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 @ 16.2.14

  [カードの公開]

Boas [Hall] (1950) 1982.5.29
Boas, Marie, "Boyle as Theoretical Scientist," ISIS, 41(1950), 261-268
 p.264 若いボイルは、ベイコンの『森の森』の続編を書こうとした。
 p.266 ボイルはまず化学者であった。その実験の多くも物理的なものよりも化学的なものだった。最初、化学は自然哲学の一部と見なされるべきと考えた。理論的自然哲学と実践的化学の橋渡しをしようとした。
 p.267 化学を自然哲学に結合したことにより、ボイルは、物理的化学の概念を確立した。
 ベイコンが望んだことが、ボイルが取り上げたことだった。ボイルが機械論的アプローチの必要性を十分に言ったので、続く者たちはもう言う必要がなかった。
 →My: これだけ見事に古い歴史観と歴史記述に基づいていると、むしろ誉めたくなります。  

Boas [Hall] (1954) 1982.6.14
[Hall], Marie Boas, "An Early Version of Boyle's Sceptical Chymist," ISIS, 45(1954), 153-168.
 1651-1657 の間に書かれた "Reflexions on the Experiments vulgarly alleged to evince the 4 Peripatetique Elements, ot ye 3 Chymical Principles of Mixt Bodies" (H. Oldenburgがそのコモンプレイスブックに1660年代後半に写し取った草稿が、今、王立協会ボイルペーパーズのなかに、M.I.として登録されている。)
 両者の違い: "Reflexions"の実質部分(substance)は、『懐疑的化学者』の1部〜4部に含まれる。
 "Reflexions":アリストテレス派、化学派、ヘルモント派の元素理論を順番に扱う。 『懐疑的化学者』のその一面だけを各々の章で扱う。
 『懐疑的化学者』の第6部では、「真の不変の元素の存在を主張するあらゆる理論の有効性を否定している。これは、"Reflexions"にはない。
 両者の最も大きな差異:元素理論を代替する代案が"Reflexions"にはないこと。熱の扱いにおいてもっとも顕著。("Reflexions"弱い:『懐疑的化学者』明確)
 "Reflexions"すこしもデカルトの痕跡を示さない。
 "Reflexions"ファン・ヘルモントの水の元素理論に最も共感を示す。『懐疑的化学者』では。ファン・ヘルモントの水元素論を攻撃している。
 →My comment: このボアズの論文の出版は、私の生誕以前ですが、はじめて『懐疑的化学者』の初期草稿「考察」を活字化したものです。ボアズの解釈がどうであれ、必要な論文であり続けています。

Boas Hall (1967)
Hall, Marie Boas, "Robert Boyle," Scientific American, 217(1967), 97-102.
 p.102 ボイルの化学は simple substances (単体)の観点に立っていた→この観点は18世紀に普遍的に受け入れられた。 
  ボイルの以外の化学者は、仮説的元素の観点に立っていた。
  MY Comment: 以上、信じがたい図式を描いている。

Cohen (1956) copy 90/12/7 read 90/12/7
Cohen, Leonard A. "An Evaluation of the Classical Candle-Mouse Experiment," J.Hist.Med., 11(1956), 127-132
 「火のついたろうそくとネズミを別々に容器に入れて、真空ポンプを作動させる。だいたい日が消えると同時に、ネズミが死ぬ→燃焼と呼吸は同一実体に依拠する。」 という古い説明(ボイルの古典的実験とその結論として)は間違い。
 ボイル自身後に実験しなおしているように、ネズミは炎が消えたあともずいぶん長く生きる。
p.130 コーエン自身が1リットル容器で行った実験では、ローソクは平均19分で消えるがネズミはだいたい2時間は生きている。
[ローソクが消えたときの酸素濃度14.80%--ネズミが死んだときに酸素濃度3.5%]
p.131 ボイルの実験をややこしくしたのは、彼が真空ポンプの作動中にこの実験を行ったこと。このときには確かに炎が消えるのとネズミが死ぬのはほぼ同時。しかし、真空ポンプにかけないでふつうに実験すれば、最低で数倍の差が出る。
p.129 ボイルは後に可能な解釈を3通り出している。

Davis (1931)
Davis,T.L., "Boyle's Coception of Elements compared to that of Lavoisier," ISIS, 16(1931), 82-91.
 p.91 結局我々の元素の観念は、ラヴォワジェ、ボイル、アリストテレス、タレスのものと同じ。

Davis (1994) # copy 6/12/94,Warburg. $ read 9/12/94
Davis, B.Edward 'The Anonymous Works of Robert Boyle and the Reason Why a Protestant should not turn Papist(1687)', JHI, 55(1994), 611-630.
Reason Why a Protestant should not turn Papist(1687)は、ボイルの 著作ではなく、ボイル晩年の翻訳家David Abercromby(d.1702.スコットランド生まれ、 フランスに渡りそこでイエズス会に入会。スコットランド→ロンドンに帰ってきて、プロテスタントに改宗。ロンドンでは恐らく、医師として開業。ボイルの著作を数点ラテン語訳する。)のもの。

Debus (1967)
Debus, A.G, 'Fire analysis and the elements in the sixteenth and seventeenth centuries', Ann.Sci. 23 (1967): 127-47, reprinted in Debus, Chemistry, Alchemy and the New Philosophy, ch. 7
 p.146 わずかとはいえ、こうした事例からは、火の分析の有効性に関して、『懐疑的化学者』の出版の前にも後にも、実のところ、意見の一致は存在しなかったことがうかがえる。この主題の重要性は理解されていたとはいえ。
 p.144 ボイルの後、ルフェーブルは、火による人工的分解物が自然のものかどうかという疑問をなお問うている。彼の結論:確かに手段は人工的だが、art技術は原質を含んだり入れたりする容器にしかきかないので、それら原質は自然だと主張。
 p.138 「火による変成でそれらは実は以前に存在しなかったものが作られた、すなわち新しいものとして生み出される」―ボイルの議論と基本的に同一。
p.137 ベイコン「もし我々が物体の真の構造(texture or configuration)に光を当てたいと望むのであれば、ヴァルカンを離れて、ミネルヴァにおもむかなければならない。(Works, IV, p.125 Novum Organum )

Debus (1961)   # copy 26/9/94 ULL $ read 26/9/94
Debus,A.G., 'Gabriel Plattes and his Chemical Theory of the Earth's Crust', Ambix, 9(1961), 162-5.  
彼の重要性は、地質学的現象を化学の実験室で再現しようとしたこと。ふつうは彼の1世紀後のハットンがその嚆矢とされるが、『地下の宝庫の発見』(A Discovery of Subterraneal Treasure, London, 1639)で、その実験を示している。解釈は、古いスイギン‐イオウ説。自然では、岩石と山々は、瀝青(ビチューメン)とイオウ的実体の蒸気から形成される。鉱脈は、山々の裂け目にできる。

Dobbs (1983) # copy 11/7/94 read 13/7/94
* B.J.T.Dobbs, 'Review of Zev Bechler(ed.),Contemporary Newtonian Research (Dordrecht:Reidel,1982)', ISIS, 74(1983), 609-10.
3人の哲学者(Bechler, McGuire, Rogers)と4人の歴史家(Cohen, Home, Westfall, Whiteside) の論文集。1977年、ケンブリッジのチャーチルコッレジで開 かれたニュートン・シンポジウムの成果。
コーヘンの研究:ニュートンの引力の概念の起源について。
粒子間、あるいは粗大な物体間に働く引力について考察した初期の文書が存在しないように見える事実を引用して、コーヘンは、ニュートンの反機械論的引力について作業する能力を、錬金術からの何か可能な影響というよりもむしろ、彼の数学的抽象力のスタイルのせいにした。ニュートンの錬金術あるいはヘルメス的な背景がそうした能動的で反機械論的な原理の受容に役立ったかもしれないが、「プリンキピア」を書くに至ったときには、ニュートンは、「そうした関心にもかかわらず、実証的な科学の業績を生み出すことが出来るほどまで、錬金術やヘルメス主義への関心を取り除けておくことが出来た。」(p.75)ここで、コーヘンは、うっかり彼の基本的偏見を漏らしてしまっている。つまり、錬金術とヘルメス主義は、その定義によって、実証的科学に貢献しえない、というわけだ。だから、仮にそうした影響がニュートンの心のなかにあるとしたら、それは、打ち負かすべきものとしてあるということになるのだ。

Dobbs (1994) # copy and read 22/3/95,
Dobbs,B.J.T. 'Newton as Final Cause and First Mover', ISIS, 85(1994), 633-643.
1993の科学史年会の講演録。
「科学革命」という見方そのものが、ホイギッシュ。
Thomas Thomson, The History of Chemistry, 2 vols., (London,1830), Vol.1, p.1.
「化学は、他の諸科学とは違って、もともとは欺きと迷信から生じたものだ。その出発 点においては、魔術や占星術と正確に同じレベルのものだった。・・・18世紀半ばに なってやっとこの欺きから抜け出ることができたのだ。・・・」
古代ギリシャには、「事実」にあたる言葉はなかった。
 ニュートンが錬金術から得ようと望んだのは、ミクロコスモスにおける不活性な物質 粒子を組織化し活性化する神の働きの正確な知識だった。
 錬金術はけっしてそれ自身のための物質研究であったことも、そう目されたこともな かった。あるいはそれ自身のための自然世界の探求。後に化学が目指すようなこの人生 の有用性を、錬金術は目指したのではなく、物質の完成あるいは完成の知識を求めたの である。彼らは、自然と人間性の両方を完成させる作用者、哲学者の石、を求めたので ある。彼らが言うとおりそれは、人間と金属にたいする医薬品であった。そして錬金術 師の哲学者の石は、キリスト教におけるキリストと緊密に結び付けられた。両方ともに、 結局、完成と救済の作用者であった。

'Espinasse (1958)
'Espinasse, Margaret "The Decline and Fall of Restoration Science ," Past and Present, No.14(1958), 347-368.
 王立協会における科学と産業の結びつきは、17世紀後半には徐々に小さくなっていった。
 科学は産業界との結びつき―功利的側面、実用的関心を失っていき、純粋科学と応用科学のあいだに分離が生じた。
 そして、科学は以前の熱(活性)を失った。17世紀の終わりは、英国科学の不振の時代であり、科学の組織には目立った低下があった。

Hannaway & Kent (1960) copy 19/11/90 read19/11/90
Hannaway,Owen and A.Kent, "Some New Consideration on Beguin and Libavius," Ann.Sci.,16(1960): 241-250.
 ベガンのTyrocinium chymicumの初版(1610)は、3点しか知られていない。これはもともとはパリの医薬方の学校生徒のために個人的に編まれたものだが、海賊版が出版されて、ベガンはずいぶん手を入れた2版(1612)を出した。
 ベガンの初版とリバヴィウスの『アルケミア』の初版(1597)は、著しい類似を示している。ともに、穏健なパラケルスス派で、医化学派のたいそうな主張は退けたが、医学の化学的体系とガレノス体系の総合を目指していた。・・・技法とプロセスを描いた章では、リバヴィウスの長いパッセージが一字一句そのままベガンの方にも見いだされる。『アルケミア』はずいぶん長い本なので(400頁超)、ベガンはリバヴィウスのものを編集して自分の初版を作ったように思われる。
 (両者がともに共通のソースによった可能性ももちろん見過ごされてはならない。)

Kim (1991)
Kim, Yung Sik, "Another look at Robert Boyle's acceptance of mechnical philosophy: its limits and its chemical and social contexts," Ambix, 38(1991), 1-10.
 よく書けている。若きボイルが原子論の受容をためらった理由:1)宗教的次元(原子論は無神論的);2)ボイルの厳密な経験主義 →My:rigorous empiricist はkim の作文であろう。
 III 化学の社会的地位の部分は有用。
  化学者キミストに関する偏見:「錬金術師ではない信頼出きる人」(RBW, III, 94);「古代の化学者、しかもまったくもって哲学者ではない」(RBW, III, 102);「多くの[粒子論者]はスパギリストをただの不合理な工人(mere and irrational operator)の仲間だと見ている。そしてその無知は、薬剤師や医師には役立つかも知れないが、哲学者には役立たないと思っている。」(RBW, I, 358) ;「化学について報告によってのみ聞き知っている知識人には、化学の技量を誇るあまりにも多くの化学者の学のなさ、傲慢さ、詐欺を見て、その術に対しても、その術の専門家に対しても、非常に低い評価しか与えない者が多い。」(RBW, I, 354)

Kuhn (1951) 1983.6.29
Kuhn, Thomas S. "Newton's "31st Query" and the degradation of Gold," ISIS, 42(1951), 296-8.
 p.296 →インサイトのある論文である。『光学』邦訳、疑問31,p.238 「王水は銀のなかへも入れるほど微細だが、引力の不足のゆえに銀のなかに入れない」→本当は「王水は、銀のなかに貫入する引力をもつが、銀に浸入する微細さをもたない。」(推測)
p.298 つまり、溶媒の力(溶解力)を決定するのは、引力と溶媒粒子の大きさである、というのがニュートンの考え。
 邦訳,p.237 硝酸の酸性粒子の引力の強さ  亜鉛>鉄>銅>銀>(金) 錫、鉛>水銀
 王水粒子は大きすぎて、銀に入れない。
 ボイルの実験の熱(水銀に溶かした金)の理由:ボイルの言うように透入(水銀が金のなかに透入)のせいではなく、金属粒子の(硝酸中の塩粒子に比べての)粗大さのせい。これらの粒子は、ふつうの水銀よりも粗大だから金と強くは結合せず、かわりに溶かされた粒子をより強く揺り動かすのである。
p.296 note 1 ニュートンがこのこと(王水は金を溶かすが、銀を溶かさない)を知ったのは、たぶんベイコンの N.O. 2巻、アフォリズム12,実例28からであろう。(用語法とコンテキストのパラレルが示すように。)

Kuhn (1952) 1982.5.22
Kuhn, Thomas S., "Robert Boyle and Structural Chemistry in the Seventeenth Century," ISIS, 43(1952), 12-36.
  ボイルとニュートンの機械論化学は、実践的化学者の伝統とはならなかった。ボイルは、いわゆるエレメントは、エレメントの名に値しない(分解できる、変成できる)ことを実験的に立証した。→そこから、エレメントそのものの存在を疑う。全ての実体は、別のいかなる実体にも変成しうる。例示:水栽培による水から油の生成;(閉じられた空間における)卵の発生;金属酸化物の生成。
 エレメント:分解によって得られ、さらには分解されない。(他の元素に変成されない。)「全ての物体は、同一の物質からなる。違いは、機械的性質(形、大きさ、位置運動、構造)の違いのみによる。従って、全ての物体は、ほとんど全ての物体に変わりうる。(これらの機械的性質―とくに運動と構造―を変えることにより。)
 ニュートンも元素的粒子の特殊性を否定していた。あらゆる反応において不変の元素が存在することを信じなかった。
 (p.36)ラヴォワジェの化学革命は、化学的元素の実在を信じるボイルの反対者たちの間で勧められていた。
 →My Comment: 意味あるインサイトとずれた観点が混じっている。

Leicester (1967)
Leicester, Henry M., "Boyle, Lomonosov, Lavoisier, and the Corpuscular Theory of Matter," ISIS, 58(1967), 240-4.
 ボイル→ラモノソフ→ラヴォワジェ
 ラモノソフは、ボイルに対して全く批判的に言及しているが、彼自身の粒子論哲学は、本質的にはボイルのものと同じであった。彼は物理的性質に主として興味を持ち、ボイルは化学反応を考察した。→My:何というカテゴリーの虜であろうか。
 ラヴォワジェは、ラモノソフを知っていたかもしれないが、物理的ラモノソフは化学的ラヴォワジェに大きな影響を与えなかった。

Meinel (1988)
Meinel, Christoph, "Early Seventeenth-Century Atomism," ISIS, 79(1988), 68-103.
p.101 見えるものから、視覚下に潜む見えない実在を外挿することは、よくいって認識論的に疑わしい。蒸留、蒸発、結晶の成長などの現象は、何か物質的なものが一つの場所から別の場所へ移されることを示すにはふさわしいが、それが粒子的なものだということは証明しない。さらに、ほとんど全ての場合、言及される経験は、古典的テーマのヴァリエーションにほかならない。真の実験が行われたときでさえ、それらはしばし、文学的パラダイムの共通庫からとられた実践的パフォーマンスにすぎなかった。
 それゆえ、化学において勝利したのは機械論哲学ではなかった。特別正確な理論にコミットしない、元素的粒子やsmall amount of substance にむしろ近い粒子という substance-oriented な観念が勝利したのである。
 p. 102 ボイル、ロックの後、新しい関心は「原子と運動」ではなく「元素と親和力」であった。化学テキストの著者は、その本文ではほとんど粒子理論に依らず、粒子はただ前提された。その存在論的・認識論的身分は、論争の種となることさえなかった。

More (1941)
More, Louis Trenchard, "Boyle as Alchemist," JHI, 2(1941), 61-76.
 ボイルは元素の転換を信じていた。それゆえ、ボイルは錬金術師と呼べる。→MY:この推論は疑問。哲学的前提が錬金術とは異なる。機械論仮説の当然の帰結。
 例示1:ボイルの逆エリクシル
 例示2:水→土
 例示3:動物(サンゴ虫)→石(サンゴ石)
 例示4:動物→植物 (根の虫と植物。虫が木になり、木が虫になる)

Patterson (1937) read 28/6/83
Patterson,T.S., "Jean Beguin and His Tyrocinium Chymicum," Ann.Sci., 2(1937): 243-298.
書誌事項の辞書的に有用。Beguin,ed. Novum Lumen ( Paris,1608) ; Tyrocinium Chemicum (Paris,1610)学生のために個人的に印刷される。→漏れる→海賊版出版(Colon,1611)→著者名を出したもの(Paris,1612) ; Les Elements de Chymie ( Paris ,1615). Hartmann (Glueckradtの偽名で)編(Regiomont, 1618) ; P.Mueller, Miracula ( Wittenberg,1614=2nd ed=)にLumen とTyrocinium が付加されている。;弟子のBarth 版、Secreta Spagyrica (フランス語版から増補翻訳)(Francfurt-an-der Ode?, 1618 ) et passim.
pp.250-1 にリスト。
p260. 鉛精(アセトン)に関してボイル言及(大沼訳、100頁)
p.262 イオウのチンクチャーに関してボイル言及(Hist.Colours, p.79)

Schaffer (1984) copy 12/2/85 read 14/2/85
Simon Schaffer, "Making Certain (essay review of Shapiro)", S.S.S., 14(1984), 137-52
 書評というより、シャピロの本を「資料集」として用いた自己の見解の提示。ボイルからの引用は使える(使うべし!)

Schaffer (1984) copy 12/6/84 read 12/6/84
Simon Schaffer, "Review: Newton's Undergraduate Notebook," History of Science, 22(1984), 93-97
 とても有用なレビュー。
 p.94 ニュートンとガッサンディの著作の本質的接触を否定、ニュートンが使用し得た Diogenes Laertius とSextus Empiricus を重視。
 p. 95 McGuireとTamny は、Westfall の主張の多くに挑戦。ニュートンの批判的著作は、フックのMicrographia を読む以前。ニュートンを霊物学から生理学physiology へ、そして色の教説へと移行させた物理学的プログラムの説明を与える、ここで重要な役割を果たすのが、ヘンリ・モアとトマス・ホッブズ。『魂の不死性』におけるモアのホッブズ批判が重要。De Corpore第1巻にニュートンは史前置詞句の非常に有用な分類法taxonmy =運動による図形の生成としての幾何学と、可感的質の原因と結果としての自然学(物理学)の区別を見いだす。等々。

Schaffer (1987) copy 1/19/91 read 3/2/91
Simon Schaffer, "Godly Men and Mechanical Philosophers: Souls and Spirits in Restoration Natural Philosopher," Science in Context, 1, No.1(1987), 55-85
 よく勉強しているが、よく考えているとは思われない。空気学関係の資料集としてはとても有用。
 p.55 まとめ「1670年代の英国で仕事をしていた自然哲学者のキー・グループをよく調べてみると、彼らのプログラムがその存在論の内部にも認識論の内部にも、魂とスピリットを必然的に一体化していたことがわかる。・・・
 また「機械論哲学」のタームが、そのローカルな文脈で意味づけされるカテゴリーであって、こうした自然哲学者の営みを離れては、普遍的意味を持ち得ないこともわかる。」
 My→とくに問題なのは、spirits の存在カテゴリー。シェーファーの取りあげる spirits は、すべて natural なもので、古代の3つ組における霊を指示するものは見られない。しかもときにそれは粒子として考えられており、従って mechanical でもありえたようなものだった。

Shapin (1980) copy 13/1/85 read 31/1/85
Steven Shapin, "Pump and Circumstance: Robert Boyle's Literary Technology," Social Studies of Science, 14(1980): 481-520
 科学的事実(matter of fact 事実事項)の社会的言語的形成という知識社会学的問題を扱う。
 ボイルが提起し、王立協会が裏付けしたものは、知識の公的構成と合法化(確認・妥当化)に向けての決定的に重要な move であった。対照させられるのは、一方では錬金術師の私的作業、もう一方では体系的哲学者の個人的指図(dictate)であった。
 実験(哲学)科学:実験言語ゲームの訓練を受けたものの集団的社会的構造は、事実的基盤を生みだし、支える。
 実験的「事実事項」を確立する3つの技術。1)物質的技術=器具の作成、2)言語的技術:直接見ていないものに実験結果を伝える、3)社会的技術:convention の設置。仮想的目撃者 virtual witness の概念をもちいる。

Shapin (1980) copy 31/1/85 read 8/2/85
Steven Shapin, "Social uses of science", in G. S. Rousseau & Roy Porter (eds.), The Ferment of Knowledge (Cambridge: Cambridge University Press, 1980), pp/93-139
 ある点では、120%共感する。とくに経験的研究を重視する点;文化人類学への接近(メアリー・ダグラスの名前だけを挙げているのは不満にしても);語の意味は、その使用によって決まるというウィトゲンシュタインの格率の採用;知識社会学的研究の実践をめざす点;思想史内文脈主義は、知識の生産=使用の場面(文脈)の探究のための前段階であるとする点;フォローする文献が私のものを広く一致する点(私の研究を進めるためにとても有用)。

Shapin (1988) copy 19/1/1991 read 25/1/1991
Steven Shapin, "Robert Boyle and Mathematics: Reality, Representation, and Experimental Practice," Science in Context, 2, No.1(1988), 23-58
 ものすごく優れた論というわけではないが、きちんと勉強して書いているのでずいぶん有用だ!
 p.34 「ボイルの法則」に関して:仮説よりの値と実測値を表にして並べるという仕方は、ボイルの著作ではここだけ。繰り返されることは決してなかった。そういうやり方は、フックやパパンの仕事の特徴である。
 p.36 「仮説」に対するボイルの最終的立場:”さらなる試験でもっとはっきりしたことがわかるまでは、その理論が普遍的に正確に成り立つものかどうかを決しようとは思わない”(RBW, I, 159)
 p.40 現実にボイルは、粒子の数学的形状(形・大きさ・速さ)を確定して、それで自然現象を説明したことは一度もない。→機械論と数学の領域の差違。
 p.44 ボイルは、思考実験というコンセプトそのものに反対(具体的には、ホッブズ、スピノザ、パスカルのやり口に反対=方法論上の反対)
 pp.49-50 同一種の物体においても、比重やその他の質の点で差があること。自然は、それら(同一名・同一種)に、数学的正確さを与えていない。

Smith (1994) # copy 23/5/94 $read 24/5/94
Pamela H. Smith, "Alchemy as a Language of Mediation at the Habsburg Court," ISIS, 85(1994): 1-25
産業と商業、商品経済、貨幣経済の推進者としての錬金術師ヨハン・ヨアキム・ベッヒャーのハプスブルグの宮廷での活動について。

Smith (1990)
Pamela H. Smith, "Consumption and Credit: the Place of Alchemy in Johann Joachim Becher's Political Economy," in Z.R.W.M. von Martels (ed.), Alchemy Revisted (Leiden: Brill, 1990), pp.215-221
ベッヒャーはたしかにパラケルスス派の伝統によっているが、しかし彼の企画はもはや直接的には世界の宗教的救済ではなく、むしろ権力の象徴の維持と30年戦争後に必要となる権力の現実的な物質的資源を皇帝に理解してもらうよう、これらの象徴を操作することだった。つまり、ベッヒャーの錬金術の企画(project)をハプスブルク家の宮廷というコンテキストで理解しようとするのが私の目的である。
 こうしてベッヒャーの企画は、近代初期ヨーロッパの貨幣経済のなかにすっぽりとおさまっている。古い錬金術の宗教的救済のイメージは、皇帝に、その目的、物質的生産物、とりわけ貨幣の世界を理解してもらうために使われている。

Smith (1994) # copy 23/5/94 $read 24/5/94
Pamela H. Smith, "Alchemy as a Language of Mediation at the Habsburg Court," ISIS, 85(1994): 1-25
産業と商業、商品経済、貨幣経済の推進者としての錬金術師ヨハン・ヨアキム・ベッヒャーのハプスブルグの宮廷での活動について。

Teich (1988)
Teich, Mikulás, "Interdisciplinarity in J.J. Becher's Thought," History of European Ideas, 9(1988): 145-60
 ベッヒャーの思想の全体に浸透しているのは、循環性 (cylce-mindedness)のアイデアである。自然界における循環と経済世界における物(商品)と貨幣の循環。これが事物の自然的&経済的秩序の根底を流れる原理である。
 「貨幣は国家の神経にして魂である」という重商主義も以上の背景から読みとられるべきである。
 ベッヒャーのもともとの意図:国家が運営する Manufacturen の導入のための学校/セミナーを開設することだった。→ The House of Arts and Work in Vienna として、1676年に、出来た(プランは実現した)が、意味ある生産活動は行えなかった。
 ベッヒャーにとってフロギストン (terran pinguis)は後のシュタールのような中心的位置を占めず。物質界の**でもある土の一種に止まる。

Teich (1990)
Teich, Mikulás, "J.J. Becher and Alchemy," in Z.R.W.M. von Martels (ed.), Alchemy Revisted (Leiden: Brill, 1990), pp.222-228.
 ベッヒャーの怪語源学 al=アラビア語の金; chymos=ギリシャ語の液
 アルケミストの仕事→火薬製造、ガラス製造、インク製造、石鹸製造、染色、等々。アルケミーは、哲学的 ie. 科学的な冶金術に対する鍵。
金属の変成は彼の前提。しかし、長寿のために、生命のエリクシル等には懐疑。
 「アルケミーに反対する者は必ずや冶金学と貨幣鋳造が国王の収入の大半を占めることを十分に理解していなかったと知らねばならないであろう。」
 彼の経済=政治論 人民に2グループ (1)農民、工人、商人、(2)王、聖職者、学者、医師、薬剤師、外科医、・・・、兵士。経済活動のなかでだれが中心たるべきか? ―彼は、きっぱりと「商人」と答える。ここでベッヒャーの言う商人は、小売人というよりも、Verlaeger (商人-製造業者)。ここで、円、循環にイメージに訴えかけている。
17世紀では循環〜蒸留。

Walton (1980)
Walton, Michael T., "Boyle and Newton on the Transmutation of Water and Air,from the Root of Helmont's Tree," Ambix, 27(1980), 11-18.
 ヘルモントの柳の木の実験:水栽培→ボイルの水の変成の理論→ニュートンへ
 ボイル、主として水のみから実体substance を引き出す。 ヘルモントの実験は用いるが、その極端な理論は採用せず。
 water as primary matterは、ヘブライに起源を有する
 ボイル、創造の水をその科学思想の支えとなした
 でも、この水は、simple & elementary ではない。様々な粒子 seminal principlesの集積である。さまざまな原子を含んでいる故、変成しうる。他の実体についてもそうである。空気は、たぶんもっとも多様な粒子を含む物体である。most heterogenious body. 配置換えできる原子がすべての物質対象の基礎である。
 →セミナル・プリンシプルを除き、ニュートンに影響。(彗星の尾理論、神学的利用)
   

Webster (1966)
Webster, Charles, "Water as the Ultimate Principle of Nature," Ambix,13(1966), 96-107.
 p.96 ボイルは、ファン・ヘルモントの哲学的教説よりは、その理論の厳格な実験的証明に心ひかれた。
 ・ファン・ヘルモントの柳の木の実験
 ・水栽培実験 
  (1)フランシス・ベイコンが『森の森』(1627)に記述している。「栄養 norrishment のためには、水は almost all in all である。水は植物の基本的養分だと見ていた。
  (2)トーマス・ブラウン、Garden of Cyrus(1658) 水は植物の必須の養分
  (3)ロバート・シャーロック(1630-1684), The Propagation and Improvement of Vegetable by the Concurrence of Art and Nature (1660) :おそらくこのシャーロックの著作が、ボイルの水栽培実験のソースであろう。1)友人関係、2)シャーロックの用いた植物の全てをボイルも用いている
  『懐疑的化学者』の草稿"Reflexions" は、1658年の夏に書かれたと推測できる。
 →My Comment: さすがにウェブスター。結論に賛成するかどうかはともかく、提示する資料は有用である。シャーロックは別の意味でも、ボイル理解に重要である。

West (1961)
West, Muriel, "Notes on the Importance of Alchemy to Modern Science in the Writing of Francis Bacon and Robert Boyle," Ambix, 9(1961), 102-114.
 →My Comment: ベイコンとボイルを同列に比較するという変わった論文。ただし、ガラス工業・製造過程に関する部分は役立つ。
 p.110. 「鉛のスイギン」とはガラスのこと。living と呼ばれるのは、quick と同じく溶解されたものという意味。
 p.111 金-紅玉(ルビー)ガラスが「金」と呼ばれている場合もある。職人のいうメタルは、 mass of colliquoted ingredients のことである。鉛ガラスが。鉛ガラスが  base metall と解釈され、gold(金色のガラス)に変成されたのであろう。金-紅玉ガラスを作る製法に通じていたのであろう。
 p.106 『懐疑的化学者』では、一度もベイコンの名前を挙げていない。他の箇所では、ボイルはベイコンに great Verulam としてリップサーヴィスを行っている。
 p.104 ベイコンは、(公然と非難しているにも関わらず)多くの錬金術の概念やキャッチフレーズを用いている。「知識の息子」「自然の迷宮をさまよう」
p.105 「自然の光」、「実験の強調」
 ボイルは、ファン・ヘルモントにもルルスにも敬意を払う。