2008.7.19  

  [『舎密開宗』基本情報]
 『舎密開宗』の基本情報をまとめておきましょう。

 1975年に講談社から出版された『舎密開宗―復刻と現代語訳・注』ですが、現代語の翻訳者は5名となります。林良重・金沢昭二・楠山和雄・黒杭清治の4氏と田中実氏。林良重・金沢昭二・楠山和雄・黒杭清治の4氏の共訳を田中実氏が監訳したとあります。

 直接の原本は、次。
D. William Henry, CHEMIE voor Beginnende Liefhebbers, of Aanleiding...
Uit Het Englisch, Narr de Tweede Oorspronglijke Uitgave, Vertaald en Met de Aanmerkingen van den Heer J.B. Trommsdorff, vermeerdert, utigegeven door Adolphus Ypey

Te Amsterdam, Bij
Wilem van Vliet
1803

 田中実氏によるタイトルの訳。
 D.ウィリアム・ヘンリー著『初歩の愛好者のための化学』
 また、有用な化学試験法に多額の経費とおおげさな器具を用いずに熟達するための手引き。あわせて、鉱泉水・鉱物・毒物・医療用化学製剤の試験法、借地農業家および地主の利用する化学試薬の使用法の手引きならびに他の諸般の実用目的への手引き。
 英語原本第2版より
 J・B・トロンムスドルフ氏訳および注
 前フラネケルの医学教授、現アムステルダムの医学博士、
 アドルフス・イペイ増補
 在アムステルダム、ウィレム・ファン・フリート[書店刊] 
 1803年

 大元のヘンリーの書物は次の通り。

 William Henry,
An Epitome of Chemistry
London, 1801
 ただし、同年に出版された第2版からタイトルが変わる。
 Elements of Experimental Chemistry
2nd edition, London, 1801

 この第2版をドイツのトロムスドルフがドイツ語訳し、増補・補注を施す。

 J.B. Trommsdorff,
Chemie für Dilettanten
1803

 これをイペイがオランダ語に重訳したもの、すなわちCHEMIE voor Beginnende Liefhebbers(1803)を、宇田川榕庵が『舎密開宗』として訳した。
 ただし、宇田川榕庵は手元に20冊あまりの化学書を置いて、それらも参照しながら『舎密開宗』を翻訳・執筆している。

 その20冊あまりは、坂口(1975), pp.24-25 によれば次の通りである。
 *( )の中は、宇田川榕庵の表記法

 P.J. Kastelein,
Beschouwende en Werkende Chemie
Tweede Deel, Eerste Stuk, 1788
 (『葛氏舎密』)

J. O. Frid. Blumenbach ,
Grondbeginselen der Natuurkunde van den Mensch
tr. by G. J. wolff, 1791
 (『貌氏人身窮理篇』)

A. L. Lavoisier ,
Grondbeginselen der Scheikunde
2 vols., tr. by N. C. De Fremery; P. van Werkhoven, 1800
 (『舎密原本』)

Adolphus Ypey ,
Sijstematische Handboek der Beschouwende en Werkdaadige Scheikunde
9 vols., 1804-1812
 (『依氏広義』)

J. B. Trommsdorff ,
Leerboek der Artsenneimengkundige, Proefondervindelijke Scheikunde
tr. by N. C. Meppen, 1815
 (『合薬舎密』)

H. J. van Houte ,
Handleiding tot de Materies Medica
1817
 (『福烏多薬論』)

J. N. Isfording ,
Naturkundig Handboek voor Leerlingen in de Heel- en Geneeskunde
tr. by G. J. van Epen, 1826
 (『理学初歩』)

Dr. H. S. Hijmans ,
Ontwerp van eene Algemeene Scheikunde
1820
 (『舎密崖略』)

S. Stratingh ,
Scheikundige Verhandeling over de Cinchonine en Quinine
1822
 (『幾那塩説』)

C. G. C. Reinwardt ,
"Over de Hoogte en verdere Natuurlijke Gesteldheid van Eenige Bergen, in de Preänger Regentschappen
1823
(Verhandelingen van het Genootsschap, van Kunsten en Wetenschappen)
 (『測山説』)

Egbert Buys ,
Nieuw en Volkomen Woordenboek van Konsten en Wetenschappen
10 vols., 1769-1778
 (『紐氏韻府』)


Nederlandsche Apotheek
1826
 (『和蘭局方』)

A. Richerand ,
Nieuwe Grondbeginselen der Naturkunde van den Mensch
1826
 (『利氏人身窮理篇』)

F. van Catz Smallenburg ,
Leerboek der Scheikunde
3 vols., 1827-1833
 (『蘇氏舎密』)

J. A. van de Water ,
Beknopt doch zoo veel mogelijk Volledig Handboek voor de Leer der Geneesmiddelen (Materia Medica)
1829
 (『[ワー]多児薬論』)

K. G. Hagen ,
Leerboek der Apothekerkunst

 (『薬舗指南』)

 知った名前が少ない。&こんなにもたくさんの本が当時オランダで訳されていたことにも驚きます。今どうなっているのか(オランダが今でも翻訳大国かどうか)知りたいことろです。

 そして、なによりも私の関心は、こうした宇田川榕庵の手元にあった蘭書が今どこにあるのか?です。宇田川榕庵のノートや草稿類が武田の「杏雨書屋」にあることは、専門家から伺いました。宇田川所蔵文庫の一部が、早稲田の洋学文庫に収められていることも聞いています。でも、いわば本体部分はどこへ行ったのでしょうか?

 ということで、洋学文庫の書物も検索できる早稲田大学古典籍データベース(検索)で検索をかけてみました。次のものがありました。

Henry, William
CHEMIE voor Beginnende Liefhebbers
1803
 (これはなんとMinamoto Akilaによる書写でした。きれいに書写しています)

Blumenbach, Johann Friedrick
Grondbeginselen der natuurkunde van den mensch
1791

Ypey, Adolphus
Handboek der materies medica
Amsterdam, 1811

Trommsdorff, Johann Bartholomaus
Leerboek der artseneimengkundige, proefondervindelijke scheikunde
Amsterdam, 1815

Catz Smallenburg, F. van
Leerboek der scheikunde
1-2, Leiden, 1827

Isfording, J. N.
Naturkundig Handboek voor Leerlingen in de Heel- en Geneeskunde
tr. by G. J. van Epen,
Amstedam, 1826

 Google Book でも検索をかけてみました。
 オランダ語の本なので、あまり多くは期待していませんでした。確かにほとんどありませんでした。しかし、次のかなり意外な本がありました。

Egbert Buys,
Nieuw en Volkomen Woordenboek van Konsten en Wetenschappen
4th vol., 1770
 つまり第4巻のみありました。

2008.7.20  

 昨日からの探索を続けています。畏友八耳さんの次の論文がウェブで入手できます。
八耳俊文
「岡田家武の江戸化学史への関心」
『青山学院女子短期大学総合文化研究所年報』 14(2006): 55-76
 岡田家武が宇田川榕庵書写のWoordenboek ab Algemeene Verhandling der Inkole Droogeyen(フランス人医師レメレイの『薬物辞典』の蘭訳書(1743)と八耳氏の注記があります)、ならびにWetten van Scheikundige Verwandschapを所蔵していたとあります。
 びっくりしました。こんなところで、こういう情報に出会うとは予想していませんでした。
 岡田家武が所蔵していたということは、宇田川榕庵の書写した資料が市場に出まわっていたと言うことでしょうか? このあたりの事情がどうもはっきりとしません。

2008.7.21  

  [『舎密開宗』基本情報・・]
 19日に始めた作業を継続しています。

 坂口氏が原典を突き止めていないものです。林氏他の現代語訳をとります。

 『布氏明液論』(フレンキ編、1791年)

 『舎密備要』(フレンキ述、1803年)

 『合薬問答』(編者、刊行年不明)

 『越列機療法』(ウィルレム・ハン・バルネフェルド著、1785年)

 『三有小学』(ブリュメンバス著、刊行年不明)

 『大気修繕法』(ゴイトン・モルヘアウ著、1811年)

 『舎密翰海』(オクタヒウス・セギュル:攝牛:氏編、1817年)

 『ガルファニ記事』(ハン・レイス編、1803年)

 →私には、未知の世界です。とりあえず、原本探しをしてみます。

  [プレンク Joseph Jacob Plenck]
 まず、フレンキですが、プレンキだと思われます。Joseph Jacob Plenck (1735-1807) 。今の表記だとプレンクとなるでしょう。蘭学では馴染みの名前のようです。次のものが翻訳されています。
 『外科新書』巻1-8 / 雅古弗斯不冷吉 撰著 ; 達非度業斯爾 増補 ; 吉雄権之助 訳
 『瘍医方範』 巻1 / 郁泄弗牙哥勃不冷吉 著 ; 杉田恭卿 訳
 『眼科新書』 巻之1-5,附録 / 不冷吉 撰 ; 不路乙斯 重訂 ; 杉田立卿 訳述
 『和蘭眼科新書』プレンキ , 杉田 立卿、文化12年 (1815)
 『泰西医源』杉田立卿訳文政四年写(プレンク『解剖学概説』から)
 『解体則』新宮凉庭訳、安政五年1858刊(プレンク『解剖学概説』第四版(Amsterdam, 1804)から)

 さて、フレンキ編『布氏明液論』ですが、おそらく次の書物だと思われます。

Plenck, Joseph Jacob, Ritter von, 1738-1807
Hygrologia corporis humani. Sive doctrina chemico-physiologica de humoribus, in corpore humano contentis
Viennae : A. Blumauer, 1794
 この書物は、人気を博したようで、フランス語訳も英語訳もあります。このラテン語元版のオランダ語訳が『布氏明液論』ではないかと推測します。

 フレンキ述『舎密備要』もおそらく、次のラテン語版のオランダ語訳だと推測されます。

PLENCK, Joseph Jacob von,
Elementa Chymiae
Viennae, 1800
 こちらはかなり稀覯本のようです。英国には1点しか所蔵されていないようです。

  [ブルーメンバッハ Johann Friedrich Blumenbach]
 次は坂口氏がすでに1点原典を突き止めているブルーメンバッハ。(宇田川榕庵の音写では、ブリュメンバス。オランダ語読みはこうなるのでしょうか。)
 ブルーメンバッハは有名です。記憶の片隅にありますし、『科学史技術史事典』でも立項されています。(河本英夫氏,p.928) そこには、比較解剖学者、自然人類学者とあります。『形成力と生殖』(1789)『博物学全書』『博物学への寄与』の著作があげられています。
 グーグルで検索をかけると、コーカソイドやモンゴロイドといった人種分類の話がほとんどです。さすがに、ブルーメンバッハ自身の著作も一定数日本の図書館に所蔵されいます。
 nii では、次の2点の論文のみ。
林真理
「生命力と生命の学:ブル-メンバッハ,キ-ルマイア-,ライル,トレヴィラヌス」
『生物学史研究』通号 51(1989): 1-12

神部武宣
「「人種」概念の批判的考察--ブルーメンバッハの所説をめぐって-1-」
『成蹊大学文学部紀要』通号 8(1973): 巻末11-52
 科学史・思想史系の学位論文のテーマとして最適な人物のひとりだと思われます。

 さすがに、『三有小学』というタイトルから原著名を推測するのは難しい。

 残りは、相当に難しい。著者名の綴りだけでもわかれば、捜しようがあるのですが・・・。

  • 2008.7.22  
      [『舎密開宗』基本情報・・・]
     宇田川榕庵が引用文献をどの程度利用したのか見てみたい。

     固有名詞索引から拾います。坂口氏のリストの順番で見てみます。

    『葛氏舎密』14回:14, 144, 151, 154, 171, 288, 346, 361, 374, 402, 404, 450, 451, 504

    『貌氏人身窮理篇』1回:14

    『舎密原本』15回:14, 26, 29, 37, 40, 41, 43, 51, 92, 109, 110, 355, 376, 380, 406

    『依氏広義』多数回:14 et al.

    『合薬舎密』多数回:14 et al.

    『福烏多薬論』1回:14

    『理学初歩』2回:15, 25

    『舎密崖略』2回:15, 187

    『幾那塩説』1回:15

    『測山説』2回: 15, 28, 82

    『紐氏韻府』11回:15, 29, 64, 185, 263, 333, 359, 360, 383, 518, 523

    『和蘭局方』15回:15, 94, 97, 124, 137, 155, 175, 185, 287, 293, 294, 329, 340, 352, 363

    『利氏人身窮理篇』2回:15, 352

    『蘇氏舎密』42回:15, 43, 46, 61, 68, 80, 81, 84, 86, 102-104, 117, 118, 126, 135, 136, 143-145, 153, 160-162, 170, 172, 174, 175, 178, 180, 197, 198, 206, 237, 239, 240, 264, 384, 386, 388, 393, 410, 416, 418-420, 426, 436, 437, 464, 490

    『[ワー]多児薬論』7回:15, 175, 200, 207, 219, 386, 388

    『薬舗指南』3回:14, 370, 461

     坂口氏が同定できなかった著作。

    『舎密翰海』15回:14, 97, 114,147, 153, 195, 207, 211, 213, 280, 309, 405-408, 416

    『舎密備要』23回:14, 47, 94, 114, 124, 134, 135, 193, 194, 197, 203, 205, 207, 214, 218, 220, 326, 329, 356, 358, 371, 375, 378

    『布氏明液論』2回:14, 44

    『三有小学』3回:14, 103, 220

    『合薬問答』2回:14, 360

    『ガルファニ記事』2回:15, 56

    『越列機療法』1回:14

    『大気修繕法』1回:14

     以上から、原稿を執筆するときに本当に座右にあったものがわかります。

    多数回:『依氏広義』『合薬舎密』
    42回:『蘇氏舎密』
    23回:『舎密備要』
    15回:『和蘭局方』『舎密原本』『舎密翰海』
    14回:『葛氏舎密』
    11回:『紐氏韻府』

     坂口さんの時点では突き止められていない『舎密備要』ですが、4番目に多く利用されている文献です。これは同定しなければならない書物だと思われます。また『舎密翰海』もかなりよく使われています。やはり同定の必要があると思われます。

     逆に、1回しか引用・言及されていないものは、確かに参考にはしたが、手元において翻訳作業を進めたわけではない著作だと評価できます。

    1回:『貌氏人身窮理篇』『福烏多薬論』『幾那塩説』『越列機療法』『大気修繕法』

     →こうした事柄がまったく調べられていないわけはないと思い、今一度検索をかけてみました。神戸大の塚原東吾氏がやはり調査していました。実は、今学期の駒場の授業の最終日またはその前の週に塚原氏をお呼びしようと思い、声をかけたのですが、時間がとれないということで断られました。来ていただいていたら、ずいぶん状況がはっきりしたと思います。

     手元では、関連する資料が見つかりません。(明日大学の研究室で捜してみます。)手元にあった『化学史研究』第25巻(1998)第1号のシンポジウム「宇田川榕庵研究の新潮流」の記事を読んでみました。

     塚原東吾「宇田川榕菴の舎密学研究」『化学史研究』第25巻(1998)第1号: 57-58

     予想通り、関心は今私が行っている調査に重なっています。直接上記の問いに回答するものではありませんが、関連して重要な事実を指摘しています。

     1.写本 藤林普山『離合源本』がプレンクの化学書, J.J. Plenck, Grondbeginselen der scheikunde, of oversicht over alle de vakkenの逐語訳とあります。

     2.写本 坪井信道『製煉発蒙』の原本は、「プレンクとされているが、それのみであるとは言い難く、・・・『舎密開宗』との関連は濃いものと考えられる。」

     3.写本 緒形洪庵『舎密全書』 ファン・カッツ・スマレンブルグの全訳。

     同じシンポジウム中で、東徹氏の「『舎密開宗』の参考文献『葛氏舎密』について」は、私の提起した問題に直接回答してくれています。

     坂口氏は、『葛氏舎密』の原本を P.J. Kasteleijn, Beschouwende en Werkende Pharmaceutische- Oeconomische, en Naturkundige Chemie(Amsterdam, 1786-88) とされたが、むしろ P.J. Kasteleijn, Chemische en Physische Oefenigen, voor de Beminnaars der Scheien Naturkunde in 't Algemeen, ter Bevordering van Industrie en Oeconomiekunde, en ten Nutte der Apothekers, Fabrikanten en Trafikanten in 't Bijzonder.3 dln., Leyden, 1793-98. ではないかという説を唱えるものです。立論は説得的です。東氏の主張が正しいと言ってよいでしょう。

     →J.J. Plenck, Grondbeginselen der scheikundeですが、ライデン大学でもユトレヒト大学にも所蔵されていないようです。ウェブでは、1冊の本のなかの記述以外にはヒットしません。(copac にはないことを確認しています。)相当に珍しい書物なのでしょうか。なかなか手強い探査です。

  • 2008.7.23  
     すこし早めに出て図書館作業。次の3点をコピー。肉体労働です。汗まみれ。

     宮下三郎
    「阿山薬と万金丹―江戸の製薬革命―」
    『論集日本の洋学1』(1993): 157-175

    土井康弘
    「宇田川榕庵の主著『植学啓原』と『舎密開宗』をめぐる学術交流」
    『洋学3 日本洋学史研究会年報』(1993): 107-133

    島尾永康
    「宇田川榕庵のLavoisier研究-1-」
    『関西大学社会学部紀要』第3巻第1号(1971): 40-55

     研究室で捜し物。半分見つかりました。
    塚原東吾「「離合原本」「製煉発蒙」「分離学律」「舎密備要」「舎密加総論」「舎密 全書」などを含む、『舎密開宗』周辺の科学関連書の諸写本の研究」(第2報)、 日本科学史学会年会、愛知大学、1998年、6月
     第1報の掲載されている年会レジメ集は見つからず。

     プレンクの検索を続行。プレンクの『舎密備要』の原本(もとはラテン語。そのオランダ語訳、アムステルダム、1803)は相当に珍しい書物のようです。私がいつも使っているドイツ、イタリアの大学図書館のopac では見つかりませんでした。
     次のものが見つかったので、ダウンロードしておきました。

    Plenck, Joseph Jacob, Ritter von, 1738-1807
    Josephi Jacobi Plenk ... Elementa terminologiae botanicae ac systematis sexualis plantarum
    Viennae: Apud A. Blumauer, 1796

  • 2008.7.26  
     畏友八耳氏の次の労作を引っ張り出して読みました。

     八耳俊文「清末期西人著訳科学関係中国書および和刻本所在目録」『化学史研究』第22巻(1995): 312-358
     インターネットが一般に普及し始める年の最後に出版されています。つまり、八耳氏は、この価値高き労作を、すべて古典的技法で、すなわち日本各地の図書館・文庫を実際に訪問して、文献の所在調査を(昔の文献カードを繰りながら)行っているということになります。そのときの編集長が「神様、仏様、八耳様」と冗談に言っていたことを思い出しました。私には到底まねのできない作業です。そして、おそらく今後誰もまねのできない仕事だと思われます。
     ご本人の弁では次の通り。「調査方法は、全国の図書館の蔵書目録から目的の図書を採録するという手法をとったが、それらをできるだけ近年の研究成果に従い区分を行い、一部の図書については直接、図書館に赴き対査して、目録の精度と水準を高めるように努力した。」
     「本目録では、19世紀中期に欧米人が中国語で著訳した科学関係書、およびその和刻本のうち、原則として日本で所在が明らかな図書を対象とした。・・・なお『国書総目録』『古典籍総合目録』では、収載書目の範囲を慶応3年までに日本人の著編撰択した書籍と限り、漢籍の場合原文に句読訓点に施したに過ぎないものは収めないと定めているため、本目録で収録された図書は掲載しておらず、内容が重なることはない。」(p.312)

     ふと見ると、『科学史研究』の2002年春号が机の地層の最上にあり、そこに、次の論文がありました。

     野村正雄「前野良沢の『翻訳運動法』、『測曜機[王ヘンですが、この字を当てておきます]図[こちらも旧字です]説』と蘭書典拠」『科学史研究』第41巻(No.221)(2002): 1-13
     1.前野良沢の2つの写本『翻訳運動法』と『図説』(1770年代成立と考えられる)のオランダ語典拠を次の書物であると確定しています。

     De Natuurkunde uit ondervindingen opgemaakt door Joann Theoph. Desaguliers. Uit he Engels vertaald door een Liefhebber der Natuurkunde. Amsterdam, Isaak Tirion, 1751. 3 vols. Translation of Physics based on experience by J. T. Desaguiliers.

     2.次いで、前野良沢の物理学理論(力学)の理解の度合いをはかっています。

      [『舎密開宗』基本情報・・・・]
     もっとも基本、所在から調べる必要があると思うようになりました。蘭学の時代に日本に舶来されたオランダ語の書籍リストがあると簡単に片が付くのですが。。。

     逆順で調べていきます。

      ハーケン Hagen, K.G.
    K. G. Hagen,Leerboek der Apothekerkunst(『薬舗指南』)
     Wecat:0 , Nii: 0

      ハン・ワールト van de Water, J. A.
    J. A. van de Water,Beknopt doch zoo veel mogelijk Volledig Handboek voor de Leer der Geneesmiddelen (Materia Medica)1829(『[ワー]多児薬論』)
     原本(Amsterdam : C.G. Sulpke, 1838): 2館(日文研, 福井大)
     翻訳『◆U7A8A◆篤兒藥性論』18冊( 1:巻1 - 18:巻21)、江戸 : 須原屋伊八, 安政3 [1856]、 所蔵(長大医、日文研他)

      スマルレンビュルグ van Catz Smallenburg, F. ファン・カッツ・スマレンブルク
    F. van Catz Smallenburg,Leerboek der Scheikunde 3 vols., 1827-1833  (『蘇氏舎密』)
     原本 (Leyden: A. en J. Honkoop, 1827-1844, 5 v.): 3館(日文研、早稲田古典籍、武雄鍋島文庫)

      リセランド Richerand, A.
    A. Richerand,Nieuwe Grondbeginselen der Naturkunde van den Mensch , 1826 (『利氏人身窮理篇』)
     オランダ語版:A. Richerand's nieuwe grondbeginselen der natuurkunde van den mensch 2 vols., Amsterdam : C.G. Sulpke, 1821: 2館(京大、日文研)
     フランス語原本:Nouveaux elemens de physiologie, Paris : Chez Richard, Caille et Ravier, 1801; 11th ed. Bruxelles : H. Dumont, 1833: 1館(日文研)
     邦訳:『利攝蘭度人身窮理』3巻, 越爾百許謨譯 ; 廣瀬元恭重譯, 時習堂, 安政2 [1855]: 2館(日文研、九大医)

      
    Nederlandsche Apotheek1826 (『和蘭局方』)
     オランダ語原本:C. van der Post Jr., 1841:1館(日文研);Algeneene Lands-drukkerij, 1851:2館(金沢、日文研)
     『和蘭局方』2巻、宇田川先生譯 ; 木邨秀茂輯, [書写地不明] : [書写者不明] , 文化7 [1810] :1館(九大医)
    『和蘭局方』宇田川玄真訳 ; 木村秀茂輯 ; 上 , 中 , 下. [書写資料] -- [製作者不明], [1---] :1館(日文研)
    『和蘭局方』江馬(修)静安訳. [書写資料] -- [製作者不明], [19--] (武田研究所蔵本を写す):1館(日文研)、1館(九大医)
    『和蘭局方』必的尓波滅児(Pieter van Hamel)著, [1] , [2]. [書写資料] -- [製作者不明], [1---] [写], 2冊:1館(日文研)

      ニーウェンホイス*紐氏  Buys, Egbert  ボイス
    Egbert Buys, Nieuw en Volkomen Woordenboek van Konsten en Wetenschappen, 10 vols., 1769-1778 (『紐氏韻府』)
     原本:4館(佐大、長大経、 日文研、福大 )
     英語原本\:A new and complete dictionary of terms of art: Containing a fufficient explication, of all words derived from the Hebrew, Arabic, Greek., Latin, Spanish, French, English, German, Dutch and other languages ; made use of to expres any art, science, custom, sickness, medicine, plant, flower, fruit, tool, machine, &c. Chiefly, a full explanation of all the difficult words or expressions, used by the most celebrated antient bards and authors; also of the most obscure law-terms in Great-britain, Amsterdam : Kornelis de Veer, 1768-1769:1館(長崎)
     *どうして、宇田川榕庵が「ホイス」ではなく、「ニーウェンホイス」としたのでしょうか? →08.7.27 やっとわかりました。これは、榕菴のミスではなく、坂口氏のミスです。もちろん、ニーウェンホイスはボイスではありません。榕菴が言及しているのは、次の書物だと思われます。
    Nieuwenhuis, Gt.
    Algemeen woordenboek van kunsten en wetenschappen
    Zutphen : H.C.A. Thime, 1829
     これは早稲田の古典籍の所蔵する版です。
     8 vols., Zutphen : H.C.A. Thieme, [1820]-[1829] のものは、京大と福井大学に入っています。
     菅原国香氏の次の論文はたぶんこの点に関するものだと思われます。(未見)
     菅原国香「『舎蜜開宗』の参考書『紐氏韻府』の原本とその引用をめぐって」『科学史研究』第II期 42(225)(2003): 40-48
     菅原国香氏は、科研費の報告で、「『榕菴先生和蘭遺書』の「Atoom」の項目は、Gt.Nieuwenhuisの百科事典Algemeen Woordenboek van Kunsten en Wetenschappenの1820年の「A-B」巻の"ATOOM"の項目の説明を写し、一部和訳したものである。」と記されていますから、私の推測で間違いないと言えるでしょう。
     \ 松田清「洋学史研究ノート2」によれば、この書物は、もともとは英語の書物が先で、それをボイスが翻訳・増補したものであるということです。

      レインワールト* Reinwardt, C. G. C.
    C. G. C. Reinwardt,"Over de Hoogte en verdere Natuurlijke Gesteldheid van Eenige Bergen, in de Preänger Regentschappen, 1823 (Verhandelingen van het Genootsschap, van Kunsten en Wetenschappen)(『測山説』)
     C. G. C. Reinwardt の他の著作は、ウェブキャットで3点。これは、なし。論文もなし。
     『舎密開宗』(講談社、1975)p.15 下は、「レインソールト」となっているが、単純なミスプリであろう。

      ストラーティング Stratingh, S.
    S. Stratingh,
    Scheikundige Verhandeling over de Cinchonine en Quinine,1822 (『幾那塩説』)
     Wecat:0 , Nii: 0

      ヒューマンス Hijmans, H. S.
    Dr. H. S. Hijmans,Ontwerp van eene Algemeene Scheikunde,1820 (『舎密崖略』)
     この著者のものは次の1点のみ。
    Grondbeginselen van eene algemeene physiologie, of natuurkunde van den mensch, Dordrecht : F. Boekee, 1820 :1館(京大)

      イスフルジング Isfording, J. N.  イスフォルディンク
    J. N. Isfording, Naturkundig Handboek voor Leerlingen in de Heel- en Geneeskunde tr. by G. J. van Epen, 1826 (『理学初歩』)
     原本:2館(京大、九大)
     『理學入門 』信夫古作, 安政4 [1857] [刊], 45丁. :九大
        『内科医科理学入門』(独)イスホルチンク著 ; (蘭)ハン・エペン訳 ; 前篇 , 後篇. [書写資料] -- [製作者不明], 1826序 [写], 2冊:日文研

      ハン・ホウト福烏多 van Houte,H. J.
    H. J. van Houte,Handleiding tot de Materies Medica, 1817  (『福烏多薬論』)
     Wecat:0 , Nii: 0

      カステレイン葛氏 Kastelein, P.J.
      P.J. Kastelein,Beschouwende en Werkende Chemie, Tweede Deel, Eerste Stuk, 1788 (『葛氏舎密』)
     Wecat:0 , Nii: 0
     *下に記した通り、東氏の研究によれば、『葛氏舎密』は、次のものです。
    P.J. Kasteleijn, Chemische en Physische Oefenigen, voor de Beminnaars der Scheien Naturkunde in 't Algemeen, ter Bevordering van Industrie en Oeconomiekunde, en ten Nutte der Apothekers, Fabrikanten en Trafikanten in 't Bijzonder.3 dln., Leyden, 1793-98.
     カステレインに関しては、東氏がずっと追求されています。

    東徹「『舎密開宗』とカステレインの化学書」『化学史研究』 30(2)(2003): 108

    東徹「宇田川榕菴の化学受容と「杏雨書屋資料」 : カステレインの雑誌を中心として」 『化学史研究』 33(3)(2006): 129-146

    東徹「杏雨書屋資料「舎密書」と『舎密開宗』」『弘前大学教育学部紀要』99 (2008): 63-74

      トロンムスドルフ Trommsdorff, J. B. トロムスドルフ
    J. B. Trommsdorff,Leerboek der Artsenneimengkundige, Proefondervindelijke Scheikunde, tr. by N. C. Meppen, 1815  (『合薬舎密』)
     Wecat:0 , Nii: 0
     このオランダ語版が早稲田古典籍にある。Leerboek der artseneimengkundige, proefondervindelijke scheikunde, 2 vols., Amsterdam, 1815 (宇田川印信,岡村氏珍蔵記)。また、武雄鍋島文庫にも1点(『薬物の実験的分析的分析学教程』1832)

      イペイ  Ypey, Adolphus
    Sijstematische Handboek der Beschouwende en Werkdaadige Scheikunde, 9 vols., 1804-1812  (『依氏広義』)
     Wecat:0 , Nii: 0
     武雄鍋島文庫に1点(『検討的有効なる分析術の系統的便覧』1804-1812)。長野県松代町の真田宝物館に1点。  

      ラホイシール  Lavoisier, A. L. ラヴォワジェ
    A. L. Lavoisier,Grondbeginselen der Scheikunde 2 vols., tr. by N. C. De Fremery; P. van Werkhoven, 1800  (『舎密原本』)
     オランダ語版(2 vols., Te Utrecht : Bij G.T. van Paddenburg en Zoon, 1800):1館(日文研)

      ブリュメンバス Blumenbach, Johann ブルーメンバッハ
    J. O. Frid. Blumenbach, Grondbeginselen der Natuurkunde van den Mensch tr. by G. J. wolff, 1791 (『貌氏人身窮理篇』)
     Wecat:0 , Nii: 0
     この書ではない、ブルーメンバッハの書物は、比較的多く所蔵されている。また2点の論文がある。

  • 2008.7.27  
     部屋の中を検索し、次の論文を見つけました。

     菅原国香「『舎蜜開宗』の参考書『紐氏韻府』の原本とその引用をめぐって」『科学史研究』第II期 Vol.42(No.225)(2003): 40-48

     26日の箇所に記した通りでした。
     榕菴が『紐氏韻府』と記している書物は、坂口氏の述べているEgbert Buys, Nieuw en Volkomen Woordenboek van Konsten en Wetenschappen, 10 vols., 1769-1778 ではなく、Nieuwenhuis, Gt. Algemeen woordenboek van kunsten en wetenschappen8 vols., Zutphen : H.C.A. Thime, 1820-1829でした。榕菴は、1825年刊と示しています。1825年に刊行されたのは、[N-Q]の巻です。[N-Q]の巻が榕菴の引用する内容とぴったりあうことを菅原国香氏は示しています。
     菅原国香氏は指摘していませんが、そもそも、Egbert Buysをどう読んでも、「ニーウェンホイス」とはなりません

     つまり、坂口氏が「舎密開宗のオリジナルテキストについて」『舎密開宗研究』(講談社、1975)の九「『舎密開宗』の成立まで―テキストの選定―」の(四)「『開宗』の援用文献」pp.24-25 でリストアップしている、「『開宗』序例に挙げている二十余冊の、訳述のさいの参考書の原名」は、一部ゲスワークであるということです。
     その「一部」がほんの一部なのか、ほとんどすべてなのかは、俄には断定しがたいのですが、東氏が明らかにした『葛氏舎密』の件も考えあわせると、照合は基本的に行っていないのではないかと予想されます。
     もちろん、照合をしなくても、状況証拠からだけでも明々白々のものもあります。しかし、原則ゲスワークであり、照合作業をしていないでは、と見ています。
     (そもそも、ヘンリーやトロムスドルフやイペイの書物の扱いを考えあわせると、こう考える方が事の真相を言い当てている蓋然性が高いと言えるでしょう。)

     榕菴の『越列機療法』(ウィルレム・ハン・バルネフェルド著、1785年)ですが、たぶん、次のものです。我ながらよくわかったものだと思います。

    Willem van Barneveld
    Geneeskundige electriciteit
    Amsterdam: J.B. Elwe en D.M. Langeveld, 1785
     今のところ、国立情報学研究所のウェブキャットでもGeNiiでも0ヒット。早稲田の古典籍にもありません。

     おお、不明だったものがおおよそわかりました。

     『大気修繕法』(ゴイトン・モルヘアウ著、1811年)は次。
     Guiton Morveau, L. B.(Guyton de Morveau)
    Verhandeling over de middelen om de lucht te zuiveren,
    Leiden, 1802.
     ギトン・ドゥ・モルヴォーだったとは。早稲田の古典籍に、宇田川家旧蔵&勝俣銓吉郎旧蔵 のこの書物があります。これは、これで一挙に問題解決です。

     『舎密翰海』(オクタヒウス・セギュル編、1817年)は次。
     Octavius Segur
     Brieven over de grondbeginselen der scheikunde,
    Rotterdam, 1811
     所在はまだ不明。

     『ガルファニ記事』(ハン・レイス編、1803年)は次。
     Van Rees
    Verzameling van stukken als bijdragen tot het galvanismus, 200 inopsicht tot deszelfs genees als natuurkundige werkingen
    Arnhelm, 1802-5.
     ガルヴァニズムの本です。所在はまだ不明。

     ということで、まったく手がかりのつかめていないのは、『合薬問答』(編者、刊行年不明)だけということになりました。これは、編者も刊行年も不明なので、特定するのはとても難しい。
     以上で足りないところは、一両日中に。

  • 2008.7.28  
     Grant K. Goodman,
    Japan and The Dutch 1600-1853
    Padstow, 2000
     この本のpp.259-261 に榕菴が『舎密開宗』執筆に用いた本の一覧があります。24点のうち21点が挙げられています(特定されています。)
     注目すべき点だけまずは取り出します。

     1.カステレイン
     P.J. Kasteleijn, Chemische Oefenigen voor de Beminnaars der Scheienkunst in het Algemeen en de Apothekers in 't Bijzonder.
    Amsterdam, 1783.
     東氏の同定されたものと同系列なのは、タイトルの類似からすぐにわかりますが、しかしタイトルが微妙に違います。さらに、出版地・出版年が違います。両者の異同を調べる必要があります。

     →少し調べてみました。やはり、Chemische Oefenigen, 3 deelen, 1785 とChemische en Physische Oefenigen, 13 stukjes, 1792 は別物です。榕菴は、1788年刊と記しています。
     →次の論文を読み直しました。
     東徹「杏雨書屋資料「舎密書」と『舎密開宗』」『弘前大学教育学部紀要』99 (2008): 63-74
     東氏は、カステレインの化学書として3点を挙げています。  
     (1)Beschouwende en Werkende Pharmaceutische- oeconomische, en natuurkundige Chemie, 3 dln, Amsterdan, 1784-1794  
     (2)Chemische en Physische Oefenigen、3dln, Leyden, 1793-1797  
     (3)Chemische Oefenigen, 3 dln, Amsterdan, 1785-1788
     (1)について。第1巻は1786[1784のミスタイプか?]、第2巻は1786、第3巻は1794年に出版された。第1巻と第2巻は、金沢大学附属図書館医学部分館に所蔵されている。第3巻は国内では見出されていないが、舶載されたことそのものは、[東が]見出した。
     第2巻の訳稿が「杏雨書屋資料」に残されている。『舎密書』(78丁)。この翻訳は、『舎密開宗』にも反映されている。
     東氏の研究は、緻密で確実なものです。言われている点は間違いないでしょう。
     ただし、私にとって残された疑問は、東氏が(3)Chemische Oefenigenを、最初にあげているだけで、論文の本文中でまったく取り上げていない点です。中身を検討されなかったのでしょうか? 榕菴のあげる「1788年刻」という出版年に合うものがあるのは、(1)から(3)の中では、(3)のみです。
     (1)〜(3)の出版年は近接・重複しています。順番としては、(1)(3)(2)となります。純粋の可能性として、(1)と(2)と(3)は中身が重なっており、とくに(3)は(2)をタイトルからして拡張した版であることが想像されます。
     事柄を100%確定させるためには、(3)の中身の検討も必要です。

     2.プレンク
     J.J. Plenck, Grondbeginselen der scheikunde. Uit het Latijn vertaald door J.S. Swann,
    Amsterdam, 1803.
     グッドマンは、このプレンクの『化学原論』を『布氏明液論』(Plenck's essay on clear liquids) としています。これは、私の推定と矛盾します。Grondbeginselen der scheikundeを榕菴が『布氏明液論』と訳すことはありえないように思われます。
     また、グッドマンは、この21点のリストが何によるのかまったく述べていません。2次資料から?あるいは、自分である程度調べたのでしょうか?

    2008.7.29  

     オランダの本ですが、なかなか苦労しています。

    Short Title Catalogue Netherlands (STCN)
     古い本に関しては、これがたぶん基本です。イギリスのShort Title Catalogue に合わせて、オランダで進んでいるのが Short Title Catalogue Netherlands (STCN) です。1540-1800 をカバーします。2009年に完成予定とありますから、現時点で相当程度をカバーしていると言えるでしょう。

     なお、この STCN によっても、カステレインのChemische OefenigenとプレンクのGrondbeginselen der Scheikunde はヒットしません。 STCN はまだ100%ではありませんから、0ヒットだからといってないということにはなりませんが、相当に珍しい稀書、稀書中の稀書であるようです。

     また、 STCN によれば、Beschouwende en werkende pharmaceutische, oeconomische en natuurkundige chemie の出版年は、第1巻が1786、第2巻が1788、第3巻が1794です。出版年を重視すれば、『葛氏舎密』が再び、Beschouwende en Werkende Chemieである可能性も残っているということになります。ややこしや!

    2008.7.30  

      [『舎密開宗』基本情報・・・・・]
     基本情報の整理のためには、榕菴が典拠としてあげる24点に番号をつけてリストアップするのが便利です。

    1.『葛氏舎密』(カステレイン著、1788年刊)

    2.『貌氏人身窮理篇』(ブリュメンバス編、1791年刊)

    3.『布氏明液論』(フレンキ編、1791年刊)

    4.『舎密備要』(フレンキ述、1803年刊)

    5.『舎密原本』(ラホイシール著、1800年刊)

    6.『依氏広義』(イペイ氏編、1804年刊)

    7.『合薬問答』(編者、刊行年不明)

    8.『越列機療法』(ウィルレム・ハン・バルネフェルド著、1785年刊)

    9.『三有小学』(ブリュメンバス著、刊行年不明)

    10.『薬舗指南』(ハーケン著、刊行年不明)

    11.『大気修繕法』(ゴイトン・モルヘアウ著、1811年刊)

    12.『合薬舎密』(トロンムスドルフ著、1815年刊)

    13.『舎密翰海』(オクタヒウス・セギュル編、1817年刊)

    14.『福烏多薬論』(ハン・ホウト著、1817年刊)

    15.『理学初歩』(イスホルジング著、1818年刊)

    16.『舎密崖略』(ヒューマンス著、1820年刊)

    17.『幾那塩説』(ストラーティング著、1822年刊)

    18.『測山説』(レインワールト著、1822年刊)

    19.『紐氏韻府』(ニューウェンホイス著、1825年刊)

    20.『和蘭局方』(1826年刊)

    21.『利氏人身窮理篇』(リセランド著、1826年)

    22.『蘇氏舎密』(スマルレンビュルグ著、1827年刊)

    23.『[ワー]多児薬論』(ハン・ワートル著、1829年刊)

    24.『ガルファニ記事』(ハン・レイス編、1803年刊)

     次の論文を再度読みました。
     東徹「宇田川榕菴の化学受容と「杏雨書屋資料」 : カステレインの雑誌を中心として」 『化学史研究』 33(3)(2006): 129-146
     カステレインのChemische Oefenigen, 3 vols, 1785-1788 は国会図書館にあるとのことです。後ほど調査します。

     いつも通り、11時過ぎに昼食をとり、大学へ。図書館へ直行しました。次の2点の論文のコピーを取りました。

    Marius B. Jansen, "New Materials for The Intellectual History of Nineteenth-Century Japan," Harvard Journal of Asiatic Studies Vol. 20, No. 3/4 (Dec., 1957), pp. 567-597

    Lissa Roberts, "Science Becomes Electric: Dutch Interaction with the Electrical Machine during the Eighteenth Century," Isis, Vol. 90, No. 4 (Dec., 1999), pp. 680-714

     &塚原東吾氏の博士論文の書籍化を借り出しました。
     Togo Tsukahara
    Affinity and Shinwa Ryoku : introduction of Western chemical concepts in early nineteenth-century Japan
    Amsterdam : J.C. Gieben, 1993
     予想とおり、ここにまとまった情報があります。おお、なんとすでに19世紀のオランダで、『舎密開宗』の参考文献に関する書誌学的研究があったそうです。

     1.J. J. Hoffmann, Verzameling van Japansche Boekwerden, door Mr. J. H. Donker Curtius, Nederlandsch Commissaris in Japan, op zijn reis naar Yedo in 1858 het Rijk ingekocht

     2.Dr. L. Serrurier, Bibliothéque Japaneaise,
    Leyden, 1896
     日本語の先行研究としては、古い田中実(1964);坂口(1975);宮下三郎(1975) (Miyasita Saburo, "A Bibliography of the Dutch medical books traslated into Japanese," Archives Internationales d'Histoire des Sciences, 25(1975): 8-72)の他に、最近の研究として、石田純郎『江戸のオランダ医』(三省堂、1988)pp.232-236 をあげています。

     以下に原本の同定の差異をリストの形で示しましょう。

    1.『葛氏舎密』(カステレイン著、1788年刊)
    坂口:P.J. Kastelein,Beschouwende en Werkende Chemie Tweede Deel, Eerste Stuk, 1788
    東:P.J. Kastelein,Chemische en Physische Oefenigen、3dln, Leyden, 1793-1797
    塚原:P.J. Kastelein,Beschouwende en Werkende Chemie 2 dln, 1788
    Tsukahara notes that Hoffmann and Serruier mistook this for Chemische Oefenigen(1783).
    Goodman: P.J. Kastelein,Chemische Oefenigen, Amsterdam, 1783.

    2.『貌氏人身窮理篇』(ブリュメンバス編、1791年刊)
     坂口&塚原&Goodman:J. O. Frid. Blumenbach,Grondbeginselen der Natuurkunde van den Mensch tr. by G. J. wolff, Amsterdan, 1791

    3.『布氏明液論』(フレンキ編、1791年刊)
      塚原:J.J. Plenck, Natuur- en scheikundige verhandeling over de vochten des menschlijken ligchaams, Dordrecht, 1797
    Goodman:J.J. Plenck, Grondbeginselen der Scheikunde, Amsterdam, 1803.

    4.『舎密備要』(フレンキ述、1803年刊)
     塚原:Joseph Jacob PLENCK, Grondbeginselen der Scheikunde, Amsterdam, 1803

    5.『舎密原本』(ラホイシール著、1800年刊)
     全員一致:A. L. Lavoisier, Grondbeginselen der Scheikunde, Utrecht, 1800

    6.『依氏広義』(イペイ氏編、1804年刊)
     全員一致:Adolphus Ypey, Sijstematische Handboek der Beschouwende en Werkdaadige Scheikunde9 vols., Amsterdam, 1804-1812

    7.『合薬問答』(編者、刊行年不明)
     塚原:N. Niewenhuis, D'apotheek in vraagen en antwoorden.

    8.『越列機療法』(ウィルレム・ハン・バルネフェルド著、1785年刊)
     塚原&Goodman:Willem van Barneveld, Over de Geneeskundige electriciteit , Amsterdam, 1785

    9.『三有小学』(ブリュメンバス著、刊行年不明)
     塚原:J.B. Blumenbach, Handboek der natuurlijk historie of natuurgeschiedenis, 1802, or Kleine Schriften zur vergleichenden Physiologie un Anatomie unde Naturgeschichte gehörig, 1800.

    10.『薬舗指南』(ハーケン著、刊行年不明)
     全員一致:K. G. Hagen, Leerboek der Apothekerkunst, Amsterdam, 1807

    11.『大気修繕法』(ゴイトン・モルヘアウ著、1811年刊)
     塚原&Goodman: L. B. Guyton de Morveau, Verhandeling over de middelen om de luft te suiveren, Leiden, 1802

    12.『合薬舎密』(トロンムスドルフ著、1815年刊)
     全員一致:J. B. Trommsdorff,Leerboek der Artsenneimengkundige, Proefondervindelijke Scheikunde, tr. by N. C. Meppen, Amsterdam, 1815

    13.『舎密翰海』(オクタヒウス・セギュル編、1817年刊)
     塚原&Goodman:Octavius Segur, Brieven over de grondbeginselen der scheikunde, Rotterdam, 1811

    14.『福烏多薬論』(ハン・ホウト著、1817年刊)
     全員一致:H. J. van Houte,Handleiding tot de Materies Medica, Amsterdam, 1817

    15.『理学初歩』(イスホルジング著、1818年刊)
    全員一致:J. N. Isfording, Naturkundig Handboek voor Leerlingen in de Heel- en Geneeskunde , tr. by G. J. van Epen, Amsterdam, 1826

    16.『舎密崖略』(ヒューマンス著、1820年刊)
    全員一致: Dr. H. S. Hijmans,Ontwerp van eene Algemeene Scheikunde, Dordrecht, 1820

    17.『幾那塩説』(ストラーティング著、1822年刊)
     塚原&Goodman:S. Stratingh, Scheikundige Verhandeling over de Cinchonine en Quinine, Groningen, 1822

    18.『測山説』(レインワールト著、1822年刊)
    坂口:C. G. C. Reinwardt, "Over de Hoogte en verdere Natuurlijke Gesteldheid van Eenige Bergen, in de Preänger Regentschappen 1823. (Verhandelingen van het Genootsschap, van Kunsten en Wetenschappen)
     塚原&Goodman:C. G. C. Reinwardt, "Voorlezingen over de hoogte en verdere natuurlijke gesteldheid van eenige bergen in de Preanger regentschappen", uit Verhand. Bat. K.&W. , IX deel, 1822

    19.『紐氏韻府』(ニューウェンホイス著、1825年刊)
     坂口: Egbert Buys, Nieuw en Volkomen Woordenboek van Konsten en Wetenschappen, 10 vols., 1769-1778
     菅原:Gt.Nieuwenhuis, Algemeen Woordenboek van Kunsten en Wetenschappen, 1820
     塚原&Goodman:Gt.Nieuwenhuis, Algemeen Woordenboek van Kunsten en Wetenschappen, 8 vols., 1820-1829

    20.『和蘭局方』(1826年刊)
     全員一致:Nederlandsche Apotheek, 's-Gravenhage, 1826; Utrecht, 1841; 's-Gravenhage, 1851 and 1871

    21.『利氏人身窮理篇』(リセランド著、1826年)
     全員一致: A. Richerand, Nieuwe Grondbeginselen der Naturkunde van den Mensch, Amsterdam, 1826

    22.『蘇氏舎密』(スマルレンビュルグ著、1827年刊)
     全員一致:F. van Catz Smallenburg, Leerboek der Scheikunde, 3 vols., Leyden, 1827-1833

    23.『[ワー]多児薬論』(ハン・ワートル著、1829年刊)
     全員一致: J. A. van de Water,Beknopt doch zoo veel mogelijk Volledig Handboek voor de Leer der Geneesmiddelen (Materia Medica), Amsterdam, 1829

    24.『ガルファニ記事』(ハン・レイス編、1803年刊)
     塚原&Goodman:Van Rees, Verzameling van stukken, als bijdragen tot het galvanismus, zoo in opzicht tot dezelfs genee- als natuurkundige werkingen, 2dln (deel 1 in 1803 en deel 2 in 1805), Arnheim, 1803-05.


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