのがちょっと難しい。こつのようなものがすこしわかってきましたが、まだたまに失敗します。
38 pdf files.今日は、夏の気温になりました。室温も30度に近づきました。28度までは見ています。
月曜日の準備をしました。
ひとりで5時25分、室温22.3度。こどもの日。本日も晴れ。明日から下り坂で、日曜日は本格的な雨降りの予報。雨は、火曜日まで残る模様。息子は運動会の準備/練習。おおきいちびは普通に勤務。
2号の表ができました。ゲラの校正も終わっています。朝一番で郵便局に行って投函してきました。それから、銀行で財務的用件をこなし、セブンイレブン。お金をおろし、スイカにチャージし、冷凍アップルマンゴーを2袋購入。次は、西友へ。朝食用のパン2袋、ひき肉、ほか食品を買って帰りました。
帰宅して、ほんのすこしだけ休んでから、再度買い物へ。今度はダイソー。フローリングウェットシートを4袋。その後、ワイズマートで、チキンカツ2パック、骨つきチキン&ポテト1パック、千切りキャベツほかを購入。ワイズマートも支払いはセルフレジを中心にしていました。ダイソーのセルフレジには慣れましたが、スーパーはまだ人のいるレジに並んでいます。この部屋の片付けと掃除を続行。
我が家でのスキャン&廃棄作業にも着手。本日は、23 pdf files. トータルでは 1812 pdf files.
腰をかがめての作業を比較的長時間したので、夜になって腰が痛くなりました。ほんとうに弱くなりました。すぐに疲れ、痛くなります。ぼちぼち進めるしかありません。
月曜日には、いつもの倍の量の燃えるゴミを出すことになります。
ひとりで4時30分、室温21.2度。高校生の陸部の引退試合。1500メートルを走るそうです。顧問の先生からは、記録更新して終わりましょう、と言われているとのこと。息子はすこし緊張しています。
妻が応援に行きます。
競技会は、北区陸上競技記録会。場所は、江戸川競技場。陸上競技場は、スピアーズえどりくフィールドというそうです。
江戸川の下流、葛西臨海公園と同じ並びにあります。
本人の目標タイムは、4分30秒。ちょっと足りずに、4分34秒でした。帰ってきて聞くと、最初集団に囲まれてしまったということでした。まあ、それでも、まずますです。ちびどもはゆっくり休んでから、どこかへ遊びにいくんだそうです。
お昼に天王洲アイルに行くと言ってでかけました。天王洲アイルに行ってみるということのようです。一人留守番の私は、この部屋の片付けに着手。同時に、普段手をいれないところの清掃も行いました。休みなので、ぼちぼちです。
ひとりで5時15分、室温18.6度。2号の最終原稿。編集後記を書き、年会準備委員の山口さんにチェックをお願いしました。編集後記を書いて、表2をすこし書き換えた方がよいだろうとなりました。こちらも山口さんにお願いしました。
ひとりで3時50分、室温20.1度。妻が久しぶりに仕事にでます。
妻の仕事ですが、相手の子供が休んだのでなくなったそうです。適当にぶらぶらして帰って来るそうです。夜勤のおおきいちびは、喫茶店で朝飯を食ってから帰ってきました。午前11時頃。風呂に入ってから休むそうです。
ちいさいちびはよく寝ています。妻はお昼頃帰ってきました。大学から物品が届いたという連絡がありました。明日から連休でしまってしまいます。取りに行くことにしました。
武蔵境で下車して、お金をおろしてから、パン屋さんでおおきいちびから要望のあったパンを買いました。要望のあったパンそのものはおいてなかったのですが、似たようなパンを家族の人数分買ってから、13時42分武蔵境発の西武線。
今日は全学休講日です。さすがに人がいません。祝日ではないので、事務はやっています。事務棟3階にあがって、物品を2点受け取りました。
今日はゆっくりめの対応。昨日印刷所の方が持ってきてくれたゲラ(2校)のチェックは済ませました。すこし校正漏れがありました。
こちらから追加することも2点ありました。
16時16分多磨駅発の電車で帰ってきました。素晴らしい好天。気温は20度ぐらいで風が吹いていました。
ひとりで5時40分、室温22.0度。息子は普通に学校、おおきいちびは久しぶりの夜勤。
研究室の片付けをすることにしました。
8時54分武蔵境発の西武線。まず、図書館。次の2冊を受け取りました。
アーロン・S・モーア『「大東亜」を建設する』塚原東吾監訳、人文書院、2015
ジャニス・ミムラ『帝国の計画とファシズム: 革新官僚、満洲国と戦時下の日本国家』安達 まみ・高橋 実紗子訳、人文書院、2021
研究室でスキャン&廃棄作業。11時前に研究室に行って、裁断。私の部屋の裁断機は、5.5ミリまでです。研究所のものは1センチぐらいまでは大丈夫です。10冊近くもって、えいやと切っていました。
11時半頃外にでました。生協は今日はお休み。大学前のコンビニに行って、お昼ご飯を購入。ざるそばとどら焼き。ミルクと野菜ジュース。
研究室に戻り、再び、作業。
今回やっている作業ですが、ポイントは裁断にあることがわかりました。裁断しても糊付けしている部分が剥がれていないことがあり、そうするとスキャナーが紙重なりを報告してきます。表紙と1枚目の紙がくっついていることが多い。あと、ホッチキス。本にホッチキス止めはあまりないのですが、昔の雑誌には割とホッチキス止めして、その後糊付けしているものがあります。よく見ておかないと歯を痛めますし、2度手間、3度手間となります。
飽きたら、図書館からもってきた本を読んでいました。土木とテクノクラシーに注目したのは慧眼です。
今日大学は休みですし、午後3時ぐらいまで作業して、終わりとすることにしました。
78 pdf files.
15時40分多磨駅発の西武線。駅前の西友で食料品を買って帰りました。ちいさいちびは iPad とApple Pencil で上手にお絵描きしていました。楽しい、ということです。
印刷所の方が、原稿をもってきてくれていました。郵送だと間に合わないという判断したそうです。裏の更地ですが、電気工事をしていました。電柱が2本建っていました。引き込み線でしょうか。
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