紹介: Hunter (ed.), Boyle Papers [書評]吉本秀之 「Michael Hunter ed., The Boyle Papers: Understanding the Manuscripts of Robert Boyle, Ashgate, 2007」 『化学史研究』37(2010): 24-26.

Michael Hunter, ed. The Boyle Papers: Understanding the Manuscripts of Robert Boyle. Aldershot: Ashgate Publishing Company, 2007. xiv + 674 pp. + 16 b/w pls. index. append. illus. tbls. $139.95.ISBN: 978-0-7546-5568-8.

 ボイル全集は、18世紀に編まれた。(Thomas Birch ed., The Works of the Honourable Robert Boyle, 5 vols., London, 1744; 2nd edition, 6 vols., London, 1772; reprinted from 2nd edition by Olms, Hildesheim, 1966). このバーチ版の全集に収録された著作・論文・書簡の他に、ボイルの草稿が存在することはボイルの死後すぐ伝記や著作集を編纂しようと試みた者たちには、周知であった。その努力は実を結ばなかったが、草稿そのものは、バーチの協力者ヘンリー・マイルズの死後、1769年、マイルズの未亡人が王立協会に寄贈した。これは「6つの箱に収められたロバート・ボイル郷士とその友人のオリジナルな書簡と文書の大きなコレクション」と王立協会の日誌に記された。紙葉の枚数にして2万枚を超える大きな草稿コレクションであった。
 第2次世界大戦後、科学史研究の隆盛に伴い、この王立協会ボイル草稿に興味をもち、整理を試みようとした研究者も、あるいはマリー・ボアズ・ホールやリチャード・ウェストフォールのような有名な科学史家がその一部を利用したということもあった。しかし、ボイル草稿は人手を経るたびに混乱の度合いを高めていったといえる状況であり、ボイルの基本著作集を編んだM.A. スチュアートが王立協会ボイル草稿を見て、「カタログ化されておらず、またカタログ化不能である」と評するほどカオス的な状況にあった。
 この混乱を救ったのが、いまや世界におけるボイル研究の揺るぎない第1人者となったロンドン大学のマイケル・ハンターだった。ハンターは、1980年代に王立協会とウェルカム医学財団の助成を得て、全体をマイクロフィルム化する作業に着手した。1992年作業の結果としてマイクロフィルムと解説付きカタログを出版した。(Michael Hunter, Letters and Papers of Robert Boyle: A Guide to the Manuscripts and Microfilm, Betheda, Md.: University Publications of America,1992.) ハンターは、それだけではなく、20世紀から21世紀にかけて、史上初めてのボイルに関するクリティカルなエディションをボイル著作集14巻(Michael Hunter and Edward B. Davis eds., The Works of Robert Boyle, 14 vols., Pickering & Chatto, 1999-2000)、ボイル書簡集6巻(Michael Hunter, Antonio Clericuzio and Laurence Principe, eds., The Correspondence of Robert Boyle, 1636-1691, 6 Vols., Pickering & Chatto, 2001)として編纂・出版した。さらに、コンピューター技術に強い研究者と組んで、ボイル草稿のうち、ボイルの作業日誌の全体を活字として起こし、xmlファイルの形でインターネットに公開した。(Robert Boyle Home Page http://www.bbk.ac.uk/Boyle/ ; Perseus Projects at Tufts University http://www.perseus.tufts.edu/ ) .
 1991年はボイルの死後300年にあたる。ボイルの死後300年前後から、ボイル研究は新しいひとつのルネサンスを迎えた。そして、ある評者が「ボイル産業」という言葉を用いるほど、研究が活発化した。そのボイル研究ルネサンスの中心にいたのは、マイケル・ハンターであった。ハンターは、世界の多くの研究者と共同プロジェクトを組み、自ら第一線のボイル研究をリードすると同時に、上記のような基礎的な一次資料を公刊することでボイル研究に大いに寄与した。
 本文だけで674頁を占める今回の『ボイル・ペーパーズ:ロバート・ボイルの草稿を理解する』は、そうした共同研究の成果と、1992年のボイル草稿とマイクロフィルムのカタログの改訂版からなっている。1992年のカタログから、2007年の『ボイル・ペーパーズ』の間に、新しいボイル著作集とボイル書簡集の編纂・出版作業が挟まれており、それぞれの草稿の位置づけ、とくに出版された著作との関係について、非常に大きな研究の進展があった。『ボイル・ペーパーズ』の本体は、この浩瀚な書物において276頁を占めるカタログである。様子をわかってもらうために、1例を紹介しよう。
 BP 7, fols. 95-104 Sections of text concerning miracles 1670s-1680s Hand: Bacon English Published in MacIntosh, 3.6.29
 つまり、ボイル草稿そのものにおける巻数とフォリオ数、草稿のタイトル、草稿の執筆年代、草稿を記した写字生の名前をはじめ草稿そのものの説明、記述言語、関連資料という6点をすべての草稿に関して記載している。
 章立てを紹介しよう。イントロダクションは「ボイル草稿の文脈」と名付けられ、ハンター自身が執筆している。第1章「ロバート・ボイルとそのアーカイブ」は、1992年のカタログにハンター自身が記した序文の拡張・修正版である。第2章「ロバート・ボイルの紛失した草稿」は、ローレンス・プリンシーペとの共著論文(Michael Hunter and Lawrence M. Principe, "The Lost Papers of Robert Boyle", Annals of Science, 60 (2003), 269-311)の収録である。第3章「ロバート・ボイルの作業日誌:新しく発見された資料とそのインターネット上での出版」は、インターネット技術に強い歴史研究者リトルトンとハンターの共著論文(Michael Hunter and Charles Littleton, "The Workdiaries of Robert Boyle: A Newly Discovered Source and its Internet Publication", Notes and Records of Royal Society, 55 (2001), 373-90)の拡張版である。第4章「ロバート・ボイルの備忘録:分析と再構成」は、ハンター、ハンターのもとでボイルの知の編成方式に関して博士論文を執筆したハリオット・ナイト(我々には馴染みの化学史家デヴィッド・ナイト氏の娘さん)、そしてリトルトンの3者による未出版の共著論文である。第5章「ロバート・ボイルの『自然の通俗の観念に関する自由な探求』の形成過程」は、新しいボイル著作集をハンターとともに編纂したエドワード・デイヴィスとの共著論文(Michael Hunter and Edward B. Davis, "The Making of Robert Boyle's Free Inquiry into to the Vulgarly Receiv'd Notion of Nature(1686)", Early Science and Medicine, 1 (1996), 204-71)の再録である。そして、最後に、この著作の本体と呼べる「ボイルの草稿、書簡、ノートとその他関連草稿のカタログ」が収められている。
 日本円に直すと1万円を優に超える大著である。大きな学術的図書館が、新しいボイル著作集、ボイル書簡集といっしょに備えるべき基本的な研究書である。もちろん、個人で入手して通読された場合、科学史の資料学、資料補助学に関して、非常に貴重な知見を得ることができるであろう。                      (吉本秀之)
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