『化学史研究』第23巻(2006): 114-5
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一般講演

化学史のデジタル・ライブラリー

                           吉本秀之(東京外国語大学)

 (今回の発表は、発表者の「化学史研究、インターネット、データベース」『化学史研究』第27巻第2号(2000),pp.106-109の続編という位置づけをもつ。)  前回は、E-Text を中心とした。今回は、主として、貴重な原典、一次資料を1頁1頁画像化し本の全体をpdf ファイルとしたものについて発表する。ひとりで科学史の全体にわたることは難しいので、今回は、15世紀から18世紀までの鉱物学という分野で網羅的に調査することを目指した。

  ・ガリカ  
 http://gallica.bnf.fr/
 まずは、何といってもフランス国立図書館の運営するデジタルライブラリー、ガリカを挙げなければならない。1997年以来誰にも無料で貴重な資料を、7万5千点以上はデジタル・テキストの形で、7万点以上は画像ファイルの形で公開している。ベイコン全集、ガリレオ全集、ホイヘンス全集、等々広く科学史の古典もこのサイトでダウンロードできる。日本のどの図書館でも所蔵が確かめられない19世紀以前の著作に関しては、まず、ガリカで検索をかけてみるべきである。  (発表者はガリカから700点近くをダウンロードしてストックしている。)

BIUM
 http://www.bium.univ-paris5.fr/debut.htm
 フランス語圏では次に、パリ第5大学を中心として複数の大学図書館が協力して運営されている医学史を専門とするBIUM (医学についての間大学図書館)について紹介しよう。2004年1月19日の時点で、2143点がストックされていました。ガレノス、ヒッポクラテス等の医学史の古典はもちろん、ベルナールやビシャ等フランス語圏の医学史文献に強い。

BIBLIOTECA DE LA UNIVERSIDAD COMPLUTENSE DE MADRID
 http://www.ucm.es/BUCM/
 そのなかでとくに、Biblioteca digital Dioscoides
 http://cisne.sim.ucm.es/search*spi~S4
 スペイン語圏の諸大学もかなり充実したデジタル・ライブラリーを誇る。管見では、マドリッド大学のデジタル・ライブラリーが中世からルネサンスの時代の他では見ることのできない貴重な書物について充実している。とくに「ビブリオテーカ・デジタル・ディオスコリデス」は、自然誌、医学史、化学史に強い。
 (発表者は、35点をダウンロードしている。)

ヴァレンシア大学
 http://bibliothek.uv.es/
 マドリッド大学ほど集中はしていないが、ヴァレンシア大学のデジタル・ライブラリーも中世、ルネサンス、初期近代の文献について検索をかける価値がある。

BIVIO
 http://www.bivionline.it/en/autori.html
 イタリアからは BIVIO を挙げよう。古い時代の貴重な錬金術書が含まれている。

HAB: Herzog August Bibliothek
 http://www.hab.de/
 ドイツ語圏では、ハブ、すなわちヘルツォーク・アウグスト・ビブリオテークの充実が目覚ましい。アウグスト公(1597-1666)は、17世紀初頭、先代からの収集図書に加えて、自分でも積極的に当時の文献(初期活字印刷本、中世の聖書の手稿、その他錬金術を含む貴重な草稿)を収集し、12万冊にのぼる図書館を築いた。現在、北ドイツの小都市ヴォルフェンビュッテルの地にそのライブラリーが引き継がれている。中世から初期近代のビブリオテークとしては、現在ロンドン大学に付属するワールブルグ図書館が有名だが、このヘルツォーク・アウグスト・ビブリオテークは、分野によってはワールブルグ図書館を凌駕する所蔵本を誇り、また同時に中世から初期近代に関しては他では代え難い研究センターとなっている。近年そのデジタル部門も実在の図書館に負けないほどのコンテンツを誇るようになっている。
 ドイツ語で執筆された化学史文献、すなわちパラケルスス以降の医化学文献については目覚ましい充実ぶりである。

ゲッチンゲン大学デジタル・ライブラリー
 http://dz-srv1.sub.uni-goettingen.de/sub/digbib/bcoll
 ドイツ語圏は、ガリカのように国立の中央図書館が集権的にデジタル化を進める体制にはなっていない。伝統のある各大学でそれぞれにデジタル化が進んでいる。他にも貴重な仕事をしている大学は少なくないが、ここではゲッチンゲン大学だけを挙げておこう。

Dana F. Satton教授によるネオラテンのリスト
 http://www.philological.bham.ac.uk/bibliography/
 以上のように、いろんな機関・大学が個別にデジタル化を進めている。その全体を網羅することは個人には不可能であろうが、特定の領域に関しては、どこにどういう作品がデジタル化されて利用できる状況になっているのか、リンクの張られたリストがあれば研究者の便にもっとも適うものとなる。ネオラテン(古典古代のラテン語ではない、中世以降のラテン語、とくにルネサンスと初期近代のラテン語)で記された文献に関しては、カリフォルニア大学教授サットン氏の作成されたリストは、非常に貴重なものである。2006年3月25日現在で1万8千を超える著作のリストが作成されており、その数は日々増えている。

Azogue
 http://www.come.to/azogue
 錬金術の分野に関しては、スペイン語のサイトAzogueが、そうしたリストを提供してくれており、貴重である。

EEBO (Early English Books Online)
 http://eebo.chadwyck.com/
 最後に英語圏だが、時代を限定すれば、すでに網羅的なデジタル・ライブラリーができている。その最初が、EEBO (Early English Books Online)である。英国で印刷された書物が、その最初のものから1661年まで、ほとんど網羅的にデジタル・ライブラリーに収められている。点数で12万5千点を超えている。
 このサイトは商用であるが、東大、京大、早稲田、慶応をはじめ日本のかなりの数の大学が機関契約をしており、そうした機関契約をしたドメインからはその12万5千点以上が無料で利用できる。(すなわち、著作の全部の画像をpdfの形でダウンロードできる。)

ECCO (Eighteenth Century Collection Online)
 http://trials.galegroup.com/ecco/confirm.html
 同じく、商用サイトであるが、18世紀に英語圏で刊行されたおよそ15万点の書籍・文書を収める「18世紀コレクション・オンライン」も稼働している。
 このサイトの特徴は、そのコレクション全体にわたって、著作の中で使われている用語の検索ができることである。最初にあったマイクロフィルムコレクションから、デジタル化を行ったトムソン・ゲイルの日本代理人によれば、インドで開発した OCR ソフトを背後で動かしているということである。 OCR ソフトの常として、認識率は100%ではないが、選択した著作群に対して単語検索がかけられることは何ものにも代え難い魅力である。
 なお、このサイトの日本総販売代理店は、雄松堂である。大学・研究機関に所属していれば、トライアルを雄松堂に申し込むことができる。

MOME (The Making of Modern Economy)
 http://microformguides.gale.com/ より
 トムソン・ゲイルが提供する同様のコレクションに「近代経済の形成」と称するものがある。別名、Goldsmiths'-Kress Library of Economic Literature on Lineであるが、ロンドン大学ゴールドスミス文庫とハーバード大学経営大学院クレス文庫あわせて、15世紀半ばから1850年までの6万1千点の書籍と466点の雑誌(定期刊行物)が収録されている。
 タイトルだけを見ると、経済史の分野のコレクションと見えるかもしれないが、農業、漁業、鉱業、商業、工業、地誌の分野を含んでおり、とくに技術史の分野の貴重書を数多く含んでいる。
 ECCOと同じく、雄松堂にトライアルを申し込むことができる。

Landmarks of Science
 さて、日本の図書館に帰ってみよう。私がここで取り上げた初期近代の1次資料に関しては、日本の図書館は貧弱である。しかし、おそらく1980年代あたりから、上記のようなオンライン・コレクションのもととなったマイクロフィルム・コレクションは、各地の大学で購入されるようになった。
 しかし、どういうマイクロフィルムが入っているのか、ウェブキャット等で簡単に検索がかけられないと、死蔵とまでは言わなくても宝の持ち腐れ状態に置かれていると言わざるを得ない状況にあると言える。そうしたなかで、EEBOとMOMEの両方を機関契約している早稲田大学がその大学の Opac で EEBOとMOME に収められている著作を検索できるようにしていることは特筆される。
 なお、1979年に発売された科学史のマイクロフィルム・コレクション、Landmarks of Science に関しては、日本の図書館での所蔵を確認することができなかった。


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