紹介:新しいボイル書簡集 [書評]吉本秀之「新しいボイル書簡集」 『化学史研究』第29巻第4号(2002),pp.257-258.

紹介:新しいボイル書簡集
The Correspondence of Robert Boyle, 1636-1691 Edited by Michael Hunter, Antonio Clericuzio and Laurence Principe, 6 Vols.,Pickering & Chatto, 2001 ISBN: 1851961259, £450.00

 1999年-2000年に発行された全14巻の新しいボイル全集1)に続き、2001年の秋に、新しいボイル書簡集が発行された。編集主幹は、全集と同じく、マイケル・ハンターであり、他に、イタリア人化学史家アントニオ・クレリクチオが当初より編集の一翼を担い、さらに途中からジョンズ・ホプキンズの化学史家ローレンス・プリンシーペが正式に編集者に加わって、この書簡集はできあがった。
 まず、ボイル化学について、先頭を切って研究を進めている2人が編集者に加わっていることが注目される。
 ついで、注目すべき事柄は、今回の書簡集に収録された手紙のほぼ3分の1が新しいものであるという点である。バーチ版の古いボイル全集(初版1744年、2版1772年)は、最後の巻をやはり書簡に当てているが、6巻組の第2版においてはボイルが書いた手紙が41頁、ボイル以外の人物がボイルに宛てた手紙が597頁とボイルのものが6.4%しか収められていない。この不足が新しい書簡集では相当程度補われている。また、過去ボイル全集やそのたの著作物に収録されたボイルの手紙には、不完全なものもあった。その不完全さも今回の書簡集では可能な限り補われている。
 当時の手紙には、出版物や別の人物の手紙の写し等が同封されていた。新しい書簡集では、そうした同封物の情報がわかる限りすべて記述され、必要だと判断されたものに関しては書簡集に転記され収録されている。また、封印や消印の情報も注記されている。さらに、失われた書簡に関する情報もほぼ完全な形で与えられている。
 6巻の構成について説明しよう。
 第1巻の最初には、編集者による、ボイルの手紙の出版史や編集方針をめぐる50頁を超える丁寧な序文が付されている。この序文は、ボイル研究者には必読のものである。
 ついで、1636年2月18日の日付をもつ、イートン校在学中のボイルから父への手紙(はじめての出版)から始まり、最後ボイルの死の直前、Johannes Georg Steigerthal からボイル宛ての手紙(フランス語の化学処方箋。はじめての出版。英訳が真下につく上下の平行テキストの形式で。1691?)が年代順に収載されている。巻毎の年代は次の通りである。
  第1巻、1636-1661
  第2巻、1662-1665
  第3巻、1666-1667
  第4巻、1668-1677
  第5巻、1678-1683
  第6巻、1684-1691
 それぞれの巻末には、手紙のテキスト上の注記、主要な通信相手の簡単な伝記、グロッサリーがこの順で付されている。 
 主要な通信相手の簡単な伝記で取り上げられているのは、ジョン・ビール、ロジャー・ボイル(ボイルの兄、第5兄)、リチャード・ボイル(ボイルの兄、第2兄)、フレデリック・クロディウス、リチャード・ボイル(ボイル父、初代コーク伯)、サミュエル・ハートリッブ、イサーク・マルコンベ、ヘンリー・オルデンブルク、キャサリン・ボイル(ボイル姉、ラニラ夫人)、ベンジャミン・ウォースリ、ウイリアム・ブランカー、ロバート・フック、ダニエル・コックス( Daniel Cox,1640-1730)、ナーシサス・マーシュ(Narcissus Marsh, 1638-1713)、アンドルー・ソル( Andrew Sall, 1612-82) 、トーマス・バローの16人である。この書簡集は、ここに名の上がっているオルデンブルク、ハートリッブ、ウォースリだけではなく、ニュートンやロックといったこの時代の有名な自然哲学者の思想を知るうえでも、欠かせない重要な資料となっている。
 グロッサリーは、化学用語を中心としたテクニカル・タームにしぼりこむことで、全集のものと比べるとほぼ半分の量になっている。
 最終巻の最後には、一般索引と人名索引からなる全部で100頁を超える索引が付されている。人名索引は、ボイルからの手紙を宛先人物別に区分したもの、ボイル宛の手紙を差し出し人別に区分したもの、ボイルからの手紙でもボイル宛の手紙でもないが、そのいずれかの手紙に同封されていた手紙あるいは重要な関連のある手紙等の3種類に分けられている。
 一般的に、この新しい書簡集は、ボイルの知的発展を正確に知るための欠かせないツールというだけではなく、17世紀中葉から後半にかけてのヨーロッパの知的環境を知るためにも非常に有用な資料を与えてくれる。この新しい書簡集の出版によって、とくに、次のようなこれまであまり注目を浴びてこなかった側面が明らかになろう。第1に留学時代の父との書簡やその後の家族との通信によりボイルの学生生活や日常生活に大きな光が当てられよう。第2に、地球上の多くの言語による聖書の普及に関する事柄、とりわけ、会長を長年つとめた「ニューイングランド聖書普及協会」の活動、ならびにゲール語への聖書の翻訳と出版に関わる事業に詳細な光が当てられよう。第3に、トーマス・バロー、ギルバート・バーネット、ナーシサス・マーシュなどボイルの親しくした聖職者との交流により、ボイルの信仰生活や信仰に関わる精神的事項がより明るい光のもとにおかれるであろう。第4に、ボイルと錬金術師たちとの交流、とりわけプリンシーペの功績として挙げられる2)、フランスの錬金術師ジョルジョ・ピエールとの交流は、ボイルの錬金術活動の総体的見直しを迫るほどの驚くべき知見を与えつつある3)。
 こういうわけで、学術的と称する図書館は、全ての図書館がそなえるべき非常に価値の高い書簡集だと評してもけっして大げさではないのである。
 最後に電子の世界でのことにも触れておこう。
 その第1は、2002年に、ボイルの作業日誌がウェブ上に公開されたことである。マイケル・ハンターとチャールズ・リトルトンが協力して、王立協会ボイル草稿の間に散乱していたボイルの作業日誌を年代順に整理し、ウェルカム財団の援助を得て、ロバート・ボイル・ホームページ上に公開した。すでにハンターは、この資料を使って、ボイルがいつどうやって科学者になったのか、決定的な仕事をしている4)が、作業日誌の全文が e-text 化されることによって、ボイルの関心の推移や作業方法論・研究アプローチの変化の精緻な追跡が可能となったのである5)。
 第2は、この書簡集そのもののCD-ROMの発売が計画されていることである。その出版社(Intelex)の情報によれば、近々発売予定とのことである。
 ウェブとCD-ROMによって、ある人名の言及される頻度やある単語の使われる頻度等の研究は、格段と進むことが期待される。

  
1)  新ボイル全集については、拙稿「エッセイ・レビュー:新しいボイル全集」『化学史研究』第28巻第2号(2001),pp.91-100をご覧頂きたい。
2) Lawrence Principe, The Aspiring Adept: Robert Boyle and his Alchemical Quest, Princeton: Princeton University Press,1998.
3) Iordan V. Avramov, "Review: The correspondence of Robert Boyle, eds. Michael Hunter, Antonio Clericuzio and and Lawrence M. Principe, 6vols. (London: Pickering and Chatto, 2001)", ON THE BOYLE: a newsletter of work in progress on Robert Boyle (1627-91), No.5(March 2002), pp.6-9. この全文は、注5に挙げるボイル・ホームページに公開されている。
4) Michael Hunter, "How Boyle Became a Scientist", History of Science, 33(1995), 59-103.
5) Michael Hunter and Charles Littleton, "The Work-diaries of Robert Boyle: a newly discovered source and its Internet publication", Notes and Records of the Royal Society of London, 55 (2001), 373-90.
 サイトのアドレスは次の通り。
 Robert Boyle Home Page http://www.bbk.ac.uk/Boyle/
 Perseus Projects at Tufts Univesity http://www.perseus.tufts.edu/

ホームページにもどる